大判例

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東京家庭裁判所 昭和39年(少イ)31号 判決 1966年1月21日

被告人 高砂金属工業株式会社

右代表取締役 木村惣太郎

飯塚公一

主文

被告人高砂金属工業株式会社を罰金七万円に、被告人飯塚公一を罰金三万円に、各処する。被告人飯塚公一において右罰金を完納することができないときは金六百円を一日に換算した期間同人を労役場に留置する。

訴訟費用はその二分の一宛を被告人両名の各自負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人会社は東京都葛飾区本田渋江町一六四番地の一二に工場を設けて自動車部品等の受注製造の業を営むもの、被告人飯塚公一は同所においてその管理部長として生産部門を管理し、労務者に関する事項について被告人会社のために行為するものであるが、被告人飯塚は被告人会社の従業者製造部第一課長並木正一及び同部第二課長大畑光雄と夫々共謀の上、被告人会社の事業に関し、法定の除外事由がないのに、別添時間外作業違反一覧表記載のとおり、昭和三八年九月四日以降同年一〇月二五日までの間、前記工場において満一五歳以上で満一八歳に満たない労働者藤○一(藤○に対する共犯大畑光雄)○井○男及び○岡○美(○井、○岡に対する共犯並木正一)に対し、一過間の労働時間が四八時間を超えず、且つ、一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合でないのに、一日の適法労働時間八時間より、一時間半乃至五時間を超えて時間外労働をさせたものである。但し○井○男に対する昭和三八年九月九日及び同月一一日の時間外労働については、被告人飯塚公一に関し之を違反行為と認めない。

(証拠の標目等)

一、被告人会社代表取締役木村惣太郎及び被告人飯塚公一の当公判廷における各供述

(編中略)

一、木村惣太郎の司法警察員並に検察官に対する供述調書各一通

以上を綜合して判示事実を認めたものであるが、なお被告人飯塚公一が労務管理をしていた点、及び製造課長大畑光雄、同並木正一と右被告人との間に夫々共謀のあつた点については、更に、次に詳述する。

1  被告人飯塚公一が労務管理をしていた点

川村清次郎こと行木勲は被告人会社において営業部長の肩書を持つているのであるが、実質的には同会社の社長であつて町工場主的感覚で被告人会社を運営していた。同人は町工場というものは、一日二時間乃至三時間の残業をすることは、会社のためにも、工員のためにも都合がよく当然必要なことと考えていたし、社内において独裁的に振る舞う傾向が強かつたが、内部全般の統制については充分なことができなかつた。

被告人飯塚公一はその職歴や生産管理について勉強していた等の関係から職制を確立するために、同人の司法警察員に対する供述調書謄本の末尾に添付してある組織図に示すような職制を作り、右行木勲の承認を得て、この職制を昭和三七年十二月一日から施行すると同時に、自分も実質上の管理部長となつて、経理関係を除く会社内部業務の全般にわたつて眼を通し統制を図ることにした。このようにして製造部も職制上同人の管理下に入ることになつたのである。即ち会社の業務を営業部門と生産部門に大別し、営業部門は営業部長の直接支配下に入るものとし、主として受注関係と経理関係の操作統轄を職務とし、生産部門は管理部長が之を管理することとし、就業規則の制定や工員の採用配置、技術面を除く製造工程の把握及び工程促進のための稼働計画の立案実施等労務管理の仕事も生産管理に属するものとして事実上被告人飯塚が責任者として之を担当していたのである。

