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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11041号 判決 1991年10月07日

原告

紺野邦夫

右訴訟代理人弁護士

大塚利彦

須藤英章

井上晋一

被告

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役

中江利忠

右訴訟代理人弁護士

秋山幹男

久保田康史

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、別紙(三)謝罪広告記載のとおりの謝罪広告を、別紙(四)謝罪広告掲載要領記載の方法で、同社発行の「朝日新聞」に一回掲載せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、別紙(一)謝罪広告案記載のとおりの謝罪広告を、別紙(二)謝罪広告掲載要領案記載の方法で、同社発行の「朝日新聞」に掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告は、学校法人昭和大学(以下「昭和大学」という)の理事長、医学部長及び医学部教授を兼務していた者であり、被告は、日刊紙「朝日新聞」を発行する新聞社である。

2  (本件各記事の掲載)

(一) 被告は、昭和六二年五月一一日付朝日新聞夕刊全国版に「学債返還行き詰まる?昭和大『期限来た一八億寄付を』父母ら取り立て騒ぎ」との見出しの下に、別紙記事目録一記載の記事(以下「本件①記事」という。)を掲載し、

(二) その続報として、同月一六日付同新聞夕刊全国版に「負債総額四二〇億超す 学債返還で揺れる昭和大資産の半分、ずさん経理」との見出しの下に、別紙記事目録二記載の記事(以下「本件②記事」という。)を掲載し、

(三) さらに、同月二六日付同新聞朝刊全国版に「昭和大理事長、経費で株売買 独断で三四億円つぎ込む今売れば五億円の損 勧告受けて辞任」との見出しの下に、別紙記事目録三記載の記事(以下「本件③記事」という。)を掲載し、

(四) その続報として、同日付同新聞夕刊全国版に「株買い入れ四五億に上る」との見出しの下に、別紙記事目録四記載の記事(以下「本件④記事」という。)を掲載した。

3  (名誉毀損)

(一) 本件各記事のうち、別紙記事目録一ないし四記載の各記事の傍線部分は全て事実に反する虚偽の報道である。

(二) すなわち、まず、本件①及び②記事は、その内容の重要部分は明らかに虚偽であり、そのような事実がないにもかかわらず、あたかも昭和大学が膨大な負債を抱えてその財政が危機に瀕しているかのような印象を一般読者に与える極めて悪意に満ちた報道である。これら虚偽の悪意に満ちた財政危機報道は、直接的には昭和大学の信用を毀損するものであるが、それは原告が同大学の財政管理を含めて総責任者たる理事長職にあったことを前提とし、本件①記事には末尾に原告の談話を載せ、また、本件②記事には「幹事の一人が右立場にある理事長たる原告に財務関係の明細、財産目録などを理事会に提出するように強く求めている。」等の記事を掲載しており、これらの記事が、右財政危機の責任が理事長である原告にあることを言外にほのめかし、かつ、これを非難していることは明白であるから、原告個人に対する攻撃に等しいものであり、更に本件③及び④記事とあいまって、同大学の財政が危機にあり、その原因が原告の違法な行為としての株の売買にあるかのような心証を広範に与え、原告の名誉及び信用を毀損するものである。

(三) また、本件③及び④記事も悪意に満ちた虚偽の報道である。そして、その内容は完全に原告に対する個人攻撃であるばかりか、その表現自体、そのような事実がないにもかかわらず、あたかも原告が背任あるいは横領等の犯罪行為若しくは違法行動を犯しているかのごとき印象を広範に与える悪意に満ちたものになっており、直接的に原告の名誉及び信用を毀損するものである。

4  (被告の責任原因)

本件各記事は、被告の業務の執行としてその被用者である石井勤記者(以下「石井記者」という。)によって取材され、同じく被用者である編集者の編集権限に基づいて作成されたものであり、それを掲載した「朝日新聞」は、被告代表者の発行権限によって発行されたものである。そして、本件各記事は、石井記者による極めて杜撰な取材に基づく、事実に反した悪意に満ちた虚偽の報道であるから、右被用者である石井記者及び編集者には本件各記事を掲載した過失があり、また、被告代表者は本件各記事の掲載を許した過失があるから、被告は、民法七〇九条ないし七一五条一項により、原告が被った後記の損害を賠償すべき義務がある。

5  (損害)

本件各記事の掲載によって、昭和大学及び原告個人に対し、父兄、学生、大学関係者等からの非難が殺到し、原告の名誉及び信用は到底回復し難いほどに毀損された。そして、その不信ないしは疑念が原因となって、原告は理事長を辞任せざるを得ず、医学部長及び教授の地位すら失ったばかりか、当然予測できる昭和大学の名誉教授の地位も手に入らず、また、同大学医学部会会長、私立歯科大学協会理事、私立医科大学協会理事等の地位をも失い、更に貴重な研究も途中で放棄せざるを得ない状態になったものであり、その影響は測り知れない。したがって、この名誉及び信用の毀損等によって原告が被った被害を慰謝するためには、慰謝料一〇〇〇万円が相当である。

6  よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条、七一五条一項に基づき、原告の精神的苦痛に対する慰謝料として金一〇〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和六二年六月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告の名誉回復の処置として、請求の趣旨2記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は次の点を除き認める。

(一) 本件①記事の見出しは、大阪本社版及び西部本社版では「学債一八億円返せない 寄付にして下さい昭和大歯学部父母らに要請」であり、名古屋本社版では「期限切れの入学時学債『一八億円寄付して』 父母らは『約束が違う』」であった。また、大阪本社版及び西部本社版では、「中には弁護士をたてて取り立てると通告してきた親もいる」との部分は、紙面の都合上掲載していない。

(二) 本件②記事を掲載したのは、東京本社版、名古屋本社版及び北海道支社版であり、大阪本社版及び西部本社版では紙面の都合上掲載しなかった。

(三) 本件③記事は、大阪本社版では、「同理事長は株を買っても翌日には売るごとく短期の売買に限っていたらしい……、株価の暴落などで手放せなくなり、六一年度の決算表に資産として計上せざるを得なくなって経費の流用が表面化した」との部分は紙面の都合上掲載していない。

(四) 本件④記事は、大阪本社版及び西部本社版には紙面の都合上掲載しなかった。

3  同3の(一)及び(二)はいずれも否認ないし争う。後述するとおり、本件各記事の内容はいずれも真実ないし真実に基づく公正な評論である。また、本件①及び②記事は、昭和大学が学債を寄付に切り替えるように求めたことが問題となっていることを報道し、併せてその背景にある同大学の財政運営について報道したものであって、原告個人の行為について言及している部分は全くないから、原告の社会的評価には関係がない。原告は本件①及び②記事を本件③及び④記事の伏線として結び付け、原告個人を非難するものであると主張するが、原告の株取引問題は前者の記事が掲載された後の昭和六二年五月二〇日の監査で発覚したものであって、前者の記事執筆当時は執筆者の石井記者自身も知らなかったのであるから、この主張は理由がない。したがって、本件①及び②記事はそもそも原告の名誉及び信用を毀損するものではない。

4  同4のうち、「朝日新聞」が被告代表者の発行権限によって発行されたものであることは認め、その余は否認ないし争う。

5  同5のうち、原告が理事長、医学部長及び教授の地位を失ったことは認めるが、それが本件報道によるものであることは否認する。その余は不知ないし争う。

6  同6は争う。

三  抗弁

本件各記事は、いずれも公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的で掲載されたもので、その内容は主要な部分において真実であり、仮にそうでないとしても被告においてその内容を真実と信じるについて相当の理由があるから、いずれにしてもその掲載について不法行為は成立しない。以下詳論する。

1  (事実の公共性及び目的の公益性)

(一) 本件①記事は、医学部・歯学部等を設置する昭和大学が、返還期限が来た学債を寄付に切り替えるよう求める文書を発送し、これに対して卒業生や父母らから全額をすぐに返還すべきであるとの批判の声があがっていることを報道したものであるが、右の事項は公共的存在である学校法人の資金調達に関する事項であり、また、当時社会問題となった医歯学部系大学における高額入学金問題に関係する事実を報道した記事であるから、本件記事が公益目的及び公共性を有することは明らかである。

(二) 本件②記事は、学債返還問題が持ち上がった昭和大学について、その財務資料から明らかになったこととして、同大学が多額の負債を抱え負債率も高率であるなどの財務状況を報道し、併せて論評した記事であるが、昭和大学は、学校法人という公共的存在であるばかりでなく、医師を養成し、あるいは医療事業を行っており、しかもその財政のかなりの割合を国の補期金で賄っていることから、この財政的基盤に関する事項は公共の強い関心事であり、右各記事が公益目的及び公共性を有することは明らかである。

(三) 本件③及び④記事は、昭和大学において理事長が理事会の承認を受けずに経費を使って極めて多額の株取引を行っていたことを報道し、併せて論評した記事であるが、前述のとおり昭和大学の財政運営状況が高度の公共の関心事であることは論を待たないところ、株式投資は元来高いリスクを含むものであって、その結果いかんによっては大学の財政に甚大な影響を与えることもあり得るから、大学における資産運用としての株式投資の内容及びその結果を報道することは重要な社会的関心事に答えるものにほかならない。したがって、右各記事が公益目的及び公共性を有することは明らかである。

2  (本件各記事の内容の真実性)

次のとおり、本件各記事の内容はいずれも真実若しくは真実に基づく公正な論評であるから、被告が右各記事を掲載したことは何ら違法な行為ではない。

(一) 本件①記事について

(1) 見出し「学債返還行き詰まる?」、「父母ら取り立て騒ぎ」について

本件①記事に記載したとおり、昭和大学では、昭和五二年春に歯学部を創設した際、入学生約一二〇名から一〇年後償還、無利子の約定で学債を一五〇〇万円ずつ集めており、その返還期限が到来したが、右学債をそのまま寄付に切り替えるよう依頼することに決め、昭和六二年三月その旨の依頼文書を寄付金申込書とともに関係者に発送した。ところが、この寄付依頼は関係者に衝撃を与え、これを受け取った卒業生や父兄から、寄付には応じられない、学債は直ちに返還せよ、との申入れが相次いだ。大学が学債として集めたものを償還期限が到来するや寄付金に切り替えるように求めることは、当時文部省が寄付金の徴収及び学債の収受を行わないように指導した経緯に照らして許されないところ、父兄から昭和大学に対して異議や抗議の声が相次いで寄せられたものである。

また、当時昭和大学では病院外来診療棟建設計画を実施するための資金二〇〇億円のうち一〇〇億円を寄付金で賄うこととして募金を行い、歯学部では歯学部設備充実のための募金を行っていた。そして、同大学では、昭和六二年度において学債返還金を予算の支出項目に計上する一方で、多額の寄付金収入を当て込んで予算書を作成しており、もし学債の寄付への切替えがない場合には予定どおりの大学の資金繰りがされない虞があったため、理事会に学債返還委員会を設けるなどして検討した結果、大学の財政運営上、昭和六二年以降毎年償還期限が到来する学債については寄付に切り替えてもらう必要があるとの結論に達して寄付依頼を行ったものであり、また、私立医科大学の高額寄付が社会問題化したことにより、文部省が学債の寄付への切替依頼を通達によって厳しく禁止していたにもかかわらず、昭和大学ではあえてその禁止を破ってでもこれを実施しようとしていた状況を考えれば、誰でも同大学では財政運営上学債の返還が容易にできない事態になるのではないかとの疑問を抱くのは当然であることから、右見出しはこの疑問を論評として述べたものであり、事実に基づく公正な論評である。

(2) 本文中「これらの学債を返還するため、……三年間で計約八二億円の財源が必要となるため、今回の寄付依頼になったものと見られる。」との部分(以下「本件①記事a部分」という。)について

学債返還のため財源が必要であることは事実であり、財政運営の都合から学債返還による支出をなくすために本件寄付依頼を行ったことも事実であるから、右a部分は真実である。

(3) 本文中「昭和大学では、ここ数年……土地を購入し続けており、大学内外から『過大投資』との批判が出ていた」との部分(以下「本件①記事b部分」という。)について

右の批判があったことは事実であり、理事会、評議員会等でも従来から問題とされてきた。確かに「毎年六〇億前後の……続けており」の部分は正確ではないかもしれないが、毎年三〇億円ないし五〇億円の土地や建物の設備投資を行っていたことは事実であるから、b部分の記事は大筋において真実であり、しかもこの部分は本件①記事の本質的部分ではない。

