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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12190号 判決 1990年4月25日

原告(反訴被告) フェニックス・インターナショナル株式会社

右代表者代表取締役 有森國雄

右訴訟代理人弁護士 竹内康二

同 河合弘之

同 西村國彦

同 井上智治

同 堀裕一

同 安田修

同 青木秀茂

同 長尾節之

同 荒竹純一

同 松田隆次

被告(反訴原告) アルファ・テクノロジー・リミテッド

右代表者 ジャン・ポール・キュヴァリエ

右訴訟代理人弁護士 小中信幸

同 上野攝津子

同 藤平克彦

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、九万七五八五・五四アメリカ合衆国ドル及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から支払いずみまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、七万五〇〇〇アメリカ合衆国ドル及びこれに対する昭和六三年一月二〇日から支払いずみまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、一万七三一八香港ドル及びこれに対する昭和六三年一月二〇日から支払いずみまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、昭和六三年一月五日から原告が別紙物件目録記載の物件を引き取るまで、一か月六二五香港ドルの割合による金員を支払え。

五  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

七  この判決の第一項ないし第四項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔本訴関係〕

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告。以下、「被告」という。)は、原告(反訴被告。以下、「原告」という。)に対し、一〇万アメリカ合衆国ドル(以下、「米ドル」という。)及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から支払いずみまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

〔反訴関係〕

一  請求の趣旨

1 主文二項及び四項と同旨。

2 原告は、被告に対し、一万八七五〇香港ドル及びこれに対する昭和六三年一月二〇日から支払いずみまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

〔本訴関係〕

一  原告の本訴請求原因

1(当事者関係)

原告は電気製品の輸出入販売等を業とする日本法人であり、被告は香港に本店を有し貿易取引等を業とする香港法人である。

2(本件売買契約の締結)

原告と被告は、昭和六〇年三月二八日、原告を売主とし、被告を買主として、次のとおり売買契約を締結した(以下、右契約を「本件契約」という。)。なお、この点に関する被告の自白の撤回には異議がある。

(一) 売買目的物

電子科学計算機用部品である次の物各一個からなるセットを八万セット(以下、「本件物件」という。)

LSIチップ(型式・LI三三〇一A)

ディスプレイ(同LF八〇七〇SE)

ポラライズ(同LF八〇六〇H)

ラバーコネクター(同LF八〇六〇Z)

(二) 代金

一セットあたり三・七五米ドルの合計三〇万米ドル。但し、CIF香港価格。

(三) 出荷の時期及び方法

次のとおり分割して、運送機関積み渡し。

昭和六〇年六月一五日 二万セット

同年七月一五日 二万セット

同年八月一五日 二万セット

同年九月一五日 二万セット

(四) 決済の条件

荷為替信用状決済(被告は、各出荷時期に先立ち、その取引銀行から信用状の発行を受け、右信用状を原告が入手し次第、原告において各期の商品を船積みして発送する。)。

3(本件契約の準拠法)

原告と被告は、本件第三回準備手続期日において、本件契約の成立及び効力については日本法によるべきことを合意した。

4(本件契約の一部解除)

(一) 原告は、昭和六〇年六月二一日、同年七月二日及び同年同月一五日の三回にわたり、被告に対して、テレックスにより、本件物件のうち出荷時期が同年八月一五日及び九月一五日とされている商品(以下、それぞれ「八月分」、「九月分」という。ほかの出荷時期分についても同様である。)について信用状を開設するよう請求したが、これに対する回答がなされなかったところ、被告は、同年七月一八日、原告に対し、テレックスにより、本件契約中八月分及び九月分の部分を解除する旨一方的に通告して、八月分及び九月分の受領を予め拒絶するとともに、信用状の開設及び代金の支払いをいずれもしない旨を表明した。

