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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(わ)1236号 判決 1998年10月26日

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、平成八年三月七日、長男Aを仮死状態で出産したが、その後の経過が良好であったため、同月一六日にAを連れて退院し、実家に戻って育児に専念した。しかし、被告人が疲れ気味であり、同年四月二日の一か月検診で高血圧、頻脈、視力低下が指摘され、同月四日不眠、吐き気、嘔吐等の諸症状により産婦人科に緊急入院した。被告人は、同月一六日に退院して婚家に戻ったが、疲労感はなくならず、しばしば実家に戻っていたものの、夫との会話が少ないことや、同居している姑の態度が冷たいように感じられたことなどから、熟睡できなくなり、不安で落ち着かず、同年六月一〇日Bクリニックで受診して、育児からくる不安が原因と思われる適応障害と診断され、うつ病の治療薬等の投与を受けた。

その後も症状は変わらず、被告人は、寂しさや絶望感に加え、夫らの関心を自分に向けたいとの気持ちなどから、同月一二日、婚家二階から衝撃的に飛び降りて、C病院整形外科で緊急受診し、右足種子骨亀裂骨折の診断を受けて治療し、その際、同病院精神科医の診察も受けて、自己の感情をコントロールできない状態が一時的に起こる病態の境界型人格障害及び出産後抑うつと診断され、自ら希望して翌一三日入院し薬物療法等を受け、軽快して同月二七日に退院したが、その際、夫から浮気していたことを告白されて強い衝撃を受け、裏切られた気分となり、夫婦仲が一層うまくいかなくなった。

被告人は、同年七月一日と同月八日Bクリニックに通院してうつ病の治療薬等の投与を受け、同月一〇日に自ら希望してC病院精神科に入院したが、病院内で身勝手な行動をとって担当医から注意され、同月一五日に自主退院した。

一方、夫は、右のような状態で長男Aの世話を十分にしない被告人に対し、離婚の意思を固め、退院してきた被告人に対し、離婚を申し出たが、被告人の両親に反対されて、一年間別居して様子を見ることになり、被告人は実家に戻って長男Aとともに暮らすことになった。

被告人は、離婚はおろか別居も望んでいなかったことから、もう一度やり直そうと考えて、長男Aの育児に専念し、同年八月一三日Dクリニックで受診して良好な状態との診断を受けた。

しかし、被告人は、別居後の夫の態度がよそよそしく、被告人らから離れていくようにみえたため、孤独感が募り、同月後半になると、身体に震えがきて気力がなくなり、長男Aの育児もしなくなった。被告人の両親は、被告人が甘えているものと考えて、育児に励むように注意するなど厳しい態度をとったため、被告人は、一層孤独感を募らせた。

被告人は、同月二七日Dクリニックで受診した際、精神的に不安定な状況が見られ、同月三一日に同一医師に対して「薬を飲んでも落ち着かず、前のうつ病のときよりもひどい。子供を見たり、物音でもいらいらする。善悪の判断もできないくらいだ。子供に対して愛情がわかない。昨日危うく子供の首を絞めようとした。両親には入院を何度も頼んだ。子供に憎しみが出てくる。」などと話して入院を希望し、同医師も被告人が非常に危険な状態にあると判断して、入院を勧めた。しかし、付き添っていた母が父と電話で相談してみたところ、翌日両家で話し合うことになっていることや被告人の父が反対していることなどから、被告人は入院できなかった。

被告人は、同年九月一三日、実家で、首が後ろに反った形でけいれん発作を起こし、言葉も交わせない状態となったため、E医院で診察を受け、ヒステリー発作と診断されて、けいれん止めの注射や座薬の投与を受け、翌一四日、二一日、二七日、二八日とE医院で受診し、精神安定剤等の投与を受けた。

ところで、被告人は、長男Aを出産した後、体調を崩して精神的にも不安定となっており、精神科への入・通院を余儀なくされたばかりか、夫との別居を強いられて、夫の心が自己から離れてしまつたことから、孤独感にとらわれ、被告人の両親も、長男Aを可愛がるばかりで、自己の精神病院への入院に反対するなど、自己のことを考えてくれないと不満を募らせ、次第に長男Aに対して嫉妬するようになり、敵意や憎しみを抱いて、長男Aがいなくなればいいなどと考えて、同年九月ころから長男Aの首に手をかけようとする衝動にかられるようになった。