(4) 本文中「金融機関からの借入れが二五〇億円を超えるなど財政状況が悪化し、東京都世田谷区内にある付属病院の敷地を売却することも検討されたといわれる」との部分(以下「本件①記事c部分」という。)について

確かに「二五〇億円を超える」との記載は不正確な記述ではあるが、昭和六一年三月三一日現在昭和大学の金融機関からの借入金は二三五億円を超えており、文部省の通達に違反してまで、学債を寄付金に切り替えるように依頼しなければならないほどの状態であったから、これらの事実について「財政状況が悪化した」と評するのは事実に基づく公正な論評である。また、原告は、同大学理事長として売却による財政収入を当て込んで東京都世田谷区内にある付属病院(以下「鳥山病院」という。)の売却移転を検討していたものであるから、右部分も真実である。

(5) 本文中「……中には『弁護士を立てて取り立てる』と通告して来た親もいる」との部分(以下「本件①記事d部分」という。)について

これは真実である。

(二) 本件②記事について

(1) 見出し「負債総額四二〇億円超す」、「学債返還で揺れる昭和大」、「資産の半分、ずさん経理」について

昭和大学の財産目録によれば、昭和六一年三月三一日現在の同大学の負債総額は、四二三億三九一三万円余とされており、まさに負債総額は四二〇億円を超えていたから、「負債総額四二〇億円超す」の部分は真実である。

また、前述したように学債の寄付依頼に対し父兄から異議ないし抗議が相次いだことから、これを評して「学債返還で揺れる昭和大」と記述したことは真実に基づく公正な論評である。

さらに、前述の財産目録によれば、右負債総額に比して昭和六一年三月三一日現在の同大学の資産は合計九二四億九八七〇万円余であり負債は資産の約45.8パーセントであったから、「資産の半分」との記述は真実である。

そして、「ずさん経理」とは、昭和大学では、ここ十数年、財務状況をチェックすべき理事会及び評議員会に借入金、収入・支出の明細書類が一度も提出されていないという事実を下に論評したもので、真実に基づく公正な論評である。

(2) 本文中「負債の額は資産の五割近くにのぼり、全国の医科系大学では例のない高率になっている」との部分(以下「本件②記事a部分」という。)及び「収入・支出の明細書類が一度も提出されておらず、極めてずさんな財務管理になっていたことも判明した」との部分(以下「本件②記事b部分」という。)について

前述のとおりすべて真実ないし真実に基づく公正な論評である。

(3) 本文中「同大の監事も『確かに負債率では全国で一番高い』ことを認めている」との部分(以下「本件②記事c部分」という。)について

昭和大学の訴外野上寿監事(以下「野上監事」という。)はこのような発言をしており、右部分は真実である。

(4) 本文中「これら急激な投資が負債を雪だるま式に膨らませた一因、との指摘が大学内外にある」との部分(以下「本件②記事d部分」という。)について

石井記者が取材した理事や評議員、卒業生の父母らから、右の趣旨の発言があったことは事実である。

(5) 本文中「……毎回、形だけの審議で承認される異常な状態が続いていたという」との部分(以下「本件②記事e部分」という。)について

前述のように昭和大学では財務関係の明細書類が理事会や評議員会に提出されていなかったのであるから、そこでの審議は形式的なものとならざるを得ず、事実、形式的な審議で予算及び決算が承認されていたものである。

(三) 本件③記事について

(1) 「理事長経費で株売買」との見出し(以下「本件③記事見出しA」という。)について

昭和大学の理事長であった原告が、同大学の経費に充てられるべき財源で訴外日興証券株式会社(以下「日興証券」という。)の自由が丘支店及び五反田支店を通じて株の売買をしていたことは真実である。なお、「経費で」の点については後述する。

(2) 「独断で三四億円つぎ込む」との見出し(以下「本件③記事見出しB」という。)について

原告が取引していた株のうち、昭和六二年五月二〇日現在保有していた株式の購入価格は合計四五億九三〇〇万円に達していたものであって、三四億円をはるかに上回っていた。

そして、後述のように、昭和大学では従来、運用財産は定期預金、NCD(自由金利の譲渡性預金)、MMC(市場金利連動型預金)、国債及び電信電話債券等元本保証のあるもので運用されてきており、元本保証のない株取引は行うべきでないとされてきた。したがって、仮に何らかの形で元本保証のない資産運用を始めるのであれば、それは資金運用に関する従来の基本方針の大転換になるのであるから理事会あるいは評議員会等の議決を経て行うべきであったにもかかわらず、原告はこれらの手続を経ることなくしかも恣意的に株取引を行ったのであるから、「独断」というのは真実若しくは真実に基づいた公正な論評である。

すなわち、まず、昭和大学寄付行為二三条は、「運用財産のうち、現金は、確実な有価証券を購入するか又は確実な金融機関に預託して理事長が管理する」旨規定しているが、同大学では従来から、右規定中の「確実な有価証券」とは、国債及び電信電話債券等元本保証のあるものに限られ、株は原則として含まないと解釈され運用されてきた。現に、原告の前任者であった川上保雄理事長(以下「川上理事長」という。)時代の株の売買は二回単発的に行われたのみで(しかも不適切という公認会計士の指示により直ちに中止されている。)、多額の株売買が繰り返し行われるようになったのは、原告が理事長に就任した後の昭和六一年三月以降になってからである。確かに日興証券との取引は川上理事長時代に始まったが、それは当時同大学の総務担当理事であった原告が財務部長であった訴外丸山裕之(以下「丸山財務部長」という。)に命じて行わせたものである。そして、原告は、昭和大学の職員である同財務部長らに対して株取引のことを財務担当理事やその他の理事に口外しないよう命じ、本来株の購入には財務担当理事の承認を得るように運用上定められているにもかかわらず、右財務担当理事の承認すら経ることなく株取引を行っていたものである。したがって、原告が理事会に諮ることなく、しかも財務担当理事の承認すら経ないで独断で株取引を行っていたことは事実であり、それは同条及び昭和大学の運用上の定めに照らして許されないことであった。

次に、寄付行為一一条は「昭和大学の業務の決定は理事会においてこれを行う」旨規定しているところ、資産の管理運用が右「業務」に該当することは疑問の余地のないところであるから、原告が多額の株売買を行うについては本来理事会の決定が必要であった。ところが、原告は理事会に諮ることなく多額の株取引をしていたのであるから、まさに「独断で」株売買を行っていたものであり、同条によっても寄付行為違反として許されないものであった(なお、原告の株売買が寄付行為に反していたことは臨時理事会において原告が自認したことである。)。

さらに、原告は、株の売買を自ら行うに当たって、投資すべき金額の総額、投下資金の枠、損きりの基準及び目標利益等は一切設定せず、また、第三者的なチェック機関も作っておらず、しかも、大学のための株取引と個人の株取引を同一の担当者に並行的に任せていたものである。

(3) 「いま売れば五億円の損」との見出し(以下「本件③記事見出しC」という。)について

昭和六二年五月二〇日現在昭和大学の保有する株式の多くの時価が取得価格を下回っており、その当時これらの株を売却すると約五億円の損失が見込まれていたのであり、したがって右見出しは真実である。

(4) 前書部分中「……紺野理事長(六一)が大学の経費を独断で流用し」「……紺野理事長は大学の正規の出金手続を経ずに小切手を切っており、投機的銘柄を中心に買うなど大学の資産運用の域を大きく踏み外しているとして」の部分(以下「本件③記事前書部分」という。)及びその後に続く小見出し「手続き経ず小切手」(以下「本件③記事小見出し」という。)について

原告が「独断で」「大学の正規の出金手続を経ずに株取引をしていたことは前述のとおりである。

また、原告は、昭和大学の二〇〇億円に上る現金、預金のうち一七〇億円は定期預金等本来有価証券の購入に使用できないものであったために、本来経費に充てるべき残りの三〇億円の運転資金を株売買の資金に当てていたのであるから、「大学の経費を流用し」ていたことは事実である。

さらに、原告の行った株売買は、短期に多数の銘柄について取引を繰り返すという、そのやり方自体が投機的であったうえ、対象銘柄も、外国株式や二部上場になったばかりの株など為替変動のリスクや、値動きによるリスクの大きい投機的な株式が中心であり、一時期には国債先物取引も行っていた。

したがって、前記の各記事は、いずれも真実であり、あるいは事実に基づく公正な論評である。

(5) 本文中「……紺野理事長が株の売買を始めたのは、昨年の六、七月ころだった。人件費など月末までに支払う経費を月の初めから半ばまでに流用、……すぐ売って経費を埋め戻していたという」との部分(以下「本件③記事a部分」という。)について

原告が経費に充当されるべき運用資金を使用して株取引を行っていたことは前述のとおりであり、昭和大学では人件費等の経費を月下旬又は月末に支払うことになっていたが、原告はこの経費を一時的に流用していたのであるから、右記事部分は真実である。

(6) 本文中「昭和大学理事長紺野邦夫の個人名義で取引していた」との部分(以下「本件③記事b部分」という。)について

原告が株取引の際「昭和大学理事長紺野邦夫」の名義を使用していたことは事実である。「個人名義」と記載したのは、株取引は昭和大学としての取引であるが、理事会の承認を得るべきであるのにそれを得ないで取引している点を捕らえて右のように表現したにすぎない。

本件③記事が、原告が昭和大学の資金を横領し、自己の計算で株売買を行っていたとの趣旨の記事でないことは明白である。

(7) 本文中「同大学では出金伝票は必ず財務担当理事を通すと会計規則で決められている。しかし、同理事長は自分で出金伝票を切り、」との部分(以下「本件③記事c部分」という。)について

原告は株の購入について財務担当理事の決済を経ないまま出金伝票に理事長として押印決済していたのであり、右記事部分はこの点を「自分で出金伝票を切り」と表現したものであって、真実に基づく公正な論評である。

(8) 本文中「次第に投機性の高い銘柄にまで手を広げ」との部分(以下「本件③記事d部分」という。)について

原告は、当初券面額の最低保証のある転換社債の売買を行っていたが、次いで海外でドル建てで発行されるワラント債に手を出し、更に外国株を含めた多額の株売買にまで手を広げていったのであり、右記事部分は真実に基づく公正な論評である。

(9) 本文中「そのうち株価の暴落などで手放せなくなり、六一年度の決算表に買い込んだ株を資産として計上せざるを得なくなって、経費の流用が表面化した」との部分(以下「本件③記事e部分」という。)について

監事の監査により昭和六一年度の決算書の有価証券保有高が二四億六〇〇〇万円にも及んでいることが明らかになって原告の株売買が発覚したのは事実である。また、以前原告は、株保有を決算書に計上させないために決算期前に保有していた株を殆ど売却していたが、当時大学が保有していた株の多くが取得価格を下回っていたため、株を売却してしまったのでは資金運用に欠損が生じてしまい、無謀な株売買の責任追求は必至となるため原告としては株を売却できなかったものであるから、右記事部分は真実である。

(10) 本文中「学校法人による財テクについて文部省は、……株式の売買などは控えるべきだ、と指針を示している。同大学でも従来は、……株の売買による利ざや稼ぎは行っていなかった。もし、株投資に乗り出すとしても事前に理事会の承認を必要とするという」との部分(以下「本件③記事f部分」という。)について

当時、文部省が株式の売買などは控えるべきだとの指針を持っていたのは事実である。また、川上理事長時代の株の売買は二回単発的に行われたのみで(しかも不適切という公認会計士の指示により直ちに中止されている。)、多額の株売買で利鞘稼ぎが行われるようになったのは、原告が理事長に就任した後の昭和六一年三月以降であったこと及び株取引には理事会の承認が必要であることは(2)で述べたとおりである。

(11) 本文中「こうした事態に、……医学部長、教授職を含め辞任を勧告。これに次いで……同理事長は勧告どおり辞表を提出したため、直ちに受理した」の部分(以下「本件③記事g部分」という。)について

昭和六一年五月二五日に開催された臨時理事会の席上、理事長、理事職のみならず医学部長及び教授職の辞任勧告が、出席した理事らによって口頭で行われたことは事実である。ただし、原告は、同日、理事長及び理事の辞表を提出したに留まったので、この点に関し本件記事部分が誤りを含んでいることは認める。しかし、右記事部分が掲載されたのは朝刊一四版(東京二三区、横浜の一部及び各支社の印刷所に近い一定の範囲内にのみ配達されるもの)だけであり、朝刊一三版までは、辞任勧告を報じたのみであるから、影響の殆どない、本質にかかわらない誤報である。

