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東京地方裁判所 昭和62年(行コ)147号 判決 1991年6月28日

原告

藤山満江

右訴訟代理人弁護士

永井義人

谷川光一

被告

人事院

右代表者総裁

弥富啓之助

被告

人事院事務総長 中島忠能

右被告ら訴訟代理人弁護士

齋藤健

右被告ら指定代理人

及川まさえ

伊藤紀久男

小原進

押田彰子

相川広一

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

1  被告人事院が原告の昭和五九年一〇月八日付け行政措置要求のうち「原告を薬剤業務全般に就かせること、原告を差別せずに他の勤務者と同様に宿直勤務に就かせること」の要求について昭和六二年一一月三〇日付けでした判定を取り消す。

2  被告人事院事務総長が原告の昭和五九年一〇月八日付け行政措置要求のうち「DI業務(医薬品情報提供業務)に復帰させること」の要求について昭和六二年一一月三〇日付けでした却下処分を取り消す。

二  被告ら

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件判定等の存在など(以下の事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告は、昭和二九年三月共立薬科大学を卒業し、昭和三〇年二月薬剤師の免許を取得し、昭和三七年一月国立療養所大日向荘薬剤科に採用され、昭和三八年八月から国立国府台病院(現国立精神・神経センター国府台病院、以下「病院」という。)研究検査科に、同年一二月同病院薬剤科に配置替えされ、現在まで同科に所属している。

2  原告は、昭和五九年一〇月八日付けで被告人事院に対し、以下の内容の行政措置の要求をした(以下「本件要求」という。)。

(一) 原告をDI業務に復帰させること。

(二) 原告を薬剤業務全般に就かせること。

(三) 原告を差別せず他の勤務者と同様に宿直勤務につかせること。

(四) 昇格昇任について不平等な扱いをせず、すみやかに原告を昇格昇任させること。

3  被告人事院は、昭和六二年一一月三〇日付けで、本件要求のうち(二)の要求につき、「病院当局が、原告のこれまでの業務従事の状況からみて、上司の指導の下に調剤業務を行わせ、その成果をみて逐次他の薬剤業務にも従事させることとし、原告に対し注射薬払い出し業務を早く済ませて午後三時までまず錠剤の調剤を行うよう指示することにした方針には特段問題はない。原告は、病院当局の再三の指示に従わず、進んで調剤室に出て業務の遂行に当たろうとしていないものであって、薬剤業務全般に就く機会を自ら放棄しているものといわざるを得ず、要求には事由がない。」と、(三)の要求につき、「原告を宿直勤務に就かせないとする病院当局の取り扱いは、原告の従事している業務の実態からみて不当とはいえず、要求は認められない。」との判定をした(以下「本件判定」という。)。

4  被告人事院からその権限を委任されている被告人事院事務総長は、昭和六二年一一月三〇日付けで、本件要求のうち(一)の要求につき、「病院当局は、原告に対して、医薬品情報誌の編集会議に出席すること、同誌に掲載することが適当な資料を作成した場合は提出すること、午後三時以降は医薬品情報の収集等を行うことなどを指示しており、要求は既に満たされているので、要求の事由は消滅した。」との理由で却下した(以下「本件却下決定」という。)。

二  争点

原告が主張する本件判定及び却下決定の違法事由は次のとおりであり、これに対し、被告らは、本件判定及び却下決定に原告主張の事実誤認はなく、本件判定は、その判断を誤ったものではなく、正当であって、裁量権を逸脱していないと主張し、右違法事由の存否が本件の争点である。

1  被告人事院の本件判定について

(一) 本件判定は、病院当局の主張をうのみにし、実質的な証拠がなく、事実誤認をしている。

(1) 本件判定は、原告の注射薬払い出し業務につき、その処理に時間を要しているとするが、同じく注射薬払い出し業務を行っている二人の薬剤師は、早朝出勤をし、前日病棟から注射薬せんをもらってきて集計払出をしており、また、原告には超過勤務が認められていなかったので、セット払い出しの予製を行うことができず、これが認められている場合に比し処理に時間を要し、更に、原告の業務量がそれなりに時間を要するものであって、他の二人と比較してかなり時間を要していたというものではない。原告が外来のピーク時間帯である午前一〇時三〇分から午後一時二〇分ころまでに調剤室に出て業務に従事することは、注射薬払い出し担当病棟を一病棟にしなければ不可能である。

