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東京高等裁判所 平成元年(ラ)552号 決定 1989年10月16日

抗告人 株式会社バンエンタープライズ

右代表者代表取締役 秋田義雄

右代理人弁護士 青木武男

相手方 渡邉象太郎

主文

本件執行抗告を棄却する。

理由

本件執行抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方は、抗告人に対し、原決定添付物件目録記載の不動産を引き渡せ。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙「執行抗告の理由書」に記載のとおりであつて、要するに、相手方は、本件強制競売事件の債務者である株式会社ソフイアに本件不動産を譲渡するに先立つて、自己の債務につき住宅金融公庫に対して抵当権を設定し、同公庫は、本件強制競売事件において執行裁判所から弁済金の交付を受けているところ、もし同公庫が右抵当権に基づき自ら競売を申し立てていたならば、相手方に対して引渡命令が発付されていたはずのものであるから、これとの権衡上、本件強制競売事件においても相手方に対して引渡命令が発付されるべきである、というのである。

そこで検討するに、当裁判所も、抗告人の相手方に対する本件引渡命令の申立ては理由がないから却下すべきであると判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、補充するほか、原決定の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

記録によれば、相手方は、本件強制競売事件の債務者である株式会社ソフイアとの間で本件不動産を同会社に譲渡する旨の契約を締結するに先立ち、昭和五七年九月二八日、自己の住宅金融公庫に対する金銭消費貸借契約上の三〇〇万円の債務を担保するため、同公庫に対し本件不動産に抵当権を設定し、同公庫は同年一〇月四日に抵当権設定登記を経由したこと、同公庫は、本件強制競売手続において、平成元年八月七日、右抵当権に基づき執行裁判所から弁済金として一二五万一四四三円の交付を受けていることが認められる。

そうすると、なるほど抗告人の主張するように、仮に同公庫から右抵当権の実行としての競売が申し立てられ、その買受人が相手方に対する引渡命令の申立てをした場合には、相手方は、民事執行法(以下「法」という。)八三条一項の「債務者」に該当するものではないが(法八三条が法一八八条により抵当権の実行としての競売について準用される場合には、法八三条一項にいう「債務者」とは抵当権実行時における不動産所有者がこれに該当するものと解される。)、将来抵当権の実行があれば買受人に対して不動産の引渡しをしなければならないことを承知して抵当権を設定したはずのものであるから、後にこれを他に譲渡し、抵当権実行時には不動産所有者ではなくなつていた場合においても、信義則上、右の「債務者」に準ずるものとして、引渡命令を甘受すべきであると考えられる。

しかしながら、本件は、右とは異なり、抵当権者である住宅金融公庫から競売の申立てがなされたものではなく、不動産の譲受人である株式会社ソフイアの一般債権者が、相手方の全く関知しない、右会社との間の別個の権利関係に基づいて強制競売の申立てをしたというものであつて、同公庫が本件強制競売手続において右抵当権に基づき弁済金の交付を受け、また、右抵当権が売却により消滅するとされている(法五九条一項)というだけで、直ちに、信義則上本件にさきの抵当権の実行があつた場合と同視すべき事情があるとはいえず、他に、相手方を法八三条一項の「債務者」に準じて扱うことを相当とする事情も存しない。

そして、相手方が「債務者」である株式会社ソフイアに対する関係で占有権原を有することは引用に係る原決定理由説示のとおりであるから、たとい右の占有権原が買受人である抗告人に対して主張し得ないものであつたとしても、相手方は、法八三条一項の「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者」に該当するのであり、これに対して引渡命令をもつて不動産の明渡しを求めることはできないものというべきである。

よつて、同旨の原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克已 河邉義典)

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