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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11972号 判決 1991年10月09日

主文

1  原告と被告間において、原告が別紙物件目録一記載の各土地につき所有権を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、右土地につきなした東京法務局武蔵野出張所昭和六二年二月二一日受付第三九一九号所有権移転仮登記及び同出張所昭和六二年二月二八日受付第四六三八号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事 実】

第一  申立

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三四年三月一六日、高野一十三からその所有にかかる別紙物件目録一記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を買い受けた。

2  被告は本件各土地について主文第二項記載の所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)及び所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を了し、原告の本件各土地に対する所有権を争つている。

3  よつて、原告は被告に対し、本件各土地の所有権に基づき、右所有権の確認及び前記各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁

1  原告は田添英夫に対し、昭和三八年三月二二日、本件各土地を売渡したため、その所有権を失つた。

2  田添英夫は本件各土地につき東京法務局武蔵野出張所昭和三八年八月二六日受付第一一五二一号を以て昭和三八年八月二二日売買を原因とする所有権移転登記を了していたが、原告は右登記がなされていることを知りながら、本件仮登記及び本件登記手続当時までこれを放置していたばかりか、右の当時まで田添英夫名義で本件各土地に対する公租公課を支払つていたものである。

被告は、田添英夫に対し、金融業者である実弟の清水永植を代理人として、昭和六二年二月二〇日に弁済期日を昭和六二年五月二〇日と定めて金六〇〇〇万円を貸付け、その際被告に対する右債務を担保するため、田添英夫との間において、譲渡担保として本件各土地及び登記簿上本件各土地に存するとされた別紙物件目録二記載の建物の所有権を譲受ける旨の契約を締結したが、被告及び清水永植は右譲受当時、登記簿を閲覧して本件各土地の登記名義が田添英夫であることを確認し、本件各土地の所有権が田添英夫に属するものと信じて本件各土地を譲受け、本件仮登記及び本件登記を了したものであるから、原告は被告に対し田添英夫に本件各土地の所有権がなかつたことを主張しえない。

したがつて、右各登記は有効なものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実中、田添英夫が東京法務局武蔵野出張所昭和三八年八月二六日受付第一一五二一号を以て昭和三八年八月二二日売買を原因とする所有権移転登記を了していた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、昭和三八年六月ないし八月頃、田添英夫の紹介で安全信用組合から融資を受けるため右組合に本件各土地の登記済証及び委任状等を交付しておいたところ、田添英夫が右組合を欺いて右登記済証等の交付を受け、これを用いて本件各土地につき田添英夫名義の前記登記及び権利者を高橋新一とする抵当権設定登記等を了した。そのため原告は右各登記の抹消を求める訴訟を提起したが、右訴訟において、昭和四八年一〇月二五日、田添英夫が同人名義の前記登記を抹消すること、原告は高橋新一に対し田添英夫の高橋に対する債務三二〇万円を支払うこと等を内容とする裁判上の和解が成立し、原告はその頃、右事件の原告訴訟代理人であつた牧野芳一弁護士から本件各土地の所有権が無事原告に戻つたと告げられたため、登記も回復したものと誤信して何らの措置も講じなかつた結果、田添英夫名義の前記登記が残存したものである。

五  再抗弁

1  被告は本件各土地にかかる田添英夫名義の登記が真実に反するものであることを知つていた。即ち、被告は前記清水永植を代理人として登記簿上本件各土地の上に存するとされた別紙物件目録二記載の建物の所有権を本件各土地と共に譲渡担保として取得する旨の契約を田添英夫と締結しているが、被告及び清水永植は右契約当時右建物が既に滅失していること、したがつて右建物登記が真実に反するものであることを知つており、さらに本件各土地の上にある別紙物件目録三記載の建物には賃借人がいたにもかかわらず右建物の賃貸借契約について調査確認をしていないばかりか、本件各土地の所有権移転登記手続を登記済証によらず保証書によつてなしているが、かかる事情に照らせば、被告及び清水永植は本件各土地の所有者が田添英夫でないことを知つていたものといわなければならない。

