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東京高等裁判所 平成10年(ネ)2716号 判決 1999年7月22日

控訴人

甲野花子

控訴人

甲野太郎

右両名訴訟代理人弁護士

秋田一惠

長谷川純

樋渡俊一

林浩二

被控訴人

乙川一郎

右訴訟代理人弁護士

倉田卓次

宮原守男

倉科直文

佐藤博史

福島啓充

桐ケ谷章

八尋頼雄

成田吉道

松村光晃

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人甲野花子に対し四五六七万円、控訴人甲野太郎に対し二九〇二万円及び右各金員に対する平成一〇年八月一日(控訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件の当初の要求(旧請求)は、被控訴人が控訴人甲野花子(控訴人花子)を(1)昭和四八年六月二七日ころ、(2)昭和五八年八月一九日ころ、(3)平成三年八月一七日ころの三回にわたって強姦したと主張して、被控訴人に対し、控訴人花子が、慰謝料四〇〇〇万円及び弁護士費用五六七万円の合計四五六七万円の損害賠償金とその遅延賠償金の支払を求め、控訴人花子の夫である、控訴人甲野太郎(控訴人太郎)が、被控訴人の控訴人花子に対する右三回の強姦行為によって、夫として精神的損害を受けたとして、慰謝料二五〇〇万円及び弁護士費用四〇二万円の合計二九〇二万円の損害賠償金とその遅延賠償金の支払を求めるものであった。

原審第四回期日に、控訴人花子は、請求原因事実として、被控訴人が昭和四二年八月ころから現在に至るまで継続的に控訴人花子に対しその性的人格権を侵害する行為(セクシャルハラスメント)を行ったとの主張事実を追加した(ただし、請求金額については、旧請求を合算して前記請求金額を維持するという。)。

被控訴人は、これに対し異議を述べるとともに、控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為にかかる部分は、いずれも消滅時効の完成又は除斥期間の経過により消滅したと主張した。

原判決は、控訴人花子の請求原因事実の追加は、訴えの追加的変更に当たるとし、訴え変更の要件である請求の基礎の同一性が認められないとして、これを不許可とした。そして、控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為にかかる部分を分離した上、これらの請求権は、消滅時効の完成ないし除斥期間の経過により消滅したとして、控訴人らの右請求を棄却した。これに対し、控訴人らが不服を申し立てたものである。

二  そのほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

1 原審は、控訴人花子の請求の全部及び控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為にかかる部分を分離し、分離先部分の請求原因事実について、被控訴人に対し認否をさせず、証拠調べも行わないまま、被控訴人の消滅時効及び除斥期間抗弁のみに基づいて判断したものであるが、原審の右措置は、偏頗な訴訟指揮であり、違法でもある。

2 控訴人らは、当初、被控訴人の不法行為として三回にわたる強姦行為を主張したが、後に控訴人花子は、請求原因事実として、継続的な性的人格権侵害行為を追加したのであるから、裁判所は、右の新しい主張事実と控訴人らの従前の主張事実との関係を整理し、必要な求釈明をするなどし、そのうえで、右の新しい主張事実及び請求に基礎をおいて判断すべきであるのに、原審がこれをしなかったのは、弁論主義違反、釈明義務違反であり、事案の真相を究明する公平な裁判ということはできない。

3 原審は、控訴人花子のした訴えの変更について、請求の基礎に変更があると判断した。しかしながら、請求の基礎に変更がない場合とは、旧請求と新請求の主要な争点が共通であり、旧請求についての訴訟資料を新請求の審理に利用することができる関係にあり、また、両請求の利益主張が社会生活上同一又は一連の紛争に関するものとみられる場合というものと解される。控訴人花子の本件訴えの変更は、右の要件を充足するものであり、請求の基礎に変更がない場合である。特に、控訴人花子のした請求原因事実の追加は、提訴後まもない時期であり、証拠調べはおろか主張整理もほとんどされていない段階で行われたのであるから、新請求についての訴訟資料も、新請求についての訴訟資料もほとんど提出がない状態であったのであり、訴訟を必要以上に遅滞させることも考えられなかったことからしても、訴えの変更を許すべき場合である。

