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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)6597号 判決 1987年4月24日

原告

西村泰彦

ほか一名

被告

島根一美

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告島根一美(以下「被告島根」という。)は、原告ら各自に対し、二七四三万五七二四円及びこれに対する昭和五七年六月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告日新火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告ら各自に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告会社は、原告ら各自に対し、被告島根に対する本判決が確定したときは、一五〇〇万円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  被告ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  事故の発生

昭和五七年六月一六日午後六時五〇分ころ、千葉県松戸市樋野口五三二番地の一先路上(以下「本件道路」という。)において、流山市(又は松戸市古ケ崎)方面から市川市方面に向けて走行中の訴外西村浩司(昭和四〇年九月一六日生。以下「浩司」という。)運転の自動二輪車(葛飾区こ六五五二、以下便宜「被害車」という。)が折から対面走行してきた被告島根運転の普通乗用自動車(習志野五五ろ四二一三、以下「加害車」という。)と正面衝突し、浩司が間もなく死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告島根は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社は、加害車につき、被告島根と自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件強制保険」という。)を締結しているから、原告らに対し、自賠法一六条一項に基づき、同被告が負担すべき損害賠償金を法定の限度(二〇〇〇万円)で支払うべき責任がある。

(三) 被告会社は、加害車につき、被告島根との間で同被告を被保険者、本件事故発生日を保険期間内とする保険金額五〇〇〇万円の自家用自動車保険契約(以下「本件任意保険」という。)を締結しているから、同被告に対し前記損害賠償額相当の保険金債務を有するところ、原告らは同被告に対し前記損害賠償債権を有しているものの、同被告は無資力であるから、右債権を保全するため、民法四二三条により同被告が被告会社に対して有する右保険金請求権を代位行使する。したがつて、被告会社は、自家用自動車保険約歌(一七条一項)及び本件保険契約の性質にかんがみ、被告島根に対する本判決が確定したときは、原告らの右代位請求に対し本件強制保険の支払額を超える部分につき保険金を支払うべき義務がある。

3  損害

(一) 浩司の損害

(1) 逸失利益 三一二七万二四四八円

浩司は、本件事故当時満一六歳(昭和四〇年九月一六日生)の健康な男子であり、事故に遭遇しなければ満一八歳から六七歳まで四九年間稼働できたはずであるところ、その間の得べかりし利益の現価を算定すると、年収三七九万五二〇〇円(昭和五七年賃金センサス男子労働者産業計、企業規模計・年齢計平均年収)、生活費控除五割、中間利息控除につきライプニツツ方式を採用して、次式のとおり三一二七万二四四八円となる。

379万5200円×0.5×16.480≒3127万2448円

(2) 慰藉料 一一〇〇万円

(3) 損害合計 四二二七万二四四八円

(二) 原告らの損害 各二七四三万五七二四円

(1) 浩司の損害賠償請求権の相続 二一一三万六二二四円

原告らは浩司の両親であり、浩司の前記損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

(2) 医療関係費 各九五〇〇円

浩司の死亡に際しての処置料の負担費

(3) 葬儀費用 各三〇万円

浩司の葬儀費用の負担各三〇万円

(4) 固有の慰藉料 各五〇〇万円

浩司は原告らの長男であり、その生命を奪われた原告らの精神的苦痛は甚大であり、これを慰藉するには各五〇〇万円をもつてするのが相当である。

(5) 弁護士費用 各一〇〇万円

原告らは、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に依頼し、相当の報酬金の支払を約束したが、そのうち本件事故と相当因果関係のある損害は各一〇〇万円である。

(6) 損害の填補 各一万円

原告らは、被告島根から見舞金として二万円を受領し、これを各一万円ずつ前記損害に充当した。

4  よつて、原告らは、各自

(一) 被告島根に対し、自賠法三条に基づき二七四三万五七二四円及びこれに対する不法行為の日(本件事故の日)である昭和五七年六月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、

(二) 被告会社に対し、自賠法一六条一項に基づき、強制保険金の限度内(合計二〇〇〇万円)である各一〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、

(三) 被告会社に対し、右(二)の金員とは別に、本件任意保険契約に基づき、被告島根に対する本判決が確定したときは、保険金限度額(各二五〇〇万円)から右の強制保険金一〇〇〇万円を控除した残り一五〇〇万円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の

