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東京高等裁判所 平成元年(く)5号 決定 1989年3月29日

少年 M・Z(昭46.12.23生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年本人、少年の親権者法定代理人父M・N及び付添人○○共同作成名義の抗告申立書並びに同付添人作成名義の抗告理由補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原決定は非行事実一覧表4記載の窃盗(以下、「本件窃盗」という。)の事実をも少年が行つたものと認定しているが、この犯行と少年とを結び付ける客観的証拠はなく、これを認めるに足りる証拠としては少年の司法警察員に対する昭和63年6月2日付供述調書だけであるところ、同調書は多数の警察官が少年を詰問し、事実を認めないと家に帰さないと脅すなどして、自白をさせたものであつて、任意性がなく、犯行に関する供述内容も被害者らの申し立てる被害状況などに照らし信用性がなく、右調書をもとにして事実認定することができない。また、少年は、犯行の日とされている当日勤務先の会社で働き、午後6時3分に退出しているのであつて、犯行時刻の同日午後6時45分ころに現場に行くことは到底不司能であり、アリバイが成立する。従つて、右犯行を少年が行つたものとはいえないのに、これを少年の非行と認定した原決定には重大な事実の誤認があり、原決定を取り消して、原裁判所に差し戻すとの裁判を求めるというのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討する。本件窃盗の事実の要旨は、少年が昭和63年3月11日午後6時45分ころ、山梨県大月市○○×丁目×番××号A方店舗で現金2万3250円、ビール券20枚位入りの手提げ金庫1個を窃取したというものである。少年は、捜査段階では、本件窃盗の事実を認めていたが、原裁判所送致後には、調査官の調査の際にも、審判廷においても、本件非行の内本件窃盗を除く15件の原動機付自転車等やナンバープレートの窃盗については事実を認めながら、本件窃盗だけは自分はやつていないと否認するに至つたものであり、当審においても本件窃盗についてのみ事実誤認を主張する。少年は、同年5月8日原動機付自転車の窃盗(前記一覧表1の事実)の容疑で○○警察署の警察官に検挙され、在宅のまま、各非行の取調べがなされ、取調べの最終段階に近い同年6月2日に、本件窃盗に関し詳細に事実経過を述べた司法警察員に対する供述調書が作成されたものである。この調書を作成したB巡査部長の原審審判廷における供述によれば、任意性に疑いをもたれるような無理な取調べをしたような点は窺われず、任意になされた供述であるものと認められる。そして、その供述内容をみると、犯行状況及び金庫を捨てた状況などについては勿論のこと、窃取した現金の費消状況も、中学校の制服のポケツトの中に入れておき小出しに小遣い銭として使つたなどと具体的詳細に述べられており、格別不合理な点も見受けられず、信用性もあるようにみられる。また、所論主張のアリバイについては、当審で付添人が提出したタイムカードによれば、少年が当日午後6時3分ころ勤務先を退出していることは明らかであるが、列車で○○駅に着くのが所論指摘のとおり同6時23分ころであつても、同駅から現場の店舗まで直線距離にして600メートル位であり、少年の供述によつても15分位で現場に行けるというのであるから、犯行時刻の同6時45分ころに現場に至ることは十分可能であり、アリバイが成立したものとはいえない。更に、少年は中学生のころに自宅から5万円及び17万円を持ち出したことがあつて現金窃盗に無縁ともいえず、本件金庫内のビール券を手にしていないことは未成年者の犯行と考えるのが自然であり、当審における事実取調べにおける少年の否認供述は、警察官が金庫を捨てた場所を案内したなどと明らかな嘘が含まれており、信用できない部分も多分にあるというべきである。これらの諸点に照らすと、本件窃盗の犯人は少年ではないかと考えられないではない。しかしながら、記録によれば、次のような点が認められる。すなわち、本件窃盗は、被害直後110番通報によつて警察に被害の申告がなされた事件であり、少年の自供によつて発覚した事件ではないこと、原決定が犯人でなければ知り得ないことを供述していると説示し、少年の犯行であるとする重要な論拠の1とされている事実、すなわち本件手提げ金庫が紐で縛られていたとの点については、被害当日になされた実況見分の際に立ち会つた被害者が警察官に既に説明している事実であり、いわゆる秘密の暴露とはいえないこと、そのうえ、この紐について、少年の前記司法警察員調書には、右金庫を持ち出す際ビニール様の紐をほどいたとの供述記載があるのに対し、当審の事実取調べの結果によれば、この紐は革製であり端に金具が付いており、その部分を押すと外れるようになつているということであつて、この点大きな食い違いがあること、また、犯行時の状況について、右司法警察員調書には、少年が店に入つたらレジの奥のこたつの部屋におばあさんがいたので「ください」と声をかけたところ、そのおばあさんが「ちよつと待つてて」と言つて奥の方に入つたまま出て来なかつたとの供述記載があるのに対し、当審における事実取調べの結果によれば、被害者の妻C子(当時79歳)は客が途切れたので奥の方に行き、勝手場で米をといでいたところ、客が店の入り口から入ると鳴るようになつているブザーが鳴つたので店に出てみたら、人影がなく金庫がなくなつていたと述べており、客が来たのを承知のうえで米をとぐために店を離れるなどということは到底考えられず、少年が供述する状況と被害者が供述する状況とはかなり異なつていること、そのうえ、少年がいわゆる引き当たり捜査の際本件金庫を捨てた場所として右A方から橋を渡つた対岸の河原を指示したが、本件金庫は、少年が右のような指示をする以前に、住民の通報により右指示地点とは全く別の、A方に比較的近い人家脇の空き地で、警察官がこれを発見し領置しており、少年が右のような指示をしたからといつて、少年と犯行とを結び付ける直接の証拠とはなりえないこと(領置したのが本件犯行から2か月位後のことであるから、少年の指示した地点から発見領置した地点に何者かが移動した可能性があるといい得るにすぎない)、以上のほか、他には少年と本件窃盗とを結び付ける客観的な証拠はないこと、などの諸点が認められる。これらを考え合わせると、少年の前記自白調書の供述内容が重要な点で関係証拠と一致していないので、証明力を肯定することは困難であり、本件窃盗を少年がなしたものと認定するにはなお合理的な疑いが残るものというべきである。

