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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)3700号 判決 1986年8月25日

主文

被告人両名をいずれも懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中各一五〇日をそれぞれの刑に算入する。

訴訟費用はその二分の一あてを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、共謀のうえ、郵政大臣の免許も法定の除外事由もなく、昭和六〇年一一月二九日午前六時二〇分ころ、東京都豊島区北大塚三丁目一番二号付近路上において、両名が乗車して走行途次の普通乗用自動車内に、無線機二台、増幅機三台、安定化電源二台(以上は昭和六一年押第六五六号の一二の一部)、電源二組(三個)(うち一組((二個))は同符号の一部、一組((一個))は同押号の二)及び空中線四本(同押号の六、七、一〇、一一)を積載し、被告人らにおいて接栓(コネクター)を差し込んで接続しさえすれば直ちに二組の無線通信設備として電波の発信が可能な状態にこれを支配管理し、もつて無線局を開設したものである。

(証拠の標目)<省略>

(本件証拠物の証拠能力に関する主張について)

一本件の場合、検察官申請にかかる各証拠物は差押令状に基づく差押手続を経て収集されたものであるが、これに先行して職務質問と所持品検査並びに現行犯逮捕と所持品保管という一連の手続の積み重ねがあり、その過程において、捜査官による各証拠物の逐次発見と、同じ警察署の警察官による占有が既になされ、右差押手続はこの状態を直接利用して行われており、かつ、この間、国鉄ケーブル切断多発事件への何らかの形での関与という概括的ではあるが同一の嫌疑につき、その証拠物を探知収集しようとする捜査官の意図乃至目的も一貫していた事情が認められるものである。

もとより本件でも、職務質問といい或は現行犯逮捕といい、それぞれが固有の適法・有効要件をもつ独立の手続であることに変りはないし、また、例えば前の手続の適法なことが後の手続の要件であるというような特別の法律上の関係でもあれば格別、一般的には、ある手続の適法違法の判断がこれと別個独立の手続の違法の有無、程度に左右されることのないのも当然である。しかし、前記のような具体的事情が認められる本件のごとき場合において、違法収集証拠物の証拠能力を考えるにあたつては、その制限法理の趣旨に沿つて右の一般原理が部分的に修正されるべく、令状に基づく差押手続の適法違法については、先行する前記一連の過程のうち警察官による証拠物の発見又は占有の手続自体に生じた違法の有無、程度に限つて、これを合わせ考慮して判断するのが相当なことがあろう。ただその際にも、法律上の手続を対象とする法的価値判断が個個の独立した手続の性質、個性を全く無視して成り立つとは考えにくい以上、右の考慮にあたつては、違法性を帯有する手続の主体、目的、性質と違法の程度、その手続が証拠物の発見から取得までの全過程中に占める役割と重要性、並びにその手続と差押手続との法的な結び付き等を勘案し、ひつきよう、違法性を帯有する先行の発見、占有手続と差押手続との間に、違法収集証拠物の証拠能力制限の法理にてらし実質上両者一体の価値判断を相当とするほどの密接な関連性が法的にもあるかどうかの検討を抜きにすることはできず、この検討結果の如何によつては、差押手続の適法違法の判断において先行手続の違法が考慮の外におかれるべき場合もあると考えられる。

二以下前述の見地から、初めに主要な証拠物につき先行過程での発見又は占有の手続における違法の有無、程度を判断し、次いでその手続と差押手続との間に両者一体の価値判断を相当とする密接な法的関連性があるかどうかを審究する。

1  職務質問と所持品検査について

本件の事案は、警職法二条の要件が具わり、警察官に職務質問とそれに伴う所持品検査の権限のあつた場合であるから、問題は、第一にその具体的な濫用乃至逸脱行為の有無、程度であり、第二にその濫用、逸脱の行為を手段として証拠物が発見されたのかどうかである。

