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東京家庭裁判所 平成11年(少)2103号 決定 1999年7月05日

少年 M・M(昭和54.9.26生)

主文

少年を東京保護観察所の保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

第1  A子と共謀の上、平成11年2月2日午後4時45分ころ、東京都品川区○○×丁目×番××号○○駐輪場脇において、B所有の自転車1台(時価5000円相当)を窃取し

第2  同年4月22日午後9時40分ころ、同区○□×丁目××番×号○△荘××号室少年方において、前記A子(当時15歳)に対し、台所から持ち出した文化包丁1本(刄体の長さ約17センチメートル)を突き付けながら、「ぶっ殺してやる。」等と怒号して同人の生命、身体に危害を加えかねない気勢を示し、もって、凶器を示して脅迫し

たものである。

(法令の適用)

第1の事実について 刑法60条、235条

第2の事実について 暴力行為等処罰に関する法律1条(刑法222条1項)

(処遇の理由)

1  本件暴力行為事件は、少年が、交際相手であった被害者との別れ話のもつれから、自殺したいという気持ちと相手に心配してもらいたいという気持ちから、台所より包丁を持ち出して自傷行為に及ぶ素振りを示したところ、被害者からかえって突き放すような発言をされたため激高し、被害者に対して包丁を突き付けながら、「ぶっ殺してやる。」等と怒号して脅迫したという事案である。少年は、平成10年9月ころから被害者と交際を始め、同年10月ころから平成11年1月ころまで同棲生活を営んでいたが、同棲中も些細なことで被害者と喧嘩することが多く、本件のように包丁を持ち出すことも何度かあった。また、本件窃盗事件は、この被害者とともに犯した非行である。

2  少年は、自動車修理業を営む父と母との長男として出生したが、平成2年11月、少年が小学5年の時に両親が離婚し、以後母のもとで妹及び弟とともに育てられた。中学1年のころから母と喧嘩するようになり、中学3年のころには受験に関して喧嘩になった際などに包丁を持ち出して自分の首に向け、「死にたい」などと泣き叫ぶようなことが何度かあった。平成6年11月には、家族に危害が及ぶのを恐れ、少年は母方の祖母及び叔父の家に預けられて勉強を見てもらうようになり、平成7年4月には希望の都立高校に進学できたが、少年自身は、母から捨てられたとの孤立感や被害感を強め、その後も度々興奮して包丁を持ち出して自傷行為に及ぶことがあった。その後、高校も不登校となり、平成9年4月には通信制高校に編入し、平成10年3月には同校を卒業して、簿記専門学校に入学した。同年秋ころには専門学校にも登校しないようになり、当時中学3年生の被害者と交際し始め、同棲して無為徒食の生活を送るようになった。その後被害者が自宅に戻り、少年も新聞配達の仕事をするようになったが、被害者とは交際を続けながらも些細なことで喧嘩が絶えない状態であった中で、本件各事件に至ったものである。

少年は、平成11年4月24日に観護措置がとられ、ある程度落ち着いてこれまでの自分の問題点を考え、家族の暖かさを感じることができるようになったが、他方、調査の際に突然泣き出したり、仲間の供述内容を聞いて激しく怒り出すなど感情の起伏が激しく、また母に対しても、こうなったのは友人のせいだ、母のせいだと怒鳴ることがあるなど精神的に不安定な側面が多く見られた。

3  本件の原裁判所は、各非行事実自体は比較的軽微な事案であるが、少年の感情統制の弱さ、特に怒りの感情を統御できない資質面の問題性は深刻であり、刄物を持ち出す行動傾向も自傷行為に止まらずに他者に対する加害行為に発展しかねない危険性をはらんでいるとして、同年5月18日少年を中等少年院に送致する決定をした。

これに対して、少年から抗告があり、抗告裁判所は、少年にはこれまで保護処分歴がないこと、包丁を使っての行為も身内を相手にする場合に限られており、その使用方法も多くは相手の同情を買うための自殺企図であること、生活ぶりには特に問題がなかったこと等の点を指摘して、非行事実の内容や要保護性に関する事情を総合すると、原決定の処分は著しく不当であるとして、これを取り消し、事件は当庁に差し戻された。

4  少年は、差戻し後の同年6月10日一時帰宅となったが、それまで約3週間多摩少年院で矯正教育を受けた。少年は、担任教官によく話を聞いてもらえたこと、集会等で自分を傷つけることは他人を傷つけることであり、他人を傷つけることは自分を傷つけることであることなどを学び、充実した毎日を送ることができた。そして少年は、一時帰宅により約4年半振りに自宅に戻り、母や妹弟と一緒の生活を送るようになったが、少年院生活のおかげで素直な気持ちで帰宅することができ、母らからも暖かく迎えられたため、現在は随分精神的に落ち着いた生活ができている。仕事として毎日叔父の鰻屋を手伝い、家の掃除や料理の手伝いをして毎日を過ごし、また○○大学病院の精神科に通院して、精神面の問題点の検査及び治療を受けている。

5  少年は、衝動や感情を統制する能力の欠如が甚だしく、愛情飢餓感が強く、また過剰な理想化と過小評価の両極端を動く不安定な対人関係が特徴であり、アメリカ精神医学会の精神診断基準(DSM-IV)で示されている境界性人格障害が強く疑われる。この障害を持つ者は、内的な葛藤を心の中に止めておけず、行動の形で解消しようとする傾向が強く、この行動化はある種の充実感や効用感を与えるだけに繰り返しやすく、特に少年の場合、包丁を持ち出すことが習慣化しているため、これまでは自傷行為に止まっていたものの、将来自棄的な気分や興奮が高じたときに無理心中等の重大な結果を招く危険性も否定できないところであった。ところが、少年は、少年鑑別所に続いて短期間ではあるが少年院に収容された経験がかなりの効を奏し、当面自己の問題点に関する内省が進み、家族に受け入れられたことからも自尊感情を高め、対人関係についての自信も生まれて、随分落ち着いた生活を送れるようになった上、自分の性格の偏りを自覚し、これを直すべく精神科に通院するようになっている。

したがって、現在では少年に再非行の差し迫った危険性は認められず、少年院において矯正教育を受ける必要があるほどの要保護性は認められない。もっとも、少年の精神面の問題点が完全に解消されたわけではないし、今後も引き続き家族や友人との間で安定した関係を保ちながら規則正しい生活を送らせるとともに、精神科への通院を継続させるためにも、第三者による指導監督の必要性は高い。

6  よって、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を適用して、少年を東京保護観察所の保護観察に付することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡健太郎)

〔参考1〕抗告審(東京高 平11(く)177号 平11.6.9決定)<省略>

〔参考2〕原審(東京家 平11(少)1388、101004号 平11.5.18決定)<省略>

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