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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5926号 判決 1991年6月03日

原告

継松妙子

右訴訟代理人弁護士

木戸孝彦

原田肇

原告

有限会社ルイジュアン

右代表者代表取締役

安藤昂子

右訴訟代理人弁護士

上田弘毅

右訴訟復代理人弁護士

西川三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六〇二万二七七〇円及び内金一五九万円に対する昭和六三年一月二一日から、内金二〇一万四〇〇〇円に対する同年二月二一日から、内金一〇八万一一九〇円に対する同年三月二一日から、内金一三三万七五八〇円に対する同年五月一日から、各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和六二年二月一六日、被告との間で、その経営するナイトクラブ「ルイジュアン」において、原告がホステスとして勤務する旨の雇用契約を締結した。原告と被告との間の契約が雇用契約であることは、契約書(<書証番号略>)記載の特約、給与所得の源泉徴収票(<書証番号略>)及びタイムカード(<書証番号略>)の存在などによって明らかである。

2  右雇用契約の内容、条件は、次のとおりである。

(一) 契約期間 昭和六二年二月一六日から一年間

(二) 勤務時間 午後八時四五分から午後一二時まで

(三) 給料 毎月一六日から翌月一五日までの純売上に応じ、左記金額をその期間中の出勤日数に乗じた金額を翌月二〇日に支払う。

(1) 一〇〇万円以上一一〇万円未満のときは日給五万円

(2) 一一〇万円以上二〇〇万円未満のときは一〇万円ごとに二〇〇〇円ずつ加算する。

(3) 二〇〇万円以上二一〇万円未満のときは日給一〇万円

(4) 二一〇万円以上のときは一〇万円ごとに二〇〇〇円を加算する。

(四) 歩合 毎月一六日から翌月一五日までの間に売り上げた客の売上飲食代金が翌々月一五日までに支払われた場合(原告が立替払した場合を含む。)、被告は原告に対し、当該支払のされた純売上分の一〇パーセントを翌々月二〇日に支払う。

(五) 立替義務 原告は、原告が売り上げた客の被告に対する売掛飲食代金(但し、次号のホステスチャージ等を差し引いた金額)につき飲食日から六〇日以内に立替払するものとし、右立替払分につき客から被告に支払がされたときは、被告は原告に対し、直ちに、当該金額を原告に返還する。

(六) ホステス・チャージ等 原告が売り上げた客が売掛飲食代金を被告に支払ったときは、被告は原告に対し、直ちに、各飲食代金に含まれているホステス・チャージ及び原告が客のために飲食日当日に立替払した土産品等の代金を支払う。

3  しかるに、被告は、昭和六二年一二月一六日以降の左記給料等を支払わない。

なお、雇用契約は、原告が昭和六三年二月一五日の期間満了後も勤務を継続したことにより更新されたが、同年四月九日の解雇によって終了した。

(一) 給料

(1) 昭和六二年一二月一六日から昭和六三年一月一五日までの分 一五九万円

① 純売上 二三一万九〇〇〇円

② 出勤日数 一五日

③ 給料計算 一〇万六〇〇〇円×一五

④ 支給日 昭和六三年一月二〇日

(2) 昭和六三年一月一六日から同年二月一五日までの分 二〇一万四〇〇〇円

① 純売上 二三一万一九〇〇円

② 出勤日数 一九日

③ 給料計算 一〇万六〇〇〇円×一九

④ 支給日 昭和六三年二月二〇日

(3) 昭和六三年二月一六日から同年三月一五日までの分 八五万円

① 純売上 一〇五万八〇〇〇円

② 出勤日数 一七日

③ 給料計算 五〇〇〇〇円×一七

④ 支給日 昭和六三年三月二〇日

(二) 歩合

昭和六三年一月一六日から同年二月一五日までの期間内に原告が売り上げた客の売掛飲食代金五二一万三三七〇円は、昭和六三年三月一五日までに被告に支払われたから(内金三六七万一九二〇円は原告が立替払した。)、被告は原告に対し、歩合として、純売上二三一万一九〇〇円の一〇パーセントに当たる二三万一一九〇円を同年三月二〇日までに支払う義務がある。

