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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)203号 判決 1987年4月27日

原告 丸田株式会社

被告 特許庁長官

主文

一  昭和五九年商標権存続期間更新登録願第二〇四九二五号に関して提出された原告の昭和五九年七月二四日付け意見書及び同日付け手続補正書につき、被告がそれぞれ昭和五九年八月三一日付でした不受理処分をいずれも取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案についての答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  手続の経緯

(一) 原告は、左記商標権の商標権者であるところ、昭和五九年三月一二日、商願昭和五九―第二〇四九二五号をもつて、右商標権の存続期間更新登録出願(以下「本件更新登録出願」という。)をした。

出願日   昭和四二年一二月三〇日

出願番号  昭和四三年第〇〇〇一〇三号

登録日   昭和四九年七月八日

登録番号  第一〇七六〇三九号

商品の区分 第一六類

指定商品  織物、編物、フエルト、その他の布地

標章    別紙記載のとおり

(二) 特許庁審査官は、原告の本件更新登録出願に対し、昭和五九年四月一七日付け(同年六月一五日発送)で、「提出に係る登録商標の使用説明書に示された商品『毛布』は本件登録商標の指定商品の範囲に属しないものである。したがつて、本件登録商標を、その指定商品について使用しているものと認められない。したがつて、この出願の商標は、商標法第一九条第二項ただし書第二号の規定に基づき、登録できないものと認める。」という拒絶理由通知をした。

(三) 原告は、被告に対し、右拒絶理由通知における意見書提出指定期間内である昭和五九年七月二四日付けで意見書及び手続補正書(以下それぞれ「本件意見書」、「本件補正書」という。)を提出した。

(四) 被告は、昭和五九年八月三一日、本件意見書及び本件補正書を、「使用説明書の補正は認められない。なお、釈明するのであれば、意見書の理由の欄に記載されたい。」という理由でいずれも不受理処分(以下、「本件各不受理処分」という。)とし、その決定謄本は、同年九月一七日原告(出願人)代理人村林隆一に送達された。

(五) 原告は、被告に対し、昭和五九年一〇月一八日、行政不服審査法に基づき、本件各不受理処分の取消しを求める異議申立(五九特総第三一一三の一号、同第三一一三の二号)をした。

(六) 被告は、昭和六〇年一一月一九日、右異議申立に対し、「本件各異議申立てをいずれも却下する。」との決定をした。

2  本件各不受理処分の違法性についての原告の主張

(一) 本件各不受理処分の法的根拠の不存在

本件各不受理処分は、原告の本件意見書及び本件補正書の各提出権に基づく各行為を却下する処分であるから、これをするためには法の根拠を必要とするところ、現行法上被告が本件各不受理処分(却下処分)をすることができる法的根拠はない。旧特許法(大正一〇年法律第九六号)施行規則(大正一〇年一二月七日農商務省令第三三号、昭和三二年一月二二日通商産業省令第二号により改正)一〇条の二は、不受理処分を規定していたが、現行特許法(昭和三四年法律第一二一号)施行規則附則二項は、旧特許法施行規則を廃止し、現行特許法には勿論のこと同法施行規則中にも不受理処分制度を残置せず、これに代えて同法一七条二項(商標法七七条二項によつて準用)を設けて、右のような場合に手続の補正を命ずることができることとしたものである。したがつて、被告が不受理処分をする法律上の根拠は存在しないものというべきである。被告は、方式審査便覧「書類などの不受理」を作成し、現に不受理処分を行つているが、右便覧の内容は法的根拠とならないことが明らかであり(右のことは商標法においても同様である)、本件各不受理処分は、法的根拠を欠く違法な処分である。

(二) 本件意見書不受理処分の違法性

(1) 本件意見書は、拒絶理由通知書において特許庁審査官が指定した期間内に適法に提出され、商標法施行規則六条五項において準用される特許法施行規則三二条に定める様式第一八に基づき適式に作成されたものである。そして、本件意見書が内容とする本件補正書は(三)において主張するとおり適法でかつ受理されるべきものであるから、本件意見書も適法であり、受理されるべきものである。

(2) 本件不受理処分は、本件意見書を不受理にしたことの理由を欠如する違法なものである。

(三) 本件補正書の不受理処分の違法性

本件補正書は、本件更新登録出願と一体をなす登録商標の使用説明書(以下「本件使用説明書」という。)を補正するものであるところ、本件使用説明書は、商標法六八条の二により補正をすることができるものである。すなわち、