(2) 本件判定は、病院当局が原告に対して指導を行い、あるいは指示をしたとするが、このような指導や具体的な指示はなかった。当時の原薬剤科長は、原告が薬剤業務全般に従事することを拒否した。原告は、昭和六二年三月一八日付け指示内容の文書を受け取っていない。

(3) 本件判定は、病院当局が全自動錠剤分包機の操作等につき配慮したとするが、このような事実はない。

(4) 本件判定は、病院の再三の指示にもかかわらず、原告が検薬を拒否し、注射薬払い出し業務が長引くこと等もあって調剤室にほとんど出ず、出ても積極的に調剤に当たろうとしていないとするが、このような事実はない。原告は、セット払い出しという方法で注射薬払い出しを行っており、検薬の必要がない。また、原告が調剤室に出て調剤に当たろうとしても、調剤室での錠剤調剤の割り当てがなされず、原告が調剤室に出るころには外来の処方箋がほとんどなく、原告が入院病棟の調剤を行わせるよう求めたが、病院当局の指示がなかった。更に、調剤室は、最古参で原告を敵視する時任技官が主導的な地位にあり、同人の意向を無視しては、原告に対する業務計画の遂行、調剤・製剤業務への復帰は不可能であり、他の薬剤師も原告の調剤業務従事を妨害した。原告は、錠剤、外用剤点眼、点鼻薬、座薬、貼布薬、軟膏等の払い出しにのみ従事させられ、本来の調剤を禁止され、原告が積極的に当たろうとすると妨げられた。そのため、原告は、調剤業務に従事することができない。

(5) なお、本件判定は、病院当局が原告に対し午後三時以降は注射薬の在庫確認等をするよう指示したとするが、病院当局は、原告から右業務を取り上げ、伊藤技官に行わせ、午後三時には既に終わっており、原告が行う余地がない。

(二) 原告は、薬剤師としての能力に欠けるところがないのに、本件判定は、被告人事院の昭和五八年六月一四日付け判定に準拠し、原告の能力に対する疑問を前提としており、原告への指導強化が必要な根拠を具体的に述べるところがない。病院当局が原告の業務従事を拒否しながら、業務従事の経験のないことを根拠にすることはできない。事態の改善が見られなかった真の責任は病院にある。

病院当局の判断は、全く偏ぱなものである。病院当局の指示、計画は、原告を真摯に受け入れるものではなく、形だけのものであって、原告に不可能を強いるか、そのプライドを傷つけるものか、あるいは実際に履行することができないものである。

(三) 麻薬取り扱い業務は、薬剤師の資格を有する者であれば誰でもすることができ、病院では非常勤の薬剤師さえも行っている。麻薬取り扱いに要する知識は高度のものではない。被告人事院が、原告のこれまでの業務従事の実態について勘案した形跡がない。原告は、大日向荘勤務当時麻薬取り扱い業務に従事したことがある。

(四) 宿直勤務は、薬剤師としての注射薬払い出し業務ができれば十分に勤めることができる。救急患者は内服することができない状態にあり、注射薬の投与、輸血、酸素投与が治療の主体となるから、調剤・製剤等の経験、習熟度等を考慮の上宿直勤務を命じているというのは論外である。宿直勤務は、注射薬払い出しが主である。原告は、調剤・製剤の経験を有し、習熟度も十分である。新任の薬剤師も一か月後には、宿直勤務に就いている。

2  被告人事院事務総長の本件却下決定について

病院当局は、原告に対しDI業務に関する指示をしたことはなく、本件却下決定は事実認定を誤っている。また、原告は、DI業務開始当初から主体的にこれを行っており、医薬品集の作成に尽力したのに、DI業務から故なく排除されたため、その復帰を要求したのであって、単なるDI業務に従事することを要求したものではなく、主任としての復帰を求めたのに、本件却下決定はこの点を一顧だにしていない。QアンドAは、月に一、二件程度の問い合わせがあるにすぎないのであるから、QアンドAに従事する機会は皆無に等しい。また、編集会議は、時任が中心となって行われており、原告のものが取り上げられることはない。