(二) そこで、原告は、昭和六〇年七月一九日、テレックスにより、被告に対し、翻意を求めたうえで、既に八月分及び九月分について商品を調達ずみであり、いつでも被告に出荷できる態勢にあることを述べて、その受領をするよう通告した。そして、原告は、被告から要求のある場合には直ちに出荷できるよう商品を区別して給付態勢をとっていたが、被告からなんの連絡もないまま、八月分及び九月分の約定出荷時期が経過した。原告は、八月分出荷時期後の昭和六〇年九月一四日及び九月分出荷時期後の同年一〇月四日にも、いずれもテレックスで、被告に対し、八月分及び九月分の受領と代金の支払いを催告したが、被告はこれに応じなかった。

(三) そこで、原告は、昭和六三年一二月一五日の本件第七回準備手続期日において、被告に対し、本件契約のうち八月分及び九月分を解除する旨の意思表示をした。

5(損害)

原告は、被告から解除の一方的通告がなされるより前に、八月分及び九月分を他から買い受けて調達したが、前記各約定出荷時期以降の右各商品の価値は、これを原告が他に売却するとすれば合計五万米ドル相当のものとなった。従って、原告は、八月分及び九月分の売買代金額である一五万米ドルから右五万米ドルを控除した残金一〇万米ドルの損害を被ったというべきである。

6(まとめ)

よって、原告は、被告に対し、債務不履行にもとづく損害賠償として、一〇万米ドル及びこれに対する前記解除の翌日である昭和六三年一二月一六日から支払いずみまで商事法定利率の年六パーセントの割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  本訴請求原因に対する被告の答弁

1 本訴請求原因1項は認める。

2 同2項は否認する。被告は当初右事実を認める旨陳述したが、右自白は真実に反し錯誤に基づくものであるから撤回する。

被告は、原告主張のころまでに本件物件八万セットの購入について引合いを出し、六月分及び七月分については、契約成立の時期の点を除き、原告主張のとおりの内容の売買契約が成立した。しかし、八月分及び九月分については、代金の弁済期日及び弁済方法など重要な点で合意がなく、契約書の作成及び信用状開設にも至らなかったのであるから、国際取引実務の慣行に照らすと、売買契約が成立したとはいえない。

3 同3項は認める。

4 同4項(一)のうち、原告がその主張のとおりのテレックスを被告によこしたこと及び被告が原告主張の日に八月分及び九月分契約を解除する旨を通知したことは認めるが、その余は争う。同(二)のうち、原告の履行準備に関することは不知、その余は認める。同(三)は認める。

5 同5項のうち、八月分及び九月分の価格が昭和六〇年九月当時においては五万米ドル相当に下落していたことは認めるが、その余は否認する。

三  被告の本訴の仮定抗弁

1(事情変更ないし信義則に基づく解除)

(一) 被告は、原告から購入した本件物件を中華人民共和国(以下、「中国」という。)に輸出する目的で本件契約を締結したのであり、既に同国のバイヤーからの注文を受けていたものであるところ、昭和六〇年六月ころ、中国政府はLSIチップを含む特定商品の輸入につき、外貨(米ドル)による支払いを厳しく規制したため、右バイヤーは、LSIチップを要素とする本件物件の買取りについて支払手段を講ずることが不可能となった。そのため、被告は右バイヤーから注文をキャンセルされた。

(二) 右の中国政府の措置は突然のことであり、被告としては、本件契約締結の当時右の事態自体は予見しえなかった。

(三) 原告は、本件契約の締結にあたり、被告の右契約締結の事情を知悉していた。

(四) 被告は、昭和六〇年六月末日ころ、原告に対し右(一)の事情を通知し、七月分の出荷の留保と八月分及び九月分についての契約の解除を申し入れたのであるが、右申し入れ当時には、八月分及び九月分の約定出荷時期までに相当の期間があり、信用状も開設されていなかったのであるから、未だ原告が当該商品を調達すべき時期ではなかった。

(五) 被告は、本件物件の目的物八万セット全部を速やかに入手したかったのであり、当初はそのように注文したのであるが、原告の都合で、四回の分割出荷方法とすることに応じたのである。そして、仮に被告の当初注文どおり本件契約締結直後に八万セット全部が出荷されていたとすれば、被告の転売予定は実現されていたはずである。

