大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 平成11年(少)3034号 決定 1999年9月17日

少年 M・S子(昭和56.11.20生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、居住していた寮内で同居者から何度かいじめを受けていたが、同じ寮に居住するA子(当時18歳)は自分の味方であると考えていたところ、他の同居者がA子の悪口を言っていたのを耳にした少年は、これをA子に伝えるとともに、自分が告げたことを口外しないように頼んだにもかかわらず、その後他の居住者から少年に対し、A子に何を言ったと問い詰められたことから、同女が少年を裏切って他の居住者に少年を売ったものと邪推して立腹し、平成11年8月4日午後8時43分ころ、東京都足立区○○×丁目××番××号自立援助ホーム○○寮×階食堂において、食事をしていたA子に対して少年が問い質したところ、同女がこれを否定し、さらにうるさくて食事ができないと言われるなど少年を無視するような態度を取られたため、いよいよ同女は自分の敵であり、先にやらなければ自分が殺されると考えてこれを殺害しようと決意するに至り、ズボンの左ポケットから折りたたみ式ナイフ(刃体の長さ約7.4センチメートル)を取り出して同女の左胸部を1回突き刺したが、同女に全治約3週間の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである。

(法令の適用)

刑法199条、203条

(事実認定の補足説明)

1  少年の付添人は、少年には殺意はなかったと主張し、少年も当審判廷においてこれに治う供述をしている。

しかしながら、本件に使用された凶器は刃体の長さ約7.4センチメートルの鋭利なナイフであり、人体の枢要部を刺した場合には十分な殺傷能力のあるものであること、少年はそのような凶器であることを認識しながら、これを左手に持ち、体ごと被害者の胸部目がけて体当たりするような形で刺しかかっていること、その結果被害者の左胸部乳戻下約5センチメートル、肋骨弓より上方へ6センチメートルの位置に、深さ約5センチメートルの刺創を負わせたものであり、少しでも位置がずれていれば心臓を突き刺して生命を奪う危険性のある傷害であったこと、少年は被害妄想によるものではあったが、被害者は自分の敵であり、先にやらなければ自分が殺されると考えて犯行に及んだものであることや、犯行後少年からナイフを取り上げようとした寮の職員に対し、「まだ他にもやらなければならない奴がいる。やられる前にあいつらを消さなければならない。」などと述べて抵抗していたこと等犯行に至る少年の心情、事件の経過等を勘案すると、少年は殺意をもって被害者の胸を突き刺したものであると認めるのが相当である。

2  少年の付添人は、少年の行為は誤想過剰防衛であり、殺人の故意はないと主張している。

しかしながら、前記認定のとおり、少年は被害者が自分を裏切ったものと邪推し、自分の敵であって、先にやらなければ自分が殺されると考えて犯行に及んだものであり、犯行当時被害者から具体的に何か攻撃を受けるような誤信をしたものではなく、単に抽象的に殺されるのではないかと思っていたに過ぎない。したがって、少年において違法性を基礎づける事実の錯誤があったとは認められず、少年の故意の成立を妨げるものではない。

3  少年の付添人は、本件犯行は外傷性ストレス障害からくる一時的な高度の情動行為であり、少年は本件犯行当時心神喪失の状態にあったから責任能力はないと主張している。

しかしながら、捜査段階における簡易鑑定の結果によると、少年は、幼少時から続いた繰り返される外傷的体験、殺される夢の反復、対人関係の著しい障害、易刺激性ないしは怒りの爆発、過度の警戒心が認められることから、外傷性ストレス障害と診断されるが、外傷性ストレス障害は不安障害のカテゴリーに分類され、精神病ではなく心因性疾患であり、一般的には責任能力の減弱を認めることはないとされていること、少年は幼いころから父による虐待、学校におけるいじめを繰り返し体験しており、周囲の者と良好な関係が取れない上、簡単に相手を敵である、殺されるのではないかと考えるようになり、被害妄想が大きくなっているものであって、本件の特異な経過もこのような少年の状態からすると客観的にも十分了解可能なものであること、少年は日常生活において基本的な物事の理解及びこれに対する対応に問題はなく、本件の調査、審判の過程でも能力的な問題は全くなかったことなどの事情を総合して判断すると、少年が本件犯行当時、事物の理非善悪を判断し、それに従って行動する能力を失っていたり、これが著しく減弱していたことはなく、責任能力は備わっていたものと認められる。

