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東京地方裁判所 昭和61年(タ)630号 判決 1987年7月24日

国籍中華民国及びアメリカ合衆国

住所東京都港区<以下住所略>

原告

甲女

右訴訟代理人弁護士

佐藤恒雄

川上美智子

国籍英国(香港)

住所東京都品川区<以下住所略>

原告

乙男

右訴訟代理人弁護士

八木康次

平野高志

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原被告間の長男A(昭和五一年四月二五日生)及び長女B(昭和五二年一〇月三一日生)の監護者を原告と定める。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  予備的申立

(一) 原告は被告に対し、原告所有財産の二分の一に相当する金員を支払え。

(二) 原・被告間の未成年の子A及び同Bの監護教育に関し、被告と右子らが面接交渉する時期、方法などにつき処分を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は中華民国及びアメリカ合衆国の国籍を有するもの、被告は英国(香港)の国籍を有するものである。

2  原告と被告は昭和五〇年六月一二日東京において婚姻し、昭和五一年四月二五日長男Aが、昭和五二年一〇月三一日長女Bがそれぞれ出生した。

3  原・被告間では、婚姻の当初から、しばしば争いが生じていたが、特に昭和五二年、長女出生のころからは夫婦仲は悪化し、争いが絶えなくなつた。

4  被告は昭和五九年一〇月、原告及び右二人の子らを残して当時の原・被告の住居を出て以後帰らなくなつた。そのため、原・被告は現在まで別居状態にある。

5  被告は別居の前後を通して、原告及び二人の子らに対し、一切生活費等を負担しなかつた。

6  原告は現在、右二人の子らとともに生活し、同人らを養育している。

7  被告はすでに原告との離婚に同意している。

8  本件離婚及びこれに伴う監護者の指定については、夫の本国法たる香港法を適用すべきであるが、法例二九条は本国法が日本法によるべき旨明示している場合だけでなく、本国の裁判所が管轄権を有する場合にもつぱらその法廷地法たる同国の実体法を適用しているときは、日本の裁判所が裁判権を行使する場合もその法廷地法たる日本法の適用を認めていると解すべきであり、そして、香港婚姻訴訟法八条は離婚等につき香港の裁判所が裁判管轄権を有する場合には香港法のみを適用する旨規定しているのであるから、本件離婚及び監護者の指定についてはその準拠法は法例二九条により法廷地法たる日本法となる。

9  したがつて、前記の各事実によれば、民法七七〇条一項二号、五号の各事由があり、また、長男及び長女の監護者は原告と定められるべきである。

なお、仮に本件において香港法が適用されるとしても、原・被告間の婚姻関係はすでに破綻して回復不能な状態にあり、香港婚姻訴訟法一一条A(1)の(c)「被告が原告を二年以上遺棄した場合」及び同条(1)の(d)「原・被告が二年間別居し、被告が下される判決に同意する場合」に該当する。また、未成年の子の監護者の指定については「一九七七年未成年者の後見に関する法律」第一〇条(2)にその旨規定が存する。

よつて、原告は被告との離婚並びに長男及び長女の監護者を原告と指定する旨の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2の各事実はいずれも認める。

2  同3のうち、原・被告間で昭和五五年以降争いが生じた事実は認める。右争いの原因は原告に存した。

3  同4のうち、被告が昭和五九年、当時の住居を出たこと、以後原告と別居していることは認める。これは、原告が被告に対し、同住居から出ていくよう強く要請し、被告が一時的に、原告の気持ちを落着かせようと右要請を受け入れて住居を出たところ、以後、原告が被告の戻ることを頑強に拒んでいるためである。

4  同5の事実は否認する。被告は別居前、原・被告ら家族の生活費全額を負担しており、別居後も実質的には生活費を負担している。すなわち、原告は原告の両親が経営する中台工業株式会社から給与を受領しているが、これは被告の同会社における勤労に対する対価の一部であり、単に税金対策上、被告の給与を二分し、その一方を原告名義にしているにすぎない。更に、原告は被告名義のクレジットカードを保有し、自由に使える状態にある。また、被告は現在も子らの急な出費のための金銭を用立てることがよくある。

