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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)8801号 判決 1990年10月26日

原告

東亜興産株式会社

右代表者代表取締役

米島武治

右訴訟代理人弁護士

小川敏夫

右訴訟復代理人弁護士

保坂志郎

被告

橋本勇

右訴訟代理人弁護士

淵上貫之

鈴木国夫

主文

一  被告は、原告に対し、金二億九五一〇万円及び内金二億二七〇〇万円に対する昭和六一年一一月一二日から、内金六八一〇万円に対する昭和六二年六月一八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四億五四〇〇万円及び内金二億二七〇〇万円に対する昭和六一年一一月一二日から、内金二億二七〇〇万円に対する昭和六二年六月一八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、ビルの賃貸等を業とする株式会社である。

2  原告は、昭和六一年一一月一一日、被告から別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件土地、建物」という)を次の約定で買い受け(以下「本件売買契約」という)、同日、被告に対し、手付金として金二億二七〇〇万円(以下「本件手付金」という)を支払った。

(1) 売買代金 金一一億三五〇〇万円

(2) 手付金 金二億二七〇〇万円

(3) 残代金支払期 昭和六二年四月三〇日

(4) 引渡し及び所有権移転 残代金の支払いと同時

(5) 売主の義務 売主は、売買物件の完全な所有権の行使を阻害する権利等を売主の費用と負担をもって引渡しまでに除去する。

(6) 特約 売主は、その責任において、売買物件引渡しまでに、隣地地主大野武より別紙記載の承諾書(以下「本件承諾書」という)を取得し、買主に交付する(以下「本件特約」という)。

(7) 違約金 本件売買契約に違背して相手方より本件売買契約を解除されたものは、その相手方に対し違約金として売買代金の二割相当額を支払う(以下「本件違約条項」という)。

3  被告は、本件売買契約当時、日本トレーディング株式会社から金一億円程度の借金があり、同社に本件土地を譲渡担保として提供し、同社にその所有権を移転していたが、その支払いができる状況になく、本件土地を売却処分することを急いでいた。そこで、被告は、本件土地が隣地の土地所有者大野武、出居松枝らにより一部占有されているにもかかわらず、右借金の整理等のため、早急に本件土地を売却しようと考え、右の事情を秘匿し、あるいは直ぐにも右の問題が解決できるように原告や本件売買契約を仲介した住友不動産販売株式会社の担当者に話していた。

原告と被告が本件売買契約に当たって本件特約を付したのは、本件土地の隣地である東京都台東区台東一丁目一八八番一の土地(以下、付近の土地を地番のみで表示する)を所有する大野武が本件土地の一部に侵入して建物を建築し、本件土地を0.28平方メートル占有しているため、特に合意されたものである。

大野武の右の占有部分は、面積上はわずかではあるが、同所に建物があるため、原告が本件土地上に建築予定のビルについて右建物との間に余分に空間を設ける必要が生ずる可能性があるし、そのビルの形状を複雑にしてその効率を損なうこととなる。他方、大野武に対し右侵入部分の建物の撤去を求めることは、相当の費用と時間を必要とし、その間本件土地の利用が制限されるうえ、売買代金等の資金の金利負担も多大なものとなる。このような事情から、本件特約が本件売買契約に付されたのであり、被告が大野武から右侵入部分の建物の解体について承諾が得られると申し出たので、原告は、これを特約とすることで本件売買契約を締結するに至ったものである。

4  本件売買契約締結時には、右の大野武による本件土地の占有以外の占有についての説明が被告からなされなかったが、その後、本件土地の南側に隣接する一九〇番一の土地の所有者出居松枝らの所有建物が本件土地の一部3.8平方メートルに侵入していることが判明した。

5  被告は、本件土地、建物の引渡期日である昭和六二年四月三〇日までに、大野武、出居松枝らに対し本件土地上の各建物部分の撤去を求めたものの、その撤去が実現しなかったばかりか、その承諾も得ることができなかった。

6  原告は、昭和六二年四月三〇日、実測面積に応じた残代金九億九二四万三三八八円を日本債権信用銀行振出しの右金額の小切手により被告方に持参して提供したが、被告が本件特約を履行しておらず、本件土地の所有権の行使を妨害する権利等を除去して引き渡す旨の売主としての義務も履行していなかったので、右支払いを留保した。

7  原告は、その後、被告に対し、口頭により何度も右各義務の履行を催告したし、昭和六二年五月一四日と同月二八日には、書面により右各義務の履行を催告したが、被告は、履行しなかった。

そこで、原告は、同年六月一七日、被告に対し、書面により本件売買契約を解除するとともに、支払済みの手付金二億二七〇〇万円と本件違約条項に基づく違約金二億二七〇〇万円の合計金四億五四〇〇万円の支払いを催告した。

原告の右解除は、被告が本件特約を履行せず大野武の承諾書を得ることができなかったことによる債務不履行と出居松枝らによる本件土地の侵入部分が存在するにもかかわらず、これを秘匿し、これを引渡期日までに撤去させることができなかったことによる完全な所有権の引渡しに関する被告の売主としての義務の不履行という契約違反に基づく契約解除である。

8  よって、原告は、被告に対し、本件売買契約の解除に基づき、原状回復として本件手付金二億二七〇〇万円と、本件違約条項に基づく違約金二億二七〇〇万円の合計金四億五四〇〇万円及び内金本件手付金二億二七〇〇万円についてはその支払日の翌日である昭和六一年一一月一二日から、違約金二億二七〇〇万円については支払いを催告した日の翌日である昭和六二年六月一八日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2のうち、(5)の事実は否認するが、その余の事実は認める。

被告が本件土地、建物の売却を決意したのは、被告が衣料品等の販売業を営む株式会社ハシモトの代表者であるところ、同社が繊維業界の全般的不況のため、赤字が累積し、昭和六一年九月末ころには約金二億円の負債を抱え、融資の途も行き詰まっていたことから、本件土地、建物の売却によりその支払いをしようとしたからである。

被告は、本件売買契約に当たって、原告に対し、売買の対象となる本件土地の実測面積を被告が原状で占有使用する面積とすること、大野武の所有建物が本件土地に侵入しているため、同人からこれの取壊しに関する承諾書を取ること、実測面積を図面により明らかにするときは、隣地所有者の境界承諾書を取得し、原告に交付すること、手付金を受領すると同時に日本トレーディングの譲渡担保にかかる登記を抹消することなどの希望を明らかにし、原告の了解を得て、本件売買契約を締結したものである。

本件売買契約には、原告主張の特約のほか、本件土地の売買面積は実測面積とし、売主は測量士に実測させ、境界を確定させたうえ、原告に引き渡すこと、その実測による土地面積が契約書記載の公簿面積と異なるときは、残代金支払い時に3.3057平方メートル当たり金一七八七万一二〇〇円で差引精算すること、売主は隣地所有者全員の境界承諾付実測図を残金支払い時までに買主に交付すること、大野武の所有建物の取壊、修復工事の費用は売主の負担とすることなどが合意された。

