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東京家庭裁判所八王子支部 昭和44年(少イ)3号 判決 1970年7月23日

被告人 近野新吉

主文

被告人を罰金七千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(一)  罪となるべき事実

被告人はいわゆるえん歌師業をしている者であるが、昭和四三年一二月上旬ころから昭和四四年二月上旬ころまでの間、満一八歳に満たない児童である○尾○男(昭和二八年一月一二日生)に対し、自己の肩書地居宅に居住させたうえ、毎日午後一〇時をこえ午後一一時三〇分ころまでの間、東京都昭島市松原町四丁目一一番地一五号所在バー「美好」ほか多数のバー、スナックなどにおいて、ギターに合わせて唱わせるなどし、もつて児童に午後一〇時以上戸戸について役務の提供を業務としてさせる行為をしたものである。

(二)  証拠の標目

(1)  被告人の当公廷における供述

(2)  近野新吉(被告人)の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

(3)  ○尾○男の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

(4)  ○尾○男に対する千葉県山武郡成東町長金杉権二郎発行の戸籍謄本

(5)  角田好恵、田中武男、中川菊代、角田芙久子、柿沼信の司法警察員に対する各供述調書

(三)  法令の適用

児童福祉法第三四条第一項第四号の二、第六〇条第二項

刑法第一八条

刑事訴訟法第一八一条第一項但書

(四)  弁護人の主張に対する判断

弁護人は、本件事案の対象である児童○尾○男は昭和二八年一月一二日生で、義務教育の課程を終了した者であり、かつ児童福祉法第三四条第一項第四号の二の事実は、同法第七二条の規定によれば、満一四歳以上の児童で、学校教育法第九六条の規定により義務教育の課程を修了した者については、第三四条第三号から第五号までの規定は、これを適用しない旨規定しているから、被告人の本件公訴事実は、右第七二条の規定により処罰の対象となすことを得ないので無罪である。と主張する。

しかし当裁判所は、その主張を採用しない。もともと児童福祉法第七二条は学校教育法第九六条と相関的規定であると解すべきである。而して学校教育法第九六条は同法第三九条の就学義務の関係で設けられた経過規定である。つまり同法の規定する就学義務年齢と旧国民学校令に基づく就学義務年齢の開きを解消するまで一三歳でも就学義務を尽したものと見なし、その調整を図るための経過規定であつたが、昭和二五年に至り現に一三歳未満でありながら第九六条の規定を適用する必要のある事態はなくなつたので同年四月一九日を以て削除されたものである。

児童福祉法第七二条の趣旨は、学校教育法第三九条に対応して、一五歳をこえるものはすべて義務教育課程を終了しているはずであるが、同法第九六条の関係で一五歳未満の者がありうるのでこれを一四歳以上という年齢と同条の規定の適用の二点をみたす場合一応児童福祉法(第三四条第三号から第五号までの規定)の適用から除外することを規定したものである。即ち、児童福祉法の当該規定は、昭和二二年立法当時すでに制定されていた学校教育法第三九条第一項に関する経過規定である同法第九六条を前提として設けられたもので、同条の削除により、児童福祉法第七二条の規定はその効力を失つたものと解するのが相当である。そこで或は学校教育法第九六条が削除された後、事実上空文同然の規定となつた児童福祉法第七二条についても手当を加うべきであつたかもしれない。しかし、同条文が現在尚存置されているとしても、これを虚心に文理解釈し、かつ事を実質的に考えれば、「満一四歳以上の児童で学校教育法第九六条の規定により、義務教育の課程又はこれと同等以上と認める課程を終了した者」は、学校教育法第九六条の削除により、すでに存在しないのであるから、児童福祉法第七二条は現在この規定の適用を受ける者がないわけである。その点からも同条は現在適用の余地がない規定と解すべきであろう。従つて本件事案における少年○尾○男(昭和二八年一月一二日生)は義務教育の課程を修了している者であるとしても、児童福祉法第七二条の対象となる者ではないことは明らかである。

そもそも児童福祉法は、日本国憲法の精神に基いて立法された諸法律の中でも、とりわけ児童の福祉、その心身の健全な育成について国民全般につよい責任のあることをうたい、これを愛護し、その生活を保障して次代の国民を護り育てるために、その心身の健康な発達を阻害するような行為をしてはならないことを規定し、他の法律に類例の少ない程のきびしい責任を当該違反者に求めている。これはひつきよう新しい憲法の下、日本人としての過去の過誤を清算し、次の時代の国民をすこやかに育成し新に国を再建しようという国民の悲願のあらわれというべきである。

昭和二七年児童福祉法の一部改正により、同法第三四条第一項四号の二の規定が新設されたのも、当時の社会状勢の下で、一八歳未満の児童に当該規定のような行為をさせる事案が多かつたので、前記児童福祉法の根本精神から、これを取締処罰の対象としたものである。(ちなみに当時学校教育法第九六条は削除されていた。)そして右新設された第三四条第一項四号は、児童福祉法の児童(一八歳未満)であれば、一五歳以上で義務教育の課程の終了の有無にかかわらず、適用さるべきものであり、該行為が同条第一項一、二、六、七号の行為に比し児童の育成に影響が少ないとして義務教育の課程を終了した児童を除外したものではない。全く夫ら各号の児童に対する禁止規定と同様、児童福祉の理念に沿つて解釈されなければならない。(そのことは同条一項四号と新設された四号の二と対比してみても明瞭である)。

たしかに、現実の国民生活の実態と照合して考えると、児童福祉法の理念は高く、あまりに実状に先行している感もあり、理念に対して現実がともなわず、法を適正に運用する上にも悩と矛盾があることは否めない。従つて、この種の事案を判断し取扱うに際しては、よく社会の現実の状勢や経済の動向等について深い洞察をなし、国民の立場を十分くみとり慎重に事をすすめることが必要であることは勿論であると思う。しかし、他面また、日本国憲法の下での悲願として法を制定しその実現を約束した国家としては、法の完全なる実施のために誠意を以て努力し、国民一般もまた児童の福祉、その健全育成のために社会連帯的に協力してまいらねばならないはずである。即ち法は法としてこれを尊重し法の理念を現実化していくためにも、その規定をきびしく遵守してゆかねばならないのである。

以上のべたような理由により、被告人はやはりその行為について児童福祉法所定の責任をまぬがれないものと解する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 森田宗一)

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