大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2504号 判決 1989年11月02日

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

一  本件公訴事実の要旨は、

「被告人有限会社甲(以下「被告会社」という)は、道路舗装工事等を目的とする有限会社であり、被告人乙(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役で会社の業務全般を統括しているものであるが、事業者がその産業廃棄物の収集・運搬又は処分を他人に委託する場合には、東京都知事の許可を受けた他人の産業廃棄物の収集・運搬又は処分を業として行うことができる者に委託しなければならないのに、被告人は、被告会社の業務に関し、昭和六三年一月一二日ころから同年六月一七日ころまでの間、前後二六八回にわたり、他人の産業廃棄物の収集・運搬(保管・積換えを除く)につき東京都知事の許可を受け、処分について許可を受けていない有限会社A産業に対し、被告会社の産業廃棄物であるアスファルト破片等合計約九九二トンを、処分料金合計一九九万四、〇〇〇円で、東京都江戸川区<住所省略>所在のA産業の無許可産業廃棄物保管場まで搬入し、その都度、同所において、その処分を委託し、もって、産業廃棄物の処分を他人に委託する場合に政令で定める基準に従わなかったものである。」というのである。

被告人が、被告会社の業務に関し、公訴事実のとおり、二六八回にわたり産業廃棄物であるアスファルト・コンクリート破片等(いわゆる「ガラ」)合計約九九二トンをA産業の保管場まで搬入したこと、A産業は東京都知事から右コンクリート破片等(廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令一条九号該当物)の収集・運搬(保管・積換えを除く)につき許可を受けていたが、処分については許可を受けていなかったことは、争いもなく、関係証拠によって明らかである。

二  そこで、まず問題となるのは、ガラをA産業の保管場に搬入することによって、その「処分」を委託したものといえるかどうかである。

被告人及びEの各供述その他の証拠によれば、被告会社とA産業との間には明確な契約は存在しなかったところ、被告会社側は、ガラをA産業の保管場に搬入しただけで、その後の処置を全面的にA産業側に委ね、埋立地を管理するB事業協同組合等の処分団体あるいは再生処理業者に対し自ら処分を委託することなく、また、A産業に対しガラの処分方法、処分先等について何らの指示もしていなかったことが認められる。

ところで、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という)は、事業者がその産業廃棄物を自ら処理するのを原則としたうえで(一〇条一項)、これを他人に委託する場合には政令で定める基準に従わなければならないものとし(一二条四項)、同法施行令六条の二第一号が、右基準として、産業廃棄物の処理につき資格を有する業者にその資格の範囲内で委託しなければならないことを定めている。したがって、処分について許可を有する業者ではなく、収集・運搬のみについて許可を有するにすぎない業者に委託する場合、事業者は、産業廃棄物が最終的に処理されてしまうまで責任を解除されず、処分について許可を有する業者等と別に契約するなどして、処理の適正化に努める義務があると解される。江東区において工事を発注する場合、廃棄物処理計画書を提出させ、処理引受書あるいは引取承諾書を添付させる取扱いを行っているのも、この法の趣旨に則ったものと考えられる。そうすると、本件のように、処分について別に委託や指示をしていない場合は、処分を含めて委託したものと見るべきであるようにも思われる。

しかし、A産業が自ら行っていたのは、保管・積換えを含む収集・運搬の限度にとどまり、同社は、保管しているガラがある程度の量になったところで、中間処理業者であるC株式会社及びD株式会社に運搬して処理してもらっていたものである。被告会社等から委託を受けた産業廃棄物(ガラ)に関しA産業が処罰を受けたのも、許可を受けていない保管・積換え行為を行ったことによる事業範囲の無許可変更の事実に基づくものであり、ガラの処分を行ったことによるものではない。被告会社のA産業に対する委託の内容は甚だあいまいではあるが、被告人の供述等の関係証拠を総合すると、被告人としても、ガラを搬入していたA産業の保管場では一時的な保管がなされるにすぎず、その後の処理は、A産業が確保している処分先において行われるであろうことについて概括的な認識があったものと認めるのが相当であり、現実にA産業が行っていた業務の内容と併せ考えれば、被告会社がA産業自体に対して委託していたのは、保管・積換えを含む広い意味での収集・運搬の限度であったと認めるべきである。もっとも、被告人は、第一回公判においてA産業に「処分」を委託したことを認めており、被告人の供述調書にも同旨の記載があるが、これは、被告人の供述全体からみれば、A産業が最終的な処分までするものと認識していた旨自認した趣旨ではなく、ガラのその後の処理をA産業に委ねたという趣旨にとどまると解するのが相当である。Eの供述にも、「処分」の委託を受けたとの部分が散見されるが、これも廃棄物処理法にいう「処分」の意味で言葉を厳密に用いたものとは思われない。