(四) 本件④記事本文中「同前理事長が買い入れた株の総額は……深みにはまったと見られる。」の部分について

株の総額が四五億円にのぼったことは前述のとおりであり、また、昭和六二年四月に株の大暴落があったのも事実であり、同年三月末現在の株の評価損は一層拡大していたものである。しかも同年三月三一日から同年五月二〇日までに購入高が飛躍的に増加していたことも事実である。以上の事実に照らせば、本件記事は真実に基づく公正な論評である。

3  (真実であると信じるについての相当な理由)

仮に本件各記事が真実であるとの証明がないとされた場合でも、次のとおり本件各記事を報道した被告において真実と信ずべき相当の理由があったから、被告には本件各記事の報道につき、故意又は過失がなく、不法行為は成立しない。

(一) 本件①記事につき、本件記事の取材に当たった石井記者は、別件で昭和大学関係の病院の医師を取材していたところ、昭和大学内で学債返還問題が生じていることを知り、まず、三、四名の卒業生の父母にインタビューして事実を確認し、更に昭和大学の理事、評議員及び職員らに学債問題について取材して事実を確認した結果、本件記事内容の事実が存在すると確信して本件記事を作成したものである。このような取材経過からすれば、石井記者が記事内容の事実を真実と信じるのもやむを得ないものである。

(二) 本件②記事についても、石井記者は、まず、昭和大学の理事や評議員に取材し、本件記事にあるような事実の説明を受け、また、入手した昭和大学のパンフレットで同大学の総負債率が平均値に比較しかなり高いことを確認し、続いて、私立大学連盟に赴いて「加盟大学財務状況調査結果の概要」を入手して調査・確認し、更に文部省学校法人調査課に赴いて昭和大学の総負債率などについて質問するなどの取材活動をした結果本件記事を作成したものであるから、このような取材経過からすれば、石井記者が記事内容の事実を真実と信じるのもやむを得ないものである。

(三) 本件③及び④記事について

昭和大学では、昭和六二年五月二〇日当時、同大学の監事らの監査によって原告の多額の株取引が発覚したことを契機に、原告の右取引が寄付行為違反又は背任行為であるという監事らの指摘を受けて、複数の理事及び監事が株取引の調査を行っていたが、石井記者は前述の学債の返還問題の取材中、学内で突然理事長の株取引が発覚して騒動になっているという話を聞き、本件③及び④記事の取材に着手し、まず右調査を行っていた約三名の監事から逐一事情を聞き、原告の指示の下で動いていたという財務部長の証言も右理事らを通じて得ることができた。また、同記者は、昭和六二年五月二五日原告に対しても電話で取材したが、そのとき原告から本件③記事の理事長の話として掲載されている内容の弁解を聞いている。

以上のとおり、石井記者は、昭和大学の公的立場にある人物を直接取材し、かつ、原告本人にも取材したうえ、昭和大学当局の監事の調査及び同大学の機関である本件株取引に関する調査委員会の調査結果を下に本件記事を執筆したものであるから、本件記事に記載した事実を真実であると信じるにつき相当の理由が存在するというべきである。

四  抗弁に対する認否<省略>

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)は当事者間に争いがない。

二同2(本件各記事の掲載)のうち、次の事実は当事者間に争いがなく、その余の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

1  本件①記事が、昭和六二年五月一一日付朝日新聞夕刊の全国版に掲載されたこと(但し、名古屋本社版については見出し部分を除き、大阪本社版及び西部本社版については見出し部分と「中には弁護士を立てて取り立てると通告してきた親もいる」との部分を除く。)

2  本件②記事が、同月一六日付同新聞夕刊の東京本社版、北海道支社版及び名古屋本社版に掲載されたこと

3  本件③記事が、同月二六日付同新聞の全国版に掲載されたこと(但し、大阪本社版については「同理事長は株を買っても翌日には売るごとく、短期の売買に限っていたらしい……株価の暴落などで手放せなくなり、六一年度の決算表に資産として計上せざるを得なくなって経費の流用が表面化した」との部分を除く。)

4  本件④記事が、同月二六日付同新聞の東京本社版、北海道支社版及び名古屋本社版に掲載されたこと

三次に、同3(名誉毀損)について判断する。

1  一般的に、新聞記事による名誉毀損の成否を判断するに当たっては、本文の内容のほか、見出し、前文の内容及びそれらの配置等を総合的に勘案し、一般読者の普通の注意と読み方を基準とした場合に当該記事から受ける印象によって名誉を毀損されたか否かを総合的に判断すべきである。以下、この観点から本件各記事を検討する。

2  本件①及び②記事について

本件①及び②記事は、その文面から判断する限り、昭和大学が同大学歯学部の返還期限の来た学債を寄付に切り替えるよう依頼する文書を送付したのに対し、卒業生や父母らの間で批判の声が上がり、問題化していることを報道し、併せてその背景として同大学が財政危機になっている旨報道しているものであって、原告個人の行為を問題にする内容ではなく、一般読者の普通の注意と読み方を基準としても原告個人を非難している記事であるとの印象を与える記事とはいえないから、仮にその内容が虚偽であったとしても、これら記事の掲載が原告個人の名誉ないしは信用を毀損するものではないというべきである。

この点、原告は、これらの記事が、原告が同大学の総責任者たる理事長職にあったことを前提とし、かつ、本件①記事には原告の談話が掲載されていること及び本件②記事には、監事の一人が理事長に対し財務関係資料の明細などの理事会への提出を強く求めた旨の記事を掲載していること、更にこれらの記事は本件③及び④記事とあいまって、同大学の財政が危機にありその原因があたかも原告の株の売買にあるかのような心証を広範に与えることを理由として、これらの記事も原告の名誉及び信用を毀損するものである旨主張する。しかし、掲載された原告の談話は、原告個人としての談話ではなく、大学運営の最高責任者たる理事長としての談話であり、監事が財務関係の明細の理事会への提出を理事長に求めたとの記載も常務として大学の運営に当たっている執行部の責任者に対してその提出を求めたという趣旨のものにすぎず、これらの記載は、大学執行部全体のあり方を問題とするものではあっても、理事長個人の行為を非難したものとの印象を一般読者に与えるものではない。また、本件①及び②記事と本件③及び④記事とは全く別の内容の記事であり、本件①及び②記事には文面上原告の株売買と関連付けるような記載はないから、一〇日以上も経ってから報道された本件③及び④記事と関連付けることによって本件①及び②記事も原告個人の名誉を毀損するという原告の主張は採用することができない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件①及び②記事によって原告の名誉及び信用が毀損された旨の原告の主張は理由がない。

3  本件③及び④記事について

(一)  本件③記事は、昭和大学理事長であった原告が、大学の経費を流用して独断で株売買をしていたという記事であり、本件④記事はその続報であって、いずれも原告個人に関する記事である。

(二)  そこで右各記事の内容について検討するに、一般読者の普通の注意と読み方を基準にすると、これらの記事は大要次のような内容に読み取ることができる。

(1) 昭和大学の理事長である原告が、大学の経費を流用して独断で多額の株の売買を行っていた。

(2) 同大学では従来株取引による利鞘稼ぎは行っていなかったが、もし株取引をする場合は理事会の承認が必要であり、株式を購入する際の出金には更に財務担当理事の決済が必要である旨定められていたにもかかわらず、原告はこの正規の手続を経ず、理事会の承認を得ず、株式購入の際にも財務担当理事の決済をとらず個人名義で取引を行っていたものであり、右取引を内密にするために出金伝票を自ら起票し、財務部の職員に命じて大学の小切手で支払わせていた。

(3) 原告は、投機的銘柄を中心に株を購入し、その支払に人件費などに当てなければならない大学の経費を使用していたが、右株売買が発覚しないように直ちに売却して経費を埋め戻していた。

(4) ところが、昭和六二年の株の暴落で株を手放せなくなり六一年度の決算表に計上せざるを得なくなって、はじめて原告が株の売買に大学の経費を流用していたことが発覚した。

(5) 調べによると、原告の行った株の取引の総額は四五億円にも上ったが、それは株暴落によって大学の経費にあけてしまった穴を埋め戻そうとして買い募っている間に深みにはまったもののようであった。しかし、結局今売却すれば大学に五億円程度の損害を生じさせる事態になった。

(6) このような事態に、大学では原告に対して、理事長、理事、医学部長及び教授職のすべての役職の辞任を勧告したところ、原告は右勧告を直ちに受け入れてすべての役職を辞任した。

(三)  右のような本件記事の内容は、「経費で株売買」「独断で……つぎ込む」「手続経ず小切手」との見出しの配置など一連の記事の文脈からすれば、あたかも原告が、他の理事や監事などの執行部には内密に違法若しくは不正な株取引を行い、その結果大学に多額の損失を与えたことが発覚したかのような印象を一般読者に与えるものであり、特に本件③記事の「個人名義で取引し、……支払は全額大学名の小切手を使用し、……自分で出金伝票を切り、……事務職員に命じて小切手を出させていた。」との部分は、あたかも原告が大学の資金を流用して原告個人のために株取引をしていたとの印象を一般読者に与えかねないものといわざるを得ないから、これらの記事が原告の社会的地位を低下させその名誉を毀損するものであることは明らかである。

四そこで、抗弁1(三)(本件③及び④記事に関する事実の公共性及び目的の公益性)について判断する。

1  既に述べたとおり、本件③及び④記事は、昭和大学の理事長が大学の正規の手続を経ず独断で経費を流用して多額の株取引をした結果同大学に多大の損失を与えたという内容の報道であるところ、同大学が学校教育法に基づく学校法人であって、その運営には国庫から補助金が支出される公的存在であることはいうまでもないから、その運営の最高責任者の大学運営に関する行動、特に大学の財政に悪影響を及ぼすような理事長の行動は重大な社会的関心事といえ、本件③及び④記事記載の事実が公共性を有することは明白である。

2  また、本件③及び④記事の目的の公益性についてであるが、右記事のように公共の利害に関する事実の摘示であって、記事の外形上専ら公益を図る目的によると見られる体裁を一応保持していた場合には、他に格別の事情が存しない限り、社会に生起する様々な事実を報道して国民の知る権利に奉仕するという目的の公益性が事実上推定され、右公益目的を否定する側において反証として右推定を覆すに足りる具体的な事実の主張及び立証を要するというべきである。

ところで、原告は、本件③及び④記事は、原告の失脚を狙う同窓会系の理事らの話だけに基づき、その主張に加担して故意に事実無根のことを扇動的に報道したものであると主張する。しかしながら、本件記録中の全証拠によっても、原告主張のような事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件③及び④記事は公益を図る目的で報道されたものと認められる。

五次に、抗弁2の(三)及び(四)(本件③及び④記事の内容の真実性)について判断する。

民法上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実にかかり、かつ、専ら公益を図る目的に出たものである場合には、摘示された事実が真実であることの証明がされたときはその行為は違法性を欠き不法行為は成立せず、真実であることが証明されないときでも、行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは故意又は過失がなく不法行為は成立しないものというべきであり、また、右公表された事実の真実性は必ずしも細部までは要求されず、摘示事実の主要な部分において真実であれば足りるものと解すべきである。そこで、まず、本件③及び④記事の内容がその主要な部分において真実であるか否かについて以下判断する。

1  昭和大学における有価証券取引の経緯について

証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和大学が日興証券自由が丘支店との取引口座を開設し有価証券取引を始めたのは昭和五八年五月二七日であったが、同大学ではそれ以前は証券会社と取引を行ったことがなかった。当時、理事長は川上であり(昭和六〇年七月三一日まで在任。同年八月一日からは原告が理事長に就任した。)、財務担当理事は現理事長である訴外石井淳一(以下「石井」という。)であって(昭和六一年一〇月まで在任。なお、その後任は訴外新谷博一理事であった。)、原告は当時総務担当理事であった(なお、原告は昭和五四年四月から五七年九月まで財務担当理事を務めていた。)。

(二)  右取引口座開設のきっかけは、当時原告が個人的に日興証券自由が丘支店と取引をしていたことから当時の財務部長であった丸山に同支店との取引を勧めたことによるものであったが、川上理事長時代における原告の右取引に対する直接の関与はこの点だけであって、それ以後は総務担当理事として預金、現金有高日報等で有価証券取引高のおおよその数字を承知していたにすぎなかった。