(1) 商標法六八条の二本文は、同条ただし書の場合を除いて、「商標登録出願・・・に関する手続をした者は、事件が審査・・・に係属している場合に限り、その補正をすることができる」と規定しており、事件が審査に係属していれば原則として補正を許している。したがつて、同条ただし書以外には使用説明書の補正を制限する規定及び根拠が存在しないところ、本件が同条ただし書の場合に当たらないことは明らかである。

(2) 本件で補正の対象となつた本件商標使用の事実は過去に確定している事実であるが、客観的に明らかな事実ではないので(したがつて、法は証明を求めている)、右事実を証明するための資料について補正をする必要性がある場合も存するうえ、先願主義を採用し、かつ、出願時を基準として新規性、進歩性を判断しなければならない特許出願についての補正と異なり、本件では補正を認めても何人にも不利益を与えないから、使用の事実が過去に確定している事実であつても、その補正は許されるべきである。

(3) 商標法二〇条四項は、「商標権の存続期間の更新登録の出願があつたときは、存続期間は、更新されたものとみなす。」と規定し、更新登録出願があると商標権の存続期間内に更新に関する事務の処理をしなければならなかつた旧法の扱いを改めた。右改正に照らすと、更新登録出願に対しては、迅速にこれを処理することが要請されるものの、更新登録出願人の補正を一切認めないほどの迅速性を要求されているとは認められない。

(4) 商標法二〇条の二柱書きは、「更新登録の出願をする者は、同条一、二号に掲げる書類のいずれかを『その出願と同時に』特許庁長官に提出しなければならない。」旨規定している。右規定は、大量の更新登録出願を迅速に処理する目的で設けられたものであるが、前述した同法二〇条四項の規定及び右各書類の追加・補正を認めたとしても第三者に不利益を与えないことを考慮すると、右各書類の追加・補正を全く許さないとするものではない。右解釈は、旧民事訴訟法五四五条三項及び民事訴訟法七四六条の解釈からも明らかである。

(5) 商標法二二条が特許法五三条を準用していないのは、更新登録出願には商標登録出願のように商標を表示した書面の添附を必要とせず、指定商品の変更ということもあり得ないことに由来するものであつて、これをもつて、使用説明書の補正を許さないことの根拠とすることはできない。むしろ、更新登録出願については補正却下というものはあり得ないし、すべての補正が許されるものである。そして、右以外の一般的な補正は商標法七七条二項で準用する特許法一七条二項、三項によつて解決されるものである。

以上のとおり、本件使用説明書の補正は許されるものである。また、仮に、被告主張のように要旨の変更にわたる補正が許されないとしても、本件使用説明書の補正は要旨を変更するものではない。原告は、本件更新登録出願において、「毛布」が商品区分第一六類に含まれると誤信して、本件使用説明書に「毛布」と記載し、別紙に「毛布」の写真を添附したが、拒絶理由通知書によつてその誤りを知り、本件補正書、本件意見書を提出した。しかし、本件更新登録出願は、特許庁に備付けの登録原簿によつて、商品の区分第一六類に関する登録商標の更新手続であることが明らかであり、同類の商標登録更新であることは終始変つていない。そして、使用説明書を変更する補正が要旨の変更に当たるという規定が存在しないこと及び右補正が何人にも不利益を与えないことからすると、本件使用説明書の補正は要旨を変更するものではない。したがつて、毛布を第一六類と誤つた本件誤記は、明白な誤記として補正を許されるべきものである。

しかるところ、本件補正書は、本件更新登録出願が審査に係属している間に提出され、商標法施行規則六条一項において準用する特許法施行規則一一条に定める様式第五に基づき適式に作成されたものであるから、これを不受理処分にすることは違法である。

二  本案前の抗弁

1  本件更新登録出願に関する手続の経緯は請求原因記載1のとおりであるところ、原告は、本件意見書及び本件補正書をいずれも不受理処分にされたので、本件意見書を訂正した昭和五九年一〇月一八日付けの意見書(以下「再提出意見書」という)を改めて提出した。右再提出意見書は、同月二〇日受理され、特許庁審査官は、右再提出意見書をも審査した結果、同年一一月二〇日付けで本件更新登録出願の拒絶査定をした。原告は、右拒絶査定を不服として、昭和六〇年一月二一日付けで審判請求をし、当該事件は現在特許庁に継続している。