4 原判決は、控訴人花子の本件強姦行為に基づく損害賠償の請求が事実上不能であったとの控訴人花子の主張を排斥する判断をしたが、右判断の前提となる事実の認定と時効制度に関する法令の解釈適用とにおいて、誤りがある。

5 原判決は、控訴人らの損害賠償請求権が消滅時効の完成ないし除斥期間の経過によって消滅したとの被控訴人の時効援用や主張が信義則違反ないし権利濫用により許されないとの控訴人らの主張を排斥した。しかしながら、原判決の右判断は、控訴人らの主張した本件の真相に対する理解を回避してしたか、又はこれを正解しないでしたものであり、かつ、消滅時効や除斥期間に関する法令の解釈適用にも誤りがある。

特に、最高裁平成五年(オ)第七〇八号平成一〇年六月一二日第二小法廷判決・民集五二巻四号一〇八七頁は、最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁を一部修正して、被害者の置かれた事情を考慮して、除斥期間の経過を形式的に肯定することを排斥する旨の判断を示しており、控訴人らの置かれた特殊な状況を考慮するならば、第一の強姦行為にかかる損害賠償請求権について、安易に除斥期間の経過を肯定すべきではない。

6 原審は、被控訴人の消滅時効及び除斥期間の主張に対して控訴人らが行った反論について、必要な審理を行わないで、これをすべて排斥した。原審の訴訟手続には、審理不尽の違法がある。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、原審が、控訴人花子のした請求原因事実の追加は訴えの追加的変更であり、かつ、請求の基礎に変更がないといえないから許されないとし、そのうえで、控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求の一部について、弁論を分離し、これを棄却した措置及び判断は正当であると判断する。

その理由は、次項以下のとおり記載するほか、原判決の理由記載と同一であるから、これを引用する。

二  本件訴訟の経緯について

記録によれば、本件訴訟の経緯は、次のとおりである。

1  控訴人らは、平成八年六月五日、東京地方裁判所に対し、次の内容の訴状を提出した。

請求原因事実は、被控訴人は、(1)昭和四八年六月二七日ころ控訴人花子を強姦し、その際、膝と頭部に傷害を与え、(2)昭和五八年八月一九日ころ控訴人花子を強姦し、その際打撲挫傷等の傷害を与え、(3)平成三年八月一七日ころ控訴人花子を強姦し、その際前額部を大きく腫れあがるほどの傷害を与え、控訴人花子は、右の三回にわたる強姦行為によって、多大の精神的・肉体的な苦痛を受け、その慰謝料としては四〇〇〇万円が相当であり、本件訴訟の提起追行のための弁護士費用としては五六七万円が相当である。また、控訴人太郎は、平成八年二月、控訴人花子から、被控訴人によって三回にわたって強姦されたことを聞かされ、控訴人花子の夫として平穏に夫婦生活を送る権利を侵害されたもので、その慰謝料としては二五〇〇万円が相当であり、本件訴訟の提起追行のための弁護士費用としては四〇二万円が相当である。

請求の趣旨は、被控訴人は、控訴人らに対し右の各損害の合計及びこれに対する訴状送達の翌日である平成八年七月三日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え、というものである。

2  平成八年九月一七日、被控訴人から、同日付で、次の内容の答弁書が提出され、同月二四日、第一回口頭弁論期日が行われ、訴状及び答弁書がそれぞれ陳述された。

被控訴人による強姦行為を否認し、かつ、控訴人らの主張する強姦行為の事実関係等について釈明を求め、そのうえで、以下のとおり、消滅時効を主張した。

(一) 控訴人花子の請求について

控訴人らの主張する強姦行為はいずれも、提訴まで三年以上を経過しており、一見して消滅時効の成立が明らかである。したがって、被控訴人は、答弁書において消滅時効の援用の意思表示をするから、裁判所は、控訴人花子の請求について、弁論を分離のうえ、直ちに審理を終結し、請求棄却の判決をすることを求める。