(三)  右口座の開設は、川上理事長が日興証券との間の取引約定書に押印して右口座開設を承認したうえで丸山が口座開設の手続を行い、同口座は「学校法人昭和大学理事長川上保雄」名義で登録された(なお、原告が理事長に就任した後の昭和六〇年九月二〇日には「学校法人昭和大学理事長紺野邦夫」名義に登録変更された。)

(四)  右口座開設後はじめて有価証券取引が開始されたのは、昭和五八年九月六日のことであり、銘柄は同和鉱業のワラント債であった。その後、昭和五八年九月六日(同年一〇月二八日決済)及び昭和五九年一月一七日(同月一八日決済)に同和鉱業株式について信用取引が行われたことがあったが、後述のとおりそれ以外の川上理事長時代の有価証券取引のほとんどは転換社債か国債であった。

(五)  この間の自由が丘支店との取引は手続的には専ら丸山が行っていたが、伝票等の作成に当たる財務部の職員らも右取引の事実を認識しており、また、当時の川上理事長及び石井財務担当理事も右有価証券取引の内容を承知していた。

(六)  この日興証券自由が丘支店での有価証券取引は原告が理事長に就任した昭和六〇年八月以降も引続き行われたが、原告は就任当初川上理事長時代の慣行をそのまま引き継いでその手続を専ら丸山に任せていたので、同年一〇月ころまでは従来どおり転換社債と国債の取引がほとんどであった。その後、昭和六〇年一〇月下旬からは国債先物取引が開始されるようになり、昭和六一年一月下旬まで有価証券取引の相当な部分を国債先物取引が占めるようになった(この点は後に詳述する。)。

(七)  右国債先物取引は原告が海外に出張していて不在であった昭和六〇年一〇月一九日に口座開設の約定がされたが、これは丸山が手続を行い当時の財務担当理事であった石井が原告から預かっていた理事長印を原告に代わって契約書に押印して契約したものであった。原告は昭和六一年一月下旬に、青木公認会計士に注意されるまで昭和大学が国債先物取引を行っている事実を知らなかった。そこで、原告が右注意を受けて調査したところ確かに国債先物取引が行われておりしかも利益が上がっていなかったので、原告は丸山財務部長に命じて同年二月ころ国債先物取引を中止せさた。

(八)  これをきっかけにして、原告は、今までのように有価証券取引を丸山に任せておくことを止め、昭和六一年三月以降、原告自ら日興証券の担当者と直接連絡を取って、従来の転換社債や国債の取引に替わって株取引を始めるようになり、その後日興証券五反田支店との間でも取引を開始した。

(九)  原告が行ったこの株取引を含む有価証券取引の具体的な手続・方法は次のとおりであった。

(1) 取引口座の名義は「学校法人昭和大学理事長紺野邦夫」であり(原告が理事長に就任する以前の名義が「学校法人昭和大学理事長川上保雄」であったことは前述のとおり。)、個々の取引に使用した登録印鑑は川上理事長時代と同じ「学校法人昭和大学理事長印」であった。

また、日興証券が作成していた顧客口座元帳では、顧客名は学校法人昭和大学であり、売買受渡計算書を作成する場合の宛名も同様であった。

(2) 昭和六一年三月以前、丸山財務部長は有価証券の売り買いの指示を記録に残していなかったので、原告は自ら銘柄を指示するようになったことを機にこれを改め、売りと買いの注文はすべてメモあるいはファックスを使用して行うよう指示した。そして、以後、原告が日興証券の担当者に直接(主に電話で)売買する株の銘柄及び数量を示し、詳細は財務部長と相談して決定するように指示し、原告がすぐにその旨丸山に伝えると今度は丸山が日興証券に確認の電話を入れ、その後に右担当者から丸山財務部長宛に取引対象の銘柄、数量及び単価等が記載されたファックスが送信されてくるので(なお、ファックスの受信機は総務部にあった。)、同財務部長が当時の大学の資金繰りの状況を勘案して売りと買いを行っていた。

(一〇)  そして、特に株の購入の場合の手続は次のとおりであった。すなわち、丸山は日興証券から送付されたファックス文書をそのまま請求書代りに使用し、それを財務部の訴外奥山隆志(当時、財務部経理課経理課長補佐、以下「奥山」という。)に渡し、右奥山がそれに基づいて振替伝票を起票し、それに基づいて昭和大学名義の小切手を作成し、原告に押印してもらっていた。

このように振替伝票は右請求書に基づきすべて財務部の担当職員が起票しており、当時理事長であった原告が自分で振替伝票を起票するということは一度もなかった。

(一一)  また、請求書代りに使用されていたファックス文書には、理事長が承認印を押しているのみで(もっとも当時の事務局長岡田も時々承認印を押していた。)財務担当理事は承認印を押しておらず、したがって財務担当理事は右ファックス文書に目を通していなかった。

以上の事実が認められる。

ところで、<証拠>中には、川上理事長時代の昭和五八年五月に自由が丘支店に取引口座が開設された当初から昭和六二年五月に本件記事で株売買が問題となるまで、有価証券取引をしていたのは一貫して原告であって、昭和六〇年七月まで理事長職にあった川上及び昭和六一年一〇月まで財務担当理事であった石井は昭和大学が日興証券と有価証券取引をしていた事実(石井については昭和六〇年一〇月の国債先物取引の開始も含む。)を知らずにいたこと、その理由は、原告が、財務部長を含む財務部の職員に有価証券取引の事実を理事長や財務担当理事には秘密にしておくように口止めしており、また、当時財務部長であった丸山も財務部職員以外の他の大学関係者に右取引の事実が露見しないようにいろいろ工夫して右取引事務を行い(例えば日興証券からのファックスはわざわざ総務部まで行って自分で受信したり、株の売り買いの情報が入力されているコンピューターのフロッピーは抜いておくなど)、さらに、川上や石井に有価証券取引の一切を故意に報告しなかったからである旨記述・供述する部分があるが、次の事情に照らし、それらの部分は、いずれも信用することができない。

まず第一に、川上理事長時代の取引については、なるほど日興証券との取引の開始は原告の紹介によるものであり、また原告が以前財務担当理事であったことを利用して丸山財務部長ら財務部職員に働きかけ得る立場にあったとしても、そもそもなぜ当時総務担当理事にすぎなかった原告が、直接の担当者であるべき財務担当理事あるいは大学運営の最高責任者である理事長を差し置いて、大学の資金運用を独断専行しなければならなかったのか、その合理的理由を見出すのは困難である。ましてや有価証券取引を財務部の職員に口止めしたり、丸山財務部長にあっては他の職員に知られないように隠密に行動し、ことさら内密にしてまで総務担当理事たる原告がこの取引をしなければならない事情は一切見当たらない(特に昭和六一年三月以降は、原告の指示でファックスを使用してわざわざ株取引の状況を文書に残すようにしており、原告が株取引を他の大学関係者にことさら秘密にしていたという状況があったとは評価し難い。)。

第二に、日興証券自由が丘支店で有価証券取引の口座が開設された際、以後の取引に使用するため登録された印鑑は、原則として理事長以外は使用することのできない昭和大学の理事長印であったから(<証拠>)、このときの取引約定は川上理事長が行ったとしか考えられず(証人丸山裕之もこの約定書に押印したのが川上理事長であることを認める。)、いやしくも大学の理事長たる者が証券会社に口座を開設するための約定書に押印し、契約書を作成するに当たって、その契約書の内容を理解していなかったとは到底考えられない。そして、昭和大学が日興証券と有価証券取引を始めた昭和五八年九月からの振替伝票(<証拠>)には、同人の承認印が押印されているものもあるから、川上理事長時代の有価証券の取引が同人の知らぬうちに行われていたとみるのは困難である。

第三に、原告が理事長に就任した後の昭和六〇年一〇月一九日付で、昭和大学と日興証券との間で、国債先物取引口座設定約諾書が作成され、これに理事長印が使用されているが、同年一〇月一二日から同月二五日までの二週間原告は海外出張中であったから、右書類の作成には、その間理事長印を保管していたはずの石井財務担当理事が関与していたとみるほかなく(かかる重大な取引を丸山が単独で決めたとは考えられない。)、石井が日興証券における国債先物取引の開始を知らなかったとは考えられない。

第四に、有価証券取引の計算書(<証拠>)には原告の印影と並んで財務担当理事である石井の印影があるほか、通知預金の欄の一部に「日興証券(自由が丘支店)」と明記されている、毎月理事長及び財務担当理事の承認印を必要とする現金預金有高日報(<証拠>)には、昭和五八年六月以来、原告のほか、川上理事長と石井財務担当理事の押印が毎月のようになされており、さらに後述のように昭和五九年度以来の各決算報告書には有価証券保有高が毎年計上されているから、川上及び石井が日興証券との取引を知らなかったとは考えられない。

なお、この点について、<証拠>中には、支払伝票、検印簿等の理事長印を押すべき書類は一回につき編みカゴ三つ分もあったので理事長印は毎回財務部長であった丸山が理事長に代わって押印していたものであるし、振替伝票については丸山が金額のみ記入して川上理事長の決済を受けていたから、たとえ理事長印が押印されていたものがあったとしても理事長は有価証券取引を知ることはできなかったし、さらに、国債先物取引約定書の石井財務担当理事の押印は、薄暗い廊下で内容も告げずに押印してもらったものであるから、同人はそれが国債先物取引の約定書であることは認識できなかったはずである旨の供述部分があるが、二年以上の長期間にわたる右処理方法は常識では考えられない財務処理であるし、一見して契約書と分かる書面(<証拠>、記名捺印欄のすぐ下には「日興証券株式会社殿」と大きく記載されている。)に内容も確認せずに押印したなどということは大学経営の責任者の行動としては到底考えられないものであるから、これらの供述部分も信用することができない。

2  原告が株取引に使用した昭和大学の運用資産について

証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和大学が保有している現金及び預金は毎年増加し、昭和六一年三月三一日現在では二六七億円、昭和六二年三月三一日現在では二九二億にも達していた。したがって、そのうちから大学の設備拡充のための積立金七五億円(ただし、法定の積立金ではない。)を差し引いても、同大学は資産運用に使用できる現金及び預金を常時二〇〇億円程度保有していた。

(二)  ところで、同大学では、このような多額の現金及び預金を臨時部と経常部とに分けてそれぞれ別会計にして管理していた。すなわち、経常部として管理されている現金及び預金は、その内訳として当座預金、普通預金及び通知預金がその殆どを占め、授業料収入、補助金及び病院収入を主たる財源とし、人件費等の毎月の経費の支払に使用する、いわば日常の運転資金という性質のものであった。また、臨時部として管理されている現金及び預金はその殆どが銀行の定期預金であり、日常使用されず臨時の支出に備えるべき剰余金として長期間保有している性質のものであった。

しかし、このように大学が保有している現金及び預金を経常部と臨時部に分けて管理する方法は、大学の経理規定にはなく、学校法人の会計規則上もそのような管理方法が要請されているわけではなく、昭和大学の寄付行為上は、いずれも二三条に規定されている「運用財産たる現金」として理事長が管理すべき資金としての性質を持つものであった。

(三)  原告は、これら現金及び預金のうち、運転資金の性質を有する経常部の資金のうち二〇億円前後を使用して有価証券取引をしていた。これは、運転資金でも額が大きいので少しでも利殖を図ろうとしたためであり、これに対し臨時部の資金のほとんどが定期預金になっており利殖の面での運用は検討する必要がなかった。

なお、必要があれば臨時部の現金及び預金をいつでも取り崩して有価証券のために使用することが可能であった。したがって、原告が株取引に使用していた運転資金は、それが経常部という名称で臨時部の資金とは分けて運用されていたとしても、それがなくなれば人件費等の支払に直ちに支障を来すというものではなく、また、人件費等の経費に使用する以外に使用してはならない資金でもなかった。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  原告が行った有価証券取引の銘柄・数量・態様について

