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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)243号 判決 1990年4月24日

原告 森晴央

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和五八年審判第二三六八三号事件について平成元年九月七日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五六年一二月四日、別紙(一)表示のとおり、行書体をもって「ちぎり花びら」と一連に横書きしてなる商標(以下、「本願商標」という。)について、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、商標登録出願(昭和五六年商標登録願第一〇〇四九二号)をしたが、昭和五八年九月一九日拒絶査定を受けたので、同年一一月二一日これを不服として審判を請求した。特許庁は、これを昭和五八年審判第二三六八三号事件として審理したうえ、平成元年九月七日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をした。

二  審決の理由の要点

1  本願商標の構成、指定商品及びその登録出願日は、前項記載のとおりである。

2  原査定において、本願商標の拒絶の理由に引用された登録第九三六〇一四号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙(二)表示のとおり、「契り」の文字を縦書きにしてなり、昭和四五年三月六日に登録出願され、第三〇類「柚子餠、その他本類に属する商品」を指定商品として、昭和四六年一一月一三日に登録され、現に有効に存続しているものである。

3  本願商標と引用商標の類否について判断するに、本願商標の構成は前記のとおりであるから、その構成文字に相応して「チギリハナビラ」の称呼を生ずるものであるほか、その商標中後半の「花びら」の文字は、ごぼうの薄蜜煮をはさんで二つ折りにした『花びら餠』を指称するものであることは「大辞林」(株式会社三省堂発行)、「広辞苑」(株式会社岩波書店発行)、「新和菓子大系(下巻)」(株式会社製菓実験社発行)等の「はなびら」の項の記載に徴し認め得るところである。

そうとすれば、本願商標の自他商品の識別標識としての機能を果す部分は前半の「ちぎり」の部分にあり、該文字の部分から「チギリ」の称呼を生ずるものと判断するのが相当である。

他方、引用商標は「契り」の文字に相応し、「チギリ」の称呼を生ずるものである。

したがって、本願商標と引用商標とは、その外観、観念について論ずるまでもなく、「チギリ」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ、指定商品も同一または類似の商品に使用するものであるから、本願商標は商標法四条一項一号の規定に該当するとして拒絶した原査定は妥当である。

三  審決の取消理由

1  審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、本願商標はその構成文字に相応して「チギリハナビラ」の称呼を生ずるものであること、引用商標は「契り」の文字に相応して「チギリ」の称呼を生ずるものであること、及び、本願商標と引用商標とは指定商品が同一または類似の商品に使用するものであることは認め、その余は争う。

2  審決は、本願商標を「ちぎり」の文字部分と「花びら」の文字部分とに分断したうえで、本願商標の自他商品の識別標識としての機能を果す部分は前半の「ちぎり」の部分であるとし、本願商標と引用商標とは「チギリ」の称呼を共通にする類似の商標であると認定した点において、事実誤認の違法がある。

(一) 本願商標は、六文字の行書体をもって軽重の差なく一連不可分の状態に横書きして構成されているが、かかる構成の本願商標は、日常的な言語の用語慣習からすると、前半の「ちぎり」の部分が物を小さく切ることを表わす「千切り」に通じ、また後半の「花びら」の部分が「花(の外がわ)を形づくる一枚一枚。花弁(カベン)」(三省堂国語辞典。甲第六号証の三)に通じ、さらに語尾部分の「びら」が紙片を意味する「片」に通ずるところから、全体として<1>千切り花弁、<2>千切り花片、といった文言に置換して認識され、記憶されるものである。

しかして、右<1>の文言からは、「好き、嫌い、好き……」とマーガレットなどの花弁をちぎって特定の異性への想いを試す『乙女の花占い』を連想せしめるロマンチックなイメージが浮かび、また、右<2>の文言からは、『千切りし花弁を撒きちりばめたような美しい散らし模様』を連想せしめる美的印象力の強いイメージが惹起されることになるから、いずれにしても本願商標は右イメージにより全体が一連不可分な状態に強く結合されているというべきである。しかも、本願商標は、全体として、長くもなく、また短くもない覚え易い適度の長さに構成されているから、通常の知能を有する需要者であれば、これを「ちぎり」という文字部分と「花びら」という文字部分とに区切らなくても容易に記憶に留めることが可能であり、ことさらこれを分断するのは誠に不自然である。

(二) 商標を構成する文字の語意が多岐に亙る場合には、当該商品分野の需要者の平均的な日本語の常識を標準として判断すべきであり、ある文字について一般の国語辞典に掲記されていないような特殊の用例が仮にあるとしても、その特殊用例は通常の需要者の知るところではないのでこれを当該文字の語意とすることは妥当でない。