そうすると、本件窃盗を少年の非行と認定した原決定には、その点において事実誤認があるものといわなければならないが、少年の処遇についてみると、少年は、本件窃盗を除いても、約2か月の間に、単独あるいは友人と共謀のうえ合計15件、被害総額100万円を越える原動機付自転車等やナンバープレートの窃盗をしていたことが認められ、原決定が処遇の理由として説示するところは非行事実から本件窃盗を除いても相当と考えられるので、右事実誤認が、少年を保護観察に付した原決定に影響を及ぼすような重大なものとはいえない。結局、論旨は理由がない。

よつて、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項、少年審判規則50条によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 松本時夫 山田公一)

〔参考1〕事実の取調べの嘱託決定

平成元年(く)第5号

決定

少年 M・Z

右少年につきなされた保護観察決定に対する抗告の申立事件について、少年審判規則49条2項に基づき、左記事項に関し事実の取調べを甲府家庭裁判所裁判官に嘱託する。

一 本件保護観察決定別紙非行事実一覧表番号4の事実にかかる、少年の陳述並びに被害者A及びC子の供述

二 右事実にかかる賍品である金庫1個の発見された場所の特定

平成元年1月27日

東京高等裁判所第11刑事部

裁判長裁判官 船田三雄

裁判官 松本時夫

裁判官 山田公一

〔参考2〕事実の取調べ嘱託書

平成元年(く)第5号

嘱託書

少年 M・Z

右少年につきなされた保護観察決定に対する抗告の申立事件について、少年審判規則49条2項に基づき、左記事項に関し事実の取調べを嘱託する。

1 本件保護観察決定別紙非行事実一覧表番号4の事実にかかる、少年の陳述並びに被害者A及びC子の供述

2 右事実にかかる賍品である金庫1個の発見された場所の特定

3 右各事実取調べの事項の詳細は別紙のとおり

平成元年1月27日

東京高等裁判所第11刑事部

裁判長裁判官 船田三雄

甲府家庭裁判所 裁判官 殿

(別紙)

少年M・Zについて

住居    山梨県大月市○○町○○××番

地郵便番号 ×××一××

電話番号  ××××(××)××××

保護者   M・N、同M・K子(住居、電話番号については少年に同じ)

取調事項

1 本件手下げ金庫の窃盗について、警察官に対し供述するようになったきっかけは何か。いつからこの件の取調べが始まったのか。

2 警察官に対する供述内容はどのようなものであったのか。なぜそのような内容のことを話すことができたのか。

3 現場への引き当りはどのような様子で行われたか。右引き当りと自白調書の作成はどちらが先に行われたか。

4 取調べを受ける以前に、本件の店を訪れたことがあるのか。訪れたことがあるとすれば、その時期及びその際の状況はどのようであったか。

5 昭和63年3月11日午後6時40分ころから50分ころまでの間どこで何をしていたのか。

また、その前後の行動状況はどうだったのか。

以上

(別紙)

