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東京地方裁判所 昭和63年(ヨ)2254号 決定 1988年12月09日

債権者 甲野太郎

右代理人弁護士 宮里邦雄

債務者 東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 山下勇

右代理人支配人 佐々木康治

右代理人弁護士 土屋東一

主文

一  債権者の申請をいずれも却下する。

二  申請費用は、債権者の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、六三万八二九五円及び昭和六三年六月から本案判決確定まで毎月二五日かぎり二一万二一七六円を仮に支払え。

3  申請費用は、債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当裁判所の判断

一  本件の事実経過

本件記録によると次の事実を一応認めることができる。

1  債権者は、昭和三九年四月以降日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の職員として勤務してきたものであり、昭和六二年四月一日からは、いわゆる国鉄の分割・民営化に伴い、債務者の従業員として勤務していた者であり、昭和六二年六月二六日から昭和六三年二月一六日までは、債務者の東京圏運行本部八王子保線区猿橋保線支区施設係兼新宿要員機動センター立川支所営業係として、缶ジュース類の自動販売機への缶ジュースの投入、自動販売機からの現金の回収等の業務に従事していた。

2  債務者は、いわゆる国鉄の分割・民営化の一環として、本州の東日本地域における国鉄の旅客鉄道事業等を承継する会社として、昭和六二年四月一日に設立された株式会社であって、その資本金は二〇〇〇億円、昭和六二年四月一日現在の従業員数は八万二四六九人である。

債務者は、新会社発足に当たって、新たな企業理念等を掲げ、職員の意識の変革を求めるなどして、会社を挙げての健全経営の実現を目指していた。

3  債権者は、昭和六二年八月二五日午後八時二五分ころ、甲府市《番地省略》所在の乙山松夫(以下「乙山」という。)の住宅二階の乙山の長女乙山春子の部屋に故なく侵入した。

この住居侵入は、乙山方住宅の北東側の道路が高くなっていた箇所から、ガードレールを踏台にして、増築された勝手場部分の陸屋根に登り、更に隣接する土蔵ないしは本屋の瓦葺の屋根を越えて本屋の南側に回り、脱いだ靴をポケットに入れて二階の窓から侵入、これに気づいた乙山の妻と長女に両腕を捕らえられたが、その手をふりほどいて逃走したというものである。

債権者が逃走したあとの乙山の長女の部屋では、その下着等が収納してある整理だんすの引出しがわずかに引き出されていたことから、乙山及びその家人は、債権者は乙山の長女の下着を盗もうとしていたものと理解していた。また、債権者の右行為は、近隣の人々の間でも、乙山方に下着盗が入ったとして話題になった。

なお、右事件が発生したことのみは、地元の新聞に小さく報じられた。

4  債権者は、同年一一月一〇日、右事件によって逮捕され、同月三〇日まで勾留された後、同日、甲府簡易裁判所において住居侵入罪により罰金一万円の略式命令を受け、釈放された。

5  債権者は右逮捕及び勾留によって出勤できなかった日のうち、九日については年次有給休暇を取得したが、右以上には年次有給休暇の残日数がなかったため、同月二一日及び二三日から二八日までの六日について欠勤した(同月二二、二三、二九、三〇日は、いずれも勤務を要しない日であった。)。

右年次有給休暇の時季指定は、一一月一一日については、同日債権者自身が電話で行ったが、他の日については、債権者の妻又は同僚を通じて行い、欠勤については、同月二〇日に債権者の妻から、同月二一日から三〇日まで欠勤する旨を届け出た。また、債権者は、同年一二月一日から出勤し、同日、「自己の都合により欠勤しました。」旨の欠勤届を提出した。なお、債務者の就業規則においては、「社員は、みだりに欠勤し(中略)てはならない。」「社員は、欠勤する場合、事前に所定の手続きをとらなければならない。ただし、やむを得ない事由でこれによることができない場合は、事後所定の手続をとらなければならない。」と規定している。

6  債権者が昭和六二年一二月一日に出勤するようになったのち、債務者の八王子保線区長は、新宿要員機動センター立川支所の立ち会いのもとに、債権者から事情を聴取し、債権者に欠勤の理由を明らかにし、自認書、始末書等を提出するよう求めたが、債権者は、いずれもこれを拒否した。

