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東京地方裁判所八王子支部 昭和46年(ワ)964号 判決 1975年2月26日

原告

中原寛子

ほか三名

被告

富岡建設株式会社

ほか一名

主文

被告らは、連帯して、原告中原寛子に対し、金三、六八〇、七七四円および内金三、三五〇、七七四円に対する昭和四六年九月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告中原美代子、同中原敬之および同植竹純子に対し、各金二、五四三、六一六円および内金二、三一三、六一六円に対する同日から支払いずみまで年五分の割合に金員をそれぞれ支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、連帯して、原告中原寛子に対し、金九、五一一、三二四円および内金八、六五一、三二四円に対する昭和四六年九月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告中原美代子、同中原敬之および同植竹純子に対し、各金六、一〇六、一七七円および内金五、五五六、一七七円に対する同日から支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

中原勝は、昭和四六年九月一七日午前六時四〇分ごろ、足踏式自転車に乗り、東京都青梅市根ケ布二丁目二三七番地先都道二号線の丁字路交差点を進行中、同所において、宮内操運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という)に衝突され、同日死亡した。

2  被告らの責任

(一) 被告富岡建設株式会社(以下「被告富岡建設」という)は、土木建築、電話工事および電気工事の請負を業とするものであるが、昭和四六年九月ごろ、協和電設株式会社から東京都青梅市黒澤二丁目一、〇五七番地から北小曾木二一五番地までの電話線施設の舗装先行工事の請負い、責任者を現場監督として右工事現場に派遣し、自己所有の被告車その他の器材を提供して、小井土政夫にその基礎工事を下請させ、さらに、被告富岡建設の代表者峯富次は、右小井土に指示して、被告有限会社戸田工業所(以下「被告戸田工業所」という)に残土運搬作業を下請させた。被告戸田工業所は、自己所有の貨物自動車を宮内操に運転させて残土運搬に当らせていたが、右自動車が故障した。ところが、前記工事は連日徹夜の突貫工事をしなければならないほど急を要する工事であつたため、被告戸田工業所は、被告富岡建設からその所有にかかる被告車の提供を受け、これを右宮内に運転させて引き続き残土運搬をしていたところ、右宮内が残土を廃棄して前記作業現場に帰る途中本件事故を惹起させたものである。しかも、被告富岡建設は、被告戸田工業所が残土運搬作業に被告車を使用することを黙認していたものであり、残土の積込み作業には小井土班の作業員が当つていたけれども、その積出につき、被告富岡建設の被用者が現場監督者として小井土政夫とともに指示監督に当つていたほか、被告戸田工業所に対し、残土の廃棄場所を指示していた。また小井土政夫は、下請といつても人夫一〇数名を有するにすぎず、被告富岡建設の被用者と同視すべき地位にあつたものである。

(二) 被告戸田工業所は、土木工事の請負、運搬を業とするものであり、被告富岡建設から前記電話線施設工事のうち残土搬出工事を請負い、自己所有の貨物自動車を使用して、従業員宮内操をして、工事現場から被告富岡建設から指定された残土の廃棄場所まで残土を運搬させていたが、昭和四六年九月一七日未明ごろ、右自動車が故障したため、被告富岡建設から被告車を借り受け、右宮内をして残土の運搬に当らせていたところ、残土を廃棄して前記工事現場に引き返す途中、本件事故が発生したものである。

(三) 以上の事実からすれば、被告らは、被告車の運行につき、運行支配があつたものということができるので、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条により原告らの被つた損害を賠償する責任がある。