(六) 右(一)ないし(五)によれば、本件においては、契約締結ののち、その背景となった事情に著しい変更を生じたのであるから、信義則に照らしても、被告は、昭和六〇年六月ころ、本件契約を解除する権能を取得したというべきである。

(七) そこで、被告は、昭和六〇年六月末日ころ、原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

2(権利濫用ないし信義則違反)

右1項の事情によれば、仮に右解除の意思表示の効果がないとしても、原告の本件損害賠償請求は信義則に違反し、権利の濫用として許されないというべきである。

3(損益相殺)

本件契約はCIF売買であり、荷送りの費用(送料及び保険料)は原告において負担する約定となっていたから、原告は契約解除により右費用の負担を免れたものであり、その額は、少なくとも五〇〇〇米ドルを下らない。従って、仮に、被告が原告に対し損害賠償請求債務を負担するとしても、右の価額は損害額から控除されるべきである。

四  本件の抗弁に対する原告の答弁

1 抗弁1項のうち、(一)は不知(但し、中国に輸出されるかもしれないという程度のことは、売買交渉中にもれ聞いたことがある。)、(二)は不知、(三)(四)は否認する。(五)ないし(七)は争う。

2 同2項は争う。

3 同3項のうち、本件契約がCIF売買であったこと及び荷送りの費用(送料及び保険料)は原告において負担する約定となっていたことは認めるが、その余は否認する。

〔反訴関係〕

一  被告の反訴請求原因

1(本件契約の締結及び代金の支払い)

(一) 原告と被告の当事者関係は本訴請求原因1項のとおりである。

(二) 原告と被告との間で、本件物件のうち六月分及び七月分について、原告主張の契約条件による売買契約が成立したうえ、同3項の合意がなされた。

(三) 被告は右売買契約に基づき、昭和六〇年六月ころ、原告に対して、六月分の代金として信用状により七万五〇〇〇米ドルを支払った。

2(原告の債務不履行)

しかるに、六月分として原告から引き渡された商品は別紙物件目録記載のとおりであり、原・被告間で約定されたものとは異なる商品であった。すなわち、本件契約の売買目的物たる商品のうちLSIチップはLI三三〇一Aであるが、六月分として原告から送付されたものはLI三一二八MSであり、両者はまったく別物であるから、これでは被告の買受けの目的を達成することができなかった。従って、六月分については、全く履行がなかった場合に該当するというべきである。なお、被告は昭和六〇年九月中旬に商品違いを発見した。

3(本件契約のうち六月分に関する部分の解除)

(一)(商事確定期売買による解除)

(1) 本件契約はCIF売買として締結されたものであるところ、CIF売買における船積み期日の特約は、買主が在庫品の数量、市場の状況、金融状態、航海日数及び船積書類の到着日数等を十分に斟酌したうえ決定するものであるから、最も重要な約定として厳守されるべき性質のものであるうえ、信用状にも六月分の最終船積み期限として昭和六〇年六月一五日と記載されていたのであるから、本件契約は、商法五二五条所定の商事確定期売買であったというべきである。

(2) そして、被告は、原告に対し、六月分の出荷時期である昭和六〇年六月一五日を経過したのちも、六月分についてなんら履行を請求しなかったから、少なくとも、本件契約のうち六月分に関する部分は、右同日の経過をもって解除されたものとみなされる。

(二)(履行不能による解除)

(1) 前記被告の本訴の仮定抗弁1項記載の事実により、被告が本件契約を締結した目的からみて、被告が商品違いを発見した昭和六〇年九月中旬には、被告が契約に適合するLSIチップの給付を受けることはもはや何らの利益もなくなっていた。

(2) また、右の当時の本件契約の目的物であるLSIチップの価格は本件契約締結当時の三分の一程度に下落していたのであり、この点からみても、契約に適合するLSIチップの受領を強いられると多大な不利益を被るものであった。

