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東京高等裁判所 平成10年(ネ)3230号 判決 1999年9月29日

第三二三〇号事件控訴人兼被控訴人(一審原告)・第四四〇四号事件相手方甲野太郎訴訟承継人(以下「一審原告」という。)

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

菅谷英夫

第三二三〇号事件控訴人兼被控訴(一審被告・以下「一審被告県」という。)

千葉県

右代表者知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

岡田暢雄

今西一男

山本正

杉山憲広

右指定代理人

宮崎理男

外一名

第三二三〇号事件控訴人兼被控訴(一審被告)・第四四〇四号事件申立人(以下「一審被告国」という。) 国

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

大圖明

外二名

主文

一  原判決中一審被告らの敗訴部分を取り消す。

二  前項の部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。

三  一審原告の本件控訴を棄却する。

四  一審原告は、一審被告国に対し、二一一六万二二〇八円及びこれに対する平成一〇年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて一審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  一審原告の控訴の趣旨

1  原判決中一審原告の敗訴部分を取り消す。

2  一審被告らは、一審原告に対し、各自金八八八五万円及びこれに対する昭和六三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて一審被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  一審被告らの控訴の趣旨

主文一、二、五項同旨

三  一審被告国の民事訴訟法二六〇条二項の申立ての趣旨

主文四項同旨

第二  当事者の主張(第三二三〇号事件について)

一  請求原因

1  当事者

(一) 亡甲野太郎(以下「甲野」という。)は、昭和三四年八月ころから、銚子丸海水産加工業協同組合(以下「本件組合」又は単に「組合」という。)に事務員として勤務し、昭和三七年三月から、本件組合の員外理事となり、昭和四四年八月に退職するまで主として会計事務の担当責任者であった。

(二) 本件組合は、昭和二四年に設立されたが、間もなく休眠状態となり、昭和三四年七月ころ、千葉県漁政課の指導により活動を再開するまで約一〇年間、活動を停止していた。本件組合は、活動再開後、共同販売の形式による組合員個人の商品(海産物、塩干類)出荷の取次等を主たる事業とし、取次による手数料を収入源としていた。

2  本件刑事事件の発生とその経緯

(一) 千葉県漁政課職員は、昭和四四年九月五日、本件組合に対し、水産業協同組合法一二三条に基づく検査を実施し(以下「本件検査」という。)、甲野が三千数百万円を横領したと断定し、その旨を外部に発表した。右発表は、直ちに報道機関の知るところとなり、甲野は、横領犯人として新聞、ラジオ等において大々的に報道された。

(二) 銚子警察署所属の警察官は、本件組合から告訴を受け、昭和四四年一二月半ばから、在宅のまま、甲野が業務上本件組合の金員三千数百万円を横領したとする被疑事実について捜査を行い、千葉地方検察庁八日市場支部検察官に事件を送致した(以下、この業務上横領被疑事件及び同被告事件を「本件刑事事件」という。)。

(三) 千葉地方検察庁八日市場支部検察官は、昭和四七年三月二二日、千葉地方裁判所八日市場支部に対し、本件刑事事件について公訴を提起した(同支部昭和四七年(わ)第三〇号事件)。

(四) 同支部の裁判官は、昭和五〇年七月二〇日、本件刑事事件につき、甲野に対し、懲役二年に処する旨の判決を言い渡した。

(五) 甲野は、右判決に対して控訴をしたところ、東京高等裁判所は、昭和五一年一一月一五日、原判決には多くの疑問点があり、甲野の無罪を推測せしめるに足りる多くの証拠があるので、原審において更に審理を尽くすのが相当であるとして、原判決を破棄し、本件刑事事件を千葉地方裁判所八日市場支部に差し戻す旨の判決を言い渡した。

(六) 千葉地方裁判所八日市場支部は、本件刑事事件につき、再び審理を行い(同支部昭和五二年(わ)第二四号事件)、昭和六〇年三月三〇日、甲野に対し、無罪の判決を言い渡した。

3  一審被告県の責任(漁政課職員の検査等の違法性)

一審被告県の職員である漁政課職員は、本件検査の実施過程において、次のとおり、甲野に対し、故意又は過失による違法な公権力の行使を行ったのであるから、一審被告県は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により甲野に生じた後記損害を賠償する責任がある。また、仮に、本件検査が国の機関委任事務としてされたものであったとしても、一審被告県は、その事務の遂行に当たる県知事及びその補助機関ないし補助者たる漁政課職員の給料を支払い、また、右事務の遂行のために所要の経費を負担していたのであるから、国家賠償法三条一項の費用負担者として、同条に基づき、右行為により甲野に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(一) 本件検査自体の違法性

(1) 水産業協同組合法に基づく常例検査は、組合の健全な育成を図るため、組合の業務会計の内容について検査を行うものである。ところが、本件検査は、右の趣旨を超えて個人の犯罪行為を明らかにすべく、漁政課職員と本件組合の幹部が画策の上、甲野の横領額を確定するために行われた。仮に、犯罪行為を明らかにするような検査が許されるとしても、検査の対象となる者の名誉、信用を侵害しないよう十分配慮し、適正な手続により行うべきであることは、憲法三一条の趣旨に照らしても当然のことである。

(2) 本件組合の理事長大崎昭一(以下「大崎」という。)及び会計理事木樽定雄(以下「木樽」という。)は、本件組合の資金不足の責任を甲野に押し付けようと考え、また、大崎は、甲野に対する本件組合及び個人の借入金を踏み倒そうと画策し、甲野が本件組合から貸付金の返済を受けていた点をとらえ、甲野が本件組合の金を横領したとし、千葉県漁政課に連絡をした。

(3) 甲野は、漁政課職員に対し、後記(4)のとおり、甲野と本件組合との間には金銭の貸借関係があり、横領金といわれている金員は、本件組合から甲野に対する債務の弁済であって、この事情を熟知している当時の常陽銀行銚子支店の行員師岡宏光(以下「師岡」という。)から事情を聴取して欲しい旨、また、本件組合の売上帳、預金元帳、個人売上台帳及び振替伝票を調査して欲しい旨要求した。ところが、本件検査は、次のとおり、甲野の弁解に耳を貸すこともなく、乏しい資料、利害関係者の一方のみからの事情聴取に基づいて行われ、二日間という極めて短期間で結論を出したものであり、甲野の権利を侵害するような不公正かつ強制的な方法により行われた。すなわち、漁政課職員は、本件組合振出の小切手の耳と組合員個人の普通預金通帳の照らし合せにより資金の流れを調べ、検査員の一人が小切手の耳の記載を読み上げ、居合わせた本件組合員らに対し「どこかに入っていますか。」と問いかけ、組合員らが「入っていません。」と答えると、「では、甲野の使い込み分…」と決めつけるという方法によって、甲野が本件組合資金を流用したと認定した。甲野は、右のような方法では、本件組合資金の流用であるのか貸金の返済であるのかを区別することは困難であるので、「このような検査に立ち会うことはできない。」と抗議したが、本件組合事務所には、血相を変えた多くの組合員らが詰めかけており、検査員が「分からないのは甲野さんの横領にするんだからいいですよ。」と述べるなど、甲野の弁解が受け入れられる状況にはなかった。そして、甲野は、検査終了後、漁政課職員及び組合員らの見守る中、甲野が本件組合の資金を多額に横領した旨の内容の確認書に署名押印を迫られ、拒否、退出ができないような雰囲気の中で強制的に確認書を作成させられた。

(4) 昭和三七年ころの本件組合の自己資金は、出資金二四万円、増資出資金一〇三万円、公的な補助金八〇万円の合計二〇七万円にすぎなかった。本件組合の収入は、本件組合が組合員の出荷を取り次いだ際の手数料収入が主たるものであったが、右手数料は、売上代金に対し、昭和三七年までは0.5パーセント、昭和四一年までは0.7パーセント、それ以降は一パーセントにすぎず、しかも一人当たりの年間所得手数料が、昭和三七年までは三万円、昭和四一年までは四万円、それ以降は五万円までに制約されていた。また、本件組合においては、いわゆる七分金制度と称する、組合員が出荷するときに本件組合がその売上金の七割を仮払する制度が採用されており、後日出荷先から代金が支払われたときに返還を受けるまでの利息分は本件組合の負担となっていた。本件組合は、このように窮迫した財政状況にあったにもかかわらず、昭和三七年ころ、組合員の出荷品の保管及び冷凍魚加工の便宜に供するため、約一九〇〇万円の費用をかけて冷蔵庫を設置することを計画した。本件組合は、右設置費用のうち、一〇四〇万円を政府資金から、八〇万円を県及び市の補助金から調達することができたが、残余の八〇〇万円のうち、増資により充当できたのは約一〇〇万円にすぎず、その余の資金は、金融機関からの借入金や組合員からの預り金により賄うことになった。他方、右冷蔵庫に対する組合員の使用料は極めて低廉であった。

以上のように、本件組合の経理は、収入と支出との均衡が崩れていたため、毎年大幅な赤字を累積し、非常に苦しい状態にあったことから、本件組合は、振り出した小切手の決済資金にも窮するようになり、甲野又は他の組合幹部から融通を受けるなどして急場を切り抜ける状態であった。そのため、甲野は、本件組合の役員会や組合員総会を通じて、組合員に対し、組合資本の充実、手数料の引き上げなどを要請したが、組合員個人の負担増加となるため、容易には協力が得られなかった。また、本件組合においては、経理を担当する職員に時間的余裕が与えられておらず、人材も十分でなかったため、帳簿処理は万全ではなかった。そこで、甲野は、昭和四二年二月から昭和四四年八月までの間、本件組合に対し、本件組合の小切手決済資金に充てるため、合計一億二三七〇万三四三〇円を貸し付けた。これに対し、本件組合は、九二〇四万六〇〇〇円を返済したので、当時、甲野は、本件組合に対し、三一六五万七四三〇円の貸付金債権を有していた。

(5) 千葉県漁政課は、前記(3)のような不十分な検査であるにもかかわらず、甲野を横領犯人と決めつけ、横領額等の検査結果を組合幹部、組合員一五名、県職員五名の前で発表し、それにより、甲野が横領を認めた旨の記事が新聞に掲載され、甲野の名誉及び信用が著しく侵害された。

(二) 大崎らによる甲野所有財産の不法処分への関与

甲野は、昭和四四年八月二日ころ、本件組合振出の小切手が不渡りになりそうになった際、大崎及び木樽からの依頼を受け、一次的な資金調達担保のため、甲野又は一審原告所有の各不動産(以下「本件各不動産」という。)の権利証並びに実印を大崎らに預けた。その後、甲野が再三にわたり禁止したにもかかわらず、大崎及び木樽は、本件各不動産につき、本件組合に対し、譲渡担保を原因とする所有権移転登記をし、その後第三者に対する所有権移転登記が経由された。右のような大崎らによる甲野所有の本件各不動産の売却は、右不動産を早く処分しないと組合の負担が重くなるので、早急に処分するようにとの漁政課職員による指導に従って行われた。このように、漁政課職員は、大崎らによる本件各不動産の不法な処分を教唆ないし幇助したものである。

4  一審被告県の責任(警察官の捜査の違法性)

一審被告県の職員である銚子警察署警察官らは、本件刑事事件の捜査を行ったが、その遂行過程において、次のとおり、甲野に対し、故意又は過失による違法な公権力の行使を行ったのであるから、一審被告県は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により甲野に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(一) 裏付捜査の不十分性

甲野は、昭和四四年一二月半ばころから、本件刑事事件に関し、銚子警察署において取調べを受けた。甲野の取調べを担当した香取信好警察官(旧姓福島。以下「香取警察官」という。)は、甲野に対し、本件組合から告訴状が提出されており、それによると昭和四二年四月一日から昭和四四年八月二日までの間、甲野が組合の資金を三〇〇〇万円以上横領したとされていると説明した。甲野は、香取警察官に対し、告訴状の内容は事実無根であり、甲野が本件組合に貸与した金員につき返済を受けただけである旨弁解し、甲野と本件組合との間に貸借関係が生じた原因を説明し、甲野や本件組合の銀行元帳、本件組合の帳簿、伝票類を調査すれば右弁解が裏付けられると申し述べた。

本件のような事案では、本件組合の資金が甲野に流れたとしても、それが本件組合資金の流用行為なのか、それとも甲野の弁解にあるように貸金の返済を受けたにすぎない行為なのかについて慎重に捜査をする必要があるにもかかわらず、香取警察官は、次のとおり、不十分な裏付捜査しかしなかった。

(1) 犯罪の動機の解明のためには、甲野の資産、収入、信用状況の把握、また、本件組合の経営実態等の捜査が必要であるにもかかわらず、その点についての捜査をしなかった。

(2) 甲野は、当時、アパート、モーテル等の経営により、相当の収入があり、その収入は現金で得ていた。したがって、甲野から本件組合に対する貸付も現金でされていたが、その資金の流れの捜査が不十分であった。

(3) 本件組合の銀行預金元帳においては、「甲野から借り」、「甲野に返済」等の記載がされているのであるから、その真否を確認するため、担当銀行員師岡からの事情聴取が必要であり、また、甲野と本件組合との間の金銭消費貸借に関する契約書等の関係書類が存在しない合理的理由も同人から事情聴取すれば判明したにもかかわらず、その点についての捜査をしなかった。

(4) 甲野から本件組合、組合から甲野のそれぞれに対する資金の流れの時間的前後関係の捜査をしなかった。

(5) 甲野が本件捜査の際に作成した確認書と捜査の際に作成された供述調書との間には金額等の点で大幅な食い違いがあったにもかかわらず、その点についての捜査をしなかった。

(二) 自白の誘導等

香取警察官は、右のような不十分な捜査に基づき、甲野の法律的な無知につけ込み、「本件組合の借用証書か総会の議事録がなければ貸借と認めることはできない。本件組合の金が甲野個人に流れたということは、理由のいかんを問わず横領罪になる。」などと述べて甲野を錯誤に陥れ、かつ、「そんな訳の分からないことを言っていると執行猶予になるはずのものが実刑になる。」等と脅し、自白調書の作成を強要した。

5  一審被告国の責任(検察官の公訴提起等の違法性)

千葉地方検察庁八日市場支部田村實検察官(以下「田村検察官」という。)は、本件刑事事件の公訴提起及び追行過程において、次のとおり、甲野に対し、故意又は過失による違法な公権力を行使したのであるから、一審被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により甲野に生じた後記損害を賠償する責任がある。

警察官から事件の送致を受けた田村検察官は、法律の専門家として、警察官の捜査の適否について判断し、その足りないところを補充し、誤りを是正すべきであり、犯罪を犯したとするに十分な理由がないことが明確であるにもかかわらず行われた公訴提起、追行は違法であるというべきである。

本件では、警察から送致された一件記録には、前記4(一)のとおり、疑問点及び不十分な点があった。このように、捜査が不十分であり、疑問点が多く存在する場合は、検察官としては、甲野が本件組合の資金を横領したか、あるいは、甲野の弁解にあるように、貸付金の返済を受けたものであるかを司法警察員に指示を与えて捜査すべき義務があるというべきである。ところが、田村検察官は、本件事案の性質上、当然行うべき右のような補充捜査を何ら行わず、警察の捜査の不十分性を見過ごし、本件刑事事件について、証拠上合理的な疑いが顕著に存在するにもかかわらず、公訴を提起し、維持したものである。

(一) 公訴提起の違法性

(1) 甲野が主張する前記3(一)(4)の貸付金の存在という合理的弁解に対し、何ら耳を貸さなかった。

(2) 本件組合や銀行の帳簿の調査をせず、師岡から事情聴取をしなかった。

(3) 大崎及び木樽を不起訴処分としながら、他方、形態としては同一の甲野のみを起訴した。

(二) 公訴維持・追行の違法性

(1) 本件刑事事件について証拠上合理的疑いが顕著に存在するにもかかわらず、公訴を維持・追行した。

(2) 弁護人が申請した師岡証人の重大性を看過し、その取調べの必要性がないと反対し、裁判所が証拠決定した後も、右証人の取調べ期日に立ち会わないなど、公益の代表者として真実発見の義務にも違反した。

(3) 本件刑事事件の公判中、甲野の主張に合致する民事事件(所有権移転登記等抹消登記手続請求事件)の判決が言い渡されたにもかかわらず、それを何ら考慮しなかった。

6  一審被告国の責任(差戻前一審の裁判官の行為の違法性)

千葉地方裁判所八日市場支部亀下喜太郎裁判官(以下「亀下裁判官」という。)は、次のとおり、甲野に対し、故意又は過失による違法な公権力を行使したのであるから、一審被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、右行為により甲野に生じた後記損害を賠償する責任がある。

本件刑事事件における甲野の主張及び訴訟記録を見れば、全体について、甲野の主張が合理的であり、犯罪を犯したと認めるに足りる十分な理由がないのであるから、疑わしきは被告人の利益にという原則からすれば当然無罪の判決をすべきである。しかしながら、亀下裁判官は、証拠関係を十分に吟味しなかっただけでなく、甲野の弁解や弁護人の主張に何ら耳を貸さず、法律上の主張について特に判断を示すことなく、予断と偏見をもって訴訟指揮を行い、有罪判決を下した。

7  損害

(一) 弁護士費用相当額

合計三一五〇万円

(1) 刑事事件の弁護士費用(二一〇〇万円)

一審被告らの前記各行為により、甲野は、何らの根拠もなく横領犯人と決めつけられた。甲野が最終的に無罪判決を得るまで次の各刑事裁判を経なければならず、そこにおいて要した弁護士費用は、一審被告らの前記各行為と相当因果関係を有する損害に当たるというべきである。

① 千葉地方裁判所八日市場支部昭和四七年(わ)第三〇号業務上横領被告事件(懲役二年の実刑)一五〇万円

② 東京高等裁判所昭和五〇年(う)第七一三号業務上横領控訴事件(破棄差戻し) 一五〇万円

③ 千葉地方裁判所八日市場市支部昭和五二年(わ)第二四号業務上横領被告事件(無罪) 三〇〇万円

(2) 民事事件の弁護士費用(一〇五〇万円)

前記3(二)記載のとおり、甲野又は一審原告が所有する本件各不動産は、大崎らによって処分されたが、甲野は、その回復のために民事訴訟の手続を取らざるを得ず、その弁護士費用として以下の金額を要した。

① 水戸地方裁判所麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号所有権移転登記等抹消登記手続請求事件(全部勝訴)

六五〇万円

② 東京高等裁判所昭和四七年(ネ)第一五四四号所有権移転登記等抹消登記手続請求控訴事件(和解により解決)

三〇〇万円

③ 千葉地方裁判所八日市場支部昭和五二年(ワ)第一八号所有権移転登記等抹消登記手続等請求事件(和解により取下げ) 一〇〇万円

(3) 本件の弁護士費用一五〇〇万円

(二) 逸失利益 四六三五万円

甲野は、本件各不動産を使用して下宿、モーテル、貸別荘業等を営んでおり、当時毎月七五万円の収益を上げていたところ、前記3(二)記載のとおり、本件各不動産が処分されたことにより、右収入を得ることができなくなった。したがって、本件各不動産を大崎らが処分した昭和四四年八月から甲野が回復することができた昭和六一年九月まで合計二〇六月間の得べかりし利益一億五四五〇万円は、被告らの前記行為と相当因果関係を有する損害というべきであり、そのうちの三割に当たる四六三五万円を請求する。