被告は、原告から手付金二億二七〇〇万円を受け取り、そのうち金一億四〇万一一六九円を日本トレーディング株式会社に支払い、前記譲渡担保の登記を抹消した。

3  同3のうち、被告が本件売買契約当時日本トレーディング株式会社から借金があり、同社に本件土地を譲渡担保として提供し、その所有権を同社に移転していたこと、本件売買契約に本件特約が付されていること、大野武が本件土地に一部侵入して建物を建築していること、被告が大野武から右侵入部分の建物の解体について承諾が得られると話したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5のうち、被告が大野武から撤去の承諾を得ることができなかったことは否認するが、その余の事実は認める。

被告は、本件売買契約に当たり原告から本件承諾書を手渡されたが、その後昭和六二年四月二二日大野武から本件承諾書に署名、押印を得て、原告に本件承諾書を交付できる状況にあり、同月二九日には原告の担当者らに本件承諾書を提示したこともあった。被告は本件特約を履行したものである。

6  同6のうち、原告が被告に原告主張の小切手を持参、提供したが、それを交付せず、残代金の支払いを留保したことは認めるが、その余の事実は否認する。

7  同7のうち、原告が被告に原告主張の内容の各書面を送付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1(1)  被告は、本件売買契約当時、出居松枝らが本件土地に侵入して建物を建築していることを知らなかった。これが判明したのは、被告が実測図を作成した昭和六一年一一月三〇日であった。

(2) 原告や仲介者の住友不動産販売株式会社の担当者は、不動産取引の専門家であり、本件土地、建物の売買に当たっても、その現場に数回臨み、現場の状況をよく知っていた。原告において、事前に実測図も作成せずに本件売買契約を締結したのは、原告が本件土地、建物を買い急いだからである。

(3) 出居松枝らは、本件土地を占有していないし、仮に占有しているとしても、時効により占有部分の所有権を取得していると主張しているのであって、これらの占有建物の撤去についての承諾を限られた時間のうちに得ることは事実上不可能である。

(4) 本件売買契約は、実測面積による売買であり、面積が公簿面積より不足する場合には、その分売買代金が減額されることとなっている。出居松枝らによる本件土地の占有面積は、本件土地の面積の一〇〇〇分の一七という僅少なものである。

(5) 原告は、地上げ屋であるが、本件土地とともに、隣地である出居松枝所有の土地も購入しようと図ったものの失敗し、また地価も下がってきたため、本件土地を購入することが採算上合わなくなり、本件売買契約の解除理由を探した結果、前記のような解除を主張するに至ったものである。

(6) 右の事情から、本件売買契約は、面積不足分を減額したうえ、実測面積に従って、売買契約の履行を完了させるべきであり、面積不足を理由とする原告の前記契約解除は、信義則に違反するか、権利の濫用であって、許されない。

2  被告は、前記請求原因に対する認否、抗弁1において主張しているように、本件売買契約における売主としての義務を履行しているのに反し、原告は、買主としての義務の履行を理由なく拒絶しているから、被告は、原告に対し、本件違約条項に基づき、前記売買代金の二割に相当する金二億二七〇〇万円を違約金として請求することができる。

そこで、被告は、原告に対し、本訴において、右違約金請求権を原告請求にかかる手付金請求権と対当額において相殺する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、(1)ないし(3)の事実は否認する。

(4)のうち、本件売買契約において実測面積が公簿面積より不足する場合、その分売買代金が減額されることとなっていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(5)の事実は否認する

(6)の主張は争う。

2  抗弁2のうち、被告が相殺の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1の事実、同2のうち、(5)の売主の義務の点を除き、原告主張の約定で原告と被告との間で本件売買契約が締結され、本件手付金二億二七〇〇万円が支払われたこと、同3のうち、被告が本件売買契約当時日本トレーディング株式会社から借金があり、同社に本件土地を譲渡担保として提供し、その所有権を同社に移転していたこと、本件売買契約に本件特約が付されていること、大野武が本件土地に一部侵入して建物を建築していること、被告が大野武から右侵入部分の建物の解体について承諾を得られると話したこと、同5のうち、被告が本件土地、建物の引渡期日である昭和六二年四月三〇日までに大野武、出居松枝らに対し本件土地上の侵入建物部分の撤去を求めたものの、その撤去が実現できなかったこと、同6のうち、原告が被告に残代金の支払いとして原告主張の小切手を持参して提供したが、それを交付せず、残代金の支払いを留保したこと、同7のうち、原告が被告に原告主張の内容の各書面を送付したことは当事者間に争いがない。

2  本件においては、原告と被告との間に本件特約、本件違約条項を含んだ本件売買契約が締結され、原告が被告に対し本件手付金二億二七〇〇万円を支払った後、原告が被告に対し被告の債務不履行を理由に本件売買契約を解除したことは右のとおりであるから、本件の争点は、先ず、被告に本件売買契約上の債務不履行があったかどうかである。そこで、以下、本件売買契約締結の経緯、履行の状況等について検討するに、右の争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件土地は、東京都台東区台東一丁目に所在し、周辺は商業地を形成しており、ジェイ・アール、地下鉄の駅、国道、主要都道からも近い位置にある土地である。本件土地の北側は幅六メートルの公道、東側は幅四メートルの公道に接している。本件土地の西側は、北側の右公道から順次小櫻勲所有の一八八番二の土地、大野武所有の一八八番一の土地、成瀬ミツ所有の一八八番六の土地に接し、南側は、出居松枝所有の一九〇番一の土地に接している。

被告は、昭和四一年一〇月、本件土地上に建てられていた本件建物を、本件土地の借地権とともに購入し、居住するようになった。その後、昭和四八年八月二七日、当時の所有者であった有田冨美外四名から本件土地を売買により取得し、同月二九日、その旨の共有者全員持分全部移転登記を経た。

被告は、衣料品等の卸を業とする株式会社ハシモトを経営していたが、本件土地について、右取得後、三度ほど自分あるいは右会社の融資のために担保として利用したほか、昭和四九年一月七日、三井物産株式会社に対し、昭和四八年一一月二〇日設定を原因として、極度額金三〇〇〇万円、債務者株式会社ハシモトとの内容の根抵当権設定登記をなし、昭和四九年二月四日、同じく三井物産株式会社に対し、昭和四八年一一月二〇日設定を原因として、極度額金二〇〇〇万円、債務者株式会社ハシモトとの内容の根抵当権設定登記をなして、各根抵当権を設定した。また、被告は、本件土地について、昭和四九年三月一五日、日トレ株式会社(昭和五三年一二月二二日商号変更により日本トレーディング株式会社となる。以下「日本トレーディング株式会社」という)に対し、同月一四日設定を原因として、極度額金五〇〇〇万円、債務者株式会社ハシモトとの内容の根抵当権設定登記をなして、根抵当権を設定するとともに、同年三月一五日、日本トレーディング株式会社に対し、同月一四日代物弁済予約を原因として、所有権移転請求権仮登記をなした。日本トレーディング株式会社は、昭和四九年一〇月一四日、同年八月二〇日譲渡を原因として、右三井物産株式会社の所有する各根抵当権設定登記について移転登記を経て、各根抵当権を得た。被告は、同年一〇月二三日、日本トレーディング株式会社に対し、本件土地について、同月二一日代物弁済予約を原因として所有権移転請求権仮登記をなした。