(3) 以上のとおり、六月分について原告はその履行を遅滞していたところ、被告がその後に六月分の給付を受けても何ら利益をもたらさない状況になったのであり、このような場合には、原告の債務の履行は不能に帰したものというべきである。

(4) そこで、被告は、昭和六〇年九月一四日ころ原告に対し、テレックスにより、本件契約のうち六月分に関する部分を解除する旨の意思表示をした。仮にそうでないとしても、被告は、原告に対し、昭和六〇年一〇月二九日付けの書面をもって右同部分の契約を解除する旨を通知し、右書面は同年同月末日原告に到達した。

以上のいずれによっても、本件契約のうち六月分に関する部分については解除の効果が生じている。

4(損害)

被告は、六月分として引き渡された商品を保管するために、昭和六〇年六月五日以降これを他に寄託し、六月分について解除の効果が生じたのちになっても原告がこれを引き取らないので、その保管料として右同日以降昭和六三年一月四日まで一万八七五〇香港ドルを支払い、原告がこれを引き取るまで更に一か月六二五香港ドルの割合による保管料の支払いを余儀なくされている。

5(まとめ)

よって、被告は原告に対し、本件契約のうち六月分の解除に基づく原状回復請求として七万五〇〇〇米ドル及び損害賠償請求として昭和六〇年六月五日から同六三年一月四日までの既払い分保管費用一万八七五〇香港ドル並びにこれらに対する本件反訴状送達ののちである昭和六三年一月二〇日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、更に、昭和六三年一月五日から原告が別紙物件目録記載の商品を引き取るまでの間一か月六二五香港ドルの割合による前記保管費用の支払いを求める。

二  反訴請求原因に対する原告の答弁

1 反訴請求原因1項は認める。但し、本訴請求原因2項のとおりである。

2 同2項のうち、被告主張のとおり商品違いがあったことは認めるが、その余は否認する。両商品は、単にシリーズ番号が異なるのみで、同種機能を営むものである。

3 同3項(一)(1)のうち、本件契約がCIF売買として締結されたこと及び信用状に最終船積み期限が昭和六〇年六月一五日と記載されていたことは認めるが、その余は否認する。同(2)のうち、被告が原告に対し、六月分の出荷時期である昭和六〇年六月一五日の経過後も六月分について履行を請求しなかったことは認めるが、その余は否認する。

同3項(二)(1)のうち、被告の本訴の仮定抗弁1項を引用する部分の認否は前記のとおりであり、その余は否認する。また、同(2)のうち、本件契約の目的物であるLSIチップの価格が売買代金の三分の一程度に下落していたことは認めるが、その余は否認する。同(3)の事実は否認し、主張は争う。同(4)のうち、被告が昭和六〇年一〇月二九日付けの書面で、原告に対し、本件契約のうち六月分の部分を解除する旨を通知したことは認めるが、その効果は争い、その余は否認する。

4 同4項は不知。

三  原告の反訴の抗弁

1(被告の解除原因双方について)

(一)(適法な履行)

原告は、六月分については、商品違いはあったものの、約定出荷時期に出荷を了し、被告はこれを受領した。そして、前記のとおり、原告が六月分として被告に出荷した商品は、約定の商品と単にシリーズ番号がことなるのみで、同種機能を営むものであるから、原告は本件売買契約にもとづく履行をなしたものである。

(二)(検査通知義務違反)

仮に、右の原告の履行が不完全なものであったとしても、原・被告はいずれも商人であるから、六月分についてシリーズ番号がことなる商品が出荷された場合、商法五二六条により、被告がこれを受領後遅滞なく検査し、ただちに原告に対してその旨を通知しない以上、解除及び損害賠償の請求をすることができない。

(三)(信義則違反ないし権利濫用)

(1) 仮に、被告に商法五二六条に基づく検査通知義務がないとしても、六月分として送付された商品のシリーズ番号が約定のものと異なることは、右商品が被告に到達したのち一見すれば容易に判明したはずである。

(2) しかるに、被告は、六月分が到達した前後において、これを他に転売することを全く断念し、本件物件のうち出荷時期未到来の部分についても原告との契約を履行する意思を喪失して、これを解除する意図で、六月分をそのまま放置していた。