各支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)は、(一)につき、被告島根の運行供用者性は認めるが、後記のとおり損害賠償責任は争い(免責)、(二)につき、本件強制保険契約締結の事実は認めるが、(一)の被保険者である被告島根に自賠法三条の責任が成立しない以上被告会社に同法一六条一項の損害賠償責任が成立する余地はなく、(三)につき、本件任意保険責任を争う。加害車両には原告ら主張の任意保険契約は締結されていない。また、(二)と同様被告島根に損害賠償責任が生じない以上被告会社に保険責任が生ずる余地もない。

3  同3(損害)は、(二)(6)(損害の填補)の事実を認め、その余の事実は不知。

4  同4の主張は争う。

5  免責の主張

本件道路は、江戸川堤防下に沿つて設けられた舗装道路で、幅員約五メートルを有し、中央線によつて片側一車線ずつに区分され、時速四〇キロメートルの交通規制がされている。本件事故は、市川市方面から流山市方面に向かつて緩く右にカーブしている本件道路上で発生したものである。すなわち、被告島根は、加害車を運転して時速約四〇キロメートルくらいの速度で市川市方面から流山市方面へ向けて走行中、対向車線上約四二メートル前方に被害車が接近して来るのを認めたが、格別の異常も感じられなかつたのでそのまま走行を続けたところ、約一九メートルくらいに接近したところで突然被害車が中央線を越えて加害車の走行車線に進入し、加害車の右前部角付近に衝突した。同被告は、被害者のかかる走行を全く予想しておらず、かつ付近の道路状況(左側は堤防の石垣)は左右に回避場所がないものであり、警音器を吹鳴する時間的余裕もなく、急制動措置を採るのが精一杯であり、同被告において本件事故を回避することは到底不可能であつた。

右のとおり、本件事故は挙げて浩司の過失により発生したものであり、被告島根には何らの過失もなく、また、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、同被告は自賠法三条但書により本件事故の損害賠償責任を免責されるべきである。そして、同被告が免責される以上、同被告の損害賠償責任の成立を前提とする被告会社の責任が生ずる余地のないこともまた明らかというべきである。

三  免責の主張に対する被告会社の認否、反論

被告らの免責の主張は争う。浩司は自車線内を走行していたものであり、過失はなく、被告島根が警音器を鳴らすことなく、制限速度を超える時速五〇キロメートル以上の高速で、中央線を越えて浩司の走行車線に進入した(本件事故地点付近では道路構造から市川方面からの走行車両はしばしば対向車線に進入して走行している。)ことにより発生したものであり、免責の認められる余地はない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(責任原因)について、被告らは、被告島根が加害車の運行供用者であることは認めるものの、自賠法三条但書の免責を主張して責任を争うので以下に判断する。

前記争いのない事実に本件事故による加害車の損傷状態を撮影した写真であることに争いのない甲三号証の一ないし四、同じく被害車の状態を撮影した写真であることに争いのない同四号証、成立に争いのない同五号証、昭和五八年一月三〇日から昭和五九年六月一六日にかけて本件道路の状況を撮影した写真であることに争いのない同六号証、成立に争いのない乙一号証の一ないし四、証人加瀬胖の証言、被告島根一美本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、

1  本件道路は、江戸川堤防沿いに走る幅員約五メートル余の舗装道路であり、中央線により片側一車線ずつに区分されている(当事者間に争いがない。)。堤防の下部は普通乗用車のドア付近の高さに達するブロツクで道路と区画されている。また、後記本件事故発生地点付近の堤防の反対側は、道路に接して人家が立ち並んでいる。さらに、右付近の本件道路は、市川方面に向かつてゆるやかに左にカーブしている。

2  本件事故当時天候は晴で、事故後、堤防側車線(以下「加害車車線」ということがある。)路面上には加害車のスリツプ痕二条が残されており、その長さは右側が七・一メートル(以下「右側スリツプ痕」という。)、左側が一一・三メートル(以下「左側スリツプ痕」という。)であつた。このような左右スリツプ痕の長短差は、ハンドル操作との兼合によつて生じることがあり、別段制動装置の故障を疑わせるものではない。そして、左側スリツプ痕の開始地点付近にちようど対応する反対車線(以下「被害車車線」ということがある。)上の地点に約四〇センチメートル四方大で浩司の血痕が残存し、一部が路外に流出していた。衝突後同人が投げ出され、転倒していた地点は右血痕の地点である。なお、左側スリツプ痕開始地点及び右血痕地点を四囲の状況と対比して今少し特定すると、前記1のとおり、被害車車線側は道路に接して人家が立ち並んでいるところ、そのうちの秋山方ブロツク塀の流山寄り角付近に対応する地点である。なお、浩司の転倒地点は、右衝突地点の直近となるが、衝突角度、浩司自身が加害車に衝突している点などからすると特に異とする点は見い出し難い。また、左スリツプ痕の開始地点付近の加害車車線上を中心に、付近一帯に加害車、被害車のガラス片、部品片などが散乱していた。