その後、日本トレーディング株式会社は、本件土地について、昭和五〇年七月三日、同年五月一六日代物弁済を原因として、昭和四九年三月一五日付の右仮登記に基づき所有権移転登記を経た。日本トレーディング株式会社は、昭和五七年六月二五日、昭和四九年三月一五日付の右仮登記について、錯誤を原因として、その目的を所有権移転仮登記、原因を昭和四九年三月一四日譲渡担保と更正する旨の更正登記を経るとともに、右六月二五日、本件土地について、昭和四九年三月一四日譲渡担保を原因として、昭和四九年三月一五日付の右仮登記に基づき所有権移転登記を経た。

本件建物については、被告は、昭和五七年六月二五日、所有権保存登記を経たが、右同日、昭和四九年三月一四日譲渡担保を原因として、日本トレーディング株式会社のために所有権移転登記をなした。

被告は、右のように株式会社ハシモトを経営していたが、繊維業界の不況と経営不振のため同会社の赤字が累積し、昭和六一年ころには、同会社が金融機関、買掛先である日本トレーディング株式会社等に対し約金二億円の負債を抱えるに至り、毎月のその元利の支払いに窮し、右事業収入だけではその支払いの目処も立たない状況にあったため、被告、その妻橋本久子、その子らの間ではその対策に苦慮する毎日であった。右負債のうち、日本トレーディング株式会社に対するものは、昭和五六年九月七日当時株式会社ハシモトが買掛金等として約金一億三八〇〇万円の債務を負担し、被告、橋本久子がこれを連帯保証していたところ、その支払いに窮したため、日本トレーディング株式会社、株式会社ハシモト、被告、橋本久子の間で、右債務の支払いについて、そのうち約金一億一六〇〇万円の債務は、被告らが同年九月から分割払いをするほか、被告が本件土地、建物を含む自己所有の不動産を売却したり、代物弁済、譲渡担保に供することなどにより支払うこととなり、右債務の最終弁済期日が昭和六三年一二月三一日とするとの合意が成立し、同年一一月一日、台東簡易裁判所において(同裁判所昭和五六年(イ)第一一七号事件)、右当事者の間で右内容の即決和解が成立した。被告は、右和解により、分割金の支払いを怠るなどして期限の利益を失った際に残債務を支払わなかったり、右最終弁済期限までに債務を完済しない場合には、本件土地、建物を含む自己所有の不動産の所有権を確定的に日本トレーディング株式会社に移転することとなっており、昭和六一年当時においても日本トレーディング株式会社に支払うべき右債務だけでも約金一億円も残っていたため、その支払いだけでも極めて苦しい状況にあった。また、被告は、日本トレーディング株式会社に対しては、右の支払いを怠るなどした場合には、本件土地、建物等の自己所有の不動産の所有権を失うことになるという厳しい状況にあった。

(2)  ところで、東京都の都心部における地価の高騰は、昭和五八年ころから顕著となり、昭和六一年に入っても、なおその勢いが続き、本件土地の周辺の土地についても右の数年間でその地価が数倍にも急騰した。そのため、被告は、支払いに窮していた右の負債は、本件土地、建物の高騰を機にこれを売却して整理するしかないと考えるに至った。

不動産売買の仲介等を業とする住友不動産販売株式会社も、そのころ、新聞等によって不動産の売却を希望する者を募集する広告をしていたところ、右のように本件土地、建物の売却を検討していた被告が、右広告を見て、同年七月一二日、同会社の八重洲営業センターに電話で本件土地、建物の時価の評価を依頼した。住友不動産販売株式会社では、八重洲営業センターの斉藤政志が被告の担当となり、被告の右依頼に応ずることとなった。斉藤政志は、被告と電話したり、被告方(本件建物)に赴き、被告と面談するなどして被告の依頼の内容を把握したうえ、登記所等において調査をするなどし、同年八月上旬ころ、被告方に赴き、被告に本件土地が坪当たり金一四〇〇万円ないし金一五〇〇万円の相場であるとの調査結果を報告した。そのころ、被告は、斉藤政志に対し、本件土地、建物を売却して、他に不動産を買い替えたいので、紹介してほしいとの依頼をしたり、その際の税金の負担について相談をしたりもした。被告は、このように本件土地、建物の売却の意思のあることを斉藤政志に明らかにしていたため、斉藤政志も、その後暫くの間、被告に買替不動産を紹介していたが、被告の気に入るところとならなかった。

他方、住友不動産販売株式会社の八重洲営業センターでは、斉藤政志を通じて被告に本件土地、建物を売却する意思のあることが分かったので、担当の鵜沢馨が原告に打診をしたところ、原告が本件土地、建物の購入を希望することとなった。そこで、住友不動産販売株式会社では、斉藤政志を通じ、同年一〇月下旬ころ、被告に対し、本件土地、建物の売却方を申し入れたところ、被告も、前記のような負債の状況にあり、本件土地、建物を売却せざるを得なくなっていたうえ、本件土地が数年前に比べて数倍にも値上りしたので、これを機に本件土地、建物を売却する意思を固め、その売却の条件として、売買代金を金一一億円とし、手付金を日本トレーディング株式会社に対する支払いなどのため金二億円は必要であるとする等の条件を提示した。住友不動産販売株式会社の右担当者らによって、原告と被告との間の売買条件が調整され、売買代金は売買仲介手数料金三五〇〇万円を売買代金に含めて金一一億三五〇〇万円とし、手付金も金二億円としてもよいこととなったので、斉藤政志は、同月三〇日、右内容の原告作成の買付証明書(乙第三号証)を持参して被告方に赴き、これを被告に渡した。被告は、右売買代金で原告に本件土地、建物を売却することを承諾し、ただ手付金を右売買代金の二割に相当する金二億二七〇〇万円とし、中間金として金一億円の支払いを希望し、その旨の売渡証明書(乙第四号証はその控え)を作成し、これを斉藤政志に渡した。住友不動産販売株式会社の右担当者らの仲介により原告と被告との間で本件土地、建物の売買の基本的な合意がまとまったので、被告は、右同日、本件土地、建物の売却の仲介を専ら住友不動産販売株式会社に依頼する旨の専任媒介契約を、有効期間は三か月間、仲介手数料は金三四一一万円とし、これを契約成立時に半分、取引完了時に半分支払うとの約定で同会社との間で締結した。

本件土地、建物の売買代金以外の売買条件は、住友不動産販売株式会社の右担当者らの仲介によりさらに調整することとなったが、右一〇月三〇日、被告から、斉藤政志に対し、本件土地、建物の西側に隣接する大野武所有の建物が本件土地上に幅約七センチメートル越境しているとの説明があったため、この調整も必要となった。そこで、斉藤政志は、同月三一日、原告の担当者に右の事情を伝えたところ、原告としては、当初右越境部分を取り壊して本件土地、建物を引き渡してほしいとの意向であったが、斉藤政志、原告の担当者らの協議がなされ、最後には大野武から右越境部分を取り壊すことを承諾する旨の承諾書が得られればよいとの意向となった。斉藤政志は、早速原告の右意向を被告に伝え、被告の了解を求めたところ、被告は、大野武自身も右越境を認めており、原告の求めている承諾書や取壊しは大丈夫である旨を斉藤政志に説明し、売買契約が実行されるまでには被告が大野武から右越境部分について原告の要求により直ちに無条件で取壊しに応ずるとの内容の承諾書を取得することを約束した。大野武の右越境部分は、幅約八センチメートル、長さ約3.5メートルであった。