なお、付言するに、被告人が、本件ガラの処分先について、自らは何らの措置もとらず、A産業に一任したことは、前述した法の趣旨に沿わない嫌いがあることは否定できない。しかし、だからといって、直ちに、こうした場合には「処分」をもA産業に委任したものと見てしまうことも、実情に沿わず、法の運用として妥当な結果を得る所以ではないと思われる。本件証拠に現れた限りのものではあるが、道路工事等の業界の実情としては、委託の相手が収集・運搬について許可を有するにすぎない業者である場合でも、廃棄物の排出業者が直接処分先を確保することは少なく、処分先の確保については右収集・運搬業者に依存し一任していることが多いようである。この場合、処分について別に委託や指示をしていない以上、処分を含めて委託したと見るべきであるということになると、収集・運搬業者が、その後、資格を有する処分業者等に委託して適法な処分をした場合でも、収集・運搬業者に委託した時点で委託基準違反の罪が成立することになる。これは、実害のない行為を処罰するものであって、妥当ではない。処分の不法について責任を問うのは、収集・運搬業者が無許可業者に対して処分の委託をするなど違法な行為に出た場合で足りるし、この場合、前述のように、廃棄物の排出業者の責任は、廃棄物が最終的に処分されるまで解除されないから、排出業者に対しても、行政的な責任はもちろん、未必の故意等があったものとして刑事責任を追及できることもありうるであろう。

三1  右のように、被告人は、A産業に対して、保管・積換えを含めて本件ガラの収集・運搬を委託したものと認めるべきであるから、保管・積換えの許可を有しないA産業に対し右委託を行ったという委託基準違反について、被告人に故意が認められるかどうかを、次に検討すべきことになる(本件公訴事実は「処分」の委託であるから、訴因変更手続を経ないで「保管・積換え」の委託の事実を認定することはできないと考えられるが、両者が公訴事実を同一にすることは疑いないので、右事実の有無についても検討する必要がある。)。

ところで、右故意を認めるためには、A産業が保管・積換えの許可を有していなかった事実を積極的に認識している必要はないと解される。もし、許可を有しない事実を積極的に認識している必要があるとすれば、廃棄物処理業の許可制度あるいは許可業者に対してのみ委託をなしうるという法規制自体につき認識がない場合(これは法律の錯誤にすぎないことが明らかである。)、故意を認めることができないという不当な結果を生ずるし、廃棄物処理の委託は、許可を有する業者に対するものであって初めて適法性を獲得するものであるから、許可を有しているものと誤信した場合以外は、客観的に許可を有しない業者に対する委託の事実につき認識があれば、委託基準違反の故意があるものとしても不当ではないからである。

2  被告人は、「A産業と取引きを始めた当初は、あれだけ大きくやっているから当然許可はあると思っていた。昭和六二年九月F興業の事件を知って、A産業に電話で許可の有無を問い合わせたところ、許可があるということであったので大丈夫だと考えた。本件で検挙されるまで、許可に収集・運搬、保管・積換え、処分の区別があることは知らず、全部ひっくるめて『産廃の許可』というものがあると思っていた。」旨、許可の存在を誤信したことを主張している。

右弁解のうち、A産業に対する電話の問合せという事実の存否についてみると、E証人はこれを否定しているが、右事実は被告人が捜査段階から一貫して述べており、Gが被告人にF興業の事件の話をしたうえA産業に許可の有無を確かめた方がよいと助言したことが、右問合せのきっかけであることは、Gの証言により裏付けられているので、この事実は存在したものと認められる。このような電話の問合せに対して許可がある旨の回答を得ただけでは、確認の方法としては十分なものとはいえないから過失はもちろん認められるが、公然と営業している業者から許可を得ている旨回答されれば、それ以上の確認手段をとらずにその言を信じることは、特に慎重な性格の者は別として、一般にはあって不思議でないことといえよう。したがって、被告人の弁解については、これを支える有力な事情が存在するといってよい。