(三) 立替戻し

原告は、別表一記載のとおり、原告が売り上げた客の売掛飲食代金を立替払したが、そのうち一四五万九九〇〇円については、遅くとも昭和六三年四月三〇日までに客から被告に対して支払がされたから、被告は原告に対し、右支払のあった飲食代金を返還すべきである。

なお、被告が立替払の金額として主張する一五二万八五〇〇円は、ホステス・チャージ等を含むものである。

(四) ホステス・チャージ等

原告が売り上げた別表二記載の客は、遅くとも昭和六三年四月三〇日までにその売掛飲食代金を被告に支払ったから、被告は原告に対し、飲食代金に含まれているホステス・チャージ等合計一三万九八〇〇円を支払うべきである。

なお、被告のいう出金伝票(<書証番号略>)は、原告が客の売掛飲食代金を立替払するに際して、立替額から差し引かれるべき原告の取り分額(ホステス・チャージ等)を確認するためのものに過ぎず、現実に出金伝票記載の支払があったことを意味しない。ホステス・チャージ等は、客がそれらの金額を含めて飲食代金を被告に支払った後に、被告から立替払分と共に原告に支払われるものだからである。

4  よって、原告は被告に対し、前項の金員合計六二八万四八九〇円の内金として請求の趣旨に記載したとおりの金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び抗弁

1  請求の原因に対する認否

(一) 請求の原因1、2は、契約締結の事実及びその内容、条件については認めるが、契約の性質は、<書証番号略>のとおり「サービス業務委託契約」であって、給料や日給とあるのは、法律的には、準委任契約に基づく報酬としての性質を持つ。

(二) 同3の冒頭の事実は争う。

(1) 同3の(一)の計算関係は認める。但し、(一)の(3)の出勤日数は一五日で給料(報酬)の合計は七五万円である。

(2) 同3の(二)は認める。但し、支払期日の約定はないが、実際は毎月三〇日に支払っていた。

(三) 同3の(三)は否認する。原告が立替払したのは一五二万八五〇〇円である。

なお、原告には、昭和六三年二月一六日以降の売掛飲食代金として、別に一七五万九六〇〇円を立替払すべき義務がある。

(四) 同3の(四)は否認する。出金伝票(<書証番号略>)のとおり、昭和六三年二月一五日までのホステス・チャージ等は全て支払済みであり、未払分は、昭和六三年二月一六日以降の三万八〇〇〇円に過ぎない。

2  抗弁及び被告の主張

(一) 請求の原因3の(一)の給料(報酬)のうち、(1)の一五九万円は昭和六三年一月二〇日、(2)の二〇一万四〇〇〇円は同年二月二二日、いずれもルイジュアンの店舗において、(3)のうち被告が認める七五万円は同年三月二四日に西麻布にある被告の事務所において、それぞれ、原告に対して支払済みである。

被告が右給料の支払を拒否すべき理由はないし、また、毎月一五日締め、二〇日払のシステムを採っていたのは、約三〇名いる従業員のうちで原告一人だけであって、被告には、銀行預金及び毎月一五日までに原告から立替払される売掛飲食代金を含めて、その給料(報酬)の支払ができる十分な資力があった。

(二) 同3の(二)の歩合、(三)の立替戻し及び(四)のホステス・チャージ等は、いずれも支払を完了している。その計算関係及び支払の方法は、次のとおりである。

(1) 原告が被告に対して有する債権一八九万一一七〇円

① 歩合 二〇万八〇七〇円(原告が主張する二三万一一九〇円から源泉税二万三一九〇円を控除したもの)

② 立替戻し 一五二万八五〇〇円(前記1の(三)に記載したもの)

③ ホステス・チャージ等 三万八〇〇〇円(前記1の(四)に記載したもの)及び三万三六〇〇円(原告がタクシーやタバコの代金を立替えた客からこれを含めた飲食代金が支払われたので、これを返還するもの)の合計七万一六〇〇円