(三) 甲野が本件組合との和解により放棄した貸付金 三二〇〇万円

甲野は、本件各不動産を回復する手続において、本件組合に対する貸付金三二〇〇万円を和解手続の中で放棄させられた。これは、一審被告らの違法行為によって生じたものである。

(四) 慰謝料 七〇〇万円

甲野は、前科、前歴もなく、善良な一市民として暮らしていたところ、一審被告県の漁政課の不合理極まる本件検査から始まった一連の手続において、本件各不動産を処分されただけでなく、刑事事件の被疑者として連日のように取調べを受け、約一五年にもわたる間、被疑者ないし被告人の地位に置かれて最低の生活を送ることを余儀なくされた。このような甲野の労苦に対する慰謝料としては、金七〇〇万円が相当である。

(五) 本件は、本件組合幹部の言葉を盲信した一審被告県の漁政課職員の本件検査に端を発し、一審被告らの行為が客観的に共同し、積み重なったものであり、それによって甲野に対し前記損害を与えたものであるから、一審被告らは、甲野に対し、共同不法行為の責任を負うべきである。

8  相続

甲野は、平成一一年二月六日に死亡した。その相続人は、一審原告のみである。

9  よって、一審原告は、一審被告らに対し、国家賠償法一条一項又は三条一項に基づき、各自甲野から相続取得した一審原告の損害のうち一億一六八五万円(本件控訴による請求分は八八八五万円である。)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

(一審被告県)

1(一) 請求原因(一)の事実のうち、甲野が本件刑事事件発覚当時本件組合の員外理事の地位にあり、主として会計事務を担当していたことは認め、その余の事実は知らない。

(二) 同1(二)の事実のうち、本件組合が昭和二四年に設立されたことは認め、その余の事実は知らない。

2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、千葉県漁政課職員が、昭和四四年九月五日、本件組合に対して水産業協同組合法一二三条に基づいて検査を実施したことは認め、甲野が三千数百万円を横領したと断定しその旨外部に公表したことは否認し、その余の事実は知らない。

(二) 同2(二)の事実のうち、千葉県警察銚子警察署所属の警察官が本件組合からの告訴を受け、甲野の業務上横領被疑事実について捜査を行い、千葉地方検察庁八日市場支部検察官に右事件を送致したことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同2(三)の事実は認める。

(四) 同2(四)の事実は認める。

(五) 同2(五)の事実のうち、東京高等裁判所が、昭和五一年一一月一五日、原判決を破棄し、本件刑事事件を千葉地方裁判所八日市場支部に差し戻す旨の判決を言い渡した事実は認め、その余の事実は知らない。

(六) 同2(六)の事実は認める。

3 請求原因3の冒頭部分の事実のうち、本件検査が国の機関委任事務として行われたこと、一審被告県が本件検査を行った職員の給与を支払ったこと、一審被告県が国家賠償法三条一項の費用負担者であることは認め、その主張は争う。

(一)(1) 同3(一)(1)の事実のうち、水産業協同組合法に基づく検査が組合の健全な育成を図るため組合の業務会計の内容について検査を行うものであることは認め、その余は否認する。

(2) 同3(一)(2)の事実のうち、本件組合の役員から千葉県漁政課に対して本件組合の会計に不正行為の疑いがある旨の連絡があったことは認め、その余は知らない。

(3) 同3(一)(3)の事実のうち、本件組合振出の小切手の耳と組合員個人の普通預金通帳の照らし合わせが検査の一部であったことは認め、その余は否認する。

(4) 同(一)(4)の事実のうち、一審被告県が昭和三七年、本件組合に対し冷蔵庫設置資金として補助金五〇万円を支出したことは認め、甲野が昭和四二年二月から昭和四四年八月までの間、本件組合に対して三二八五万七四三〇円の貸付金債権を有していたことは否認し、その余の事実は知らない。

(5) 同3(一)(5)の事実は否認し、主張は争う。

(二) 同3(二)の事実のうち、本件各不動産につき、一審原告主張のような経緯で各登記が経由されたことは知らない。その余の事実は否認し、主張は争う。

(三) 一審被告県の反論

(1) 本件検査の経緯

① 千葉県漁政課職員は、昭和四四年九月五日、六日、九日ないし一一日の合計五日間、水産業協同組合法一二三条四項に基づいて本件検査を実施した。本件検査は、本来国の権限に属するものであるが、機関たる千葉県知事に委任された事務(地方自治法一四八条二項別表第三{八九})で、県知事から命ぜられた県吏員である漁政課職員が実施するものである。

昭和四四年当時、千葉県漁政課では、本件組合のような水産加工業協同組合に対しては、ほぼ二年に一回の割合で常例検査を実施しており、本件組合に対しては、昭和四四年九月中旬に実施する予定であった。ところが、同年八月中旬、本件組合の役員から組合の会計に不正の疑いがあるので検査を実施されたい旨の要請があったこともあり、同年九月五日から本件検査を実施したものである。

② 常例検査は、組合の業務又は会計の状況につき、帳簿、物件、証拠書類及びその他の業務記録を検査し、関係人から必要な聴取をすることにより、法令、法令に基づく行政庁の処分、定款若しくは規約に違反する事項の有無、財産の状況、業務執行の適否等を明らかにするために実施されるものである。ところが、本件組合については、法令上当然備え置くべき帳簿類等が整備されておらず、帳簿等に基づいて検査を行うことが不可能であった。そのため、本件組合の小切手帳の控え、各取引銀行から取り寄せた残高証明書、本件組合及び甲野の銀行預金口座元帳の写し等現存する限りの資料をもとにし、記録の不備を補うため、甲野を始めとして大崎、木樽ら組合役員同席のもとに説明を受けながら検査を進めた。そして、小切手の耳と本件組合の銀行口座元帳とを照合して金銭の動きを調査した結果、小切手の耳では本件組合の口座に入金されているはずの金員の全部又は一部が甲野個人の口座に入金されるなど、趣旨不明の金銭の出入りが多数繰り返されていることが判明し、最終的には、三〇〇〇万円強の金額が本件組合の口座から出金されたままとなっていたことが判明した。そこで、漁政課職員が甲野に対して説明を求めたところ、甲野は、自らが流用したことを認めたため、右金額を甲野による不正消費額と認定した。

漁政課職員は、本件検査の終了に際し、水産業協同組合検査規程(昭和三四年四月一日訓令第三号)一〇条に基づく講評として、大崎及び木樽ら組合役員に対し、右のような検査結果を伝えるとともに、早急に組合の整備を図るよう助言した。

したがって、本件検査は、法の趣旨に基づきされたものであって、甲野の犯罪行為の摘発を目的として行われたものではない。また、本件検査は、刑事責任の追求とは無関係にされたものであるが、甲野の弁明の機会が十分に保障される形で実施されたものであって、憲法三一条の趣旨は十分担保されていた。

③ 甲野以外に本件検査及び講評に立ち会ったのは、大崎、木樽ら本件組合の役員幹部だけであり、一般の組合員の立会いはなく、検査期間中及び検査後を通じて、漁政課職員が外部に対して検査結果を公表した事実は一切ない。

④ 一審原告は、漁政課職員が大崎らに対して本件各不動産を処分することを示唆し、幇助したと主張する。しかし、本件各不動産に譲渡担保権が設定されたのは、本件検査の前である昭和四四年八月一八日から同月二八日までの間であって、漁政課職員が関与することはあり得ない。漁政課職員は、甲野と本件組合との間で流用金の弁済方法について合意が成立していたことを聞いていたため、その早期実現を指導したにすぎず、右指導は、本件組合の会計の健全な運営のため当然に要求されるものであって、そこには何ら過失はない。

(2) 本件検査は、国の機関委任事務としてされたところ、機関委任事務はあくまで国の事務であるから、「公権力の行使」は国の機関としての公権力の行使というべきである。したがって、漁政課職員による本件検査の実施は、地方公共団体の事務の遂行ではないから、一審被告県は、国家賠償法一条一項が予定する責任主体となるものではない。

4 請求原因4の冒頭部分の主張は争う。

(一) 同4(一)(1)ないし(5)の事実のうち、甲野が香取警察官の取調べを受けたことは認め、その余は否認し、主張は争う。

(二) 同4(二)の事実は否認する。

(三) 一審被告県の反論

(1) 捜査の端緒

銚子警察署は、昭和四四年九月中旬、銚子市内の漁業協同組合で不正があったとの風評及びそのころの新聞報道を端緒として、金融機関への照会を中心として内偵調査を開始していたが、同年一〇月九日、本件組合の理事大崎から甲野を被告訴人とする告訴状を受理し、本格的に捜査を開始した。右告訴状は、本件組合の員外理事であり会計担当であった甲野が、昭和四〇年ころから昭和四四年七月三一日まで、本件組合の預金口座から約五二〇〇万円を金員を引き出し、そのうち約三〇九七万円を不正使用したという内容であった。

(2) 捜査の経緯及び方法

銚子警察署では、定款、決算書類、小切手の耳等本件組合から入手できるものについては任意に提出を受けるとともに、本件組合、甲野、大崎、木樽等関係者の各取引金融機関に対して捜査関係事項照会を行い、銀行元帳の写しを入手した。また、香取警察官が甲野に対して捜査協力を求めたところ、甲野は、自ら金銭の流れの一覧表を作成したばかりか、自らの記憶をもとに任意に答申書を作成し、捜査に協力した。その結果、本件組合と甲野の預金口座間の金員の流れ、本件組合の預金口座から出金後行方の不明な金員の存在等が判明した。香取警察官は、甲野に対し、本件組合と甲野との間の貸借関係の有無を確認したが、甲野は、それを明確に否定し、自己に有利な証拠の提出をしなかったばかりか、流用の事実を認める供述をした。香取警察官らは、右の経緯を前提として甲野の資産状況、資産保有のための資金借入状況を含めた資金繰りの状況等を捜査し、甲野及びその妻である一審原告名義の金融機関の口座等に関する捜査、木樽の経営する水産加工業の金融機関の口座に関する捜査も行い、不正に費消された金員の使途についての周辺的捜査も十分に実施した。以上のような捜査を経て、銚子警察署は、昭和四五年七月一〇日、甲野を業務上横領事件の被疑者として千葉地方検察庁八日市場支部検察官に書類送付した。

なお、一審原告は、取引銀行の行員師岡について捜査しなかったことを非難するが、甲野が自白していたこと及び金員の流れ自体は銀行元帳等の突き合わせで十分解明されていたことに照らせば、右非難は当たらないというべきである。

(3) 犯罪捜査の手法は、犯罪の種類、性質、態様、規模、被害者の態度等諸般の事情によって千差万別であり、そこにおける捜査官の判断には、広い裁量が認められている。特に、本件のような告訴事件の場合においては、犯罪の嫌疑の有無、程度に関して捜査官が必要と考える捜査を行い、速やかに事件を検察官に送付しなければならない。すなわち、刑事訴訟法二四二条は、告訴事件の処理に関して、「司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。」と規定しているが、この規定の趣旨は、捜査をせずに直ちに送付するのではなく、さしあたり収集すべき証拠を収集し、一応事案の概要を把握できる程度に捜査を遂げ、刑事事件として成立し得るかどうかの見極めができる程度の捜査を尽くすことが必要であるというものである。この趣旨からすると、捜査官としては、右に対応する通常の義務を怠らない限り、捜査が違法と評価されることにはならないのである。

銚子警察署は、右趣旨に沿って、前述のとおり、関係者からの事情聴取及び必要な証拠物の収集等の捜査を行い、刑事事件として成立し得るかどうかの見極めができる程度の捜査を遂げ、検察官に事件を送付したものであり、必要な周辺的捜査は十分尽くされており、裏付捜査を含め適切に行われたといえる。また、甲野に対する事情聴取や取調べの際に、自白の誘導等がなかったことも明白である。

右のような捜査の経緯、方法に照らせば、銚子警察署の警察官の捜査には何ら違法はないというべきである。

5 請求原因7は争う。

6 請求原因8の事実は認める。

(一審被告国)

1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、甲野が昭和三四年八月ころから昭和四四年八月ころまで本件組合に事務員として勤務し、昭和三七年三月員外理事に就任し、主として会計事務を担当していたことは認め、その余は知らない。

(二) 同1(二)の事実のうち、本件組合が昭和二四年に設立されたこと及び本件組合が実質的活動を行っていなかったところ、昭和三四年七月ころ事業活動を開始したことは認め、その余は知らない。

2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、一審被告県の漁政課職員が、昭和四四年九月五日、本件組合に対して水産業協同組合法に基づく検査を実施したことは認め、その余は知らない。

(二) 同2(二)ないし(六)の事実は認める。

3 請求原因5の冒頭部分の主張は争う。

(一)(1) 同5(一)(1)及び(2)の事実は否認する。

(2) 同5(一)(3)のうち、甲野が起訴され、大崎及び木樽が不起訴となったことは認め、その余は否認する。

(二)(1) 同5(二)(1)の主張は争う。

(2) 同5(二)(2)の事実のうち、田村検察官が弁護人申請の師岡証人について取調べの必要がない旨の意見を述べたこと及び同証人の取調べに立ち会わなかったことは認め、その余の主張は争う。

(3) 同5(二)(3)の主張は争う。

(三) 一審被告国の反論

(1) 無罪判決の確定と検察官の職務行為に関する国家賠償法上の違法性との関係

① 総説

検察官の公訴提起等の職務行為の国家賠償法上の違法性は、当該行為が行われる時点における証拠資料を総合勘案して、それが法の許容するところであるか否か、換言すれば、当該行為が検察官の個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反するか否かによって決せられるべきである(職務行為基準説)。

② 検察官の職務行為からみた職務行為基準説

現行の刑事手続は、刑事裁判に関与する国家機関を検察官と裁判所に二分し、前者に対しては、犯罪の捜査(検察庁法六条一項)並びに公訴の提起、裁判所に対する法の正当な適用の請求及び裁判の執行の監督(同法四条)の各権能を与え、後者に対しては、検察官の右公訴提起に対し、当該被告人が有罪か無罪かを最終的に決定する権能を与えるとともに、有罪判決をする場合には、「合理的な疑いを容れない程度」にまで達する高度な犯罪の嫌疑ありとの心証(確信)を要求し、もって、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に実現することを目的」(刑事訴訟法一条)としている。このように、検察官は、裁判官とは異なり、犯罪を覚知し、被疑者を検挙、起訴して裁判所に犯罪の成否、刑罰権の存否について審判を求め、もって、国家の刑罰権を適正に実現し、法秩序の維持を図ることを職責とする国家機関である。そして、検察官の公訴提起は、「検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示」であり、検察官が右審判を求めるのは、その時点における証拠資料から得られる嫌疑に基づいてするものであるから、検察官の公訴の提起の違法性を論ずる場合には、公訴提起の時点における証拠資料を勘案して決すべきであることは当然のことである。

③ 国家賠償法一条一項の違法性からみた職務行為基準説

そもそも、公務員の公権力の行使の中心は、優越的、高権的な意思作用であるから、それを行使すれば、個人の権利利益に制限を課すことになる場合が少なくないのであるが、そのような制限を課すことは、刑事手続における逮捕、勾留をみるまでもなく、公権力の行使の根拠法規それ自体が予定し、許容しているところである。それゆえ、公権力の行使により結果的に権利利益の制限が生じているとの一事をもって、直ちに公務員の公権力の行使が違法であると評価することはできない。すなわち、国家賠償法上の違法性の根拠は、権利利益の制限という事実ではなく、当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の行為規範に照らし、個別の国民の権利利益に制限を加えることが法の許容しないものであると認められること(職務義務違反性)に求めるべきである。

(2) 公訴提起の違法性の有無についての判断基準等

① 公訴提起に要求される犯罪の嫌疑の程度

検察官が公訴提起をするに際し、行為規範として要求される犯罪の嫌疑の程度は、有罪判決の得られる可能性、すなわち、検察官の主観においてはもちろん、客観的にも犯罪の嫌疑が十分であって、有罪判決を期待し得る合理的根拠の存することが必要であり、また、これをもって足りる。したがって、検察官の公訴提起は、無罪判決が確定した場合であっても、直ちに国家賠償法一条一項上違法となるのではなく、検察官が有罪判決の得られる可能性があると判断し、有罪判決を期待し得る合理的根拠が存するとして公訴を提起した場合には、公訴提起に国家賠償法上の違法性は存しないというべきである。

② 違法性の有無の判断基準

ア 総説

先に述べたように、国家賠償法上の違法性が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務違反に求められるものである以上、違法性の有無を判断するに当たっては、当該職務行為ごとの特質を十分に考慮して慎重に検討すべきものである。そして、検察官の公訴提起の特質を考慮すると、検察官の公訴提起は、有罪と認められる嫌疑があると判断した検察官の証拠評価及び法的判断が、法の予定する一般的検察官を前提として通常考えられる検察官の個人差による判断の幅を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで、経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができない程度に達している場合に、初めて違法と判断されると解するのが相当である。

イ 具体的判断基準の根拠

検察官は、犯罪の成否の判断に当たって、論理則、経験則に則って証拠の取捨選択及び評価をし、証拠の充足の有無を判断して事実の認定を行うのであるが、法は、証拠をどのように評価し、どのような心証形成を行うべきかについては、何ら規定するところがなく、これを検察官の自由な証拠評価、心証形成に委ねているということができる。すなわち、証拠関係は、事件ごとに個別性が極めて強く、量的にも質的にも多種多様であるから、犯罪の成否に関する検察官の判断は、所与の基準に当てはめて判断するというような画一的なものではなく、検察官としては、自己の素養、知識、経験等を頼りに自己が正当であると信ずるところに従って、証拠を総合的に評価し、心証を形成し、事実を認定して犯罪の成否を判断していくほかはない。したがって、検察官がいかに真摯な態度で事に臨んだとしても、その合理的であると考えられる証拠評価、心証形成に理論則、経験則の許容する範囲内で個人差が生じることが避けられないのは当然のことであり、合理的な証拠評価、心証形成というものは、客観的かつ一義的に定まるものではなく、法の予定する一般的検察官を前提として通常あり得る個人差の範囲に対応する一定の幅があることを認めなければならないのである。

③ 違法性の有無の判断資料

検察官の公訴提起における違法性の根拠が、公訴提起時における通常の検察官の行為規範に照らした職務上の法的義務違反にあることからすると、検察官の公訴提起の違法性の有無を判断する場合の判断資料については、公訴提起時において検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料に限って判断資料に供し得るものと解すべきである。そして、右における通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料とは、検察官が公訴提起時までにそれらの証拠を収集しなかったことに義務違反があると認められる場合、すなわち、公訴の提起時に検察官が現に収集した資料に照らし、その存在を予測することが可能な証拠資料であって、通常の検察官において公訴提起の可否を決定するに当たり、当該証拠資料が必要不可欠と考えられ、かつ、当該証拠資料について捜査をすることが可能であるにもかかわらずこれを怠ったなど特段の事情が認められる場合をいうものと解すべきである。したがって、手持ちの証拠資料のみで有罪の嫌疑が認められると合理的に判断され、更に捜査を尽くすことが公訴提起の可否を決する上で必ずしも重要ではないと判断される場合、あるいは、捜査を尽くすことが不可能である場合等については、捜査を尽くす義務を負うに至らないことはいうまでもない。

(3) 検察官の公訴追行の違法性の有無についての判断基準

検察官の公訴追行の違法性の有無の判断基準についても、職務行為基準説に立つ以上、公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りると解すべきであるが、公訴追行時の検察官は、公訴を提起した検察官の収集した証拠及び心証を引き継いで公訴を追行することになるから、公訴提起が違法でないならば、公訴の追行も原則として違法ではなく、公訴提起後、公判において右嫌疑を客観的かつ明白に否定する証拠が提出され、もはや到底有罪判決を期待し得ない状況に至らない限り、違法とされることはないと解するのが相当である。