したがつて、被告は本件各土地の所有権を取得せず、本件各登記はその効力を有しないものである。

2  被告は前記のように金融業者である清水永植を代理人として、田添英夫に対する貸金を担保するため、田添英夫から本件各土地及び別紙物件目録二記載の建物を譲渡担保として取得する旨の契約を締結しているが、譲渡担保として取得する以上、登記簿上の所有名義人が真実の所有者であるか否かを確認し、さらに物件の担保価値の程度等を調査するのが当然であるところ、右契約当時、本件各土地の上には別紙物件目録三記載の原告所有にかかる建物が存在し、しかも右建物は二階建建物であつて平屋建建物である前記別紙物件目録二記載の建物とは明らかに異なるものであり、被告及び清水永植は右事実を知つていたのであるから、同人らとしては、右現存建物の所有関係及び右現存建物と本件各土地の権利関係即ち右土地に対する賃貸借契約の存否等を調査するのが当然であり、右調査をすれば本件各土地の所有関係が直ちに明らかになつたものであるところ、被告及び清水永植はこれをなさず、漫然と田添英夫名義の前記登記を信用して前記取引をなしたものである。

したがつて被告には重大な過失があり、被告は本件各土地の所有権を取得せず、本件各登記はその効力を有しないものである。

3  被告及び清水永植は田添英夫から本件各土地を取得するに当たり、登記簿を閲覧したのみで、十分な調査もしないまま、融資の申込後僅か一両日でこれをなしているが、かかる取引形態は極めて異常である。したがつて被告には重大な過失があり、被告は本件各土地の所有権を取得せず、本件各登記はその効力を有しないものである。

六  原告補助参加人らの主張

1  被告及び清水永植は登記簿上本件各土地の上に存するとされた別紙物件目録二記載の建物が既に滅失していることを知つており、さらに本件各土地の上にある別紙物件目録三記載の建物には賃借人がいたにもかかわらず右建物の賃貸借契約について調査確認をしていないばかりか、本件各土地の所有権移転登記手続を登記済証によらず保証書によつてなしているが、かかる事情に照らせば、被告及び清水永植は本件各土地が田添英夫の所有に属さず右各土地に関する田添英夫名義の登記が虚偽のものであることを知つていたものというべきである。

したがつて、被告は本件各土地の所有権を取得せず、本件各登記はその効力を有しないものである。

2  本件には次の事情があり、かかる事情によれば、被告は田添英夫名義の登記が虚偽のものであることを知つていたものというべきであり、仮にこれを知らなかつたとすれば被告には重大な過失がある。

したがつて、被告は本件各土地の所有権を取得せず、本件各登記はその効力を有しないものである。

(一) 被告及び清水永植は田添英夫から本件各土地を取得するに当たり別紙別件目録二記載の建物にも譲渡担保権を設定しているが、被告及び清水永植は当時右建物が滅失していることを知つていたし、仮にこれを知らなかつたとしても原告主張のとおり右建物が現存するか否かは容易に確認しうるにもかかわらずこれをしていない。これは被告及び清水永植が既に右建物の登記が虚偽のものであつたことを知つていたからであり、かかる事実に照らすと右両名は本件各土地にかかる田添英夫名義の前記登記が虚偽のものであることを知つていたものというべきであり、仮にしからずとするも、容易に知りうるべきであつた。

(二) また本件各土地の上には原告主張のように原告所有建物があり、斉藤一郎が原告から右建物の一部を賃借してこれに居住していたのであるから、同人に右建物の所有関係等を問合わせれば、被告及び清水永植において右建物の賃貸人が原告であつたことは容易に知り得たところである。したがつて本件各土地の権利関係についても原告に確認することは容易であるにもかかわらず、被告はこれを怠つている。

(三) さらに田添英夫名義の前記登記に関しては原告は権利者とする買戻特約の登記がなされていたのであるから、被告及び清水永植としては本件各土地を譲渡担保として取得する契約を締結するにあたり右買戻特約につき原告に確認すべき義務があり、右確認をすれば田添英夫の本件各土地に対する前記登記が虚偽の登記であることは容易に判明すべきものであるところ、被告及び清水永植はこれをなしていない。