(3) そして、被告は、昭和六〇年九月中旬に至って、商品のシリーズ番号違いの事実を発見するに及び、六月分に関しても転売不能となった損失を原告に転嫁することを企図し、解除原因として右シリーズ番号違いの事実を主張しているにすぎない。

(4) 以上の事実によれば、被告の解除の主張は、信義則に反するか、または解除権の濫用に該当する。

2(履行不能を理由とする解除の主張について)

原告は、昭和六〇年一〇月二九日付けの解除の通告がなされるより前の同年九月一四日、被告から商品の型式が約定と異なることを通知され、直ちに同日のテレックスにより、被告に対し、商品違いがあったことを認め、直ちに原告社員を派遣し正しい商品を提供する旨を申し出たし、同時に、商品の発送を準備したうえ、その後にもテレックスで被告の指示を待っている旨連絡した。しかるに、被告は、原告のこれらの申し出に応じなかったのであるから、原告には、六月分について債務不履行の責任はない。

四  反訴の抗弁に対する被告の答弁

1 反訴の抗弁1項(一)は否認する。

同(二)のうち、原告と被告がいずれも商人であることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。原告が被告に送付した六月分は注文商品と全く異なる商品であったから、商法五二六条は適用されない。

同(三)のうち(1)は否認する。また、同(2)のうち、被告が検査をしなかったことは認めるが、その余は否認する。被告は、原告が契約に沿った履行をしたものと信じて、特に検査などをしなかったものである。同(3)は否認し、同(4)の主張は争う。原告は輸出を業とする会社でありながら、契約目的物と全く異なる商品を漫然と送付したのであり、被告は当然の権利として解除権を行使したにすぎない。

2 同2項のうち、商品違いの判明後、原告が被告に対し約定商品を提供する旨申し出たことは認めるが、その余は争う。仮に右の申し出が口頭の提供に該当するとしても、既に述べたように右提供の当時これを受領することは被告にとってなんら利益のない状況になっていたのであるから、原告の主張は、被告の昭和六〇年一〇月二九日付けの解除の関係でも、失当である。

第三証拠関係《省略》

理由

〔本訴関係〕

一  本訴の請求原因1項は当事者間に争いがない。

二  同2項について、被告は当初の自白を撤回して争うので、検討する。

被告代表者の供述中には自白が真実に反するとの点について被告の主張に添う部分がある。しかし、八月分及び九月分について代金の弁済方法及び弁済期日など重要な点で合意がなかったとの部分は《証拠省略》に照らすと採用できない。また、契約書が作成されておらず、信用状が開設されなかったことは、それだけでは契約の成立を否定するに足りるものではない。そのほかに右自白が真実に反することを認めるに足りる証拠はない。従って、その余の点を判断するまでもなく、右自白の撤回は許されない。

三  同3項は当事者間に争いがない。

四  同4項の(一)のうち、原告がその主張のとおりテレックスで通知したこと及び被告が右主張のとおり八月分及び九月分の契約を解除する旨通知したことは、当事者間に争いがない。その余の事実は《証拠省略》により認めることができる。

同4項の(二)のうち、履行の準備の点については、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、その余は当事者間に争いがない。

そうすると、被告には八月分及び九月分の代金支払債務の不履行があったというべきであるところ、同4項の(三)のように原告が解除の意思表示をしたことは審理の経過に照らして明かである。

五  そこで、本訴の抗弁について判断する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

中国政府は、本件契約が締結された昭和六〇年の前年末ころから、科学計算機用の部品などの外貨決済条件による輸入について緩やかな為替管理政策をとっていた。そのため昭和六〇年三月当時香港には中国向けの科学計算機用部品の特別に大きな需要があり、本件物件はいわゆる売れ筋の商品であった。そこで、被告は、この好機乗り中国に転売する目的で本件契約を締結した。そして、原告の担当者(常務取締役)苧原はこのことを知っていた。

