東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13154号 判決 1990年12月25日
原告(反訴被告。以下「原告」という。)
余川仙こと余川リキ
右訴訟代理人弁護士
横山正夫
被告(反訴原告。以下「被告」という。)
村上幸美子
右訴訟代理人弁護士
荒竹純一
同
森岡一郎
主文
一 被告は、別紙物件目録記載の建物部分に立ち入ってはならない。
二 被告の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。
事実および理由
第一請求
一本訴請求
主文一項と同旨
二反訴請求
被告が、別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)につき、期間の定めなく、賃料は一週金一二万円、週毎に月曜日に後払いとする賃借権を有することを確認する。
第二事案の概要
本件は、被告が、原告所有の本件建物部分について賃借権があると主張し、本件建物部分に侵入していたところ、原告が、右主張を争い、所有権に基づきその立入禁止を求め、他方、被告が右賃借権の確認を求めているものである。
一争いのない事実
1 原告は本件建物部分を所有している。
2 原告は、昭和六一年五月二四日、被告との間で、被告が本件建物部分において焼鳥屋(飲食店)を営むことに関し、契約(以下「本件契約」という。)を結び、被告は、本件建物部分において焼鳥屋営業に従事し始めた。
3 原告は被告に対し、昭和六二年三月一一日到達した内容証明郵便をもって、契約期間の満了、本件建物部分処分の必要、信頼関係破壊による本書をもってする契約解除を理由に本件契約の終了を通知し、本件建物部分への立入りを禁止した。
しかし、被告は、本件建物部分について賃借権がある旨主張して、本件建物部分への侵入を続けるので、原告は、被告を相手方として、本件建物部分への立入禁止の仮処分の申請をなし、同年七月二日、右申請を認容する決定を得た。
二争点
1 本件契約は賃貸借契約であるか経営委託契約ないし雇用契約であるか。
2 本件契約は一時使用のための賃貸借契約であるか否か。
3 本件契約は更新されたか否か。
4 本件契約は信頼関係の破壊などを理由とする解除により終了したか否か。
第三争点に対する判断
一争点1(本件契約の法的性質)について
1 証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件契約の内容の概要は次のとおりである。
① 被告は、原告に代わって、本件建物部分において焼鳥屋営業をする。
② 契約期間は、昭和六一年五月二四日から昭和六二年二月末日までの約九か月とする(但し、日曜日・祝祭日を除く。)。
右期間は、原告が本件建物部分を取壊し、ビルを建築する予定があり、右工事の着工を同年三月とする計画があるため、右工事着工までの間の利用として、暫定的に定めたものであること、そのため右期間は原則として延長できないものであることを相互に確認した。
③ 被告は、原告に対し、売上額のいかん(利益の有無)に拘らず、焼鳥屋営業に伴う店舗利用の代償金名義で、一週間(六日分)一二万円を毎週月曜日に前週分を支払う。
売上金からすべての経費・右代償金を差し引いた残りは被告が取得する。
この代償金は、被告が休業したときでも、支払う。
④ 被告は原告に対し、③の代償金支払債務を担保するため、二〇〇万円を預託する。
原告は、右担保金をもって、右代償金の支払い、契約終了時において被告が支払うべき店舗(造作・什器・備品など)損傷に対する代償金の支払いに充当できる。
原告は、契約終了時に、右担保金の残額を返還する。
⑤ 被告は、本件建物部分を焼鳥屋営業以外の営業、私用に利用しない。
被告の出勤時間は午後四時までとし、開店の時間は午後五時半から午後一一時までとするが、客の都合により終業時間を延長することができる。
被告が使用人を採用するときは、事前に原告に面接させてその了解を得、出入りする商人の屋号・住所などを原告に報告する。被告は、毎月末日限り電気・ガス・水道・電話の各料金を原告に渡し、原告がこれを自己の名義で支払う。税務署に提出する都合上、被告は、営業帳簿・税金分を毎月原告に提出し、その指示により税金を納める。
⑥ 被告は、本件契約が一時的暫定的な利用契約であることに照らし、契約終了に当たっては、原告に対し、一切金銭の要求をせず、直ちに本件建物部分より退去する。