5  同6の事実は明らかに争わない。

6  同7の事実は否認する。

7  同8、9は争う。本件の離婚等について、法例二九条による反致を認めることは不当であり、夫の本国法たる香港法が適用されるべきである。

なお、香港婚姻訴訟法一一条A(1)の(c)における「遺棄」を認定するには、(一)原・被告が別々の生活をいとなんでいること、(二)遺棄者が永久的に被遺棄者と別々に生活する意思を有していること、(三)被遺棄者が、遺棄者と別々に生活をいとなんでいくことについて同意していないこと、(四)別々に生活をいとなんでいくことについて正当もしくは合理的理由が存在しないこと、(五)訴状提出の直前に最低二年間以上の別々に生活をいとなんでいる事実が存在することの五つの要件が必要であると解されているところ、本件においては前記主張のごとく、被告は原告からの強い要請を受け入れて、いわゆる冷却期間をもうけるため、一時的に別居したのであつて、右(二)ないし(四)の要件を欠き、遺棄とは認められない。

また、香港婚姻訴訟法一一条A(1)の(d)における「同意」とは、裁判所が離婚認容判決を下すことについての現在の確定的同意であることを要するが、被告は現在、離婚認容判決が下されることに同意していない。

三  被告の予備的申立の理由

1  財産分与について

原告は、被告との婚姻後、被告の貢献、協力等により相当額の資産を取得するに至つた。

2  子らとの面接交渉について

香港「一九七七年未成年者の後見に関する法律」一〇条(1)によれば、裁判所は監護者を指定する際には、未成年の子の両親いずれかの子に対する面接交渉権についても定めるよう規定している。

よつて、仮に原告と被告との離婚が認められる場合には、被告は原告に対し、離婚に伴う財産分与として、原告所有財産の二分の一に相当する金員の支払いを求めるとともに、裁判所に対し、子らの監護者を原告と定める際には、被告の子らに対する面接交渉権について、その時期、方法等を指定するよう申立てる。

四  予備的申立の理由に対する認否及び主張

1  同1について否認する。原告が現在所有する財産は全て自らの収入により取得したもの或いは原告の両親から贈与、相続等により取得したものである。したがつて、被告に分与すべき財産は存しない。

2  同2について被告に対し、子らとの面接交渉の機会を与えることに異議はない。

第三  証拠<省略>

理由

一離婚請求について

1  <証拠>及び弁論の全趣旨によれば請求原因1ないし4及び同6の各事実のほか以下の事実が認められ、<証拠判断略>他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告と被告は互いに米国カリフォルニア大学在学中に知り合い、婚姻後は、原告の両親が居住する日本に移り住み、被告において原告の両親が経営する中台工業株式会社の常務取締役として稼働するようになつた。なお、原告も昭和五七年ころから、同会社の専務取締役に就任し、同会社から月額七〇万円の給与を得るようになつた。

(二)  一方、原・被告は婚姻当初から、被告が原告の家事について不満を述べるなど生活様式や性格の齟齬により口論をすることが多かつたが、長女誕生のころからはこれが一層激化して争いが絶えず、寝室を別にする等家庭内で別個の生活をするようになつた。

(三)  このころから、原告は被告に対し、別居することを要請し、この結果、昭和五九年一〇月ころ、原・被告話し合いの上被告は単身住居を出て以後原告及び長男、長女らと別居状態となつた。

(四)  原・被告の別居後は、被告から原告に対し、生活費或いは養育費等の定期的、継続的給付はなく、原告及び長男、長女らの生活はもつぱら原告の右会社からの給与等でまかなわれており、また、原告と被告の交流も、形式的に公式の社交の場に同席すること以外にはほとんど見るべきものがない。

(五)  この間、原告と被告は離婚について話し合い、被告も原告との離婚に合意して、昭和六一年九月三〇日には、翌六二年三月付けで原告と離婚することを確約し、その旨原告宛の手紙に記した。