ところが、昭和六〇年六月ころまでに、中国政府は、本件物件などの外貨決済条件による輸入を厳しく制限するようになった。そのため、そのころから中国への輸出は事実上不可能になり、本件物件の価格は下落した。

右の中国政府の政策変更は突然の措置であり、予測できなかった。

そのため、被告は、昭和六〇年七月一八日のテレックスで、原告に対し、中国向け市場が依然として混乱していること及び銀行が信用状の開設を拒否していることを理由として、本件契約中未納入商品にかかる部分を解除する旨の意思表示をした。

2  被告は、右のような事実関係のもとでは、事情変更の原則上、被告のした右解除の意思表示は有効であると主張するのである。そして、右認定によれば、本件契約締結後、原告及び被告の双方が契約締結の基礎とした事情に不測の変化が生じたため、その拘束力が維持されると被告が不利益を被ることになるということができる。しかし、原告は商事会社であり、被告の注文により本件物件を他から購入して調達する立場にあったものである。そして、《証拠省略》によれば、原告は、被告が確定的に注文の意思表示をしたため直ちにその商品の確保をはかり、昭和六〇年三月二八日にはメーカーとの間で、八月分及び九月分の売買契約を締結していたことを認めることができる。もっとも、被告は、原告がそれほど早く八月分及び九月分を確保しておく必要はなかったと主張しているが、《証拠省略》によれば、その当時本件物件は需要が多く品薄であったため原告がしたように早く注文しておかなければ確保し難い情勢にあったこと及び被告もこの情勢を十分知っており納期に間に合うよう特に要請していたことを認めることができるから、本件の場合には被告の右主張は採用することができない。また、被告は、納期が昭和六〇年六月以降になりかつ分割納入となったことを指摘して、事情変更による解除権取得の理由の一つとしているが、そのような納入時期及び納入方法が約されたことについて原告に不手際や落ち度があったことを認めるに足りる証拠はないから、これを被告の主張とのかねあいで重視することは相当でない。なお、本件商品の性質上処分先が中国市場だけに限られていたというのではないと考えられ、《証拠省略》に照らしても、ヨーロッパ市場での販売などができないものではなかったと認めることができる。

以上によれば、被告主張の事情の変更があったことによっても、被告に本件契約の拘束力を認めることが信義則上著しく不当であるとまでは認めることはできないというのが相当である。そして、そうである以上、被告はこれを理由として八月分及び九月分契約を解除することは許されないというべきである。従って、被告の前記主張は採用することができない。

3  また、右認定によれば、原告が前記解除に基づく損害の賠償を請求することが信義則に反し、あるいは権利の濫用にあたるということもできないと認めるのが相当であるから、被告のこれらを主張する抗弁も採用することができない。

六  そこで、原告の被った損害について検討するに、昭和六〇年九月ころの八月分及び九月分商品の価格が合計五万米ドル相当に下落していたことは当事者間に争いがない。そして、被告代表者本人の供述中その後この相場が大きく回復したとの部分及びこれに沿う乙第九号証は、《証拠省略》に照らすと採用することができない。そうすると、原告は契約代金である一五万米ドルから右五万米ドルを控除した一〇万米ドルの損害を被ったと認めることができる。

七  被告は、損益相殺の主張をしているので検討すべきところ、本件契約がCIF売買であり、送料及び保険料を原告が負担する約定であったことは当事者間に争いがない。このことと前記認定及び前記損害の性質によれば、原告は、右各費用の支出を免れたためその同額は損益相殺として右損害から控除されるべきであるということができる。

そして、《証拠省略》によれば、原告の免れた運送料は一九万五四五六円程度、保険料は八二五米ドル(代金の一・一倍の〇・三パーセント)程度であったと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。また、原告が解除した昭和六三年一二月一五日当時の東京外国為替市場における一米ドルが一二二円九七銭であることは公知の事実であるから、これにより換算すると前記運送料は一五八九・四六米ドルになる。従って、損益相殺により減額すべき金額は右の合計二四一四・四六米ドル程度と認めるのが相当である。そして、前記損害額からこれを控除すると、残額は九万七五八五・五四米ドルになる。