3  原告らの損害

(一) 中原勝の逸失利益

中原勝は、本件事故当時、満五二歳であつたが、旧陸軍士官学校を卒業した後、自衛隊に一七年間勤務し、空将補の地位にあつたものであり、したがつて、本件事故に遭遇しなかつたならば、停年まで自衛隊に勤務し、その間別表第一記載の収入をあげ得たばかりでなく、停年時に退職した場合、同表記載の退職金の支給を受けられたほか、停年後満六三歳に達するまで短大卒業者と同程度の収入をあげることができ、また、停年後満七四歳に達するまで国家公務員共済組合法に基づく退職年金の支給も受けられたのに、本件事故のため、退職金については減額支給され、退職年金についても遺族年金が支給されるにすぎず、したがつて、退職金および退職年金ともその差額分の収入を失つたうえ、その余についてもその全額の収入を失つた。そこで、中原勝が本件事故に遭遇しなかつたならばあげ得たであろう利益を算出すると別表第一記載のとおりであり、これから本件事故後満六三歳に達するまでの生活費として、総収入の三割を控除し、さらに、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、中原勝の逸失利益を算出すると、別表第一記載のとおり、合計金二五、〇〇二、七九九円となる。

ところで、原告中原寛子は中原勝の妻であるので、同人の逸失利益の三分の一に当る金八、三三四、二八八円を、その余の原告らはいずれも中原勝の子であるので、同人の逸失利益の各九分の二に当る各金五、五五六、一七七円をそれぞれ相続した。

(二) 入院治療費

原告中原寛子は、中原勝の治療費として金二六、一八九円を青梅総合病院に支払つた。

(三) 葬儀関係費用

原告中原寛子は、中原勝の葬儀関係費用として、合計金三一五、三三六円を支出した。

(四) 慰謝料

原告中原寛子は、未婚または未成年の子を抱えているのに、一家の支柱と頼むべき夫を失い、また、その余の原告らは実父を失つたので、その精神的苦痛には著しいものがあり、これを慰謝するには、原告中原寛子につき金二、〇〇〇、〇〇〇円を、その余の原告らにつき各金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(五) 損害の填補

自賠責保険から、原告中原寛子は金二、〇二四、四八九円を、その余の原告らは各金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したので、これを前記損害金に充当した。

(六) 弁護士費用

原告らは、弁護士たる原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その報酬として判決認容額の一割相当額を支払うことを約したので、原告中原寛子は金八六〇、〇〇〇円の、その余の原告らは各金五五〇、〇〇〇円の損害を被つた。

4  よつて、被告らに対し、連帯して、原告中原寛子は金九、五一一、三二四円および内金八、六五一、三二四円に対する本件事故の日である昭和四六年九月一七日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告らは各金六、一〇六、一七七円および各内金五、五五六、一七七円に対する同じく同日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告富岡建設)

1 請求原因第1項の事実を認める。

2 同第2項の事実中、被告車が被告富岡建設の所有であることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告富岡建設は、小井土政夫に被告車を貸与して下請業務をさせていたところ、同人が被告富岡建設に無断で宮内操に被告車を貸与したものであり、また、直接は勿論、間接にも被告戸田工業所および宮内操を指揮監督する立場にあつたものではなく、小井土政夫が宮内操に被告車を貸与することなどは全く予想もしなかつた。したがつて、被告富岡建設としては、被告車の運行により何ら利益を受けていないのであるから、被告車の運行供用者に該当しない。

3 同第3項の(五)の事実および(六)の事実のうち原告らが原告代理人に本件訴訟の追行を委任したことは認めるが、その余の事実はすべて知らない。

(被告戸田工業所)