ところで、被告人会社の労務係は組織の上では営業部長の下に入つている。二れは労務係が工員の賃金計算の基礎となる労働時間の計算、或は労災保険、社会保険等経理に密接する事務を担当する関係からそうなつているのであつて、労務管理と無関係なものではなく、この職務は、同時に、日々の工員労働の実態を把握する必要もあるところから、自然に経理性と労務管理性の二面性のある事務となつていたもので、経理上の事務は営業部長の決裁を受けると同時に、労務管理上の仕事は、管理部長を実質上の上司としてその承認を受けていたものである。これを工員の残業実施の過程についてみると、生産部門の製造部の現場責任者である並木製造課長及び大畑製造課長が、残業を必要とする日に、その下部に属する各職種の班長に命じて残業をする工員を暮らせ、残業届を提出させ、この残業届によつて現場の工務係(主として染谷某)が一括して残業明細報告書を作成し、之に右並木、大畑の両製造課長が確認の押印をして労務係に廻付し、労務係はこの残業明細報告書を先ず管理部長である被告人飯塚に提出して、同書面の左上部に管理部長の承認印を受けると同時に、更に、同じ書面の下部の部長押印欄二個のうち右の欄に同じく管理部長の押印を受けているのである。このように被告人飯塚が管理部長として、同一書面に上下二個の押印をする理由は、このうち下部の押印は実質上の社長である経理担当の営業部長の決裁を受けるための確認報告としての性質を有するものであり、他の一つ即ち上部の承認押印は管理部長である被告人飯塚が事実上の労務管理責任者として残業稼働実施を承認するためにしているものと認定されるのである。要するに労務管理は生産管理部門に属する職務として管理部長である被告人飯塚公一が自ら所管し同人はその責任において工員の採用配置、製造工程の把握促進、工員の残業承認等の事務を行なつていたものと認められるところである。

2  共謀の点について

被告人飯塚公一は本件の年少工三名を、いずれも面接の上履歴書を提出させ、年齢を確認し、給料を話し合つた上で採用決定し、おおむね希望職種に応じて夫々の製造課長の下に配置している。このように年少工を採用した場合は、同人は年少工の残業禁止ということも知つていたのであるから事実上の労務管理責任者として、当然年少工等の残業禁止の措置をとるべきであつたのに、これをしなかつたのみならず、作業工程促進のため現場を見廻つた際も年少工が残業をしている事実を知りながらこれを中止させようともしなかつた。換言すれば年少工を残業から除外する意思を全く持つていなかつたものと認められるのである。

本来、事実上の労務管理責任者というものは、そのような呼称を用いていると否とにかかわらず、違反稼働をさせないための責任者として一般に理解されているものである。したがつて労務管理責任者が年少工の残業違反稼働計画を知らされながら敢えて之を阻止しなかつた場合は、その年少工残業違反稼働計画を立てた者との間に、その後の年少工残業違反稼働計画の立案及び実施について、暗黙に意思連絡ができ、そこに共謀が成立するものと解されるのである。

そこで右の見解に立つて、被告人飯塚公一と製造第二課長大畑光雄との共謀関係をみると、右大畑光雄がその部下である年少工藤○一をして、昭和三八年七月中数回にわたつて違反となる残業をさせる旨を、前述の残業明細報告書によつて被告人飯塚に報告していたに拘らず、右被告人が之を阻止せず承認したことによつて、両者間の共謀が成立したものと認められるし、更に、製造第一課長並木正一との共謀関係は、年少工○井○男が昭和三八年九月七日に入社し右並木の下に配置され、右並木正一から同少年をして同月十一日残業をさせる旨前述の残業明細報告書によつて右被告人に対し報告されていたに拘らず、右被告人が之を阻止せず承認したことによつて、その後の年少工残業計画(年少工○岡○美に対する残業計画も含む)の立案実施について両者間に共謀が成立したものと認められるのである。

そして本件の場合、このように阻止せず承認を与えたことは右被告人の過失によるものではなく、同被告人が年少工を残業から除外する意思のなかつたことに基因していたものと認められるのである。(この除外意思のなかつた点については既に述べたとおりである)。

なお年少工○井○男に対する昭和三八年九月一一日の残業違反及びその前の同月九日の残業違反は、前述の共謀成立以前に、前記並木正一によつて実施されたものと認められるし、且つ右被告人が単独で稼働を命じたと認められる証拠もないので、起訴事実中この部分は右被告人に関する限り違反行為とはならないものと認定した。

また、本件の違反内容について、年少工に関する午後一〇時(二二時)以後にわたる作業違反(労働基準法六二条一項深夜作業違反)が少しく述べられているが、この部分は、その起訴形式からみて、単に事情として述べられたものと判断した。

