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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)17077号 判決 1990年11月13日

原告 亡金子豊次承継人 金子禎夫

右訴訟代理人弁護士 中陳秀夫

同 堀井準

被告 林義隆

被告 山口弓子

右両名訴訟代理人弁護士 高中正彦

主文

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき、左記の修繕をせよ。

(一)  入口両側の柱(別紙検証見取図表示の柱Ⅰ・Ⅱ)の土台に接する腐食部分を除いて根継ぎし、敷居を全部取り替えるとともに、梁の沈下を補正すること。

(二)  屋根のトタン板を全部取り替えること。

(三)  右検証見取図ヘト間の板壁の穴を建物内部から板をもってふさぐこと。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの連帯負担、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、別紙目録記載の修繕をせよ。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和二七年九月二四日林安雄との間で、本件建物につき、賃貸期間を同月二二日から昭和三四年九月二一日まで、賃料を月額二万円とする賃貸借契約を締結して、これを賃借した。

2  その後右賃貸借契約は更新を繰り返し、被告らが相続により賃貸人の地位を承継している。

二  争点

1  原告の主張

原告は、本件建物を果物店及びフルーツパーラー用の店舗、事務所、保管加工所として使用しているところ、本件建物は、近年ベニヤ板の壁、モルタル床、間仕切り、天井板等のいたみが激しく、右店舗等としての使用に著しく支障を来しているので、賃貸人である被告らは、別紙目録のとおりの修繕を施すべき義務がある。

2  被告らの主張

原告は、本件建物から歩いて一、二分のところにある高島屋百貨店(本店)において果物店を営み、本件建物をそのための倉庫として使用しているのであって、営業上極めて大きい利便を得ており、原告の使用形態を前提とすれば、本件建物は現在の状態でも十分使用に耐え得るものである。

第三争点に対する判断

一  本件建物の使用状況等について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件建物は日本橋にある百貨店高島屋本店の北方約一〇〇メートルの位置にあり、付近は高度に発展した商業地域であるが、本件建物の周辺はその狭間にあって、低・中層の小売店舗、飲食店等が密集している。

(二)  原告は果物商を業とする株式会社八重洲栄屋を経営しているところ、右会社は高島屋本店に果物店を出店しており、右店舗における月商は平常月で二五〇〇万円以上、夏冬の繁忙月で約一億円にのぼっている。本件建物は、主に、右店舗で販売する商品の倉庫として使用されているが、高島屋内のジューススタンドで販売するジュースの材料仕込作業も本件建物内で行われているほか、商品の在庫管理等の事務を行うための事務机も一つ置かれている。

(三)  本件建物の賃料は順次増額されて、昭和六〇年一月以降月額一〇万円となっていたが、被告らは、右賃料額が地価の高騰、公租公課の増額等により不相当になったとして、昭和六二年四月及び平成元年六月の二回にわたり賃料増額請求を行い、訴訟に持ち込まれた結果、昭和六二年四月一〇日以降の賃料を月額一五万〇九〇〇円、平成元年七月一日以降の賃料を月額一五万五〇〇〇円とする判決が平成二年一月二六日当裁判所において言い渡された。

二  本件建物の現況について

前記各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件建物(現況約三三・八八平方メートル)は、昭和二一年頃建築された木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建の建物であり、床はコンクリート、天井はベニヤ板、壁は板壁、屋根はトタン板である。前記賃料増額請求訴訟における鑑定では、本件建物の価額は一〇万円ないし二〇万円と評価されている。

(二)  原告は、昭和四四、五年頃、板壁の穴のあいた箇所や屋根のトタン板を補強する修繕を行ったほか、昭和四七年頃近隣のボヤで消火用放水を浴びた後にも、天井板をベニヤ板で補強し、板壁を内側からトタン板で補強したほか、入口の戸を全部取り替え、放水で駄目になった畳を廃棄して板の間にするなどの工事をした。これらの費用は、原告又は前記株式会社八重洲栄屋において負担した。

(三)  現在、本件建物の道路に面した入口は三枚の板引戸となっているが、両側の柱(別紙検証見取図表示の柱Ⅰ・Ⅱ)の土台に接する部分が腐食しており、これにつれて梁が沈下し、敷居もかなり摩耗しているため、たてつけが悪くなっている。また、屋根のトタン板の腐食が進んでいるため、腐食部分から雨漏りが生じている。更に、右検証見取図ヘト間の板壁に穴があいており、原告において内側からダンボールを当てるなどして簡易補修している。

(四)  本件建物は全体的にかなり老朽化しており、コンクリート床には全面に亀裂が入り、凹凸を生じているし、壁面上部や天井には雨漏りの跡があり、天井板も古くなり、天井や内壁には一部電気配線の露出している箇所があるなど、全体的に古ぼけていて、みすぼらしい印象を与える。しかし、板の間の根太に顕著な緩みは認められず、便所にも、壁の一部に隙間が生じている箇所があるものの、ドアや便器等の破損はない。

(五)  なお、本件建物の入口側を除く三方には隣接建物が密着しているため、外壁に補修を加えることは物理的に極めて困難である。

三  修繕の要否及びその範囲について

1  以上の認定事実によれば、本件建物は老朽化が相当進んでおり、早晩大修繕ないし改築を免れないというべきであるが、賃貸人の修繕義務の存否及びその範囲・程度は、契約で定められた建物使用の目的、実際の使用方法・態様との関係で相対的に決せられるべきであり、修繕が可能であって、修繕をしなければ契約の目的に即した使用収益に著しい支障が生ずる場合に限って修繕義務があるというべきであるが、当該建物の経済的価値、賃料の額、修繕に要する費用の額等をも考慮に入れて、契約当事者間の公平という見地からの検討も加える必要がある。

2  これを本件建物についてみるに、前記二(三)の点すなわち柱の腐食、敷居の摩耗、屋根のトタン板の腐食による雨漏り及び板壁の穴は、いずれも本件建物の使用に著しい支障を来す性質のものであるから、被告らは主文第一項掲記の範囲・方法による修繕義務を免れないというべきであるが、それ以外の点は、前記のような本件建物の使用状況を前提とする限り、必ずしもその使用に著しい支障が生ずるものとは認め難いし、本件建物が老朽化してもはやわずかな経済的価値しか有しないことを考慮に入れると、その修繕義務を被告らに課すのは、契約当事者間の公平の見地からみて、相当でないというべきである。

(裁判官 魚住庸夫)

<以下省略>

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