④ その他(サービス料) 八万三〇〇〇円(サービス料は、原告が立替義務を負う一七五万九六〇〇円の全てを立替えた場合に発生するが、相殺処理をする関係から便宜的に全額の立替払があったものとして計上した。)

(2) 被告が原告に対して有する債権一七六万九七二〇円

① 原告が立替払すべき売掛飲食代金 一七五万九六〇〇円(前記1の(三)に記載したもの)

② 現金立替分 九五二〇円(被告が原告の負担すべき客のタバコ代等を立替えたもの)

③ 原告に対する振込手数料 六〇〇円(右(1)の金額から(2)の①②の金額を差し引いた残額を原告の銀行預金口座に振り込み送金するに当たり、その手数料八〇〇円のうち六〇〇円を原告の負担とした。)

(3) 被告は、昭和六三年六月一四日、右(1)の金額から(2)の金額を差し引いた残額一二万一四五〇円を原告の銀行預金口座に振り込み送金して支払を完了した。

(三) 原告は、昭和六三年二月一五日及び同年三月一五日には、立替払の義務を負う客の売掛飲食代金について、いずれも三六〇万円を越す金額を被告に支払っているが、仮に、同年一月及び二月の給料(報酬)の支払が遅滞に陥っていたとすれば、右立替金から未払の給料(報酬)を差し引くことによって、相殺勘定をすることができたのに、これをしていない。しかし、このようなことは、人間の一般的な心理及び抜け目のない原告の性格からは考えられないことであって、取りも直さず、原告自身が給料(報酬)の遅滞のないことを認めていたことを意味する。

三  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁に対する認否等

(一) 被告の抗弁のうち、被告が本訴提起後の昭和六三年六月一四日に一二万一四五〇円を原告の銀行預金口座に振り込み送金したことは認めるが、その余は否認する。

(二) 被告は、原告に売掛飲食代金一七五万九六〇〇円を立替払する義務があると主張するが、右立替払の義務を定めた雇用契約の約定は公序良俗に反して無効である。

仮にそうでないとしても、右金員のうち別表三記載の八三万一一六〇円を除く九二万八四四〇円については、被告が既に客から受領済みである。また、別表三記載の八三万一一六〇円については、原告が直接に客から受領しているので、これからホステス・チャージ及び立替金を差し引いた七五万七八六〇円は被告に対して返還すべきものであるから、平成三年三月二五日の口頭弁論期日において本訴請求債権と対当額で相殺する意思表示をした。

2  原告の主張

(一) 原告は、被告から給料の支払を受けるに際しては、その都度、領収証にサインをして交付していたから、仮に給料の支払が事実とすれば、右領収証がある筈であるのに、被告は証拠としてこれを提出していない。給料に比べて金額の少ない歩合やホステス・チャージ等について必ず受領のサインをさせている被告が、金額の多い給料について受領のサインをさせないで支払をすることは考えられない。

また、原告は、被告から支払を受ける給料等については、その殆どを三菱銀行広尾支店の銀行預金口座に振り込んでいたが、被告が給料の支払をしたと主張する時期に接着しては、そのような預金の事実がなく、このことは、給料の支払がなかったことを示すものである。

(二) 原告は、昭和六三年二月一五日に三七〇万円を、同年三月一五日に三七〇万円を、それぞれ、右預金口座から引き出すなどして被告に立替払しているが、その際、担当者に対して一月分及び二月分の給料が未払である旨を主張したが、給料の問題は実質的オーナーである磯部でないと分からないといわれたうえに、立替払をしないと歩合が貰えない関係にあることから、給料の支払の有無に拘らず立替払をせざるを得なかったもので、相殺勘定ができるような状況ではなかった。

(三) 被告は、原告が関与した本件とは関係のない別件の訴訟を引合に出し或いは帳簿類等を整えるなどして、計画的に給料の不払を行っているもので、このことは、原告を被告に紹介した紹介者が倒産して行方不明になって原告の相談相手がいなくなったことから、給料不払により原告を精神的に追い詰めることによって契約期間の満了前に原告から退職の申し出をさせ、契約金の返還を実現しようとしたものである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因1、2は、契約及び対価の法律上の性質を除いて、当事者間に争いがない(なお、契約の法律上の性質については、立替払の義務を定めた約定の効力との関係で後に四で触れる。)。