証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和大学における有価証券の取引高の推移を見ると、川上理事長時代の昭和五八年九月から昭和六〇年七月まで(以下「第一期」という。)は購入高が一二億八〇〇〇万円で件数にして七四件、原告が理事長に就任したが丸山財務部長に有価証券取引を任せていた同年八月から翌昭和六一年三月まで(以下「第二期」という。)は購入高が一六五億七三〇〇万円で件数にして一八六件、原告が直接株取引を指示し始めた同年四月から翌昭和六二年三月まで(以下「第三期」という。)は購入高が約二三六億円で件数にして約二二六件、そして、原告が理事長を辞任する直前である同年四月及び五月の二か月間(以下「第四期」という。)の購入高は約一〇七億六二〇〇万円で件数にして約六七件であって、原告が理事長に就任してから取引量は飛躍的に増大した。

(二)  一方、これを期末の有価証券保有高(購入価格による。)で見ると、昭和五九年度期末(昭和六〇年三月三一日現在)では五九三三万円、昭和六〇年度期末(昭和六一年三月三一日現在)では三億二六三二万円であったものが、昭和六一年度期末(昭和六二年三月三一日現在)では二四億六九八一万円になり、さらに昭和六二年五月二〇日現在では四五億九三八一万円にも膨らんでいた。このように昭和五九年度期末に比較して昭和六〇年度期末の有価証券保有高が多いのは、年度内での取引量が増大したことによるが、昭和六一年度期末の保有高が急激に増加した理由は、取引量の増大もさることながら、主としては直前の株の暴落で売却処分を控えていたことによるものであり、その後昭和六二年五月二〇日現在までに保有高が増大したのは、同年四月末の株の大暴落により株式の評価損が一層拡大してさらに売却が困難になったからであった。原告は当時株価が暴落していたために決算書に多額の有価証券保有高及び評価損を計上されることを嫌い、昭和六一年度の決算期である昭和六二年三月三一日に当時多額の評価損を出していた富士通ワラントを買戻し条件付で訴外キューピータマゴ株式会社に売却する(同年四月二日買戻し)などして何とか多額の有価証券保有高が決算書に計上されるのを防ごうとしたが、結局、同年五月二〇日に監査を行った同大学の監事が決算書の多額の有価証券保有高を指摘したことから、原告の株取引が大学内で問題化した。

(三)  次に、購入した有価証券の種類の推移を購入高によってみると、第一期は株式の信用取引とワラント債が若干あったものの全体の九〇パーセント近くが転換社債と国債であった(ただし、転換社債の九九パーセントが既発債であり、株式と同様値動きの激しいものであった。)。第二期は転換社債とワラント債が若干あるものの全体の約八〇パーセントを国債先物が占めた(もっとも国債先物取引が昭和六一年二月で中止されたことは前述のとおりである。)。第三期になると、国内株式が六一パーセント、外国株式二四パーセントと、株取引が全体の八五パーセントを占めるようになり、さらに第四期になると、国内株式が五一パーセントで外国株式が四三パーセントと株取引が全体の九四パーセントを占め、特に外国株式の占める割合が増加していた。

(四)  さらに、原告が取引していた株の銘柄についてであるが、国内株式はすべて上場株であるものの、そのなかには「坂田の種」「国際証券」など二部上場になったばかりの株式も含まれていた。また、株の相当部分を占める外国株は値動きが激しいだけではなく為替リスクも加わり危険性が大きいが、その中には我が国の証券取引所に上場されていないため情報が入りにくく一層危険性の高い外国株も多数含まれていた。

(五)  そして、購入から売却までの期間の推移を見ると、第一期では、売却の全件数八五件のうち一週間以内の売却が四四件(うち同日売却が一件)であるのに対し、第二期から第四期では全売却件数四三五件のうち一週間以内の売却が二九四件(うち同日売却が一〇八件)と一週間以内の売却が全体の約六八パーセントにも及んでいた。

(六)  ところで、昭和六一年三月以降の株取引の月別の傾向をみると、全体的には上旬と下旬に多いようにも見えるが、中旬の取引も相当数あり、結局特に月のうち特定の時期に集中しているという傾向にはなく、法則性なしに散在しているという状況であって、月初めから月半ばまで取引されていたという傾向はなかった。

以上の事実が認められ、右認定(二)に反するキューピータマゴとの取引に関しての<証拠>は信用できない。

4  原告が行った有価証券取引の損益について

証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和大学における有価証券取引による純益は、昭和五八年度が四〇〇万円、昭和五九年度が一〇〇万円、昭和六〇年度は(購入高が飛躍的に増大したにもかかわらず)五七〇〇万円にすぎなかったが、原告が直接有価証券取引を行うようになった昭和六一年度は約五億二〇〇〇万円、昭和六二年度は年度途中(原告が理事長を辞任する直前の昭和六二年五月二〇日までの期間)だけでも二億三四六九万円余という純益を上げており、原告が理事長在任中の純益の合計は七億八八〇〇万円を超えていた。

(二)  ところで、昭和六二年三月三一日現在で、昭和大学が保有していた有価証券一一銘柄のうち時価が取得価額を下回っていた銘柄が富士通ワラント等八銘柄あり(なお、前述のとおり富士通ワラントについては同日付でキューピータマゴ株式会社に買戻特約付で売却されているが、実質的に昭和大学の保有するものとしてこれを含める。)、これらの評価損の合計は六億三四七〇万円を超えていた(このうち、富士通ワラントが四億二五四六万円余を占めていた。)。しかし、右評価損の生じていた銘柄のうち四銘柄が昭和六二年五月八日までに売却され、時価の上昇により逆に一億〇五四六万円余の売却益を生じており、本件③記事が書かれた同年五月二六日時点でみると、保有有価証券の評価は証拠上明らかではないものの、これと接着した同年六月六日現在では(昭和六二年六月六日に前記評価損の出ていた二銘柄を売却し、これにより三二八〇万円余の売却損を出している。)、時価が取得価額を下回るものが八銘柄(帳簿価格二一億六〇〇〇万円余)でこれらの評価損は合計約四億七五四五万円であった(このうち、富士通ワラントは四月以降時価が上昇し、右時点では三億四〇三四万円となっていた。なお、右八銘柄は、同月二五日までに売却し、結局四億九五〇〇万円余の売却損を出した。)。

以上の事実が認められる。

5  学校法人の株取引の状況及びそれに対する監督官庁の態度について

証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  私立医科大学協会の調べによれば、昭和六二年三月三一日現在、同協会に加盟している医科大学のうち有価証券を保有している医科大学は二一大学にも及び、そのうち短期運用の有価証券を保有していた大学が一五大学であった。右二一大学の有価証券保有額は合計で一〇〇〇億円を上回り、大学の平均が五一億円にものぼるが、その八割以上は、短期運用で多くは株式あるいは社債などとみられる。また、全国約三〇〇の私立大学の昭和六一年度の有価証券保有額は、一大学当たり平均一二億円に達しており、医科大学のみならず総合大学及び短期大学でも有価証券の運用収益の比率が年々高まっていた。そして、当時の学校法人会計に関する指導書(<証拠>)にも短期保有株式の売却の場合の仕訳の仕方が説明されており、当時、学校法人が株を含む有価証券取引により資産の運用を図ること自体はごく一般的に行われていた。

(二)  このような学校法人の株による資産運用に対し、昭和六一年一月ころ文部省私学行政課長は読売新聞の取材に答えて、大学の株の短期的売買については法律的には規制の方法がないが、学校である以上投機的運用は慎んだ方がよい旨の見解を示しており、昭和六二年七月六日、昭和大学の幹部が原告の株取引問題に関して文部省を訪れた際、同省高等教育局私学部学校法人調査課の担当官は、昭和大学における株取引の制限及び手続についてどのような取決めが存在するのかを右幹部に問いただし、文部省としては各大学内の株取引を制限する取決めの有無を重視する態度を示した。また、昭和六三年四月二八日に学校法人の株による資産運用が参議院文教委員会で取り上げられた際、当時の文部省高等教育局私学部長は、文部省は株取引による資産運用を具体的に規制する権限ないし立場にないこと、今日のような低金利時代には学校法人においても効率的な資産運用の必要性があることを認める一方で、株取引で資産運用する場合はその危険性を十分考慮した上で特に慎重に行うように指導していく方針である旨回答していた。

以上の事実が認められる。

6  昭和大学における有価証券取引の寄付行為等による規制について

ところで、原告が株取引を理事会の承認を経ずに行っていたこと及び株の購入については財務担当理事の承認を得ずに行っていたことは前記認定のとおりである。そこで昭和大学の資産運用としての株取引に理事会の承認あるいは財務担当理事の承認が必要とされていたか否かについて以下判断する。

証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  まず、昭和大学寄付行為二三条は「運用財産のうち現金は、確実な有価証券を購入するかまたは確実な金融機関に預託して理事長が管理する。」と規定し、現金を運用する場合理事会の承認を必要とせず、かえって理事長の責任において管理する旨定めている。

また、当時、昭和大学では同条中「確実な有価証券」の解釈として、国債、電信電話債等元本保証のあるものに限られていたという慣習ないし取決めは一切存在しなかった。

(二)  ところで、同大学寄付行為一一条一項は「この法人の業務は理事会において行う。」と規定するが、同条は寄付行為第二章役員の中に規定され、見出しが「(理事会)」とあり、しかも右条項に続いて同条二項以下には理事会の召集方法及び議長が理事長である旨の記載があることから、結局同条項は総論として理事会の役割を謳った一般規定にすぎず、次章以下に特別の規定があればそれに従うという性質の規定と解せられる。そして、寄付行為第四章資産及び会計の中には運用財産たる現金の運用に関して二三条に前述の規定が置かれているから、結局、一一条有価証券の取引に理事会の承認を要することの直接の根拠とはなりえない。

(三)  その他、当時の昭和大学の寄付行為及び経理規定には、有価証券の購入及び売却について理事会の承認を必要とする旨を規定した明文は存在せず、かえって昭和大学経理規定二三条は、「有価証券の取得及び処分については、理事長の承認を得るものとする。」と定め、有価証券の取引が理事長限りの権限で行うことができることを明文をもって示していた。

(四)  さらに、これを金銭出納の手続面からみると、同経理規定一七条三項は、「支出金の支払をしようとする時は、……出納責任者が特に必要と認めた場合は、理事長または財務担当理事の承認を得て、……支払日以外に支払をすることができる。」と規定されているのみであって、株の売買に当たって理事長の承認の他に特に財務担当理事の承認をも必要であると規定したものではなく、右経理規定以外に理事長の承認に加えて財務担当理事の承認が必要である旨規定した規則は同大学には存在しなかった。

(五)  そして、昭和大学が昭和五八年五月から有価証券取引を開始して以来、理事会の承認を得ずに右取引が行われていたにもかかわらず(昭和五九年度以来毎年決算書に有価証券保有高が計上されていたのは前述のとおりである。)、右有価証券取引が手続上問題のあるものとして理事会あるいは評議員会に採り上げられたことは一度もなく、また、昭和五九年度から昭和六一年度の監査報告書(<証拠>)には、すべて公認会計士の適正である旨の意見が付されていた。

以上の事実が認められ、右認定事実に関する反対証拠等については次のとおりいずれも右認定を覆し得るものではない。

第一に、右(一)の認定事実に関し、被告は、当時「確実な有価証券」とは国債等元本保証のあるものに限られ原則として株は含まれないものとして運用されてきた旨主張し、次のとおり右主張に沿う書証及び証言も存する。すなわち、まず、昭和六二年五月二六日開催された昭和大学の理事会において、訴外青木清公認会計士は、「国債や銀行預金ならよいが、……通常は稟議を経るものだが理事会の議を経ていない。手続上問題である。」旨発言し(<証拠>)、また、昭和六二年五月二九日に開催された評議員会において、同大学の監事である訴外内村良英(以下「内村監事」という。)は、「確実なる有価証券というのは、元本保証のある有価証券だと私は思います。」と発言している(<証拠>)。また、訴外青山監査法人が作成した昭和六二年六月一九日付「財務関係特殊調査中間報告」と題する書面(<証拠>)は、巨額な有価証券取引については理事会の承認が必要であるにもかかわらず右承認を得ないで行った原告の株取引は昭和大学の寄付行為(二三条違反等)及び経理規定に反している旨報告し、昭和大学において作成された昭和六二年八月二六日付「『有価証券問題』等に関する中間報告書」と題する書面(<証拠>)及び昭和大学が文部省高等教育局に報告するためにまとめた昭和六二年一〇月一五日付「『有価証券問題』等に関する顛末書」と題する書面(<証拠>)は、従来昭和大学の資産運用は銀行の定期預金、NCD、MMC等元本保証のあるものに限られ、しかも理事会及び評議員会の承認を得るなど正規の手続を経て実施されてきたのであり、確実な有価証券による資産運用に当たっても理事会及び評議員会の承認を得る必要がある旨指摘していた。さらに、当時原告への制裁の当否を判定していた昭和大学人事裁定委員会の委員長をしていた訴外新谷博一理事も昭和六二年七月九日付陳述書(<証拠>)において原告の株取引が寄付行為二三条に違反していた旨指摘していた。