1 請求原因第1項の事実を認める。

2 同第2項の(二)の事実を認めるが、その余の事実は知らない。

3 同第3項の(五)の事実および(六)の事実中、原告らが原告代理人に本件訴訟の追行を委任したことは認めるが、その余の事実は知らない。

三  被告らの抗弁

1  本件事故は、中原勝の一方的過失によつて惹起されたものであつて、宮内操には過失がなく、しかも被告車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告らには本件事故についての損害賠償義務がない。すなわち、本件事故現場は、幅員八メートルの青梅街道と同じく六・三メートルの多摩団地道路とが交差する見通しのよい丁字路交差点内である。右多摩団地道路は下り坂になつており、しかも舗装路面がはげて凹凸が多く、路面状況が不良である。一方、青梅街道は制限速度が時速四〇キロと指定されており、本件事故現場付近には横断歩道が設置されている。右のような道路状況にある場所を自転車に乗つたまま交差点を渡つて右折運行する場合には、勾配の急な下り坂を徐行し、明らかに広い道路を直進する車両の進路を妨害してならないばかりか、交差点に進入するに当つても徐行しなければならないのにかかわらず、中原勝は、明らかに幅員の狭い、しかも勾配の急な下り坂の多摩団地道路を自転車に乗つて降りるに際し、加重な圧力によつて「きいきい」という金属性不協和音を発するほど制動しながら徐行することなく、進行して前記交差点にさしかかり、同交差点を進行する際にも徐行しないばかりか、本件事故現場付近に設置してある横断歩道上を渡ろうとせず、被告車の進路前方に飛び出し、その進行を妨害したものであり、右のように、本件事故は、中原勝が交通法規を無視し、自転車を無謀に運転したため発生したものである。被告車を運転していた宮内操は、中原勝が当然交通法規に従つて自転車を運転するものと予期し、それを信頼して被告車を運転していたものであるから、本件事故に何ら過失がない。

2  仮に、宮内操に過失があつたとしても、前項記載のとおり、中原勝にも過失があるから、原告らの損害額を算定するに当つては中原勝の右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁第1、2項の事実を否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実については当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任について検討する。

1  請求原因第2項の(二)の事実につき、原告らと被告戸田工業所との間には争いがない。

2  〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

被告富岡建設は、土木建築工事、電話工事および電気工事の請負を業とする会社であるが、昭和四六年七月ごろ、協和建設株式会社から東京都青梅市三ツ木における電話線の埋設工事を請負い、その時点ですでに一年以上も継続して下請工事をさせていた小井土政夫に右工事の下請をさせるとともに、右工事が予め定められていた竣工期日まで完成できるよう自己所有の被告車を右小井土に貸与した。小井土政夫は、被告車を使用して右工事をしていたが、工事の進捗状況からして竣工期日まで完成できそうもなかつたため、被告富岡建設の代表者峯富次に右の事情を報告し、その対築について相談したところ、同人に前記工事の一部を下請に出すよう申し渡されたうえ、被告戸田工業所を紹介されたので、同被告に前記工事の一部を下請させた。被告戸田工業所は、自己所有の車両を使用し、従業員宮内操をして小井土政夫から下請けした前記工事の一部である残土の運搬作業に従事させていたところ、本件事故当日の午前五時ごろ、右車両が故障した。その時点で、トラツク一台分の残土が残つており、しかも残土運搬のための道路使用許可が午前六時までであつたため、急いで残土を運搬する必要があつたことから、被告戸田工業所は、小井土政夫に対し、トラツクの貸与方を申し入れた。小井土政夫は、被告車を借り受けた際、被告富岡建設から被告車を他に転貸しないよう注意されていたけれども、同被告の承諾を得ないまま被告車を被告戸田工業所に貸与した。宮内操は被告車を運転し残土運搬して前記工事現場に帰る途中本件事故を起した。なお、被告富岡建設は、その従業員を前記工事現場に派遣して工事の監督に当らせていたほか、被告戸田工業所に対する下請代金の決済については小井土政夫を通すことなく直接支払つていた。

3  以上認定した事実によれば、被告戸田工業所が被告車の運行供用者に該当することは明らかであり、被告富岡建設は、自己の請負つた電話線の埋設工事を小井土政夫に下請させ、その工事に使用する目的で同人に被告車を貸与していたものであるばかりでなく、右工事が竣工期日まで完成できないとみるや、右小井土政夫に対し、その一部を下請に出すよう命じたうえ、被告戸田工業所を紹介し、さらに、従業員を工場現場に派遣して工事の監督に当らせ、下請代金の決済についても被告戸田工業所に直接支払つていたのであるから、被告富岡建設としては、被告車を被告戸田工業所に貸与することにつき、承諾を与えなかつたとしても、被告車の運行につき事実上の支配を有し、かつ、その運行により利益を享受していた地位にあつたものということができるので、被告富岡建設も自賠法第三条の運行供用者に該当するものと解するのが相当である。

