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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7980号 判決 1988年12月20日

主文

一(甲・丙事件について)

原告の請求にいずれも棄却する。

二(乙事件について)

1  原告と被告との間において、原告が被告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、金八五五万円及び昭和六三年四月以降毎月末日限り金三五万円あてを支払え。

三(訴訟費用の負担について)

訴訟費用は甲事件原告・乙事件被告・丙事件原告の負担とする。

四(仮執行の宣言について)

この判決は、二項2に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告蜷川静康(以下全事件を通じ「被告静康」という。)は、原告(以下全事件を通じ「原告」という。)に対し、 別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物(一)」という。)を明け渡し、昭和六二年一月一七日から右明渡済みに至るまで一か月金四万円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告静康の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(乙事件)

一  請求の趣旨

主文同旨の判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告静康の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告静康の負担とする。

(丙事件)

一  請求の趣旨

1 被告蜷川喜美子(以下「被告喜美子」という。)は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物(二)」という。)を明け渡し、昭和六二年一一月一二日から右明渡済みに至るまで一か月金四万円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告喜美子の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 原告は天台宗の教義を広めることなどを目的とする宗教法人であり、公衆礼拝の用に供する建物として本件建物(一)を所有している。

2 被告静康は、昭和六二年一月一七日以降本件建物(一)を占有している。

3 被告静康が本件建物(一)のうち主として使用している本件建物(二)の同日以降の一か月当たりの賃料相当額は、金四万円である。

4 よって、原告は、被告静康に対し、本件建物(一)の所有権に基づき、同建物の明渡しと本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年一月一七日以降右明渡済みに至るまで一か月金四万円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認め、3の事実は否認する。

三  抗弁

被告静康は原告の住職であった父蜷川静淵が昭和四八年に死亡するとともに、任命権者である天台座主から原告の住職に任命された。原告の住職の地位にある者は、法務を遂行するために、本件建物(一)に居住する権原を有する。

四  抗弁に対する認否

認める。

五  再抗弁(被告静康の住職辞任申請に基づく解任)

被告静康は、昭和五五年ころからアルコール依存症による飲酒酩酊のために法務をたびたび怠った。そして、度重なる法務の懈怠によりもはやこれを黙視し得ない状況となった昭和五八年八月中旬ころ、同被告と原告の法類、組寺各総代、同被告の親族、檀家らが協議した際、同被告は、天台宗務総長(以下「宗務総長」という。)宛の住職辞任願(以下「本件辞任願」ということがある。)を作成し、これを法類に交付した。法類は、右辞任願を受領したものの、なお同被告の立ち直りを期待してこれを天台宗務庁(以下「宗務庁」という。)に提出することを留保していたが、同被告のアルコール耽溺の状態は一向に改まらなかったため、昭和五九年九月一三日右辞任願を宗務庁に提出した。そこで、天台座主は、右辞任願を受けて、同被告に対し、昭和五九年一一月三〇日原告の住職から解任する旨の意思表示をした(以下「本件解任」ということがある。)。

よって、被告静康は原告の住職の地位を解任されたことに伴い、昭和五九年一二月一日以降本件建物(一)の占有権原を有しないものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

なお、被告静康が本件辞任願に署名捺印をしたのは、昭和五八年春の彼岸法要の務めを怠った後の、同年四月末か五月初めころのことである。

七  再々抗弁

1 (辞任の意思表示の撤回)

被告静康は、昭和五九年一〇月一七日宗務庁庶務部長から本件辞任願について書面による照会を受けたので、これに対して同月二四日付け書面で辞任の意思がない旨を明確に回答し、もって先の辞任願を撤回する旨意思表示した。

天台座主の本件解任の意思表示は、右辞任願撤回の意思表示後にされたものであり、無効である。

2 (錯誤による辞任の意思表示の無効)

被告静康は本件辞任願に署名捺印したが、これは、法類である竜宝寺住職訴外釋氏亮源(以下「釋氏住職」という。)、清水寺住職訴外青木親晃(以下「青木住職」という。)、組寺である常福寺住職訴外吉田道稔(以下「吉田住職」という。)らから本件辞任願に署名捺印するよう迫られ、これを拒否したところ、署名捺印しないと罷免あるいは僧籍を剥奪すると脅かされる一方、これはただ預かるだけだとか、立ち直れば許してやるなどと言われたので、法要の務めを怠ったことにより罷免あるいは僧籍剥奪の懲戒処分を受けることがあるかもしれないと畏怖し、かつ、本件辞任願に署名捺印しても法類たちが預かるだけであると思い、署名捺印したものである。

