大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 平成9年(少ロ)1号 決定 1997年4月15日

少年 K・N(昭和55.1.5生)

主文

本件については、補償しない。

理由

当裁判所は、平成9年4月2日、本人に対する平成9年(少)第1330号ぐ犯保護事件について水戸保護観察所の保護観察に付するとともに、同年(少)第1051号窃盗未遂保護事件については、非行事実が認められないことを理由として保護処分に付さない旨の決定をした。窃盗未遂保護事件の記録によれば、本人は同事件の送致事実につき平成9年3月12日に逮捕され、翌13日、当裁判所において観護措置決定を受け少年鑑別所に収容されたことが認められる。

そこで検討するに、窃盗未遂の嫌疑で逮捕された当時、本人は長期の家出中であり、定職にも就かず、素行不良の先輩等と交遊していたものであって、要保護性、ぐ犯性が高かったことは、本人に対する保護観察決定のとおりである。したがって、仮に窃盗未遂の事実について身体の自由の抱束がされなかったとしたならば、ぐ犯事実について身体の自由を拘束する必要があったことは明らかである。ただ、ぐ犯については逮捕が認められないことが問題となるが、当時窃盗未遂の事実について本人の犯罪の嫌疑が極めて高かったこと、逮捕の翌日本人は既に観護措置を受け、鑑別所に収容されたのであり、逮捕による身柄拘束は僅かであること、また当時緊急に身柄を拘束して本人を保護する必要があったこと等に照らせば、逮捕による身柄拘束分について補償を行うことは社会通念に照らして相当ではない。

よって、少年の保護事件に係る補償に関する法律3条2号に該当するので、同条本文により補償の全部をしないこととし、同法5条1項により主文のとおり決定する。

(裁判官 岩井隆義)

〔参考〕窃盗未遂、ぐ犯保護事件(東京家 平9(少)1051、1330号 平9.4.2決定)

主文

少年を水戸保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実)

少年は、平成7年3月につくば市の公立中学校を卒業後、土木会社に就職したものの怠け癖から仕事が続かず、職を転々とし、またしばしばシンナー等を吸引するようになったため、父親が少年に厳しく注意したものの少年は一向にその態度を改めようとしなかった。そのような少年に対して父親が厳しく体罰で臨んだために、少年はますます父親に反発して家出を繰返すようになり、平成9年2月に最後の家出をしてからは全く家に寄りつかず、定職にも就かず、地元出身の先輩の家を泊り歩いたり、バスセンター等で夜明しをしたりしていたものである。家出中に交際していた先輩の中には定職にも就かずまた犯罪傾向の認められるものもおり、少年は平成9年3月12日午前9時頃、世話になっていた先輩のAから恐喝を手伝ってくれと依頼され、○○に出向いたところ、同人からB子名義のキャッシュカード(実はAが同人宅でB子から窃取したカードであった)を手渡されて自動預払機から現金を引き下ろすよう依頼され、盗難カードであるとの情を知らないままその依頼に応じ、東京都豊島区○○×丁目××番×号○○郵便局2階キャッシュコーナーにおいて現金を引き下ろそうとしたところ、窃盗未遂の現行犯として逮捕されたものである。このように、少年は保護者の正当な監督に服しない性癖があり、正当な理由がないのに家庭に寄りつかず、犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖が認められるのであって、その性格又は環境に照らすと、将来薬物事犯や窃盗等の罪を犯すおそれがある。

(非行事実認定についての補足説明)

平成9年(少)第1051号の窃盗未遂保護事件の送致事実は、「少年は、通称Aと共謀のうえ、平成9年3月12日午前9時18分頃、東京都豊島区○○×丁目××番×号○○郵便局(局長C)2階キャッシュコーナーにおいて、不正に入手したB子名義のキャッシュカードを用いて同所に設置されている自動預払機(ATM)1号機から前記C管理の現金を窃盗しようとしたが、同郵便局長らに気付かれたため、その目的を遂げなかったものである。」というものである。

少年が、Aから依頼されて、B子名義のカードを使用して同郵便局において現金を引き出そうとした事実については、少年自身も認めるところであり、また証拠上明らかである。しかしながら、少年は逮捕直後から「自分はAから3万円をおろすように依頼されただけで、何も知らない」と自らの窃盗の犯意については否認しており、また家庭裁判所に事件送致された後も一貫して、自分は「不正に入手したカードであるとは知らなかった」旨弁解する。

