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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)146号 判決 1990年11月02日

原告 谷澤サカエ

被告 亡青山良道承継人 青山典子

<ほか八名>

被告 根津いずみ

右被告ら訴訟代理人弁護士 山下一雄

右被告根津いずみ訴訟代理人弁護士 白川博清

同 山上知裕

同 鎌形寛之

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  中野区に対し、被告青山典子は、金七万八四二六円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、被告小林邦子、同青山及び同青山勝は、各金二万六一四二円ずつ及びこれに対するいずれも昭和六〇年一〇月一八日から支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  中野区に対し、被告新井鎮夫、同依光恒治、同子安圭三、同倉重有及び同根津いずみは、各自金一五万六八五二円及びこれに対する被告依光については昭和六〇年一〇月一八日から、その他の各被告についてはいずれも同年一〇月一七日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  中野区に対し、被告鮫島勇は、金一〇万四〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は中野区の住民であり、亡青山良道(以下「青山」という。)は昭和五四年度以降中野区長の職に、被告新井は同年度以降中野区教育委員会教育長の職に、同依光は同五八年度以降同委員会学校教育部長の職に、同子安は同年度以降同委員会学務課長の職に、同倉重は同五九年度以降中野区立中野昭和小学校長の職に、同鮫島は同五八年度以降同六〇年三月まで同校教頭の職に、同根津は同五七年度以降同校事務職員の職に、それぞれあったものである。

2(一)  被告根津は、昭和五九年八月一〇日、一三日、一七日、二〇日、二二日及び二七日の計六日間(いずれも平日であるので一日七時間五五分勤務)並びに同月一一日及び一八日の二日間(いずれも土曜日であるので一日四時間二五分勤務)、いずれも実際は勤務しなかったのに、勤務をしたものとして中野区から給与の支払(六万九六〇八円分相当)を受けた。

(二) また、被告根津は、昭和五九年一〇月一日、一二月二七日及び同六〇年一月四日の計三日間(いずれも平日であるので一日七時間五五分勤務)、いずれも実際は勤務しなかったのに、勤務をしたものとして中野区から給与の支払(三万七九二円分相当)を受けた。

(三) 更に、被告根津は、昭和六〇年八月一二日、一四日、一六日及び一九日の四日間(いずれも平日であるので一日七時間五五分勤務)、同月一〇日(土曜日であるので四時間二五分勤務)、並びに同月九日、二二日及び二三日の各午後の四時間、いずれも実際は勤務しなかったのに、勤務をしたものとして中野区から給与の支払(五万六四五二円分相当)を受けた。

3  青山は、中野区長として、学校の事務職員には法律上認められていない自宅研修日を認め、また出勤しなかった日を出勤扱いとする違法な制度をそのまま認め、被告根津に対して右のとおり本来支給してはならない給与を違法に支給し、中野区に右給与額に相当する損害を与えた。

被告新井、同依光及び同子安はいずれも中野区教育委員会の職員として、また被告倉重及び同鮫島は中野昭和小学校の校長あるいは教頭として、本件のような給与の支給が違法なものであることを知りながら、青山の右の違法な給与の支給に関し、積極的にこれに加担し、あるいはこれを黙認放置してきた(ただし、被告鮫島については、前記2の(一)及び(二)の昭和五九年度分の給与の支給行為に限る。)ものであり、共同不法行為者として、中野区に対して右損害の賠償義務を負う者である。

被告根津は、自ら違法であることを知りながら、青山から右給与の支給を受けていたものであり、同じく中野区に対して右損害の賠償義務を負う者である。

4  原告は、昭和六〇年八月五日、中野区監査委員に対して右の給与の違法支給による損害を回復するための是正措置を求める監査請求を行ったが、同年九月一三日、右監査請求は却下された。

5  青山は昭和六一年四月二三日に死亡し、その妻である被告青山典子並びにいずれもその子である被告小林邦子、同青山及び同青山勝が、それぞれ法廷相続分に従って青山の中野区に対する前記損害賠償債務を相続した。

6  よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項の規定により、中野区に代位して、被告らに対し右各損害の賠償とその賠償金に対する本件訴状送達日以降完済に至るまでの間の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件について原告が行った監査請求では、中野区長及び中野区教育委員会教育長の職にある者がその監査請求の対象となる行為の行為者として掲げられているかには読み取れるものの、それ以外の被告依光、同子安、同倉重、同鮫島及び同根津はその行為者として摘示されていない。したがって、これらの被告に対する本件訴えは、監査請求前置の要件を欠く不適法なものである。