2  本件意見書の内容は、「本件更新登録出願に添附した登録商標の使用説明書に示した商品『毛布』及び写真の添附は原告の誤記及び錯誤によるものであるから、別に登録商標の使用説明書を提出して訂正した。」というものであり、本件補正書の内容は、本件更新登録出願に添附した登録商標の使用説明書中の『商標の使用に係る商品名』欄の『毛布』を『フエルト』に訂正し、別紙添附の写真を毛布の写真三葉からフエルトの写真一葉に差替えた訂正後の登録商標の使用説明書を提出する。」というものである。

また、再提出意見書の内容は、「本件更新登録出願に添附の登録商標の使用説明書に記載した商品『毛布』は本件商標の指定商品である商標法施行規則別表の第一六類に属するものではないが、原告は第一六類の『フエルト』について本件商標を使用しているから、本件不受理処分の理由のなお書に従い、改めて商標の使用事実を示す書面を添付する。」などというものである。

3  したがつて、本件再提出意見書は本件補正書の内容を実質的に満たすものであり、本件意見書の提出の目的は、本件再提出意見書の受理及び審査により達成されているから、本件各不受理処分を取消すことにより原告に回復される利益はなく、本件訴えは、訴えの利益を欠く。

三  本案前の抗弁に対する反論

1  本件意見書、本件補正書は、被告の拒絶理由通知(請求原因記載1、(二))に対してされたものであり、原告の意見書提出権、補正書提出権に基づいてされたものであるから、被告は本件意見書、本件補正書に基づき審査をする義務がある。なお、原告は、本件再提出意見書を提出したが、これは、原告の意見書提出権に基づくものではないうえ、右拒絶理由通知書に定める意見書提出期間経過後に提出されたものであるから、専ら被告の職権発動を促すにすぎないものであり、これが却下されたとしても行政不服審査法上の異議申立をすることが事実上できない(異議申立をすれば、「適法な期間内に意見書の提出がなかつた」として棄却されることが自明である。)。したがつて、本件再提出意見書は、本件意見書、本件補正書に代替し得るものではない。

2  本件再提出意見書は、本件意見書、本件補正書に代わるものとしては受理されていない。すなわち、被告が右の意味で本件再提出意見書を受理するのであれば、同じ内容の本件意見書、本件補正書を不受理にする理由・必要がないはずであるし、そもそも被告は、商標法二〇条の二第一号の書類(使用証明書)の補正は認めないとの立場を取つているから、右書類を補正する内容の本件再提出意見書を被告が受理することはあり得ないものである。更に本件更新登録出願に対する拒絶査定においても、「本件再提出意見書は本件更新登録出願時の使用証明書を補正するものであるがこれは認められない。」旨が述べられている点からみても、本件再提出意見書が、本件意見書、本件補正書に代わるものとして受理されていないことは明らかである。

3  仮に被告が本件再提出意見書を受理したと仮定しても、被告は、本件更新登録出願に対する審査において、本件再提出意見書による補正は認めないとの判断に終始し、本件再提出意見書に対する実質的、内容的判断をしていないから、原告としてはその目的を達していない。

4  本件更新登録出願については、被告主張のとおり拒絶査定がされているが、これによつて本件各不受理処分の取消しを求めることについての利益がなくなるものではない。すなわち、被告は、本件意見書、本件補正書をそれぞれ不受理処分とし、右各書類を審査の対象とすることなく本件更新登録出願の審査をし、拒絶査定をした。ところで、本件更新登録出願は、本件意見書、本件補正書が受理されていたならば、当然更新登録査定がされていたものである。そうすると、原告は、右拒絶査定に対する審判の係属とは無関係に本件各不受理処分の取消しを求める利益がある。被告は、本件補正書を受理しない理由として、「商標法二〇条の二の書類の補正は認められない。」と記載しており、また、右審判においても右書類(使用説明書)の補正を認めず、使用の事実については審理しないとの態度を堅持している。したがつて、本件各不受理処分を取消さなければ、右審判においても本件更新登録出願が拒絶されることが明らかである。

5  以上のとおり、原告には、本件各不受理処分を取消す利益があることは明白である。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因記載1の事実はいずれも認める。

2  同2、(三)の事実のうち本件補正書が、本件更新登録出願が審査に係属している間に提出され、商標法施行規則六条一項において準用する特許法施行規則一一条に定める様式第五に基づき作成されたことは認める。