(二) 控訴人太郎の請求について

控訴人らの主張する第一の強姦行為は、昭和四八年六月二七日ころに行われたというのであるから、行為の時から既に二〇年以上を経過し、一見して消滅時効の成立が明らかである。したがって、被控訴人は、答弁書において消滅時効の援用の意思表示をするから、裁判所は、控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為にかかる部分については、弁論を分離のうえ直ちに審理を終結し、請求棄却の判決をすることを求める。

3  平成八年一二月六日、控訴人らは、同月五日付けの準備書面(一)を提出し、同書面において、被控訴人の前記求釈明に対し応じたほか、被控訴人の消滅時効の主張に対し、次のとおり反論を行い、他方、被控訴人は、同月一六日、同日付けの準備書面(一)を提出し、控訴人らに対し再度求釈明を行った(これらの準備書面は、同月一七日の第二回口頭弁論期日において、陳述された。)。

(一) 控訴人花子がその損害賠償請求権を行使することは、控訴人花子が宗教団体(訴外創価学会)の内部にいて、宗教的な呪縛を受けている限り、不可能であったのであり、控訴人花子が控訴人太郎に対し被害を打ち明けた平成八年二月までは、消滅時効は開始しなかったというべきである。

(二) 被控訴人の控訴人花子に対する不法行為は、最も端的には三回にわたる強姦行為に現れているが、それにとどまらず、二〇年以上にわたって継続的に控訴人花子の人格に対する悪質な攻撃行為がされていたのであり、そうした行為は全体として一体性を有する。

この点は、控訴人太郎の請求についても、同じであり、被控訴人の控訴人花子に対する不法行為と同様に、被控訴人の控訴人太郎に対する不法行為は、全体として一体性を有する。

(三) 被控訴人の控訴人花子に対する不法行為は、強姦という行為の性質上、その行為が終了した時に終了するのではなく、行為が終了した後も被害者である控訴人花子の精神・肉体において深化し、時間の経過とともに、本人及びその家族に対し深刻な事態を生じさせるものであり、強姦行為による精神・肉体に及ぼす影響がなくなった時、本件でいえば平成八年二月までは、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は開始しないというべきである。

(四) 被控訴人が消滅時効の援用を主張することは権利の濫用ないし信義則違反に当たるから、許されない。

4(一)  平成九年二月一七日、控訴人らは、同月一四日付けの準備書面(二)を提出し、控訴人花子がその損害賠償請求をすることが事実上不可能な状況にあったことについて、それを根拠付ける具体的な事実関係を三回にわたる強姦行為ごとに区別して詳細に主張した。

(二)  同年二月二四日、被控訴人も、同日付けの準備書面(二)を提出し、控訴人らの損害賠償請求の事実上の不能性についての主張に対する反論、控訴人らの強姦行為の継続的不法行為性の主張に対する反論及び消滅時効の援用等が権利濫用等であるとの主張に対する反論を展開するとともに、控訴人らの第一の強姦行為による損害賠償請求に対し、二〇年の除斥期間の主張を追加した。

(三)  控訴人らの右準備書面(二)及び被控訴人の右準備書面(二)は、いずれも、同年二月二五日の第三回口頭弁論期日において、陳述された。

5(一)  しかるところ、同年三月五日、控訴人花子らは、同年二月二五日付けの準備書面(三)を提出し、次のとおり、請求原因事実の追加を行った。

(1) 控訴人らは、訴状の請求原因事実に追加して、従前の主張とは選択的に、新たな請求原因事実を主張する。

(2) 訴状の旧請求原因事実は、被控訴人の三回にわたる強姦行為が個別的に控訴人らに対する不法行為を構成するというものであるが、選択的に追加する請求原因事実における被控訴人の不法行為は、控訴人花子に対する昭和四二年八月から控訴人らが本件訴訟の提起を決意するまでの間における継続的な性的人格権侵害行為であり、旧請求原因事実において主張した三回にわたる強姦行為をその中に含むものである。旧請求原因事実における被控訴人の控訴人花子に対する三回にわたる強姦行為は、それぞれが独立した不法行為になるものと構成されたのであるが、被控訴人による継続的で執拗な性的人格権侵害行為は、むしろ、全体として一体性のある行為として理解した方がことの実態に合致するから、控訴人花子は、従前の主張とは選択的に、一体性のある不法行為として主張を追加するものである。控訴人花子の侵害された法的利益は、性的人格権であるほか、控訴人らの平穏に信仰生活を送る権利もある。

