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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9304号 判決 1990年11月13日

原告

住野直春

右訴訟代理人弁護士

吉森照夫

被告

右代表者法務大臣

梶山静六

右指定代理人

中村登

外三名

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、昭和二三年四月七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は別紙物件目録一記載の土地につき保存登記手続をしたうえ、原告に対し所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと被告が所有し、東京都が管理する道路であったが、公図上いわゆる赤道として表示されており、現在でも保存登記がなされていない。

2  売買による所有権取得

(一) 別紙物件目録二ないし五記載の土地は、昭和一七年ころ訴外東京急行電鉄株式会社(以下「訴外会社」という。)が所有しており、これらの土地の西側に隣接する本件土地は、昭和二三年ころまでに訴外会社が交換により東京都から所有権を取得していた。

(二) 昭和二三年四月ころ、原告は訴外会社から本件土地を含む右土地全部(別紙物件目録一ないし五記載の土地)を買い受けた。

3  取得時効による所有権取得

(一) 原告は、昭和二三年四月七日ころ、本件土地につき占有を開始した。

(二) 原告は、2(二)記載の売買契約の際、訴外会社から、本件土地は、訴外会社が以前所有していた東京都世田谷区成城六丁目二九〇番三の土地を道路敷として東京都に提供するのと交換に東京都から所有権の移転を受けているが、移転登記手続が未了なのでそれが終了次第原告に所有権移転登記する、との説明を受けた。

当時、右二九〇番三の土地部分は既に一般用の道路として使用されていた。そのため原告は、本件土地についても別紙物件目録二ないし五記載の土地とともに買い受けたものと過失なくして信じていた。

(三) 原告は昭和三三年四月七日本件土地を占有使用していたので、同日をもって時効により本件土地の所有権を取得した。

(四) 原告は昭和四三年四月七日本件土地を占有使用していたので、同日をもって時効により本件土地の所有権を取得した。

(五) 原告は被告に対し、昭和六二年九月七日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件土地につき保存登記をしたうえ、原告に対し右売買又は時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否と被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、別紙物件目録二ないし五記載の土地が昭和一七年ころ訴外会社の所有であったことは不知、その余は否認する。同(二)の事実のうち、原告が本件土地を買い受けたことは否認し、その余は不知。

3  同3(一)、(三)、(四)の各事実は否認する。同(二)の事実は不知、無過失との主張は争う。

4  被告の主張

本件土地は、いわゆる里道(赤道)として公図上赤色で表示されている国有地であり、国有財産法上の公共用財産であるから、明示又は黙示の公用廃止がない限り時効取得の対象とならない。

三  被告の主張に対する認否と反論

被告の主張は認めるが、本件土地は、原告による占有開始当時もはや通行の用に供されておらず公共用財産としての機能、形態を全く喪失していたものであるから、本件土地について黙示の公用廃止があったものとして時効取得の対象となる。

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(売買による所有権取得)について判断する。

証拠(<省略>)によれば、別紙物件目録二ないし五記載の土地はもと訴外会社の所有であったところ、原告は、昭和二三年四月ころ、訴外会社から右各土地を買い受けたが、その売買契約の際、訴外会社から、右各土地の西側に隣接する本件土地につき、「赤道になっているがこちらで交換手続をやってあげる。」との説明を受けたことが認められるけれども、右事実をもって、同年ころまでに訴外会社が本件土地の所有権を取得していたことまでを認めることはできず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、訴外会社が本件土地の所有権を取得したことを前提とする原告の売買による所有権取得の主張は理由がない。

三請求原因3(時効取得による所有権取得)について判断する。

1  昭和二三年四月七日の占有開始について

証拠(<省略>)によれば、

(一)  本件土地を含む別紙物件目録一ないし五記載の一帯の土地は、昭和一七年当時、その北側が道路、南側が小田急電鉄株式会社の線路用地になっており、本件土地は当時農園として使用されていたこと、

(二)  原告は、訴外会社との間の前記売買契約締結の二、三年前(昭和二一年ころ)から、本件土地を含む別紙物件目録一ないし五記載の土地を借り受け、本件土地を除く土地上に木造二階建の長屋四棟のスーパーマーケットを建てて使用していたこと、そのうち、本件土地の東側に隣接する土地上の長屋では、北側の道路に近い方から牛乳屋、菓子屋、古物屋などが営業されていたこと、

(三)  本件土地部分は上空に高圧線が通っていたため、建物はなく空地となっており、その南側部分には木が植えられていたが、北側部分は右マーケットの賃借人らにより洗い張りの物干しや牛乳屋の空箱や牛乳瓶等が置かれていたこと、そのため、本件土地は道路として通行には使用されていなかったこと、