(4) 本件における公訴提起

① 通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料の有無

ア 自供に対する裏付捜査の要否は、右裏付捜査によって得られる証拠資料が通常の検察官において公訴の可否を決定するに当たり必要不可欠と考えられるか否かにより決せられるというべきである。そして、自供の裏付けは、当該供述証拠による事実認定の合理性の担保ということであるから、犯罪事実認定に重要な自供内容が不自然な場合は、その供述内容について疑問を留保した積極的な裏付けを行い、その真否を明らかにする必要があるが、供述内容自体に不自然さが認められない場合には、その供述を一応信頼した確認的な裏付けをしてそれが供述内容と合致すれば、その時点においては、捜査機関に与えられた裏付捜査義務は尽くしたといえ、仮に、爾後に供述内容と矛盾する証拠が出現したとしても、裏付捜査義務を懈怠したことにはならない。

イ 本件においては、甲野が捜査段階において横領の犯行を一貫して認めていたことに照らすと、既に甲野の被疑事実に関しては、金融機関などに対する捜査により資金の動きが解明され、組合の口座から甲野の口座への金員の流れ、組合の口座から出金後の行方の不明な金員の存在がいずれも判明し、それらについて甲野自ら使途を含め着服した事実を認め、組合の資金を正規の手続を経ることなく、欲しいままに自己の口座に振り込むなどの行為を行っていたことが明らかになっていたのであるから、捜査機関が行うべき所要の裏付捜査は行われていたといえる。

すなわち、甲野は、本件検査後の昭和四四年九月一一日、組合長に対し、三〇九七万九五二五円の金員を横領したことを認め、所有する本件各不動産を処分して被害金の弁償に充てて欲しい旨の確認書を作成した。銚子警察署は、本件組合からの告訴を受け、強制捜査ではなく任意捜査の方法により、甲野及び本件組合から資料の提出を受け、取引銀行から預金元帳を取り寄せるなどして捜査を行い、甲野と本件組合の間の金銭の出入り状況について甲野から説明を受けながら一覧表を作成した。甲野は、捜査の当初から捜査官らに対して横領の事実を認め、責任を強く感じているとの態度を示し、弁解をしなかった。甲野は、田村検察官の取調べに対しても、自己の経歴、身上関係、収支関係、本件組合の業務及び収支関係等につき、詳細に供述し、一覧表記載の事実はすべて真実であり、本件組合の金員を自己のために費消し、あるいは、銀行の与信を得るために自己名義の預金口座に入金した旨の横領の動機、方法等について詳細に自白した。このように、甲野は、自ら帳簿類を精査して作成した一覧表に基づいて横領事実を認めていたのであるから、甲野の主張に耳を貸さなかったとする一審原告の主張は、その前提において誤っている。

ウ また、一審原告は、田村検察官が師岡から事情聴取をしなかった点が違法であると主張する。しかし、同人を調べていればどのような事実が判明し、その結果どのような理由で甲野に対する起訴がされなかったのか等の検察官の公訴提起の違法を基礎付ける具体的な事実の主張を全く欠いており、主張自体失当である。仮に、その点は措くとしても、通常取引銀行の担当者が組合内部の事情を知っていたとは考えられないこと、同人の供述が横領罪の成否の決め手にはならないと考えられること及び捜査官が銀行と本件組合との取引に係る預金元帳等の帳簿類を入手していたこと、甲野から田村検察官に対して、師岡を取り調べて欲しい旨の上申もなかったこと等の事情に照らせば、捜査段階において同人の事情聴取を行わなかったことが違法であるとは到底言い得ない。

② 検察官の本件公訴提起における判断の合理性

ア 本件公訴提起当時、甲野の業務上横領についてはその犯行を疑うに足りる客観的事実関係が認められた。

すなわち、甲野は、所定の手続を何らとることなく組合役員らに秘したまま組合の口座から出金し、その一部を甲野個人の口座へ入金しており、特段の事由のない限り、その事実自体が横領罪における不法領得の意思を合理的に推認させる横領行為の典型的外形を有していることが明らかである。

また、甲野は、単なる経理係の員外理事で組合から月額四万円程度の給料を受け取っていたにすぎない立場であるから、組合のために多数回にわたり金を立て替え、あるいは、貸付けをしていたこと自体不自然、不合理である。そして、事実、甲野が組合のために立替払や貸付けをしていたというのであれば、後に貸付金や立替金の存在そのものについての証明ができなくなるおそれがあることから、後日の返還請求に備え、あるいは、相殺処理に紛議を招かぬように、当然その点についての明確な記録を残して慎重に保存しておくはずである。それにもかかわらず、甲野が明確な記録を残していないという客観的な事実からすると、まず、甲野が組合に貸し付け、組合のために立替払をしたという事実そのものが存在しないか、あるいは、甲野が何らかの目的をもって、故意に明確な記録や証拠を残さなかったかのいずれかであると判断することは十分に合理的である。前者であれば、甲野の弁解自体が成り立たないことになるし、後者であれば、甲野が故意に記録等を残さなかった理由としては、これを残すことにより自己がした横領行為等不正事実の発覚することを恐れたからであると認められ、その場合には、甲野から組合への入金は、横領金の被害弁償そのものと認められるからである。

さらに、組合の口座と甲野の口座との入出金の先後関係は、少なくとも公訴事実に関する限りでは、常に組合から甲野への出金が先行しており、したがって、組合から甲野への出金の事実があるものは、いずれも甲野が組合に貸し付け、あるいは、組合のために立て替えた金員の返済を受けたものである旨の甲野の弁解は、不合理である。

また、いわゆる「いってこい」についていえば、本件当時、常陽銀行銚子支店等では、得意先の便宜を考え、小切手が持参されると交換前にその小切手を担保の形にして直ちに現金化していたのである。例えば、甲野は、組合の三菱銀行銚子支店の額面四五万円の小切手を振り出し、それを自己の取引銀行に持参すると、同銀行では直ちにそれを現金化してくれるため、その現金化した四五万円を組合の三菱銀行銚子支店の当座預金口座に入金しておくのである。そうすると、その二、三日後に右小切手が決済されるため、一見甲野による組合への出金が先行する形になるのであるが、これはその実体からして甲野が組合に対して貸し付けたり、あるいは、甲野が組合のために立替払したりした金員であるとは到底評価できないものである。そもそも、右の資金の流れの先後関係については、警察の捜査の段階において既に検討されていたものであって、警察官は、業務上横領事件として確実に立証できると判断される昭和四二年以降を立件して検察官に送致したのである。

イ また、甲野は、捜査段階において一貫して横領の事実を認め、特段の弁解もしていなかった。

そもそも、甲野は、警察での任意の取調べ以来、一貫して横領の事実を認め、弁解もしていなかったと認められる。甲野の取調べは、身柄拘束は行わず、いわゆる任意の取調べの方法によったものであることは争いないところ、このように、任意の取調べにおいて、被疑者が取調べの最初の段階から一貫して自白している場合には、その自白の信用性は高いというべきである。そして、その自白の信用性については、自白の経過のみならず、その内容が合理的か否かによっても判断されるべきことは当然であるが、その合理性は、客観的状況との関連で判断されるべきである。本件においては、右に述べたとおり、甲野の捜査段階の自白は、客観的な情況事実とよく符合するもので何ら矛盾抵触するものではなく、その供述経過及び供述内容に照らして十分な信用性があるものと評価できたのである。

③ なお、一審原告は、田村検察官が甲野のみを起訴し、大崎及び木樽を不起訴処分としたことが違法である旨主張するが、公訴の提起は、検察官の裁量によるものであり、甲野に対して公訴提起をしたことが、大崎及び木樽を不起訴処分にしたことによって違法になるということはあり得ないのであり、右主張も正当でない。

(5) 本件における公訴追行

① 一審原告は、田村検察官が証拠上合理的疑いが顕著に存するにもかかわらず、公訴を維持・追行した旨主張するが、証拠上甲野が有罪判決を受ける見込みは十分に存在していた。すなわち、差戻前の第一審の公判において、大崎、木樽の証人尋問が実施されたが、その証言内容は、供述調書の内容と特段異なるところはなく、また、組合の元職員大川文子及び野口ウタ子の証人尋問によっても何ら甲野の弁解は裏付けられなかったのである。

② 一審原告は、田村検察官が弁護人申請の師岡証人について証拠調べの必要がない旨の意見を述べ、その取調べに立ち会わなかった点が違法であると主張する。しかし、刑事訴訟法上当事者は裁判所外における証拠調べに立ち会う義務を負うものではなく、前記の事情に照らせば、師岡証人の尋問期日に立ち会わなかったことが違法であるとはいえない。

③ また、一審原告は、田村検察官が本件刑事被告事件の係属中に言い渡された民事事件の判決を考慮しなかった点が違法であると主張するが、刑事事件が民事事件の判決の結果に従わなければならない理はなく、右主張は失当である。そもそも、右民事事件は、本件刑事事件とは争点を異にするものであるところ、これについて田村検察官が特段の考慮を払わなかったとしてもそのこと自体違法とはいえないことは明らかである。

4 請求原因6は争う。

裁判官が行った職務行為、特に裁判について国家賠償法一条一項の適用があるかは疑問であるが、適用されるとしても、裁判の性質上、違法性の判断基準については一定の制約が加えられるべきである。すなわち、裁判官が行った争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法よって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これにより当然に国家賠償法一条一項にいう違法行為があったというべきでなく、国の賠償責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情のあることが必要である。

前記のとおりの事実経過、証拠資料に照らすと、本件においては、右のような特別の事情があったものとは考えられないから、裁判官の行為には何ら違法はないというべきである。

5 請求原因7は争う。

6 請求原因8の事実は認める。

三  一審被告県の抗弁

本件捜査は、警察官及び検察官の捜査、公訴提起、第一審裁判所の判決とは別個独立の行政庁の行為である。そして、本件検査は、昭和四四年九月一一日に終了したのであって、検査自体の違法性の主張は、その時点で可能であるから、そのときから三年の経過をもって消滅時効が完成した。一審被告県は、右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否及び反論

本件検査が警察官及び検察官の捜査、公訴提起、第一審裁判所の判決とは別個独立の行政庁の行為であることは認め、その余の事実は知らない。消滅時効完成の主張は争う。

本件のように、複合的かつ連鎖的不法行為の場合、検査自体が終了したとしてもそれにより損害の発生を知ったということはできないから、検査終了時点から時効は進行しないというべきである。甲野が本件刑事事件に係る民事上の損害の発生を知ったのは、無罪判決確定の時である。

第三  当事者の主張(第四四〇四号事件について)

一  一審被告国の主張

1  甲野は、平成一〇年六月二九日、仮執行宣言の付された原判決に基づき、水戸地方裁判所執行官に対し、動産執行の申立てをし、同日、仮執行として、一審被告国所有の現金二一一六万二二〇八円(うち、執行費用二万九八八〇円を含む。)の交付を受けた。

2  よって、一審被告国は、甲野の相続人である一審原告に対し、当審で原判決が変更される場合において、右仮執行の原状回復及び損害賠償を受けるため、前記第一、三の申立ての趣旨記載のとおりの裁判を求める。

二  一審原告の認否

1の事実は認め、2の主張は争う。

理由

第一  請求原因1(当事者)について

当事者間に争いのない事実、甲第四、第五号証の一、二、第六ないし第一三、第一八、第二一ないし第二三、第二七、第二八、第四〇ないし第四二号証、乙第一、第二、第九ないし第一一、第一三、第一四、第二三ないし第二五号証、丙第一ないし第四、第一〇、第二二、第二六号証及び甲野本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

一  甲野の経歴、本件組合との関係等

1  甲野の経歴

甲野は、旧制小学校高等科卒業後、海軍工廠技術員養成所を経て、水産加工店店員、同経営者、運送会社社員等として稼働してきたものであるが、右運送会社が倒産したことから、昭和三四年八月、高橋正治の紹介で本件組合に勤務することになり、本件組合の経理、会計の事務処理に当たってきた。本件組合は、昭和三六年に冷蔵庫を建設する旨の計画を立てて農林漁業金融公庫に融資の申込みをしたところ、賛成理事が一名不足していたことから、右公庫から、冷蔵庫建設計画書作成担当者の保証を融資の条件として提示された。そこで、本件組合は、甲野に対し、理事に就任して本件組合の債務を保証することを強く要請した。甲野は、一事務員にすぎない立場であったことから本件組合の債務を保証するまでの意思は有しておらず、辞職を申し出たが、組合長大崎及び会計担当理事木樽に説得され、昭和三六年五月二〇日、員外理事に就任することを承諾し、その旨の登記を経由した。これにより、甲野は、本件組合の債務を保証することになった。

2  甲野の本件組合における業務

甲野は、毎日午前六時ころ組合に出勤し、東京の荷受組合から出荷製品の売上げに関する電話を受けて台帳に記入するなどし、一旦帰宅して朝食を取り、アパート、モーテル等の個人の営業に関する事務を処理し、午前九時ころ再び組合に出勤して女子事務員から電話の報告を受け、指図をし、あるいは支払をし、昼食のため帰宅し、個人の事務を処理した後、午後二時ころ三度日の出勤をし、女子事務員から不在中の報告を受け、あるいは銀行からの電話を受けるなどしてから帰宅するという生活を送っていた。

二  組合の組織、活動等

1  本件組合の組織

本件組合は、昭和二四年一〇月二一日、千葉県銚子市内の水産加工業者ら約三三名によって水産業協同組合法に基づく組合として設立された。本件組合には、年一回開催される総会において組合員の中から選出される理事一〇名によって構成する理事会、組合を代表する組合長が置かれ、組合の運営に当たることとされていた。

本件組合は、当初、実質的な活動を行っていなかったが、昭和三四年、二四名の組合員により実質的な活動を開始し、大崎が組合長に、木樽が会計理事に就任し、その後、甲野が員外理事に就任し、女子事務員一ないし二名を使用して、会計、経理事務を組合事務所において処理するようになった。しかし、大崎、木樽は、それぞれ別に水産加工業を経営していて多忙であったため、組合の会計、経理事務は、そのほとんど全部を甲野が処理しており、小切手、組合印、帳簿等の保管、預金の預け入れ、引き出し等も甲野が行っていた。

2  本件組合の事業

(一) 水産加工製品の共同出荷

本件組合の事業は、主として組合員からサンマ、イワシなどの加工製品の出荷依頼を受け、これをまとめて主に東京都内の築地市場へ組合名で出荷し、約七日ないし一〇日後に組合の口座に送られてくる代金を各組合員に支払うという委託販売形式のものである。なお、組合員は、組合から出荷した製品が市場で競り売りされ、その代金額が同日組合に電話で通知されると、同金額から組合の販売手数料を差し引いた金額の七〇パーセントに当たる金額を直ちに組合から支払ってもらうことができることとなっており、これを七分金制度と呼んでいた。

本件組合が取り扱う出荷品の流通経路及び代金の支払経路は、別紙共同出荷機構図のとおりである。

(二) 水産加工製品の凍結、保管

昭和三七年に組合の冷蔵庫を建設し、これにより、組合員及び他の水産加工業者の水産加工物等の凍結、冷蔵保管を行うようになった。

(三) 組合員に対する資金融資

毎年総会で総借入額、個人に対する貸付限度額等を決定し、組合名で千葉県信用漁業協同組合連合会(以下「信漁連」という。)から借入し、申込みのあった組合員に転貸するというものである。

(四) その他の事業

その他、塩などの水産加工原材料の共同購入も僅かながら行っていた。

第二  請求原因2(本件刑事事件の発生とその経緯)について

当事者間に争いのない事実、甲第二、第一四ないし第一八、第二三号証、乙第七、第二三号証、丙第二七号証及び証人香取信好の証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

一  千葉県漁政課職員は、昭和四四年九月五、六日ないし一一日、本件組合に対し、水産業協同組合法一二三条四項に基づいて常例検査を実施した。

二  千葉県警察銚子警察署の田野信一巡査部長(以下「田野部長」という。)及び香取警察官は、昭和四四年一〇月九日、本件組合からの告訴を受けて本格的捜査を開始し、同年一二月半ばから在宅のまま甲野を取り調べ、その後、千葉地方検察庁八日市場支部検察官に本件刑事事件を送致した。

三  千葉地方検察庁八日市場支部の田村検察官は、昭和四七年三月二二日、千葉地方裁判所八日市場支部に対し、本件刑事事件について公訴を提起した(同支部昭和四七年(わ)第三〇号事件)。

四  千葉地方裁判所八日市場支部の亀下裁判官は、一三回にわたる審理の上、昭和五〇年七月二〇日、甲野に対し、一八この公訴事実のうち一については犯罪の証明がないとして無罪に、その余の各事実について懲役二年に処する旨の判決を言い渡した。

五  甲野及び検察官の双方が右判決に対し控訴したところ、東京高等裁判所は、八回にわたる審理のうえ、昭和五一年一一月一五日、原判決には多くの疑問点があり、甲野の無罪を推測せしめるに足りる多くの証拠があるので、原審において更に審理を尽くすのが相当であるとして、原判決を破棄し、本件刑事事件を千葉地方裁判所八日市場支部に差し戻す旨の判決を言い渡した(東京高等裁判所昭和五〇年(う)第七一三号事件)。

六  千葉地方裁判所八日市場支部は、本件刑事事件につき、再び審理を行い、昭和六〇年三月三〇日、甲野に対し、無罪の判決を言い渡し(同支部昭和五二年(わ)第二四号事件)、右無罪が確定した。

第三  請求原因3(一審被告県の責任・漁政課職員の検査等の違法性)について

一  当事者間に争いのない事実、甲第三、第一八、第二三、第二五ないし第二八、第四二、第四六号証、乙第七、第九、第一〇、第一五号証の一ないし二四、第一九、第二三号証、丙第一ないし第四、第二一、第二七、第三一号証及び甲野本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  千葉県漁政課では、水産業協同組合法一二三条四項に基づく常例検査を二年に一度の割合で実施しており、本件組合に対しては、昭和四二年四月ころ、常例検査を実施した。その際、本件組合の会計処理について、不備あるいは不正な点があるとの指摘はなかった。

2  甲野は、昭和四四年八月四日、甲野が本件組合に就職する際の紹介者である高橋政治を海鹿島町の自宅に呼び、組合振出の額面五〇〇万円の小切手が銚子信用金庫において、額面六五〇万円の小切手が常陽銀行銚子支店においてそれぞれ不渡りになりそうであることを打ち明け、対策を相談した。右高橋は、組合長大崎及び会計担当理事木樽を呼び出して右事情を告げ、甲野は、大崎及び木樽に対し、申し訳ない、自分が会計をやっていたので自分の責任であるという態度を示した。大崎は、銚子信用金庫に電話をかけ、善処を求めたが、すでに二度目であるとの理由で拒絶され、また、大崎、木樽共、各自の借受枠が一杯であるとの理由で、自己名義で借入れをして不渡りを防ぐことはできない状況にあり、結局、組合振出の前記各小切手は不渡りとなった。

なお、右高橋は、大崎らに対し、甲野又は一審原告名義の本件各不動産の権利証を渡し、金策するよう依頼し、本件各不動産については、甲野から本件組合に対し、昭和四四年八月二三日、同月一五日付譲渡担保を原因とする所有権移転登記が経由された。