2  また、右の監査請求は、申立てに必要な事実の証明に関する資料が添付されておらず、あるいは本来監査請求の対象にならない研修という人事管理上の事項をその対象としていることを理由に、不適法として却下されている。そうすると、本件では、右監査請求に係る事実について監査委員の手による監査が行われていないこととなるから、この点からしても、本件訴えは、監査請求前置の要件を欠く不適法なものというべきである。

3  更に、右の監査請求は、中野区学校勤務職員の過去一年間にわたる給与に係る公金の支出を対象とするものであるから、その公金の支出は、膨大な回数にのぼるものであるにもかかわらず、その監査請求書には、極めて抽象的な記載しかなく、また、これに添付されている事実を証する書面も不十分なものである。したがって、右監査請求は、研修というような制度それ自体の違法又は不当性を指摘しているものに過ぎず、各公金の支出を他の支出と区別して特定認識し得る程度に個別的、具体的に指摘しているとは到底認められないから、請求の特定を欠く不適法な請求というべきである。そうすると、右監査請求を却下した中野区監査委員の措置は適法であり、本件訴えは、監査請求前置の要件を欠く不適法なものである。

三  請求原因に対する被告の認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2及び3の各事実は否認する。

中野区教育委員会は、その管理する区立小、中学校に配属されている学校職員について、小、中学校の夏期休業期間中はその本来的業務が極端に減少することから、この期間中に、講師の講演を聞いたうえで八日から九日間をかけてレポートを作成、提出させるという内容の研修を行っている。原告がその請求原因2の(一)及び(三)で被告根津が勤務しなかったと主張する日は、いずれも被告根津が右の勤務場所を離れて行う研修に参加していたものである。

また、原告がその請求原因2の(二)で被告根津が勤務しなかったと主張する昭和五九年一〇月一日は、東京都条例によって「都民の日」と定められている日であって区立学校の休業日とされている。この都民の日には、児童、生徒は登校せず、教員、学校職員も勤務しないのが通例となっている。また、同年一二月二七日及び同六〇年一月四日については、中野区教育委員会では、学校職員がこれらの日を教育委員会事務局など職務上関係のある部局等への挨拶回りの日として利用することを認めてきている。したがって、当日学校職員が勤務先の学校で勤務しなかったからといって、これを欠勤とみるのは当を得ないものである。

3  同4の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  まず、本件について原告の行った監査請求の内容をみると、本件監査請求書及びその補正書には、その監査請求の対象に関して、次のような内容の記載がなされている。

すなわち、「中野区の学校勤務の職員には、学校の夏休みや都民の日等に、『研修』、『挨拶回り』、『自宅研修日』等と称するやみ休暇があるので、これがもし法的根拠のない『やみ休暇』であるなら、一年前にさかのぼって給与の返還を求める等の厳正な措置を求める。」というものである。

もっとも、右監査請求書に添付して提出された資料によれば、原告は、より具体的に、中野区教育委員会が昭和五九年八月に、学校職員を対象として、講師の講演を受講させたうえで八日から九日間をかけてレポートを作成させ、その期間を「職免」扱いとする形の研修を行っていることを、その監査請求における問題点として指摘していることがうかがえないでもない。しかしながら、右の各資料を総合しても、原告が右監査請求において、具体的に中野区のどの職員が行ったどのような行為を財務会計上の違法行為ととらえて、その是正等の措置を求めようとするものであるかは、なお明らかなものとはいえない。

二  ところで、地方自治法二四二条一項は、住民に対し、地方公共団体の執行機関又は職員による一定の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実に限って、その監査と非違の防止、是正の措置とを監査委員に請求する権能を認めたものであって、それ以上に、一定の期間にわたる行為等を包括して、これを具体的に特定することなく、監査委員に監査を求める等の権能までを認めたものではないと解するのが相当である。

したがって、住民監査請求においては、監査請求の対象とする行為を他の事項から区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要するものというべきであり、監査請求の対象が右の程度に具体的に摘示されていないと認められるときは、当該監査請求は、請求の特定を欠くものとして不適法となるものと考えられる。

これを本件についてみると、前記のような監査請求書等の記載からは、監査請求の対象となる行為の具体的な行為者はもちろん、その行為の内容や日時等も特定されているものといえないことは明らかである。そうすると、本件監査請求は、請求の特定を欠く不適法なものとせざるを得ない。

三  したがって、本件訴えは、適法な住民監査請求手続を経ていないこととなるから、その余の点について判断するまでもなく、不適法な訴えとして却下を免れないものというべきである。よって、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 小林昭彦)

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