五  本件各不受理処分の適法性

1  不受理処分の法律上の根拠

原告は、本件各不受理処分には法的根拠がない旨主張する。しかしながら、出願等の申請手続が法の要求する本質的要件を備えておらず、しかもその瑕疵がそもそも補正し得ないような場合には、明文の規定がなくとも、行政庁が右出願等の申請書類について不受理処分をすることができることは理論上当然である。

2  本件意見書について

本件意見書は、本件補正書の補正内容によつて拒絶理由が解消した旨を表明しているにすぎず、本件補正書と分離・独立して受理したとしても何ら意味をもたないものであり、本件補正書が受理できない以上本件意見書も受理できない。したがつて、本件意見書を不受理とした被告の処分は適法である。

3  本件補正書について

商標法二〇条の二第一号に規定する使用説明書は、その補正が明白な誤記の訂正を目的とするものである場合はともかく、商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正は認められない。すなわち、

(一) 右使用説明書は、更新登録出願前三年以内にその登録商標を使用していないことがないことを証明するための文書であり、更新登録出願時に既に確定している事実を客観的に証明するものであるから、その補正を認める必要性は極めて乏しい。

(二) 右使用説明書の補正を認めることにすれば、更新登録手続がいたずらに遅延し、大量にのぼる更新登録出願を迅速に処理することが困難になる。商標法二〇条四項は、更新登録出願に対する登録査定又は拒絶査定が最終的に確定するのは必ずしも当該商標権の存続期間内であるとは限らないので、更新登録の手続の遅滞による商標権の空白時期が生ずるのを防ぐ趣旨から、そのような場合には一応存続期間が更新されたものとみなして取扱うとしたものであり、更新登録出願について迅速な処理が必要でないという趣旨まで含むものではない。なお、更新登録出願の期間に関する適法要件を規定した商標法二〇条二項及び三項も、商標権の存続期間中に更新登録出願の手続を終えることを考慮してその手続に要する期間を定めたと解され、当然迅速処理を要請している。

(三) 商標法二〇条の二及び二一条一項二号は、更新登録出願の審査の対象となる書類を「その出願と同時に」提出された使用説明書に限定してその後に提出された書類は考慮に入れないこととしており、右使用説明書の補正を原則として認めていない。

(四) 特許法等の規定を更新登録出願の手続に準用する商標法二二条は、補正の却下に関する特許法五三条の規定を準用していない。これは、更新登録出願について、補正を原則として予定していないことを示すものである。そして、商標法二〇条の二第一号に規定する更新登録出願と同時に提出された使用説明書が同法二一条一項二号に該当する場合には、拒絶の理由の対象となり、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えられるが(商標法二二条、特許法五〇条)、この場合商標法七七条で準用する特許法一七条二項(補正命令)は、準用されないものである。

以上のとおり本件使用説明書についてはこれを実質的に変更する補正は許されないものである。ところで、商標法二〇条の二第一号の使用説明書を実質的に変更する補正とは、「商標の使用者、商標の使用に係る商品名、商標の使用場所、商標の使用の事実を示す書類」(商標法施行規則三条の四様式八参照)のいずれかを変更する補正をいうところ、本件補正書は、本件使用説明書の「商標の使用に係る商品名」を、商標法施行令一条別表で定める商品の区分及び同法施行規則三条別表で定める商品の区分の第一七類に属する商品である「毛布」から第一六類に属する商品である「フエルト」に訂正し、かつ、「商標の使用の事実を示す書類」の欄の内容を変更しようとするものであつて、本件補正書は、本件更新登録出願時の使用説明書を実質的に変更するものである。したがつて、右補正は許されないから、本件補正書を不受理とした被告の処分は適法である。

六  本件各不受理処分の適法性の主張に対する認否

本件各不受理処分の適法性に関する被告の主張はいずれも争う。

第三証拠<省略>

理由

一  本案前の抗弁について

いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第一号証ないし第七号証、第八号証の一、二によると本案前の抗弁記載1、2の事実を認めることができる。

被告は、「本件意見書、本件補正書提出の目的は、本件更新登録出願の審査において、右と同趣旨の本件再提出意見書が受理され、その内容が審査されたことにより、既に達成されている。原告には本件各不受理処分の取消しを求める訴えの利益がない。」旨主張する。