新請求における慰謝料の額は、旧請求において主張した慰謝料の額と合算しても、なお、旧請求の慰謝料の額を超えない。

(二)  さらに、同年五月二日、控訴人らは、同日付けの準備書面(四)を提出し、「加害者ヲ知リタル時」についての被控訴人の主張に対し、控訴人花子が宗教的呪縛下にあったとの見地から反論を行うとともに、被控訴人による不法行為には、一体・一連性があったとの主張を敷延した。

(三)  これに対し、被控訴人は、同年五月一二日、同日付けの準備書面(三)を提出し、控訴人花子の三回にわたる強姦行為に基づく損害賠償請求については、消滅時効が完成し、控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為に基づく損害賠償請求の部分については、除斥期間が経過しており、いずれも、判決するのに熟しているとして、中間判決を求める申立てを行った。

(四)  控訴人らの右準備書面(三)(四)及び被控訴人の準備書面(三)は、いずれも、同年五月一三日の第四回口頭弁論期日において、陳述された。

6(一)  被控訴人は、同年六月三〇日、同日付けの準備書面(四)を提出し、その第一において、中間判決を求める範囲を明確にして改めて中間判決を求め、第二以下において、一連一体の不法行為であるとの控訴人らの主張に対し反論を行い、控訴人らの請求原因事実の追加が訴えの変更に当たり、かつ、請求の基礎に変更があるとして、訴えの変更不許を求める申立てを行った。

(二)  同年八月七日、控訴人らは、同日付けの準備書面(五)を提出し、被控訴人の右主張に対し、訴えの変更に当たらない、仮に当たったとしても、請求の基礎には変更がないとして、被控訴人の訴え変更不許の申立てや中間判決を求める申立ては不当であると反論した。

(三)  原審は、平成九年九月二日の第五回口頭弁論期日において、被控訴人の準備書面(四)及び控訴人らの準備書面(五)をいずれも陳述させたが、請求原因事実の追加が訴えの変更に当たるか否か、訴えの変更に当たるとしたら、訴えの変更が許されるか否かについては、決定の形で判断を示すことはしなかった。

7(一)  同年一〇月三一日、控訴人らは、同日付けの準備書面(六)を提出し、さらに、向後の審理について、被控訴人に対する本人尋問等の証拠調べの早急な実施を求めるなどの主張を展開した。

(二)  これに対し、被控訴人は、同年一一月一〇日、同日付けの準備書面(六)を提出し、向後の審理について、控訴人花子本人の対する限定的な尋問の必要性などを主張した。

(三)  原審は、同年一一月一一日の第六回口頭弁論期日において、控訴人らの右準備書面(六)及び被控訴人の準備書面(六)を陳述させたうえ、控訴人花子の損害賠償請求及び控訴人太郎の被控訴人による第一の強姦行為に基づく損害賠償請求についての各弁論を分離し、分離先部分について弁論を終結し、分離先部分の判決言渡期日及び分離元部分の口頭弁論期日をいずれも追って指定とした。

8(一)  控訴人らは、同年一一月一八日、弁論再開の申立書を提出し、同書面において、被控訴人の同年一一月一〇日付けの準備書面(六)に対する反論をしたいことをなどを理由に、弁論を終結した部分について、弁論の再開を求め、かつ、同日、「調書作成についての要請」と題する書面を提出し、第六回口頭弁論期日における訴訟指揮等の内容を確認するためなどとして、早急な調書作成を要請した。

