東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4791号 判決 1990年5月22日
原告(反訴被告) 伊藤萬株式会社
右代表者代表取締役 多田昭三
右訴訟代理人弁護士 河合弘之
同 竹内康二
同 西村國彦
同 井上智治
同 栗宇一樹
同 堀裕一
同 青木秀茂
同 安田修
同 長尾節之
被告(反訴原告) 林兼石油株式会社
右代表者代表取締役 江原源太郎
右訴訟代理人弁護士 木川統一郎
同 石川明
主文
一 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
二 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金二億二六〇一万六九五〇円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。
事実
(略称)以下においては、原告(反訴被告)を単に「原告」と、被告(反訴原告)を単に「被告」という。
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 原告と被告との間において、別紙請求債権目録記載の債務の存在しないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一項同旨
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 主文第二項同旨
2 訴訟費用は原告の負担とする。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1 被告は、原告に対し、別紙請求債権目録記載の債権が存在すると主張している。
2 よって、原告は被告に対し、右債務の存在しないことの確認を求める。
二 本訴請求原因に対する認否
本訴請求原因1は、認める。
三 本訴抗弁(反訴請求原因)
1 被告は、株式会社である。
2 被告は原告との間で、被告を売主、原告を買主とする左記(一)及び(二)の売買契約を締結した(以下、「本件(一)及び(二)の契約」という。)。
(一) 本件(一)の契約(別紙請求債権目録1記載の債権に係る契約)
契約日 昭和六三年三月六日
品名 白灯油
数量 二〇〇〇・三キロリットル(契約数量は二〇〇〇キロリットルであったが、その後、積み込み数量により右のとおりとなった。)
引渡し日 同年三月七日
引渡し場所 昭和四日市石油バース
船名 東西タンカー所属天心丸
(二) 本件(二)の契約(別紙請求債権目録2記載の債権に係る契約)
契約日 同年三月七日
品名 白灯油
数量 二〇〇〇キロリットル
引渡し日 同年三月八日
引渡し場所 昭和四日市石油バース
船名 東西タンカー所属天心丸
(3)(一) 本件(一)及び(二)の契約は、いずれも石油製品の業者間転売取引の一環をなすものである(この業者間取引を「業転取引」といい、以下、本件(一)の契約を含む取引を「本件(一)の取引」、本件(二)の契約を含む取引を「本件(二)の取引」という。また、本件(一)及び(二)の取引に関わった企業のうち、関西オイル販売株式会社を「関西オイル」、日東交易株式会社を「日東交易」、兼松江商株式会社福岡支店を「兼松福岡」、社興産株式会社を「社興産」、株式会社幡多商事を「幡多商事」、グローバルオイル株式会社を「グローバル」と、それぞれ略称する。)。
すなわち、本件(一)及び(二)の取引は、上記No.1のとおり、関西オイルを原発注者として矢印方向に本件(一)及び(二)の契約内容と同一の油種、油量、バース、納期、船名により特定された注文が順次なされ、これに対する承諾が順次逆方向になされて、関西オイルと日東交易、日東交易と原告、原告と被告というように連鎖して売買契約が締結されたが、その直後No.2のとおり、当事者間の合意により、幡多商事が抜けて、被告と兼松福岡、兼松福岡と社興産、社興産とグローバルとの間で新たに売買契約が締結され、最終的にはNo.3のとおり、社興産とグローバルとの売買契約が合意解除されて、新たに社興産と幡多商事、幡多商事とグローバルとの間で売買契約が締結され、すべての売買契約が成立した。その結果、本件(一)及び(二)の取引は、いずれも原発注者と最終売主とが一致し、いわゆる円環を形成してしまった。