3  本件組合は、昭和四四年八月一七日、組合総会を開催し、組合員に対して組合振出の小切手が不渡りになった経緯等を説明し、銚子水産事務所を通じて千葉県の漁政課に検査の依頼をすることを決めた。

そこで、大崎及び木樽は、千葉県の漁政課に対し、決算報告書の内容が銀行の残高証明書と大きく違うこと、組合振出の小切手が不渡りになったこと等を報告し、「どうも会計担当の甲野がおかしいので検査をして欲しい。」と要請した。千葉県の漁政課は、ちょうどそのころ本件組合に対して常例検査を実施することを予定しており、組合から右のような要請があったことから、それを受け、本件検査を実施することにした。

4  千葉県の漁政課係長田中文男、銚子水産事務所課長伊藤康夫、同主任主事田村総一郎(以下、この三名を「漁政課職員」ということがある。)は、昭和四四年九月五、六、九ないし一一日、本件組合に対し、同年七月三一日を基準日として常例検査を行った。本件検査には、甲野、組合長大崎、会計担当理事木樽、監事増田進及び他の組合員らが立ち会った。漁政課職員は、当時組合事務所には小切手の耳以外にほとんど資料がない状態であったことから、各銀行から元帳を取り寄せた。

漁政課職員は、本件組合振出の小切手の耳と組合及び甲野の各銀行元帳の照らし合わせにより資金の流れを調べ、漁政課職員の一人が小切手の耳の記載を読み上げ、居合わせた組合員らに対し入金の有無を確認し、それが否定されると、その金額を組合からの不明出金分として把握していった。漁政課職員は、右不明出金分について更に確認していったところ、甲野の預金元帳に組合からという記載があったので、甲野が流用したものと判断した。漁政課職員は、甲野に対し、不明出金分の金額について逐一確認していったが、甲野の態度は曖昧で、そうだと思いますという返答をするのみで、流用金の使途先を尋ねても明確な答えは得られなかった。他方、甲野は、漁政課職員に対し、このような検査に立ち会うことはできないと抗議し、さらに、甲野と本件組合の間及び大崎と本件組合の間にはそれぞれ金銭の貸借関係があること、また、本件組合の売上帳、預金元帳、個人売上台帳及び振替伝票等を調査して欲しい旨を述べた。

漁政課職員は、昭和四四年三月現在の組合の資産状態を決算報告書、銀行の預金残高証明書及び借入金残高証明書等の照合により把握し、純資産がどの位あるかという観点から検査し、その結果、負債が出るとの結論に達し、最終的にそれが甲野の横領金額と合致すると判断した。右田中が甲野に対し個々の流用金額について各組合員に当たって確認するよう求めたところ、甲野は、資料がなく個々の組合員に当たって確認することはできないから全部まとめて確認すると答えた。そこで、右田中は、自ら確認書の原案を作成し、甲野に対して提示した。甲野は、検査終了後、右原案を参照しながら確認書(後記第四、二4(三)(4)参照)を書いて署名押印した。漁政課職員は、本件検査の終了に際し、大崎、木樽ら役員幹部に対し、水産業協同組合検査規程一〇条に基づき、講評として、右の検査の結果を伝えるとともに、早急に組合の整備を図るべきであること、本件組合が同年八月に本件各不動産に設定した譲渡担保権を行使し、不正消費額のてん補に充て、組合に損害が生じないように措置すべきであることを指摘した。

5  千葉県知事は、組合長大崎及び監事に対し、昭和四四年一一月四日、「水産業協同組合の検査について」と題する書面において、本件検査の結果、本件組合の業務及び会計の状況は乱脈をきわめ、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二八日までの間、甲野が五七五四万九五二五円を流用し、そのうち二六五七万円をてん補し、実質的な流用額が三〇九七万九五二五円の多額にのぼると判断したことを指摘した。そして、そのような事態が発生した主な要因として、①役員の忠実な職務遂行が欠如していたこと、②組合の規模がきわめて狭小であるため、必然的に少数の職員となり、内部けん制組織が確立されていなかったこと、③経理処理が伝票を起票せずに行われ、また、諸帳簿が未整備であったこと、④決算書(昭和四三年度)に虚偽の記載があったこと、⑤役員を始め組合員が組合をあまり利用せず、実態を認識していなかったこと、⑥自己資本が極度に不足(基準額三二九万八〇〇〇円に対し、自己資本額は三四七七万一〇〇〇円の赤字)しているため、借入金に依存せざるを得なかったこと等を挙げた。そして、今後本件組合を適正に運営するためには、①役員が法令、定款を遵守して忠実に職務を遂行すること、②内部けん制組織の確立を図ること、③簿記の原則にのっとった経理処理と適正な決算を行うこと、④組合員の全利用体制を確立し、組合員意識の高揚を図ること、⑤資金の自賄体制を確立するため自己資本の充実を図ること、⑥不正消費額の全額をてん補できるように早急に措置すること(てん補のため、組合は甲野の所有不動産に譲渡担保を設定しているが、これを早急に売却処分するよう措置すること)が緊要である旨を指摘した。

6  なお、昭和四四年九月一四日の東京新聞において、「ズサンな経理明るみに」との見出しで、経理担当職員Ⅰが本件組合の金を流用し、流用した公金は総額五七〇〇万円にのぼる旨が報道された。また、同月一八日の千葉読売新聞において、「銚子丸海職員の五七〇〇万円流用事件」との見出しで、甲野が組合資金五七〇〇万円を一人で流用し、モーテルの建築、自宅の建替えに充てた旨が報道された。

二  以上の事実を前提に本件検査等に違法性があったかどうかについて検討する。

1 水産業協同組合法一二三条四項は、行政庁は、出資組合(漁業生産組合を除く。)の業務又は会計の状況について、毎年一回を常例として、検査をしなければならないと規定しているところ、右常例検査における検査の内容は、帳簿検査及びその他の検査であり、同法は、この検査により、出資組合の会計処理における違法性及び会計の誤りの有無の確認等を行うことを第一の目的としており、これをもって組合の経営状態の健全性を判断しようとしているものである。この常例検査の目的に照らすと、常例検査により結果的に個人の犯罪行為が明るみに出て摘発されるのはともかく、右摘発のみを目的とした常例検査は、検査目的を逸脱した違法なものというべきである。

そこで、右の点を検討するに、前記一3のとおり、大崎及び木樽は、千葉県の漁政課に対し、「甲野がおかしいので検査をして欲しい。」と依頼し、これがきっかけとなって本件検査が開始されたことが認められるものの、千葉県の漁政課では、ちょうどそのころ本件組合に対して常例検査を実施することを予定していたのであるから、甲野個人の犯罪行為を摘発するためにのみ本件検査を行ったと認めることはできない。漁政課職員は、結果的に甲野から事情を聴取し、確認書を徴求するなど、甲野の横領行為を摘発する行為をしているが、常例検査の結果、個人の違法行為(横領行為)を発見した場合、これを明らかにすることによって、組合の財政の健全化及び違法行為の再発の防止を図ることは、何ら違法なことではないというべきである。したがって、本件検査は、法の予定する常例検査の趣旨を逸脱した違法なものということはできない。

また、一審原告は、本件検査は、甲野の権利を侵害するような不公正かつ強制的な方法により行われたと主張するが、前記一4の漁政課職員による本件検査の態様に照らすと、本件検査は、特に不公正又は強制的な方法により行われたものと認めることはできない。

2  一審原告は、請求原因2(一)及び3(一)(5)において、漁政課職員が甲野を横領犯人と決めつけ、横領額等の検査結果を外部に公表し、それが新聞記事になったことは、甲野に対する重大な名誉毀損であると主張する。

しかし、漁政課職員が、本件検査の結果を組合長ら組合幹部に発表することは、組合の会計の適正化を図る上で当然のことであり、本件においては、それ以外の者に検査結果を公表したことを認めるに足る証拠はない。

ところで、この点につき、前記一6のとおり、昭和四四年九月一四日付の東京新聞及び同月一八日付の千葉読売新聞において、甲野が組合の資金五七〇〇万円を流用した旨が報道されているが、この事情がいかなる経緯で報道機関に伝わり、報道されるに至ったのかを裏付ける証拠はなく、いずれにしても、漁政課職員が東京新聞又は千葉読売新聞に甲野の犯罪行為についての情報を流したことを認めるに足る証拠はない。

したがって、漁政課職員につき、甲野に対する名誉毀損行為があったとする一審原告の主張は理由がない。

3  次に、一審原告は、一審被告県の漁政課職員は、大崎らに対し、本件各不動産の処分を教唆、幇助したと主張する。

しかし、前記一2のとおり、本件各不動産につき本件組合宛に譲渡担保権が設定された時期は、本件検査の前であるから(設定契約は昭和四四年八月一五日、登記手続は同月二三日)、譲渡担保権の設定に漁政課職員が関与したと認めることはできない。

なお、前記一4及び5のとおり、漁政課職員及び千葉県知事は、右譲渡担保が設定された本件各不動産を売却するよう求めているが、既に損害てん補のため譲渡担保権が設定されている場合に、これを実行して組合に損害が生じないよう助言等することは、組合の経営の健全化を目的とした常例検査の趣旨に沿うものであるから、漁政課職員及び千葉県知事が監督者の立場から本件各不動産の売却を求めたことが、違法性を帯びるということはできない。

三  以上のように、一審被告県の漁政課職員の本件検査等に違法はないというべきである。

第四  請求原因4(一審被告県の責任・警察官の捜査の違法性)について

一  警察官の捜査の違法と国家賠償法上の違法

一審被告県の職員である銚子警察署警察官は、後記二2のとおり、捜査の結果、甲野に横領の嫌疑ありと判断し、昭和四五年七月ころ、送致事実を業務上横領とし、千葉地方検察庁八日市場支部検察官に本件刑事事件を送致した。

ところで、刑事訴訟法の構造によれば、司法警察員(本件においては警察官という。)は、犯罪の捜査をしたときは、同法に特別の定めがある場合を除き、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならないとされており(二四六条)、これを受けた検察官は、最終的に起訴・不起訴を決定するものとされている(二四七条、二四八条)。

前記の刑事訴訟法の構造からすると、公訴権を独占しているのは検察官であるが、検察官は、送致された事件につき警察官の捜査が不十分であって、必要と認めるときは、自ら捜査をし(一九一条)、又は、警察官に補充捜査を命じる(一九三条)などして、得られた証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があるか否かを判断し、自己の責任において公訴を提起するか否かを決定することになる。これに対し、警察官は、公訴権を有しておらず、犯罪を捜査したときは、速やかに事件を検察官に送致しなければならないとされているから、捜査の結果、刑事事件として成立する程度の犯罪の嫌疑が認められればその旨の意見を付して検察官に事件を送致することができるというべきである。換言すれば、警察官は、犯罪の嫌疑ありとして事件を検察官に送致するに当たり、検察官が公訴を提起する場合と同じように、有罪と認められる嫌疑があり、公訴提起が可能であると判断することができる程度まで捜査をして証拠資料を収集する義務までは負わないものと解すべきである。

もっとも、右のような義務がないとしても、警察官が刑事事件として成立する程度の犯罪の嫌疑もないのに、検察官に事件を送致すれば、被疑者とされた者を引き続き不安定な地位に置き、被疑者その他の者の名誉等を害することにもなるから、警察官には、捜査機関として合理的に期待される通常の捜査を尽くす義務があることはいうまでもなく、したがって、警察官は、捜査機関として合理的に期待される通常の捜査をすれば、刑事事件として成立する程度の犯罪の嫌疑はないことが判明したにもかかわらず、これを怠り、犯罪の嫌疑ありとして事件を検察官に送致した場合には、右の不十分な捜査が国家賠償法上違法の評価を受けることがあり得ると解するのが相当である。

一審原告は、香取警察官による①不十分な裏付け捜査及び②自白の強要を違法行為と主張している。そこで、以下においては、銚子警察署の警察官による本件刑事事件における捜査に違法性が認められるか否かについて検討する。

二  警察官による捜査の経緯

当事者間に争いのない事実、甲第四二、第四六号証、乙第五、第八、第一七ないし第一九、第二三、第二八ないし第三〇、第三一号証の一、二、第三二、第三三、第四八、第四九、第五六号証、丙第一、第四、第一〇ないし第二五、第二八ないし第三二号証、証人香取信好の証言及び甲野本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  銚子警察署は、昭和四四年九月中旬ころ、銚子市内の漁業協同組合で不正がある旨の風評を得たこと及び同月一八日付の「銚子丸海職員の五七〇〇万円の流用事件」との見出しの新聞報道等により、本件刑事事件について捜査の端緒を得、内偵を開始していた。

本件組合は、同年一〇月九日、銚子警察署に対し、甲野が昭和四〇年ころから昭和四四年七月三一日までの間、本件組合により五二〇〇万円を引き出したこと、そのうち三〇九七万円については甲野が横領したことを自認したが、更に二一〇〇万円余の使途不明金があるので、これについても不正使用があるものと推測されるので、これを明確にし、法に従った相当の処分を求める旨の告訴状を提出した。銚子警察署は、本件組合による右告訴を受け、本件刑事事件について本格的な捜査を開始するに至った。

2  銚子警察署では、本件刑事事件について、田野部長が主任となり、香取警察官がその補助に当たり、主として香取警察官が財務捜査を担当し、金銭の流れについて捜査した。

本件組合においては、組合全体の帳簿としては、売上台帳、勘定元帳、借入帳、出資金台帳、判取帳等があり、組合員個人の帳簿としては、支払台帳、売上台帳、売上元帳等があったが、田野部長及び香取警察官らが捜査に赴いた当時、右各帳簿のうち主なものは紛失しており、田野部長らは、本件組合から、小切手の控え、個人の売上台帳、個人の仮払帳、判取帳、議事録、決算報告書等の提出を受け、さらに、後記4(一)の書類等を捜査関係事項照会によって取り寄せ、小切手の耳等と照合しながら金銭の出入りを調査し、さらに、組合長大崎、会計理事木樽らを参考人として事情聴取し、後記4(二)(1)、(2)の各供述調書を作成した。なお、田野部長らは、甲野が捜査に協力的であったことから、強制捜査を行う必要はないと判断した。香取警察官は、昭和四四年一二月半ばころまでに小切手の耳と銀行元帳との照合を終え、本件組合から甲野への金の流れの把握をほぼ終了していた。

香取警察官は、甲野に対し出頭を求め、事情を聴取したところ、甲野は、本件組合の各口座元帳、甲野自身の各口座元帳、さらに、自ら持参した小切手の耳等を照合し、本件組合と甲野との間の金の出入りについての一覧表(後記4(三)(5)、(6)の各答申書添付の各別表)を作成していった。田野部長及び香取警察官は、同年一二月半ばから昭和四五年三月末ころまでの間、甲野に対して出頭を求め、取調べを行った。甲野は、当時、水戸市千波町に引っ越していたので、波崎町の親戚の家に泊まり込み、午前八時ころ出頭して取調べを受け、昼食を取りに右親戚宅へ帰宅し、その後再度出頭し、夕方まで取調べを受けた。田野部長及び香取警察官は、後記4(二)(3)ないし(18)のとおり、昭和四五年二月六日から同年三月三一日までの間、甲野から、田野部長が一一通、香取警察官が五通の供述調書を取り、その他組合理事、監事及び組合員らからの事情聴取を経て、同年七月ころ、千葉地方検察庁八日市場支部検察官に本件刑事事件を送致した。他方、田野部長及び香取警察官は、大崎及び木樽の両名に関しても、本件組合との間にそれぞれ金銭の出入りがあったことから横領の嫌疑を抱いて捜査し、両名についても事件を右支部検察官に送致した。

3  右の際の送致事実は、「甲野は、昭和三七年三月から昭和四四年八月まで、本件組合の経理担当常務理事会計主任として、組合の経理関係一切の事務を担当していたものであるが、①木樽と共謀して、組合の運転資金、転貸資金等の横領を企て、昭和四二年六月から昭和四四年八月までの間に組合から甲野が業務上預かり保管中の同組合の当座預金及び普通預金から約一九〇〇万円を引き出し、木樽の営業する水産加工業の営業資金に充当し、自己のほしいままに費消横領し、②事業欲から、組合の運転資金、転貸資金等の横領を企て、昭和四二年六月から昭和四四年七月までの間に、組合から業務上預かり保管中の組合の当座預金及び普通預金から約一億一〇〇〇万円を引き出し、自己の経営する旅館、アパート、会社等の建設資金に充当し、自己のほしいままに費消横領し、③大崎と共謀して、組合の運転資金、転貸資金等の横領を企て、昭和四二年一一月から昭和四四年四月までの間に、組合から甲野が業務上預かり保管中の同組合の当座預金及び普通預金から約七〇〇万円を引き出し、大崎の経営する水産加工業の経営資金に充当し、自己のほしいままに費消横領した。」というものであった。

4  警察の捜査においては、以下の証拠資料を収集した。

(一) 捜査関係事項照会によって収集した証拠資料

(1) 銚子警察署長が昭和四四年九月一〇日付で信漁連銚子支所に対してした捜査関係事項照会に対する同月二〇日付の回答書(乙第三一号証の一、二)

信漁連銚子支所の本件組合名義の貸付金元帳(昭和四一年一〇月二二日から昭和四四年八月二五日まで)

(2) 銚子警察署長が昭和四四年九月一〇日付で信漁連銚子支所に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(丙第八号証)

信漁連銚子支所の本件組合名義の貯金台帳(昭和四一年一〇月二二日から昭和四四年九月一日まで)

(3) 銚子警察署長が昭和四四年九月一一日付で三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する同月一九日付の回答書(丙第五号証)

三菱銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和四〇年九月一三日から昭和四三年一月二七日まで)、当座勘定元帳(昭和四二年二月二〇日から昭和四四年八月一日まで)、手形貸付元帳(昭和四〇年一〇月一一日から昭和四四年七月二五日まで)、積立定期預金元帳(昭和四〇年一〇月三〇日から昭和四一年一〇月三一日まで、同年九月二七日から昭和四三年九月二八日まで)

(4) 銚子警察署長が昭和四四年九月一一日付で三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する同月一九日付の回答書(乙第一七号証)

三菱銀行銚子支店の甲野名義の定期預金元帳(昭和四三年八月二九日から昭和四四年八月二九日まで、昭和四二年五月三〇日から同年八月三〇日まで)、普通預金元帳(昭和四一年五月一一日から昭和四四年九月一一日まで)、積立定期預金元帳(昭和四一年二月八日から昭和四二年八月二八日まで、昭和四一年五月三一日から昭和四二年五月三一日まで、昭和四四年七月一四日から同年八月二九日まで)、当座勘定元帳(昭和四一年一一月九日から昭和四二年九月二日まで)、手形貸付元帳(昭和四一年五月三一日から昭和四四年八月二九日まで)

(5) 銚子警察署長が三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年九月一九日付の回答書(乙第三二号証)

三菱銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和三九年八月二四日から昭和四〇年九月一〇日まで)

(6) 銚子警察署長が三菱銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年九月一九日付の回答書(乙第三三号証)

三菱銀行銚子支店の本件組合名義の当座勘定元帳(昭和四〇年一一月二〇日から昭和四二年二月一八日まで)

(7) 銚子警察署長が信漁連銚子支所に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年九月二〇日付の回答書(乙第三〇号証)

信漁連銚子支所の本件組合名義の貯金台帳(普通)(昭和四一年四月一日から昭和四五年三月三一日まで)

(8) 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(乙第二八号証)

常陽銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和四〇年三月二四日から昭和四四年八月二八日まで)