その他の売買条件については、住友不動産販売株式会社の右担当者らの仲介により原告と被告との間で調整され、手付金は売買代金の二割に相当する金二億二七〇〇万円とする、中間金は支払わない、残代金の支払いなど売買契約の履行は昭和六二年四月三〇日に行う、本件土地の実測図がないので、売買契約の履行時までに実測図を作成する、本件土地の売買面積は登記簿上の面積ではなく実測面積とする、手付金により日本トレーディング株式会社になされている前記所有権移転登記等を抹消するなどの合意がなされた。このように原告と被告との間で本件土地、建物について右内容の売買契約を締結することとなり、その締結が同年一一月一一日日本トレーディング株式会社において行われることとなった。

なお、その間、被告と原告の担当者が直接接触したことはなく、原告の担当者が被告との面談を希望したこともなかった。被告は、斉藤政志、原告の担当者らに対し、本件土地の境界について、右の大野武の所有建物による越境以外に問題があるとの説明をしたことはなかった。また、その間、斉藤政志は何度か本件土地、建物を見ているし、原告の担当者も何度か本件土地、建物を見に赴いたが、その際、原告の担当者、斉藤政志は、被告に対し本件土地の境界の状況等の説明を求めたことはなかった。

(3)  昭和六一年一一月一一日、日本トレーディング株式会社において、被告、橋本久子、原告代理人である米島暎朝(原告代表者の子であり、原告の関連会社東亜開発株式会社の代表者である)、住友不動産販売株式会社の斉藤政志、鵜沢馨、株式会社ハシモトらに対する債権者である日本トレーディング株式会社、取引金融機関である国民相互銀行の各担当者、司法書士らが集まった。まず、斉藤政志が原告と被告との間でそれまでに合意された内容を記載した不動産売買契約書(乙第九号証)の内容について原告と被告の確認を得たうえ、被告らが右契約書に署名、押印して、次の約定で、被告が原告に本件土地、建物を代金一一億三五〇〇万円で売り渡す旨の売買契約(本件売買契約)を締結した。

① 買主は手付金二億二七〇〇万円を本件売買契約締結時に支払う。

② 買主は残代金九億八〇〇万円を昭和六二年四月三〇日に支払う。

③ 売主は、残代金の完済と同時に、買主に対し、本件土地、建物を引き渡す。

④ 売主と買主は、残代金の完済後直ちに、本件土地、建物の所有権移転登記の申請を行う。

⑤ 売主は、本件土地、建物の上に抵当権、質権、先取特権、賃借権、その他本件土地、建物の完全な所有権の行使を阻害する権利等があるときは、自己の負担と責任をもって、本件土地、建物の所有権移転登記の申請までにこれを完全に除去しなければならない。

⑥ 本件土地の売買面積は、実測面積とし、売主は、本件土地の引渡しまでに自己の責任と負担において、資格を有する測量業者に本件土地の実測を依頼し、隣地との境界を確定して本件土地を引き渡す。

本件土地の実測面積が登記簿上の面積と異なった場合には、残代金の支払時に3.3057平方メートル当たり金一七八七万一二〇〇円で精算する。

⑦ 売主は、自己の責任と負担において、本件売買契約締結と同時に、手付金の一部を本件土地、建物の登記簿上の所有者である日本トレーディング株式会社に支払い、同会社の所有権移転登記及び根抵当権設定登記の抹消登記申請をする。

⑧ 売主は、自己の責任において、本件土地、建物の引渡しまでに隣地地主である大野武から建物取壊しに関する本件承諾書を取得し、買主に交付する(本件特約)。

⑨ 売主は、右実測において、残代金支払時までに、隣地地主全員の境界承諾印付実測図を買主に交付する。

⑩ 右大野武所有建物の取壊し及び修復工事に関する費用は売主の負担とする。

⑪ 売主又は買主は、本件売買契約に違背したときは、それぞれその違背した相手方に対して本件売買契約を解除することができ、違背により本件売買契約を解除された者は、その相手方に対し、違約金として売買代金の二割相当額を支払わなければならない(本件違約条項)。

原告は、その場で、被告に対し、手付金として金二億二七〇〇万円(本件手付金)を支払った。被告は、本件手付金から金一億四〇万円余を日本トレーディング株式会社に対し前記債務の弁済として支払ったほか、住友不動産販売株式会社に対し一七〇五万五〇〇〇円を仲介手数料の半額として支払ったが、その余は、前記金融機関に対しても債務の弁済として約金九〇〇〇万円を支払ったものの、その詳細は明らかではない。また、原告も、そのころ、住友不動産販売株式会社に対し仲介手数料として金七五〇万円を支払った。

日本トレーディング株式会社は、右の支払いを受けたので、前記二件の所有権移転登記及び三件の根抵当権設定登記(極度額合計金一億円)の抹消に必要な書類を前記司法書士に交付した。その後、右各所有権移転登記及び根抵当権設定登記は同月一八日抹消された。

また、斉藤政志は、そのころ、被告に対し、大野武所有の一八八番一の建物が被告所有の土地に一部侵入しているが、昭和六二年四月三〇日の残代金決済日以降、被告所有の本件建物の取壊しを必要とした場合、大野武所有の建物も同時に取り壊し、被告との土地境界線より建物を後退することを承諾し、このことは、被告所有の本件土地、建物が第三者に所有権が移転された場合にも、同様とする、大野武所有の建物の取壊し及び修復工事の費用は被告の負担とするとの内容の本件承諾書を渡し、被告において本件特約に基づき大野武から右内容の本件承諾書に署名、押印をしてもらうよう依頼した。

(4)  被告は、本件売買契約の締結後、何度も大野武方に赴き、同人に対し、本件土地上に越境している同人所有の建物の取壊しを承諾する旨の承諾書を作成してくれるよう求めたが、その際、被告は、本件売買契約上は右取壊し及び修復工事の費用は被告の負担とすることが合意され、また斉藤政志から交付された本件承諾書にもその旨が明記されていたにもかかわらず、大野武が本件土地の一部を長年に渡り無断で使用していたとして、大野武の負担で右取壊し及び修復工事を行うことを求めた。被告は、そのために、斉藤政志から受け取った本件承諾書に大野武の署名、押印を求めれば足りるのに、自ら、他の事項は本件承諾書と同じであるが、取壊し及び修復工事を大野武の負担とするとの内容の承諾書(<証拠>)を作成し、大野武に対し、これに署名、押印することを求めた。