三  次に、被告らの抗弁について判断する。

1  〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、南西から南東に通ずる歩車道の区別がない幅員八メートルの黒澤街道とこれに北西に通ずる幅員六・三メートルの道路とが丁字に交差する交通整理の行なわれていない交差点内である。右黒澤街道は、アスフアルトで舗装されており、ややカーブしているが見通しはよく、本件事故現場付近には横断歩道が設置されていて、その南西側の路面にペイントで「徐行」と標示されており、最高制限速度は四〇キロ毎時と指定されている。一方、北西に通ずる道路は、舗装された路面がはげて凹凸ができており、上り坂になつているが、南西方向に対する見通しは良好である。

(二)  宮内操は、被告車を運転し、黒澤街道を東青梅方面から黒澤交差点方面に向かい、時速五五キロの速度で進行して、本件事故現場にさしかかつた際、進路左斜め前方二六メートルの地点に自転車に乗り前記交差点に向けて進行中の中原勝を認めたが、被告車の進行していた黒澤街道が中原勝の進行していた道路より優先するので、右中原勝が交差点の直前で一時停止をしてくれるものと信じ、徐行をせず前記速度のまま進行したところ、同人が一時停止をせず被告車の進路前方を横断しようとしたので、危険を感じ急制動をかけて右転把したが及ばず、対向車線の中央よりややセンターライン寄り付近で被告車を自転車に乗つていた中原勝に衝突させた。

(三)  中原勝は、毎朝出勤する際、北西に通ずる道路を自転車に乗つて降り、黒澤街道を横断したうえ、東青梅方面に向つて進行する道順をとつていた。北西に通ずる右道路は、ブレーキをかけなければ自転車に乗つたまま降りられないほど急な下り坂となつているため、右中原も「きいきい」という金属性の音を発するほど強くブレーキをかけて降りるのを常とし、本件事故当日も右と同様の方法で右道路を降りたが、本件交差点に進入するに際し、被告車が接近しているのに、右交差点の直前で徐行せず、そのまま進行して黒澤街道を横断しよとしたため被告車と衝突した。

2  以上認定したとおり、中原勝としては、自転車に乗つて幅員の狭い下り坂を降り、幅員の広い黒澤街道を横断するのであるから、横断するに当り徐行すべきであるのに、これを怠り、被告車が接近してきたのに、そのまま進行して横断を開始したことが本件事故の一因となつているけれども、一方、宮内操も被告車を運転して本件事故現場にさしかかつた際、中原勝が自転車に乗つて交差点に向つて進行しているのを認めたのであるから、その動静に十分注意し、徐行して進行すべきであるのに、これを怠り、中原勝の動静に十分注意せず、しかも時速四〇キロ毎時と制限されている場所を時速五五キロの速度で進行したことが本件事故の原因になつているのであるから、宮内操の過失責任は免れず、したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告ら主張の免責の抗弁は理由がない。そうすると、被告らは、本件事故により被つた原告らの損害を賠償する責任がある。しかしながら、右のように、中原勝にも過失があつたのであるから、原告らの損害額を算定するに当つては右過失を斟酌すべきであり、そして、すでに認定した各事実を総合すれば、その過失割合は中原勝につき四、宮内操につき六と認めるのが相当である。

四  そこで、進んで原告らの損害額について判断する。

1  中原勝の逸失利益について

〔証拠略〕によると、中原勝は、大正七年八月一三日に出生し、本件事故当時満五二歳の健康な男子であつて昭和一五年二月旧陸軍士官学校を卒業した後、軍役に服して終戦を迎え、除隊後一時佐賀県三日月村農業委員会、同農業協同組合に就職したが、昭和二九年一〇月三〇日、自衛官となり、本件事故当時、空将補の地位にあつたものであつて、航空自衛隊幹部学校教育部長を拝命し、毎月空将補一一号俸の俸給を受給して原告らを扶養していたことが認められる。そして、自衛隊法第四五条第一項、同法施行令第六〇条によると、空将補の地位にある自衛官の停年は五五年と定められており、また、厚生省発表昭和四六年簡易生命表によると、満五二歳の男子の平均余命は二二・九〇年であることが認められるので、中原勝は五五歳で自衛官を停年退職後も一九年間生存し得たものと推認される。