(1) 本件の職務質問、所持品検査の端緒は、国鉄ケーブルの切断という社会生活に大きな影響を及ぼす重大犯罪が当日の夜明け前から連続的に発生しつつあるさなか、犯人の検挙と続発の予防阻止に警察として全力をあげなければならない緊急配備下に、右事件との係わりが疑われたことに発している。そして、対象の被告人両名は手配通りの千葉ナンバー乗用車で走行の途中、信号で一時停止していたのであるから、その進路前方に捜査車両を横付けにしたのは、質問のため停止させる手段として必要かつ合理的であつたといえるし、後部座席上の木の枝に装着したアンテナ二本(昭和六一年押第六五六号の六、七)、その下のカメラボックス一個(同一二)及び後部座席床上のショルダーバック一個(同一)はこの職務質問の冒頭に車外からも視認されていたものであるから、まずもつて、これについての発見過程には何の瑕疵もない。

また、前記物件を逐次目にとめた警察官が、ロックされていない運転席ドアを開けて行先、職業、前記物件の用途、在中物等を尋ね、加えて開披開示を求め、被告人らの拒否にも拘らず要求を繰り返したことの正当性はもとより、執拗な開示要求をことごとく拒む一方でしきりに出発を急ぐ被告人らの言動から、前記重大事件への無線機使用を伴う関与乃至加功の疑と逃走のおそれがますます濃くなる状況の下に、従つてまた、右車両を停止させて職務質問と所持品検査を続行すべき必要緊急性も一層強くなる客観状況の下に、被告人Aが隙を狙つてドアを閉じかけたのに対して警察官が身体を差し挾んで阻止し、すすんでエンジンキーを抜き取り保管する措置に出たことも、相手方の出方に相応した停止の手段としてやむを得ない範囲内にある。

更に、以上の経過をたどるうち、助手席の被告人Bが膝上に布袋(同四)を抱えているのに気付いた警察官松尾がその開示を求め助手席のドアロックを解除したのに対して、同被告人が要求を拒んでロックを掛け直す行為にでたことと、袋の口からアンテナ様の棒の一部が警察官葛西の目にとまつた(袋の大きさと在中受令機の大きさに徴して、この点の葛西証言は信用できる。)こととから、中に特別重要な証拠物が入つているのではという疑が強くなり、葛西において運転席側から上半身を乗り入れて袋に手を伸ばし、あわせて助手席ドアロックを内側から解除したという行為も、行動・態度をもつてする開示の要求、説得の手段としてなお正当であるというにかたくない。

(2) ところがBによると、同人がその際葛西の腕を振り払い、布袋の開示を拒んでこれを足許の紙袋に入れ、その紙袋(同一三)の開示要求も拒否して手で抑えていたところ、助手席側へ廻つた葛西がドアを開け、手で同被告人の胸を座席に押しつけ、同被告人が思わず紙袋を手離したところをとつさに足許から奪い取つたというのであつて、右供述には、これに反する葛西の証言と対比してもなお斥けがたいものがある。

思うに、右紙袋の在中物についても所持品検査を必要緊急とする前記具体的状況の下では、相手方の拒否に拘らず、手で抑えている紙袋に外側から触れて内容におよその見当をつけるとか、その開口部を拡げて内容を一覧するとかの行為であれば、代替手段もないこととて一般に許容の限度内にあるとされるが、このいわば外徴検査を省き、つまり兇器、危険物やその所持を法律上保護されない物品、若しくは重大事件の重要証拠物等の在中を具体的に窺わせる客観状況が明らかになつた場合でもないのに、相手方の拒否を実力で排除して手持ち携行品を奪い取るにひとしい行為があるときは、基本において正当な所持品検査であつても当面の手段の点において逸脱なしとするのは難しく、この逸脱行為を直接の手段として発見された証拠物、即ち受令機(同五)並びに軽犯罪法違反事実を組成するペンチ、ドライバーに関しては、その発見過程に違法がないとするわけにはいかない。もつとも所論によつても、手で上体を押しつけるという力の行使は当然一過的であつてさして強力なものではないし、紙袋もBが驚いて手を離したところをとつさに拾い上げたというのであつて、その手から強引にもぎ取るのとは力の行使の程度態様を異にし、かつその後は、被告人らの目に見える場所で開いている紙袋の口から手を入れて内容を一覧する程度にとどまつていて、在中品を取り出すようなこともなく終り、この間、受令機、ペンチ及びドライバーの発見までに要した時間も僅少であつたと認められるから、前記葛西の行為は用いた力の程度態様と法的保護にあたいする被告人の利益乃至プライバシーヘの侵害の度合いにおいて未だ「強制」の域にいたつているものではないのだけれども、前記三点の発見過程には、不当というのを超え、所持品検査の許容される相対的限界をかなりの程度に逸脱したという違法のあるのを否めないことになるのである。ただ、事情かくのごとくであつてみれば、右違法は未だ証拠物の探知手続における令状主義の精神を没却するような重大なものではない。