(9) 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(乙第四九号証)

常陽銀行銚子支店の甲野名義の当座勘定元帳(昭和四二年八月三一日から昭和四四年二月二八日まで)

(10) 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(乙第二九号証)

常陽銀行銚子支店の本件組合名義の当座勘定元帳(昭和三九年五月一九日から昭和四二年一月一三日まで)

(11) 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(丙第六号証)

常陽銀行銚子支店の本件組合名義の普通預金元帳(昭和四一年一二月二九日から昭和四四年八月二八日まで)、当座勘定元帳(昭和四二年一月一三日から昭和四四年七月七日まで)

(12) 銚子警察署長が昭和四四年一〇月一八日付で常陽銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する回答書(丙第七号証)

常陽銀行銚子支店の甲野名義の普通預金元帳(昭和四二年九月一四日から昭和四四年九月五日まで)、当座勘定元帳(昭和四二年八月三一日から昭和四三年二月七日まで)

(13) 銚子警察署長が常磐相互銀行銚子支店に対してした捜査関係事項照会に対する昭和四四年一〇月一八日付回答書(丙第九号証)

常磐相互銀行銚子支店の甲野名義の当座勘定元帳(昭和四一年一一月三〇日から昭和四四年八月一八日まで)、普通預金元帳(昭和四〇年九月三〇日から昭和四四年八月二二日まで)、定期積立元帳(昭和三九年八月三一日から昭和四三年一月五日まで)及び常磐相互銀行銚子支店の一審原告名義の普通預金元帳(昭和三八年六月二五日から昭和四二年四月二七日まで)

(14) 銚子警察署長が昭和四五年一月一四日ころ、銚子信用金庫波崎支店の一審原告名義の普通預金元帳についてした調査(乙第一八号証の末尾の記載を参照)

(15) その他

銚子信用金庫橋本支店の本件組合名義の当座勘定元帳(昭和四四年四月四日から昭和四五年三月三一日まで)(乙第三四号証)、木樽名義の銀行預金元帳

(二) 供述調書

(1) 昭和四四年一一月五日付の大崎の田野部長に対する供述調書(丙第一号証)

大崎は、本件組合の設立経緯、構成員、資産関係、活動内容、甲野が本件組合の員外理事に就任し、会計事務を担当するようになった経緯、昭和四二年四月ころ、千葉県の漁政連の検査を受けたが、帳簿書類に不備不正は見当たらないという結果であったこと、アパートやモーテルの建築資金は、妻の実家と銀行からの借入金であると聞いていたこと、貸別荘の建築資金の出所はよくわからなかったこと、飯岡町のモーテルの毎月の売り上げが七〇万円位であると聞いていたこと、昭和四四年八月二日、甲野から組合の金を使い込んで申し訳ない、私の持っている土地建物等財産を提供して弁償するから勘弁してくれと告白されたときの状況、本件各不動産を譲渡担保にとった経緯、同年八月一七日の総会の結果、銚子水産事務所を通じて千葉県の漁政課に依頼して、同年九月五ないし七日に帳簿監査をしてもらったこと、その結果五二〇〇万円の出所不明金のあることが判明したこと、本件告訴に至った経緯等を述べている。

(2) 昭和四四年一一月五日付木樽の香取警察官に対する供述調書(丙第四号証)

木樽は、本件組合の構成員の説明、昭和四四年九月二日甲野及び高橋正治から小切手が不渡りになりそうだと告白されたときの状況、その際甲野は申し訳ありませんの一点張りであったこと、同席していた右高橋から銚子信用金庫に切ってある五〇〇万円の手形が不渡りになってしまうが何とかならないか、甲野の全財産を預けるからこれで金を作って返済して欲しいと言われたこと、甲野が常磐相互銀行に申し込んだ二一〇〇万円の融資が出るのを待ったが出なかったこと、この間、木樽らが組合の取引銀行に行って調べたところ、甲野が組合の金を使い込んでいるようであったこと、そこで、千葉県の漁政課に監査を依頼したこと等を述べている。

(3) 昭和四五年二月六日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一〇号証)

甲野は、甲野の身上、経歴、資産関係、すなわち、不動産として、海鹿島町の土地及び建物、飯岡町の土地及び建物、波崎町の土地及び建物を所有し、これらの時価見積額は、約五六〇〇万円であること、預金として、銚子信用金庫他三行に約二四〇〇万円あること、これらは、使い込みの補填として組合へ提供したこと、昭和四四年九月ころまでの負債として、銚子信用金庫、常陽銀行、常磐相互銀行、三菱銀行等に約五三〇〇万円の借入金があったこと、本件刑事事件が発覚するまでは、組合からの月四万円の給料とアパート、旅館の収入によって家族六人で平穏に生活できたが、発覚後は家族は銚子市や波崎町に居ることができなくなり、水戸市内に転居し、親戚からの援助によってようやく生活していること、組合の員外理事に就任した経緯、自分が組合の会計経理の一切を行っていた責任者であるから組合関係の不明金等は一切自分が責任を負うべき性質のものであること等を述べている。

(4) 昭和四五年二月一〇日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一一号証)

甲野は、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月三一日までの間、甲野が組合の取引銀行や信漁連の預金口座から金を引き出して自分名義の銀行預金口座に振り替えたりして流用し使い込んだことについて、警察が各金融機関から取り寄せた組合の預金元帳と甲野名義の預金元帳の写しを突き合わせて調べた結果は、答申書(丙第三二号証)添付の一覧表(別表NO1)のとおりであること、その内容は、組合の三菱銀行銚子支店の普通預金口座から合計六七七六万円(後記(8)で普通、当座預金口座から合計六五六一万円と訂正。)、常陽銀行銚子支店の普通預金口座及び当座預金口座から合計三四八一万一〇〇〇円、信漁連銚子支所の普通預金口座及び当座預金口座から合計一一六〇万六〇〇〇円(後記(8)で一一二〇万六〇〇〇円と訂正。)、総計一億一四一六万七〇〇〇円(同じく一億一二〇一万七〇〇〇円と、後記(10)で一億一一六一万七〇〇〇円とそれぞれ訂正。)を組合長大崎の承諾を受けずに独断で引き出して使い込んだこと、甲野が個人名義の預金口座から返済した金額は、常陽銀行銚子支店の普通預金口座から合計八六一五万六〇〇〇円、常磐相互銀行銚子支店の預金口座から三六〇万円、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座から九三八万五〇〇〇円、総計九九一四万一〇〇〇円で、返済できない金額は一五〇二万六〇〇〇円(前同様一二八七万六〇〇〇円、一二四七万六〇〇〇円とそれぞれ訂正。)であること等を述べている。

また、返済未了分の内訳を同別表NO2に基づいて、大崎は、昭和四一年一一月から昭和四四年四月まで六回にわたり、合計七〇五万円を組合口座から大崎の取引銀行である常陽銀行銚子支店、信漁連銚子支所、銚子信用金庫橋本支店の普通預金口座に振り替え流用し、そのうち、同年二月から五月までの間、五回にわたり合計三七〇万円を返済し、残額は三三五万円であること、大崎は、甲野個人から借りたものであると弁明しているが、その金額は、組合口座から大崎個人の口座に移っているから、甲野個人から借りたとは弁解できないと思われること、昭和四二年五月から昭和四四年七月まで一六回にわたり合計七一八万四〇〇〇円(前同様六七八万四〇〇〇円、六八一万一〇〇〇円とそれぞれ訂正。)の不明出金があったこと、考えられることは、組合員が出荷代金の前借り(通称七分金)等をした場合、組合員に対し小切手を切ったところ、印鑑を持参しなかった組合員から組合の裏判を押してくれと頼まれ、何回か小切手の裏に組合の印鑑を押してやった記憶があるので、そのようなケースかもしれないこと、また、甲野自身が自分の仕事の支払に充てたかもしれないこと、いずれにせよ、出金先が分からなくとも出納事務の取扱者である甲野が最終的に責任を負うこと、右不明出金のほか、昭和四二年三月から昭和四四年七月までの間に甲野の預金口座に合計四四九万二〇〇〇円が入金されていることが帳簿上分かっていること、流用した金の使途については甲野個人の経営している旅館、アパート、住宅新築等の必要経費や銀行の借入金の利息の支払等に充てたこと、なお、会計担当理事の木樽は、甲野が組合の金と甲野自身の金を銀行口座の面で操作していたことを知っていたが、その都度木樽の承諾を得ていたわけではないこと等を述べている。

(5) 昭和四五年二月一三日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一二号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO3について、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二四日までの間、組合長大崎や会計担当理事木樽の承諾を受けず、組合の取引先金融機関の小切手、振替伝票、預かっていた組合のゴム印、組合長の印鑑等を使い、三菱銀行銚子支店の当座預金口座及び普通預金口座から払戻しを受けたり、小切手のまま甲野名義の常陽銀行普通預金口座又は常磐相互銀行銚子支店の当座預金口座に入金したりして、総額六五六一万円を使い込んだこと、甲野個人が経営するアパート、旅館、住宅建設等の費用の支払や借入金の利息の支払等に使ったこと、不明出金については、どこにも入金していないから私が個人の支払に使ったと思うこと等を述べている。

なお、不明出金の一部について、組合員個人(尾張勇、森明)へ支払った残りを甲野が費消したこと、組合の三菱銀行銚子支店から昭和四四年三月二六日及び同年四月二六日の二回にわたり銚子信用金庫橋本支店の大崎名義の当座預金口座に合計一五五万円が送金されていることが判明していること、右三月二六日の七五万円の送金については、大崎の銀行元帳の記載と照らし合わせて、同人の三〇〇万円の借金の返済期日に間に合うように大崎から依頼されて小切手を切ったと思うこと、大崎は甲野個人から借りたものであると弁明しているが、当時組合長は、甲野が組合の預金を操作していることを知っていたわけであるから、組合の預金口座から出ていることを十分知っているわけであること等を述べている。

(6) 昭和四五年二月一六日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一三号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO4について、昭和四二年五月一日から昭和四四年六月一一日までの間、七九回にわたり、組合の常陽銀行銚子支店の当座預金口座及び普通預金口座から払戻し又は振替えにより、甲野名義の常陽銀行の当座預金口座及び普通預金口座又は常磐相互銀行銚子支店の普通預金口座に入金したりして総額三四八〇万一〇〇〇円を使い込んだこと、使途については、「不明」であること、不明出金の一部については、組合の支払先(松井箱店)への支払であることが判明しており、また、昭和四二年一二月一四日に組合の常陽銀行普通預金口座から甲野の常陽銀行普通預金口座に七〇万円が入金されていて、これは同年一二月一三日に甲野が組合に対して貸した金の返済であること、昭和四二年一一月一五日、同年一二月一八日及び昭和四三年九月一四日の三回にわたり合計三五〇万円が組合の常陽銀行銚子支店普通預金口座から常陽銀行銚子支店の大崎名義の普通預金口座に送金されたこと等を述べている。

(7) 昭和四五年二月一六日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一四号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO5について、昭和四二年三月一八日から昭和四四年六月三〇日までの間、組合の信漁連銚子支所の当座預金口座及び普通預金口座から払戻し又は小切手振出等により、甲野名義の常陽銀行の預金口座又は常磐相互銀行の普通預金口座に入金したりなどして総額一一二〇万六〇〇〇円を使い込んだこと、また、使途については、「何に使ったか分かりません。」、「使途不明です。」等と記載されていること、昭和四二年五月二九日の四九〇万円は、帳簿上はっきりしているものではなく、本件発覚後組合員らとの交渉により組合員から返済があったと主張された額であること、すなわち、昭和四一年一〇月二二日に組合が信漁連銚子支所から転貸資金一七〇〇万円を借りて組合員らに貸した金について返済があったと主張されたものであること、組合員の言葉を信用して記載したわけで、甲野の責任において使い込み分として計上したこと、これについては、八月三一日、銚子信用金庫波崎支店の甲野の普通預金口座から直接信漁連銚子支所に返済した旨の記載があること、昭和四二年一一月四日に組合の信漁連銚子支所の普通預金口座から大崎名義の三菱銀行銚子支店の当座預金口座へ二〇〇万円振替えがされているが、これは大崎から頼まれてやったものであること、三菱銀行銚子支店の大崎名義の当座勘定元帳の一一月四日の欄には他店扱いで二〇〇万円の入金があることが判明していること、大崎は、今回の件が起こってから、甲野個人から借りたものであると弁解し、既に返済していると言っており、確かに大崎の個人帳には返済したように記載されているが、実際は入金されていないので、甲野の責任上使い込み分として計上したこと等を述べている。

(8) 昭和四五年二月一七日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一五号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO1ないし3、5を訂正している。

(9) 昭和四五年二月一七日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一六号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO6について、昭和四二年九月三〇日から昭和四四年七月三一日までの間に甲野名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座及び当座預金口座から組合名義の常陽銀行の普通預金口座及び三菱銀行の当座預金口座へ合計八六一三万一〇〇〇円を振替により返済したと述べている。

同NO7について、昭和四二年四月一日から昭和四三年八月三〇日までの間に甲野名義の常磐相互銀行銚子支店の普通預金口座及び当座預金口座から組合名義の常陽銀行の普通預金口座へ合計三六〇万円を入金して返済したと述べている。

同NO8について、昭和四二年八月三一日から昭和四四年七月二八日までの間に甲野名義の銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座及び当座預金口座から組合の信漁連銚子支所の普通預金口座及び常陽銀行の普通預金口座へ合計九三八万五〇〇〇円を入金して返済し、返済金の総合計は九九一四万一〇〇〇円であると述べている。

また、「組合の元帳の残高が四、五万円位のときに、私個人の預金元帳から多額の金が支出されているのは、組合関係の支払に充てたものである。そのことは組合長や一般組合員がよく知っていて、組合に金がないときは私が自分の預金から支出していることが度々ある。そのように、私は、組合の出納責任者として自分個人の預金を数え切れないほど組合のために使っているわけである。組合幹部や一般組合員は私が個人の預金を持っていることを十分承知していて都合のよいときだけ私を利用していたとも考えられる。」と述べている。

(10) 昭和四五年二月一九日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第一七号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO1及び2を訂正している。

(11) 昭和四五年二月二三日付の甲野の香取警察官に対する供述調書(丙第一八号証)

甲野は、答申書(丙第二八号証)添付別表NO1(組合からの不明出金)について、組合の三菱銀行の当座預金口座からの不明出金については、現金でおろしているが、組合の常陽銀行の普通預金口座及び当座預金口座に入金がないこと、現金にしたのは甲野であるので、組合の口座になければ甲野が現金にして使用してしまったと思うこと、三菱銀行の小切手は裏書人が組合であり現金で引き出されているが、組合の各銀行に入金されていないし、組合員個人にも支払っていないので、自分が使ったとしか考えられないと述べている。

次に、組合の常陽銀行からの不明出金については、組合名義の常陽銀行の当座預金口座から小切手を常陽銀行の普通預金口座に振り出したようになっているが、組合の普通預金口座に入金がなく、組合の各銀行口座にも入金がないので私が使ってしまったのだと思うこと、また、組合名義の常陽銀行の普通預金口座から現金で引き出し、組合の各銀行口座にも入金がなく、組合員個人の個人帳簿にも入金がないので、私が現金にして使ったとしか考えられないと述べている。

さらに、組合の信漁連銚子支所の普通預金口座からの不明出金については、組合の各銀行口座にも入金がなく、組合員個人の個人帳簿にも入金がないので、現金を扱うのは自分であるから、自分が使ったことは間違いないと述べている。

使途については、細かくは分からないが、自分個人の借入れの利息だけでも八〇〇万円位はあるので、利息の支払や返済の一部に補充したりしてしまったと述べている。

(12) 昭和四五年二月二三日付の甲野の香取警察官に対する供述調書(丙第一九号証)

甲野は、答申書(丙第二八号証)添付別表NO2(組合への不明入金)について、組合名義の常陽銀行の普通預金口座への不明入金については、前後四二回にわたり合計一五四八万七二七五円の不明入金があるが、これらはほとんどが小切手等で入金されていること、小切手を受け取るのは、冷蔵庫の凍結料を受け取る場合や組合員個人が売上金不足の時に持ってくる場合であると思うが、組合の元帳がないのではっきり分からないこと、甲野の各銀行の出金と組合の入金等を突き合わせして残った金額であるので、甲野個人から返済したものではないと思われる等と述べている。

組合名義の三菱銀行の当座預金口座への不明入金については、前後一二回にわたり合計五六七万円の不明入金があるが、これらは、組合員個人が売上金不足の時に入金したものや、組合員へ貸した転貸資金の返済金が入金されたためであるが、組合の元帳がないのではっきり分からないものの、甲野の出金については組合の各銀行への入金と突き合わせてあるので、甲野個人から返済したというようなことはないと思うと述べている。

組合名義の信漁連銚子支所の普通預金口座には、前後一三回にわたり合計三三九万円の不明入金があるが、これらは、組合員個人が売上金不足の時に入金したものや、組合員へ貸した転貸資金の返済金が入金されたためであるが、組合の元帳がないのではっきり分からないものの、甲野個人から返済したというようなことはないと思うと述べている。

そのうえで、「組合への不明入金については、組合員が売上金不足のときに現金や小切手でもってくる場合や凍結料を現金や小切手で受け取った場合等に、組合の元帳等をつけていなかったのでどこからの入金なのか分からなくなってしまったものである。これらの金額等は私の横領とは関係ないものと思う。」とも述べている。

(13) 昭和四五年二月二三日付の甲野の香取警察官に対する供述調書(丙第二〇号証)

甲野は、答申書(丙第二八号証)添付別表NO3及び同4(甲野からの不明出金及び甲野への不明入金)について、甲野名義の常陽銀行の普通預金口座からの不明出金については、前後二四回にわたり合計四三九万円の出金があるが、この金額は、甲野の生活費や借入金の利息返済等に使用したり、他の銀行に移すために現金でおろして使ってしまったのだと思うこと、この出金の金額は組合の各銀行の入金等と突き合わせてみたが、どこにも入金がないので、甲野が現金にして支払等に使用したものと思うこと等を述べている。

甲野名義の常陽銀行の当座預金口座からの不明出金については、前後五回にわたり合計一〇八万円の出金があるが、これらの出金は甲野の小切手帳に振り出した先等が記載されていないので、分からなくなってしまったものであること、たぶん銀行移しのためか、支払に使用したかのいずれかだと思うと述べている。

甲野名義の常磐相互銀行の当座預金口座からの不明出金については、前後九回にわたり合計七八五万円の出金があるが、この金額は借入金の返済及び利息、アパート、旅館等の支払であると思うが、小切手の耳等がないのではっきり分からないものの、組合の口座に入金はないので、甲野が何かの支払等に使用したものと思うと述べている。

甲野名義の常磐相互銀行の普通預金口座からの不明出金については、前後一六回にわたり合計五二二万七三〇〇円の出金があるが、これらも支払や返済等に甲野が使用したものと思うと述べている。

甲野名義の銚子信用金庫飯岡支店の当座預金口座からの不明出金については、前後七回にわたり、合計八四万円の出金があるが、これらも支払や銀行移しに甲野が使用したものと思うと述べている。

甲野名義の銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座からの不明出金については、前後九回にわたり合計四五五万三〇〇〇円の出金があるが、これらも支払等に甲野が使用したものと思うと述べている。

甲野名義の三菱銀行の普通預金口座からの不明出金については、前後二回にわたり合計三〇五万円の出金があるが、これらも支払や銀行移し等に使用したものと思うと述べている。

