大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和31年(家)8124号 審判 1956年7月25日

申立人 小山のり子(仮名)

相手方 川辺勇二(仮名)

主文

一、財産分与として

相手方は申立人に対して

(一)  金十万円を次の通り支払うこと

内金五万円は即金、残金五万円は昭和三十一年八月以降完済に至る迄毎月末日限り一ヶ月金五千円宛。

(二)  肩書相手方所在のジユーキミシン機一台を規場にて引渡すこと。

二、調停及び審判費用は各自弁とする。

理由

申立人と相手方は昭和二十九年○○月○○日見合結婚し、爾来相手方にて事実上の夫婦として同棲してきたものである。

相手方は相手方の父七十二才無職、所謂継母レイ五十三才、異母弟(○吏員)二十六才の四人家族であつて、申立人夫婦はこれらの家族と同居して生活をしてきたところから、新婚幾許もなく、嫁姑の紛争という世間一般の例にもれない家庭内の風波が生ずるようになつた。それというのは姑レイは申立人の些細な行業に難癖をつけ、「婚家になじまぬ、家風に合わぬ等」と無法な理由にて申立人を虐め、その他申立人の結婚生活を妨碍するような振舞が多々あつたので、申立人は極度に心神疲労し、加うに当人の体質からか遂に病床に臥すようになつたが、相手方家人は病弱な申立人に対して快い所遇をしなかつたため、申立人は昭和三十年○月○○日実家にて療養せざるを得ないような事情になつた。

申立人の疾病は肺結核であつたが、同年○○月左上葉肺の切除手術によつて、その後の経過は良好であつて申立人自身の観測としては来春過頃には回復の見込であるとのことである。

申立人は健康回復後、相手方の許に復帰し、婚姻生活の維持を図ろうとして当裁判所調停委員会にその旨調停を申立たものであるが、姑レイは正当な理由なくこれを拒否し、相手方亦レイに追随し、親達との別居、その他適宜な方法によつて妻である申立人の生活を擁護するよう協力扶助することなく、却つて不法にも申立人との内縁干係の破棄を申出で更に相手方の父も亦レイ等に同調して申立人に対して始めから金をとるためにかかつた仕事であるとの侮辱的言辞を弄するような事態であつて、現在においては最早夫婦離別の状態に立至つているものである。申立人は相手方が結婚生活を拒否するのであれば離別に伴う適当額の慰藉料及び財産分与の支払を求めるというのであるが、慰藉料請求については訴訟手続によらなければならぬところ、訴訟の提起は事実上不能であるから慰藉料債権は財産分与の裁定について斟酌せられたいというのであつて、以上の事実は当事者関係人の審問の結果その他調停の経緯によつて認められる。而して内縁離婚に財産分与の規定は適用せられるべきか否かについて反対的な見解があるがこれを消極に解する理由はないと解する。

蓋し婚姻と内縁の形式的な相違は前者は届出という外部に対する法定の公示手続がなされているのに対して、後者はこれを欠くだけであり従つてその実質的の相違はこの対外的関係においてのみ存するにすぎないのであつて、夫婦間の対内的法律関係においては婚姻と内縁とに差別を設けるべき理由はないからである。

而して財産分与の趣旨を離婚に際しての夫婦間の財産関係の清算であり或は又無責配偶者の有責配偶者に対する生活扶助請求権であると解するにおいては前示説示に基き財産分与に関する事項は夫婦間の対内的関係として内縁については特に婚姻の場合と差別する理由はない。尤も財産分与については配偶者の一方の死亡による婚姻解消に際して他の配偶者に相続権を認めたと同一趣旨にて生前離別による相続が財産分与であるという考え方もあるが、これは畢竟夫婦間の財産関係の清算ということに帰するのであるから、内縁の配偶者に相続権を否定しても財産分与を否定すべき理由とならない。加えるに内縁を括一的に考察せず或る種の内縁については財産分与請求権は勿論のこと相続権も認め、又或る種の内縁について相続権は勿論のこと財産分与請求権も認めないというように内縁を段階的に考察するのが家事事件解決に際して実情に添う所以であるということが考えられる。