そこで検討するに、前掲各証拠によると次の各事実が認められ、他にこれを覆えすに足る証拠はない。

1  本件再提出意見書は、「本件商標権者(原告)は、……本願指定商品中の『フエルト』について本件商標を継続して使用しており、商標法第一九条二項二号の規定には該当しない。……出願人は本書に改めて『商標の使用事実を示す書面』(商標の使用に係る商品をフエルトとし、本件商標が付されたフエルトの写真が添付されたもの)を添附して審査官殿のご斟酌を仰ぐ……依つて……本願の商標権につき存続期間の更新登録を賜」わりたいなどというものであつて、原告の意見を述べて特許庁審査官の注意を喚起し、その職権発動をうながしたにすぎないものである。

2  右再提出意見書が受理されたとしても特許庁審査官がこれについて何らかの処分をしなければならないという性質のものではない。

3  審査官が本件再提出意見書の内容を顧慮しなかつたからといつて、原告において不服申立をすることはできない。

4  本件再提出意見書の形式、性質からみて、これにより本件使用説明書が原告主張どおりに補正されるものではなく、その補正は本件補正書が受理されてはじめてそれが可能となる。

5  本件使用説明書の補正がされない以上、本件更新登録出願は、商標法二一条一項二号により拒絶されざるをえない。

6  本件再提出意見書は受理されたものの、特許庁審査官は、本件更新登録出願を拒絶査定した。

右認定事実によると、本件再提出意見書が受理され、その内容が審査されたからといつて本件補正書及びこれを前提とする本件意見書提出の目的が達成されたとはいえないと認められる。そうすると、原告には、本件各不受理処分の取消しを求める利益が存在するといわなければならない。

おつて、本件更新登録出願の拒絶査定に対する審判において、本件使用説明書の補正が許されれば、右審判を申立てることにより原告の目的が達せられるので、あえて本件各不受理処分の取消しを求める必要もないといえるが、特許庁の実務は右補正を許していないから(この点は被告も争わないところであり弁論の全趣旨により認めることができる)、右拒絶査定に対し審判を申立てたからといつて、本件各不受理処分の取消しを求める利益がなくなるものではない。

よつて、被告の本案前の抗弁は理由がない。

二  本件各不受理処分の適否

1  手続の経緯

請求原因記載1の事実(手続の経緯)は当事者間に争いがない。

2  本件各不受理処分の適否

(一)  商標法六八条の二に定める手続には、その規定の仕方からみて更新登録の出願手続も含まれると解すべきところ、同条は、そのただし書の場合を除いて、商標登録に関する手続の補正を何らの制限なく許している。そして、商標権に基づく権利の存続期間の更新登録については出願公告の制度がなく、同条ただし書に該当する余地がないから、同条の解釈上は、無条件で補正が許されることになる。もつとも、商標法二〇条の二は、「更新登録の出願をする者は、次に掲げる書類(使用説明書等)のいずれかを『その出願と同時に』特許庁長官に提出しなければならない」旨規定し、同法二一条一項二号は、「その出願が、前条の規定により提出された同条第一号に掲げる書類によつては第一九条第二項但書第二号に該当するものでないとは認められないとき」は拒絶査定をしなければならない旨定めており、その文言上使用説明書の補正を許さない趣旨を含むと考える余地が存する。しかし、商標法二〇条の二は、更新登録出願手続の迅速な処理に資するため使用説明書を更新登録出願と同時に提出することを出願人に義務づけたにとどまり、更新登録出願後においては使用説明書の補正を一切許さないという趣旨まで含むものではないと解することもその文言上は可能である。また、商標法二一条一項二号についても、同条項で審査の対象となる使用説明書を、「現実に審査が行なわれるまでの間に補正をされたところの『出願と同時に』提出された使用説明書」とすることにより、補正の許否についてこれを禁止していないと解する余地が存する。したがつて、右各条文の文言上は必ずしも使用説明書の補正が制限されているのか否か明らかでない。

してみれば、右各条項の解釈については、使用説明書の補正を禁ずべき実質上の理由の存否により決すべきであると考えられるところ、右実質上の理由は、以下のとおり見い出しがたいと認められる。すなわち、

(1) 商標権は、商標の商品識別標識としての機能を保護することによつて、商標に化体された商標権者の業務上の信用及び流通秩序の維持(需要者の利益の保護)を図るものであるから(商標法一条参照)、商標の使用により右機能が果たされている以上、存続期間を限定する必要性はないといえる。ところが、商標法は、商標権の存続期間を設定登録の日から一〇年間とするとともに更新登録の制度を設けている(同法一九条)。その趣旨は、一度設定された商標権が何らの制限なしに永久に存続するとすると、長期間にわたつて使用されていない大量の登録商標が存在し続けることにより後願者等の商標選択の範囲が限定されることになるなどの不都合が生じ得るので、一応一〇年間の存続期間を設け、商標権者が希望する場合には更新登録ができることとするとともに、右更新登録の際に更新拒絶の事由を定めて前記のような不都合の生じることを抑制することにしたものである。