ところが、被告静康にはその当時懲戒事由がなく、本件辞任願を提出する動機となった懲戒処分を受ける可能性につき重大な錯誤があり、右動機は表示されていたから、右住職辞任の意思表示は錯誤により無効である。

3 (心裡留保による辞任の意思表示の無効)

前記のとおり、本件辞任願における住職辞任の意思表示は、被告静康の真意ではなかったところ、宗務庁はこれを知っていたのであるから、右辞任の意思表示は心裡留保により無効である。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実はすべて否認し、その主張は争う。

九  再々々抗弁(再々抗弁1に対し)

住職の辞任申請は、法類、組寺各総代の連署を要するから、右辞任の意思表示の撤回についても同じく法類、組寺各総代の連署が必要であり、被告静康が単独でした撤回の意思表示は無効である。

一般的に、本人の署名のほか第三者の連署を必要とする書面の存在を要件とする意思表示については、その撤回について本人の意思表示のみで足りるとすることは、第三者の連署という事実を無視するものであり、正当な解釈ではない。本件の場合、住職はいつでも辞任する自由を有するにもかかわらず、住職辞任願に法類、組寺各総代の連署を必要とするのは、辞任理由のいかんによっては翻意を促す場合もあるなど辞任理由に対する判断の機会を留保する必要があることや、住職の辞任が、後任住職の選定、法類、組寺の協力関係、檀信徒への影響等、宗門に重大の影響を及ぼすからである。右のような理由により辞任願に法類、組寺各総代の連署を必要としているのに、辞任申出の意思表示を単独で撤回できるとするならば、法類、組寺各総代の面目を失わせることはもとより、その協力関係も得られなくなり、檀信徒にも混乱を生ぜしめ、収拾し難い事態を惹起する虞れがあるから、そのような行為は許されるべきではない。

一〇  再々々抗弁に対する認否

否認する。

住職の辞任申請に法類、組寺の連署を必要としているのは、住職の辞任が、檀家、法類、組寺に影響を及ぼすというにとどまらず、本人にとっても住職の地位喪失に伴い寺院に居住する権利や給与を受ける権利を失うなど重大な不利益をもたらすものであることから、一時の軽率な判断で辞任願を提出させないようにする趣旨である。これに対して、辞任願の撤回は本人に何ら不利益をもたらさないし、単に元の状態に戻るにすぎないから、檀家、法類、組寺に迷惑を及ぼすわけでもない。また、辞任願の撤回は純粋に本人の自由な意思によって処理されるべき事柄であるから、他人の連署を必要とする合理的根拠はない。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告静康は、昭和四八年に天台座主から原告の住職に任命され、それとともに原告の代表役員、責任役員となった。

2 原告は、被告静康が昭和五九年一二月一日以降原告の代表役員、責任役員の各地位にあることを争っている。

3 被告静康の原告住職としての報酬は、昭和六〇年七月以降一か月金三五万円を下らない。

4 よって、被告静康は、原告との間において、同被告が原告の代表役員及び責任役員の各地位にあることの確認を求め、かつ、昭和六〇年七月から昭和六三年三月までの未払報酬金八五五万円(原告は、昭和六〇年七月から昭和六一年四月までは報酬として毎月金三〇万円を支払ったので、その間の未払報酬合計額として金五〇万円、昭和六一年五月から昭和六三年三月までは報酬を支払わないから、その間の未払報酬合計額として金八〇五万円)及び昭和六三年四月以降毎月末日限り金三五万円あてを支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。

三  抗弁

甲事件の再抗弁と同じ。

四  抗弁に対する認否

甲事件の再抗弁に対する認否と同じ。

五  再抗弁

甲事件の再々抗弁と同じ。

六  再抗弁に対する認否

甲事件の再々抗弁に対する認否と同じ。

七  再々抗弁

甲事件の再々々抗弁と同じ。

八  再々抗弁に対する認否

甲事件の再々々抗弁に対する認否と同じ。

(丙事件)

一  請求原因

1 甲事件の請求原因1同じ。

2 被告喜美子は、昭和六二年一一月一二日以降本件建物(二)を占有している。

3 本件建物(二)の同日以降の一か月当たりの賃料相当額は、金四万円である。

4 よって、原告は、被告喜美子に対し、本件建物(一)の所有権に基づき、本件建物(二)の明渡しと本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年一一月一二日から右明渡済みに至るまで一か月金四万円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認め、3の事実は否認する。

三  抗弁

被告喜美子は、被告静康の姉であり、甲事件抗弁のとおり原告の住職として本件建物(一)の占有権原を有する被告静康から使用借権の設定を受けて本件建物を占有しているものである。

