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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1543号 判決 1987年4月24日

原告

細山田英雄

ほか一名

被告

石塚運送有限会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告は、原告ら各自に対し、一一五〇万一九五〇円及びこれに対する昭和六〇年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外黒川幸衛(以下「黒川」という。)運転の大型貨物自動車(ダンプカー、袖ケ浦一一か二九五、以下「加害車」という。)が昭和六〇年八月二八日午後三時二〇分ころ、千葉県勝浦市大森五八三番地先路上(以下適宜「本件道路」又は「本件事故現場」という。)において、折から対面走行してきた訴外森和也(以下「森」という。)運転の自動二輪車(一習志野う二二七五、以下「被害車」という。)と正面衝突し、森及び被害車の後部座席に同乗していた訴外細山田和佳子(以下「和佳子」という。)が死亡した(以下「本件事故」という。)

2  責任原因

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告らの損害

和佳子は、本件交通事故により、脳挫傷、頭蓋底骨折等の傷害を受け、本件事故発生の日の翌日である昭和六〇年八月二九日午前五時四五分、入院先の病院で死亡した。このため、原告らは次の損害を被つた。

(一) 死亡までの治療費等 六五万四三二〇円

内訳

治療費 六四万三一二〇円(入院先塩田医院)

付添看護料 一万円(原告らによる付添看護)

入院諸雑費 一二〇〇円

いずれも原告らが負担したものである。

(二) 逸失利益分 二六五〇万〇七九一円

(1) 和佳子は、昭和四四年二月二〇日生れの健康な女子であつて、本件事故当時私立和洋女子大学付属国府台女子高等学校二年に在学し、成績優秀で卒業後は大学へ進学し、将来は学校教師又はピアノ教師になることを希望していた。同人は、本件事故に遭遇しなければ大学卒業後六七歳まで四五年間稼働可能であつたから、その逸失利益は、大卒女子労働者の昭和五九年度平均賃金にベースアツプ分五パーセントを加算したものから生活費三〇パーセントを控除し、ライプニツツ係数を用いて現価を算出すると二六五〇万〇七九一円となる。その算式は次のとおりである。

(14万6600円×12+42万8700円)×1.05≒229万7295円…収入金額

229万7295円×(1-0.3)×16.4795≒2650万0791円…逸失利益

(2) 原告らは、和佳子の両親として、右逸失利益相当の損害賠償請求権を法定相続分に従つて二分の一づつ相続した。

(三) 慰藉料 一六〇〇万円

最愛の娘を一瞬にして失つた原告らの精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、あえてこれを金銭に評価すれば一六〇〇万円を下ることはない。

(四) 葬儀費用 八〇万円

本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は八〇万円である。

(五) 墓碑建立等の費用 二〇〇万円

原告らは和佳子の死亡により墓碑の建立、仏壇の購入、墓地永代使用等費用として三八五万円を支出したところ、このうち二〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害である。

(六) 損害の填補 二四九五万一二〇〇円

原告らは、自賠責保険から二四九五万一二〇〇円の支払を受け、これを二分の一ずつ各自の損害に充当した。

(七) 弁護士費用 二〇〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は二〇〇万円である。

(八) 以上の積算により原告ら各自の損害額を算定すると、各自一一五〇万一九五〇円となる。

4  よつて、原告らは、各自、被告に対し、本件事故による損害賠償金一一五〇万一九五〇円及びこれに対する本件不法行為(事故)の日である昭和六〇年八月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)は、被告が運行供用者であることは認めるが、後記のとおり、損害賠償責任はない。

3  同3(損害)の事実は不知。ただし、和歌子が本件事故により死亡したこと及び損害の填補及びその額は認める。

4  同4の主張は争う。

5  免責

黒川は、加害車を運転して、幅員約三・八メートルで中央線による区分のない本件道路を時速約二五ないし三〇キロメートルの速度で大多喜方面から勝浦方面に向かつて走行し、本件事故現場付近に差しかかつたところ、道路右端に設置されたカーブミラーに対向方向から高速で接近してくる被害車の自動二輪車を認め、危険を感じて直ちにハンドルを左に転把し、急ブレーキをかけ、ちようどその付近が林道分岐点登り坂に通じていたことから右林道に自車体の左半分を乗り上げるようにして停止した。ところが、その直後被害車は、停止した加害車の右前端部に激突したものである。右のとおりであるから、黒川は、かかる場合に自動車運転者として要求される義務以上の回避措置を採つたのであり、何ら過失はない。なお、同人は、警音器を鳴らしていないが、本件事故現場は前記カーブミラーによつて双互の見通しが可能であるから、同人には警音器を吹鳴する義務はなく、また、警音器の吹鳴措置を採ることは、かえつて適切なハンドル操作の遅れにつながる危険があつたし、仮にこれを鳴らしていたとしても、被害車の速度、進行位置などから推察すると衝突を回避することは不可能であつたものである。