第三争点に対する判断

一  本件要求までの経過

1  原告は、病院薬剤科配置換え後同科において、注射薬払い出し、製剤・調剤の各業務に従事していた(弁論の全趣旨)。しかし、原告は、昭和四一年七月ころから調剤業務への従事を禁止され、昭和五五年七月まで医薬品情報提供業務(以下「DI業務」という。)等に従事したところ、同月DI業務への関与を禁止された(調剤業務従事禁止の時期は、弁論の全趣旨により、その余は当事者間に争いがない。)。

2  原告は、昭和五五年七月DI業務への関与を禁止された後、同年九月処方箋の集計作業を命じられた。原告は、同年一一月七日付けで、(1)不当な院長命令による薬剤関係業務停止を解除し、本来業務へ復帰させること、(2)DI業務に復帰させること等を求めて行政措置要求をしたところ、昭和五六年六月、病院当局は原告の業務計画(全般業務教育とDI業務計画)を策定、実施することになった。右業務計画は、医薬品の把握及び取り扱いを内容とする全般業務教育とDI業務への復帰を前提とするDI業務計画とを内容とするものであった。その後、原告は、昭和五七年一二月一日付けで、(1)原告に対する業務研修を中止し、DI業務及び薬剤師としての一般業務本来業務に就かせること、(2)原告を差別せず他の勤務者と同様に超過勤務、宿直勤務に就かせること等を求めて行政措置要求をしたが、被告人事院は、昭和五八年六月一四日付けで、業務研修の中止、薬剤師としての本来業務のうちの血液払い出し業務及び超過勤務に就かせることについては、要求の事由がないとして、DI業務に就かせること、薬剤師としての本来業務のうちの麻薬取り扱い業務及び宿直勤務に就かせることについては、要求が認められないとして、また、薬剤師としての本来業務のうちの調剤業務については、要求の事由が消滅しているとして、右各要求はいずれも認められない旨の判定をした(以下「第一回判定」という。)。(以上の事実のうち、措置要求の内容は<証拠略>により、判定の内容は<証拠略>により、その余の事実は当事者間に争いがない。)

二  本件判定について

1  原告の事実誤認の主張について

(一) 第一回判定後の原告の業務状況について

(1) 原告は、第一回判定後昭和六二年七月の被告人事院の調査時までほとんど注射薬払い出し業務のみに従事している。注射薬払い出し業務は、毎朝病棟から提出される注射薬せんを整理、集計した後、その注射薬せんに従って注射薬を病棟に払い出すものであり、原告は、同年七月当時全病棟(一六病棟)における注射薬払い出し業務量のおおむね三分の一に当たる三病棟分の処理に従事していた。(以上の事実は、<人証略>(第一回)及び弁論の全趣旨により認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。)

(2) 原告は、通常、毎日午前一〇時ころまで注射薬せんの整理、集計を行い、注射薬せんの少ないときは午後〇時三〇分ころ、多いときは午後二時三〇分ころまで注射薬払い出しの処理を行っている。他の病棟を担当している二人の薬剤師は、通常午前一〇時ころまでに右業務を終了し、薬務主任らの検薬を受けている。このように原告は、他の薬剤師に比べその処理にかなりの時間を要している。(以上の事実は、当事者間に争いがない事実、<人証略>(第一回)及び弁論の全趣旨による。)

原告は、他の薬剤師が早朝出勤をしているとか、原告が超過勤務を禁止されているため予製ができないので処理に時間がかかる旨主張し、これに沿う原告本人の供述があるが、他の薬剤師のうち一人は午前八時一〇分か一五分ころから作業にとりかかることがあったが(<人証略>(第一回))、右のような処理時間の差が出るほど早朝出勤をしていたものと認めることはできないし、他の薬剤師が超過勤務をしていたため原告に比し業務処理が早かったことを認める的確な証拠もなく、更に、原告は、後記認定のとおり午後三時から午後五時までの間に翌日の準備等をすることが認められていたのであるから、原告主張のような理由によって業務の処理に時間を要したと認めることはできないのであって、右原告本人の供述は採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張は理由がない。また、原告は、その業務量がそれなりに時間を要するものであり、原告の注射薬払い出し担当病棟を一病棟にしなければ外来のピーク時間帯である午前一〇時三〇分ころから午後一時二〇分ころまでに調剤室に出ることができないと主張するが、前記認定のとおり、原告の業務量は他の薬剤師に比し多いとは認められないから、原告の業務処理の遅れが業務量が多いことによるものとは認められず、原告の右主張は理由がない。他に、原告が業務処理に時間を要していたことに正当な理由があったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