2  分離収容後の所持品見分について

前記の次第でペンチ及びドライバーが発見されたのに続き、警察官は足を踏んばつたりして抗拒する被告人両名を逐次車中から引き出し、分離してパトロールカーに収容し、その隣りには警察官が付き添つた。

右は客観的には、現行犯逮捕の要件が整つたところで被告人両名の身体に直接物理力を行使し、その明示の拒否に拘らず身体を拘束したものであり、また、関係警察官の主観においても、逮捕要件の具備を認識した上で、この拘束を解除しないまま早晩逮捕の手続形式を履践するという含みであつたことが窺われるから、両名の分離収容は実質上の現行犯逮捕であつたと見る外はない(もつとも、当時現場にあつた警察組織としてこの時点で逮捕手続をとつたつもりでなかつたことは、その一〇分ほど後に現場へ到着した警察官廣瀬において、自ら乗用車内を見分するに先立ち被告人Aの承諾を求めた一事からも明らかであるが、右は実質上の逮捕の法的性質を逮捕ではないとする誤認のあつたことを意味するだけであつて、その故にこの拘束が逮捕でなくなるわけのものではない。)。従つて、分離収容後に被告人Aの黙示の拒否にも拘らず警察官廣瀬の行なつた証拠物の発見(カメラボックス内の無線機器一式((同一二))並びにショルダーバッグ内のバッテリーと同軸ケーブル((同二及び三))がそれである。)は、実質において、逮捕現場における捜索として行い得る範囲内での所持品検査に基づくものであつたということになるところ、前記のように許容限度を逸脱した違法な所持品検査により初めて軽犯罪法違反の被疑事実が判明した本件においては、その結果として要件の整つた現行犯逮捕とひいて無令状捜索にも違法があるということであろうから、廣瀬の実質捜索によつて発見された無線機器一式、バッテリー及び同軸ケーブルの発見過程には右の意味での違法があることになる(もつとも前述のとおり、ペンチ及びドライバーの発見過程における違法が令状主義の精神を没却するような重大なものではなく、従つてその公判の事実認定における証拠利用を許さないほどのものでない以上は、証拠禁止法理が捜査過程でも働くとしても、これを本件で捜査官が逮捕要件認定の用に供することは禁じられないから、本件の現行犯逮捕とひいてそれに伴う無令状捜索はなお有効である。)。

3  所持品保管について

現行犯逮捕された被告人両名の所持携行品は留置に伴つて巣鴨警察署留置場管理者の一括管理保管するところとなり、本件証拠物中の紙筒(同九)と在中のホイップアンテナ二本(同一〇、一一)並びに偽造ナンバープレート二枚(同八)が保管品中から新規に発見された。

ところで、被疑者留置規則所定の所持品保管の手続の本質は、留置に付随して当然何人かに委ねられるしかない所持携行品の預かり保管を合目的性の見地から留置行政の担当者である留置場管理者の権限としただけのものであつて、およそ逮捕留置という事実と所持携行品の存在という事実がある限りは、逮捕留置の適否や効力と関係なく、必要的に行われるべき行政上の手続なのであるから、捜査行為たる逮捕に違法があつても、その影響が所持品保管手続の適否効力に波及することはない関係にある。もちろん、捜査官において右所持品保管手続を利用して証拠物を収集しようという意図があつたからといつて、主体、性質を異にする右手続の適否が左右される筋合いではないし、また、捜査官において留置場管理者にその保管品の細目につき情報を求め、管理者が任意これに応ずることも禁じられるいわれはない。即ち、以上検討の対象とした本件証拠物の保管手続並びに捜査官が右保管品中に前掲証拠物の含まれていることを覚知した手続には違法はないことになる。