しかしながら、原告が理事長に就任する以前の有価証券取引にはわずかではあるが株の信用取引もあったばかりか、株価の値動き以上に価格が変動するといわれるワラント債の取引もあり、さらにその取引の大部分を占めていた転換社債は九九パーセントが株と同様値動きが激しくしかも取得価額を下回る可能性のある既発債であったのであって、このような客観的状況を勘案すると、川上理事長時代の有価証券取引が国債等元本保証のあるものに限って運用されていたとは到底認められない。また、前述の青木公認会計士及び内村監事の各発言は自分の意見を述べたにすぎず、当時昭和大学に株取引について理事会の承認を要する旨の明確な根拠規定あるいは慣習が存在していたことを指摘するものではない。さらに、前述の<証拠>の各記載に至っては、これらの報告書は単に従来昭和大学では資産の運用は定期預金、NCD、MMC等の元本保証のあるものに限られていたというにすぎないところ、これらの例示はいずれも有価証券ではなく、したがって寄付行為二三条に則していえば「確実な金融機関に預託して」に該当するものであって「確実な有価証券」の解釈・運用に関するものではなかったことが明らかである。したがって、これらの書証及び証言が前記認定を覆すに足りるものではない。

第二に、右(二)の認定事実に関し、被告は同条が株取引に理事会の承認を要することの根拠規定であると主張するが、先の訴外青山監査法人が作成した昭和六二年六月一九日付「財務関係特殊調査中間報告」と題する書面(<証拠>)も原告の株取引が寄付行為一一条違反であるとは指摘していない点から明らかなように、当時大学側でも一一条を根拠規定とは考えていなかった。

この点に関し、被告は、更に、従来の元本保証のある有価証券から多額の株の売買を行うことは業務方針の重大な変更であり、少なくとも寄付行為一一条によって理事会の決定を経なければならない旨主張するが、当時昭和大学において、有価証券について元本保証のあるものに限るという取決めないし慣行が存在しなかった以上、右主張は前提を欠く。

第三に、右(四)の認定に関し<証拠>中には、昭和大学では一〇万円以上の支出に関する書類には財務担当理事の決済を要し、一〇〇万円以上の支出には財務担当理事と理事長の決済を要すると運用上定められていたから、本件株取引にも財務担当理事の承認を必要とする定めがあった旨の部分がある。これによると、一〇〇万円を超える株の購入には理事長のほか財務担当理事の承認が必要となるが、原告が理事長就任前の川上理事長及び石井財務担当理事時代にそのような運用がされていたことは認められず、したがって、右記述及び供述部分は信用できない。

7  原告が理事長職等を辞任した経緯について

証拠(<省略>)によれば、昭和六二年五月二五日に開催された臨時理事会において、原告は理事長及び理事について辞任勧告を受け、右勧告どおり辞任したが、右理事会においては志賀理事が医学部長の件について言及したものの、医学部長及び医学部教授の各役職については辞任勧告はなく、また、原告も右役職については辞任しなかったこと(なお、原告はその後右役職を制裁解雇されている。)、また、原告は、理事長を辞任する理由として、右理事会の冒頭において、株式を行っていけないわけではないが、寄付行為に反すると非難されているので、事態を収拾するため辞任する旨述べたこと、当時昭和大学理事会等においては、原告が行った株取引が投機的すぎたなどと批判されていたことが認められる(右認定に反する<証拠>の該当部分はその体裁及び表現の不自然さからにわかに信用できない。)。

8  右認定事実を総合すれば、本件③及び④記事の真実性について次のように判断することができる。

(一)  本件③記事見出しAについて

(1) 当時昭和大学理事長であった原告が大学名義で、大学の計算において株売買をしていたことは前述したとおり事実である。

(2) その意味では、この見出しが昭和大学が株を購入したということを表現するものであれば、それは真実であるといわざるを得ないところであるが、この見出しAでは「昭和大学理事長」及び「経費で」というところに意味があり、一般読者としては、この見出し部分だけを見れば、理事長が大学の経常支出の資金で、自己の株取引をしたような印象を与える表現であることは否めず、誤解を招く表現であり、穏当でない。「経費」とは一般的に日常使用が定められている費用を意味するので、「経費で株売買」という表現をすれば、ガス・水道・光熱費や人件費に充てるべき費用を流用し、その支払に窮していることを示唆しかねないし、「昭和大学」ではなく「昭和大学理事長」とする表現も、大学ではなく、理事長個人が大学の経費で自己のための株売買を行ったことと誤解を招く表現だからである。

(二)  本件③記事見出しBについて

(1) 昭和六二年五月二〇日現在の昭和大学の有価証券保有高は四五億円を超えており、しかもこの時期の株取引の割合は九四パーセントであったから、昭和大学では当時株式保有高が三四億円以上に上りその額に見合う程度の取引を行っていたことは事実であり、「三四億円」との部分は真実に基づく公正な論評である。

(2) しかし、「独断で」の部分は、次のとおり真実に基づく公正な論評とはいい難いものである。すなわち、前述したとおり、昭和六一年四月以降は原告が取引銘柄、数量等を指示して株取引等を行っていたから、原告が独自の判断で株売買を行ったということは事実であるが、「独断で」という表現は、他の者の承認又は協議を要するのに勝手に独りで決めたということを示唆するものであるところ、原告が理事長として株売買を行うについて、理事会や財務担当理事の承認ないし、それらとの協議を要すると認めることができないから、その表現は一般読者の誤解を招く虞があり、妥当でない。

この点に関し、被告は、昭和大学では株取引を行うには理事会の承認を要するところ原告が右承認を得ないで株取引を行っていたのであるから「独断」と評することができる旨主張するが、前記6において認定したように、当時昭和大学には有価証券による資産運用について理事会の承認を要する旨の明確な規定も、運用上の定めないし慣例も存在しなかったので、当時昭和大学では、資産運用としての株取引は、理事長の権限内の行為として理事長限りの判断ですることができたので、「独断で」との表現は公正な論評とはいい難い。

(三)  本件③記事見出しCについて

(1) 前述したように、昭和六二年六月六日時点での評価損の出ている八銘柄の評価損の合計は四億七五四五万円であり、これと当日売却した二銘柄の売却損三二八〇万円余を加えて、同年五月二六日には評価損の出ていた一〇銘柄を売却すると五億円を超える売却損を生じたものと推認される(現実にも、六月六日評価損が生じていた八銘柄については売却損が四億九五〇〇万円出ていることは前述のとおりである。)。

しかも、本件記事当時、昭和大学が保有している株式等の中には、評価損の出ていないものがあったことが窺われるが、それらのものの売却により評価損の出ている株等の処分による損失を大巾に減少させることを認めるに足りる証拠はない(かえって、評価益が出ているとして掲げられている株以外の株等の中にも、昭和六二年五月二五日当時、市場価格が購入時の価格を下回るものも存する。)。

(2) しかし、本件見出し部分は本文と一緒に読むと、昨年六、七月頃からの株取引の結果、現時点で全部を売却して清算すると、結局五億円の損失を生じるという印象を一般読者に与えるものであるところ、原告が株取引により、当時七億円以上の利益を上げていたのであるから、右見出しは、公正な論評ということはできない。

(四)  本件③記事前書部分及び本件③記事小見出しについて

(1) 右前書部分中「……大学の経費を独断で流用し」との部分が真実ないし真実に基づく公正な論評とはいい難いことは前述(一)及び(二)のとおりである。特に「流用」という表現は本来「決まった使途以外に使うこと」を意味し「行うべきでない」という響きを持つ言葉であるから不適切な表現であるといわざるを得ない。

(2) 次に、右前書部分中「大学の正規の出金手続を経ずに小切手を切っており、」の部分及び本件③記事小見出しについては、右にいう「正規の出金手続」が具体的に何を意味するものか不明確であるが、仮に株の購入に伴う支出には理事長の承認のほかに財務担当理事の承認も必要であるということをさすのであるとすれば、前記6のとおりそれは真実ではないが、右記事は、「同学長らは」が主語であり、「同日、理事長に対し辞任を勧告した。」が述語であり「……出金手続を経ずに小切手を切っており」の部分は、辞任勧告の理由にすぎないところ、石井らが、右理由のような供述をしていることは前記のとおりであるので、右部分は、勧告の理由としては真実であり公正な論評であるということができる。

(3) また、右前書部分中「投機的銘柄を中心に買うなど」の部分についても、右と同様に、辞任勧告の理由にすぎず、石井らが右理由のような供述をしていることは前記のとおりであるので、右部分は、勧告の理由としては、真実であり、公正な論評であるということができる。

(五)  本件③記事a部分について

(1) 右a部分中「株を始めたのは、昨年の六、七月ころ」との部分については、前記1の認定のとおり原告が株取引を始めたのは昭和六一年三月ころであるから、右部分は正確ではなく事実に反するといわざるを得ない。

(2) また、(1)以外の部分については、前記3(六)で認定したとおり、月末まで支払う経費を月の初めから半ばまで流用していた事実は存せず、また、直に売却していたことは事実であるが、「経費を埋め戻していた」という事実はなくその必要もなかったことは(一)で前述したとおりであるから、右部分は事実に反するといわざるを得ない。

(3) 確かに、本件記事部分は、いずれも「大学関係者によると、……という。」と、事実としてではなく、大学関係者の発言内容としての形式で記述されているが、その内容が右に述べるように事実でなく、しかも、被告が右大学関係者を明らかにしない以上真実に基づく公正な論評ということはできない。

(六)  本件③記事b部分について

原告の株取引において「昭和大学理事長紺野邦夫」の名義が使用されていたことは事実であるが、前記1(九)で認定したとおり右名義は原告の個人名義でないことはもちろん、原告の名義に「昭和大学理事長」との肩書を付したものでもなく、学校法人昭和大学の代表権限を有するものとして原告名を記載したものにすぎず、また、これを被告が主張するように理事会の承認を得ないで取引をしたことを表現したものと読むことは到底不可能であるから、右b部分は事実に反することは明らかである。

(七)  本件③記事c部分について

(1) 昭和大学において出金伝票は必ず財務担当理事を通すとの会計規則が存在しないことは既に述べたとおりであり、したがって、右c部分の前段は事実に反する。

(2) 右c部分中、「……自分で出金伝票を切り」という部分については、前記(1)(一〇)の認定のとおり、原告が自分で出金伝票を起票していたものではないから、右c部分は事実に反する。この点、被告は、これは財務担当理事の承認を経る必要があるにもかかわらず、右承認を経ないで出金伝票に押印決済していた点を「自分で出金伝票を切り」と表現したものである旨主張するが、前後の文脈を勘案しても一般人の普通の読み方では到底そのように読むことはできないから適切な表現ではないといわざるを得ない。

(八)  本件③記事d部分について

前記3(三)及び(四)で認定したとおり、原告の株取引の銘柄は第三期から第四期にかけて値動きによる危険性のほか、為替変動の危険性も加付される外国株式の割合が増加し、しかもその中には日本の証券取引所に上場されていないため、情報を得にくい外国株も含まれていたばかりか、国内株式には二部に上場されたばかりの株式も含まれているなど、全体的に投機的銘柄と評価されてもやむを得ないものも多数含まれているから、この部分は事実に基づく公正な論評であると認められる。

(九)  本件③記事e部分について

前述3(二)で認定したとおり、昭和五九年度及び昭和六〇年度の各期末にも有価証券保有高が決算書に計上されていたもののその額は比較的少額であったところ、昭和六二年三月三一日の決算期の直前の株の暴落により売却を控えたため、昭和六一年度期末の決算書に二四億六九八一万円の有価証券保有高を計上したことを監事の監査で指摘されて原告の株取引が問題化したものであるから、右e部分はおおむね真実であると認められる。ただし、e部分のうち「経費の流用」という部分が真実でなく真実にもとづく論評ともいえないことは前述のとおりである。