大野武は、右越境自体は認めていたものの、被告が承諾書の作成を求める態度や費用の負担などが納得できなかったため、被告の右要請に応じなかった。被告は、何度も右要請を繰り返すうち、非常に強い口調で承諾書への署名、押印を要求するようになり、大野武らがそのために恐怖心を抱き、交番に相談に赴くほどであった。また、被告は、その後、自ら、作成した右承諾書に代えて、斉藤政志から受け取った本件承諾書に署名、押印を求めたが、これも大野武が応ずるところではなかった。

そのうち、被告は、本件売買契約に基づき、本件土地の実測図を作成することとし、土地家屋調査士に依頼し、同年一一月三〇日、本件土地を実測したが、その結果、大野武所有の建物による前記越境のほか、本件土地の南側にある出居松枝所有の建物が幅二七センチメートル、長さ12.11メートルほど、また本件土地の西側にある成瀬ミツ所有の建物が幅八センチメートルほどそれぞれ本件土地に越境していることが判明した。出居松枝は、右建物で印刷業を営んでいるが、右越境部分は右建物の二階の出窓部分であるものの、これを取り壊すためには、印刷機械を移動させる必要があった。成瀬ミツ所有の右建物は、本件土地に越境していたものの、右建物の壁の一部が腐って、本件土地上にかかっている程度であった。

そこで、被告は、右各越境部分が本件売買契約上被告が負担する本件土地、建物の引渡しの障害になるものと考えられたので、同年一二月ころから、出居松枝らに対しても、大野武に対して求めていた承諾書と同様の承諾書に署名、押印するよう求めたが、出居松枝が右の越境を認めないことなどから、大野武に対すると同様に、強硬に要求するようになった。

昭和六二年一月下旬になると、被告は、右のような交渉態度であったため、大野武と喧嘩状態となり、同人から、同人方に二度と来ないよう言い渡されるに至り、自力では右承諾書に署名、押印を求めることができなくなった。

(5)  被告は、右のように、大野武らから本件土地上に越境している建物の取壊しに関する承諾書に署名、押印を得ることができなかったばかりか、本件売買契約に基づき被告に求められていた大野武ら隣地地主全員の本件土地の境界についての承諾を得ることもできなくなり、他に取るべき方策もなくなったため、同年二月中旬ころ、斉藤政志に右の事情を説明し、被告のために大野武らと交渉し、右の承諾等を得てほしい旨を懇請した。また、そのころ、斉藤政志は、被告から大野武所有の建物のほか、出居松枝、成瀬ミツ所有の各建物も本件土地に越境していることを知らされた。

そこで、斉藤政志は、被告のために、大野武、出居松枝、成瀬ミツと何度か本件土地の境界の確認、越境部分の取壊し、その旨の承諾書の作成等に関して交渉をしたが、大野武らは、本件土地の境界が被告主張のとおりであり、同人ら所有の各建物が本件土地上に越境していることは一応認めたものの、越境している各建物部分の取壊しについては容易には承諾しなかった。その後、斉藤政志による交渉の結果、大野武らは、越境している各建物部分の取壊し自体は納得したが、同人らの建物が建っている間は現状のままで取り壊さないとの見解を固執した。

斉藤政志は、大野武らの意向が右のようなものであったので、同年三月二四日、大野武ら隣地地主から本件土地の境界についての確認を得ることとし、前記測量により作成された現況測量図(<証拠>)に大野武ら本件土地のすべての隣地地主の署名、押印を得て、本件土地の境界を右隣地地主との間で確認するとともに、本件売買契約上被告が作成すべきものとされた右隣地地主全員の承諾印付実測図を作成することができた。右の確認により、本件土地の実測面積は、210.18平方メートル(63.57坪)であり、登記簿上の面積の209.95平方メートル(63.51坪)より0.23平方メートル広いことが明らかとなった。また、右の測量、確認により、大野武ら所有の各建物の本件土地に対する越境部分は、前記の範囲で、3.8平方メートル(1.15坪)であり、本件土地の全体の面積の1.8パーセントであることも明らかとなった。

また、右のように越境している建物部分の取壊しについては、斉藤政志による右のような努力の結果、大野武らが、その所有する建物を将来建て替える場合には、右越境部分を撤去することを承諾することとなったので、右同日、大野武、出居松枝、成瀬ミツはその所有する建物を将来建て替える場合、被告の所有する本件土地に侵入している建物部分を撤去し、右のように確認された境界線より後退する、これは被告所有の本件土地、建物の所有権が第三者に移転された場合も同様とするなどの内容の覚書(<証拠>)に被告、大野武、出居松枝、成瀬ミツの全員の署名、押印を得た。しかし、右覚書は、本件売買契約の本件特約により被告が取得すべきものとされた本件承諾書とは、内容の点で大きく後退したものであり、原告の希望に沿うものではなかった。しかも、右覚書作成後間もなく、大野武は、同人所有の建物による越境部分の土地につき時効取得を主張し始め、右覚書により合意された建物の取壊しにも応じないとの態度をとるようになった。

原告は、そのころ、本件土地に越境している建物の取壊しの問題を解決するためや、またそのころ値下り気味となった本件土地を有効に活用するために、本件土地の南側に隣接する出居松枝所有の土地を購入しようと考え、その具体的な経過は明らかではないものの、出居松枝とその交渉をしたが、同人が応じなかったことから、右購入を断念するに至った。

また、斉藤政志は、右のような障害を除去し、本件売買契約を期限どおりに実行するため、本件土地のうち右の各越境部分の土地に相当する売買代金を減額して残代金を決めることで右越境の問題を解決しようと考え、そのころ、原告と被告にその旨を打診したが、被告は、右の解決案に同意したものの、原告は、これを承諾しなかった。原告は、当時、右越境の問題が解決せず、出居松枝の土地の購入ができず、また本件土地の価格が値下り気味となったことなどから、斉藤政志の右提案を承諾しなかったものである。

(6)  斉藤政志を介しても、大野武から承諾書を得ることも、出居松枝らの越境建物の取壊しの問題を解決することもできなかったため、被告は、自ら大野武らと交渉せざるを得なくなったが、前記のように同人自身は大野武らと面会することも断られる状況にあったので、妻の橋本久子を介して交渉したり、他の助力を求めたりするほかなかった。橋本久子は、何度も大野武らと会い、本件特約に沿った承諾書の作成や越境している建物の取壊しを懇願したが、大野武、出居松枝、成瀬ミツは、同一の歩調をとり、前記の態度を崩さなかった。橋本久子は、大野武に対し、前記の取壊し及び修復工事の費用の負担につき、被告が負担するとか、本件土地のうち建物による越境部分の土地を被告が大野武から買い受け、この代金から負担するなどの案も提案したが、大野武は、前記のように態度を硬化させており、また出居松枝らと同一の歩調をとっていたこともあって、これに応じなかった。

被告が本件特約に基づく承諾書を得たり、出居松枝らの建物の越境の問題を解決する見通しが立たなくなり、また本件売買契約による残代金の支払時期である同年四月三〇日も間近となったので、同月二〇日、被告、橋本久子、前記八重洲営業センター所長の日下雄司、斉藤政志らが会うこととなったが、その際、日下雄司らは、被告らに対し、承諾書の取得を早くしてほしい、期限までに取得できないと、本件売買契約が解除され、被告が原告に対し本件手付金に違約金を加えて支払わなければならなくなる旨を伝えた。