3  被告の抗弁2の主張は次の事情に鑑みると信義誠実の原則に反する。

したがつて、被告は本件各土地の所有権を取得せず、本件各登記はその効力を有しないものである。

(一) 2(一)ないし(三)記載のとおり。

(二) 原告の再抗弁3記載のとおり。

七  再抗弁及び原告補助参加人らの主張に対する認否

全部否認する。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  原告が、昭和三四年三月一六日、高野一十三からその所有にかかる本件各土地を買受けたこと、被告は本件各土地について主文第二項記載の本件仮登記及び本件登記を了し、原告の本件各土地に対する所有権を争つていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  被告は、原告が田添英夫に対し、昭和三八年八月二二日、本件各土地を売渡したため、その所有権を失つた旨主張するので検討する。

田添英夫が本件各土地につき東京法務局武蔵野出張所昭和三八年八月二六日受付第一一五二一号を以て原告から昭和三八年八月二二日売買を原因とする所有権移転登記を了している事実は当事者間に争いがないが、後記認定のとおり右登記は実体に反するものであるから右登記の存在を理由として被告の主張を肯定することはできず、また右主張に副う《証拠略》は信用できず、他に被告主張の事実を認めるに足る的確な証拠はない。したがつて、被告のこの点に関する主張は理由がない。

三  被告は、被告の代理人清水永植をして田添英夫に対し昭和六二年二月二〇日に弁済期日を昭和六二年五月二〇日として金六〇〇〇万円を貸付けたが、その際田添英夫は被告に対する右債務を担保するため、被告に対し譲渡担保として本件各土地等の所有権を譲渡し、本件仮登記及び本件登記をしたものであるが、当時原告は田添英夫名義の前記登記がなされていることを知りながら、これを放置していたため、被告は、右登記を実体に即したものと信じ、田添英夫から譲渡担保として本件各土地の所有権を譲受けたものであり、被告は有効に本件各土地の所有権を取得したものである旨主張する。

よつて検討するに、当事者間に争いのない事実、《証拠略》を総合すれば、原告は、昭和三八年六月ないし八月ごろ、田添英夫の紹介で安全信用組合から融資を受けるため右組合に本件各土地及び別紙物件目録二記載の建物の登記済証及び委任状等を交付しておいたところ、田添英夫が右組合を欺いて右登記済証等を受出し、これを用いてほしいままに本件各土地及び右建物につき田添英夫名義の前記登記及び権利者を高橋新一とする抵当権設定登記等を了したため、原告は本件各土地につき右各登記の抹消を求める訴訟を提起したが、右訴訟において、昭和四八年一〇月二五日、田添英夫が右登記の抹消登記手続をすること、原告は高橋新一に対し田添英夫の高橋新一に対する債務三二〇万円を支払うこと等を内容とする裁判上の和解が成立したが、原告は右事件の原告訴訟代理人であつた牧野芳一弁護士から本件各土地の所有権が無事原告に戻つたと告げられたため、軽率にも登記も回復したものと信じて何らの措置を講じなかつたこと、その結果本件各土地につき田添英夫名義の前記登記が残存していたものであること、他方被告は金融業者である清水永植を代理人として田添英夫に対し、昭和六二年二月二〇日に弁済期日を昭和六二年五月二〇日として金六〇〇〇万円を貸付けたが、その際田添英夫は被告に対する右債務を担保するため、被告に対し譲渡担保として本件各土地及び前記建物の所有権を譲渡する旨の契約を締結し、被告を代理して交渉に当たつた清水永植は右契約当時、登記簿を閲覧して本件各土地及び前記建物の登記名義が田添英夫にあることを確認し、本件各土地の所有権が田添英夫に属するものと信じて本件仮登記及び本件登記をしたものであること、以上の事実が認められる。《証拠判断略》。

しかして右事実によれば、原告は本件各土地にかかる田添英夫名義の前記登記を抹消することが可能になつた後も、一三年余の長きに亘り軽率にもこれを抹消しないまま放置しており、その結果、被告は田添英夫が本件各土地を所有するものと信じてこれを譲受ける旨の契約を締結し、本件各登記をするに至つたものといわなければならない。