そして、甲野からの不明出金については、合計二六九九万〇三〇〇円であるが、アパートの建設資金及び旅館の建設資金や借入金の返済、利息の支払、その他各種の支払等に使用したものと思うこと、組合の各銀行に入金等がないので、組合に弁済した金額等ではないことははっきりしているので、甲野が使用したものと思うこと等を述べている。

甲野への不明入金については、甲野名義の常陽銀行の普通預金口座に前後三三回にわたり合計七八六万六〇〇〇円の入金が、甲野名義の常陽銀行の当座預金口座に前後八回にわたり合計三五五万円の入金が、常磐相互銀行の普通預金口座に前後一六回にわたり合計一一八五万円の入金が、常磐相互銀行の当座預金口座に前後一六回にわたり合計四五四万五〇〇〇円の入金が、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座に前後一五回にわたり合計五〇〇万五〇〇〇円の入金があり、これらの合計額は三二八一万六〇〇〇円となること、この金額の中には、組合の不明出金や波崎町のアパートの収入や銀行移し、友人等に貸した金の返済等があるが、この他に組合員が現金等で組合に納入した分が多少入っているのではないかと思うが、はっきりした額は分からないこと、不明入金の中には、組合の不明出金等が含まれていることは間違いないが、はっきりした金額等については分からないこと等を述べている。

(14) 昭和四五年二月二三日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第二一号証)

甲野は、確認書(丙第三一号証)を書くに至った経緯について、常磐相互銀行銚子支店へ申し込んでいた一〇〇〇万円の借入れができなくなったことからやりくりしていた運転資金の回転が止まってしまったので、組合を辞める決心をし、八月二日大崎と木樽の二人を呼んで、組合の資金をやりくりに使ったが、銀行の運転が止まってどうすることもできないから組合から身を引くと話したこと、確認書は、漁政課職員が下書を書いたこと、記載された金額は、漁政課職員が組合の帳簿や銀行預金元帳等を調べて出したものであり、甲野が承認したものではなかったが、当時、大勢の組合員が興奮して騒いでおり使い込んだものを返すのは当たり前等怒鳴っている始末で、書かないでその場から帰れる雰囲気でなかったので、右職員の言うままに確認書を書いた、職員は書面を甲野には渡してくれず、持ち帰ったものと思うこと等を述べている。

(15) 昭和四五年二月二四日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第二二号証)

甲野は、答申書(丙第三二号証)添付別表NO9ないし同12について、同9(組合の収支関係)については、組合の昭和四二年度から昭和四四年度の決算表によって作成したものであること、決算表には粉飾した数字があるが、この表には粉飾した数字はなく、事実のまま記載してあること、組合の収入は、組合員の出荷手数料、冷蔵庫使用料、保管料、原塩販売手数料等であること、組合長や会計理事等大口の業者がもっと組合を利用してくれれば、収入手数料が増えて運営が楽になったはずであること、欠損金は、昭和四二年度が三二五万三〇〇〇円、昭和四三年度が四七二万円、昭和四四年度が五三七万八〇〇〇円と年々増加しており、その他に累積赤字もあるので、一年ごとに組合の運営が苦しくなっていること、また、冷蔵庫設備欠損金が毎年五二一万円あり、この埋め合わせに組合員の出荷代金を充当しており、その出荷代金の支払のために甲野が組合帳簿をやりくりしたこと、やりくりの方法は、架空の借入れを記載したり、甲野個人の元帳から支払ったり、受け入れ等を操作したりというものであったこと等を述べている。

同10(信漁連からの転貸資金の借入状況)については、一般組合員には不正はないが、大崎は、第三回借入れ時において、尾張勇名義を使って二人分借入れをしたことを述べている。

同11(支払利息)については、借入金の利息の支払の状況を述べている。

同12(甲野の収支関係)については、波崎町の自宅で有限会社甲野商事を経営し、アパート四棟、飯岡町のモーテルからの収入が昭和四二年度五四一万二〇〇〇円、昭和四三年度八四一万二〇〇〇円、昭和四四年度(七月現在)四八九万円あり、各種支出を除いても昭和四二年度二三四万八八八一円、昭和四三年度三一二万八九〇〇円、昭和四四年度一一二万五〇〇〇円の利益があったこと、帳簿上では各年別に欠損金を計上してあるが、月掛積立預金を除けば生活費には十分余裕があったこと、常磐相互銀行銚子支店、三菱銀行銚子支店、常陽銀行銚子支店、銚子信用金庫波崎支店からの借入金については、借入れの都度、波崎町のアパート、飯岡町のモーテル、海鹿島町の住宅の三棟(時価五六〇〇万円相当と評価)に担保を設定していたこと、甲野が組合の金を使い込んだとしても組合で大騒ぎをしなければ十分に補填できる状態であったこと等を述べている。

(16) 昭和四五年二月二六日付の甲野の田野部長に対する供述調書(丙第二三号証)

甲野は、組合が、昭和四四年八月二四日付委任状及び念書に基づいて同年一二月波崎町のアパート四棟、海鹿島町の住宅一棟を一二五〇万円で売却し、その売却代金の一部を常磐相互銀行銚子支店からの一〇〇〇万円の借入金の返済に充て、さらに、アパートの地主に対し権利金八〇万円を支払ったということ、残金の一七〇万円が組合に入金されているかどうかは分からないこと、組合は、同年一二月、飯岡町のモーテルを一五〇〇万円で売却し、売却代金の一部を銚子信用金庫波崎支店からの九七一万三〇〇〇円の借入金の返済に充て、残金五二八万七〇〇〇円を組合に入金したこと等を述べている。

また、甲野は、組合が、甲野の常陽銀行銚子支店に対する定期預金一五〇万円を組合の返済資金に充てたこと、同年八月三日、甲野個人の必要から三菱銀行銚子支店から現金八五万円を借りて所持していたところ、ちょうどそのころ銚子信用金庫橋本支店で組合の八五万円の小切手が不渡りとなり、大崎と木樽から頼まれてやむを得ず、三菱銀行から借りた右八五万円で小切手を買い戻してやったこと、さらに、同年九月一七日以降売却時までのアパートの収入二七万五五〇〇円、モーテルの収入五六万一六一三円を組合が取得したこと、したがって、これらの分も補填分に入ること等を述べている。

(17) 昭和四五年三月三〇日付の甲野の香取警察官に対する供述調書(丙第二四号証)

甲野は、組合長や会計が甲野に事務一切を任せてくれていたようだったので、組合の印鑑を勝手に押したり、議事録等を勝手に作ったりして借入れをしてしまったが、このようなことは事務員の範囲を越えてやってしまった、組合長や会計等が甲野に事務一切を任せるとは聞いていなかったが、甲野のやっていることを黙認していたようなので、甲野個人で組合の運転資金等が困ったりした場合に組合長らに話をせずに勝手に借入れ等をしてしまったこと、甲野は組合員らに不安な気持ちを持たせてはいけないと思い、勝手に借り入れてしまったこと、決算報告書には、借入金の存在を隠してあったこと、組合には現金出納帳や銀行元帳等の帳簿がそろっていなかったので、組合員は、嘘の決算報告書を作成しても分からず、このような多額の赤字ができるまで気付かなかったのだと思うこと等を述べている。

(18) 昭和四五年三月三一日付の甲野の香取警察官に対する供述調書(丙第二五号証)

甲野は、本件組合の取引銀行は、常陽銀行、三菱銀行、信漁連及び信用金庫であるが、借入れをしたのは、常陽銀行、三菱銀行及び信漁連であると述べ、自らが行ってきたこれらの金融機関からの借入れ・返済の状況、組合の赤字が増大していった経緯等を説明している。

(三) その他

(1) 本件組合の昭和四三年度の決算表(乙第五号証)

(2) 昭和四四年八月二四日付の甲野作成の念書(丙第三〇号証)

右念書には、甲野及び一審原告名義の本件各不動産を売却する等一切の行為を組合長大崎及び高橋正治に委任したこと、本日以後勝手に本件各不動産を譲渡したり、賃貸、使用貸借、抵当権、質権設定等の処分をして本件組合に迷惑をかけるようなことはしないこと、第三者から権利主張があった場合は速やかに本件組合に相談することを誓約すること、右に違反するようなことがあった場合には、本件各不動産を自由に処分されても異存がないことを承諾した旨の記載がある。

(3) 昭和四四年八月二四日付の甲野作成の委任状(丙第二九号証)

右委任状には、甲野が、組合長大崎及び高橋正治を代理人に選任し、甲野及び一審原告名義の本件不動産を売却すること並びに売買代金を受領すること等一切の行為を委任したこと、ただし、売買金額については組合長及び高橋正治と甲野らとの合意に基づくことを原則とするか、合意ができない場合は不動産鑑定士の評価する金額で売却することを承諾するとの記載がある。

(4) 昭和四四年九月一一日付の甲野作成の確認書(丙第三一号証)

甲野は、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二八日までの間、本件組合の預金から三〇九七万九五二五円を流用消費したことを確認し、右三〇九七万九五二五円及び利息九二万九三八五円の合計三一九〇万八九一〇円を、本件組合のためにすでに譲渡担保を設定した固定資産を売却処分した代金から弁済することを確約し、万一固定資産を売却した代金によって完済に至らない場合は、責任をもって弁済に当たることを組合長大崎に対して誓約した。

(5) 昭和四五年二月一〇日付の甲野作成の答申書(丙第二八号証)

甲野は、昭和四二年三月一日から昭和四四年七月三一日までの間について、本件組合の取引銀行の各口座元帳と甲野の取引銀行の各口座元帳に記載されている金額の内より、入金先及び出金先不明分を各元帳から抜き出して一覧表を作成し、銚子警察署長に対し答申した。

(6) 昭和四五年二月一〇日付の甲野作成の答申書(丙第三二号証)

甲野は、昭和四二年三月一日から昭和四四年七月三一日までの間について、本件組合名義の信漁連、常陽、三菱の各銀行の普通預金口座及び当座預金口座から払い戻し、又は振り替えして甲野名義の常陽、三菱、常磐相互銀行、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座及び当座預金口座に入金して流用費消し、又は返済した件について、信漁連、常陽、三菱、常磐相互銀行、銚子信用金庫波崎支店の普通預金口座及び当座預金口座を照合した結果は、別表のとおり相違ないと述べて、別表のとおり答申した。

三  警察官の捜査の違法性

1  口座からの入出金

銚子警察署長の捜査関係事項照会により収集された前記二4(一)の組合名義の三菱銀行銚子支店、常陽銀行銚子支店及び信漁連銚子支所の各元帳、甲野名義の三菱銀行銚子支店、常陽銀行銚子支店、常磐相互銀行銚子支店の各元帳、一審原告名義の常磐相互銀行の元帳等によれば、組合の口座から多額の出金があり、その中には、甲野の預金口座に入金されたものが数多く認められ、それ以外のものにも組合の支払に充てられたとは見られない使途不明金が多くあることが客観的に明らかになった。甲野は、組合の会計処理一切を任されており、かつ、組合内部の正規の手続を経ることなく、組合の金融機関への届出印を押し、組合の小切手を振り出し、振替伝票を作成するなどしていたことを認めているから、組合の口座からの出金等は、すべて甲野が行っていたと認められた。

このように、甲野が、組合内部の正規の手続をとらず、組合の口座からの出金の多くを自己の口座に入金したということは、業務上占有していた組合の金を自ら取得したことを示す客観的な事実であり、それ自体、甲野に横領罪の不法領得の意思(他人の物の占有者が委託の趣旨に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思)があることを強く窺わせるものということができる。

2  甲野の自白及び弁解

(一) 甲野は、前記二4(二)のとおり、最初に作成された田野部長に対する昭和四五年二月六日付供述調書において、「費い込み」という表現を用いて自己の横領行為を自認したが、その後も、「流用」、「費い込み(使い込み)」などの表現を用い、一貫して、本件組合の口座から金を引き出して自己名義の口座等に振り替え、あるいは自ら使用したことを認めている。それゆえ、田野部長らは、甲野に対し、逮捕等の強制捜査をする必要はないと判断し、最後まで任意捜査を行うにとどめたものである。

しかも、甲野は、取調べにおいて、自ら関係各金融機関における組合と甲野の口座元帳に基づき、組合の口座から払戻し又は振替をするなどして、甲野の口座に入金した経緯を記載した答申書(丙第二八、第三二号証)を作成し、任意に提出している。また、甲野は、組合の口座から引き出した金員の相当額を、自らが経営するアパート、旅館、住宅建設の費用の支払や借入金の利息の支払に充てた旨を供述し、使途が明らかでない金については、帳簿やメモがないので自分が使用したと思われても仕方がない、などと答えていた。

このように、甲野は、警察官に対し、一貫して横領行為を自白し、前記1のとおり、右の自白に沿う客観的事実が認められるのであるから、右の当時、甲野には横領罪の嫌疑が十分認められたことは明らかである。

(二) なお、一審原告は、甲野は、香取警察官に対し、本件組合に対する貸付金につき返済を受けただけである旨弁解し、甲野と本件組合との間に貸借関係が生じた原因を説明していたものであるところ、このような事案では、本件組合の金が甲野に流れたとしても、それが組合資金の流用なのか、貸金の返済を受けたにすぎない行為なのか明らかではないから、これらの点についてなお捜査をする必要があったと主張する。

しかし、前記二4(二)の甲野の各供述調書によれば、当時、甲野が積極的に右のような主張をして、横領罪の犯行を否認していたと認めることはできない。すなわち、甲野の供述調書を仔細に検討すると、組合に資金が不足していたときに、実質的に甲野が貸したり立て替えたりしたことがあった旨の供述があることは認められるものの、それは、問題となっている組合の預金口座から個々の出金行為につき、立替金又は貸金の返済として受領したものであると述べて横領の犯行を否認したものではないと認められる。しかも、甲野は、組合に対する貸付け又は立替払の供述を裏付ける客観的な資料を全く提供していない。

したがって、銚子警察署の警察官が甲野の供述を自己の犯行に対する否認と受け止めなかったのは無理もないことであり、一部にこのような供述があったとしても、取調べを担当した田野部長あるいは香取警察官が、組合の預金口座からの個々の出金は甲野の組合に対する貸金の返済に当たるか否かについてまで詳細に捜査する必要があったとは認められないし、そのような捜査を期待することも困難であったというほかない。

3  甲野による私財の提供

甲野、大崎及び木樽の供述によれば、大崎及び木樽は、昭和四四年八月四日、甲野が組合に就職する際の紹介者である高橋正治から連絡を受けて甲野宅に赴いたところ、甲野及び右高橋から、組合振出の小切手二通が不渡りになりそうな旨を聞かされ、甲野から申し訳ないと謝罪を受け、その直後に、甲野又は一審原告が所有名義人である本件各不動産につき、本件組合に対し、譲渡担保が設定され、その旨の所有権移転登記が経由されたことが認められる。そして、前記二4(三)(2)ないし(4)のとおり、甲野が作成した念書、委任状及び確認書によれば、甲野は、千葉県漁政課職員による本件検査の後、昭和四四年九月一一日付をもって、大崎組合長宛に、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二八日までの間において、組合の預金から三〇九七万九五二五円を流用消費したことを確認するとともに、同金額とその利息との合計三一九〇万八九一〇円について、組合のために譲渡担保を設定した所有不動産を売却処分した代金から弁済することを確約する旨の確認書を差し入れ、その他これに関する大崎及び高橋宛の委任状及び念書を差し入れたことが認められる。

このように、甲野は、自己の私財を本件組合に提供していると認められたが、員外理事で組合の会計事務を担当していたにすぎない甲野が、組合の振出小切手が不渡りになるというだけで、なぜ自己の私財を提供したのかについては、合理的な理由を見いだすことはできない。そうすると、甲野が自認しているように、甲野は、組合の資金を使い込み、そのため組合が資金不足を来し、不渡りという事態を発生させるに至ったことから、大崎及び木樽に右の行為を告白して謝罪し、かつ、組合の損害を補填すべく、自己の私財を提供したと見るのが合理的であり、このことは、不渡りの事実を告白した際、甲野が「使い込んで申し訳ないと言っていた。」との大崎の供述とも符合するところである。そうすると、甲野が組合に私財を提供したことは、甲野の横領行為を裏付ける極めて有力な事実であるということができる。

なお、甲野は、確認書の作成経緯につき、田野部長に対する供述調書の中で、「確認書は、漁政課の係員が下書を書いた。記載された金額は、漁政課係員が組合の帳簿や銀行預金元帳等を調べて出したものであり、私が承認したものではなかったが、当時、大勢の組合員が興奮して騒いでおり、使い込んだものを返すのは当たり前等怒鳴っている始末で、書かないでその場から帰れる雰囲気ではなかったので、係員のいうままに確認書を書いた。」(丙第二一号証)と供述している。しかし、右の確認書には甲野の署名押印があること、甲野は、右取調べの当時、確認書に記載された組合資金の「流用消費」の事実を認めていたことなどに照らすと、田野部長が、右の弁解だけから、甲野は真意に基づいて右の確認書を作成したのではないとの疑いを抱かなかったのは無理もないことというべきである。したがって、甲野から右のような弁解があったからといって、銚子警察署の警察官が、確認書の内容に疑いを抱かず、その作成経緯等を詳細に調べなかったとしても、格別不合理なものであるということはできない。

4  まとめ

以上のように、銚子警察署の警察官は、本件組合からの告訴を受けた後、組合長の大崎、会計責任者の木樽から事情を聴取した上、捜査関係事項照会により、関係金融機関から元帳等を取り寄せ、確認書等も入手し、多数回にわたり甲野を取り調べているのであるから、捜査機関として合理的に期待される捜査を行ったということができる。

これに対し、一審原告は、請求原因4(一)のとおり、師岡の事情聴取を始めとする裏付け捜査が不十分であったと主張する。

しかし、これまで見てきたとおり、銚子警察署の警察官による捜査の結果、甲野は一貫して自己の犯行を自白していたこと、金融機関から取り寄せた元帳により組合の口座及び甲野の口座からの入出金の流れが把握でき、それは甲野の自白に沿うものであったこと、甲野の自白の裏付けとして、大崎及び木樽の供述、確認書等が得られたことなどからして、その当時、甲野には十分に犯罪の嫌疑が認められたものである。そうすると、銚子警察署の警察官が、それ以上の裏付け捜査をすることを考慮しなかったとしても、やむを得ない状況であったということができる。

確かに、甲野が自白していたとしても、可能な限りそれを裏付ける資料を収集することは、誤った公訴提起等を防止するためにも望ましいというべきであるが、警察官としては、前記のとおり、合理的に期待される捜査を行い、刑事事件として成立する程度の犯罪の嫌疑が認められた以上、事件を速やかに検察官に送致すべきであると解されるところ、本件においては、右の程度の捜査が行われ、その結果、甲野に犯罪の嫌疑が認められたのであるから、一審原告が主張するような裏付け捜査をしなかったとしても、捜査に違法があるとは認められない。

以上のように、銚子警察署の警察官は、捜査機関として合理的に期待される捜査を行い、その結果、甲野に犯罪の嫌疑があるとして千葉地方検察庁八日市場支部検察官に本件刑事事件を送致したものであるから、その捜査に国家賠償法上の違法性は認められないというべきである。

四  自白の強要

一審原告は、香取警察官は、甲野の法律的な無知につけ込み、「本件組合の借用証書か総会の議事録がなければ貸借と認めることはできない。本件組合の金が甲野個人に流れたということは、理由のいかんを問わず、横領罪になる。」などと述べて甲野を錯誤に陥れ、かつ、「そんな訳の分からないことを言っていると執行猶予になるはずのものが実刑になる。」等と脅し、自白調書の作成を強要したと主張する。