被告人は、同年一〇月三日午前七時半ころ母に起こされて目を覚まし、両親が農作業に出たため、長男Aと二人きりとなってテレビを見ていたところ、同日午前八時ごろ殺人事件が報じられた。

(犯罪事実)

被告人は、殺人事件を報ずるテレビを見て、長男A(生後七か月)を殺害しようと決意し、平成八年一〇月三日午前八時ころから同日午前八時三〇分ころまでの間、F方において、八畳の間のベビー布団の上で仰向けに寝ていた同児の上にまたがり、その頚部を両手で約一〇分間にわたり強く締め付け、同児の胸に手を当てたり座らせようとしてみたりして、同児がまだ死んでいないことが分かるや、前同様に両手で同児の頚部を約五分間締め付け、さらに、同児を抱きかかえて風呂場に連れて行き、残り湯の入った浴槽に同児の身体を仰向けに入れて蓋を閉め、しばらくして蓋を開けたところ、同児が沈まずに水面付近に浮いていたことから、同児を抱きあげて汚れたおむつを替えるなどした後、確実に殺害するため、同児の身体をうつぶせにして残り湯に沈め、よって、その場で同児を溺水による窒息により死亡させて殺害した。

なお、被告人は、右犯行当時、心神耗弱の状態にあった。

(証拠の標目)《略》

(責任能力に関する当裁判所の判断)

一  右犯行について、検察官は、完全な責任能力を、弁護人は、心神喪失もしくは心神耗弱をそれぞれ主張するので、以下に検討する。

二  前認定のとおり、本件犯行に至る経緯は、被告人が、産褥期という心身共に不安定になりやすい時期にあって、慣れない育児からくる疲れ、夫の非協力、姑との確執などから、精神状態が悪化して精神科へ入・通院するうち、夫が浮気し、離婚話が出て、被告人の意に反して一年間の別居を余儀なくされ、また、父からは精神科への入院を反対され、父母とも長男Aをかわいがるばかりで、被告人に対しては育児に努力するよう厳しい態度をとるなどしたことから、被告人が孤独感を募らせ、精神的にかなり落ち込み、追いつめられた状態となって、長男Aに対する嫉妬や憎しみを次第に増大させ、本件犯行に及んだというものであって、被告人が長男Aに殺意を抱くに至った経緯は了解可能であり、また、殺害方法も目的にかなった合理的なものといえる。

なお、被告人が本件犯行に及んだきっかけは、殺人事件を報じるテレビ番組を見たことにあり、それが長男Aに対する憎しみを爆発させるようなものではないこと、長男Aを浴槽の残り湯の中に入れたことについて、被告人は警察官に対して隠すつもりであったと供述していること、被告人は殺害行為中におむつを取り替えていることなど不可解な点も見られるのであるが、しかし、被告人は、犯行状況等について具体的かつ詳細で概ね一貫した供述をしており、それが客観的事実と一致していることからすると、犯行当時の被告人の意識は清明で、状況を正常に認識していたといえるのであり、また、殺害後、被告人が「Aクンをお風呂場で殺してしまいました。警察へは自分でいきます」と楷書で乱れることなく書いたメモを残して家を出て、かなり逡巡した挙げ句に、警察庁鉄道警察隊立川分駐所に自ら出頭して長男Aを殺害した旨申し出るなど、被告人は、自己の刑事責任の存在を認識した行動をとっている。そして、松下昌雄作成の精神鑑定書及び同人の公判供述(以下「松下鑑定」という。)並びに保崎秀夫作成の精神鑑定書及び同人の公判供述(似下「保崎鑑定」という。)によれば、被告人は、言語性IQ八五ないし八〇、動作性IQ五九ないし四六未満(測定不能)、総合IQ七〇ないし五五とかなり知能が低く、人格は未熟であり、自己顕示的、依存願望が著しく強く、神経質・情緒不安定、物事の捉え方が主観的で、内省力がないままに対人関係で攻撃的になりやすい、共感性に乏しいといった性格特性を有していることが認められることからすると、右の不可解な被告人の言動も理解できなくはなく、保崎鑑定が、被告人は、犯行当時、産褥期の非定型的なうつ状態にあり、被告人の性格や知能、家族関係、多量に投与された抗精神薬の影響等の背景を考慮すると、本件犯行当時、被告人が物事の善し悪しを判断し、その判断に従って行動する能力を著しく障害されていたと思われるとするのは十分首肯できるところである。