4  結 論

以上のとおりであつて、前掲記の本件証拠物に関しては、うち受令機、無線機器一式、バッテリー及び同軸ケーブルにつき差押手続に先行する発見の過程に違法があるが、これを含む所持品保管の手続には瑕疵はないと要約されるものである。そして、右発見過程の違法というも未だその手続を無効とするほどのものではなく、従つて、その手続の結果を踏まえて事後の手続を進展させることを妨げられないから、前記証拠物の存在を資料としてなされた差押令状の請求と発付の要件にも欠けるところはなく、刑訴法一条等の法意を含む法秩序全体の趣旨にてらしても、独立の司法機関が発付した差押令状に瑕疵を生じさせる事由はない。

右の結果に基づいて案ずるに、本項冒頭に判示した修正原理の適用を妥当ならしめ、同時に限界付ける証拠能力制限の法理にかんがみれば、問題をとどめる前記証拠物数点については、その適法な令状に基づく差押手続の評価にあたり、先の発見過程に存する違法を合わせ考慮するのを相当とすべきほどの手続前後の法的関連性を認めるに由ないものである(もつとも、その差押手続が違法になると考えたとしても、その違法が令状主義の精神を没却するような重大なものであり得ないことは既述したところによつて明らかである。)。

結局、以上検討の対象とした本件証拠物は、すべて事実認定の用に供することを妨げられないものである。

(公訴棄却の主張について)

証拠物の収集手続を含む本件の捜査過程において、前指摘の点の外に違法があるとは認められず、本件の公訴提起を無効ならしめる事由は存しない。

(法令の適用)

被告人両名につき

罰 条 刑法六〇条、電波法一一〇条一号、四条

刑種の選択 懲役刑選択

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

(量刑事情)

本件において被告人両名が支配管理していた無線装置は同時的使用の可能な二組、しかもいずれも市販の機器に改造が施されていて、(1)専ら送信の機能のみ、それも正常な音声通信は不可能で雑音だけを発信できるという極めて特異な機構に変えられており、かつ、(2)警察無線と周波数を同じくする電波も発射できるような仕組みに改められているものである。

このことは、第一に、本件無線装置が他の無線通信の妨害かく乱を唯一直接の目的とするものであることを意味する。その出力から推して、これがほしいままに使用されているときには、地理的にもかなりの範囲にわたつて正常な無線通信機能が阻害されることは必定であり、現今の社会生活の上で円滑な無線情報通信が担つている重要な役割を考えれば、それによつて蒙るべき直接の通信被害と社会的に波及する影響とには、蓋し不測のものがあると言わなくてはならない。このような装置をもつてする無線局の開設が、電波法四条に該当する違反行為のうちでもとりわけ悪質な、従つて犯情の重い類型に含まれるものであることは明らかである。そして、前記事実が第二に示唆するのは本件事案の計画性と組織性である。即ち、このような改造装置が何人かによつてわざわざ二組も準備され、被告人両名によつて無線局の開設がなされたについては、もはや一過性の若しくは単純な悪戯などがその動機乃至意図であろう筈はなく、その背後に必ずや、ある目的のために特定の無線通信を積極的に妨害かく乱するのだという事前の企図があり、被告人両名の本件所為がその周到な企ての一環として行われたものであることを推知させるものである。まさにその故に、本件所為はそれ自体が無線通信の妨害という法益侵害に直結する高度の現実の危険性をもつていたものであつて、それ以上の事態の発生にいたらず終つたのはかかつて警察の警戒態勢に引かかつて発覚したためであり、本件を目して形式的な行政秩序違反行為と軽視し去ることはできない。まして、この危険性が、中核派によるいわゆる国鉄ケーブル切断事件及び引続き生じた浅草橋駅舎放火事件への対応を目前に控えた本件の時点において、警察無線にまで及んでいたとあつては、(言い代えれば、被告人らの所為が電波法一〇八条の二所定の罪の発生に直結する危険性をもつものであつたとあつては、)本件の刑事責任はなおのこと厳しく問われなければならない。

してみると、結果的には事態が無線局開設の段階でとどまり、無線通信が妨害されずに終つたこと、法定刑がさして重くないこと、前科としては被告人両名共かれこれ一〇年程前の執行猶予付懲役刑があるのみであること等を総合考慮しても、本件については主文の実刑をもつて臨むのが相当である。

(求刑 被告人両名につき各懲役一年)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田孝夫 裁判官林秀文 裁判官瀧苹聡之)

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