(一〇) 本件③記事f部分について

(1) 前記(5)(二)において認定したように、文部省は、学校法人の株取引を法的に規制する方法がないことを前提としながらも、慎重に行うように指導していく方針であるというのであるから、前段は真実と認められる。

(2) 昭和大学における有価証券取引の開始時期は川上理事長時代であり、当時の有価証券取引の中心は転換社債と国債であったが、昭和五九年には単発的ではあるが株の信用取引も行われており、その意味では右f部分中「株の売買による利ざや稼ぎは行っていなかった」との部分は正確ではない。しかしながら、前記3(一)及び(三)で認定したように、株売買は原告が理事長に就任した後の昭和六一年三月以降に取引が急増し、二三六億円の購入高のうち八五パーセントが株式であったことを考慮すると、これほどの株取引はかつて同大学では行われたことがないから、それと対比する意味ではこの部分は真実に反するとはいえないものというべきである。

(3) また、右f部分の後段の理事会の承認が必要であるとの部分については、前述のとおり事実に反するというべきである。

(一一)  本件③記事g部分について

(1) 前記7で認定したとおり、原告は臨時理事会で医学部長及び教授職の辞任勧告を受けておらず、また、辞任したのは理事長及び理事だけであるから、右g部分のうち「紺野理事長に兼務している医学部長、教授職を含め辞任を勧告」「同理事長は勧告どおり辞表を提出したため、直ちに受理した」との部分は事実に反する。

(2) ところで、証拠(<省略>)によれば、右記事のうち「勧告どおり辞表を提出、直ちに受理された」との部分が掲載されたのは被告の社内における連絡不足によるものであり、しかも右部分が掲載されたのは、昭和六二年五月二六日朝刊一四版であり(その配達範囲は、東京本社管内では東京都二三区及び横浜市の一部であり、他の支社管内では印刷所に近い一定の範囲内のみ配達されるものであった。)、朝刊一三版までは辞任勧告までの事実しか掲載されず、また、朝刊一三版の配達地域に配達された同日付夕刊には理事長のみを辞任したことが正確に掲載されていたこと、また、大阪本社版には原告が辞表を提出し、直ちに受理されたことのみが掲載されたことが認められるが、これによって被告の責任が免責されることはない。

(一二)  本件④記事について

(1) 前記3(二)で認定したとおり、昭和六二年四月下旬の株の大暴落で昭和大学が保有していた株式の評価損が一層拡大していたこと、同年三月三一日から同年五月二〇日までのわずかな期間に保有高が約二四億円から四五億九〇〇〇万円にも急増したことから、本件記事中「同前理事長が買い入れた株の総額は四五億円に上ることがわかった。」との部分は事実と認められ、公正な論評であると認められる。

(2) しかし、昭和六二年四月末の株の大暴落で売却を控えたこと及び同年四月及び五月の二か月間の購入高が約一〇七億六二〇〇万円、件数で約六七件となっていたことは前記認定のとおりであるが、その間でも原告は、同年五月二〇日までに保有高四五億九〇〇〇万円となるまで売却しているし、しかもその間に二億三四六九万円余の売却純益を上げ、結局原告が理事長在任中に上げた株取引による実益が右を含めて七億八八〇〇万円を超えており、評価損の出ている株の存在を見込んでも株取引によって昭和大学に損失を与えていないから、「四月下旬の株価の暴落などで大学の経費に大きな穴があく事態となり」との部分及び「これを埋めようとさらに買いつのって深みにはまったと見られる」との部分は、いずれも事実に反する。

9  ところで、本件③及び④記事に記載された事実の主要な部分は、本件③及び④記事の見出しに象徴されるように、昭和大学の理事長が、理事会の承認及び財務担当理事の承認など正規の出金手続を経ずに、自分で出金伝票を起票するなどひそかに大学の経費を流用して個人名義で多額の株取引を行っていたが、大学に損害を与えて責任を取って辞任した、という点にあるところ、株取引は理事長が単独で行うことができるもので、理事会の承認や財務担当理事の承認はいらないし、出金手続も大学の正規の手続によって行われていたこと、月初旬から中旬までに購入し下旬までに売却して経費を埋め戻すといった取引をやっていたわけでないし、個人名義で取引したわけでないこと、現時点で売却しても五億円程度の損失は出ないこと、医学部長、教授職を辞任していないこと、原告が行っていた株取引によって昭和大学に利益をもたらしており、大学の経理に穴をあけていないこと等、8において述べたとおり、これらはそのほとんどが真実とは認められないから、結局本件③及び④記事はその主要部分において真実であることの証明がないといわざるを得ない。

六そこで、次に抗弁3の(三)(本件③及び④記事につき真実と信じるについての相当の理由)について判断する。

1  証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一)  石井記者は、学債返還問題を取材中、昭和大学内において理事長の株取引が発覚したという情報を得て本件③及び④記事の取材を始めた。

同記者は、株取引の調査を行っていると称する三名ぐらいの理事から取材したが、右理事らからの取材で丸山財務部長が本件株取引に深く関与していることを認識したにもかかわらず、丸山本人から直接事情を聴取することはしなかった。

(二)  また、石井記者は、本件③及び④記事の取材のために昭和六二年五月二五日夜に原告に電話をかけ、株取引に関する原告の説明を聞いているが、その時間はせいぜい数分間であった。同記者はこのときの電話取材で、本件③記事の「紺野邦夫昭和大学理事長の話」欄に掲載されている内容について一応原告の説明を受けたが、原告が大学の他の理事に知らせずに株取引を行った事実、昭和大学における株取引の開始の経緯、株取引に対する理事会及び財務担当理事の承認の要否、個人名義の売買であることの真否、正規の出金手続を経たものであるか否かなどの本件記事の主要な部分については特に原告の弁解を聞くこともなく取材を終了した。ところで、本件①及び②記事が掲載されたのち本件③記事が掲載される以前に、原告と石井記者は赤坂の料理屋で会合したが、その際原告から同記者に対し、本件①及び②記事に関していつでも取材に応じるから十分取材して書いてもらいたい旨の要望があるなど、当時原告は新聞社の取材を拒否する姿勢を示しておらず、逆に積極的に十分な取材を望んでいる状況であり、株取引に関する取材に関しても原告がこれを拒否するなど格別の障害がないにもかかわらず、本件③及び④記事に関する原告への取材はこの電話による取材の一度だけであった。

(三)  石井記者が、本件記事を書くに当たって収集した客観的な資料は昭和六二年五月二〇日作成の「株券品名別保有高一覧」(<証拠>)のみであって、有価証券取引を行う場合の昭和大学における手続規定の有無を調査するために同大学の寄付行為及び経理規定を確認せず、その他、取材に応じた理事らの説明を裏付ける資料を何ら入手することもなく、また、他の医科系大学における有価証券取引の状況も特に調査せずに、原告が昭和六二年五月二五日夜の臨時理事会で理事長の辞任勧告を受けそれに応じて辞任したとの情報を受けると、翌日の朝刊に間にあわせるために急いで本件③記事を作成した。

(四)  当時昭和大学内には、理事長とこれに対抗する勢力との間に権力抗争が存在していたが、本件記事の取材当時、石井記者は右事実をおぼろげながらも認識し、また、原告に対し理事長の役職から退任を求めようという動きが出ていることを認識していた。

以上の事実が認められる。

2  右認定事実によれば、次のように判断することができる。

報道機関の取材活動には特別の調査権限が与えられているわけではなく、また、右調査にも一定の限界が存することは認めざるを得ないが、今日の社会において新聞、特に発行部数の多い大新聞の影響力には絶大なものがあり、ある事実が一度新聞で報道されると、その事実は真実であるとの印象を広く一般読者に与え、その結果その記事が誤りであった場合にはもはや取返しのつかない結果を生ずる虞のあることも否定し難いところであるから、いやしくも人の名誉及び信用を毀損するおそれのある事項に関する報道については慎重な取材が要求され、迅速性を多少犠牲にしてでも記事の正確性を最大限尊重すべきである。

ところが、本件の場合、石井記者は、本件③及び④記事を書くに当たって、当時昭和大学内には権力抗争があったことを認識あるいは認識する十分な可能性があったにもかかわらず、単に複数の理事から話しを聞いただけであり、より詳しい事情を知っている財務部長から取材することもなく、また、本件記事の対象者である原告本人に対しては、同人が取材を拒否した事実もなくまたそのような状況もないにもかかわらず、同人に面会を求めることもせずに短時間の電話による取材を行ったのみであるばかりか、取材に応じた理事らの話を客観的に裏付ける資料を入手・検討することもなく漫然本件③及び④記事を作成し、被告は右記事を急いで報道したことなどを考慮すると、結局本件③及び④記事は、客観的総合的裏付調査も行わずに主要な部分において真実に反する内容を断定的な表現で報道したもので、右各記事の報道は慎重な取材を欠き正確性を犠牲にして迅速性のみを追求して行われたといわざるを得ないから、軽率であるとの非難を免れず、したがって、真実と信じたことについて相当の理由があるものとは認められない。

七以上五ないし六の説示のとおり、被告の本件③及び④記事の報道には違法性ないし責任阻却事由は認められないから、被告による右各記事の報道は結局民法上の不法行為を構成するものであり、したがって、被告は原告に対し、これによって原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

八請求原因5(損害の填補及び謝罪広告について)

1  まず、原告の慰謝料請求について検討する。

証拠(<省略>)によれば、当時原告は昭和大学の理事長、医学部長、医学部教授のみならず、同大学医学会会長、私立歯科大学協会理事、私立医科大学協会理事等の役職にあり極めて高い社会的地位を有していたことが認められるから、原告が本件③及び④記事の掲載・頒布によって、その名誉を著しく毀損され多大の精神的損害を被ったことは容易に推認し得るところである。そして、原告の社会的地位その他本件記録に表われた一切の事情を総合すれば、原告の被った右精神的損害に対する慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

なお、原告は、前述のように昭和六二年五月二五日に理事長を辞任した後、本件③及び④記事によって、同年六月四日には医学部長を辞任し、同月二九日付で昭和大学から教授職を制裁解雇され、その後、前述の各役職を次々に失ったばかりか、右辞任や解雇によって、当然予測される昭和大学名誉教授の地位やその他医学会における会長職に就くこともできなくなり、さらに本来定年退職すれば当然受け得た収入、年金及び退職金等の経済的損失も被ったと主張するが、原告が教授職を制裁解雇されたことに始まるこれらの損害は、すべて昭和大学の理事会、評議員会及び教授会の決定に起因するものであって、本件③及び④記事を直接の原因とするものとは認められないから、右の事情を慰謝料算定に考慮することはできない。

2  原告は、慰謝料の請求と併せて謝罪広告の掲載を求めるので次にこの点について検討する。

本件③及び④記事は原告に対する教授職の制裁解雇の直接の原因ではないことは前述のとおりであるが、右記事によって、原告の親族、知人はもとより、昭和大学の理事、評議員、職員及びその他の大学内外の関係者に原告が違法あるいは不正な行為を行ったことにより理事長その他の役職を辞任したとの印象を強く与え、それらが大学内の原告に対する評価を一層悪化させたという点で制裁解雇の遠因を形成したことは否定できない。そして、証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、右各記事の報道が原告が医学者として熱心に取り組んできた研究活動に未だに影響を与えているばかりか、大学内に原告の名誉を回復しようという動きがあるものの、被告が右各記事に関し自らも誤りと認めるような明らかな誤報についてもなんら訂正の記事を掲載しないなど、本件③及び④記事によって原告が失った社会的名誉及び信用は未だに回復されず、その有形無形の影響は今なお原告自身に重くのしかかっているといえるから、謝罪広告の必要性が認められる。

そこで、原告の名誉を回復するための謝罪広告の内容について検討するに、前述のように本件③記事は朝日新聞全国版に掲載されていること(なお、大阪本社版では同記事本文の一部は掲載されていないが、主要な部分では同一内容といえること)、前記のとおり慰謝料の支払を認むべきであること等諸般の事情を総合考慮すれば、謝罪広告は、別紙謝罪広告記載のとおり謝罪広告を被告発行の朝日新聞全国版朝刊に別紙謝罪広告掲載要領記載のとおりの条件で一回記載すれば足りると解するのが相当である。

九結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対して、慰謝料二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年六月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに主文第二項記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、主文第一項についての仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中康久 裁判官三代川三千代 裁判官東海林保は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官田中康久)