そこで、まず事件受理段階における証拠資料について検討するに、少年は、平成9年3月12日前記郵便局長Cに現行犯逮捕された際に、「俺は頼まれただけだから、俺はわからない」「俺はAから頼まれた、Aは表で待っている」と述べていたこと(現行犯人逮捕手続書)、同日少年は○○警察署で取調べを受け、Aから依頼されて現金を引き下ろそうとしたことは間違いないと述べていたこと(弁解録取書)、しかしながら、少年は取調べ警察官に対し本件行為時に窃取の犯意があったことは否認し、「…僕が今考えると、…他人名義のカードを受け取ったとき、ワケアリだなこのカードは、ひょっとして犯罪に関係があるのでは、と言う冷静な気持ちで引き受けなければよかったと思います」と述べていたこと(少年の平成9年3月12日付け警察官調書(10丁綴りのもの))、ところが少年は翌13日、検察官に対し、送致事実を読み聞かされた際に「そのとおり他人のキャッシュカードを使って現金を払い戻そうとしたことは間違いありません」「Aさんは自分で払い戻しをするのをいやがる素振りをしたので、これは少しやばいもの(拾ったか盗んだもの)とは思いましたが、先輩に世話になっていて断り切れず、今回の事件を起こしました」「悪いことをしたと反省しています」と述べ一旦は自白したこと(少年の検察官調書)、しかし同日、同事件が家庭裁判所に送致された際の観護措置決定手続において、少年は担当裁判官に対し「僕はそのカードが盗まれたものとは思いませんでした。ただ何かおかしいとは思いました。」と陳述して犯意を否認したこと、事件受理段階における少年の供述内容は以上のようなものであった。

当裁判所は、少年が犯意を否認するので事件受理後直ちに捜査機関に対し、補充捜査を促したところ、捜査機関は3月14日、15日の両日被害者B子から事情聴取を行い、また14日にはAの住居を確認した。そして、事件後逃走中であったAが同日20日○○警察署に出頭したことから同人を任意取り調べた。そして、被害者B子の各供述調書、Aの各供述調書が他の証拠書類とともに当裁判所に追送付された。

以上当裁判所に送付された関係証拠によると、Aは平成9年3月10日深夜、仲間のD、E等とともにB子をナンパし、Aのアパートに連れ込んだこと、翌11日AはB子の財布を窃取したところ、財布の中には本件キャッシュカードが入っていたこと、窃取後、Aはたまたまカードの暗証番号が同女の誕生日の数字を使用していることを知り、同女が財布を捜したものの見つからず、あきらめて帰った後、EやDに盗んだカードを使って現金を引き出そうと誘ったこと、しかしE、Dはいずれも犯行が発覚することを恐れてこれを断ったところ、Aは、B子に顔を知られていない少年を利用し、盗難届が出される前に現金を引き出そうと考えたこと、少年は、本件当時は八王子市内に居住する先輩Fのアパートに宿泊していたのであるが、本件当日早朝、少年はAから「先輩に金を借りている、恐喝を手伝ってくれ」と依頼されて之を承諾し、その指示に従って○○に出かけたこと、駅で合流後Aは「遅い」といいながら少年を連れ○○郵便局まで走って行ったこと、郵便局前においてAは少年に対し、これはAの彼女のキャッシュカードであり、暗証番号はAの誕生日の番号であると説明して同カードを手渡し、少年に現金3万円の払い戻しを依頼したこと、少年がこれをためらったところ、AはAの彼女のカードだから大丈夫だと念を押して再度依頼したこと、少年がこの依頼に応じて現金を引き下ろそうとしたところ、郵便局長等に現行犯逮捕されたこと、以上の事実が認定できる。

