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東京地方裁判所 昭和63年(レ)76号 判決 1988年8月29日

控訴人

株式会社ジェーシービー

右代表者代表取締役

谷村隆

右訴訟代理人弁護士

小沢征行

秋山泰夫

被控訴人

松坂美智子

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金八四万二八四〇円及び内金六〇万五八四〇円に対する昭和六二年七月一一日から、内金一三万七〇〇〇円に対する同年八月一一日から、内金一〇万円に対する同年九月一一日から、各完済に至るまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

2  この判決は、仮に執行することができる。

二  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴人代理人は主文同旨の判決を求め、控訴人の主張は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の付加した主張)

一  被控訴人は、加盟店から物品を購入する際、カードを呈示して、カード利用の日時、取扱の加盟店名、利用金額等を記載した売上票に署名をなし、また、毎月控訴人より右各事実を記載した請求書の送付を受け、右請求書によってもカードの利用状況を確認できる。従って、当事者の攻撃防御の目標と裁判所の審理対象を明確にする観点からすれば、控訴人は、被控訴人が一定の日時に特定の加盟店においてカードを利用して物品を購入した事実とその利用金額を主張すれば足り、個々の購入物品名まで主張する必要はない。また、被控訴人が特定の物品の購入につき争っていないにもかかわらず、控訴人に個々の購入物品名を主張させる合理性はない。

二  本件は、カードの利用代金を請求するものであり、かつ、マンスリークリヤー方式であるので、割賦販売法の適用もないから、購入物品が同法所定の指定商品か否かを明らかにするため、購入物品を特定する必要もない。

三  購入物品を個々に特定し明らかにする事務処理体制を採用すると、印紙税の関係その他の処理コストが増大し、控訴人としては、それらの費用を会員に対し転嫁せざるを得なくなり、会員に多大な負担を強いる結果となる。購入物品を個々に特定しない事務処理は、会員に利益になることはあっても、不利益を与えることはない。

第二  証拠関係<省略>

理由

一被控訴人は、適式の呼出を受けながら、原審並びに当審における口頭弁論に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、原判決別紙記載の請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

ところで、クレジットカードが利用された場合、クレジット会社がカードを利用した会員にカード利用代金を請求する法律上の根拠については、加盟店がクレジット会社に対し、会員に対する代金債権を譲渡する方式とか、クレジット会社が会員の代金債権につき保証あるいは債務引受したことにより加盟店に対し立替払する方式等が採用されている。しかしながら、右のようなカード利用代金請求の法律関係は、債権譲渡あるいは保証契約や債務引受による立替払等といった民法上の典型的な取引関係そのものではなく端的にクレジット会社の約款を内容とするクレジットカード利用契約という無名契約に基づくものであり、そのカード利用代金の請求支払に関する法律関係及び手続については、関係当事者の利害の公平に反しない限り、可及的に取引の実態に応じてその内容を解釈し適用して行くべきである。カード利用代金の請求をするについてどの程度その債権の発生原因等を特定すればよいか、訴訟上の請求をする場合、要件事実としてどの程度具体的な事実を主張立証すればよいかも同じ観点から考えるべきである。

二証人佐名手新三の証言及びこれにより成立が認められる甲第一ないし第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人のクレジットカードを利用する場合の処理手順は、次のとおりであることが認められる。

(1)  控訴人の加盟店(以下「加盟店」という。)は、控訴人のカード利用会員(以下「会員」という。)がカードを提示して信用販売の要求をした場合、カードの真偽、有効期限及びカード無効通知を照合し、カードが有効であることを確認し、控訴人専用の売上票ならば、会員番号、氏名、カードの有効期限、二桁目に業種コードを含んでいる加盟店番号、売上日付、加盟店名、売場名、扱者、利用合計金額、支払方法、一定金額以上を利用する場合に控訴人に求める承認番号を記載し、加盟店が作成した売上票ならば、会員番号、氏名、カードの有効期限、利用年月日、取扱者、売場をコードナンバーで示した関連使用伝票番号、利用するクレジットカードの名称、利用合計金額、支払方法を記載したうえ、当該会員に右売上票を示して債務の発生と金額等の記載内容を確認してもらい、その場で会員に右売上票に署名してもらう(加盟店作成の売上票の場合は更に電話番号も会員に記載させる。)(2)右売上票は三枚の複写伝票になっており、一枚は利用会員に交付され、一枚は加盟店の控えとして残り、もう一枚は売上集計票とともに加盟店から控訴人に送付される、(3)控訴人は加盟店が送付してきた売上票の会員番号、氏名、加盟店番号、日付、合計金額をコンピューターに入力し、これに基づいて会員に請求する支払明細書と加盟店に支払う加盟店別の支払明細書を作成し、会員には、毎月一五日締切で月末に会員宅に支払明細書を送り、翌月の一〇日に会員の指定する金融機関預金口座から利用金額を引き落とし、加盟店には、毎月一五日締切分を月末に支払い、月末締切分を翌月一五日に支払うことが認められる。

しかも、前掲証人佐名手の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、加盟店から送付されてきた売上票の記載を信頼してコンピューター処理し、代金決済等大量の事務の処理をなしてカード利用取引に対応していること、売上票に物品名の記載の処理をすることは、印紙税法との関係で問題があり、また会員に送付する毎月のカード利用代金明細に個々の購入物品名を特定して集計する事務処理をすると、更に多大な事務処理を増加させることになり、これらの問題に対応することになると、より多くのコストを要することになるから、最終的にはクレジットカードを利用する会員の経済的負担を増加させることになることが認められる。

三右認定事実からすれば、個々の購入物品名が一見明白ではないが、右売上票に記載された加盟店名、加盟店番号、取扱者、売場名ないし関連使用伝票番号を手掛かりにすれば、控訴人側においても、会員側においても、購入物品名はある程度確認できる状況になっていること、少なくとも売上票記載の合計金額のカード利用代金債権の発生日及び発生場所が特定していることは明らかであること、カードを利用した会員が売上票の前記記載内容を確認したうえで売上票に署名することは、カード利用契約関係を前提にしているので、当該金額分のカード利用代金債務を控訴人に支払うことを異議なく確約する趣旨の法律行為となっていること、加盟店は、右法律行為を控訴人に取り次ぐ機関の役目を果たしていることが認められる。

以上のことを総合すると、加盟店が会員に対し、物品の販売をしたとき、売上票に個々の販売物品名を特定して記載することを事務処理上要求せず、控訴人が会員に対してカード利用代金を請求するに際し、購入した物品の個々の特定をしない取扱をしているのは、クレジットカード利用契約の法律的な性質の点からも、また、クレジットカード利用システムの運営の実際的要請の点からも、十分な合理性があるものであって、右のような取扱によって、クレジットカードを利用する会員に取引上不当な不利益を与えていると認められない。

そうであれば、控訴人が会員に対し、カード利用代金を請求するについては、訴訟上の請求をなす場合であっても、クレジットカードを利用して購入した個々の物品名を特定する必要はないというべきである。

四以上によれば、本件において原判決別紙の請求原因第一の別紙クレジットカード使用明細表中の昭和六二年四月二日付け加盟店ユニーにおける二口、同年五月一二日付け及び同年同月二八日付け加盟店ユニーにおける各一口の物品購入代金請求について、控訴人が個々の購入物品を特定していないというだけの理由で各債権の発生原因事実の主張としては不十分とした原判決は、不当であるというべきである。

よって、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当であり本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鬼頭季郎 裁判官菅野博之 裁判官櫻庭信之)

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