なお、被告人は、産業廃棄物処理業の許可に収集・運搬、保管・積換え、処分の区別があることは知らなかったというのであるが、こうした区別自体は法的な事実であって故意の対象たる事実とはいえない。しかし、被告人がA産業に問い合わせたのは、当然のこととして、同社が現に行っている業務、すなわち被告会社がA産業に委託している業務についての許可の有無であると理解すべきであるから、被告人は保管・積換えを含む収集・運搬の許可の有無を問い合わせ、その点につき許可があると誤信していたものと解すべきである。

3(一)  そこで、右弁解を合理的疑いを超えて排斥できる事由があるかどうかを検討しなければならない。

検察官は、被告人の故意を推認できる根拠として、次のような事実をあげる。

<1> 被告人が現実に行ったガラの処分が江東区役所に提出された廃棄物処理計画書と大きく齟齬していること。

<2> 被告人は、ガラの処分を委託する相手業者の許可の有無につき、これを明確にして法を遵守しようとする意識を全くもっていなかったこと。

<3> A産業は、他の廃棄物処理業者に比べガラ受入れの値段が安かったこと。とくに無許可業者として摘発されたF興業よりも廉価であったこと。

<4> 被告人はF興業等が摘発を受けた後の昭和六二年秋ころ、Gから「墨田区から東で許可業者は二、三社しか知らない」旨聞いていたこと。

<5> A産業とF興業それぞれの保管場の周囲の住宅環境を比較すれば、A産業が無許可であることを容易に推認しうること。

(二)  まず、<1>の点は、確かに、江東区役所に提出された廃棄物処理計画書にはA産業の名が全く掲げられておらず、A産業の保管場に搬入されたガラの量も問題にはならないほど少ないとはいえない。しかし、被告会社ないし関連会社であるH株式会社が、従来、ガラの主たる委託先としてきたのは廃棄物処理計画書に記載した収集・運搬業者の株式会社Iであって、A産業の保管場に搬入されたガラの量はIに委託した分に比べれば少量であるうえ、Iは一〇トントラックで収集・運搬を行っていたため、ガラの量が少ない、大型トラック使用のために必要な警察の許可が得られない、砂利・セメント等の建材の必要がある場合、ガラを搬入したついでにこれを購入できるという便宜が得られる等の理由から、A産業に委託していたというのであり、収集・運搬(保管・積換えを含む)について許可を有するが、やはり廃棄物処理計画書に記載のない有限会社J建材に対しても、時間外等にはガラの処理を委託していたことから見ても、A産業が保管・積換えについて許可を有しないことを認識していたからこそ、あえて廃棄物処理計画書に記載しなかったものと推認するのは、必ずしも当を得たものとはいえない。

次に<2>の点であるが、被告人が取引の有利不利や仕事上の便宜に重きを置いて委託先を決定していたとしても、そのこと自体は経営者として当然のことであり、また、廃棄物処理計画書の記載に反する処理を行っていたことを取り上げるまでもなく、被告人が廃棄物に関する規制を遵守しようとする態度において積極的であったとは到底いえないが、しかし、前述のように、F興業の事件の後でA産業に電話して許可の有無を尋ねたことも事実であるから、右規制の遵守について無関心で、許可があろうとなかろうと意に介しない態度であったとはいえない。