(一)  右認定した本件事故当時における中原勝の官職、等級号俸、家族構成などを基礎とし、防衛庁職員給与法、同法施行令、一般職員の給与に関する法律等に従つて考えると、中原勝は、本件事故に遭わなかつたならば、本件事故の日の翌日である昭和四六年九月一八日から停年に達する昭和四八年八月一二日までの間、別表第二記載の俸給、扶養手当、期末手当および勤勉手当を受給し得たものと認められる。ところで、右俸給等が支給される場合、中原勝は国家公務員共済組合法に基づく長期および短期の掛金を負担しなければならないので、右俸給等から別紙第二表記載の右掛金を控除し、さらに生活費(中原勝の生活状況に鑑みれば年間総収入の三割程度と見るのが相当である。)も控除すべきである。また、〔証拠略〕によると、原告中原寛子は、夫たる中原勝が本件事故によつて死亡したため、昭和四六年一〇月以降年額金四三二、五二六円の割合による遺族年金を支給されていることが認められるので、これも前記俸給等から控除すべきである。そこで、前記俸給等から共済掛金、生活費および遺族年金を控除して、本件事故後停年に達するまでの期間における中原勝の一年間の総収入を算出すると、別表第二記載のとおりであり、これに各年毎にホフマン式計算を行ない、年五分の中間利息を控除して死亡時の現価を算出すると、同表記載のとおり、金三、五四二、三五一円となる。

なお、原告らは、中原勝が俸給の特別調整額を支給されていたものとして、これも同人の逸失利益に含めて請求しているが、同人は防衛庁職員給与法第一一条の三、同法施行令第八条の三による俸給の特別調整額の受給資格を有しないことが明らかであるので、右請求は失当である。

(二)  〔証拠略〕によると、中原勝は、停年まで勤務した場合、国家公務員として二四年間勤続したことになることが認められ、そして、同人の停年時における俸給月額が金二二〇、一〇〇円となることは前記(一)で認定したとおりである。そこで、国家公務員等退職手当法第五条第一、二項、昭和四八年法律第三〇号による同法の一部を改正する法律附則第五項により、同人の受け得る退職金を算出すると、金一〇、二二一、四四四円となり、これにホフマン式計算を行ない、年五分の中間利息を控除して死亡時の現価を算出すると、金八、八八八、二一一円となる。その算式は次のとおりである。

¥220,100×150/100×10年=¥3,301,500

¥220,100×165/100×10年=¥3,631,650

¥220,100×180/100×4年=¥1,584,720

¥8,517,870×120/100=¥10,221,444

¥10,221,444×0.86956521=¥8,888,211

ところで、〔証拠略〕によると、中原勝は、本件事故のため死亡し、退職金として金四、五四〇、二七〇円を支給されたことが認められるで、結局、その差額の金四、三四七、九四一円が中原勝の退職金についての損害となる。

(三)  〔証拠略〕によると、中原勝が満五五年の停年に達した昭和四八年八月一二日に退職したとすれば、同人の勤続年数は二四年五月となるが、そのうち恩給法上の期間が一〇年六月、国家公務員共済組合法上の期間が一三年一一月であることが認められる。したがつて、中原勝は、国家公務員共済組合法および同法の長期給付に関する施行法により、昭和四八年八月一三日から満七四歳に達する昭和六七年八月一二日までの間、少なくとも一定額の退職年金を受領することができたはずであるところ、〔証拠略〕によると、中原勝の恩給法上の俸給年額は金二、六四一、二〇〇円、国家公務員共済組合法上のそれは金二、〇五四、七三三円三三銭であることが認められるので、同法第七六条、同法の長期給付に関する施行法第七条および第一一条により、中原勝の退職年金を算出すると、金一、〇五二、一一四円となる。その算式は次のとおりである。