四  そこで、原告の再抗弁について検討するに、原告は、被告は本件各土地にかかる田添英夫名義の前記登記が真実に反するものであることを知つていた旨主張し、その根拠として、被告の代理人である清水永植は登記簿上本件各土地の上に存するとされた別紙物件目録二記載の建物の所有権を本件各土地と共に譲渡担保として取得する旨の契約を締結しているが、被告らは右契約締結当時右建物が既に滅失していることを知つており、したがつて右建物登記が実体に反するものであることを知つていたこと、当時本件各土地の上にあつた別紙物件目録三記載の建物には賃借人がいたにもかかわらず右建物の賃貸借契約について調査確認をしていないこと及び被告は本件各土地の所有権移転登記手続を登記済証によらず保証書によつてなしていること等の事実を挙げるが、仮にそうであつたとしても、右事実から被告または清水永植が本件各土地にかかる田添英夫名義の登記が実体に反するものであることを知つていたと断定することは未だ困難である。

したがつて、原告のこの点に関する主張は理由がない。

次に原告は、被告は金融業者である清水永植を代理人として本件各土地及び別紙物件目録二記載の建物を譲渡担保として取得する旨の契約を締結しているが、右のような立場にある被告らが本件各土地等を譲渡担保として取得する以上、登記簿上の所有名義人が真実の所有者であるか否か及び物件の担保価値がどの程度のものであるか等を調査するのが当然であるところ、右契約当時、本件各土地の上には前記別紙物件目録二記載の建物とは明らかに異なる構造の原告所有にかかる別紙物件目録三記載の建物が存在し、さらに賃借人が右建物において営業ないし居住をしており、しかも被告及び清水永植は松永某らからの報告により右事実を知つていたものであるから、被告としては、本件各土地の担保力につき重大な関係を有する右現存建物の所有関係及び右現存建物と本件各土地の権利関係即ち右土地に対する賃借権の存否等を調査するのが当然であり、右調査をすれば本件各土地の所有関係が直ちに明らかになつたはずであるにもかかわらず、被告はこれをなしていないから、本件各土地の所有権取得につき被告には重大な過失がある旨主張する。

よつて、検討するに、前記のとおり、被告は金融業者である清水永久植を代理人として本件各土地及び別紙物件目録二記載の建物を貸金の譲渡担保として取得する旨の契約を締結したものであるが、土地等の物件を貸金の譲渡担保として取得しようとする以上、金融業者である清水永植らとしては登記簿上の所有名義人が真実の所有者であるか否か及び物件の担保価値がどの程度のものであるか等の事実を調査確認するのが当然であるものというべきところ、《証拠略》によれば、右契約締結当時、本件各土地の上に存在するとされた平屋建建物である前記別紙物件目録二記載の建物は既に滅失し、本件各土地の上にはこれとは明らかに異なる原告所有にかかる昭和三五年八月建築の別紙物件目録三記載の二階建建物が存在し、かつ当時右建物には原告から右建物を賃借していた斉藤一郎らが居住していたこと、被告及び清水永植は有野寿和らからの報告により右事実を知つていたこと、以上の事実が認められるが、右のように右建物が田添英夫の所有にかかる建物でないとすれば、本件各土地は借地権の付着した土地となり、その価値は必然的に低下することになるから、被告及び清水永植としては、当然に右現存建物の所有関係及び右現存建物と本件各土地の権利関係即ち右土地に対する賃借権の存否等を調査すべきものであり、右調査をすれば本件各土地の所有関係は容易に明らかになるものであるところ、《証拠略》を総合すれば、被告及び清水永植は登記簿謄本を検討した上、清水永植の使用人である松永某らを現地に派遣し建物の賃借人であつた斉藤一郎に面会させただけで、殆ど調査らしい調査をしないまま田添英夫と前記譲渡担保契約を締結したものであるから、その際、右のように登記簿を閲覧して本件各土地の登記名義が田添英夫であることを確認し、田添英夫名義の前記登記が真正なものであると信じたとしても、本件各土地の所有権取得につきなお被告には重大な過失があるものといわなければならない。《証拠判断略》

したがつて、被告は本件各土地の所有権を取得したとすることはできず、本件各土地は原告の所有に属するものといわなければならないから、本件仮登記及び本件登記はいずれもその効力を有しないものといわなければならない。

五  しかして、被告が原告の本件各土地に対する所有権を争つていることは前記のとおりであるから、本件各土地が原告の所有に属する旨の確認を求める原告の請求は理由があり、また本件仮登記及び本件登記はいずれもその効力を有しないものであるから、右各登記の抹消を求める原告の請求も理由がある。

六  以上の次第であるから、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井厚士)

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