被告と橋本久子は、事態が深刻となり、本件特約に沿った承諾書を大野武から取得することを迫られ、橋本久子が何度も大野武方に赴き、大野武に右趣旨の承諾書の作成を懇願したが、大野武はこれに応じなかった。そこで、同月二二日、橋本久子は、被告と相談の上、大野武に対し、他に見せたら二、三日うちに必ず返還する旨を申し向け、斉藤政志から受け取った本件承諾書(<証拠>)に署名、押印することを懇願した。大野武は、自分が本件承諾書に署名、押印しないと、被告が本件売買契約を履行できなくなり、困っていることを知っていたので、他に見せるだけで直ぐに返還してくれるものと信じて、やむを得ず本件承諾書に署名、押印してこれを作成したうえ、橋本久子にこれを渡した。

本件承諾書には、大野武所有建物の越境部分の取壊し及び修復工事の費用は本件売買契約に明記されたとおり大野武の負担とすることが記載されていたが、これとは別に、橋本久子は、右同様に、大野武に対し、他の事項は本件承諾書と同じであるものの、右の費用の負担につき、被告が本件土地のうち越境部分の土地を買い取り、その買取費用で取り壊し、修復するとの内容の承諾書(<証拠>)にも署名、押印を求めた。被告らが、乙第一〇号証の本件承諾書のほか、乙第一七号証の右承諾書の作成を必要とした事情は必ずしも明らかではない(本件訴訟においても、被告は、乙第一〇号証の本件承諾書を昭和六三年四月一日に開かれた第六回口頭弁論期日に証拠として提出したが、被告にとっては本件承諾書に劣らず証拠として重要であると思われる乙第一七号証の承諾書は、その約一年後である平成元年二月三日に開かれた第一二回口頭弁論期日に至って提出したものである)が、大野武は、橋本久子の返還するとの右約束を信じて、乙第一七号証の右承諾書にも署名、押印をして、そのころ、橋本久子に渡した。

大野武は、その後暫くして、妻の大野チヨを介して、被告らに対し、何度も右各承諾書の返還を求めたが、同人らが返還に応じなかったため、同人らから嘘をつかれて困ったと言明していた。

大野武は、同月二五日ころ、斉藤政志に対しても、被告が右承諾書を返還しないので、困っていると話していたし、同月二七日ころには、斉藤政志がまとめた前記覚書についても返還を求めた。

(7)  その後、同月二三日、被告は、原告の代理人米島暎朝、斉藤政志らと会った際、大野武から承諾書を取得した旨を告げたが、右の経過で取得したものであったため、当時本件売買契約の履行に関する最も重要な懸案事項の一つであり、斉藤政志らも最も関心を持っていることを知りながら、斉藤政志らに本件承諾書を提示することもなかった。また、米島暎朝は、その際、被告が本件売買契約の白紙撤回を希望するならば、本件手付金を返還するほかに、それに対する金利分と二〇パーセント程度の儲け分を加えて支払ってほしい旨を被告に伝えた。

同月二八日、原告は、住友不動産販売株式会社の担当者らを介して、被告に対し、前記残代金の準備ができた旨を連絡した。

他方、被告も、代理人の弁護士淵上貫之(本件訴訟の被告代理人)を介して、同月二九日到達の書面により、原告に対し、本件土地、建物の明渡しの準備が完了した旨を通知した。もっとも、被告は、そのころまでに本件建物を明け渡した後同人らが居住する建物を他に賃借できるようにしてはいたが、本件売買契約の履行について右のような障害があったため、右以上に現実に明渡しの準備をしていたものではない。

被告は、右の経過から、本件売買契約の履行に関し、本件特約上必要な本件承諾書が取得できなかったことや出居松枝ら所有建物の越境部分の取壊しの問題が解決できなかったことなどから、本件売買契約が原告により解除され、本件手付金等の返還、支払いが求められることもある状況となったので、同月二九日、弁護士淵上貫之にも同行を求め、原告の代理人米島暎朝、斉藤政志らと会ったが、その際にも、被告は、大野武から承諾書を取得した旨の説明をしたものの、それを提示したことはなかった。また、そのころには、米島暎朝、斉藤政志は、既に本件承諾書が大野武の真意に基づき作成されたものではなく、大野武が被告に返還を求めているものであることを知っており、また本件売買契約の解除が必至であるとの状況にあったので、その提示を求めることもなかった。

(8)  本件売買契約により残代金の支払い、本件土地、建物の引渡し等の履行日と定められた同月三〇日、米島暎朝は、原告の代理人として、本件土地の実測面積に応じた残代金九億九二四万三三八八円を日本債券信用銀行振出しの右金額の小切手により被告方に持参し、被告に提供したが、被告が本件特約に基づく本件承諾書を取得しておらず、出居松枝ら所有の建物の越境部分を除去していないとして、被告に右小切手を交付せず、右残代金の支払いを留保した。

その後、原告は、同年五月一日到達の書面により、被告に対し、本件売買契約上の被告の売主としての債務不履行を解決するよう求めた。

次いで、原告は、弁護士小川敏夫(本件訴訟の原告代理人)を代理人として、被告に対し、同年五月一四日到達の書面により、一〇日以内に本件土地上に存在する大野武、出居松枝らの建物を除去するか、即時に撤去できる状態にして原告に引き渡すよう催告した。

被告が右催告に応じなかったため、原告は、代理人小川弁護士を介して、同月二八日到達の書面により、被告に対し、再度、五日以内に本件土地上に存在する大野武、出居松枝らの建物を除去するか、即時に撤去できる状態にして原告に引き渡すよう催告するとともに、右紛争の円満解決を望んでいるとして、その解決について被告の提案を求めた。

これに対し、被告は、代理人淵上弁護士を介して、同年六月一日到達の書面により、原告に対し、被告が売主としての義務と責任を既に完了しているのに対し、原告が売買代金の支払いを怠っている旨を通知した。

被告が右催告に応じて前記の履行をしなかったため、原告は、代理人小川弁護士を介して、同月一七日到達の書面により、被告に対し、本件売買契約上被告が売主として本件土地上に存在する大野武、出居松枝らの各建物部分の除去もしくは直ちに除去できる状態で本件土地を引き渡すべき義務を履行しないとの理由で、本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、本件手付金二億二七〇〇万円の返還と本件違約条項に基づく違約金二億二七〇〇万円の支払いをするよう催告した。

これに対し、被告は、代理人淵上弁護士を介して、同月二九日到達の書面により、原告の本件売買契約違反を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、本件手付金を没収する旨を通知した。