¥2,641,200×=1/51×10年=¥517,882.35

¥2,054,733.33×(2/100×10年+1.5/100×4年)=534,230.67

¥517,882.35+¥534,230.67=¥1,052,113.02

(四)  中原勝は、自衛官停年後も満六四歳までの九年間稼働し、その間短期大学卒業者と同程度の収入をあげ得たであろうと考えられる。ところで、労働省統計調査部編昭和四七年賃金構造基本統計調査第一巻第二表によれば、産業計企業規模計高専短大卒のきまつて支給する現金給与額および年間賞与額および年間賞与その他の特別給与額は別表第三記載のとおりであることが認められ、中原勝も右程度の収入をあげ得たことは容易に推認できる。

(五)  ところで、中原勝は、本件事故に遭わなかつたならば、終身前記退職年金を受けられたはずであるが、本件事故により原告中原寛子に対し、年額金四三二、五二六円の遺族年金が支給されるにすぎず、したがつて、その差額相当額の損害を被つたことになるが、前記退職年金の支給を受けるのと同時に、生活費の支出を免れたのであるから、これを退職年金および停年退職後の収入から控除すべきであり、そして、同人の生活費としては右年間総収入の三割程度と見るのが相当である。そこで、退職年金および停年退職後の収入から遺族年金および生活費を控除して中原勝の得べかりし利益を算出すると、その金額は別表第三記載のとおりであり、これにホフマン式計算を行ない、年五分の中間利息を控除して死亡時の現価を算出すると、同表記載のとおり金一三、二一一、八二八円となる。

(六)  以上のとおり、中原勝は本件事故により合計金二一、一〇二、一二〇円の損害を被つたが、これに同人の前記過失を斟酌すると、そのうち金一二、六六一、二七二円を被告らに負担させるのを相当とする。

(七)  弁論の全趣旨によると、原告中原寛子は、中原勝の妻であり、その余の原告らは中原勝の子であることが認められる。したがつて、原告中原寛子は前記(一)ないし(五)によつて算出した中原勝の損害額の三分の一に相当する金四、二二〇、四二四円を、その余の原告らは同じく各九分の二に相当する各金二、八一三、六一六円を承継取得したこととなる。

2  〔証拠略〕によると、原告中原寛子は、中原勝の治療費として青梅病院に金二六、一八九円を、葬儀関係費用として合計金二三一、八七六円を支出したことが認められるが、中原勝の前記過失を斟酌すれば、右支出のうち金一五四、八三九円を被告らに負担させるのを相当とする。

3  中原勝の年令、経歴、原告らとの身分関係、本件事故の態様、中原勝の過失その他本件に現れた一切の事情を総合すると、原告らの精神的苦痛を慰謝するには原告中原寛子につき金一、〇〇〇、〇〇〇円、その余の原告らにつき各金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

4  自賠責保険から、原告中原寛子が金二、〇二四、四八九円を、その余の原告らが各金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、これを前記損害金に充当したことは当事者間に争いがない。そうすると、被告らに対し、原告中原寛子は金三、三五〇、七七四円の、その余の原告らは各金二、三一三、六一六円の損害賠償請求権を有することとなる。

5  原告らが弁護士たる原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告らは、原告代理人に着手金として金一〇〇、〇〇〇円を支払い、報酬として判決認容額の一割相当額を支払う旨約したことが認められるけれども、本件事案の性質、難易度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、そのうち被告らに負担させる額は、原告中原寛子につき金三三〇、〇〇〇円、その余の原告らにつき各金二三〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

五  以上説示のとおり、被告らは、連帯して、原告中原寛子に対し、金三、六八〇、七七四円および内金三、三五〇、七七四円に対する本件事故の日である昭和四六年九月一七日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らに対し、各金二、五四三、六一六円および内金二、三一三、六一六円に対する同日から支払いずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容するが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新田誠志)

別表第一

<省略>

退職金 10,221,444×0.8695652=8,888,211 8,888,211-4,540,270(既取得分)=4,347,941

<省略>

別表第二

<省略>

別表第三

<省略>

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