しかし、証人香取信好は、甲野の取調べに当たり右のように自白調書の作成を強要したことを否定しているし、甲野は、本件刑事事件の公判において自白調書の任意性を全く争っていないこと、前記二4(二)のとおり、甲野は、田野部長の取調べにおいても、組合の金を使い込んだことを認めているが、それも香取警察官の強要により自白させられたとは考えにくいことなどに照らすと、自白調書の作成を強要したとの事実を認めるには足りないというべきである。したがって、一審原告の右の主張を採用することはできない。

第五  請求原因5(一審被告国の責任・検察官の公訴提起及び公訴追行の違法性)について

一  検察官の公訴提起の違法性

1 刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに検察官の公訴提起行為が違法になるということはなく、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。したがって、公訴提起時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、右公訴の提起は違法性を欠くものと解すべきである。

2  当事者間に争いのない事実、甲第二号証、乙第五、第一一、第一七、第一八、第二八ないし第三〇、第三一号証の一、二、第三二、第三三、第四九、第五六号証、丙第一ないし第三二、第三八号証、証人香取信好の証言、証人田村實の証言及び甲野本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件刑事事件は、昭和四五年七月ころ、千葉地方検察庁八日市場支部検察官に送致され、田村検察官が事件を担当することになった。田村検察官は、銚子警察署から送致を受けた一件記録を検討し、後記(二)(2)のとおり、大崎の供述調書二通及び甲野の供述調書二通を作成した。

(二) 公訴提起までに収集した資料

(1) 前記第四、二4(一)ないし(三)記載の証拠資料

(2) 供述調書

① 昭和四五年一一月一六日付の大崎の田村検察官に対する供述調書(丙第二号証)

大崎は、本件組合の活動内容、甲野が本件組合に就職し、員外理事に就任するに至った経緯、アパートやモーテルの建築資金は、妻の実家と銀行からの借入金であると聞いていたこと、貸別荘の建築資金も借入金であると聞いていたこと、銀行からの融資を一五〇〇万円に拡げてもらったと言っていたこと、昭和四四年八月四日に甲野から本件について告白されたときの状況(組合の金を不足させたのは申し訳ない、甲野がやっていたので甲野の責任ですというばかりで、自己が使い込みをしたとか、どうして足りなくなってきたか、また、いくら足りないのかはっきり言わなかった、どうして使い込んだのかと聞いたら、人の名義を使って引き出したようなことを言っていた、そして、自己の土地建物の権利証を出して、これを担保にして大崎や木樽に金を借りて何とかしてもらいたいと言ってきた。それを断ると、それなら土地建物を処分して穴埋めに使ってくれと言ってきた、それで、印鑑や権利証を預かった。)、木樽が組合と取引のある銀行から預金残高証明書を取ったり、元帳の写しを取って調べたりしたところ、三月の決算報告と借入残高が違っていたことが判明したこと、八月一七日の総会で事のあらましを話し、千葉県の漁政課に監査してもらおうということになったこと、監査の結果を受けて甲野を告訴するに至った経緯、甲野の土地建物を売却してその代金を使い込んだ分の補填に充てたこと、甲野の使い込みの方法は、組合の銀行預金から勝手に小切手で現金を引き出したり、自分の口座へ振り込んだり、組合員の信漁連への返済金を現金のまま使い込んだりというものであったこと、甲野は、大崎の印鑑やゴム印を利用して小切手を振り出していたこと、印鑑や小切手帳等は大崎の家に置いてあったが、甲野が出勤後取りに来て夕方帰宅するころに返還するようになっていたこと、三菱銀行や常陽銀行から運転資金の借入れをするには、少なくとも役員全員の承諾が必要であるが、勝手に承諾を得ないで借りたものもあったこと等を述べている。

② 昭和四五年一二月一〇日付の大崎の田村検察官に対する供述調書(丙第三号証)

大崎は、本件組合の設立経緯、組合員の構成、甲野が員外理事に就任した経緯、本件告訴後の捜査の結果、甲野が使い込んだ金の中には大崎に融通していた分も含まれていたことが判明し、大崎も甲野と一緒に組合の金を使い込んだのではないかということで調べを受けたこと、大崎と甲野との間には昭和四二年五月から昭和四四年七月まで二四、五回の金銭の貸し借りがあり、甲野はそのうちの六回分合計七〇五万円については組合の金を回したこと、そのことは大崎も知っていたと言っているが、自分としてはすべて甲野個人から借りたと思っていたこと、甲野から借りた分はすべて小切手で返済しており、最後には、大崎の方が甲野に対し八〇万円貸し越しになっていたこと、昭和四五年五月以降は甲野も資金繰りに苦しかったのか手形の決済ができずにいたため大崎の方が貸すようになったこと、その際の貸借期間は一日か二日であったこと、甲野は大崎から支払のため金を回してくれと言われて仕方なく個人帳に架空に入金し、組合の預金口座から大崎の口座へ振り込んだのだから、大崎も自己の個人帳を見ればよく分かるはずだし、それを知っていたはずであると言っているがどうかとの質問に対し、小切手ではなく振込入金であったし、個人売上帳を見なかったので分からなかったこと、甲野が組合の金を使い込んだということで千葉県の漁政課の監査を受けたこと、その際、甲野も自分勝手に組合の金を使い込んで大崎の方へ回したことを認めていたこと、甲野が組合の金をこれほど使い込んだ理由は、銀行から借入れをしてモーテルや貸別荘等を建てたため、その返済のために金が必要であったこと、また、相当額を返済していることは銀行から融資を受ける実績を作るため、組合の預金を自己の口座へ移し、また組合の口座へ入れる等して二回も三回も回していたためではないかと思われること、本件組合の借入れ状況、組合の収支状況は毎年赤字であったこと、信漁連から借りた転貸資金の一部を組合の運転資金として使ったこと等を述べている。

③ 昭和四六年二月五日付の甲野の田村検察官に対する供述調書(丙第二六号証)

甲野は、甲野の身上、経歴、本件組合へ就職した経緯、員外理事となった経緯、組合の収入支出関係(組合を通じて出荷する責任限度額は年間六〇〇万円と決められ、一人当たり五万円の手数料を支払うことになっていたこと、その他収入として冷蔵庫の使用料、組合費等があったこと、支出としては、事務員の給料、光熱費等月三五万円位かかったこと、冷蔵庫建設の借入金の返済が毎年一一五万円位あったこと、その他、信漁連、三菱銀行、常陽銀行等からの借入金の返済があったこと、毎年収支は赤字となり累積していたこと)、組合と市内の銀行の取引は、三菱銀行、常陽銀行、信漁連の三つで、それぞれ当座預金口座、普通預金口座を持っていること、甲野の財産関係(昭和三年分家した際、アパート四棟をもらい、このアパートからは月二〇万円位の収入があったこと、昭和四二年六月に飯岡町に一一〇〇万円位かけてモーテルを建てたこと、土地については、常磐相互銀行から八〇〇万円借り入れし、建物については、銚子信用金庫波崎支店から五〇〇万円を借り入れたこと、昭和四四年二月に海鹿島町に一三〇〇万円かけて二階建てコンクリートの住宅を建てたこと、このとき常磐相互銀行から一〇〇〇万円借り入れたこと、同年六月末現在でその他の借入れを含めて二八九五万円位の借入れ残があったこと、利息等の支払は月五〇万円位にあったこと、借入れに際しては物件をいずれも担保に提供したこと)、甲野の市内銀行等との取引は、常磐相互銀行銚子支店、常陽銀行銚子支店、銚子信用金庫波崎支店であり、普通預金口座及び当座預金口座を持っていたこと等を述べている。

また、昭和四二年三月三一日ころから昭和四四年七月二四日ころまでの間に、組合のため預かっていた金を二〇〇回くらいに亘って自己のために流用したことで、組合から告訴され、警察の調べを受けたが、この件については、銚子警察署で調べを受け、その際、詳しく申し上げたこと、組合の預金元帳や小切手、組合員の売上元帳を調べ、甲野が使い込んだ一覧表を、昨年二月二〇日に作成し、警察署に答申書として提出したこと、この一覧表にあるとおり間違いないと述べた上で、答申書(丙第三二号証)添付別表NO3に従い、昭和四二年三月三一日から昭和四四年七月二四日ころまで九五回位にわたり、組合の三菱銀行の当座預金口座及び普通預金口座から甲野の常陽銀行、常磐相互銀行の普通預金口座及び当座預金口座に振り替えたり、現金にしたりして使った分について説明したこと、不明出金については甲野の銀行にも入っていないから甲野が使ったものと思われること、右別表NO3に記載された日に三菱銀行から小切手が出金となっていることは元帳上間違いないこと等を述べている。

同4にしたがって、組合の常陽銀行の口座から甲野の口座へ八四回位にわたり小切手で払い戻したり、振り替えたりしたこと、組合の常陽銀行から甲野の常陽銀行への振替は電話をすればすぐでき、払戻用紙はこちらの判を押したものを銀行へ預けておいたことを述べている。

同5にしたがって、組合の信漁連の口座から引き出したこと、そのうち小切手に二〇万円と記載して払戻しを受け、うち五万円を組合員に支払ったことが組合員の売上元帳によって判明したことを説明している。

そして、甲野は、このように、組合の保管に係る金員を各銀行から甲野の口座へ入れたり、振り替えたりしたが、その金額は合計一億一一六一万七〇〇〇円になり、そのうち甲野が組合に返済した金額は合計九九一四万一〇〇〇円となり、差引一二四七万六〇〇〇円位が残っていること、その詳細は、同6ないし同8のとおりであること、組合の会計や幹部の監督は悪かったこと、組合では備付の帳簿等がしっかりしておらず、ほとんど預金元帳によってやっていたこと、帳簿等を隠してはいないこと、メモ等はあったが騒ぎになってからなくなってしまったこと、なぜこのように使い込んだかというと、モーテルや住宅等を建て、そのために銀行から多額の借入金をおこし、その支払利息等のために一時組合の金を使用したものもあるし、九九〇〇万円も返しているということは全部が全部自分のために使ったわけでもなく、甲野が銀行から融資を受けるためにその信用を得たいがために、甲野の銀行口座の出し入れがたくさんあればそれだけ甲野が手広く事業をやっているように思われ、そのために組合の金を甲野の口座に入れ、すぐまた組合の方へ返したということがたくさんあったこと、別表に赤丸をつけたのは見せ金のために甲野の口座に勝手に入れ、すぐまた組合の口座へ入れた分だと思われること、その合計は四八〇〇万円位になると思われること、組合に金がないため組合に貸したこともあるが、今となってみれば組合が誰に支払うため貸したか、個々の支払先等を一々明らかにすることができないこと、要するに、組合の金と甲野の金を混同し、どんぶり勘定的な仕事をしたのが悪かったと思うこと、不明出金は、組合員個人の通帳や支払先を全部突き合わせたがどうしても分からないもので、この分は先ほど述べた理由や自分の事業等の支払のために充てたものと思われること、甲野が組合の出納事務を一人でやっていたのであるから、甲野が最終的に責任を負わなければならないものと思うこと、同2―1の不明出金六八〇万円と「甲野太郎等の組合より」と書いた未済分二三〇万円の合計九一二万円位が甲野の未弁償の額であり、その後常陽銀行に甲野が持っていた定期預金一五〇万円を組合が取得してしまったので、それを引いた七六二万円位を返せばよいと思うこと、会計係として甲野がしっかりしていなかったためにこのような事件を起こしてしまい、組合員のみなさんに迷惑をかけた点について責任を感じていること等を述べ、最後に、「二度とこんな事はいたしませんからご寛大に願います。」と結んでいる。末尾には、同3ないし同5の写しが添付されている。

④ 昭和四六年四月二日付の甲野の田村検察官に対する供述調書(丙第二七号証)

甲野は、千葉県の監査の結果では、甲野が五七〇〇万円余を横領し、そのうち二六五七万円を返済し、差し引き三〇九七万九〇〇〇円余が未弁償であるとされたが、甲野は一々監査官と突き合わせをしたわけでもなく、異常な雰囲気のもとで言われたので、その金額を了承せざるを得なかったので確認書に署名したこと、しかし、その後警察で調べを受け、とことんまで金の行方を追求して調べたのが答申書(丙第三二号証)添付の各別表であるので、その金額の方が正確であると信じていること、甲野が組合に返済しなければならない金額は、同1―1の一二四七万六〇〇〇円であるが、このうち大崎にいった分を除いた同2―1の不明金六八一万一〇〇〇円と二三一万五〇〇〇円の合計九一二万六〇〇〇円から常陽銀行の定期預金一五〇万円を引くと、七七六万円となること、したがって、甲野の不動産の売却代金を控除すると、甲野の方が組合から七七〇万円位返してもらわなければならないと思っていること、組合は甲野の不動産を無断で売ったり、不当に安く売ったりしたので、別件で所有権移転登記の抹消登記手続等請求事件を起こしたこと、組合長や千葉県の監査に来た者は、組合には会計事務を執行するために当然現金出納簿や入金、出金伝票があったと言っているが、組合の預金から小切手を切ったり、他の銀行へ振り替えたり、払戻しを受けたりする場合は、振替伝票を使っていたこと、千葉県の監査があったとき、これらの伝票やその日その日の明細を書いたノートが一切なくなっていたが、誰がどこへやったか分からないこと、甲野としては、これがあれば早くしかも正確に甲野のしたことについて納得のいく説明ができたと思い残念であること等を述べている。末尾には、同1―1及び同2―1の写しが添付されている。

(三) 公訴提起

田村検察官は、昭和四七年三月二二日、千葉地方裁判所八日市場支部に対し、甲野について、「被告人は、昭和三七年三月から同四四年八月頃まで銚子市川口町<番地略>所在の銚子丸海水産加工業協同組合に勤務し、経理担当理事兼会計主任として組合の財務及び会計に関する帳簿の保管及び金銭の出納保管の業務に従事していたものであるが、第一 昭和四二年三月三一日頃より同四四年七月二四日頃までの間右組合事務所において前後九三回に亘り業務上保管中の同組合三菱銀行銚子支店の当座普通預金口座より合計六四、一〇〇、〇〇〇円の払出しを受けてその都度ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領し、第二 昭和四二年五月一日頃より同四四年六月一一日頃までの間右組合事務所において前後七六回に亘り業務上保管中の同組合の常陽銀行銚子支店の当座普通預金口座より合計三〇、六〇一、〇〇〇円の払出しを受けてその都度ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領し、第三 昭和四二年三月一八日頃より同四四年六月三〇日頃までの間右組合事務所において前後一三回に亘り業務上保管中の同組合の信漁連銚子支所の当座、普通預金口座より合計四、一五六、〇〇〇円の払出しを受けてその都度ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領したものである。」との公訴事実に基づいて公訴を提起した。これは、答申書(丙第三二号証)添付別表NO3(丸海より甲野へ{三菱銀行})のうちの昭和四四年三月二六日の七五万円、同年四月二六日の八〇万円、同4(丸海より甲野へ{常陽銀行})のうちの昭和四二年一一月一五日の二〇〇万円、同月一四日の七〇万円、同月一八日の四〇万円、昭和四三年九月一四日の一一〇万円、同5(丸海より甲野へ{信漁連})のうちの昭和四二年五月二五日の四九万円、同年一一月一日の二〇〇万円、昭和四四年一月七日の一五万円、同月八日の一四万円、同年六月一一日の一五万円を除いたほかは、同3ないし同5とほぼ同様の日時、金額について、横領罪が成立するとして公訴提起されたものである。本件刑事事件は、千葉地方裁判所八日市場支部昭和四七年(わ)第三〇号事件として係属した。

他方、田村検察官は、大崎及び木樽については、甲野との間の個人的な貸借であり、すでに返済もされているので業務上横領罪は成立しないと判断し、不起訴処分とした。

3  以上の事実を前提に、田村検察官の公訴提起に違法があったか否かを検討する。

(一) 田村検察官の捜査

(1) 前記第四、三のとおり、甲野は、一貫して田野部長及び香取警察官に対し、横領行為を自白しており、この自白を裏付ける客観的な事実として、金融機関から取り寄せた元帳等により、組合の会計処理一切を任されていた甲野は、組合内部の正規の手続を踏むことなく、組合の金融機関への届出印や小切手を用いて組合の口座から出金し、そこから甲野の口座に入金したものが数多くあったことが認められていたものであり、更にこれを補強する大崎及び木樽の供述や甲野が作成した確認書等も収集されていた。したがって、警察官から送致された本件刑事事件の証拠資料だけでも、甲野に対する犯罪の嫌疑は十分に認められたものである。

(2) 田村検察官は、以上の証拠資料を踏まえ、大崎を取り調べて二通の供述調書を作成したが、前記2(二)(2)①及び②のとおり、従前の供述に反するものではなく、したがって、甲野の犯罪の嫌疑を否定するものではなかった。そして、田村検察官は、甲野を取り調べ、二通の供述調書を作成したが、甲野は、前記2(二)(2)③及び④のとおり、横領については、自分が警察官に対する取調べにおいて作成した答申書のとおりであると述べてこれを認めた上で、主として答申書添付別表NO3ないしNO5にしたがって犯行を説明し、組合からの不明出金については、自分の口座にも入金されていないから自分が費消したと思うこと、モーテルや住宅を建てるため銀行から多額の借入れをし、その支払利息等のために一時組合の金を使用したこともあること、不明出金は、組合員個人の通帳や支払先を全部突き合わせたがどうしても分からないもので、自分の事業等の支払のために充てた分だと思われるなどと述べ、従前どおり自己の犯行を自白した。

(3) なお、甲野は、田村検察官に対し、組合の資金が不足したときには、自分が組合に貸し付けたことがある旨を供述している。

しかし、右の供述は、問題となっている個々の横領(出金)行為につき、右出金に先立ち甲野が組合に貸付をしており、その弁済を受けるために右の出金の手続をしたという趣旨で述べたものではないことは明らかであるから、これをもって甲野が犯行を否認したと認めることには無理がある。特に、甲野は、右の組合に対する貸付の供述に続けて、今となってみれば、組合が誰に支払うために貸したか、個々の支払先を一々明らかにすることはできないと述べるなど、曖昧な態度を示し、具体的な消費貸借の内容を説明しておらず、消費貸借の事実を裏付ける資料も提出していない(甲野は、田村検察官に対し、組合の帳簿等を隠してはいない、メモ等はあったが騒ぎになってからなくなってしまった、組合の入出金に関する伝票やその日その日の明細を書いたノート一切が千葉県の監査のときにはなくなっていた、誰がどこにやったか分からないと供述しているのみである。)。このように、組合の資金が不足したときに自分が組合に貸し付けたことがある旨の甲野の供述は、極めて曖昧なものであり、本件における組合の預金口座からの出金は、右貸金の返済に当たるという否認の趣旨で述べたものと受け取ることはできないことに加え、甲野が組合のために貸付をする合理的な理由を見いだし難いことを考慮すると、田村検察官が、右の供述を重視することなく、それを裏付ける証拠を収集しなかったことは、やむを得ないことであったというべきである。

(4) 以上のように、甲野は、警察の捜査段階と同様に、一貫して横領の犯行を自白していたのであるから、右自白の信用性は高いと認められる上、右自白に符合する客観的な事実が明らかに認められ、その裏付けとなる証拠も収集されていたのであるから、田村検察官が、甲野につき有罪判決を得るだけの合理的な犯罪の嫌疑があると判断して公訴提起に踏み切ったことにつき、合理性がないということはできない。