本願商標の後半を構成する「花びら」の文字部分は、常識的に解すると、「花(の外がわ)を形づくる一枚一枚、つまり花弁(カベン)」を指称していることが明らかであり、これを審決の認定のごとく「ごぼうの薄蜜煮をはさんで二つ折りにした『花びら餠』を指称する」と解するのは日本文学、それも古典文学の世界に限られているのであり本願商標の指定商品の商品分野に属する平均的知識水準の需要者が「花びら」という文字に接した場合に直ちに右『花びら餠』を指称するとは到底いい得ない。

(三) よって、本願商標からは「チギリハナビラ」という語調の良い称呼しか生じないにもかかわらず、強く結合されて不可分一体を成す本願商標を「ちぎり」という文字部分と「花びら」という文字部分とに無理に分断し、本願商標の要部(自他商品の識別標識としての機能を果す部分)が「ちぎり」の部分にあるとして、本願商標と引用商標とは「チギリ」の称呼を共通にする類似の商標であると認定したのは誤りであって、審決は違法である。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二については認め、同三は争う。

二  被告の主張

本願商標は、構成中第四字の漢字「花」とこれに続く「びら」の文字が、「花びら」の一語として日常一般に親しまれたものであるところにより、「ちぎり」と「花びら」の二つの語よりなるものとして容易に認識、把握することのできるものである。

しかして、「花びら」の文字は、「花弁」を意味する語として親しまれたものであるとともに、ごぼうの薄蜜煮をはさんで二つ折りにした和菓子、京都の正月用の菓子であり、茶道における初釜に欠かせない和菓子の一つでもある花びら餠の略語としても用いられているものである(また、丁寧語である「お」を冠した「おはなびら」の略語も見受けられる。)。

そうすると、たとえ該和菓子が日常一般的なものでないとしても、その由来と用途等よりみて、少くとも和菓子の製造者、京都地方の人々及び茶道家等の間においては、和菓子に関して「花びら」が「花びら餠」の略語であると容易に認識し得られるものということができる。

しかも、本願商標を構成する文字は一定の意味を有する熟語として親しまれているものともみられず、また、これらを常に不可分一体のものとしてのみ把握しなければならない特段の事情が存するとも理解し得ないものである。

してみれば、本願商標が、その指定商品中花びら餠と指称されている「和菓子」に使用されるときはその取引者、需要者はその構成中「花びら」の文字の部分が「花びら餠」を意味するに止まる文字と理解し、それ自体が独立して自他商品の識別機能を果たし得る前半の「ちぎり」の文字を捉え、これより生ずる「チギリ」なる称呼をもって取引に資する場合のあることも決して少なくないものとみるのが相当である。

他方、引用商標は、「契り」の文字よりなるものであるから該文字に相応して「チギリ」の称呼を生ずるものであり、本願商標と引用商標とは称呼を共通にする類似の商標であるから、本願商標は商標法四条一項一一号に該当するものであり、審決の判断は正当である。

第四証拠関係<省略>

理由

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点、本願商標の構成、指定商品及び登録出願日、並びに、引用商標の構成、指定商品、登録出願日、設定登録日及びその更新登録日がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  審決は、本願商標と引用商標とは称呼を共通にする類似の商標であるとしているが、以下に説示するとおり、両者は称呼を異にするものとみるのが相当であって、この点における判断を誤った違法があるものというべきである。

1  本願商標は、行書体をもって「ちぎり花びら」と一連に横書きにしてなる別紙(一)のとおりの構成であって、その構成のうち、前半の「ちぎり」の部分は、物を小さく切ることを表わす「千切り」に通じ、或いは、「約束」や「誓い」を意味する「契り」に通ずる一般的な日常用語であり、後半の「花びら」の部分は通常の用例として「花弁」を意味する語であることは広く知られているものということができる。

かかる語意に即して本願商標全体を観察すれば、前半の「ちぎり」の部分と後半の「花びら」の部分が結合されたいわゆる「結合商標」であると認められ、外観上これを「ちぎり」と「花びら」の部分に分離して観察するのを相当とするような要素は存在しない。

2  そこで、本願商標中の「花びら」の文字が審決が摘示するように「花びら餠」を指称するものであるか否かについて、検討する。

和菓子関係業者及び和菓子類に特に関心を有する需要者(例えば、茶道関係者)向けの辞典、著書または雑誌類と認められる成立に争いのない乙第一号証(株式会社東京堂出版一九七一年三月五日初版発行「日本名菓辞典」)、第二号証(株式会社平凡社一九七八年一月八日初版発行「京菓子」)、第三号証(株式会社製菓実験社昭和五四年九月二五日四版発行「新和菓子体系下巻」)、第四号証(株式会社製菓実験社発行「製菓製パン」昭和六三年一月号)、第五号証(株式会社製菓実験社発行「製菓製パン」平成元年一二月号)、第一一号証(株式会社東京堂出版昭和五八年八月二〇日初版発行「和菓子の辞典」)の各一ないし三によれば、「花びら餠」とは、ごぼうの薄蜜煮をはさんで二つ折りにした日本古来の京和菓子で、現在でも茶道における初釜の茶席に好んで用いられていることが認められる。