二そこで、原告の主張する給料、歩合及びホステス・チャージ等の支払の有無について検討する。

1  給料について

(一)  請求の原因3の(一)の(1)(2)は、当事者間に争いがなく、証人掃部真弓の証言及び<書証番号略>によれば、(一)の(3)の出勤日数は一五日で給料の合計は七五万円であることが認められ、原告本人尋問の結果(第一、二回)中、この認定に反する部分は、採用することができない。

そして、右<書証番号略>、証人掃部真弓及び<書証番号略>、証人磯部暢子の証言及び<書証番号略>を総合すれば、右(1)の一五九万円については昭和六三年一月二〇日、(2)の二〇一万四〇〇〇円については同年二月二三日、いずれもルイジュアンにおいて支払済みであり、(3)の七五万円については同年三月二四日ころ、西麻布の被告の事務所において支払済みであることが認められる。

(二)  もっとも、右支払の事実を裏付けるのは、被告作成の帳簿や担当者らの供述のみであって、直接に支払を証明する原告のサインのある領収証等は証拠として提出されていない。この点について、原告は、被告から給料の支払を受けるに際しては、常に領収証にサインをして交付していたから、それが証拠として提出されていないことは支払の事実がなかったことを意味する旨を主張する。

しかし、被告が従業員に対する給料の支払に際して領収証等の書類にサインを徴していたかどうかについては、証人荻登志子の証言及び<書証番号略>、原告本人尋問の結果(第一、二回)及び<書証番号略>には、原告の右主張に符合するところがある反面、証人掃部真弓の証言及び<書証番号略>、証人磯部暢子の証言及び<書証番号略>には、これに反する部分があって、いずれが真実とも決し難いことに加え、証人磯部暢子の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告に対する給料の支払は、約三〇名いる従業員の中で、ただ一人、毎月一五日締め二〇日払のシステムで行われており、しかも、歩合や立替戻し、ホステス・チャージ等の支払が会計担当者によってされているのとは異なり、給料は実質的なオーナーである磯部が直接に原告に手渡していたことが認められるから、原告のサインのある領収証等が証拠として提出されていないことは、必ずしも決定的な事情ということはできない。

原告は、給料に比べて金額の少ない歩合やホステス・チャージ等について必ず受領のサインを求めている被告が、金額の多い給料について受領のサインをさせないで支払をすることは考えられないことを強調する。一般論としては指摘するとおりであるが、本件の場合には、右のとおり、歩合やホステス・チャージ等と給料とでは実際に支払をする者が異なるうえ、歩合やホステス・チャージ等は、金額や支払の時期が一定せず、回数も不規則なため、これを明確にして後日に備える必要が少なくないのに対して、給料は、金額は大きいが、支払の時期が一定していて、算定の基準も比較的明確なため、後日に備える必要はそれほど大きくないという違いが考えられないではない。