(二) 石油製品の業転取引では、中間業者間において、最終売主から原発注者に商品が引渡されたときに、中間業者間でも引渡しが完了したものとする旨の履行としての引渡しの方法に関する黙示の合意がある。
そして、本件(一)及び(二)の取引のようにこれが円環を形成し、原発注者と最終売主とが同一人に帰した場合は、円環形成各社間において、原発注者と最終売主間の引渡しの債権債務が混同によって消滅したことにより、引渡しが履行されたのと同視しうる状態になったか、又は引渡しが完了したものとする旨の合意が予め存在した。
(三) しかも、原告は、同年三月八日、被告に対し、本件(一)及び(二)の契約に係る物品受領書を交付し、原被告間において商品の引渡しが完了したものとする旨を相互に確認しているのであるから、現実の引渡しがないことを理由に代金の支払を拒むことは信義則に反し許されない。
4 原告と被告とは昭和五五年五月から取引があり、被告は、原告に対し、通常月末締め、翌月一五日前後に前月出荷分についての請求書を送付し、その月の二五日に原告から翌月末日満期の約束手形を受領していた。したがって、原被告間では、本件(一)及び(二)の契約に関しても、右決済条件によることが黙示に合意されていた。
5 被告は原告との間で、同年四月一九日頃までに、本件(一)及び(二)の契約に関し、単価を一キロリットル当たり五万六五〇〇円、トータル価格を二億二六〇一万六九五〇円とする旨を合意した。
よって、被告は原告に対し、本件(一)及び(二)の契約に基づく別紙請求債権目録記載のとおりの債権を有しており、反訴として、その合計二億二六〇一万六九五〇円及びこれに対する弁済期日の翌日である昭和六〇年六月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 本訴抗弁(反訴請求原因)に対する認否
1 本訴抗弁(反訴請求原因)1は認める。
2 同2は否認する。
3(一) 同3の(一)は知らない。
(二) 同3の(二)は否認する。
(三) 同3の(三)のうち、原告が被告に対し物品受領書の写しをファックスで送付したことは認め、その余は否認する。物品受領書の原本はいまだ被告に交付していない。原告が被告に物品受領書の写しをファックスで送付したのは、物流を伴う石油取引であれば、日東交易からの現金入金後に取引に参加する旨を申出た趣旨にすぎない。
4 同4のうち、被告が原告との昭和五五年五月からの取引において、通常月末締め、翌月一五日前後に前月出荷分についての請求書を原告に送付し、その月の二五日に原告から翌月末日満期の約束手形を受領していたことは認め、その余は否認する。
5 同5は否認する。
五 本訴再抗弁(反訴抗弁)
1 前受成約による取引の合意
(一) 原告と日東交易との間には、石油製品につき、日東交易が原告に対し売買代金相当額を前金として支払ったときに、原告が取引に介入し、売主と原告との間の売買契約及び原告と日東交易との間の売買契約を成立させる旨の合意(以下、「前受成約による取引の合意」という。)があった。
(二) 被告は、本件(一)及び(二)の契約締結前に、本件(一)及び(二)の取引が架空の円環取引を形成しつつあることを知り、かつ、原告が右円環に介入する場合は原告の販売先は日東交易となること、そして、原告と日東交易との間では前受成約による取引の合意があり、日東交易が原告に代金を支払わなければ、原告が本件(一)及び(二)の取引に介入しないものであることを知っていた。
(三) しかるに、原告は日東交易から前金を受けていないから、原告と被告との間で本件(一)及び(二)の契約は成立しない。
そうでないとしても、原告の被告に対する代金の弁済期は、日東交易が原告に対し代金を支払うまで到来しない。
2 当然無効
本件(一)及び(二)の契約は、現物として表示され、物流が存在することを前提とした売買であるにもかかわらず、目的物が存在しなかったのであるから、当然無効である。
