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東京地方裁判所八王子支部 昭和46年(ヨ)542号 決定 1976年7月28日

債権者

北田功

外一三名

債務者

日特金属工業株式会社

右当事者間の当庁昭和四六年(ヨ)第五四二号地位保全仮処分申請事件について昭和五一年六月一六日施行の第二一回口頭弁論(証拠調)期日において、債務者申請の証人金井彰に対する債権者ら代理人嶋田喜久夫の「債務者が昭和四六年一一月に行つた希望退職者募集において、これに応募した希望退職者のうち証人らの慰留により翻意して債務者にとどまつた者の氏名を明かにすること」を求める尋問に対し、同証人は証言を拒絶したので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

証人金井彰の本件証言拒絶は理由がある。

理由

一本件訴訟は、債務者がその経営危機打開の一方策として採用した二六〇名の人員整理の一環として昭和四六年一一月に債権者らに対してなした指名解雇(以下、本件解雇という。)が不当労働行為あるいは解雇権の濫用にあたり無効であるとして、債務者に対し債権者らの仮の地位確認及び賃金の仮払を求めるものである。

二そして本件尋問は、債務者があらかじめ選定した基幹人員(債務者が従業員として欲する者)であるために退職を希望しながら証人等によつて慰留され、債務者にとどまることとなつた者(以下、翻意者という。)の氏名を証言させることにより、翻意者と債権者らとの成績を比較する等によつて、本件解雇が債権者らの主張のように不当なものであることを明らかにしようとするものであり、証人金井彰は、本件尋問は民事訴訟法二八一条一項三号にいう職業の秘密に関する事項に該当するとの理由で証言を拒絶するものである。

三ところで、職業の秘密とは公表されることによつて当該職業の維持遂行が著しく困難となるものであつて、職業を維持遂行していくうえに欠くべからざる企業内部の人事管理あるいは経営に関する事項も含まれるものと解される。

四本件記録及び審尋の結果によれば、債務者は人事に携わつていた証人らを通じて前述のように基幹人員該当の希望退職者を慰留した結果翻意する者も出るに至つたが、基幹人員の選定は債務者において一切人事の秘密とされ、翻意者の中にはこれを口外しないことを条件とした者もいることが疎明される。

五右事実によれば、翻意者の氏名を明らかにすることは従業員としての身分の得喪に関する事項を公表するものであるうえ、翻意者が基幹人員に該ることが明らかとなつて債務者の翻意者に対する評価が公表されることになり、ひいては一般従業員の翻意者に対する評価に多大な影響を及ぼすことが推測され、債務者と翻意者さらに一般従業員との間の信頼関係に破綻を招く恐れを有し、債務者の将来の人事管理に有形無形の不利益を生ぜしめ、また一般従業員間にいたずらに不安を抱しめることは容易に看取し得るところである。

六そうすると、翻意者の氏名を明らかにすることは、証人の担当する職業の秘密に関する事項に該当するものというべきところ、前記尋問の目的が他の資料等によつて達することが困難とはいい難い本件訴訟においては本件証言拒絶は理由があるものといわなければならない。

よつて、主文のとおり決定する。

(前田亦夫 浜崎浩一 小嶋典子)

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