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東京家庭裁判所 昭和49年(家)1639号 審判 1974年8月15日

申立人 長谷川恒夫(仮名)

相手方 小川フジ(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

一  (申立)

(一)  申立人は、別紙目録四の建物は申立人と相手方が昭和四七年一二月一四日調停離婚したとき未分割のままとなつている夫婦共有財産であるから右共有財産について財産分与(目録四の建物を申立人と相手方各二分の一宛の共有持分を有すること、右建物の貸室賃料債権を右両名において折半取得することと定めて貰いたいと)の審判を求める旨申立てた。

(二)  右申立理由は要約すると次のとおりである。「(1)申立人と相手方は昭和七年八月一九日婚姻し、その間に長女静子が昭和九年一月二九日出生し、ついで二女及び三女が出生し、その後申立人は同三三年一月一三日正夫と養子縁組し、同月一六日静子と正夫とは婚姻したものであつた。従前申立人と相手方との間には当庁昭和四七年(家イ)第一三五七号離婚調停事件が、長谷川正夫・長谷川静子と申立人との間には当庁同年(家イ)第三六五八号親族間の紛争調整調停事件が係属していたところ、両事件を併合して同四七年一二月一四日当庁において調停が成立した。(2)右調停において申立人と相手方とは離婚したがその調停で定められた財産分与は、法律に定める一切の事情を考慮しないでなされたものであるから著しく失当であり、また非人道的である。(3)家事審判法第七条により準用される非訟事件手続法第一九条により右調停の取消変更も可能である。(4)別紙目録四の建物は前記調停当時判明していなかつたものであるから申立人はこれについて財産分与を求める。」(申立代理人は申立書に、所有権移転登記、所有権移転登記抹消登記を求める旨記載のある分は、家裁の審判で求めうべき事項ではないからこれを求めない旨、また申立書中の申立人が調停時に心身耗弱者であつたとの記載は敢て法律上の主張として提出するものではない旨附陳した。)

(三)  申立代理人の「申立人と相手方とが調停により離婚した当時両名の共有財産として別紙目録記載一ないし五の各土地建物があつた。そのうち一、二、三の土地建物については前記調停において合意により措置せられたから目録中四、五(一)(イ)(ロ)、(二)、(三)(イ)(ロ)が未分割のままであるが目録五(一)(イ)(ロ)、(二)(三)(イ)(ロ)の物件については相手方以外の者のため登記せられていて審判により相手方に分与を求めても目的を達しないから、右四の建物についてだけ財産分与を求める」との主張に対し、相手方は、「目録一、二、三の物件が離婚当時共有財産であつたこと」は認めたが、「同四の建物は相手方の固有財産であつた」と主張し、「同五の各物件が夫婦共有財産なること」は否認したほか「目録六の建物が夫婦共有財産として存在した」と陳べた。

二  (一) 従前申立人と相手方との間並びに長谷川正夫・長谷川静子と申立人との間に前記各調停事件が係属し、これを併合して昭和四七年一二月一四日末尾添附の調停が成立したことは当裁判所に顕著なところである。そして右調停における合意は末尾添附の調停調書の写し記載のとおりであるが、その骨子は「(イ)離婚に伴い申立人から相手方に対し慰籍料及び財産分与の目的で目録一の建物所有権を譲渡し、(ロ)申立人は正夫・静子に対し目録二の土地を代金三五〇万円を以て譲渡し、(ハ)申立人は目録三の建物が静子の所有であることを認め、(ニ)正夫・静子から申立人に対し扶養料を支払うこと、(ホ)右調停事件に関して生じた紛争でなされた保全訴訟事件の処理に関する合意を定めたほか」その条項8において調停事件の各当事者は「以上をもつて本件紛争に関する一切を解決したものとし、今後名義の如何を問わず相互に何らの請求をしない」ことを定めた。申立人代理人は、右8の条項は例文にすぎないと主張するけれども市販の契約書用紙に不動文字で記載したものを用いてなされた私書証書と異なり家事調停において特に合意せられた条項であることが明らかであるからこれを以て単なる例文であつて申立人を拘束しないものとは言えない。

(二) ところで記録を調べてみると(関連記録を含む)次の事情が認められる。「申立人と相手方とは昭和七年八月一九日婚姻した夫婦であつて、申立人は機械業を営み、戦時中は軍需景気のため業務も盛であつて、後には戦災に罹つたが、戦後業務を復興することができた。

申立人は相手方と結婚後、幾何も経ない頃から芸者遊び女遊びに熱をあげ盛業と共に女狂いして家庭を顧みないまま年月が重なり、夫婦関係は全く破壊され、前記のとおり調停により離婚するのやむなきに至つた。」申立人は目録四の建物が当時の夫婦共有財産であつたことを知らなかつたと主張するが、その建物は登記簿謄本によれば、昭和三八年八月二二日所轄法務局出張所受付を以て相手方のために所有権保存登記を経過しているところであつて、前記離婚調停に際して財産分与の協議がなされたことは調停条項の文言自体から看取できるところであり、条項8により財産分与に関しても一切解決することとし、事件をむしかえさないことの合意が成立していたものといわなければならない。してみると目録四の建物は右離婚当時夫婦共有財産であつたかどうかに拘わりなくこれが相手方の所有に確定することを申立人において承諾したものというべきものであつて、申立人は当時右建物が夫婦共有財産であつたことを知らなかつたとの理由により本件の主張をなしうべき限りではない。更に右認定の事実からみれば、申立人と相手方との婚姻生活が破綻し、調停により離婚するの外なきに至つたことについて申立人に帰責事由がないとはいえないことを推認するに難くないから、前記調停が別紙のような内容の合意により成立したことを以て著しく不当と認むべき客観的に明白な事由を発見することはできない。またこれが申立人にとつて非人道的なものとして無効なものと認むべき事由もない。更に申立人は非訟事件手続法第一九条の規定を根拠として前記調停の取消変更を求めるものの如くであるが、家事審判法第七条非訟事件手続法第一九条第一項により、裁判所は非訟事件の裁判(審判)をなしたる後その裁判を不当と認むるときはこれを取消し又は変更しうるけれども当事者間の合意に基づいて成立した調停は、法律規則に特段の定めのある場合を除いて、これを取消し又は変更しうるものではなく、申立人の主張する前記調停のうち、財産分与に関する部分につきその取消し又は変更の審判をなしうべき特段の法規はないから申立人のこの主張も理由がない。

(三) 要するに目録四の建物は前示(二)に説示のとおり、両名の共有財産であつたか否にかかわりなく前記調停においてこれをも含め、右離婚に伴う財産分与について最終的に定め、争いをむし返さないことを合意したものであると認められるからこれにより右財産分与についてはすべて解決済みの筋合いとなる。

(四) なお申立人は、前記調停の成立当時、脳溢血の後遺症により半身不随、顔面半分に麻痺が残り多少の難聴があつたことが記録上窺われないではないが申立代理人は調停成立時の申立人に意思能力の欠缺があつたものとの主張をするものではない旨陳べているところであり、記録を調べてみても当時申立人が調停においてした意思表示に、無効取消事由となるようなかしがあつたことを確認するに足りる証拠はなく他に特段の事情は認められないから前記調停においても申立人は内容を理解してその合意をしたものと推認すべきものであつて、右調停の効力が否定せられることはない。

(五) 申立人の主張の中に違憲(憲法第一四条、第二九条違反)をいうかの如き文言があるが、単に違憲をいうだけのものであつて、右調停の効力を左右するに足りる事由は認められない。

三  よつて本件申立は理由がないから、主文のとおり審判する。

(家事審判官 長利正己)

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