3 錯誤無効
原告は、本件(一)及び(二)の契約の当時、その目的物とされた白灯油が存在しなかったにもかかわらず、存在するものと誤信した。
4 虚偽表示による無効
仮に、本件(一)及び(二)の取引が円環状に成立したとしても、売買の対象目的物が円環形成者の間で全く予定されないものであり、すべての円環形成者は右目的物の不存在を知っていた。そうすると、原被告間を含む円環形成者間の売買契約は、いずれも虚偽であり、かつ、そのことを円環形成者のいずれもが知っていることになるから、虚偽表示として無効である。
5 詐欺による取消
(一) 関西オイルは、昭和六〇年三月初めには資金繰りが限界に達し、決済不能の状況にあったが、幡多商事及び日東交易らを含む丸紅グループは、関西オイルのかかる状況を知りながら、共謀のうえ、関西オイル向けの取引に原告を介入させ、一時的に関西オイルの資金繰りを可能ならしめるとともに、商品の裏付けのない架空取引に原告を巻き込むことを企図し、被告を通じて原告から売買代金名下に金員を騙取しようとした。
(二) 丸紅グループは、昭和六〇年三月分の関西オイルへの商品代金が回収しえないことを知りながら、その事情を知らない原告に何ら告げることなく、その旨誤信させたまま、本件(一)及び(二)の取引に介入させ、原告に被告との間の本件(一)及び(二)の契約を締結させた。
(三) 被告は、丸紅グループによって原告が欺罔されていることを知っていた。
(四) 原告は被告に対し、昭和六一年六月四日の本件口頭弁論期日において、本件(一)及び(二)の契約を取消す旨の意思表示をした。
6 金融取引
本件(一)及び(二)の契約は、これを法的に構成すれば、その実態は虚偽表示としての売買に名を借りた金融取引であるから、被告が原告に対し売買代金としての請求権を有していないことは明らかである。また、仮に金融取引として請求したとしても、本件(一)及び(二)の契約に関与した原告の担当者には金融取引の権限はなく、そのことは被告も知っていたから、いずれにしても原告に対する被告の請求は理由がない。
六 本訴再抗弁(反訴抗弁)に対する認否
全て否認する。
第三証拠《省略》
理由
本訴請求原因について
本訴請求原因事実は当事者間に争いがない。
二 本訴抗弁(反訴請求原因)について
1 本訴抗弁(反訴請求原因)1の事実は当事者間に争いがない。
2(本件(一)及び(二)の契約の成否について)
《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告会社東京営業所長佐野正憲(以下、「佐野」という。)は、昭和六〇年三月四日頃、かねてから取引のあった幡多商事の社長吉福雄一(以下、「吉福」という。)から、電話で、「二月の取引と同様、原告から注文があったときは、幡多商事から仕入れて中京地区で灯油四〇〇〇キロリットルを原告に売ってほしい」との依頼を受けた。被告は、これまでに何度か幡多商事の口利きで原告と石油の売買を行なったことがあり、前月の二月にも幡多商事から同様の依頼があって原告に約四八〇〇キロリットルの白灯油を売ったことがあったため、佐野は右吉福の依頼を了承した。
(二) 原告会社の燃料部燃料二課員の小林徳孝(以下、「小林」という。)は、同年三月六日午前一〇時頃、同課課長鎌田正通(以下、「鎌田」という。)の指示に基づき、被告会社東京営業所に電話し、同営業所所員平井直孝(以下、「平井」という。)に対し、「三月七日引取りで白灯油二〇〇〇キロリットルを、東西タンカー所属の天心丸、昭和四日市石油バース(昭和シェル四日市精製所)で買いたい」旨の注文をした。この電話による注文を受けた平井は、直ちに電話で、幡多商事に対し同様の注文をし、幡多商事からその承諾を得たうえ、折返し小林に電話で、原告の右申込みを承諾する旨回答した。
(三) 平井は、翌三月七日の午前一〇時頃、再び小林から電話で、引取り日を三月八日とする以外、他は油種、油量、バース、船名とも前日の注文と同様の注文を受けた。そこで、平井は、直ちに電話で、幡多商事に対し同様の注文をし、幡多商事からその承諾を得たうえ、小林に電話で、原告の右申込みを承諾する旨伝えた。