(二) 師岡の裏付け捜査

一  審原告は、田村検察官が十分な裏付け捜査をしなかったこと、特に、師岡から事情を聴取しなかったことを批判している。確かに、組合名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第六号証)及び甲野名義の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳(丙第七号証)には、師岡が記載した「甲野」、「海」等の記載が一部にあり、師岡から事情聴取してこれらの記載を仔細に検討したならば、組合の預金口座からの出金には、先行する甲野の貸付ないし立替払に対する返済が含まれているかもしれないことを把握し得た可能性がないとはいえず、そうすると、師岡から事情聴取をしておくことが望ましかったということができるであろう。

しかし、これまで見てきたように、甲野は、公訴提起まで、問題となっている組合の預金口座からの出金は、甲野の組合に対する貸付金の返済のためにしたと積極的に供述していたわけではないし、右の常陽銀行銚子支店の普通預金口座元帳の記載がどのような意味を有するかを主張していたとも認められないのである(右の記載自体が極めてあいまいであり、それのみから甲野の貸付又は立替払の事実を推認することは到底できない。)。そうすると、田村検察官が、甲野に有罪と認められる程度の犯罪の嫌疑があるか否かを判断する上で、師岡から事情聴取をする必要があると判断しなかったとしてもやむを得ないことであったというべきである。また、送致前における捜査の段階において、銀行と組合との取引に係る預金元帳等が収集され、それを基に資金の流れがほぼ解明されていたのであるから、師岡など銀行関係者を取り調べることが必要な状況にあったと認めることもできない。

したがって、公訴提起時までに収集されていた証拠に照らすと、その当時田村検察官が師岡の取調べの必要を認めず、同人から事情聴取をしなかったことが不合理なものであったとは認められない。

(三) 公訴事実についての検討

本件における公訴事実は、①組合の口座から一定額の出金があるが、それが甲野の口座に入金されておらず、使途先等も不明であるもの(以下「不明出金のケース」という。)、②組合の口座から一定額の出金があり、近接した日時に右一定額の一部が甲野の口座に入金となっているケ―ス(以下「金額不一致のケース」という。)及び組合の口座から一定額の出金があり、近接した日時に右一定額と同額が甲野の口座に入金となっているケース(以下「金額一致のケース」という。)で、③いわゆる「いってこい」の場合(組合の振出小切手が甲野の預金口座に入金され、その前後に組合の口座に甲野の口座から小切手金額と同額が振り込まれているようなケース)と④そうでない場合とに分類することができる。そこで、田村検察官が、すべての事実について公訴提起したことが、経験則・論理則に照らし著しく不合理であったといえるか否かについて検討する。

(1)  不明出金のケース

不明出金のケースは、本件組合の各預金口座から出金があるものの、それが何に使用されたか明らかでないケースであるが、甲野は、捜査段階において、どこにも入金していないから私が個人の支払に使ったものと思うこと(丙第一二号証)、不明出金については私の銀行にも入っていないから私が使ったものと思われること、不明出金は、組合員個人の通帳や支払先を全部突き合わせたがどうしても分からないもので、この分は、銀行から融資を受ける際の信用を得るために私の銀行口座の出入りを多くしようとしたこと及び自分の事業等の支払のために充てたものと思われること(丙第二六号証)等を供述している。そして、右の不明出金を組合の預金口座から出金したのは甲野であり、それを組合の支払等に使ったことを認めるに足る証拠はないから、右の供述に従い、すべて甲野が横領したと認定した田村検察官の判断は、不合理なものということはできない。

(2)  金額不一致のケース

このケースにおいて、甲野の預金口座に入金となっている一部は、組合の預金口座からの出金と時間的に牽連性があるし、入金されていない部分は、前記(1)の不明出金のケースと同様に、甲野が個人的に使用したと認めることが可能である。そうすると、このケースでも、組合の口座からの出金は甲野が横領したと認定した田村検察官の判断は、不合理なものであるということはできない。

(3)  「いってこい」以外の金額一致のケース

このケースは、組合の預金口座からの出金と同額の金がそれと近接した日時に甲野の預金口座に入金しているケースであり、その牽連性の強さからして、甲野が横領したと認定した田村検察官の判断は、不合理なものではない。

(4)  「いってこい」

甲野は、田村検察官に対し、「いってこい」のケースについて、答申書(丙第三二号証)添付の各別表に○印を付けて説明し、別表に赤丸をつけたのは見せ金のために甲野の口座に勝手に入れ、すぐまた組合の口座に入れた分だと思われる旨供述しているが、このような場合の組合の口座からの出金も横領に当たるか否かは問題があり、この点については慎重な捜査を尽くすことが妥当であったということができる。

しかし、甲野は、田村検察官から取調べを受けた時点においても、一貫して自己の犯行を認めており、右の見せ金という供述も、極めて曖昧なものであって、積極的に犯行を否認するためにしたものと認めることはできず、それを裏付ける的確な証拠を見いだすことはできなかったものである。以上のような甲野の供述態度に照らすと、田村検察官が、右の見せ金という供述を特に問題視しなかったのはやむを得ないことというべきであるし、甲野は「いってこい」を含めすべて横領であることを認めていると判断し、「いってこい」について慎重な捜査をしなかったことは、無理からぬことであったということができる。

なお、田村検察官は、甲野の口座から出金し組合の口座に入金されているものは、甲野が自己の犯行の発覚を防ぐため、以前に横領した分の被害弁償として行ったものと判断しているところ(丙第三八号証)、甲野は、昭和三六年に組合の員外理事に就任し、それ以後組合の会計事務を任されてきており、右の取調べの時点では、かなり以前から組合の金を流用していたことを認めるような態度を示しており、その可能性も否定できない状況であったから、甲野の口座から組合の口座への入金は以前に横領した分の被害弁償として行ったものであるとの田村検察官の判断は、一概に不合理なものであるということはできない。そうすると、「いってこい」のケースで甲野の口座から組合の口座に入金されたものは被害弁償に当たり、他方、組合の口座から甲野の口座に入金されたものは横領に当たるとした田村検察官の判断は、経験則、論理則に照らし到底その合理性を肯定できないようなものであったとは認められない。

4  以上のように、本件公訴提起時の関係証拠を総合勘案すると、田村検察官が、合理的な判断過程により甲野に有罪と認められる嫌疑があると判断して公訴を提起したことにつき、国家賠償法上の違法があると解することはできないというべきである。

二  検察官による公訴追行の違法性

1 公訴追行時の検察官の心証は、公訴を提起した検察官と同じく、判決時における裁判官の心証と異なり、公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるところ、本件刑事事件において、田村検察官の公訴提起が違法なものと認められないことは、前記一において判示したとおりであり、公訴を追行する検察官は、当然に公訴を提起した検察官の収集した証拠及び心証を引き継ぐことになるから、公訴の提起が違法でない以上、原則として公訴の追行は違法にならず、したがって、公訴提起後、公判において有罪と認められる嫌疑を否定する証拠が提出され、それにより公訴提起時における証拠関係が崩され、全証拠資料を総合勘案しても到底有罪判決を期待することができなくなったような場合でなければ、検察官の公訴の追行が国家賠償法上違法とされることはないと解するのが相当である。

2  当事者間に争いのない事実、甲第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一三、第三三、第三五ないし第三九号証、乙第九、第一一、第一八、第二四、第二五、第三七号証の一、二、第三八号証の一、二、丙第三三、第三五、第三六、第三八号証、証人香取信好の証言、証人田村實の証言及び甲野本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 甲野及びその弁護人星野恒司は、千葉地方裁判所八日市場支部昭和四七年(わ)第三〇号事件の第一回公判期日において、公訴事実の一部については、本件組合の各銀行口座から甲野への出金の事実がなく、その余の公訴事実については、甲野への出金の事実はあるが、それはいずれも甲野が本件組合に対して貸し付けた金員の返済を受けたものであって、不法領得の意思によるものではなく、横領罪に該当しないから、結局全部の公訴事実について無罪である旨主張した。本件刑事事件の公判は、一三回にわたって審理され、田村検察官は、第二回公判から立ち会った。

(二) 公判における証拠調べ

(1) 証人大崎昭一の第三回公判調書(乙第九号証)

大崎昭一は、組合の取引銀行は、常陽銀行、三菱銀行、信漁連の各銚子支店であること、甲野が本件組合の金を使い込んだことを知ったのは昭和四四年八月四日であること、同月一七日の総会で、千葉県へ監査の申請をすることを決議したこと、帳簿等は一応みな揃っており、元帳、銀行元帳、出荷別の口座等があったこと、その他補助簿や伝票等もあったが、自分には分からないこと等を証言している。

(2) 第七回公判調書に添付の証人香取信好の証人尋問調書(丙第三三号証)

香取信好は、組合の帳簿がなかったから銀行へ照会して銀行の元帳を取り寄せるほかなかったこと、組合の金の出入りは全部銀行を通して決済されたと甲野が言っていたこと、銀行の帳簿を調べれば分かるので銀行員は調べなかったこと、銀行の帳簿には、甲野に貸しとか借りとか書いてあったが、そういうことは調べなかったこと、組合の不明出金分は横領金額には入れなかったこと、大崎の横領額は七〇〇万円位、木樽の横領額は二〇〇〇万円位ということで被疑者として調べ、三名共謀の疑いももったが、結論は出なかったこと、入金先不明の一覧表を作ったと思うが、それを検察官へ送致したかどうかは忘れたこと等を証言している。

(3) 甲野の第九回公判調書(乙第一一号証)

甲野は、甲野が組合へ貸したのが先で、このことは警察で供述したこと、警察から、組合の金が甲野個人の方へ入ったのは法律に違反すると言われたこと、甲野が貸借関係だと主張したら、借用証か議事録への記載がない以上認められないと言われたこと、答申書(丙第三二号証)添付別表NO1の表の下欄にある一億一二〇一万七〇〇〇円の中には、大崎に行ったものと不明出金として自分のところに来たものとが含まれていること、甲野の口座からも出金できない場合は、木樽の口座や他の組合員の口座から借りたり、銀行員から借りたこともあること、組合への入金は調べる必要はないと警察で言われたこと等を供述している。

(4) 証人大川文子(本件組合の元事務員)の証人尋問調書(乙第二四号証)

大川文子は、ノートと売上台帳に記帳していたこと、個人別の売上台帳と組合の売上台帳があったこと等を証言している。

(5) 証人野口ウタ子(本件組合の元事務員)の証人尋問調書(乙第二五号証)

野口ウタ子は、出荷伝票に基づいて台帳に記帳するほかは雑用をしていたこと等を証言している。

(三) 裁判所による送付嘱託

(1) 亀下裁判官が銚子信用金庫波崎支店に対し行った送付嘱託に対する昭和四九年五月一〇日付(裁判所の受付印は同月一七日)の回答(乙第一八号証)

銚子信用金庫波崎支店の一審原告名義の普通預金元帳(昭和三八年三月二二日から昭和四四年一〇月二三日まで)

(2) 亀下裁判官が常磐相互銀行本店に対し行った送付嘱託に対する昭和四九年五月一八日付(裁判所の受付印は同月二〇日)の回答(乙第三七号証の一、二)

常磐相互銀行銚子支店の甲野名義の手形貸付元帳(昭和四〇年五月二一日から同年九月一三日まで)、証書貸付元帳(昭和四二年四月二七日から昭和四三年六月二九日まで、同日から昭和四四年九月三〇日まで、同年六月二一日から同年八月二二日まで、同年一二月九日から昭和四五年五月一日まで)、ドリーム掛金元帳(昭和三九年七月六日から昭和四二年一〇月二五日まで)

(3) 亀下裁判官が常陽銀行銚子支店に対し行った送付嘱託に対する昭和四九年五月一五日付(裁判所の受付印は同月一六日)の回答(乙第三八号証の一、二)

常陽銀行銚子支店の甲野名義の手形貸付元帳(昭和三八年一二月二三日から昭和四八年二月一六日まで。ただし、昭和四〇年三月三一日から同年六月二三日までの間が不足。)

(四) 期日外における証人尋問(昭和四八年一一月一五日付証人師岡宏光の尋問調書{丙第三五号証})

師岡宏光は、丸海の支払が回ってきた場合に口座に金がないときは、自分の方から甲野に電話して、その旨伝えると、甲野は、自分の口座から立て替えてくれと言ったこと、甲野の方から丸海に立替えがあるときは、それを戻したこと、決済資金が足りないときは甲野に電話をし、甲野に資金がない場合は、木樽に連絡し、木樽の口座から出したこともあると記憶していること、直接木樽の了解は得ていなかったこと、後で甲野から判をもらうことで当日は便宜的扱いをしていたこと、組合と甲野の間の金の出入れの金額、回数ははっきり分からないし、手形が回ってきた以外のことははっきり分からないこと、銀行貸付係として組合の帳簿を見せてもらったことはなく、組合にどういう帳簿が備え付けてあったかは知らないこと等を証言している。

(五) 弁護人による証拠の取調請求及び文書取寄ないし提出命令の申立て

(1) 弁護人星野恒司による昭和四八年一一月一日付の文書取寄の申立書(甲第三五号証)

控訴人甲野、被控訴人組合外二名間の東京高等裁判所昭和四七年(ネ)第一五四四号事件所有権移転登記抹消登記等手続請求事件の訴訟記録一切

(2) 弁護人星野恒司による昭和四八年一一月一五日付の書証の取調申立書(甲第三六号証)

水戸地方裁判所麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号事件における証人高橋正治の裁判官の面前調書、同事件における証人松浦、大賀の各裁判官の面前調書、同事件における甲野及び一審原告の裁判官の面前調書、同事件につき昭和四七年五月二五日に言い渡された判決の正本の取調請求

(3) 弁護人星野恒司による昭和四八年一二月二四日付の検察官手持証拠取調の申立書(甲第三八号証)

大崎の昭和四四年一一月五日付の司法警察員に対する供述調書及び昭和四五年一一月一六日付検察官に対する供述調書各一通、木樽の昭和四四年一一月五日付司法警察員に対する供述調書一通

(4) 弁護人星野恒司による昭和四九年一月一四日付文書提出命令の申立書(甲第三九号証)

三菱銀行銚子支店の甲野名義の口座の貸付元帳、常陽銀行銚子支店の甲野名義の口座の貸付元帳、常磐相互銀行銚子支店の甲野名義の口座の貸付元帳、銚子信用金庫波崎支店の一審原告名義の口座の普通預金元帳及び貸付元帳

3  新たな証拠の評価は、以下のとおりである。

(一) 師岡の期日外の証人尋問

前記2(四)のとおり、師岡は、丸海の支払が回ってきた場合に口座に金がないときは、私の方から甲野に電話してその旨を伝えると、甲野は、自分の口座から立て替えてくれと言ったこと、甲野の方から丸海に立替えがあるときは、それを戻したこと、決済資金が足りないときは甲野に電話をし、甲野に資金がないときは木樽に連絡し、木樽の口座から出したこともあると記憶していること、後で甲野から判をもらうことで当日は便宜的扱いをしていたこと等を証言しているが、これらの証言は、甲野が本件組合のために立替払ないし貸付をしていたとの弁解に沿うものであり、甲野の有罪の嫌疑(不法領得の意思の存在)を一応否定ないし覆すに足りる証拠に当たるということができる。

しかし、師岡は、本件組合と甲野の間の金銭の出入りにつき、手形が回ってきた以外のことははっきり分からないし、組合にどういう帳簿が備え付けてあったかは知らないと証言するなど、本件組合の内部において、甲野と組合の間でどのように金銭消費貸借がされたかを知り得る立場にあったわけではない。また、甲野の行為は、資金不足のため組合の振出手形等が不渡りになることにより自己の横領行為が発覚することを恐れ、自己の口座から出金し組合の口座に入金した(戻した)と見る余地もあり、そうだとすると、これを外部から断片的に見た師岡が、甲野は組合のために資金を立て替えていると思い込んでいた可能性も否定できない。

そうすると、甲野の弁解に沿う師岡の証言があったからといって、直ちに公訴提起時の有罪の嫌疑を裏付ける証拠が崩され、甲野に対する有罪判決を期待することができなくなったと認めることはできない。

(二) 関連民事事件

前記2(五)(2)により、甲野が本件各不動産に対する譲渡担保設定等の処分は無効であるとしてその所有権移転登記の抹消登記手続を求めた水戸地方裁判所麻生支部昭和四五年(ワ)第二一号事件の判決及びそれに関係する関係者の供述調書が明らかになった。右判決は、大崎や木樽の証言を排斥し、大崎と木樽は、甲野及び一審原告から資金調達のために預かっていた本件各不動産の権利証及び同人らの実印を用いて、甲野及び一審原告の十分な了解を得ないまま、組合に対する譲渡担保を原因とする所有権移転登記、さらに、その後の第三者に対する所有権移転登記をしたと認定しているが(甲第三号証)、これは、甲野が横領行為を認めて自発的に私財を組合に提供したとの事実を否定するものである。

しかしながら、別件の民事訴訟における供述調書ないし判決を、それと全く異なる証拠が提出され審理されている本件刑事事件の公訴の追行の過程において、全面的に信用すべきであるということはいえず、仮に、これを信用すべきであったとしても、甲野の横領行為の自認を裏付ける事情の一つである任意の私財提供が否定的に解されるにすぎず、横領行為自体の嫌疑が否定されるわけではないから、これにより有罪の嫌疑を裏付ける証拠関係が崩され、田村検察官において甲野に対する有罪判決を期待することができなくなったということはできない。

(三) その他の証拠

甲野の供述を除くそれ以外の証拠につき、甲野の有罪の嫌疑を客観的に否定するものがあると認めることはできない。

そうすると、公訴提起後に提出された新たな証拠により、公訴提起時における証拠関係が崩され、全証拠資料を勘案しても到底有罪判決を期待することができなくなったということはできないから、田村検察官が有罪と認められる嫌疑があるとして公訴を追行したことは、国家賠償法上違法なものとは認められない。

第六  請求原因6(一審被告国の責任・裁判官の行為の違法性)について

裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である(最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決・民集第三六巻三号三二九頁参照)。

本件の全証拠を総合しても、亀下裁判官について右特別の事情を見いだすことはできず、したがって、亀下裁判官の行為は違法なものと判断することはできないから、この点に関する一審原告の主張も理由がない。

第七  まとめ

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の一審被告らに対する請求はいずれも理由がないことになる。してみると、原判決中甲野の本訴請求を認容した部分は不当であって、一審被告らの本件控訴は理由があるから、原判決中一審被告らの敗訴部分を取り消した上、一審原告の請求をいずれも棄却し、他方、一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとする。

第八  民事訴訟法二六〇条二項の申立て

甲野は、平成一〇年六月二九日、仮執行宣言の付された原判決に基づき、水戸地方裁判所執行官に対し、動産執行の申立てをし、一審被告国所有の現金二一一六万二二〇八円(うち、執行費用二万九八八〇円を含む。)の交付を受けたこと、甲野は、平成一一年二月六日に死亡し、妻である一審原告がその地位を相続したことは当事者間に争いがない。一審被告国に金員の支払を命じた原判決は、以上のようにその効力を失うに至ったから、一審原告は、一審被告国に対し、二一一六万二二〇八円及びこれに対する仮執行の日である平成一〇年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払う義務があり、したがって、一審被告国の民事訴訟法二六〇条二項の申立ては理由がある。

よって、訴訟費用の負担につき同法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)

別紙<省略>

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