(三)  給料の支払を基礎付けるものとしては、原告の主張する領収証もさることながら、むしろ、次のような諸事情が重視されるべきである。①第一に、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件契約が締結された昭和六二年二月一六日から昭和六二年一二月までの一〇か月分の給料については、特に遅滞もなく支払われてきたことが認められるのであって(右原告本人尋問の結果中には、二、三日は遅れることがあったと述べた部分があるが、証人磯部暢子の証言によれば、給料の支払予定日が土・日曜日で休業日にかかったためであることが認められるから、問題とするのは当たらない。)、昭和六三年一月分に至って突如として不払となるような事情があったとは認められないことである。原告は、原告を被告に紹介した紹介者の行方不明がその原因であるかのように主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中にも符合する部分があるが、直ちには信用することができない。②第二に、原告に対する給料の支払予定日は毎月二〇日であるところ、<書証番号略>及び証人掃部真弓の証言によれば、昭和六三年一月、二月、三月のいずれにおいても、支払予定日の五日前である一五日には、原告から被告に対して三六〇万円を越す売掛飲食代金の立替払がされていることが認められるほか、証人磯部暢子の証言及び<書証番号略>によれば、右各月の支払予定日ころには、被告は原告に対する給料額を遙かに越える銀行預金を有していたことが認められるのであって、被告が原告に対する給料の支払に窮する経済状況にあったとは考えられないことである。原告本人尋問の結果(第一回)中には、被告は、給料を沢山取る人がいるのが面白くなかったのではないかとか、昔は華やかだったとしても今はお金が大変だったのではないかと思うなどと述べた部分があるが、いずれも、根拠のない憶測に止まり、採用に値しない。③第三に、仮に原告の主張するとおり給料の不払があったとすると、原告は、昭和六三年一月一六日以降は、給料の支払を受けることなく二か月以上も働き続けたことになるばかりでなく、給料の不払があった以降の昭和六三年二月一五日及び三月一五日の二回にわたり、三六〇万円を越す売掛飲食代金を被告に立替払しているのであって(第二回の原告本人尋問の結果中には、子供名義の銀行預金から引き出して立替払したという部分さえある。)、このようなことは、原告本人尋問の結果(第一回)によって認められる、原告が被告関係者の破り捨てた準備金(契約金)に関する<書証番号略>の念書や<書証番号略>の領収証を拾い所持している用意周到さを引合に出すまでもなく、極めて不自然であって、通常では考えられないことである。この点について、原告本人尋問の結果(第一回)中には、会計担当者に対して給料の支払を請求したが、実質的なオーナーである磯部でないと分からないといって取り上げてもらえなかったとか、歩合の支払を受けるためには、給料の支払の有無に拘らず、毎月一五日までに立替払をしなければならなかったなどと述べた部分があるが、いずれも採用に値しない。

なお、原告は、給料の支払日に接しては取引銀行の預金口座に給料に見合う金額を預け入れた事実のないことをも、給料が支払われていないことの根拠の一つとして主張するが、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、給料は殆ど銀行に振り込むことをしていないというのであるから、特に考慮の限りではない。

(四)  以上のとおりであって、原告主張の領収証が証拠として提出されていないことは、支払済みとの認定の妨げとなるものではなく、したがって、原告が主張する昭和六三年一月、二月及び三月の給料は、前記のとおり、既に支払済みであると認めるのが相当である。

2  歩合について

昭和六三年一月一六日から二月一五日までの歩合が二三万一一九〇円であることは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、昭和六三年一月一四日までの歩合は、給料の支払日である毎月二〇日付けで支払われていたことが認められる。しかし、<書証番号略>の契約書によれば、歩合については支払時期の定めがないことが認められるし、証人掃部真弓の証言によると、昭和六三年一月一六日から二月一五日までの歩合が未払となっているのは、原告が店に出て来なくなったためであることが認められるから、右歩合について持参払の約定があったことの認められない本件では、昭和六三年三月二〇日の経過によって履行遅滞に陥ると解するのは相当でない。

3  立替戻しについて

原告は、原告が立替払した売掛飲食代金のうち、別表一記載の一四五万九九〇〇円については、遅くとも昭和六三年四月三〇日までに客から被告に対して支払があったと主張する。しかし、証人掃部真弓の証言及び<書証番号略>によると、原告が立替払した売掛飲食代金でその後に客から被告に支払われたのは、被告が自認するとおり、一五二万八五〇〇円であることが認められるから、被告は原告に対して、右金員を返還する義務があることになる。

原告は、被告が自認する一五二万八五〇〇円はホステス・チャージ等を含む旨主張するが、前記<書証番号略>記載の振込金額からこれに該当する<書証番号略>記載のホステス・チャージ等を控除しても、原告が主張する金額とは一致しないので<書証番号略>のうち、三行目の東邦ラワパルプ・一八万二八八〇円は、<書証番号略>記載の売掛飲食代金より逆に九六〇〇円多く、また、九行目のサン・二三万二五九〇円については、売掛飲食代金の明細書が提出されていないので、ホステス・チャージ等を含むかどうかは確認することができない。)、ここでは、右認定のとおり解するほかはない。