(四) 同月八日、被告会社の佐野所長に、幡多商事の吉福社長から電話で、前記(二)及び(三)の取引につき、被告の仕入先を幡多商事から兼松福岡に変更してほしいとの依頼がなされた。そこで被告会社では、兼松福岡に右仕入先変更についての確認を取ったうえ、前記(二)及び(三)の取引の被告の仕入先を幡多商事から兼松福岡に変更することを了承した。
(五) その後、同日の一五時二五分、兼松福岡から被告会社に対し、出荷月日三月七日の灯油につき二〇〇〇・三キロリットル、出荷月日三月八日の灯油につき二〇〇〇キロリットルと記載された物品受領書の用紙がファックスで送付され、同月七日分と八日分の天心丸への積み込み数量(インボイス数量)の連絡がなされると同時に、被告への右物品の受領確認依頼がなされた。
(六) そこで、平井は、直ちに、品名、荷姿、積み込み数量、船名を記載した同月七日付け及び同月八日付けの物品受領書用紙を女子社員に作成させたうえ、原告の担当者である小林に電話で、原告の確認印を押捺して返送してほしい旨依頼して、これをファックスで原告に送付した。原告会社では、鎌田課長の指示により、女子社員が右物品受領書の受領印欄に原告会社の記名印及び燃料部の丸印を押捺したうえ、同日一五時五〇分、同月七日付け及び八日付け物品受領書をファックスで被告に返送した。
(七) その後一週間位して、幡多商事の吉福社長から被告に対し、「被告の兼松福岡からの仕入価格はキロ当たり五万六四〇〇円、被告から原告への売値はキロ当たり五万六五〇〇円で行ってほしい」との依頼があった。そのようなことから、被告は、前記(二)及び(三)の二口の取引につき、三月末日締めで、キロリットル当たり単価五万六五〇〇円、総代金額二億二六〇一万六九五〇円、決済条件五月三一日期日の約手とする旨の同年三月三〇日付けの請求書を作成し、翌四月一六日原告宛に発送した。
(八) 右請求書が原告に到達した後の同年四月一九日頃、原告燃料二課の支払事務を担当する松尾孝子から被告の担当者平原に、電話で、右請求書の代金額を前提に、四月二五日に被告に振り出す手形の分割をどのようにするかについて問い合わせがあったので、平原は、原告に一切任せる旨答えた。
以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》
右認定の事実によると、前記(二)及び(三)において、いずれも平井が小林の買い注文を承諾した時点で、本件(一)及び(二)の契約が原告と被告との間でそれぞれ成立したものと認めることができる。
もっとも、証人鎌田正通は、小林から平井に買い注文はしておらず、単に、日東交易からのデリバリーを取り次いだにすぎない旨述べ、証人小林徳孝も同趣旨の供述をしている。しかし、同証人らがいうデリバリーの取次(鎌田証人はこれを「デリバリーオーダー」という。)なるものと買い注文との実際上の違いは同証人らの供述によっても判然としないばかりか、小林は平井に対し取次元とする日東交易の名前を全く出していないこと、また、業転取引では価格が後決めされることが多く、小林と平井との間で価格の話が出なかったことも、買い注文を否定する理由にはならないこと等に照らすと、同証人らの右供述は採用することができない。
3(円環取引の形成について)
《証拠省略》によれば、本訴抗弁(反訴請求原因)3の(一)の事実を認めることができる。すなわち、原被告間の本件(一)及び(二)の契約は、関西オイルから始まり、関西オイルに終わる円環を形成する業転取引の一環をなす売買であることが明らかである。
4(目的物の引渡しについて)
前記3で認定した事実を前提に、引渡しの有無について検討するに、前記3に掲げた各証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 石油製品の業転取引では、最終売主から原発注者に売買の目的物が引き渡されることにより、中間業者間の引渡しも完了したものとすることが合意されていること、
(二) 本件(一)及び(二)の取引においても、右合意が当然の前提とされていたこと、