このように商標権の存続期間の定め及び更新登録の制度は、不要・有害な登録商標の整理を目的としたものであるから、右のような事由に該当しない登録商標については、当該商標権者が希望する以上、できる限り更新登録を認めていくのが法の趣旨に合致するものである。したがつて、使用説明書の補正も広く認めるような解釈が要請されるといえる。

(2) 更新登録を拒絶されるべき実質上の事由がないのに形式の不備の補正が許されないため、長年使用してきた商標の更新登録出願が許されないとすれば、その商標権者の被る不利益は甚大である。これに反し、商標権の更新登録は、既に設定登録され、その存在が公示されている商標にかかるものであるから、後願者等の第三者も当該商標が有効に存続していることを前提にして行動し得ると考えられ、使用説明書の補正が許されることによつて受ける不利益は少ないと認められる。このように更新登録出願者と後願者等の第三者との利益較量によつても、使用説明書の補正を否定する理由は見い出しがたいと認められる。

(3) 使用説明書は、更新登録出願時において既に確定している事実を客観的に証明する文書であり、その補正を認める必要性は乏しいと一応認められる。しかし、右のような事実であつても更新登録出願人の錯誤等により補正が必要とされる場合がない訳ではないし、このような場合に補正を認めないとすれば、事実上更新登録が許されないこととなり当該商標権者の被る損害は著しく大きい。すなわち、使用説明書の補正が許されないとすると、出願人は、当該更新登録出願を取下げて、再度更新登録出願をやり直さなければならない。しかし、更新登録出願をすることのできる期間は、商標権存続期間満了前六月から三月までの三か月間に限定されており(商標法二〇条二項)、特許庁における審査期間の現状を考慮すると、拒絶理由通知を受けてから更新登録出願をやり直すのでは右期間を徒過してしまうことになるのが大半であると推認される。

(4) 使用説明書の補正を許すことによる手続遅滞の影響はさほど大きいものではない。使用説明書の前記性格からするとその補正が必要とされる場合は少ないと認められることに加えて、商標法二〇条四項は、「商標権の存続期間の更新登録出願があつたときは、存続期間は更新されたものとみなす」と規定しているから(同項は、更新登録出願があると商標権の存続期間内にこれを処理しなければならなかつた旧法の扱いを改めたものである。)、使用説明書の補正を許すことによる手続遅滞の影響は少ないと認められる。

以上のとおり、使用説明書の補正を許さないとする実質上の理由は乏しく、むしろその補正を許すべき必要性が大きいと認められるから、前記商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定も、使用説明書の補正を禁止する趣旨までも含むものではないと解釈すべきである(こう解しても、使用説明書を更新登録出願と同時に提出することをしない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合まで更新登録出願が認められるものでないことは明らかであり、このような場合は使用説明書の追完・補正は許されず、右各条項違反として更新登録を拒絶することができると解される。)。

また、商標法二二条は、補正の却下に関する特許法五三条を準用していないが、これは更新登録出願については出願公告の制度がないので同条を準用しなかつたと解するのが相当であり、右商標法二二条が使用説明書の補正を禁止しているとまで解することはできない。そして、他に使用説明書の補正を制限する規定は存在しない。

以上のとおり使用説明書の補正を禁止する実質上、条文上の根拠がなく、逆に補正を許すべき必要が大きいので、商標法六八条の二により使用説明書の補正は許されると認められる。(なお、本件補正書が、商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定を潜脱するものであるとの事実を認めるに足りる証拠はない。)そうすると、使用説明書の補正が許されないとの前提のもとにされた本件各不受理処分は、右前提が誤りであるから、その余の点について判断するまでもなく違法であると認められる。

三  よつて、本件各不受理処分の取消しを求める原告の本訴各請求は全部理由があるからいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 小林正 設楽隆一)

商標出願公告 昭四八―三八七四二

公告     昭四八、七、三一

商願     昭四三―一〇三

出願     昭四二、一二、三〇

出願人    丸田株式会社

大阪市北区曽根崎中二の二〇

代理人    弁護士 村林隆一

指定商品   一六 織物、編物、フエルト、その他の布地

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