A産業のガラ受入れの値段が、他の廃棄物処理業者に比較して安かったことは、被告人も認めるところである。しかし、業界関係者であるKの証言等によれば、ガラ受入れの値段については、あまりはっきりした相場があるともいえないようであり、ガラを排出業者が保管場所まで搬入するのか、収集・運搬業者が排出場所まで取りに来るのかといった委託の内容によっても、値段は違ってくることが明らかである。保管・積換えの許可を有する江戸川区内の業者のうち、株式会社L興業、同M工業、同Nは、いずれもA産業よりかなり高い値段であるが、Nについては委託の内容が明らかでないものの、他の二社については委託の内容がA産業の場合と異なっていることが窺われるから、単純に値段だけを比較することは適当でない。右各社は被告会社と取引がないが、取引のあったJ建材の場合、昭和六三年一〇月までは二トン車が五、〇〇〇円、四トン車が七、〇〇〇円であったから、同年五月までは右と同額、同月以降は二トン車六、〇〇〇円、四トン車九、〇〇〇円に値上げされたA産業より安くなったことはあっても高い値段であったことはないようである。したがって、A産業のガラの受入れの値段が、被告人が同社の保管・積換え無許可を知っていたこと、あるいは無許可ではないかとの疑いを抱いていたことを推認させるに足りるほど廉価であったということはできない。また、無許可業者として摘発されたF興業よりも廉価であったとの点も、値段の差はトラック一台当たり一、〇〇〇円程度であり、右に述べたガラ受入れの値段に関する業界の実情等に照らし、右推認を可能ならしめるほどの事情とは認められない。

<4>の点については、もしGの話のとおりであるとすれば、A産業は許可業者でない疑いが濃いことになるわけであり、Gの話を聞きながら、A産業から電話で回答を得ただけで、なぜ同社に許可があると信じたのかという理由について、被告人から明快な説明はない。しかし、Gの話は、同人としては墨田区から東で許可業者は二、三社しか知らないというのであり、必ずしも客観的な事実として断定的に述べたわけではないように思われるうえ、実際には保管・積換え許可業者は江東区、江戸川区、足立区内に十数社存在するのであり、被告人の取引先だけで許可業者が尽きてしまうというのも考えてみればおかしなことであるから、被告人がGの話を厳密に受け取らず、A産業からの許可を有する旨の回答を一応信じる気持になったとしても、通常人の心理としてありえないものとしなければならないほど不自然なこととはいえない。

最後に、保管場の住宅環境に関するF興業との比較であるが、客観的な判断力を働かせれば検察官主張のとおりであり、他の事情とあいまって被告人の犯意を推認すべき事由となりうることはもちろんであるが、あくまでそうした情況証拠のひとつにとどまり、それ自体として犯意を推認させる決定的な力には欠けるといわざるをえない。

(三)  右のとおり、検察官が主張する点は、個々的にみた場合はもちろん、これらを総合してみても、被告人の弁解を排斥し、故意があったと推認するに十分とはいえない。

なお、前記電話による問合せのほかに、被告人の弁解を支えるいまひとつの事情として、被告会社は、I、J建材等、A産業のほかにガラの処理を委託できる取引先を有しており、A産業の方が値段が安く、仕事上便利な場合があるとしても、取締りを受ける危険を犯しても敢えて同社に委託するほどの事情は認められないという点も、付加してよいであろう。

4  被告人は司法警察員に対する供述調書において、「F興業が取締りを受けた際、都内には許可業者は一社しかないという話を聞いて心配になり、A産業に電話をかけて確認したところ、『うちは許可があるので大丈夫です』と答えていた。私は半信半疑の気持ちだったが、電話を信用し、その後許可業者であるかどうか確認することなく、ガラの処分を委託していた。従って、確認せずに委託処分した落度は事実です。」旨述べている。しかし、これは、過失により許可の存在を誤信したことを認めたものではあっても、未必的故意を自認した趣旨の供述とみることはできない。

また、被告人は検察官に対しても、「電話でE社長に聞いてみたところ『許可があるので大丈夫です。』という返事があったが、東京都内で最終処分場を持っている業者はなく、また最終処分場を作る余地もないことを聞いていたから、処分の許可まではないだろうと思っていた。しかし、夢の島や羽田沖まで運搬して行くのは大変だったので、A産業の保管場まで運搬させて、その都度処分を頼んでいた。」旨供述しているが、右供述は、廃棄物の最終処分を念頭に置いて、「処分」の許可がないことにつき未必的認識があったことを自認している趣旨にすぎず、いま問題としている保管・積換えの許可について述べているものではないことが明らかである。

四  以上のとおり、被告人はA産業に対しガラの「処分」を委託したものとは認められず、また、保管・積換えを含む収集・運搬をA産業に委託した事実は認められるが、これについては被告人に故意があったことの証明が十分でなく、結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人らに対し無罪の言渡しをする。

(裁判官 金築誠志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例