この点について、松下鑑定は、被告人が、犯行時、ヒステリー症状を伴う産褥期うつ病による高度のうつ状態にあり、希死念慮を伴っており、本件犯行は拡大自殺の範ちゅうに入るなどとして、心身喪失の状態にあったとしているが、しかし、長男Aと心中しようと思っていたとする被告人の供述は、松下鑑定人との問診以外には現われてこないので、関係者の供述をみても、被告人の希死念慮、自殺企図等を窺わせる事情は特にみられない。また、被告人の犯行状況を見ても、無理心中を念慮していたと窺わせるところはない(ちなみに、被告人は、本件犯行に先立ち婚家二階から飛び降りており、松下鑑定は、被告人の希死念慮に基づく行動としているが、被告人は、当時の心境について「本気が半分で、半分は皆に振り向いて欲しいという気持ち」であったなどと述べており(第三回公判)、飛び降りたのは二階からであり、負傷の程度もさほどではなく、客観的にみても真に自殺企図があったとは認め難い)。被告人が犯行後書き残したメモも、警察へ出頭するという内容であって自殺をにおわせるところはなく、被告人の供述の中には犯行後に自殺を考えたというのがあるが、それは直ちに自首できなかった際の心境として述べられたものであり、自己の犯行の重大さに気付いて自殺を考えたというにとどまっている。そうすると、松下鑑定は、その鑑定判断の前提となる事実の認定に誤りがあり、被告人の犯行が前記のとおり了解可能なものであることからすると、被告人が犯行時心神喪失状態にあったとする鑑定結果は採用できない。

また、起訴前になされた医師山内惟光の精神診断結果(甲一九)があり、被告人が犯行時性格的な問題を背景とし心因的に発現した不安定な状態にあったとしているが、右診断は、診察時間や診断資料にかなり制約のある捜査段階のいわゆる簡易鑑定であり、前記二つの鑑定を検討する資料としての価値を有するに留まる。なお、本件犯行のほぼ二週間後に右山内医師が、被告人を診て、「特に精神病様にはみえない」と判断して記載していることは、犯行時高度のうつ状態にあったと判断している松下鑑定に疑問を差し挟むものといえる。

三  そうすると、保崎鑑定が最も信用することができるので、被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあったと認定した次第である。

(適用法令)

一  罰条 刑法一九九条

二  刑種の選択 有期懲役刑を選択

三  法律上の減軽 同法三九条二項、六八条三号

四  刑の執行猶予 同法二五条一項

五  訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑事情)

本件は、母親による嬰児殺の事案である。

犯行は、被告人が、生後約七か月でいたいけなく、かつ、何ら咎のない被害者の首を両手で絞扼し、さらに浴槽の残り湯の中に沈めて溺死させたというものであって、誠に残忍である。

被害者は、全てを委ねており、本来なら慈しみ育まれるべき母親の手によって、生まれて間もなく生きることの喜びを十分味わうこともないまま命を奪われたのであって、その結果は重大であり、その実父や祖父母の心痛は察するに余りある。以上によれば、被告人の刑事責任は重いというべきである。

しかし、被告人は、本件当時、非定型的な抑うつ状態にあり、本件は心神耗弱下の犯行であること、被告人がそのような精神状態に陥ったことについては、被告人の夫に責められるべきところがあり、姑や被告人の両親にも配慮の足りなかった点が見受けられ、被告人に同情すべきものがあること、被告人は、犯行後、自ら警察に出頭し、以降犯行状況を素直に供述して反省の情を示しており、約二年間に及び身柄拘束期間中に内省を深め、今後の更生と立ち直りを誓っていること、被告人は、離婚を余儀なくされ、夫であったGに謝罪しており、慰謝料として五〇万円を支払い、同人及びその母から宥恕を得ていること、被告人の両親が公判廷で今後の被告人の更生に助力する旨誓っていること、被告人には前科・前歴がないことなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。

以上の諸事情を総合考慮すると、被告人に対し刑の執行を猶予し、社会内で更生する機会を与えるのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役四年)

(裁判長裁判官 奥林 潔 裁判官 田尻克己 裁判官 上拂大作)

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