なお、大野武は、昭和六三年九月、死亡した。

(9)  原告は、被告から本件土地、建物を購入しようとした目的として、本件建物を取り壊したうえ、本件土地上にビルを建築することが目的であったと主張するが、本件売買契約締結当時も、前記残代金の支払時期とされた昭和六二年四月三〇日ころも、原告に具体的なビル建築の計画があったものではなかった。前記のように本件土地、建物の購入の意思を表明してから一、二週間のうちに、本件土地の境界を当事者の立会等により十分に検討、確認することなく、契約締結を進めた原告の本件売買契約の締結の前後の動静をみると、原告は、本件土地付近の土地の地価が急騰していたことから、これを機に本件土地、建物を購入し、本件建物を取り壊して、本件土地を更地にしたうえ、本件土地を早期に他に転売して利益を得ることを目的として、本件土地、建物を購入しようとしたものであるということができる。そして、原告は、右転売を円滑に行うために、隣地との境界を明らかにし、本件土地の利用に当たっての障害を除去しておくことが重要であったので、本件売買契約を締結するに当たって、前記のように本件特約等を合意することを求めたものである。

このように、原告は、本件土地付近の土地価格の急騰に乗じて本件土地、建物を転売目的で急遽購入したものの、昭和六二年になると、土地の売買価格の監視、税金の重課等土地価格の抑制に関する法令上の諸施策が実施されることとなったため、土地の価格も下落傾向がみられるようになり、本件土地もその例に漏れず、その価格が値下り気味となった。原告は、不動産取引を業とするものであったから、右の傾向を熟知しており、被告が前記のように本件特約等を履行しないという事情もあって、同年四月中旬以降は、残代金の支払い、本件土地、建物の引渡し等の本件売買契約の実行に熱意を示さなくなり、むしろ本件売買契約を解除してもよいとの意向をもつようになっていた。

もっとも、原告が本件土地、建物を購入した後、本件土地上にビルを建築するとしても(原告が本件土地、建物を第三者に転売して、その第三者が本件土地上にビルを建築する場合も同様である)、本件土地上に、前記のように大野武、出居松枝、成瀬ミツの各建物が合計して3.8平方メートルほど越境していることは、その面積は本件土地の実測面積のわずか1.8パーセントではあるものの、本件土地の周辺が防火地域に指定され、本件土地の代金が3.3057平方メートル当たり金一七八七万一二〇〇円と高価であることなどを考えると、ビルの建築に当たっての障害としては小さいとはいい難いものである。本件土地のうち、右3.8平方メートルの本件売買契約上の価格は、約金二〇五〇万円になる。

また、本件売買契約は、前記のように売買代金については登記簿上の面積を基準として金一一億三五〇〇万円としたうえ、実測面積が右面積と異なる場合には、3.3057平方メートル当たり金一七八七万一二〇〇円で精算するとされていたが、右趣旨は、本件売買契約当時本件土地の測量、境界線の確認がなされていなかったため、後に本件売買契約の対象である本件土地の範囲を測量、関係者の確認により確認される範囲の土地とすることを前提に、売買代金を右のように調整して算定することとしたにすぎないものであって、本件売買契約の対象である土地の範囲について、大野武らの前記建物による越境部分の土地を除外して売買をする趣旨のものではない。

原告は、本件手付金二億二七〇〇万円を他から借り入れて、被告に支払ったため、右借入後現在まで右借入による金利を負担しているが、他方、被告は、当時株式会社ハシモトらが負担していた殆どの債務を本件手付金により弁済し、その後の支払いの負担を免れただけでなく、本件土地、建物になされていた所有権移転登記、根抵当権設定登記を抹消してその負担をも除去することができたものであって、現在まで大きな利益を受けている。

(10)  本件売買契約の中には、本件特約として、売主である被告は、自己の責任において、本件土地、建物の引渡しまでに隣地地主である大野武から建物取壊しに関する本件承諾書を取得し、買主である原告に交付する旨の合意がなされていたが、被告が右期限である昭和六二年四月三〇日までに大野武から同人の真意に基づく承諾書の交付を受けることができなかったことは前記のとおりであるから、被告は、本件特約に違背したものということができる。被告が現在所持する本件承諾書と前記承諾書の二通の承諾書は、被告の妻橋本久子によって前記の経過で大野武から交付を受けたものであって、その後大野武の返還要求の状況等も考えると、到底本件特約に沿ったものということはできない。

また、本件売買契約の中には、売主である被告は、本件土地、建物の上に抵当権、質権、先取特権、賃借権、その他本件土地、建物の完全な所有権の行使を阻害する権利等があるときは、自己の負担と責任をもって、本件土地、建物の所有権移転登記の申請までにこれを完全に除去しなければならない旨の合意がなされていたが、出居松枝、成瀬ミツの各所有建物が本件土地上に越境しており、同人らが前記のようにその取壊しに応じないことは右合意にいう本件土地、建物の完全な所有権の行使を阻害する権利等があるときに当たるものというべきであり、同人らが右期限である同年四月三〇日までに右越境部分を取り壊さなかったことは前記のとおりであるから、被告は、右の点でも、本件売買契約上の売主の義務に違背しているものということができる。

以上の事実が認められる。

これに対し、<証拠>中には、本件土地上には前記の越境部分のあることが前提となって、原告と本件土地の売買の話が進行したものであって、右越境部分を全部引っ込めたうえで売買しようということは聞いていない、大野武は自らの意思に基づき前記各承諾書を作成した、本件売買契約は原告に急がされて締結されたものであって、被告の方は本件土地、建物を売り急ぐ必要はなかった、被告は昭和六二年四月三〇日原告の担当者、斉藤政志らに本件承諾書を提示したなどの旨の、<証拠>中には、大野武は自らの意思に基づき前記各承諾書を作成したなどの旨の部分があるが、これらは、それ自体全般的に重要な点で信用できない点が多々あるのみならず、前掲のその余の各証拠、右認定の事実に照らすと、信用することができない。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定によれば、原告と被告との間に本件特約、本件違約条項を含む前記内容の本件売買契約が締結され、その際原告が本件手付金二億二七〇〇万円を被告に支払ったこと、本件売買契約により昭和六二年四月三〇日までに原告が被告に対し残代金を支払い、被告が原告に対し本件承諾書を大野武の署名、押印を得て交付し、本件土地、建物を完全な所有権の行使を阻害する権利等を除去して引き渡すこととされたこと、原告は右同日残代金を被告に対して提供したが、被告は原告に対して本件承諾書を交付せず、本件土地、建物を前記越境部分を除去して引き渡すことができなかったこと、原告はその後同年五月二度に渡り被告に右の各点について履行を催告したが、被告が履行しなかったこと、原告は同年六月一七日本件売買契約を被告の右債務不履行を理由に解除し、本件手付金二億二七〇〇万円の返還と本件違約条項に基づく違約金二億二七〇〇万円の支払いを催告したことなどの事実を認めることができる。