(三) 業転取引が円環を形成する場合、円環形成を知る立場にある原発注者が、いわゆる「オーダー整理」を通知し、円環形成者間で「オーダー整理」の合意、すなわち物流を省略したまま履行を完了したものとする処理がなされることがあること、原発注者が「オーダー整理」を通知したが、「オーダー整理」を合意しない当事者がいる場合は、原発注者は注文をキャンセルし、円環は形成されないことになること、
(四) しかし、原発注者が「オーダー整理」を通知せず、円環を形成したことを黙って自己の仕入先に物品受領書、売先に納品書を交付してしまう場合には、中間業者は円環が形成されたことを知らないまま現実に決済を行なうことになること、
そして、中間業者にとっては、決済関係が順調になされる限り、取引が結果的に円環になったことを問題にすることはないこと、
(五) 本件(一)及び(二)の取引は、原発注者と最終売主とが一致し円環を形成したにもかかわらず、原発注者でありかつ最終売主でもある関西オイルはその旨を知らせず、自己の売先であるグローバルに納品書、仕入先である日東交易に物品受領書を交付したこと、
(六) したがって、本件(一)及び(二)の取引では、結果的に物流はなかったのであるが、被告は、本件(一)及び(二)の取引当時、これが円環を形成したことを知らず、原告から物品受領書の交付を受け、自己の仕入先である兼松福岡に代金の全額を支払っていること、
(七) 本件(一)及び(二)の取引の円環形成各社間のうち、被告→兼松福岡→社興産→幡多商事→グローバル→関西オイル間では物品受領書が交付され、いずれも代金決済がなされていること、
(八) 原告は、被告に対する支払をすべく手形振り出しの準備を進めていたが、関西オイルが倒産し、日東交易からの支払が期待できなくなったため、被告に対する支払を中止したものであること、
(九) 原告は、昭和六〇年二月に被告となした石油取引については、これが本件(一)及び(二)の取引と同様、結果的に円環が形成され物流のない取引であったにもかかわらず、物流のないことを何ら問題にすることなく被告に対する支払をしていること、
右認定の事実を総合考慮すると、本件(一)及び(二)の取引において、原発注者である関西オイルが最終売主にもなって右取引が円環を形成した時点で、関西オイルが最終売主として原発注者に対し負担する目的物引渡債務は混同によって消滅するに至るから、原被告間を含む円環を形成する全ての当事者間で目的物の引渡しを了したのと同視しうる状態になったものと解することができる。
5 (代金の合意及び決済条件について)
《証拠省略》によれば、原告は、昭和六〇年四月一〇日、原告会社の鎌田燃料二課長が作成した同年三月分取引の金額を列記したメモを日東交易に交付し、原告が本件(一)及び(二)の契約に基づく売買代金の支払のため同月二五日被告に対し振り出す手形の額面金額に原告の利益分としてキロ当り二〇〇円を加えた総額二億二六八一万七〇一〇円を四月一九日までに入金するよう請求したこと、また、日東交易が四月上旬原告にファックスで送付した三月分の取引明細にも、被告から原告へのキロ当り単価が五万六五〇〇円、原告から日東交易へのキロ当り単価が五万六七〇〇円と記載されていること等が認められるのであって、右事実に前記2の(七)及び(八)の事実を併せ考慮すると、原告と被告との間で、遅くとも同年四月一九日頃までには、本件(一)及び(二)の契約に関し、単価を一キロリットル当り五万六五〇〇円、総代金額を二億二六〇一万六九五〇円とする旨の黙示の合意が成立したというべきである。
また、被告が原告との昭和五五年五月からの取引において、月末締め、翌月一五日前後に前月出荷分についての請求書を送付し、その月の二五日に原告から翌月末日満期の約束手形を受領していたことは、当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実に、前記2の(七)、(八)の事実及び《証拠省略》を併せ考慮すると、原被告間では、本件(一)及び(二)の契約に関しても、従前取引による決済条件によることが黙示に合意されていたと解すべきである。