⑦ 本件契約は、②の定めに拘らず、ビル建築の一か月前まで継続することとし、②の期限が到来してもビル建築に至らないときは協議の上更新し、右期限前に建築の必要が生じたときは原告において解約を申入れることができる(そのときは、被告は右申入後一か月以内に退去する。)。
(2) 本件建物部分を含む建物全体は、二階建てであるが、銀座の飲食店街のいわゆる一等地にあり、一階部分のうち、道路から向かって右側が本件建物部分で、左側も店舗であり、本件建物部分の奥には本件建物部分と板壁・カーテンで仕切られた原告の居住する部屋が存する。本件建物部分の鍵は原告が保管していた。
右建物全体は、原告所有であるが、もとは大正一二年ころ建築された木造のバラックで、柱を換えるなどして維持されてきた古いものであるため、原告は、堅固な建物への立て替えを考えて、その敷地に関する賃貸借契約の借地条件変更の申立てをなし、昭和五三年一〇月、給付金八四二万円余の支払いを条件に、土地使用目的を堅固建物所有とする旨の決定を得、その後右給付金を支払ったので、堅固な建物を建築できることとなった。しかし、その後原告の病気などのため建築は延び延びとなっていたが、昭和六一年二月ころ建設会社からかなり明確な設計・事業計画が出され、その計画によると、昭和六二年三月ころには工事に着工できるというものであったため、原告の代理人弁護士において、原告の健康の回復を待ちつつ、建築について検討・準備を進めている状況にあった。
(3) 本件建物部分における営業の許可は、従前どおり、原告名義のままであり、屋号も、本件建物部分において原告が長年使用してきた「焼鳥あらし」をそのまま使用することとした。
被告は、営業をなすに当たって、本件建物部分の内装に費用をかけず、什器・備品も、一部持ち込んだほかは、本件建物部分に備付けの原告所有のものを使用した。
(4) 本件契約上、被告の焼鳥屋営業について原告が指示を与える権限はなく、実際上も、被告の営業について原告が指示を与えたことはなかった。営業資金は被告が調達し、商品・材料の仕入れは被告が自己の名義と計算で行い、出す料理の品目・価格の決定、伝票の作成・記帳も被告が行っていた。
(5) 被告は、契約の約定に従い、原告に対し、担保金名義の二〇〇万円を預託したほか、本件建物部分利用の代償金名義で、一週間(六日)分一二万円を毎週月曜日に前週分を、本件建物部分の電気・ガス・電話等の料金をそれぞれ支払った。
右担保金の金額は、借家法の適用を受ける通常の賃貸借の敷金ないし保証金としては、非常に低額である。
なお、被告は、契約の約定に従い、営業を開始する前の、昭和六一年五月二四日から同年七月末日までの間も、右代償金を支払った。
(6) 本件契約の直前に、原告から、本件契約部分に関する訴外池尻雅美との間の契約書の作成を依頼された弁護士は、実情からすると、一時使用のための賃貸借であると判断して、表題を「店舗一時使用に関する契約書」とし、契約の前提事実を、本件建物部分を含む建物全体は一年以内に堅固な建物に立て替える予定であるが、建築に着手するまでの間一時使用貸しする、原告が被告に対し一時使用貸しをし、その契約期間を昭和六一年二月八日から昭和六二年二月末日までとする等という内容の契約書を作成したが、契約成立に至らなかった。
その後、被告との契約の締結に関与した同弁護士は、これも一時使用の賃貸借とした方が実情に合うと考えたが、原告が、賃貸借契約ではなく、経営委託契約という形式を希望したため、本件契約は(1)のような内容の契約になった。
原告は、自分が経営者となり被告を使用人とすることを望んでいるのであるが、現実には、その年齢・金銭の管理の能力などに照らし、その経営能力は乏しい。
2 右の事実によれば、次のことが明らかである。即ち、本件建物部分における焼鳥屋営業に関し、原告の有する営業の許可が利用され、原告において名目的かつ少しの権限を有していたものの、原告はその営業上の指示などの権限を有しておらず、現実にも右営業については被告が独自の計算において行っており、営業上の損益もすべて被告に帰属していたものである。そして、被告は、本件建物部分とそこに備付けの什器・備品を焼鳥屋営業のために使用することができるが、その負うべき負担としては、原告に対し、本件建物部分利用の代償金名義の金員を支払い、敷金ないし保証金の性質を有する担保金名義の金員を預託することであり、他にはこれに付随して双方が若干の負担を負っているに過ぎない。