控訴人らは、同年一二月三日、再度、弁論再開の申立てを行った。

(二)  しかるところ、原審は、同年一二月九日、終結した部分について、判決言渡期日を同月一六日午後一時一〇分と指定し、即日、双方代理人に対しこれを口頭告知した。

(三)  控訴人らは、同年一二月一二日、原審の三人の裁判官について忌避の申立てを行ったが、平成一〇年二月二日、申立てを却下する旨の裁判を受け、東京高等裁判所に抗告を申し立てたものの、同年四月六日、抗告棄却の裁判を受けた。

(四)  原審は、同年五月一四日、終結した部分の判決言渡期日を同月二六日午前一〇時(第七回口頭弁論期日)と指定した。

9  原審は、第七回口頭弁論期日において、次の内容の判決を言い渡した。

(一) 請求原因事実の追加について

旧請求と新請求とは、不法行為を基礎付ける主要事実が別個であるから、訴訟物は異なり、適法に新請求の追加をするには、両請求の間に請求の基礎の変更のないことが必要である。

旧請求の不法行為の存否の審理には、控訴人花子と被控訴人との間の具体的な事情、右両名の言動を間接事実として明らかにする必要があるものと予想され、そうした事情は、新請求の請求原因の一部を構成する関係に立つということができる。しかしながら、控訴人らは、旧請求について、三回の強姦行為をそれぞれある一日に行われた独立の行為として構成していたが、新請求については、期間において、右強姦行為のあった時期を含むものの、昭和四二年八月ころから現在までという長期間の行為を継続的な一連一体の行為であると主張しており、時期及び期間を全く異にする。そして、旧請求では、被控訴人が自ら直接した行為であるが、新請求では、明示又は黙示的に第三者に行為をさせたというものであり、不法行為の主体・態様を異にしている。さらに、被侵害利益として、旧請求では、貞操及び平穏に夫婦生活を送る権利を主張していたのに対し、新請求では、平穏に信仰生活を送る権利や名誉権を追加している。

したがって、旧請求と新請求とでは、時期及び期間、行為主体、行為態様、被侵害利益等の点で、相違しているから、請求の基礎に変更がないということはできない。

(二) 旧請求に対する判断

(1) 権利行使の不能性について

控訴人は、遅くとも、被控訴人を弾劾する手記を送り付けた平成四年五月の時点で、宗教団体による呪縛から解放されており、それから消滅時効は開始し、本訴が提起された平成八年六月五日までに三年を経過している。

(2) 強姦行為の不法行為としての継続性について

控訴人らは、本件強姦行為によって控訴人花子の被害が時間の経過とともに、深刻化すると主張するが、それは、発生の予見可能性の問題であり、不法行為があった時に損害を知ったということができる。

(3) 権利濫用ないし信義則違反について

被控訴人の消滅時効の援用及び除斥期間経過の主張が権利濫用ないし信義則違反であるということはできない。

(4) したがって、控訴人らの請求(控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為にかかる部分の請求)はいずれも理由がない。

なお、原審は、控訴人太郎の請求のうち分離元部分の弁論(控訴人花子の新請求にかかる部分を含まない。)について、その後、少なくとも三回にわたり口頭弁論期日を開き、主張整理などを行っている。

三  当審における審判の対象について

1  訴えの変更不許の裁判と訴訟係属

裁判所が訴えの変更を許可しない場合、裁判所は、決定の形式で不許の宣言をするか、又は、これをしないで、終局判決の理由中で不許の判断を示すことになる。このいずれの方式であっても、その判決は、旧請求についての終局判決と新請求についての終局的な却下の裁判となる。

本件において、原審は、控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求の一部について、分離している。これによって原審に残存している部分は、控訴人太郎の請求のその余の部分(分離元部分)のみである。控訴人花子の新請求は、原審に係属しておらず、本件控訴により当審に移審している。