(3) 原告は、病院当局から他の薬剤師と同様に薬務主任の検薬を受けるよう再三指示されているにもかかわらず、検薬を受けなくても誤薬を妨げる方法で処理している、後輩の薬務主任の検薬を受けることは原告の評価を低下させることであるなどとして、これに従っていない(<人証略>(第一回)、弁論の全趣旨)。

(二) 病院の原告に対する指導等とこれに対する原告の対応について

病院当局は、原告からの薬剤業務全般に就かせるようにとの要求に対し、原告の従前の業務従事の状況等からみて、調剤業務から始めて、その状況をみて逐次他の薬剤業務に就かせることが必要であると判断し、原告に対して、注射薬払い出し業務終了後は調剤室に出て、当初は錠剤などの調剤から始めるよう指導してきたが、昭和六一年一二月、注射薬払い出し業務、調剤業務、DI業務等の諸業務の遂行についての目標を定め、現状と原告の対応、目標までの手順、指導内容等を整理した具体的な業務計画を立てた。そして、病院当局は、右方針に従って、原告に対して、昭和六二年一月一九日、注射薬払い出し業務については検薬を受けること、同業務を早く済ませて午後三時までは調剤室で錠剤の調剤を行うこと、午後三時以降は注射薬の在庫確認等翌日の業務の準備と医薬品情報の収集等を行うことなどを指示した。病院当局は、その後も同様の指示を繰り返し行い、同年三月一八日には、特にこれらの指示の内容を文書にして原告に手渡した。その後、病院当局は、原告の希望もあり、全自動錠剤分包機の操作について、数名の薬剤師を指名して原告の質問に答えさせるよう配慮した。(以上の事実は<人証略>(第一回)、<証拠略>及び弁論の全趣旨による。右認定に反する原告本人の供述は、右各証拠に照らし採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)

原告は、このような病院当局の指示にもかかわらず、検薬を拒否し、注射薬払い出し業務が長引くこと等もあって調剤室にほとんど出ず、出ても積極的に調剤に当たろうとしなかった(<人証略>(第一回)、<証拠略>、右認定に反する原告本人の供述は、右各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)。なお、原告が注射薬払い出し業務を早く終了し、調剤室に出ていれば、錠剤の調剤を行うことは十分可能である(<人証略>(第一回))。

原告は、原告が調剤室で調剤業務に従事しようとしたにもかかわらず、他の薬剤師が妨害した旨主張し、原告本人は、毎日のように調剤室に出た月もあるが、同僚の時任技官が処方箋を渡さなかったり、妨害するとか、あるいは他の若い薬剤師が原告にしなくてよいと言うとか供述する。しかしながら、原告本人の右供述は、具体性を欠き、また、毎日のように調剤室に出ながら右のような妨害を受けたため調剤ができなかったということはにわかに信用し難いのみならず、原告は調剤室に出て調剤業務に従事したこともあり(<人証略>(第一回)、<証拠略>)、右事実に照すと、原告本人の右供述は、原告主張のように妨害によって原告が調剤業務に従事し得なかったことを認める証拠として採用することはできない。他に、原告が調剤業務を行うに当たって障害となるような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

また、原告は、注射薬の在庫確認は他の薬剤師が行い、午後三時以降に原告が行う余地がない旨主張するが、(<人証略>(第一回)によれば、原科長が伊藤技官(薬剤師)に注射薬等の在庫確認と注文に落ち度がないかをみるよう指示したが、原告を特に排除したものではないことが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、原告の右主張は理由がない。