6 以上のとおり、本訴抗弁(反訴請求原因)事実は全て認めることができる。
三 本訴再抗弁(反訴抗弁)について
1(前受成約による取引の合意について)
売主である被告と買主である原告との間の売買契約である本件(一)及び(二)の契約が成立したことは、前記二の2で判示したとおりであるから、日東交易が原告に前金を支払ったときに売主と原告との売買契約も成立させるとの合意があったとする原告の主張は、本訴再抗弁(反訴抗弁)として成り立ちえない。
また、原告と日東交易との間に前受成約による取引の合意が存在したこと及び被告がその存在を知っていたことについては、本件全証拠によっても認め難い。なるほど、前記前受成約による取引の合意の存在については、これを裏付けるごとき証人和田充弘、同鎌田正通の各証言及び甲第二一号証(森俊雄の上申書)、甲第二〇号証の一ないし六(前金の表示がなされている原告と日東交易間の売買契約書)が存在する。しかし、他方、右合意の存在とは相容れない原告と日東交易間の売買契約書が存在しているうえ、証人藤井洋は、前受成約による取引の合意は存在せず、前記甲第二〇号証の一ないし六は原告会社の社内処理の都合で納期より後に作成されたもので、実際に前金を支払っていた訳ではない旨証言していること、また、右のような合意が存在したとすれば原告が日東交易に対し与信枠(原告の主張では一億円)を超える多額の債権を有することはないはずであるのに、《証拠省略》によると、原告は日東交易に対し右にいうところの与信枠をはるかに超える石油の売買を行なっており、昭和六〇年四月一〇日当時金五四億円を超える売掛債権があるとしてその支払いを請求していること、更に、原告は昭和六〇年四月以降も日東交易及び藤井の資産に担保権を設定させて日東交易からの債権の回収に努めるなど、前記のような合意が存在するならば取るはずのない行動をとっていること等の諸事実に照らすと、原告主張の前受成約による取引の合意の存在を認めることはできないといわざるをえない。
したがって、原告の右主張は採用できない。
2(当然無効及び錯誤無効について)
《証拠省略》によれば、本件(一)及び(二)の契約は、昭和シェル石油四日市精製所を出荷場所として三月七日及び八日に東西タンカー所属天心丸に船積みされる契約油量相当の白灯油を売買の目的としたもので、現に船積みされ原発注者に引き渡された特定物としての白灯油を売買の目的としていたものとは認め難い。そして、本件全証拠を検討してみても、本件(一)及び(二)の契約締結時において、前記船積み日に船積みされる右契約油量の白灯油が前記精製所に存在しなかったことを認めるに足りる証拠はないから、右各契約時点で目的物が存在しなかったことを前提とする原告の当然無効及び錯誤無効の主張は理由がない。
3(虚偽表示による無効について)
本件(一)及び(二)の契約成立時点において、右契約の目的物が存在しなかったとは認め難いことは、前記三の2に判示したとおりであって、右各契約が虚偽表示であることを認めるに足りる証拠はない。原告の右主張は理由がない。
4(詐欺による取消について)
本件全証拠によっても、原告主張の丸紅グループなるものが、原告を欺罔して本件(一)及び(二)の契約を締結させたこと及び被告が右欺罔の事実を知っていたことを認めるに足りる証拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の詐欺の主張は理由がない。
5(金融取引について)
本件(一)及び(二)の契約が売買契約として有効に成立し、虚偽表示といえないことは既に判示したとおりであるから、右各契約が虚偽表示であることを前提に、これを金融取引とする原告の主張は採用できない。
6 以上のとおり、本訴再抗弁(反訴抗弁)は全て採用することができない。
四 結論
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 土居葉子 裁判官舛谷保志は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 原健三郎)
<以下省略>