八  以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し右九万七五八五・五四米ドル及びこれに対する前記昭和六三年一二月一五日の翌日から支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。

〔反訴関係〕

一  反訴の請求原因1項は当事者間に争いがない。

二  同2項のうち、六月分として送付された商品が別紙物件目録記載のものであり、契約目的物との間に商品違いがあったことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によると、送付されたLI三一二八MSのLSIチップは一般のソーラー電卓程度の計算機能に対応できるだけであるが、注文品のLI三三〇一AのLSIチップはこれより高度の機能を有する科学計算機用のチップであり、科学計算機用のチップとしては前者で後者を代替することは不可能であること、両チップにはその表面に型式番号が大きく記載されておりその外観上別種類のチップであることが一見して分かるようにされていること、本件物件のセットのなかでLSIチップは中心的な部品であることを認めることができる。そうすると、六月分については、原告は、注文品とは外観及び性能ともに全然別種類の商品を送付したにすぎないのであるから、これを送付しただけでは、六月分の給付をしたことにはならない。

三  そこで、被告の解除の主張について検討する。

CIF売買は貿易条件として輸送経費及び輸送中に生ずる危険の負担などについて特別の取り決めがなされる売買であるにとどまるから、CIF売買であるからといってそれだけで当然に確定期売買になるほど船積み期日の約定に重要な意味が与えられているものとまでは考えにくい。また、決済条件が信用状決済であり、信用状に最終船積み期日が記載されていたとしても、そのことだけで、当該売買が確定期売買になると認めるべき根拠も乏しいというべきである。しかし、信用状決済条件によるCIF売買の場合の船積み期日の約定がこれらの貿易決済条件の性質上重要な約定であり、一般に厳守されるべき事項と認識されていることは、原告側で本件契約の締結を担当した常務取締役苧原もその証言中で認めるところであり、特に、《証拠省略》によれば、本件契約の場合には、契約締結までの折衝中、原告は被告に対し、所定の期日までに信用状が開設されないときは契約はなかったことにする旨通知し、他方で被告は原告に対し、納期遅れに対する強い懸念を表明するとともに納期が確実に守られるよう特に申し入れていたこと及び本件契約はこれらを互いに承知して締結されたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前記本訴関係の五の1で認定した事実によれば、双方ともに右の如く期日を厳守すべきことを要請したのは、当時発生していた本件物件の前記のような特別な需要状況のもとではこのことが本件契約の目的達成上重要なことであると認識されていたことに基づくものであると考えることができる。そうだとすると、本件契約は、その性質及び当事者の意思表示に照らして商法五二五条の確定期売買に該当すると認めるのが相当であるから、原告が前記のとおり履行期の給付を怠り、その後被告が履行の請求をしなかった(このことは当事者間に争いがない。)以上、本件契約は解除されたものとみなされることになる。

四  原告は、昭和六〇年九月以降に注文に沿う商品を提供した趣旨の抗弁を主張するが、右三の認定判示に照らして、右主張自体失当というべきである。

五  また、原告は、被告には商法五二六条の検査通知義務違反があるから解除の効果を主張することは許されないと主張している。そして、原・被告とも商人であるところ、被告が六月分として商品の送付を受けたのち三か月くらいの間これを検査しなかったため商品違いに気付かなかったことは当事者間に争いがない。しかし、商法五二六条一項は、直接には目的物に瑕疵または数量不足がある場合だけを規定しているにすぎないうえ、同法五二七条及び五二八条と読みくらべてみると、五二六条ではその文言上あえて品物違いの給付がなされた場合が除外されているものであることを読み取ることができる。また、五二六条一項は売主の利益のために買主の権利行使を制約する特別の規定であるから、その準用あるいは類推適用をすることは慎重であるべきである。従って、給付された商品が契約目的物とは別種類の商品であるというように売主にとって基本的な誤りがある場合には、買主は、右の検査通知義務条項によっては権利行使の制約を受けないと解するのが相当である。ところで、前記認定のとおり、六月分として送付された商品中のLSIチップは、契約目的物とLSIチップであることは共通しているが、型式を別にし、契約目的物である科学計算機用のLSIチップとしては用をなさないものであり、しかも、型式を異にすることは商品自体に大きく書かれた型式番号の表示によって一見して明らかなようにされているのであるから、契約目的物とは全く別物であると認めることができる。そして、六月分はセットで転売する目的の商品であるから、そのうちもっとも重要なLSIチップに右のように品物違いがある以上、全体として品物違いと評価されるべき性質のものというべきである。以上によれば、原告は、六月分として送付した商品については商法五二六条一項の保護を受けることができないというべきであるから、原告の前記主張は、採用することができない。