これらの点に徴すると、本件契約は、本件建物部分及び備付けの什器・備品を被告が焼鳥屋営業のために使用収益し、原告がその対価的性質を有する代償金名義の金員を取得することを中心的な内容とするものであり、その主たる目的が本件建物部分の賃貸借にあることは明らかである。
二争点2(本件契約は一時使用のための賃貸借であるか否か)について
借家法八条にいわゆる一時使用のための賃貸借とは、賃貸借契約締結の動機、目的建物の種類・構造、賃借人の賃借目的・契約後の使用状況、賃料その他の対価の多寡、期間その他の契約条件等の諸要素を総合的に考慮し、長期継続が予期される通常の借家契約をなしたものでないと認めるに足りる合理的な事情が客観的に認定される場合を指すものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記一1に認定した事実によると、賃貸借期間が約九か月と短期であるうえ、原則として延長しない旨定められていること、契約の際、原告が本件建物部分を取壊し、ビルを建築する予定があり、右工事の着工を昭和六二年三月とする計画があるため、右工事着工までの間の利用であり、一時的・暫定的な利用契約であることを確認していること、本件建物部分は、居宅ではなく店舗であるところ、老朽化した木造二階建ての建物の一部であるから、契約当時、近い将来の立て替えが当然に予測されていたこと、銀座の一等地で、権利金の授受がなく、敷金ないし保証金の性質を有する担保金名義の金員も非常に低額であるなど借家法の適用を受ける通常の賃貸借とは異なる取扱がなされていること、被告の本件建物部分の使用目的は焼鳥屋営業であり、それ自体当然に長期にわたるものといえないのみならず、開業にあたり、内装に費用をかけず、什器・備品も一部持ち込んだほかは、備付けの原告のものを使用したにすぎないのであるから、賃貸借期間がある程度長期にわたることを予測していたとは考えがたいことなどが認められ、これらの諸事情を総合考慮すると、本件契約は、一時使用のための賃貸借であると認めるのが相当である。
三争点3(契約更新の有無)について
被告は、本件契約においては、昭和六二年二月末日が到来した場合でも、ビル建築に至らないときは、協議の上更新する定めになっているところ、これはビル建築に至っていないときは、特に更新を妨げる特別の事情がない限り当然に更新される趣旨であると解すべきであるうえ、右期限後も原告は契約の終了を主張することなく賃料を受領していたのであるから、本件契約は更新された旨主張する。
確かに、本件契約においては、昭和六二年二月末日が到来してもビル建築に至らないときは、協議の上更新し(することができる)との定めがあることは、前記一1(1)⑦に認定したとおりであるが、右文言、本件契約が一時使用のための賃貸借であることなどに照らすと、この定めは、被告主張の趣旨のものでなく、更新のためには協議による合意を要する趣旨のものと解するべきである。また、当事者間に争いのない前記第二の一の3の事実、証拠(<証拠>)及び弁論の全趣旨によれば、期間満了後も被告が本件建物部分を使用し続け、原告がこれを知っていたこと、原告が、昭和六二年三月九日、被告より、同月二日から同月七日までの分として一二万円を受領したことが認められるが、他方、約九か月の契約期間中、原被告の間には日常的に紛争が発生し、何度か警察官・原告代理人弁護士・被告側の者が仲裁に入るなどしており、原被告は不仲であったこと、契約更新をするには協議して合意することになっているところ、原被告のいずれかが相手方に更新の協議を申し入れ、双方で協議をしたということはないこと、契約期間満了一〇日後には、原告代理人弁護士が被告に対し、期間満了・信頼関係破壊による契約解除などにより契約が終了した、被告の交付する金員は損害金として受領する旨通知し、本件建物部分への立入りを禁止したことが認められ、これによれば、前記一二万円は原告が損害金として受領したものとみるべきであり、右通知は、被告のなしていた本件建物部分の使用継続に対する異議と解するのが相当である。本件契約は更新された旨の被告の主張は認められない。
そうであるとすると、本件契約は、期間の満了により、昭和六二年二月末日限り終了したものというべきである。
(裁判官山口博)
別紙物件目録
所在 東京中央区銀座七丁目四番地
家屋番号 同町一二〇番
種類 店舗
構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 66.97平方メートル
二階 68.76平方メートル
の一階部分のうち、別紙図面の赤斜線部分約26.4平方メートル
別紙一階平面図<省略>