以上、本件各証拠により認められる事実に加え、当審判廷における少年の陳述を総合し検討するに、早朝わざわざ少年を八王子から○○に呼び出して、他人名義のカードで現金を引き出させようとすること自体不自然であること、Aから現金を引き下ろすことについての依頼を受けた当時、少年自身もこれをためらったようであること、少年も当審判廷においてその当時「何かおかしいな」と思ったと述べていること、検察官による取調べの際、少年は非行事実を認めるかのような供述をしていること等を鑑みれば、当時「不正」カードを使用して現金を引き出そうとしていることの認識が全くなかったということについては、確かに疑問の余地がないではない。しかしながら、少年はAがB子からカードを盗んだ際の事情については全く知らされていなかったこと、カードを使用して現金を引き出すことについても、当日○○郵便局前に到着して初めて依頼されたこと、その際においても、これはAの彼女のカードであり、暗証番号はAの誕生日の数字であると説明されたこと、引き下ろす額についても3万円とさほど不自然な額ではなかったこと、手伝うことについての謝礼について何らの話もなかったこと、Aも司法警察員に対し「『盗んだキャッシュカードを使って金を引き出してもらう』などと本当のことをいえば、K・Nもびびって来なくなるし…」と供述(Aの3月27日付けの警察官調書)しており、少年に真実を知られないようにしていたこと、本件郵便局前においても、「彼女のカードだから大丈夫だ」と念を押して少年に安心させようとしていたこと等の事情に鑑みれば、少年がAの依頼に対し、内心多少の不自然さを感じつつも、それ以上深く考えず安易に依頼に応じてしまったという弁解については、全く不合理で取るに足りないものとして排斥することまではできない。また、検察官に対する自白調書について検討するに、少年は他では一貫して窃取の犯意を否認していること、少年は多少知的能力に劣ること(少年鑑別所における鑑別結果によると、IQは70と低く、知能は「劣」段階と判定されている。)、当審判廷においても、少年は相手の質問の趣旨を性格に把握しないまま安易に回答する場面が見られたこと、検察官調書自体を見ても少年の陳述内容は「これは少しやばいもの(拾ったか盗んだもの)とは思いましたが、」と抽象的なものであること(なお、「拾ったか盗んだもの」の部分については、わざわざ括弧書きをしているところから見て、少年が自ら述べたものではないものと思われる。)等に鑑みれば、その信用性については疑問がある。

即ち、本件においては、少年について窃取の犯意につき合理的疑いを入れない程度までの証明はないと言わざるを得ない。よって、本件においては窃盗未遂の事実については非行事実は認められず、ぐ犯事実についてのみ摘示する次第である。

(法令の適用)

少年法3条1項3号本文、同号イ、ロ、ハ、ニ

(処遇の理由)

少年は、中学2年のころから喫煙をしたり地元の先輩等と不良交遊をするようになり、中学3年の時には先輩から誘われて大麻を吸引したりもした。中学を卒業後、少年は高校に進学せず就職したが、怠け癖から仕事が続かず、しばしばシンナーを吸引するようになった。少年が仕事もせず、シンナーを吸引することから、父親が少年に対して体罰を加えるようになったところ、少年は父親に対してますます反発し、家出をするようになった。家出を解消し帰宅してからも、父親との葛藤の高い生活が続いていた。平成9年2月16日、少年は父親に殴られたことから再び家出をし、その後地元出身の先輩の家を泊まり歩いたり、バスセンター等で夜明しをしたりしていた。そして、素行不良の先輩であるAから、恐喝を手伝うように依頼されて○○に出向いた際、情を明かされないままに本件盗難カードを手渡されて現金の引き出しを依頼され、現行犯逮捕されたものである。先に指摘したとおり、窃盗未遂についての送致事実は認定することはできないが、現行犯逮捕された当時の少年の生活状況は、長期の家出状態であり、定職にも就かず、恐喝を誘われて安易に出向くなど不安定であり、要保護性の極めて高い状態であった。

少年がこのように生活を崩すようになった背景としては、父子関係の問題が指摘される。父親は厳格であり、少年に対する指導は厳しくなりがちであった。少年は、父におびえて萎縮し、家庭で落ち着くことができず、素行不良の先輩たちと交遊するようになり、また、シンナーに現実逃避するようになったものと思われる。

このように、少年の要保護性は高く、観護措置をとられた当初は父親に対する反発を示して「親父の暴力がひどいので家には帰りたくない」と述べていたのであるが、観護措置後は徐々に内省を深め、自分に問題があったために家族に迷惑をかけてきたことを了解するようになった。また、保護者においても、当初は少年に対する監護を放棄し、施設収容を望んでいたが、少年が本心から反省しているのであれば、家族の許に引きとり監護したいとして、在宅での処遇を希望するに至った。よって、少年に更生の意欲が認められ、保護環境にも改善が期待されるので、少年に対しては、矯正施設に収容することは相当ではなく、在宅処遇を選択すべきである。もっとも、審判廷において認められた父子関係の改善が今後においても円満に行くとは限らず、少年が再び不良交友や薬物に逃避するおそれもあり得ることを考慮すれば、相当期間専門家による指導を受けさせることが必要である。

よって、窃盗未遂保護事件については少年法23条2項を適用して保護処分に付さず、ぐ犯保護事件については少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定をする。

(裁判官 岩井隆義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例