更に、原告は、病棟担当払い出しを要求したのに担当させられなかったと主張するが、(人証略)(第一回)によれば、原告から右のような申し出を受けたが、病院の薬剤科長であった原は、原告の調剤室での業務態度等をみて病棟払い出しをさせても機能しないと判断したことが認められる。

(三) 麻薬取り扱い業務について

麻薬取り扱い業務については、病院当局は、薬剤についての高度な知識、経験を要するものであり、麻薬取締法等の法令などを熟知していなければならないが、原告のこれまでの業務従事の実態等から、同人を麻薬取り扱い業務に従事させることはできないとしている(<人証略>(第一回)、右認定を覆すに足りる証拠はない。)。

(四) 宿直業務について

病院当局は、薬剤師に宿直勤務を行わせる場合には、救急患者に対して緊急の調剤を行うことなどが予想されることから、一律に従事させるのではなく、各薬剤師の調剤、製剤等の経験、習熟度等を考慮して命じている。そして、病院当局は、原告の第一回判定後の業務従事の状況がほとんど変わっておらず、宿直勤務に必要とされる業務経験が不十分であるなどと判断して、同勤務には就かせていない。(以上の事実は、<人証略>(第一回)、弁論の全趣旨による。右認定を覆すに足りる証拠はない。)

原告は、薬剤師として注射薬払い出し業務ができれば十分宿直勤務をすることができると主張するが、右のとおり単に注射薬を払い出すだけではなく、時には調剤が必要とされることもあるから、原告の右主張は採用することができない。

(五) 以上のとおり認められ、右と同趣旨の本件判定の事実認定(<証拠略>及び弁論の全趣旨により認める。)に原告主張の誤りはない。

2  本件判定の判断について

(一) 原告の薬剤業務全般への従事を求める部分について

(1) 薬剤業務は、人の生命、身体に直接影響を与えるものであるところ、原告は、前記のとおり昭和四一年七月ころから調剤業務にはほとんど従事していなかったのであり、第一回判定以降もほとんど注射薬払い出し業務に従事したのみであることを考えると、たとえ薬剤師の資格を有するとはいえ、長期間にわたりいわば第一線の仕事に従事していなかったのであるから、病院当局が上司の指導の下に調剤業務を行わせ、その成果をみて逐次他の薬剤業務にも従事させることとして、原告に対して注射薬払い出し業務を早く済ませて午後三時までまず錠剤の調剤を行うことを指示したことに特段問題はないと認められる。原告は、病院当局の指示、計画は、原告の薬剤師としての資格、能力を著しく侮辱するものであり、その能力、評価が低いことを前提とするものであると主張するが、右説示のとおり原告のこれまでの業務従事の実態に照らすと、病院当局の指示、計画に問題はなく、原告の右主張は理由がない。原告は、病院当局が原告の業務従事を拒否してきたのに業務従事の経験がないことを理由にすることはできないと主張するが、薬剤業務が患者等の健康に関わることを考えると、業務に従事しなかった原因を問わず、長期間薬剤業務に従事しなかったことを理由とすることは不当でない。更に、原告は、病院当局の指示、計画が形だけのものであり、原告を真摯に受け入れるものではなく、原告に不可能を強いるか、原告のプライドを傷つけるか、あるいは実際に履行され得ないものであると主張するが、病院当局の指示、計画は、その内容に照らし右のようなものであると認めることはできず、原告が努力すれば実行可能であると認められる。前述のように薬剤業務が患者等の健康に関わるものであることを考えると、原告のプライドを傷つけるとして指示に従わない原告の態度こそ問題というべきである。

(2) また、前記認定のとおり、原告が調剤業務を行うに当たって障害となるような事実を認めることはできない。

(3) それにもかかわらず、原告は、前記認定のとおり、病院の指示に従わず、進んで調剤室に出て業務の遂行に当たろうとしていない。このような事実によれば、原告は、薬剤業務全般に就かせるためにした病院の指示、計画に従わず、薬剤業務全般に就く機会を自ら放棄していると認めるのが相当である。