警察の実況見分では、以上の諸点に被告島根の指示説明等を総合して、加害車と被害車との衝突地点は、加害車車線内上で、左スリツプ開始地点よりわずかに流山寄り付近(以下「本件衝突地点」という。)と特定された。なお、衝突地点を被害車車線内と推認させる客観的資料はない。

3  加害車の本件事故による破損状況は、右前部のバンパー、フエンダー、フエンダーミラーが破損し、右前輪がパンクし、フロントガラス右側部に物体の衝突による無数の放射状き裂が生じ、右ドアガラスが粉々に割れるなどであつた。他方、被害車は、前部ホークが曲損し、右前部ウインカーその他計器類が破損している。

4  被告島根は、本件事故発生当時の状況について、同被告は、市川市方面から流山市方面に向かつて時速約四〇キロメートルで走行中、前方約四〇から五〇メートル先の対向車線上に被害車を認めたが、別段異常な走行とも認められなかつたのでそのまま走行を続けた。ところが、約二〇ないし三〇メートルくらいに接近した地点で突然被害車が中央線を越えて加害車車線に進入してきた。しかし、咄嗟のことで左にハンドルを切りかげんに急制動措置を採つて回避を試みるのが精一杯であり、被害車の浩司に対し、警音器を鳴らして危険を知らせる余裕などなく、結局、本件衝突地点で、二五ないし三〇度くらいの感じの角度で斜めに進入してきた被害車と衝突し、本件事故が発生した旨供述している。また、同被告は、被害車が進入してきたとき、運転者の浩司が堤防の方を見て運転していたとも述べている。なお、同被告が右に被害車の加害車車線への進入に気付いた地点の本件道路の左右は、左側が道路に沿つて堤防のブロツク垣が続き、道路右側は人家のブロツク塀が接しており、道路外に回避することは不可能な状況にあつた。

ちなみに、被告島根は、本件事故につき刑事処分、行政処分のいずれも受けていない。

以上の事実が認められ、成立に争いのない甲一〇号証中右認定に反する部分は採用できず、また、前掲甲六号証中市川方面から流山方面へ走行する車両が中央線を少しはみ出して走行している写真及び証人曽我裕一の証言は右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実に基づき考察すれば、被告島根は、制限速度を少し上回る時速四〇キロメートル強の速度(通常の走行速度として許容しうる範囲のものである。)で走行中、わずかに二〇ないし三〇メートルの直近に至つて突然対向接近中の被害車が中央線を越えて斜めに進入してきたため、衝突回避のため咄嗟に急制動措置を採つたが間に合わず、自車の右前部角に被害車を衝突せしめたものと推定するのが相当である。

そうであれば、被告島根には、特段の事情のない限り、前記のごとく直近に至つて突然対向車両が自車線に進入してくることを予測して運転すべき義務のないことはいうまでもなく、また、当初の発見時点で被害車に右進入を予測させるような特段の事情があつたものとも認め難いところであるから、右進入後同被告が採つた急制動による対応措置もかかる予測し難い突然の対向車両の進入に直面した運転者が、左右の道路外にハンドル操作により回避する余地もない状況下で採つた措置としては何ら非難すべき点はない(警音器の吹鳴を求めることは、右の状況下では不可能を強いるに等しい。)ものというべきである。結局、本件事故は、被害車を中央線を超えて対向車線に進入させた浩司の一方的過失によつて発生したものといわざるを得ず、また、加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたことが前記認定事実により認められるのであるから、被告島根は、自賠法三条但書により、本件事故については損害賠償責任を免責されるべきものと解するのが相当というべきである。

そして、被告島根に免責が認められる以上、同被告の責任を前提とする被告会社の保険責任もその余について論ずるまでもなく、これを認めるに由ないものといわなければならない。

三  よつて、原告らの請求はその余について判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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