4  ホステス・チャージ等について

原告は、原告が売り上げた別表二記載の客は、遅くとも昭和六三年四月三〇日までにその売掛飲食代金を被告に支払ったので、被告は原告に対し、右飲食代金に含まれているホステス・チャージ等合計一三万九八〇〇円を支払う義務があると主張する。

原告の主張するところは、ホステス・チャージ等は、客がホステス・チャージ等を含めて売掛飲食代金を被告に支払った時点で、被告から原告に対して立替払した飲食代金と共に支払われるもので、被告が指摘する<書証番号略>の出金伝票は、立替払に際して、立替額から差し引かれる原告の取り分額を確認するためのものに過ぎず、現実にその支払があったことを意味しないというのである。しかしながら、前記<書証番号略>によると、被告が立替払の義務があるとして原告に交付した明細書には、客ごとの売掛飲食代金と共に、ホステス・チャージ等の有無及び金額が個別に記載され、その合計欄には、「サービス料戻し」の名目のもとにホステス・チャージ等の件数及び合計額が明記されていることが認められるから、原告がいう取り分額を確認する目的のためであれば、右明細書のみで必要かつ十分であって、わざわざ、<書証番号略>のような、期間、件数及び金額を記載し且つ被告から原告に対して支払のあったことを示す「出金伝票」と題する書面を作成する必要があるとは考えられない。<書証番号略>の作成時から立替払時までの間にされる客の被告に対する直接の支払をフォローする必要が考えられないではないが、その場合には、<書証番号略>にあるように、個別的にチェックをすれば足りる筈である。しかも、前記<書証番号略>を併せると、原告と被告との間では、立替払及び立替戻しのいずれにおいても、<書証番号略>に記載された売掛飲食代金の全額が対象となっていて、特に、売掛飲食代金とホステス・チャージ等とを区別していないことが認められる(但し、<書証番号略>記載の立替戻しの金額は、<書証番号略>記載の売掛飲食代金とは一致しないが、さればといって、右立替戻しの金額にホステス・チャージ等を加えても、<書証番号略>記載の売掛飲食代金とは一致しない。)。したがって、立替払に際してホステス・チャージ等を売掛飲食代金とは別扱いしていることを前提とする原告の主張は正当でない。

仮に、売掛飲食代金とホステス・チャージ等とを別扱いにしていて、原告が立替払をしたのが、その主張するとおり、売掛飲食代金の全額ではなく、これからホステス・チャージ等を差し引いた残額であるとしても、立替戻しに際しては、右のとおり、売掛飲食代金と同額の支払を受けるのみで、売掛飲食代金とホステス・チャージ等を区別している訳ではないから<書証番号略>によれば、被告は、売掛飲食代金とは別に、ホステス・チャージのみを原告に支払った事実のあることが認められるが、証人掃部真弓の証言によると、これは、原告の立替払を待たずに客から直接に飲食代金の支払がされた場合に、被告が原告に対して、個別に飲食代金に含まれるホステス・チャージを支払ったことを示すもので、以上とは関係のないことが認められる。)、原告としては、右売掛飲食代金の立替戻しのほかにホステス・チャージ等の支払を受け得る権利を有するものではないというべきである。原告は、売掛飲食代金からホステス・チャージ等を差し引いた残額の立替払をしたというのであるから、立替戻しに当たっては、売掛飲食代金と同額の支払を受けさえすればホステス・チャージ等の支払をも受けたことになるのが当然の帰結であって、売掛飲食代金と同額の金額の支払を受けるほかに更にホステス・チャージ等の支払を受け得るものではないからである。