而してこの区別は当事者間の婚姻意思の確定性と、それの一つの現われである内縁の対外的関係における公示性の程度如何により段階を認めるものであつて、例えば当事者間に精神的、肉体的にも又経済的にも永年夫婦生活がなされ、その親族、知己関係者は何れも届出がなされていると信じられているような程度の場合には、既にその内縁は婚姻と実質的に区別はないから届出を前提とする戸籍記載以外の婚姻の効果に関する法の規定は広く適用せらるべきであるが、これに対して当事者二人の精神的結合は強くても、それが人目をしのんで夫婦生活を営んでいる程度においてはその公示性の程度が低いから配偶者相続権を否定し、更には当事者間に婚姻の意思があり又事実上の肉体関係を継続されているが、共同生活形態の稀薄なものには公示性が殆んど存しないからその程度に応じて財産分与請求権は順次逓減稀薄となり、遂にはこれらの請求権は否定されるに至るばかりでなく、公示性を全然欠如しているときは、婚姻意志も不確定なことも多かろうから、かかる場合は内縁の成立まで否定せられ、単に婚約の成立を認めうるにすぎないような場合もあろう。更にはその程度によつては、婚約の成立さえも認め得ない場合もあろうが、何れにしても具体的事案について決定することになる。

而して本件においては申立人及び相手方は前叙のように挙式後夫婦として公然共同生活を営んできたものであるから、仮りにその期間は短期間であつたとしても前説示に基き財産分与の規定は適用せられるべきものであること当然である。

而して本件当事者間における財産分与において、何れの方が如何程財産を分与すべきかについての斟酌事情を検討するに、当事者関係人の審問の結果に徴して次のことが認められる。

即ち申立人は四人兄弟にて高女卒業後戦時中○○○○廠等に勤務していたが、戦後は○○省の雇として本俸一ヶ月九千六百円(諸手当を加えて月一万百円)を得ているのであるが、目下病気休職中のため、現在一ヶ月手取四千六百円に減額されているものである。相手方は○○○学院卒業し、戦時中も会社勤をしていたが、応召復員後二、三の会社を転々とした後、現在○○○○○製造販売会社に勤務していて、月収本俸一万六千七百円(諸手当を加えて二万二千円乃至二万三千円、手取二万円前後)を得て居るものである。申立人と相手方との夫婦共同生活においての婚姻費用の分担は、夫婦共稼であつたので相手方は月収中より一万六千円を、申立人は六千円を夫々毎月提供し、それの管理は継母レイが当り、右の内一万六千円を申立人夫婦と相手方両親の生活費にあて、残り六千円を申立人夫婦の貯金として相手方の継母が保管することと定めたが、結婚半年に足らない内に前述したように申立人は実家の世話になるようになつたので、申立人等の貯金額は二万円にすぎないものである。相手方は本件内縁離婚について申立人に対してこの二万円とその外別に一万円を提供して慰藉料を含み夫婦間の財産関係を清算したいと主張しているものであるが、前記離別の原因において申立人には法定の離婚原因に該当するような所為責任はないのみならず、申立人が前述したように昭和三十年○月より現在迄の病気の手術料その他療養中の費用とし十三余万円を必要としたと云うのに対して、相手方はこれが何等の負担をしないばかりでなく相手方には既に第二の女性と交際があるかの如く申立人が推測するのも無理がないと思われるような事情が存するのであつて、これらの事情と共に本件にあらわれた一切の事情、殊に慰藉料債権の請求を事実上放棄した事情を参酌すれば相手方は申立人に対して財産分与として(イ)現金として金十万円を支払うのが相当である。唯その支払方法については相手方の経済事情と申立人に対する分与が生活扶助という点も存することを考慮し主文の如く半額は即金半額は分割払とし、且申立人の特有物件は相手方に於て申立人に対して再三引取りを要求しているものであつて、この分については当然申立人は引取つて然るべきものであり、特に争も存しないけれども、結婚生活中相手方が申立人に使用せしめるため月賦にて購入した主文掲記のミシン機については争を避けるため、(ロ)特に財産分与として相手方より申立人に現場にて引渡すべきものとする。

尚調停審判費用の点については双方をして各自負担せしめるべきものとして主文の通り審判する。

(家事審判官 村崎満)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例