(4) 麻薬取り扱い業務に就かせない病院の処置は、同業務の性質及び原告の前記のような業務の実態からみて、相当であり、特に不当であるとする理由はない。麻薬取締法が麻薬管理者の免許を受けることができる者として医師、歯科医師、獣医師又は薬剤師でなければならない旨定め、あるいは、仮に、原告が大日向荘勤務当時麻薬取り扱い業務に従事したことがあり、病院において非常勤薬剤師が麻薬取り扱い業務に就いているとしても、このことは右の判断を左右するものではない。また、原告は、本件判定が原告の従前の業務従事の実態につき勘案した形跡がないと主張するが、本件判定の内容(<証拠略>によって認められる。)によれば、原告の業務従事の実態を勘案していることが認められるから、右主張は理由がない。

(二) 宿直勤務への従事について

前記のとおり原告は薬剤業務全般について従事しているものではなく、長年にわたり薬剤業務をほとんどしていなかったこと、病院の指示にも従わず調剤業務の遂行をしようとしなかったこと、散薬の調剤をしていなかったこと及び麻薬の取り扱いをしていなかったことなどの原告の業務の実態からみて、たとえ新任の薬剤師が宿直勤務に従事しているとしても、原告に前記認定のような業務を行うこともありうる宿直勤務をさせないとする病院の取り扱いを不当と認めることはできない。原告は、宿直勤務は薬剤師としては注射薬払い出しができれば十分である旨主張するが、薬剤師としての業務全般についての知識経験を要するものというべきであるから(<人証略>(第一回))、原告の右主張は採用することができない。

(三) 以上のとおり、原告の要求を認めなかった本件判定の判断は相当であり、被告人事院に裁量権の逸脱ないし濫用を認めることはできない。

5  以上の次第で、本件判定が事実認定を誤っているとの原告の主張は理由がなく、かつ、本件要求のうち(二)及び(三)の要求を認めなかった判断は相当であるから、本件判定に原告主張の違法はない。

二  本件却下決定について

1  本件措置要求後、被告人事院は、原告及び病院当局に対して話合による解決について勧奨を行ってきた(当事者間に争いがない。)。

病院薬剤科では、DI業務に関して、医薬品情報誌を発行しており、右発行作業は、薬剤科に通知・変更等の編集、QアンドA編集、特集編集とそれぞれグループを組んで進められていたところ、当時の薬剤科長であった原料長は、昭和六一年四月ころ、原告から編集会議への出席を要望されたのに対して、グループに入れて編集に参加することは認めず、QアンドAであればよいと考え、医薬品情報誌に掲載することが適当な資料を作成した場合は提出するよう指示した。その後、原科長は、原告に対し、同年六月四日の編集会議に出席するよう指示し、更に、昭和六二年六月一六日、薬剤科のミーティングの席上、原告を含む薬剤科の職員に対し原告を医薬品情報誌の編集会議に出席させるよう話した。また、原告は、午後三時以降は医薬品情報の収集等を行うことを認められており、図書室あるいは宿直室において右業務に従事していた。(以上は、<人証略>)(第一、第二回)、<証拠略>による。以上の認定に反する原告本人の供述は、右各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)

2  原告は、本件要求において主任としての復帰を求めたのにこの要求を一顧だにしていないと主張するが、本件要求書である(証拠略)によれば、原告が右のような趣旨でDI業務への復帰を求めたものとは認められないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、QアンドAが月一、二件の問い合わせにすぎないから、QアンドAに従事する機会が皆無に等しい旨主張するが、たとえ問い合わせの回数が右のとおりであるとしても、前記のとおり回答等のため資料の収集や作成した資料の提出が認められている以上QアンドAに従事する機会が認められているというべきであり、原告の右主張は理由がない。

更に、原告は、編集会議が時任技官が中心に行われており、原告のものが取り上げられることがないと主張するが、右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

3  1の事実によれば、本件要求のうちDI業務への復帰との要求は既に満たされていると認めるのが相当である。したがって、人事院規則一三―二(勤務条件に関する行政措置の要求)一三条の規定に基づき原告の要求を却下した本件却下決定は適法である。

三  結論

以上の次第で、本件判定及び却下決定に原告主張の違法はなく、いずれも適法であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却することとする。

(裁判官 竹内民生)

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