2  本件離婚の準拠法は、法例一六条により夫たる被告の本国法、すなわち香港法によるべきである。そして、香港婚姻訴訟法一一条A(1)は離婚原因について限定的に列挙し、このうち「離婚の申請直前の少なくとも継続して二年間被告が原告を遺棄した場合」(一一条A(1)(c))及び「離婚の申請直前の少なくとも継続して二年間婚姻の当事者が別居し、被告が下される判決に同意する場合」(一一条A(1)(d))を規定しているところ、右認定事実によれば、本件原・被告の別居をもつて被告が原告を遺棄しているということはできず、その他被告の遺棄を認めるに足りる証拠はない。また、右一一条A(1)(d)の離婚原因についても、被告が現在、離婚認容判決が下されることについて同意していることは、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りず、その他、原・被告間の婚姻関係が他の同法上の離婚原因に該当することを認めるに足りる証拠もない。したがつて、右香港法によつては、原告と被告の離婚は認められないものと解される。

しかしながら、本件は原告、被告とも日本に住所を有していること、原・被告間の婚姻生活はほとんど全て日本においていとなまれたこと、原・被告間の婚姻はすでに完全に破綻しており、これまで原・被告間で離婚についての合意がなされていたこと、被告は現在右合意を撤回し、離婚に同意できないとするにもかかわらず、原告との婚姻関係の回復につき、何ら積極的な働きかけをしてきたものとは認められないことなどからすれば、かかる場合にまで、なお夫の本国法である香港法を適用して離婚を認めないとすることは、わが国における公の秩序、善良の風俗に反する結果になるものといわざるを得ない。したがつて、本件においては法例三〇条により前記香港法の適用を排斥し、わが国の民法を適用すべきである。

前記認定の事実によれば、原・被告間の婚姻関係はすでに破綻し、その回復が期待できないことは明らかであつて、日本民法七七〇条一項五号に該当するから、原告の離婚請求は理由がある。

二監護者の指定について

離婚に伴う未成年の子の監護者の指定は離婚に際し必ず処置すべき事項であるから、離婚準拠法に従うものと解するのが相当であり、本件では夫の本国法たる香港法が適用されるべきである。そして前記認定の諸事実によれば、原・被告の長男A及び長女Bは原・被告の別居後現在まで原告のもとで健全に養育されていることが認められるから、香港法「一九七七年未成年者の後見に関する法律」一〇条(1)の(a)により同人らの監護者を原告と定めるのが相当である。

なお、被告は、同法一〇条(1)の(b)に基づき、予備的申立として右長男、長女との面接交渉に関する処分を求めているが、法廷地法たる日本の手続法上、離婚訴訟の際に、裁判所が当事者の一方とその未成年の子との面接交渉についても付随的に判断しうるとする規定は何ら存しないものと解され、その手続的根拠を欠くというべきであるので、被告の右申立は不適法であり、却下を免れない。

三財産分与について

被告は予備的申立として、香港法たる「離婚訴訟手続及び夫婦財産法」四条に基づき、清算的な財産分与を求めているところ、離婚に伴う財産分与は離婚の際の財産的給付の一つであるから離婚の効力として離婚準拠法に従うものと解するのが相当であり、本件では前記二同様、香港法によるべきである。前記<証拠>によれば、原告は国内及び国外における各種不動産等相当額の資産を有してはいるものの、これらは全て原告の父親から贈与或いは相続により取得されたものであることが認められ、右認定に反する前記乙第五号証の記載部分及び被告本人尋問の結果はにわかに採用することができず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、夫婦財産の清算を認めることはできず、その他諸般の事情を考慮しても、被告に対する財産分与を相当とすべき事情は認められない。したがつて、被告の財産分与の申立は理由がない。

四結論

以上によれば、原告の離婚請求は理由があるのでこれを認容し、原・被告間の長男A及び長女Bの監護者を原告と定め、被告の財産分与及び右子らとの面接交渉についての予備的申立はいずれも採用できないのでこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村重慶一 裁判官山﨑勉 裁判官加々美光子)

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