ところで、本件においては、先ず、原告による本件売買契約の解除の前提となる被告の債務不履行があったかどうかが争点であることは前記のとおりであるが、右認定によれば、原告が右解除の理由とするところは、第一に、本件売買契約上被告が売主として本件土地、建物の上に抵当権、質権、先取特権、賃借権、その他本件土地、建物の完全な所有権の行使を阻害する権利等があるときは、本件土地、建物の引渡期限である昭和六二年四月三〇日までにこれを完全に除去しなければならない旨の合意がなされていたにもかかわらず、出居松枝、成瀬ミツの各所有建物が本件土地上に越境しており、被告が前記のようにその取壊しを実現できなかったばかりか、同人らからその承諾すら得ることができなかったことであり、第二に、本件売買契約には本件特約として、売主である被告が右期限までに大野武から建物取壊しに関する本件承諾書を取得し、買主である原告に交付する旨の合意がなされていたにもかかわらず、被告が右期限までに大野武から同人の真意に基づく本件承諾書の交付を受けることができなかったことである。これらの点は、いずれも本件売買契約の売買の対象となった本件土地の引渡しに関するものであり、それ自体土地の売主としての基本的な義務に属する事柄であるうえ、本件特約は前記の経過で本件土地の引渡しに関し特に原告と被告との間で合意された事項であるから、問題となった大野武らの本件土地に対する越境部分が前記のように面積としてはわずかであるということができるとしても、右認定の本件売買契約締結の経緯等の諸事情の下においては、原告と被告との間で本件土地、建物について本件売買契約が締結されるに至った目的、本件売買契約の内容に照らすと重要な意義を有することは否定できないのであって、右の各点についての被告の不履行は右目的の実現に相当な影響を与えるものであるということができる。したがって、被告が右の各点を履行しなかったことは、本件売買契約上の売主としての基本的な義務に違背したものであり、本件売買契約について債務不履行があったというほかはないから、原告が右の理由で本件売買契約を解除したことは相当であるというべきである。

4  そうすると、本件手付金二億二七〇〇万円の支払請求については、右認定の事情の下においては本件売買契約が商法五一四条所定の商行為に当たるところであるから、被告は、原告に対し、本件売買契約の解除による原状回復として、本件手付金全額の返還義務を負うとともに、本件手付金に対し被告がこれを受領した日の翌日である昭和六一年一一月一二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息(民法五四五条二項)の支払義務を負うものである。

次に、違約金二億二七〇〇万円の支払請求について検討するに、本件違約条項は、右認定のその趣旨に照らすと、賠償額の予定と解するのが相当である(民法四二〇条三項)ところ、被告において本件売買契約の不履行があり、原告が右不履行を理由に本件売買契約を解除したことは前記のとおりであるから、原告は、被告に対し、損害の発生、損害額のいかんにかかわらず、約定の違約金(本件違約条項によれば、本件の違約金は売買代金の二割相当額である)の支払いを請求することができ、裁判所は右約定の違約金の額(損害賠償の額)を増減することができない(民法四二〇条一項但書)とされているところである。しかしながら、右のような賠償額の予定に関する約定も、法律上の他の要請を免れるものでないことは当然であり、例えば割賦販売法六条、利息制限法四条等の明文の規定がある場合には、約定の損害賠償の額を減額することができることはいうまでもないが、それ以外の場合であっても、約定の内容が当事者にとって著しく苛酷であったり、約定の損害賠償の額が不当に過大であるなどのときは、公序良俗に反するものとして、その効力に影響が及ぶこともあるし、また、約定の損害賠償の額を請求する者が損害の発生等につき過失があり、これを斟酌しなければ不公平であるときは、過失相殺により、その効力の一部が否定され、その額が減額されることもあり、さらに、約定の内容、約定がなされるに至った経緯、当事者の関与の状況等の個々の事案の事情において、約定の効力をそのまま認めることが不当であるときは、信義誠実の原則により、その約定を全部無効とし、又はその約定の一部を無効とし、その額を減額することができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件違約条項で合意された違約金は売買代金の二割相当額である金二億二七〇〇万円であるところ、そもそも原告が本件土地、建物を購入しようとした目的は、当時本件土地周辺の土地の価格が急騰し、それに乗じて本件土地を他に転売して利益を得ようとしたというものであり、そのために、原告は、不動産取引の専門業でありながら、本件土地の境界等本件土地の状況も事前に十分確認することもなく、短時日のうちに急遽本件売買契約を締結するに至ったものであり、本件土地、建物のような高額な不動産の売買に当たる不動産業者としては通常有すべき慎重さを著しく欠いていたこと、原告は、本件土地の価格が値下り気味になると、本件売買契約の履行期前であるにもかかわらず、本件売買契約の解除あるいは合意解除を前提とした言動をとっていたこと、原告は、本件売買契約の履行期前、本件手付金の返還のほか、これに対する金利分と利益分(本件手付金の約二〇パーセント)を支払えば本件売買契約を白紙撤回してもよい旨を被告に明らかにしていたこと、他方、被告は、本件土地、建物を売却せざるを得ない状況の下で、十分な配慮もないまま本件売買契約を締結するに至ったものであるが、その後本件承諾書を取得することができないなど売主としての義務をすべて履行することができなかったものの、その履行に向けて努力をしているし、本件売買契約の解除の理由となった被告の不履行の程度は前記の程度のものであったこと等、原告と被告の本件売買契約締結の目的、経緯、その後の履行の状況、被告の債務不履行の程度、本件売買契約を巡る原告と被告の利害関係等右認定の諸事情に照らすと、原告が被告に対し、本件違約条項に基づき、違約金として約定の金二億二七〇〇万円全額を請求することができるとすることは、原告と被告との間の衡平を著しく損ない、不当であり、本件売買契約を巡る信義誠実の原則に反するものといわざるを得ないから、許されないというべきであって、右認定の諸事情を考慮すると、原告は、被告に対し、本件違約条項に基づく違約金としては、右約定の範囲の違約金のうち三割に相当する金六八一〇万円の支払いを請求することができるものと解するのが相当であり、衡平の理念に適うものというべきである。そうすると、原告は、被告に対し、右違約金六八一〇万円とこれに対する催告の日の翌日である昭和六二年六月一八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる筋合いである。

二抗弁について

被告は、先ず、抗弁1において、(1)ないし(5)の事情を主張して、原告による本件売買契約の解除が信義則に反するか、権利の濫用に当たる旨を主張するが、被告主張の右(1)ないし(5)の事情によっても原告による本件売買契約の解除が信義則に反するとか、権利の濫用に当たるとはいい難いのみならず、本件売買契約締結の経緯、その後の状況、右解除の経緯等の前認定の事情の下では、右主張にかかる信義則に反するとか、権利の濫用に当たる事情を認めることができないのであるから、被告の右主張を採用することはできない。他に被告の右主張を認めるに足りる証拠もない(もっとも、被告の右主張は理由がないが、右主張の趣旨は前記の本件違約条項に基づく違約金請求の判断に当たって考慮したところである)。

また、被告は、抗弁2において、被告が原告の本件売買契約の不履行により本件違約条項に基づく違約金請求権を有するとして、原告請求にかかる本件手付金返還請求権と相殺する旨を主張するが、前認定のように、本件売買契約を履行しなかったのは被告であって、原告には不履行の事実が認められないし、他に原告に不履行があったとの事実を認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。

このように、被告主張の抗弁はいずれも理由がないから、原告の本訴請求は前記の範囲で正当として認容すべきものである。

三よって、被告は原告に対し前説示のとおり金二億九五一〇万円及び内金二億二七〇〇万円に対する昭和六一年一一月一二日から、内金六八一〇万円に対する昭和六二年六月一八日から各支払済みまで年六分の割合による金員の支払義務を負うこととなり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官升田純)

別紙<省略>

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