被害者Aについて

住居   山梨県大月市○○×丁目×番××号

郵便番号 ×××

電話番号 ××-××××

取調事項

1 本件被害前後にどこで何をしていたのか。

2 そのころ、店内に誰か入って来たことに気付かなかったか。

3 当日午後6時から7時ころまでの間に16、7歳位の少年(写真参照)を店内あるいはその付近で見かけたことはないのか。

4 本件金庫はどのような紐でどのような状態で縛ってあったのか。

5 店の外に、ジュースの自動販売機があったか。あればその位置はどこか(略図を添付すること)。

以上

(別紙)

被害者C子について

住居   山梨県大月市○○×丁目×番××号

郵便番号 ×××

電話番号 ××-××××

取調事項

1 Aと同一の事項

2 本件被害前後、客から「ください」と声をかけられたことがないか。あれば、それに対しどのように応待したか。

以上

(別紙)

○○警察署に対する確認事項

1 少年が金庫を捨てたと指示した場所(6月8日付引き当り捜査報告書・写真3)の地番及び位置(図示すること)。

2 警察官が金庫を発見領置した場所(5月14日付領置報告書一大月市○○×丁目××番×号D方前路上)の位置(図示すること)。

3 右指示場所と領置場所が異なっている場合、その理由はなぜか。

以上

〔参考3〕共助事件記録送付書

平成元年日記発第121号

少年審判等共助事件記録送付書

左記記録を送付します。

1 事件番号平成元年(少ニ)第1号

2 事件名取調嘱託

3 少年M・Z

4 送付記録

1 少年M・Z並びに証人A、同C子尋問決定原本及び送達報告書

2 調査嘱託書回答書

3 証人A尋問調書

4 証人C子尋問調書

5 少年M・Z陳述調書

平成元年3月10日

甲府家庭裁判所

裁判所書記官 ○○

東京高等裁判所第11刑事部 御中

〔参考4〕抗告申立書

抗告申立書

少年 M・Z

右の者に対する甲府家庭裁判所都留支部昭和63年(少)第84号少年保護事件について、右裁判所が昭和63年11月30日した保護処分決定に対し、決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認があるので、抗告を申立てます。

抗告の趣旨

原決定を取消し、事件を原裁判所に差し戻す旨の裁判をもとめる。

抗告の理由

一、原決定は少年事件送致書の犯罪事実一覧表に記載してある全事実を、少年の犯行と誤認して、「少年を保護観察所の保護観察に付する。」旨の決定をした。

二、しかし、右犯罪事実一覧表の番号4に記載してある犯罪事実は少年の所為ではないのに、これを少年の所為だと認定した原決定には重大な事実誤認がある(同じ窃盗でも、他の事実は屋外犯であるのに、この事実は屋内犯で、他より若干異なるものである。)。すなわち、

1、右事実が少年の所為だと断定するに足る証拠は、1件記録中、昭和63年6月2日付、少年の司法警察職員に対する供述調書だけである(この点に関する証拠としてはこのほか被害届けや、窃盗事件捜査報告書、被害品の領置調書等があるが、これらを個別的にみても、総合的にみても、少年の犯行だと推認させるものは何もない。)が、この少年の供述調書は、多数の警察官から詰問されたり、ストーブを足蹴にしたり、これを認めないと家に帰さないぞ、と脅かされたりする等、16歳の少年に対する取調としては、過度の心理的威迫を加え、更に、金庫の写真を見せたり、警察官が下図を作成して、その上に紙を乗せて犯行時の略図を作成させる等の工作をして、事件に関する予備知識を与えてから、これと符号するように言葉巧みに供述を誘導して前記自白調書を作成した疑いが強いのである。したがって右供述調書には任意性が乏しい。

2、次に供述の内容についても、被害者のA夫妻は、犯行日の「午後6時40分頃から6時50分頃迄の間に、それぞれ風呂掃除や勝手場仕事のためにレジを離れていた隙に…手提げ金庫を盗まれてしまった」と申し立てている(昭和63年3月11日付窃盗事件捜査報告書参照。)のに、少年の自白では、午後6時45分頃、―自動販売機からジュースを買って飲み、―「僕はお菓子を食べたくなって店の中に入り、何か買って食べようとして店に入ったところ、背の小さいおばあさんがレジのこたつの部屋に1人でいました。そこで僕はくださいと声をかけたのです。すると、そのおばあさんは、ちょっと待っててと言って、家の奥に入ったきり店に出て来ませんでした」と言うのであるから、少年が店に入った時には被害者Aの妻は勝手場にいたのではなく、手提げ金庫の見える部屋にいて少年と言葉を交わしたことになる。そうだとすれば、被害者が「犯人等は目撃しておらず、全く心当たりが無い」ということは考えられない。

