大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)10400号 判決 1987年4月28日

原告

株式会社高野建輌

被告

東京自動車共済共同組合

主文

一  被告は、原告に対し、九四一万〇七三〇円及びこれに対する昭和六一年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一四九八万四六〇〇円及びうち一三六八万六四〇〇円に対する昭和六一年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  共済契約の締結

原告は重機両の運搬等を営む会社であるところ、昭和六〇年一二月一〇日、被告との間で、原告の保有する大型貨物自動車(相模一一か八六六四、以下「加害車」という。)につき、契約期間を昭和六〇年一二月二六日から昭和六一年一二月二六日まで、支払限度額を一億円とする自動車対人賠償共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結した。

したがつて、被告は、加害車の運行に起因する対人事故について原告が負担すべき損害賠償責任額のうち自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)による保険(以下「自賠責保険」という。)金等をもつて不足する部分を共済すべき責任がある。

2  共済事故の発生

訴外高野紀昭は、昭和六一年一月三〇日、加害車を運転して、東京都八王子市片倉町二二二六番地先道路を走行中、右道路外に加害車を逸走させたうえ、歩道上の訴外井上トミ(以下「トミ」という。)に衝突させ、死亡させた(右事故を、以下「本件事故」という。)。

3  原告の損害賠償責任

原告は、加害車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故による後記4の損害を賠償すべき責任を負担するに至つた。

4  損害

(一) 示談契約による損害額の確定

原告は、本件事故によるトミの死亡に伴つて生じた損害額につき、昭和六一年四月四日、トミの夫である訴外井上行雄(以下「行雄」という。トミは行雄と二人で生活していた。)右損害賠償請求権者として、同人との間でその総額を二八五〇万円とする示談契約(以下「本件示談契約」という。)を締結した。その内訳を述べると、次のとおりである。

(二) 損害内訳

(1) トミの逸失利益 九〇二万四六七八円

トミは、本件事故当時六三歳の主婦であつたところ、本件事故に遭遇しなければ、七〇歳までは主婦として稼働可能であり、その後は国民年金法に基づく老齢年金(以下「老齢年金」という。年額一七万〇三三二円)を八一歳まで取得できたはずであるから、七〇歳までは女子の年齢別平均給与年額二〇五万四四〇〇円相当(月額一七万一二〇〇円)を、その後八一歳までは年額一七万〇三三二円の老齢年金を基礎年収とし、生活控除三〇パーセント、中間利息控除につきライプニツツ方式を採用して右の間の逸失利益の現価を算定すれば、次の計算式のとおり、九〇二万四六七八円となる。

171,200円×12×(1-0.3)×5.786+170,332×(1-0.3)×(11.690-5.786)=9,024,678

(2) 葬儀費用 九〇万円

行雄は、トミの葬儀を執り行い、その費用として九〇万円を支出した。

(3) 慰藉料等 一八五七万五三二二円

本件事故の態様その他諸般の事情を考慮し、本件事故によるトミの慰藉料(文書料三六〇〇円を含む)は、一八五七万五三二二円とするのが相当である。なお、右慰藉料額は、計算上本件示談契約による損害総額二八五〇万円から前記(一)、(二)の合計額を控除した額に相当する。

5  被告の共済保険支払義務の発生

原告は、本件事故による損害(本件示談契約による額)について、自賠責保険から支払を受けた一四八一万三六〇〇円を控除した残損害額一三六八万六四〇〇円につき昭和六一年四月一一日に一〇五〇万円、同年五月二九日に三一八万六四〇〇円をそれぞれ行雄に支払つた。

したがつて、被告は、原告に対し、本件共済契約に基づき、原告が本件事故の損害賠償として行雄に支払つた一三六八万六四〇〇円に相当する共済保険金を支払うべき義務がある。

6  弁護士費用 一三〇万円

原告は、被告が前記の共済保険を任意に履行しないため、やむなく本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として一三〇万円を支払う旨約束したところ、右は被告の不当抗争により原告が被つた損害というべきであるから、被告は、右弁護士費用相当額を支払う義務がある。

7  結論

よつて、原告は、被告に対し、本件共済契約に基づく保険金及び損害賠償として、一四九八万六四〇〇円及び弁護士費用相当損害金を除くうち一三六八万六四〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、原告が加害車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、損害賠償額は争う。

4  同4の事実は、(一)につき示談契約の締結は認めるが、これによる賠償額は高額にすぎ、争う。(二)の損害内訳につき、(1)のうちトミが本件事故当時満六三歳の主婦であつたこと、基礎年収が二〇五万四四〇〇円であること、中間利息控除方式につきテイプニツツ係数五・七八六を採用することは認めるが、生活費控除率は四〇パーセントとすべきであり、するとトミの右に係る逸失利益は七一三万二〇五五円である。また、老齢年金を逸失利益の対象とすることは争う。(2)の葬儀費用は認める。(3)の慰藉料、一三〇〇万円が相当である。なお、文書料相当の三六〇〇円の損害が生じていることは認める。

5  同5は、自賠責保険からの損害の填補額及び原告が行雄に対し本件示談契約に係る損害賠償として、右填補額を控除した残額一三六八万六四〇〇円を支払つたことは認めるが、仮に被告に共済金支払義務があるとしても、右は六二一万八四五五円を超えるものではない。