したがって、付添人のこの点の主張も採用できない。

(処遇の理由)

1  本件は、自立援助ホームで生活していた少年が、同じ寮内で暮らしている被害者に対し、自分を裏切った、他の仲間と一緒に自分を殺そうとしているとの被害妄想に支配され、やらなければ先にやられると考えて、ナイフで被害者の胸を刺したという殺人未遂事件であり、一歩間違えば命を奪いかねなかった危険な犯行であった。

2  少年は、区役所に勤務する父と会社員の母との間の長女として出生、成育したが、両親の仲は悪く、少年が5歳のころからは殴る蹴る、取っ組み合いの激しい喧嘩を繰り返すようになり、割れたガラス片で母の身体が血だらけになったこともあった。また、少年は、父からしばしば体罰も受けていた。少年が7歳の時に、母は少年と弟を連れて福島県いわき市の実家に転居し、父からの暴力はなくなったが、今度は母から体罰の外「あんたみたいな子は生まれてすぐ湯船に沈めて殺せばよかった。孤児院の前に捨ててくればよかった。」等と言葉の暴力を度々受けるようになった。これらの経験は、少年にとって、大人に対する信頼を失わせただけでなく、些細なことでも生命の危険を感じさせる原因となった。

少年は、このような家庭環境の中で育ったため、学校においてもわがまま、無気力、奇声を発する等の問題行動が見られ、小学校の後半はやや落ち着いていたものの、中学校入学後は他の生徒から執拗ないじめを受けるようになり、他方、家では戦いのテレビゲームに興じるようになった。さらに、高校入学後も、他の生徒からのいじめは続き、このころから護身用に本件で使用したナイフを携帯するようになった。また、感情が高ぶると押さえが効かなくなることもあるため、教師からも敬遠されるようになり、少年はますます疎外感を持つようになって、平成10年11月ころからは登校しなくなった。

少年は、平成11年2月、父との些細ないさかいから、父に殺されるのではないかと考え、一人で東京に家出し、親戚の家で居住するようになった。そして、同年4月からは都立の工業高校2年に編入したが、ここでは教師に受け入れられていたため、安定した学校生活を送るようになった。ところが、少年の異常な言動等が原因で親戚から出ていくように言われたため、同年6月児童相談所に相談に行き、自立援助ホーム「○○寮」で生活するようになった。

3  少年は、幼いころから家庭内で虐待を受け続け、また学校においても執拗ないじめや疎外を味わったことから、精神面で著しい傷を負っており、自分に対する不安が強まると自傷行為に及び、周囲に対する不信感が強まると皆自分を殺そうとしているのではないかと真剣に考えるようになっており、また、対人認知が極端で相手はすべて敵か味方かのいずれかとしか見れず、猜疑心が極端に強い。本件も、まさにこのような状態の中で、起こるべくして起こった事件であると考えることもできる。

また、少年は、思春期から自分が女性であることに違和感を持つようになった。これは、少年が自分を守るために強くならなければとの思いからことさら男性を志向している可能性もあって、必ずしも性同一性障害と診断はできないものの、都立高校では男子生徒として扱ってもらい、安定していたという状態であった。他方、少年は、中学時代はブラスバンド部で活動し、また、高校受験では頑張って志望校に合格するなど、基礎的な能力は備えている。

少年は、本件の調査、審判において、やや落ち着いてこれまでの生活や本件の経過を振り返ることができるようになっているが、なお、再び本件時のような状況になれば同じように行動していたと思うと述べるなど、対人認知の極端さや被害妄想、大人に対する不信感等の改善はみられない。また、父母との面会を拒否し、最終的には面会自体はしたものの、審判においても拒否的な態度は変わらないなど、親子関係の改善もみられない。

4  本件の責任の重さに加え、このような少年の性格、環境等に照らすと、今の状態で少年が自力で社会に適応していくことは極めて困難であり、そのための同種の再非行の可能性も否定できない。したがって、少年に対しては、専門的な矯正施設において、精神医療を伴う長期的、体系的な指導を加えつつ、歪んだ対人認知の修正を図ることが不可欠であると考えられる。

5  よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条を適用して、少年を医療少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡健太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例