そして、一般向けの辞典類であると認められる成立に争いのない乙第六号証(株式会社岩波書店昭和四四年五月一六日第二版発行「広辞苑」)、第七号証(一九八三年一二月六日第三版発行の同書)、第八号証(株式会社三省堂一九八八年一一月三日初版発行「大辞林」)、第九号証(株式会社角川書店昭和四八年一二月二〇日初版発行「角川国語中辞典」)の各一ないし三、第一〇号証(株式会社小学館昭和五〇年七月一日第一版発行「日本国語大辞典第一六巻」)の一ないし四の「花びら」の項には、その字義として、通常の用例である「花弁」のほか、それが「花びら餠」の略称である旨が記載されていることが認められ、また、前掲乙第三、第一一号証の各一ないし三には、「花びら餠」が「お花びら」と略称される旨の記載があることが認められる。

他方、同じく一般向けの辞典類であると認められる成立に争いのない甲第五号証(株式会社岩波書店昭和三〇年五月二五日第一版発行の「広辞苑」)の一ないし三、第六号証(株式会社三省堂一九八二年二月一日第三版発行の「三省堂国語辞典」)の一ないし四、第七号証(株式会社小学館昭和六一年一二月二〇日第一版発行の「国語大辞典言泉」)、第八号証(株式会社三省堂昭和四八年発行の「広辞林第五版」)、第九号証(合資会社冨山房昭和五七年二月二八日新編版初版発行の「新編大言海」)、第一〇号証(株式会社講談社一九八九年一一月六日第一刷発行の「講談社カラー版日本語大辞典」)の各一ないし三の「花びら」の項には、その字義として通常の用例である「花弁」についての記載があるのみで、それが「花びら餠」の略称である旨の記載はない。

以上によれば、審決が摘示する「花びら餠」と称せられる和菓子が存在すること、一部の一般向け辞典類にはこれを「花びら」と略称することもあることの記載があることが認められるものの、右の略称が和菓子関係業者及び和菓子類に特に関心を有する需要者の域を越え、本願商標の指定商品である「菓子、パン」の需要者の間に深く浸透しているものと即断することはできない。すなわち、かかる需要者は前記和菓子関係業者及び和菓子類に特に関心のある需要者に比し極めて広範囲にわたるものと推察されること、しかるに、前記のように一般向けの辞典類の中にも「花びら」の項に右の略称に関する記載のないものもあり、しかも、右の略称の記載のある辞典類と記載のない辞典類の発行時期をくらべても、それぞれに並列的に新旧の年代が混在し、例えば前者が新しく後者が古いという関係(つまり年代が新しくなるにつれ、右の略称が一般需要者にも浸透してきたと推測される事実関係)も見いだしがたいことに照らし、併せて、前記のように「花びら餠」の略称も「花びら」、「お花びら」と必ずしも統一されていないこと、略称に関する記載のある前記乙号各証のうち「花びら餠」の字義について、第六、第七号証には「餠又は団子の一種で花弁の形をしたもの」、第九号証には「薄くて花びらの形をした餠」といずれも説明としては極めて不完全な記載しかされていないことをも勘案すれば、前記「菓子、パン」の需要者の間に、「花びら」の語が「花びら餠」の略称であることが容易に認識し得られるほど深く浸透しているものと認めることができない。したがって、単に本願商標中の「花びら」の文字が「花びら餠」を指称するとの理由だけから、「花びら」の部分が自他商品の識別標識機能を有しないものと解することは相当ではない。むしろ、本願商標にあっては、本願商標の構成の前半の「ちぎり」の語は前示のとおりの一般的な日常用語であり、「花びら」の語も「花弁」を意味する一般的な日常用語であって、両者が相俟って、「ちぎり花びら」なる結合された一連の語として、原告が主張するような「千切った花びらをちりばめたような美しい散らし模様」を連想せしめる美的印象力の強いイメージが惹起されるものと認められ、したがって、「ちぎり花びら」なる一連の語の全体が自他商品の識別標識としての機能を有していると認めるのが相当であり、本願商標における自他商品の識別標識としての機能を果たす部分が前半の「ちぎり」の部分にあるとする審決の判断は誤ったものといわざるを得ない。

3  以上によれば、本願商標からは「チギリ」なる称呼が生ずることはなく、「チギリハナビラ」なる称呼のみが生ずるものであり、一方、引用商標が「チギリ」の称呼を生ずるものであることは前示のとおりであるから、本願商標と引用商標とは称呼を異にするものということができる。

三  また、その構成自体に照らし両商標は外観を異にするものであるし、観念において相違することも既に述べたところから明らかである。

四  よって、本件審決の違法を理由にその取り消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 杉本正樹 小野洋一)

別紙

(一)

(二)

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