四  抗弁に対する認否

被告喜美子が被告静康の姉であることは認め、被告静康が本件建物(一)の占有権原を有するとの主張は争い、被告喜美子が被告静康から本件建物(二)の使用借権の設定を受けているとの事実は認める。

五  再抗弁(被告静康の住職解任による本件建物(一)の占有権原の喪失)

甲事件の再抗弁と同じ。

六  再抗弁に対する認否

甲事件の再抗弁に対する認否と同じ。

七  再々抗弁

甲事件の再々抗弁と同じ。

八  再々抗弁に対する認否

甲事件の再々抗弁に対する認否と同じ。

九  再々々抗弁

甲事件の再々々抗弁と同じ。

一〇  再々々抗弁に対する認否

甲事件の再々々抗弁に対する認否と同じ。

第三  証拠<省略>

理由

第一  甲事件について

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、これに対する抗弁事実も当事者間に争いがない。

二  そこで、再抗弁(被告静康の住職辞任申請に基づく解任)について判断する。

1  <証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 天台宗では、住職の任免は、宗徒及び檀信徒の敬仰する天台宗の象徴であり、比叡山延暦寺の住職にある者をもって充てられる天台座主が統裁する宗務行為の一つとされ(天台宗宗憲一五条六号)、住職の任免などの天台座主の宗務行為はすべて宗教法人天台宗の代表役員である宗務総長、その他の責任役員である参務によって組織される総務局の上申によって行い、総務局がその責任を負うものとされている(天台宗宗憲一六条)。

(二) 被告静康は、昭和四八年ころから、住職としての職務上の鬱憤をはらそうなどとして飲酒するようになり、やがて飲酒による酩酊のために法要の務めを怠るなどの不祥事を起こすようになった。同被告は、昭和五五年春、彼岸の法要の務めを飲酒酩酊のために怠り、原告の関係寺院(天台宗では関係寺院を法類、組寺と称している。)の住職らから叱責を受けた。このため、同被告は、同年五月二三日、釋氏住職、青木住職及び吉田住職宛に、鈴木知準修練道場に入所して病気治療と併せて精神面の作興を計り、退所後再度諸先生方に御迷惑をおかけしないことを誓うなどという内容の誓約書を提出し、右道場で治療を受け、その後比叡山で一〇〇日間の修行をして回復に努めたりした。

しかしその後も、被告は、昭和五八年春、彼岸法要の務めを飲酒酩酊のために怠った。そこで同年五月一日、東光院に釋氏住職、青木住職、吉田住職、檀家数名及び同被告の親族らが集まって同被告の処遇等について協議された。その際、同被告は、吉田住職から厳しく叱責を受け、住職辞任願を預かっておくから所定の用紙に署名捺印するよう求められ、また、右住職辞任願については今後一年間様子をみて反省の態度が認められれば宗務庁に提出しないという趣旨のことを申し渡され、求めに応じて宗務総長宛の本件辞任願に署名捺印してこれを吉田住職に預けた。

(三) しかるに、被告静康は、またしても昭和五九年七月一〇日ころ施餓鬼法要の務めを飲酒酩酊のために怠った。そこで、同年八月二〇日ころ、法類、組寺、檀家らが集まった協議の席上、同被告は、吉田住職から、また不祥事を起こしたのでいつまでもこのままにしておくことはできないとして、預かり中の本件辞任願を宗務庁に提出する旨を告げられたが、これに対して同被告は、無言で頭を下げるだけで異議を述べなかった。

その後、法類、組寺各総代が本件辞任願に署名捺印をし、所定の事項を記入して、昭和五九年九月一三日天台宗の東京教区宗務所に提出し、これが受理されて宗務庁に送付された。

天台座主は、昭和五九年一一月三〇日、右辞任の申請に基づき被告静康を住職から解任する旨の「願に依り該職を解く」と記した書面を作成し、右書面は翌一二月一日に東京教区副教区長であった訴外眞泉光隆住職から同被告に示され、本件解任の意思表示は同被告に到達した。

2  右認定の事実によれば、被告静康が昭和五八年五月一日に署名捺印した本件辞任願は、同被告の意思に基づいて提出されたものというべきであり、右辞任の申請に対して、天台座主は本件解任の意思表示をしたものである。

三  次いで再々抗弁1(辞任の意思表示の撤回)について判断する。

<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件辞任願が宗務庁に提出された後、宗務庁の池月孝文庶務部長(庶務部長は参務の職にある。以下「池月庶務部長」という。)は、被告静康に対し、昭和五九年一〇月一七日付けの「住職辞任願いについて」と題する書面をもって、左記の点について回答を求めた。

「1 貴師の健康に関する医師の診断書と快復見込の有無について(医師厳封のもの)