(法令の適用)

被告人高砂金属工業株式会社の判示事実は、労働基準法六〇条三項、一一九条一号、一二一条一項に、被告人飯塚公一の判示事実は、同法六〇条三項、一一九条一号、刑法六〇条に、各該当し、右違反は少年各個人別に、使用各週毎に、一罪が成立するものと認められるところ、(被告人飯塚公一については右各罪につきいずれも所定列中罰金刑を選択し)以上は夫々刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項に則り各罪について定められた罰金の合算額の範囲内において、被告人会社を罰金七万円に、被告人飯塚公一を罰金三万円に、各処し、刑法一八条に従い被告人飯塚公一において右罰金を完納することができない場合は金六百円を一日に換算した期間同人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、被告人両名の折半負担とした。

(罪数について)

労働基準法六〇条三項違反に関し、犯罪を構成すべきものとして認定した違反事実について、その罪数を如何に理解するかは、見解が多岐に分かれているので、本件についての考え方を次に詳述する。

最高裁判所判例(三五あ六三二号、三七・九・一四最高第二小法廷)によれば、この規定は満一五歳以上で満一八歳に満たない年少労働者の労働時間の規整に関する基準規定であつて、労働者一般の労働時間の規整に関する同法三二条一項の特別規定であるとされている。しかしこの判例は、少年各個人別に使用日毎に一罪が成立するものとは言つていないのである。

右六〇条三項は年少工の労働時間に関し、一週間について四八時間を超えて労働させてはならない旨と、一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合は他の一日の労働時間を一〇時間まで延長できる旨を規定しているのであるが、この延長の基準となるべき一日の労働基準時間は必ずしも明らかに規定しているとは言えないのである。他方一般基準規定である同法三二条一項の場合は、一日の労働時間が八時間を超えてはならない旨と、一週間の労働時間が四八時間を超えてはならない旨を、夫々分別して二段に規定しているのであつて、この両形式を比較してみると、右六〇条三項が何故に一日の基準時間を明定せず、単に一週間基準だけを明かにしているのかその理由を考えてみる必要があるのである。

ところで、年少工に対する時間外作業違反を発見するためには、日々の労働時間の認定を前提とし、之を一日の労働基準時間に照してみなければならないのであるから、この基準時間が法律上明かでなければならないのであるが、右六〇条三項の解釈によつて、これを割出すためには、同法三五条一項及び一一九条一号(休日作業違反)との関連によつて、一週間の適法労働基準日数は六日間であることを論定し、この日数によつて法定の四八時間を除(割)さなければならないことになつているのである。しからば何故にこのような迂遠な規定方式をとつたものであろうか、その理由は必ずしも明かではないが、少くとも、この六〇条三項はその規定形式の上では、一日の労働基準時間に関する規整性を極端に後退せしめているとともに、他面一週間基準による規整性を明らかに表現しているのであつて、このようなことは、法の運用の面からみれば一つの欠陥ではあるが、それにもかかわらずこの不便をも忍ぶべき理由が他にあるものとすれば、それはここに明示されている一週間基準ということ自体に理由があるものと解さなければならないのである。

要するに労働基準法六〇条三項は年少工の一日の労働時間に関する基準性を内包しながらも、しかもその日々の違反行為についてはその刑罰内容との関連において、これを一週間毎に包括して一罪を認めようとする法意を明らかにしているものとみられるのである。換言すれば、同規定は年少工の適正労働時間に関する基準と其に一罪の包括基準をも示しているものと解されるのである。

(弁護人の主張について)

弁護人は被告人会社の犯罪成立に関し、労働基準法一二一条一項但書に所謂違反防止措置を構じなかつたことをもつて、その犯罪構成要件であると主張するのであるが、同但書は、同条同項本文による帰責要件の充足を前提として、その免責条件を規定したものと解されるのでこの主張は採用しないこととした。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 海野賢三郎)

時間外作業違反一覧表 <省略>

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