六  次に、原告は、被告が解除の効果を主張しあるいは損害の賠償を請求するのは信義則に反しまたは権利の濫用に該当するから許されないと主張している。確かに、前記認定のとおり六月分とされた商品が送付された当時にはすでにその中国向け転売は事実上不可能になっていたのであり、商品の相場価格は三分の一程度に下落していたのであって、《証拠省略》によれば、六月分について品物違いがあったことの故に被告の契約目的が達成できなかったという事情にあるのではないとともに、品物違いの発見が約三か月もの間遅れたのは右のような事情から被告が早期に転売できなかったことが主な理由であることを認めることができる。しかし、確定期売買の場合に売主の履行が遅れたときには、たとえ結果としてそのことと契約目的を達成できなかったこととの間にあまり関係がないとしても、それ故に買主が確定期売買の場合の遅滞の効果を主張することが制限されることになると解すべき理由はない。また、発見及び通知が遅れたのは被告が投機的な思惑を有していたことなどの不当な理由によるものではなく、そのために原告が仕入先との間の事後処理あるいは他への転売などの面で不当に不利益を被ったという事情も見当たらない。そして、そのほかに原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。従って、右主張は、採用することができない。

七  以上によれば、原告は、被告に対し、原状回復義務の履行として、受領ずみの六月分代金七万五〇〇〇米ドルを返還する義務があるから、被告の反訴請求中その支払いとこれに対する本件反訴状送達ののちであることが記録上明らかな昭和六三年一月二〇日から支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は、理由がある。

九  また、被告は、商法五二七条及び五二八条により、別紙物件目録記載の物件を保管する義務がありその費用を原告に請求することができる。そして、被告の損害賠償請求は、この性質の費用を請求しているものと理解することができる。そこで、検討すると、《証拠省略》によれば、被告は、昭和六〇年六月五日以降右商品を営業倉庫に保管し、その倉庫料として一か月三三〇香港ドル、保険料として一か月二九五香港ドルを支出し、今後も同じ方法で保管することを要するため、原告が右商品を引き取り被告の保管が終了するまでは継続して同じ費用を要することが確実であること、なお、被告は、昭和六〇年九月一三日に右商品が品物違いであることを初めて確認し、翌一四日原告に六月分売買の解除と商品の引き取りを請求したが、原告は今日に至るまでその引き取りを明示的に拒絶していること、従って、被告は、昭和六〇年九月一三日まではもっぱら被告自身のためにする意思で右商品を保管し費用を要したことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、原告は被告に対し、昭和六〇年九月一四日から右商品を引き取り前記による保管が終了するまで、一か月六二五香港ドルを支払う義務がある。従って、被告の前記請求中、昭和六〇年九月一四日から同六三年一月四日まで(二七か月と二二日)の右費用の合計一万七三一八香港ドル及びこれに対する前記昭和六三年一月二〇日から支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金並びに昭和六三年一月五日から原告が前記物件を引き取るまでの間一か月六二五香港ドルの割合による費用の支払いを求める部分は理由がある。

〔まとめ〕

以上によれば、原告の本訴請求は主文一項の限度で、被告の反訴請求は主文二項ないし四項の限度でいずれも理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官平賀俊明及び裁判官神坂尚は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 加藤英継)

<以下省略>

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