黒川に何らの過失がないのに対し、森は、衝突の場所、加害車に残された破損状況ないし衝突の痕跡に照らすと、時速七、八〇キロメートル以上の高速度を出した上、前方の注視を全く怠り、見通しの悪いカーブを進路右端(加害車の進路方向からみると左端)近くに位置しながら内回りに通過しようとして、加害車に激突したものである。なお、加害車の右側には被害車が安全に通過できる余地が十分にあつた。

右のとおり、本件事故は、森の一方的な過失により発生したものであり、加害車には構造上の欠陥や機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により、本件事故の損害賠償責任を免責されるべきものである。

三  免責の主張に対する原告らの認否

原告らの免責の主張は争う。黒川が制限速度を遵守していなかつた可能性が強く、また、前方注視が十分であつたかどうか、衝突の危険に気付いた時期が遅きに過ぎたのではないか、衝突の回避措置が適切であつたのかどうか(警音器も鳴らしていない。)などの疑問が強く残るのであるから、免責の主張が容認される余地はない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(責任原因)は、被告が加害車の運行供用者であつたことは当事者間に争いないものの、被告は自賠法三条但書の免責を主張して、責任を争うのでこの点について判断する。

1  前記争いのない事実に、成立に争いのない乙一号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認める同二号証、原本の存在、成立共に争いのない丙二号証、昭和六一年六月二一日に本件事故現場付近の道路状況を撮影した写真であることに争いのない同三号証(写真八葉)、証人江口恵子、同高橋諭、同黒川幸衛の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  本件道路は、千葉県勝浦市名木方面から大多喜町弓木方面に山峡を縫つて通じる県道勝浦上野大多喜線であり、坂とカーブが多く、山砂を運搬するダンプカーの通行が比較的多い。本件事故現場は、右道路上の林道(幅員約三メートル弱)と交差する変形T字路交差点内であり、同所付近の本件道路は、大多喜町方面から勝浦市方面に向かつてみた場合、右交差点付近まで上りかげんのほぼ平担路で、同所から緩徐な下り坂になつており、右交差点付近で左にカーブしている。本件道路の幅員は、本件事故現場付近で約五メートル、その前後は約三・八メートルで歩車道及び中央線による区別はない。また、大多喜町方面から左側は山林、右側は水田であるが、本件事故現場の右側は道路に接して同じ高さで草地が少々広がつており、普通乗用車二台くらいの駐車が可能である。

右交差点すなわち本件事故現場のカーブ付近は、前記のとおり内回り側が山林のため対向車相互の見通しは悪いが、大多喜町方面からみて右側端に互いに対向車を確認できる位置にカーブミラーが設置されている。なお、交通規制は何らされていない。

(二)  加害車と被害車とは、前記林道人口と本件道路が接する本件道路側端上で衝突したものである。衝突時、加害車は車体前部半分を林道に乗り入れて進路方向にやや斜めに位置しており、その右側には大型車が通行できるほどの余地があつた。衝突の部位は、加害車の右側前部端の前照燈付近であり、右付近は被害車がまつすぐ突入したことをうかがわせるように厳しく凹損しており、更にその上部のワイパー取付け部下当たりに被害車の後部座席に同乗していた和佳子のヘルメツトの衝突痕とみられる深さ三ないし四センチメートルの凹損が残されていた。他方、被害車はフロントホークが曲損し、前輪が左方に曲つた状態となり、前照燈、前部左右の方向指示器が破損し、左ハンドルが下方に直角に折れ曲る等前部が大破した。また、加害車の進路後方路上には、加害車のスリツプ痕四条(右前輪三・一メートル、右後輪七・二メートル各一条、左後輪七・二メートル二条)が残存していたが、被害車の進路にはスリツプ痕も、転倒滑走を推認させる擦過痕も印されていない。なお、被害車に追従していた仲間の後続自動二輪車は、転倒はしたものの衝突は回避し、その進路上七・二メートルのスリツプ痕を残している。

(三)  黒川は、加害車の荷台に山砂利を満載し、大多喜町方面から勝浦市方面に向けて時速約三〇キロメートル前後で本件事故現場のカーブ手前に差しかかつたところ、前記カーブミラーにより勝浦市方面から被害車がかなりの高速度で対向接近して来るのを認め、直ちにハンドルを左転把して自車を可能な限り左端に寄せるとともに急制動措置を講じ、車体の左前部を前記林道に乗り入れる状態で停止した。その直後、すなわち加害車が停止するとほとんど同時くらいに被害車が衝突した。なお、右の間に黒川は警音器を鳴らしてはいないが、被害車を発見してから衝突するまでの間、前記衝突回避措置を採りながら警音器吹鳴の操作を行うことはかえつて運転操作上危険が高いものと思われる。