2  当審の審判の対象

そうすると、当審の審判の対象は、控訴人花子の新請求を含むのであるが、この新請求については、当審が審査すべき事項は、訴えの変更が許されるか否かである。そして、訴えの変更が許されないとすると、控訴人花子の新請求はこれによって終局的に訴訟係属を失うことになる。そして、控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求のうち第一の強姦行為にかかる部分については、その請求が理由あるかどうか(請求の当否)を審査すべきこととなる。

四  訴えの変更の許否について

控訴人は、訴訟の初期の段階で訴えを変更したのであるし、新旧の請求の間に共通する主要な争点があり、両請求の利益主張は社会生活上同一又は一連の紛争に関するとして、本件の訴えの変更を許容すべきであると主張する。

そこで検討すると、新請求の不法行為は、三〇年以上の長期間にわたる継続的行為であるが、控訴人のいうとおり、旧請求の不法行為を含んでいる。しかし、原告が、ある行為を長期間の継続的行為の一部として主張する場合でも、当該行為についての損害賠償請求権について、時効が進行することは妨げられないのである(継続的不法行為の一部について独立して時効が完成するものとする大審院昭和一五年一二月一四日民事連合部判決民集一九巻二四号二三二五頁参照)。時効が完成している場合には、時効にかかった損害の請求はできないのであるから、それが継続的不法行為の一部の行為であると主張されていても、当該行為は、その存否を含めて裁判所の審理の対象とならないものといわねばならない。そうすると、旧請求の不法行為については、時効が完成しているかどうかを審理すべきであるのに対し、新請求の不法行為については、時効が完成していない部分に限定して、不法行為の存否等を審理すべきこととなる。このように、新旧の請求は、審理すべき事項が異なるものといわざるをえない。

次に、行為主体についてみると、旧請求では、被控訴人が自ら直接行為に及んだ個人として登場している。これに対し、新請求では、被控訴人が単に組織の長として不法行為の要をなしたというにとどまらず、創価学会やその会員、関係団体等が不法行為の主体として登場している。後者は、実質上は団体の行為を対象とするのであるから、審理の方法が複雑化し、審理に要する期間は長期化することが予想される。

さらに、被侵害利益等についても、旧請求における被侵害利益は、強姦行為による貞操侵害という単純な構造であった。これに対し、新請求においては、これに関する控訴人らの主張がいささか理解し難いこともあって、輻湊した法律上及び事実上の主張が予想される。

確かに、控訴人花子が新請求を追加した時期は、提訴後まもない時期であり、しかも、控訴人花子は、新請求を追加する前に、継続的な不法行為の主張をするなど、新請求の追加について布石を置いた主張をしている(前記第三の二の3(平成八年一二月五日付の控訴人らの準備書面(一))参照)。

しかしながら、右に判示したように、新請求と旧請求とは、訴訟としての共通性が殆ど見当たらないのである。これはすなわち、両者の請求の基礎が異なっていることによるものといわざるをえない。

そうすると、控訴人花子の新請求の追加は、訴えの変更の要件を満たさないものといわざるを得ず、これを許容しなかった原審の措置は、正当としてこれを是認すべきものである。控訴人のこの点に関する主張は、いずれも採用することができない。

五  控訴人らの請求の当否について

1  原審の訴訟指揮の違法性の有無

控訴人らは、原審が控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求のうち一部を分離し、分離先部分について何ら審理をせず、被控訴人の抗弁に基づいて判断したことが偏頗な訴訟指揮であり、違法でもあると主張する。

しかしながら、一般に、判決が既判力を有するのは、その主文に包含する内容に限定され、理由説示には及ばない。そして、裁判所は、請求が理由あるかどうかの結論について、判断を求められているのである。したがって、本件のような金銭の支払を求める訴訟において、請求原因の認否やその証拠調べに入らず、被告の主張する消滅時効や除斥期間の抗弁を採用して、原告の請求を棄却することは、何ら違法ではない。消滅時効の完成が明らかな事案において、請求原因事実についての審理を行うことは、かえって、訴訟経済に反するものというべきである。この点に関する控訴人らの主張は、採用することができない。