2  貴師辞任と檀信徒の意向及び檀信徒総代の同意について

3  辞任後の希望処遇について

4  檀信徒の意向を加味した希望後任者の見通しについて」

2 被告静康は、右書面に対してどのように回答するかについて、檀家総代で同被告の住職在任を願う趣旨の嘆願書を宗務総長宛に提出した訴外広瀬恭次(以下「広瀬」という。)と同藤田昌秀に相談を持ち掛け、広瀬らに対して住職を辞任したくないという意向を述べた。そこで、広瀬が同被告の意を受けて池月庶務部長宛の回答の書面を作成し、前記2の項目に対して「辞任の意志はありません。檀信徒大多数の御意向は、先きに東京教区長宛提出致しました嘆願書通りであります。」と記載した。同被告は、この書面に捺印をして、昭和五九年一〇月二四日、広瀬と共に東京教区宗務所に赴いてこれを提出し、右書面は宗務庁に送付され、右撤回の意思表示はそのころ到達した。

四  進んで、再々々抗弁について判断する。

1  <証拠>によれば、宗教法人天台宗の住職及び教会主管者選任規程(以下「選任規程」という。)第四条第六号は、「住職の辞任を申請する場合は、第一項に掲げる関係者の連署を要するものとし、宗務総長に申請した者を天台座主が解任する。」と規定し、住職の辞任を申請する場合には同条第一項に掲げられている法類総代及び組寺総代の連署が必要とされていること、本件においても被告静康が住職の辞任を申請するに当たって提出された本件辞任願には法類総代の釋氏住職、青木住職、金子晃渕住職、組寺総代の石川亮人住職が連署していること、他方住職が辞任の申請を撤回する場合の方式については、選任規程には特別の定めがないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、住職の解任については、当該住職の意に反してもその地位を解く罷免の懲戒処分が別に留保されていることを合わせ考察すると、辞任申請やその撤回といった行為は、その性質上当該住職の自由な意思に委ねられているものと解されるから、いったん辞任の申請をしても、解任の意思表示があるまでの間は、合理的な根拠に基づく特約のない以上、関係者に不測の損害あるいは混乱を与えるなど信義に反するような特段の事情がない限り辞任申請の意思表示を自由に撤回できるものと解するのが相当である。とすると、右選任規程には、辞任申請に法類、組寺各総代といった関係者の連署を必要とする旨の特約があり、右特約には、寺院の主管者である住職の辞任が寺院の運営に及ぼす重大な影響をおもんばかり、住職の一存で辞任の申請がされた場合に予測される寺院運営の混乱を回避し、寺院運営の安定的継続を保持するうえで合理性が認められるが、右辞任申請を撤回する場合の方式については特別の定めはないうえ、辞任申請の撤回は、それにより従前どおり住職の地位にとどまるというにすぎず、辞任申請の場合と比べ寺院の運営に及ぼす一般的な影響は小さいものと考えられるから、辞任申請の撤回につき選任規程が辞任申請の場合と同じ方式によることを当然に要求していると解することもできない。そして、本件における被告静康の辞任申請の撤回について信義に反するものとしてその効力を否定すべき特段の事情があるとも認められない。

すると、関係者の連署した書面によることが辞任申請撤回の意思表示の効力発生要件となっているものと解することはできず、その他に、本件辞任願撤回の意思表示の効力を否定すべき理由もない。

したがって、原告の再々々抗弁は理由がない。

五  以上のとおりであって、被告静康がした住職辞任申請の意思表示は有効に撤回されたものと解すべきであるから、天台座主のした本件解任の意思表示は被解任者の辞任の意思表示という前提要件を欠く無効なものというほかはなく、同被告は、なお住職たる地位を有し、本件建物(一)に居住する権原を有するものというべきである。

第二  乙事件について

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁から再々抗弁までについては、甲事件の再抗弁から再々々抗弁までについて認定、判断したとおりであるから、これを引用する。

三  したがって、被告静康は、なお原告住職たる地位にあるというべきであり、原告は、同被告に対し、請求原因4の金員を支払うべき義務があるというべきである。

第三  丙事件について

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、被告静康の姉である被告喜美子が被告静康から本件建物(二)の使用借権の設定を受けているとの抗弁事実も当事者間に争いがない。

二  再抗弁から再々々抗弁までについては、甲事件の再抗弁から再々々抗弁までについて認定、判断したとおりであるから、これ引用する。

三  したがって、被告喜美子は本件建物(二)につき占有権原を有しているものというべきである。

第四  結語

よって、原告の甲及び丙事件請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告静康の乙事件請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田和徳 裁判官 藤村啓 裁判官 峯 俊之)

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