別紙(一)(二)<省略>

別紙(三) 謝罪広告

当社は、昭和六二年五月二六日付「朝日新聞」朝刊において、貴殿が「昭和大学の経費を独断で流用し、大学の正規の手続を経ず、個人名義で株取引を行いよって同大学に損害を与えた」旨の一部誤解を与える虞のある論評の記事を掲載して報道し、当時昭和大学の理事長であった貴殿の名誉を著しく傷付けたことは誠に申し訳なく、ここに深く謝罪します。

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役中江利忠

紺野邦夫殿

別紙(四) 謝罪広告掲載要領

一 (広告を掲載する新聞名とその発行所)

被告発行の「朝日新聞」

二 (広告を掲載する紙面と回数)

朝刊全国版(東京本社版、大阪本社版、名古屋支社版、西部支社版及び北海道支社版)社会面記事下段広告欄に一回宛

三 (広告の大きさ)

縦二段抜き、横約八センチメートル

四 (使用する活字)

1 見出し、宛名及び被告の氏名は四号活字

2 その他は五号活字

別紙記事目録一

昭和六二年五月一一日(月)朝日新聞夕刊(四版)一五面

学債返還行き詰まる?  昭和大

「期限来た一八億寄付を」

父母ら取り立て騒ぎ  一部は応じる

私立の昭和大(東京都品川区旗の台一丁目、石井淳一学長)が、五十二年春に歯学部を創設した際、入学生約百二十人から当初それぞれ千五百万円ずつ集めた学債総額十八億円を、そのまま寄付に切り替えるよう依頼する文書を十一日までに発送、全額返済を求める卒業生や父母との間で取り立てなどの騒ぎが起きている。問題の学債は当時、医、歯学部系大学の入学時の高額寄付が社会問題となり、「寄付がだめなら、学債で」と、十年後に元金だけは返す条件で集められた。先月で、すでにその返済期限が過ぎている。学債の寄付への切り替えは、文部省が厳しく禁じており、大学側の安易な姿勢に批判が集っている。

一人一五〇〇万円も

昭和大の入学時寄付に代わる学債は、歯学部で五十二年から五十四年まで三年間、医学部で五十三、五十四年の二年間、集められた。当初千五百万円だった学債額は、歯学部の場合五十三、四年が一人千三百万円に、医学部は後に千八百万円となった。

いずれも十年間無利子で、元金だけを返す条件。当時、高額寄付金に対する批判と文部省の指導があり、寄付金として集めることを断念せざるを得なかったが、無利子を条件にしておけば、定期預金などで十年後に元利合計が倍になり、元金を返しても同じ額が残って、寄付を受けたのと同じになる、との計算だったという。

しかし、これらの学債を償還するために、今年返済期限に達した十八億円に続いて、来年は三十二億円余が返済期限になり、六十四年にも三十一億円余と、三年間で計約八十二億円の財源が必要となるため、今回の寄付依頼になったとみられる。

昭和大学では、この数年、毎年六十億円前後の建物建設、土地購入を続けており、大学内外から「過大投資」との批判が出ていた。金融期間からの借り入れが二百五十億円を超えるなど、財政状況が悪化し、東京都世田谷区内にある付属病院の敷地を売却することも検討されたといわれる。三年間で計八十二億円の学債返済資金が財政をさらに圧迫することが明らかとなり、理事会に委員会を設けて寄付への切り替え策を検討していた。

今回、五十二年の歯学部入学生あてに送られた寄付依頼書は、「歯学部を充実発展させるためには、莫大(ばくだい)な資金が必要」としたうえで、「入学時に皆様よりお預かりしております学債の償還金を、大学にご寄付くださいますよう」と求めている。

中に趣意書が同封されており、「歯学部充実計画」として、講義室の整備拡充、歯科病院の拡充など具体的項目を挙げているが、それぞれにどれだけの資金が必要かなどの具体的数字は入っておらず、募集寄付金の最終目標額も示されていない。

このため、寄付を求められた卒業生、父母の間からは、「返してもらえるものと思っていたら、突然寄付依頼が来た。今年返さなければならないのは、前から分かっており、それなりの資金計画が立てられたはず。全額すぐに返すべきだ」との声が出ている。同大関係者によると、うち十数人は百万円―五百万円の寄付に応じる意思を伝えてきているが、中には「弁護士を立てて取り立てる」と通告してきた親もいるという。

一方、文部省は五十六年五月、大学局長、管理局長名で、医学部を置く私立大の学長、理事長に対し、学校債の寄付への切り替え要請を禁じる通知を出している。高等教育局学校法人調査課は「学校債は借金だから、当然返さなければならない」とし、独自に事情を調べたい、としている。

強制的ではない。

紺野邦夫・昭和大理事長の話

学債を寄付に切り替えていただけないかとお願いしているのは事実だが、強制的ではない。入学後の寄付のお願いと全く同じと考えている。学債の全額、一部を寄付に切り替えてくれる方も実際にいる。寄付できないという方にはお返ししているので、問題はないと思う。

別紙記事目録二

昭和六二年五月一六日(土)朝日新聞夕刊

負債総額四二〇億超す

学債返還で揺れる昭和大

資産の半分、ずさん経理

十年前に集めた学債計十八億円の返済問題で揺れている私立大の昭和大(東京都品川区、紺野邦夫理事長)で、銀行からの借り入れをはじめとした負債が、昨年三月末現在で四百二十億円を超す巨額になっていることが、朝日新聞社が十六日までに入手した財務資料から明らかになった。負債の額は資産の五割近くにのぼり、全国の医科系大学では例がない高率になっている。さらに、こうした財務状況をチェックすべき理事会、評議員会にこの十年、借入金や収入、支出の明細書類が一度も提出されておらず、極めてずさんな財務管理になっていたことも判明した。

財務資料によると、同大の昨年三月末現在の負債は四百二十三億四千万円に達している。内訳は、歯学振興財団や金融機関からの借り入れが最も多く、約二百三十五億八千万円。学債としての借り入れ約八十六億三千万円を加えた三百二十二億一千万円が純借金だ。

これに対して資産は、土地が約百十一億円、建物が約四百十八億七千万円、現金・預金二百六十六億四千万円などで、計九百二十五億円。負債は資産の45.8%に当たっている。

文部省学校法人調査課によると、負債と資産の比率は、全国の大学の平均で三割程度。同大の監事も、「たしかに負債率は全国で一番高い」ことを認めている。

同大は六十二年度予算で建物建設費、改修費、用地取得費として約六十四億円、六十一年度予算では約五十三億円を計上。これらの急激な投資が負債を雪だるま式に膨らませた一因、との指摘が大学内外にある。

昭和大では五十二年から五十四年までの三年間、医、歯学部の新入生から入学時の寄付に代え、総額約八十二億円の学債を集めた。十年間無利子の元金返済という条件で、この四月に五十二年分十八億円の返済期限がきた。ところが同大は、卒業生、父母に対し、これらの学債を寄付に切り替えてほしいと文書で依頼。父母の間から「借金体質で学債が返せなくなったのでは」と危ぶむ声があがっていた。

一方、こうした予算、決算を審議する理事会、評議会にはこの十年、簡単な収入支出予算書や決算書しか提出されず、毎回形だけの審議で承認される異常な状態が続いていたという。一部の理事、評議員は、会議のたびに学校法人会計基準で作成が義務づけられている計算書類のうち、特に固定資産明細表、借入金明細表と預金の残高証明などの提出を求めてきたが、いずれも拒否されたという。

また、ずさんな経理に対する反省から、監事の一人が昨年夏から、理事長に対し、財務関係の明細、財産目録などを理事会に提出するよう強く求めるなど、現状改善への機運が高まっていたという。

「明細隠した訳でない」

野上寿・昭和大学監事の話

借金が多いことは好ましいことではない。しかし、大学に医歯薬の三学部を置き、発展させるためには多少借りても仕方がないという方針でやって来た。理事会、評議員会の明細書類は、細かい部分は公認会計士に任せてあり、いちいち検討する必要もないだろうと、従来から出さなかった。隠した訳ではない。

別紙記事目録三

昭和六二年五月二六日(火)朝日新聞朝刊(一四版)二七面

昭和大理事長、経費で株売買

独断で三四億円つぎ込む

今売れば五億円の損  勧告受けて辞任

学債返還問題で揺れている私立医科大の昭和大(東京都品川区旗の台一丁目、石井淳一学長、学生約三千人)で紺野邦夫理事長(六一)が大学の経費を独断で流用し、株の売買をしていたことが二五日、明るみに出た。すでに年間の補助金額に相当する三十四億円以上が株につぎ込まれており、一部の株はその後の値下がりで売却することもできなくなっているという。事態に驚いた石井学長ら理事が、取引の全容の解明に乗り出した。同学長らは、紺野理事長は大学の正規の出金手続きを経ずに小切手を切っており、投機的銘柄を中心に買うなど大学の資産運用の域を大きく踏み外しているとして、同日、理事長に対し辞任を勧告した。これに対し、紺野理事長は同夜開かれた緊急理事会で辞表を提出、直ちに受理された。

手続き経ず小切手

大学関係者によると、紺野理事長が株の売買を始めたのは昨年六、七月だった。人件費など月末までに支払う経費を月の初めから半ばまでに流用、一回数千万単位で株を買い、すぐに売って経費を埋め戻していたという。

証券会社の二支店を窓口とし、紺野理事長自身がセールスマンの情報で銘柄を選択。「昭和大学理事長紺野邦夫」の個人名義で取引していた。売りと買いの注文には大学事務局のファクシミリを活用し、支払は全額大学名の小切手だった。

同大学では、出金伝票は必ず財務担当理事を通すと会計規則で決められている。しかし、同理事長は自分で出金伝票を切り、財務担当理事の決済を経ないまま、事務局員に命じて小切手を出させていた。

同理事長は当初、株を買っても翌日には売るごく短期の売買に限っていたらしい。しかし、しだいに投機性の高い銘柄にまで手を広げ、さらには個人投資家では手を出しにくいとされる外国株まで買うようになった。そのうち、株価の暴落などで手放せなくなり、六十一年度の決算表に買い込んだ株を資産として計上せざるを得なくなって、経費の流用が表面化した。

学校法人による財テクについて文部省は、国債購入など安定的な投資にとどめ、値動きが激しくリスクが大きい株式の売買などは控えるべきだ、との指針を示している。同大学でも従来は、国債を数億円分保有する程度で、株の売買による利ザヤ稼ぎは行っていなかった。もし、株投資に乗り出すとしても事前に理事会の承認を必要とするという。

同日までの石井学長らの調査では、紺野理事長が今年二月から三月にかけて買ったのは東京電力株十一万株(買値で計九億四千六百七十万円)、日本電信電話(NTT)株二百株(同五億八千五百五十六万円)など。現時点でかなりの銘柄が当時より値を下げており、この時点で売却すれば五億円程度の損失が出るという。

こうした事態に同大では同日、石井学長が紺野理事長に兼務している医学部長、教授職を含め辞任を勧告。これに次いで同夜九時過ぎから、十一人の理事と監事三人の全役員を召集し、学内で緊急理事会を開き紺野理事長に釈明を求めた結果、同理事長は勧告通り辞表を提出したため、直ちに受理した。

運用考えろと言われ

紺野邦夫昭和大理事長の話

大学の現金・預金が二九〇億円のほどあり、理事から資金運用を考えなさい、と言われて株への投資を始めた。大学の理事に知らせずにやったのは事実だが、違法なことをしたとは思っていない。株の危険性は承知していた。買うに当たっては自分なりにいろいろな情報を集め、投資顧問会社にも相談して決めた。売却益が上がれば深追いしないようにするなど、危ない橋は渡らなかったつもりだ。現在は、保有株を処分しつつある。銘柄によっては利益が出たものもあるし、一方で損が出たものもある。

別紙記事目録四

昭和六二年五月二六日(火)朝日新聞夕刊(四版)一〇面

株買い入れ四五億に上る

昭和大前理事長

私立昭和大(東京・品川、石井淳一学長)は、紺野邦夫前理事長による大学経費の流用と株売買の全容把握を急いでいるが、二六日までの調査で、同前理事長が買い入れた株の総額は四十五億円に上ることがわかった。四月下旬の株価の暴落などで大学の経費に大きな穴があく事態になり、これを埋めようとさらに買いつのって深みにはまったとみられる。

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