そうすると、ホステス・チャージ等に関する原告の主張は理由がなく、かえって、前記<書証番号略>、証人掃部真弓の証言及び<書証番号略>によれば、昭和六三年二月一五日までのホステス・チャージ等は、立替払の際に立替払金から差し引く方法で支払済みであって(このことは、法律的にいえば、立替払の対象となるのがホステス・チャージ等を含む客の被告に対する売掛飲食代金の全額であって、原告が右全額を立替払することによって初めて客の被告に対する売掛飲食代金は弁済によって、消滅し、その結果として、右立替払された売掛飲食代金に含まれるホステス・チャージ等が被告から原告に支払われる関係にあることを意味する。)、未払分は、被告が認めるとおり、昭和六三年二月一六日以降の三万八〇〇〇円に過ぎないことが認められる。

三以上によれば、被告が原告に支払うべき金額は、歩合二〇万八〇七〇円(原告主張の二三万一一九〇円から源泉税を控除したもの)、立替戻し一五二万八五〇〇円、ホステス・チャージ等三万八〇〇〇円となる筋合であるが、証人掃部真弓の証言及び<書証番号略>並びに証人磯部暢子の証言によれば、被告は、これらの金額のほか、立替戻し三万三六〇〇円、その他(ホステス・チャージ)の八万三〇〇〇円を合せて、被告が原告に支払うべき金額を合計一八九万一一七〇円と算定したうえ、これから原告が被告に対して立替払すべき昭和六三年二月一六日以降の売掛飲食代金一七五万九六〇〇円、被告の現金立替分九五二〇円及び原告に対する振込手数料六〇〇円の合計一七六万九七二〇円を差し引いた残額一二万一四五〇円を昭和六三年六月一四日に原告の銀行預金口座に振り込み支払をしたことが認められる。そして、右各証拠によれば、原告が被告に支払うべき金額もそのとおりであって、計算関係に特に問題はないことが認められる。

四なお、原告は、売掛飲食代金について立替払の義務を定めた契約条項は公序良俗に反して無効であると主張する。

しかし、前記<書証番号略>(<書証番号略>と同じ)によれば、原告と被告との間の契約は、「サービス業務委託契約」と題したもので、前記一に記載した争いのない内容、条件のほかに、「被告は原告に対し、被告の経営するルイジュアン内で原告が客の遊興飲食業を営むことを認める(第一条)」「原告は、被告の店の経営に積極的に協力し、年間純売上二四〇〇万円以上を売り上げることを確約する(第三条)」「原告は、売り掛けた飲食代金については、債務者である客と連帯して保証し、飲食日より六〇日以内に客からの入金の有無に拘らず、被告に対して売上金を納入する(第四条)」「被告は、原告が売上を上げられるよう、原告の求めに応じて、飲食物を提供し且つ原告の営業を手助けする人員を配する(第五条)」「被告は原告に対し、毎月約定の金員を業務委託料として支払う(第五条)」「給料支払の名目は役員給料とする(特約事項4)」などの約定を含むものであることが認められる。

右事実によれは、原告と被告との間の契約は、原告が被告の経営する店舗内で被告と共同し又は独自の立場で遊興飲食業を営むという色彩が濃いもので、特約事項として、給料の支払や歩合の支給に関する定めがあり、また、給与所得の源泉徴収票やタイムカードなどが用いられていたとしても(もっとも、証人掃部真弓、同磯部暢子の各証言中には、被告は、最初はホステス報酬等の支払調書を交付したが、原告から特に依頼があって、給与所得の源泉徴収票を交付したとの部分がある。)、原告が使用者である被告の指揮監督に従って労務を提供しその対価として一定の金員の支払を受ける通常の雇用契約とは著しく異なるものということができる。そればかりでなく、原告は、既に立替払を終了している分については、それが有効であることを前提として歩合や立替戻しの請求をしているのであって、これらの事情をも併せ考慮すると、被告主張の立替義務を認めたからといって、特に社会通念に反するとか又は原告に著しく不利益な結果が生ずるものと解することはできない。

したがって、原告の主張は採用の限りでない。

五そうすると、原告の請求する給料、歩合、立替戻し及びホステス・チャージ等は、全て支払済みであって、本訴請求は理由がなく棄却を免れないから、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官太田豊)

別紙別表一、二、三<省略>

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