6  同6は不知。

7  同7の主張は争う。

三  被告の主張

本件共済契約の約款(以下「本件約款」という。)によれば、原告において被害者に対する損害賠償責任の全部又は一部を認めるときはあらかじめ被告の承認を要し、右承認がない場合は、被告は共済金を支払わないことができると規定されているところ、原告は被告の承認を得ることなく、勝手に著しく高額な本件示談契約を締結したのであるから、被告には右示談額に基づく共済金の支払義務はないというべきである。

四  被告の主張に対する原告の認否

争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(本件共済契約締結)、同2(共済事故の発生)、同3(原告の損害賠償責任)の原告が加害車の運行供用者であること、同4(損害)の(一)の本件示談契約の締結及び同5(被告の共済保険金支払義務の発生)のうち、原告が行雄に対し本件示談契約に基づく損害賠償額二八五〇万円から自賠責保険により填補された残損害額一三六八万六四〇〇円を支払つたことの各事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告は、原告に対し、本件共済契約に基づき、原告が行雄に支払つた前記損害賠償額のうち、本件事故と相当因果関係のある額に相当する共済金(その額は後に認定するとおり)を支払うべき義務があるものというべきである。

なお、成立に争いのない乙一号証によれば、本件約款には、原告(共済契約者)が損害賠償責任の全部又は一部を承認するときはあらかじめ被告(共済組合)の承認を得ることを要し、正当な理由なくこれを履行しないときは、被告は共済金を支払わないことができる旨規定されている(約款四条一項(6)号、二項)ことが認められるところ、被告は本件示談契約により原告が負担した損害賠償責任額は、被告の呈示した査定額を著しく上回るもので被告の承認していないものであるとして、右に対し被告には共済金支払義務はない旨主張する。しかしながら、右契約の規定は、契約者の恣意的な債務負担により共済制度の運営の適正が損なわれることを防止する目的の下に、損害額の適正な確定のため共済組合の判断の機会を留保する趣旨にあるものと解され、およそ共済組合の事前の承認がない限り、共済金支払義務の発生を認めないと解すべきものでないことは明らかというべきである。そうであれば、被告の右主張は、本件示談契約に係る損害額の相当性を争う趣旨である限りはともかくとして、事前の承認がなかつたことの一事をもつておよそ共済金支払義務の発生を全面的に否定する趣旨であるとすれば明らかに理由がなく失当であり、採用の限りではないというべきである。

二  そこで、本件示談契約に係る損害賠償額の相当性及び被告の負担すべき共済金額について判断する。

1  逸失利益 八三二万〇七三〇円

トミの逸失利益算定については、本件事故後七〇歳までの七年間にわたり年収二〇五万四四〇〇円、中間利息控除につきライプニッツ方式を採用する限度では当事者間に争いがないから、右に基づき、生活費控除率を三〇パーセントとするのを相当と認めたうえで、トミの死亡時における右逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は八三二万〇七三〇円(一円未満切捨)となる。

2,054,400×(1-0.3)×5.786=8,320,730

なお、原告は、トミが七〇歳に達した後について、八一歳までの得べかりし老齢年金支給額をも逸失利益として出張する。しかしながら、老齢年金制度は所定の年齢に達した老齢者の生活福祉のため設けられたものであり、右受給権は受給者が生存する限りにおいて認められる一身専属的権利(国民年金法二九条)に解するのが相当というべきであるから、これを死亡後の逸失利益として算定するのは相当ではなく、また、その支給額は、右制度の趣旨に徴し、受給者の生活費として支給されるものである(成立に争いのない甲八号証の二によれば、トミの死亡当時の老齢年金受給額は年額一七万〇三三二円と認められるところ、右支給額は、少なくとも通常要すると予想される生活費を上まわるものとは認め難い。)から、得べかりし老齢年金が生活費を控除して算定されるべき逸失利益を構成すると認める余地もないものといわなければならない。したがつて、いずれの観点からしても、原告の老齢年金に基づく逸失利益の主張は理由がなく、採用の限りではない。

2  葬儀費用 九〇万円

本件事故により、行雄がトミの葬儀につき九〇万円を支出し、右相当の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

3  慰藉料 一五〇〇万円

本件事故態様、トミの年齢、その他本件審理に顕れた諸般の事情を考慮すると、トミの本件事故による死亡慰藉料は、一五〇〇万円をもつて相当と認める。

4  文書料 三六〇〇円

行雄がトミの本件事故による死亡につき、文書料として三六〇〇円を要し、右相当の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

5  右のとおり、本件事故により生じた損害総額は合計二四二二万四三三〇円となるから、本件示談契約に係る原告が行雄に対して負担する損害賠償額は右の限度で本件事故と相当因果関係を有するものというべく、右から自賠責保険金一四八一万三六〇〇円を控除した九四一万〇七三〇円が本件共済契約により、被告が原告に対して支払うべき共済金額となり、これを超える請求部分は理由がないものといわなければならない。

三  次に、原告は被告が保険金の任意の弁済をしないため本訴の提起と追行を原告訴訟代理人に委任せざるを得なくなつたことにつき、不当抗争である旨主張し、弁護士費用相当の損害を請求するが、本件において不当抗争に当たると認めるに足りる証拠はなく、また、本件審理の経緯に照らし、右費用相当の損害を認めることを相当とすべき事情も見い出し難いから、右主張は採用できない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し九四一万〇七三〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 藤村啓 比佐和枝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例