(四)  本件土地とその西側に隣接する土地との間には五〇ないし六〇センチメートルの段差があり、西側の土地が低くなっていたが、昭和二一年ころには、その境界線に沿って、北側から半分位までの部分に訴外会社が設置したものと考えられる大谷石の塀があり、別紙図面表示のイ点に境界杭があったこと、境界線に沿って南側半分には昭和三〇年代中頃、原告が西側隣接地所有者である大沢喜代次立会のもとに大谷石の塀を設置し、その際、別紙図面表示のロ点にも境界杭を入れたこと、

(五)  昭和三七年から三九年ころにも、本件土地の東側には、以前と同じ原告所有の長屋があり、北側から順に牛乳屋、焼鳥屋、おでん屋、染物屋が入り、本件土地は原告所有の長屋建物の右賃借人らが原告の承諾を得て洗濯物干し場として使用したり、竹を渡して洗い張りの反物を干すのに使ったり、牛乳屋の空箱や牛乳瓶、おでん屋のビールのケース等が置かれており、人が通行することはできなかったこと

以上の各事実が認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右各事実を総合すれば、原告は、原告が訴外会社から別紙物件目録二ないし五記載の土地を購入した昭和二三年四月七日の時点において、本件土地を自己所有のスーパーマーケットの敷地の一部として、所有の意思をもって占有を開始したものと推認することができる。

もっとも、証拠(<省略>)によると、本件土地の西側の土地の所有者であった大沢喜代次と原告との間で国有地の払下げに関して話をしたことが認められるが、その時期も明確でなく、右事実によって右認定が妨げられるものではない。

2  右占有開始における原告の無過失について

前記二認定の事実によれば、原告と訴外会社との間で別紙物件目録二ないし五記載の土地の売買をする際、これらとともに本件土地も売買契約の対象とする趣旨の話があったことを推認することができる。しかしながら、<証拠略>によれば、右売買契約において、代金額の決定に際し本件土地の分まで含んで算出されたものか否かははっきりしないし、他方、原告は売買契約締結に当たって土地の登記簿、土地台帳、旧公図等を一切見ておらず、登記移転手続についても一度も訴外会社に請求したことがなく、すべて同会社に任せきりであったことが認められ、これらの事実を総合すれば、仮に原告主張のように、訴外会社が本件土地と交換したという二九〇番三の土地が既に道路として使用されていたとの事実が存在したとしても、原告が本件土地についても売買により所有権を取得したと信ずるにつき無過失であったとは認められないというべきである。

そうすると、昭和三三年四月七日をもって本件土地の所有権を時効取得したとの原告の主張は理由がないというべきである。

3  昭和四三年四月七日当時の占有について

証拠(<省略>)によれば、昭和四二年五月ころの本件土地の占有使用状況は、前記1(五)認定の状況と変わらず、原告は昭和四三年ころ本件土地の東側に地下一階、地上八階のビルを新築し、その際本件土地の地下に防火貯水槽を設置したこと、昭和六三年一〇月四日現在も本件土地にはその北側部分に原告所有の未登記建物が存在し、八百屋に賃貸されていること、その南側は本件土地の東側にある原告所有のビルのテナント達の自転車置き場となっていることの各事実が認められ、これらの事実からすれば、昭和四三年四月七日当時も原告が本件土地を占有していたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

4  請求原因3(五)(時効の援用)の事実は、当裁判所に顕著である。

そうすると、原告は、昭和四三年四月七日をもって本件土地を時効取得したものというべきである。

四最後に、本件土地が時効取得の対象になるか否かについて判断する。

本件土地が国有地であることは当事者間に争いがないところ、公共用財産が時効取得の対象とされうるためには、行政主体による明示又は黙示の公用廃止があることが必要であり、黙示の公用廃止が認められるためには、そのものが長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態・機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなったといえるような事情が存しなければならない(最判昭和五一年一二月二四日)。そして、そのような事情の認められる財産でなければそもそも時効取得の要件としての占有の対象となり得ないものと解されるから、右要件は取得時効期間の起算点たる占有開始の時期に備わっていることを要するものと解すべきである。

この点に関し、原告は、本件土地につき占有を開始した昭和二三年四月七日当時、既に本件土地は公共用財産としての形態・機能を喪失していたと主張するので検討するに、前記認定のとおり、昭和二三年ないし二四年ころ、本件土地の南側部分には木が植えられており、北側部分には牛乳箱や洗い張りの物干しその他の品物が置かれていたこと、本件土地はほとんど人が通っていなかったことが認められ、以上の事実からすれば、原告による占有開始当時本件土地は既に道路としての形態・機能を喪失していたものと認められるから、黙示の公用廃止があったものとして取得時効の対象となるものと解するのが相当である。

五結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官荒井勉)

別紙<省略>

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