更に「奥に入ったおばあさんが出てこなかったものですから、僕は手提げ金庫を盗もうと思い、―こたつの奥の方を見ましたが、おばあさんは出てくる様子がなかったので、素早く手提げ金庫を―柱にしばりつけたひもを解いて―盗み出し、店の外に出る時、人がいるかキョロキョロ見ましたが誰も人がいなかったので」逃走したというのであるから、これだけのことをするには午後6時45分から6時50分頃までの約5分間では、電光石火のような早わざで動きまわらないかぎり、犯行は不可能だった、と考えられる。

そうだとすれば、少年の供述内容は他の証拠に照らし、措信することができない。

3、少年は付添人のところに来て、取調べのときに当日当時刻には会社で残業をしていたので、距離的に離れている犯行現場に行くことはできなかったと強くアリバイを主張したのに、その点については一顧だにしなかったと訴えている。

三、以上のような状態で、少年の犯行だと断定する指紋、足跡その他何らの科学的捜査も行われず、唯取調官から少年の供述は任意になされたとの証言を得たからと言って、前述のとおり自白を強要した疑いのある捜査記録によって、少年の犯行だと認定した原決定は不当であるから、これを取消して、原裁判所に差戻すとの裁判を求めるため、本抗告に及んだ次第である。

昭和63年12月14日

右少年 M・Z

保護者 M・N

付添人 ○○

東京高等裁判所御中

〔参考5〕 抗告理由補充書

抗告理由補充書

少年M・Z右の者に対する甲府家庭裁判所都留支部昭和63年(少)第84号少年保護事件について、右裁判所が昭和63年11月30日になした保護処分決定に対する抗告事件の抗告理由を、左記のとおり補充します。

平成元年1月23日

右付添人 ○○

東京高等裁判所 御中

一、本件の少年は、義務教育は終了したが、平仮名が読み書きできるだけで、知能程度は通常人と比較にならない程劣っている。

警察官の取調べの際、そんな少年が、おそるおそる「手提げ金庫なんか盗まなかった。」と弁解すると、警察官は、語気を強め、「お前が盗んだに決まっている。お前でなくて誰がこんなことをするか。」とか、ストーブを足蹴りしながら、「この野郎、嘘ばかり言って!正直に白状しないと家に帰さないぞ」等と言いながら詰問すると、少年は精神的に錯乱し、返答に戸惑い、最後にはその状態から脱出するにはどうしたらよいかと考えるようになる。殊に「その日、○○駅に来たこともない」と否認すると、「そうではないだろう、こうではないか。」等と誘導されると、少年には覚えのないことでも、そのような状態から脱出して家に帰れると思うと、誘導されている事実を心ならずも肯定してしまう。そうした方法で作成された調書は、取調に当たった警察官の作文のようなものでしかない。この点について本件の少年の調書はそれに近いものである。

少年が作製したという添付図面に漢字があるのは、警察官が指示した証左である。

二、仮に、○○駅に行ったとしても、少年は犯行時刻には現場に不在であった。すなわち、

昭和63年6月2日付、少年の司法警察員に対する供述調書第4項には、「盗んだ日は今年の3月中旬のころの午後6時45分ころです。この日はひまでしたので、仕事が終わってから電車で○○駅まで来て、大月市内で遊んでいました。1時間位遊んでから歩いてさつき通りを通り、帰りにむいたのです。」とあるが、

犯行日だという昭和63年3月11日には少年は勤務先の会社へ午前7時43分に出勤し、1日働いて、午後6時3分に退出したことが会社のタイムカードによって明白である。

これを基準として、少年が犯行現場に行くとすれば、その会社は、大月市○○町○○に所在するので、中央本線○×駅まで歩いて約5分位かかるから、○×駅かち下り電車に乗るとすれば午後6時16分発○○行の電車しかない。それに乗って○○駅に着くのは午後6時23分である。(これは、列車時刻表で明白である)。

それに大月市内で遊んでいた1時間を加えると、それだけで7時23分ころになるので、犯行時間だとされている6時45分に現場に行くことは到底不可能である。

仮に遊んでいた時間がその半分の30分だとしても、○○駅から○○通りを通って犯行現場まで歩いて行くには、通常、所要時間は5分ないし10分かかるから、やはり6時45分までに現場に行くことはできない。

そうだとすれば、会社のタイムカードや列車の時刻表等により少年が自白した前記調書のとおりの行動をしたとすれば犯行時間に犯行現場に到達することができないことは明らかであり、これだけでも現場不在証明ができたというべきである。

以上

〔参考6〕原審(甲府家都留支 昭63(少)84号 昭63.11.30決定)<省略>

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