2  弁論主義違背等の有無

控訴人らは、原審が、新請求と旧請求との関係を整理し、必要な求釈明をするなどの審理をし、そのうえで、控訴人らの右の新しい主張事実及び請求に基礎をおいて判断すべきであるのに、これをしなかったのは、弁論主義違反、釈明義務違反、不公平な裁判であると主張する。

しかしながら、控訴人花子の新請求は、訴えの変更に当たり、かつ、請求の基礎に変更があるといわざるを得ないのであるから、被告である被控訴人に異議がある以上、原裁判所としては、訴えの変更を許すことはできない。そうすると、新請求については、原裁判所は、何らの審理をすることもできないのである。新請求について、弁論主義違反、判断遺脱、釈明義務違反等の問題を生ずる余地はない。

3  権利行使の可能性

控訴人花子は、原判決が、控訴人花子による損害賠償請求が事実上の不能であったとの主張を排斥したことについて、その事実の認定及び法令の解釈適用の誤りを主張する。

しかし、原判決挙示の証拠(弁論の全趣旨を含む。)によると、この点に関し原判決の認定した事実を認めることができる。この事実によると、控訴人花子は、平成四年四月ころには、三回の強姦行為について、被控訴人に対し抗議し告発する決意を固め、同年五月には、右決意のもとに、「あなたの今までの行動を全部世間に発表し、宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける」と記した手紙を二回にわたり被控訴人宛に送付し、そして、平成五年一二月一五日には創価学会を脱退しているというのである。そうすると、控訴人花子が、仮にその主張するような束縛を受けていたとしても、遅くとも平成四年五月までには、控訴人主張の宗教団体による呪縛から解放されていたことが明らかである。

したがって、控訴人花子が三回の強姦行為によって被ったという損害の賠償請求権は、本件訴えの提起までの間に三年の消滅時効が完成しており、被控訴人がこれを援用したことによって、消滅したものといわねばならない。控訴人らのこの点に関する主張は、採用することができない。

4  信義則違反等の有無

控訴人らは、消滅時効の援用や除斥期間の主張は信義則違反ないし権利濫用により許されないと主張する。

しかしながら、右3に判示したように、控訴人花子は、遅くとも平成四年五月には宗教的な呪縛が取り除かれ、自由に自己の権利を行使し得る状況になったのであるから、その後に消滅時効の完成に必要な期間が経過し、これによって完成した消滅時効を被控訴人が援用したとしても、何ら信義則違反や権利濫用になるものではなく、控訴人花子の右主張は採用することができない。

また、第一の強姦行為による控訴人らの損害賠償請求権については、除斥期間の開始・進行等を妨げるような事情の存在は認められない。この点について、控訴人らは、最高裁平成一〇年六月一二日判決を引用して、除斥期間の経過を肯認すべきでないと主張する。しかし、右判例は、不法行為が被害者が当該不法行為を原因として心神喪失の常況にあり、その後禁治産宣告を受けて後見人に就任した者が早急に損害賠償請求権を行使したという特殊の事情のある事案であり、本件とは著しく事案を異にしている。

したがって、控訴人らの右主張も採用することができない。

5  原審の審理不尽の有無

控訴人らは、原審が、被控訴人の消滅時効及び除斥期間の主張に対する控訴人らの反論を排斥するについて、必要な審理を行わなかった違法があると主張する。

しかしながら、消滅時効や除斥期間の主張について、控訴人らは、十分に主張する機会を与えられ、かつ、現実にも詳細な主張を行っている。原審において、控訴人らがそれ以上の主張立証活動を必要としていたとはとうてい考えることができない。

六  結論

そうすると、控訴人の訴えの変更は許されず、控訴人花子の旧請求の全部及び控訴人太郎の請求の一部は理由がないものというべきであるから、訴えの変更を不許可とし、弁論を分離した上、控訴人らの右の請求を棄却した原審の措置及び判断はいずれも正当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官菊池洋一 裁判官塚原朋一は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官淺生重機)

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