7  債務者の東京圏運行本部長(支配人)は、昭和六三年二月一六日、債権者に対し、懲戒解雇の意思表示を行った(以下、この解雇を「本件解雇」という。)。その理由は、別紙一のとおりであって、これは、債務者の就業規則の定める懲戒に関する別紙二のとおりの規定中の第一四〇条一二号の懲戒事由に当たるというのである。

なお、懲戒解雇の場合には、退職手当は支給されないが、諭旨解雇の場合には、自己都合等による退職の場合退職手当の八〇パーセントにあたる額の退職手当が支給される。

二  本件解雇の効力

以上の事実に基づき、本件解雇の効力について判断する。

債権者の解雇理由となった事由のうち、住居侵入の点は、債務者の組織、業務等には関係のない私生活の範囲内で行われたものであって、債権者の受けた刑罰も罰金一万円に止まるものではある。しかし、侵入の態様からすると、酔余、いわば無意識のうちに他人の住居に入り込んだといったものではなく、一定の目的をもった意図的な行為であるというべきであり、乙山、その家人及び近隣の人々が、下着盗を目的としたものと理解したのも無理からぬものがあるのであって、債権者の右所為は、破廉恥かつ悪質なものと評価しうる(この評価は、債権者の受けた刑罰が罰金一万円にすぎないことを考慮しても変わりはない。)。

ところで、債務者は、社会の関心を集めたいわゆる国鉄の分割・民営化の一環として設立された会社であって、いわゆる民間会社として発足はしたもののその営む事業内容は公共性を有するものである。そして、債権者の住居侵入は、債務者の発足して五か月たらずの時期になされたものであって、債務者としても、新たな企業理念等を掲げ、従業員にも意識の変革を求めるなどして、健全なる企業経営を目指しており、それにふさわしい社会からの新たな評価を獲得することを必要としてした時期であり、また、社会も職員の行状をも含めその動向に注目していた時期であることは容易に推認できる。そのような時期であっただけに、債権者の所為の前説示の性質、それに対する近隣の人々の話題の内容等をも考慮すると、債権者が、債務者の極めて多数の従業員の中で、右一1認定のような地位にあって、同認定のような職務を担当しているにすぎなかったとしても、その右所為によって債務者の社会的評価を低下毀損させ、ひいては職員の新生の意気を阻喪させる相当大きなおそれが客観的には存したということができる。

それに加えて、債権者は、六日間の欠勤という企業秩序に反する結果をも生じさせている。これも、直接的には、勾留されたためであるが、最終的には債権者の住居侵入の所為のためといいうる。

これらを併せ考えると、債権者の本件住居侵入の所為及びこれによる六日間の欠勤は、併せて債務者の就業規則第一四〇条一二号に定める「その他著しく不都合な行為を行った場合」との懲戒事由に該当するというべきである。

そして、懲戒事由に該当する事実が存する場合に、懲戒処分を行うか否か、行うとして就業規則の定める懲戒処分のうちいずれを選択するかは、使用者の裁量に属すると解される。そうだとすると、解雇(とりわけ懲戒解雇)という懲戒処分を選択するについては、裁量権の行使にあたっては一層慎重な配慮が求められはするが、前認定の諸事情のもとでは、債務者が懲戒処分の中で最も重い懲戒解雇を選択したことが裁量権の濫用とまでは認めがたい。

なお、債権者は、最高裁昭和四五年七月二八日判決(民集二四巻七号一二二〇頁)を援用して、本件解雇は解雇権を濫用したものであると主張するが、本件と右判決とは、住居侵入の態様、会社のおかれていた状況等が異なるほか、本件においては、六日間の欠勤という企業秩序に反する結果をも招来しているなど、その事案を異にするから、右判決があることによって前記判断は左右されるものではない。

三  よって、本件解雇は無効とはいえないから、本件仮処分申請は、いずれも被保全権利の疎明がないことに帰し、事案の性質に鑑み、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないので、これを却下することとし、申請費用の負担について、民事訴訟法八九条に従い、注文のとおり決定する。

(裁判官 水上敏)

<以下省略>

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