ちなみに、黒川は交通事故の前歴はなく、警察から優良運転者の表彰を受けている。

(四)  森は、本件事故当日、友人の訴外高橋諭(以下「高橋」という。)と二台の自動二輪車に分乗し、各自後部に女友達を乗せ、いわゆるツーリングに出かけての帰途本件事故に遭遇したものである。本件事故前、森が先行し、高橋が一〇メートル前後遅れて走行していたが、森は、少なくとも時速六〇キロメートルを超える速度(七〇キロメートル前後に達していた疑いが強い。)で本件事故現場のカーブに差しかかり、前方の見通しが全くきかないにもかかわらず、一度若干の減速を講じたのみで本件道路の右端を走行し内回りの形で右カーブに進入し、ほぼ回り終つた所で制動措置を採つたもののほとんど減速の効果も生じないうちに(路上に制動痕跡は認められない。)、また、進路の変更もしないままかなりの高速度で加害車の右前部に激突した。高橋は、右カーブに入る際、前記カーブミラーの存在に全く気付いておらず、また、対向車の存在についても全くこれを念頭に置いていなかつた。もつとも、同人は、右カーブに入つた後加害車の存在に気付き、本件事故の瞬間も目撃し、咄嗟に制動措置を講じて衝突を回避している。なお、森らは、平垣部では時速一〇〇キロメートルくらいの速度で走行している。

以上の事実が認められ、原本の存在、成立共に争いのない丙一号証中加害車及び被害車の速度に関する記載部分は前掲関係証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実に基づき考察するに、加害車の運転者である黒川には、本件事故時、走行速度、前方に対する注視、被害車の発見時期、右発見してからの対応措置等いずれの観点からしても、交通法規範上何ら非難すべき点は見い出し難く、本件事故を回避するためかかる場合に運転者として採るべき、また、採り得る最善の措置を採つたものということができる。なお、原告らは黒川が警音器を吹鳴していない点を非難するので、この点につき付言するに、車両の運転者は、山地部の道路その他曲折の多い道路について道路標識等により警音器の吹鳴が指定されている区間において、見通しのきかない道路の曲り角や見通しのきかない上り坂の頂上を通行しようとするときは警音器を鳴らして交通の安全を確保すべきことが義務付けられており(道路交通法五四条一項二号)、他方、法令の規定により警音器の吹鳴が義務付けられている場合を除いては、逆に警音器を鳴らしてはならない義務を負つている(同条二項)ものであるところ、本件事故現場のカーブには法令上かかる警音器の吹鳴義務を指定する規制は設けられていないし、また右カーブは対向車両相互の見通しの悪い地形ではあるが、対向車両双方が互いの接近を視認できるよう適切な位置にカーブミラーが設置され、結局互いに見通しがきく道路として管理されているのであるから、黒川には警音器の吹鳴義務はなかつたというべきである。したがつて、黒川が警音器を鳴らさなかつたことを過失の一内容とする原告らの主張は理由がない。原告らの主張は、山地の曲折の多い道路であるから、常に森らのごとき走行車両のあることを予測し、警音器を鳴らして走行せよというに等しく、そうであれば右は前叙の法令の趣旨に反する行為を求めるものであるのみならず、被害車の無謀な走行には殊更に目をつむり、ひたすら加害車の走行を非難するものであつて、およそ交通法規範の基本にもとる一方的な見解といわなければならない。

他方、被害車の運転者である森についてみるに、同人は、見通しのきかないカーブに進入するのに、前方注視を怠り(カーブミラーにも全く気付いていなかつたと思われる。)道路状況に適応した安全な速度を著しく逸脱し、しかも内回り(右側通行)という危険な走行方法を試みるなど道路交通法を基底とする交通法規範の要求する最低限度の注意義務にことごとく違背して走行したため、衝突直前まで加害車に気付かず、ほとんど回避操作らしい操作も採れないまま加害車に衝突したものと推認される。ちなみに、仮に同人が、道路左側を適度な速度を遵守し、ごく普通に前方を注視して走行していれば、本件事故はおよそ起きるはずのないものであつたといわざるを得ない。

右のとおり本件事故につき黒川には何らの過失もなく、本件事故は、森の一方的過失によつて発生したものといわざるを得ず、加害車に構造上の欠陥、機能の障害がなかつたことは当事者間に争いのないところであるから、被告は自賠法三条但書により本件事故の損害賠償責任につき免責されるべきものといわなければならない。

三  よつて、原告らの本訴各請求は、その余について判断するまでもなくいずれも理由のないことが明らかであるからすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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