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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10339号 判決 1986年12月25日

原告 吉田富男

被告 国 ほか一名

代理人 三ツ木信行 石川和雄 ほか三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告両名は、連帯して原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

仮執行宣言

二  被告両名

主文と同旨

(原告の請求認容の場合)担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、もと日本液体運輸株式会社(以下「訴外会社」という。)に雇傭され、品川営業所に勤務していたものであり、訴外会社の従業員によつて組織される日本液体運輸労働組合(以下「訴外組合」という。)の組合員であつた。

2  原告は、訴外会社が訴外会社の従業員である訴外組合の組合員に対して二回にわたり不当労働行為をしたと主張して、昭和五五年一一月二八日及び同五六年三月二日、東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)に救済命令の申立てをし、前者は昭和五五年不第一〇八号、後者は昭和五六年不第三〇号として都労委に係属した。

3  都労委は、昭和五六年九月一日、原告の救済申立てを棄却するとの初審命令をし、原告は、同年一〇月二日、中央労働委員会(以下「中労委」という。)に対し再審の申立てをしたが、中労委は、昭和五七年六月二日、原告の再審申立てを棄却するとの命令をした。

右初審命令は、古山宏、鬼倉典正、平山三喜夫、海江田四郎、橋元四郎平、前川光男、瀬元美知男、川口浩、高田章、川口實、本田尊正、新堂幸司の各公益委員によるものであり、再審命令は、平田冨太郎、馬場啓之助、堀秀夫、雄川一郎、大宮五郎、石川吉右衛門、萩澤清彦、駒田駿太郎の各公益委員によるものである。

4  都労委のした初審命令には次のような違法がある。

(一) 事実誤認と申立人の主張の看過黙殺

(1) 原告が主張立証した積極的組合活動及び組合の御用組合性の各徴憑に対する事実認定をすべきであるのに、この要請を疎かにし、原告が訴外組合において孤立しているように描いた。

(2) 訴外組合が労基法の法律効果を無にする賃金協定の改悪を行なつたという原告の立証事実を黙殺した。

(3) 昭和五二年七月二六日に被申立人が事業運営協議会において訴外組合執行部に平和協定を提案し、その後その内容を組合員に周知させるのに該説明会と同一のことをやつていたという原告の主張事実を黙殺した。

(4) 昭和五五年八月下旬訴外組合が被申立人からの経営改善策提案と経営状況についての従業員に対する説明会の開催を被申立人に要請したかについて、被申立人代表者は記憶がないと証言し、原告も「組合が要求したというよりも、会社が説明会やるからということで、暗黙の了解みたいな形だということです」と証言したのに、訴外組合が経営改善策「提案と経営状況についての従業員に対する説明は会社が行うよう要請した」と認定し、また別の箇所では「執行委員長は『経営状況などの説明は要請したけれども、組合の内部運営に支配介入するようなことは要請していない』と答えた」旨矛序する認定をしている。

(5) 第二回目の団交日、一時金要求の斗争中に会社説明会が行なわれたこと、一一月二六日の職場集会で一時金は会社提示額の六五万円でよいということになつたこと、その獲得額が要求額の五五パーセントであり、前年のそれよりも二〇万円も下廻るものであつたという原告の立証事実を黙殺した。

(二) 「第二判断」の部における誤り

初審命令は、その「第二判断」において原告の主張を正確に記載しなかつた。

すなわち、原告の主張は、労基法違反の労使協定の適否を労基署に申告したのに対して組合が原告を統制処分に付したこと、右申告に基づく労基署の被申立人に対する是正勧告に対して被申立人が賃金協定の改悪を行なつたこと、申立人が年次有給休暇の際の賃金の一部未払につき被申立人代表を労基署に告訴したところ、組合の中央三役が被申立人の要請で組合としては当該未払分を請求しない旨の上申書を検察庁に提出したが、このような自主性のない組合であるから組合の要請によつて会社説明会を行なつたといつても右要請は効力がないこと、被申立人が会社の意に副つた組合運営が行なわれるよう組合をけん制し、定期大会において組合の方針を変更させたことなどにあつたが、初審命令は原告のこれらの主張の記載を誤脱し、その結果これらの事実についての判断を遺脱した。

(三) 初審命令の判断の誤り

(1) 初審命令は、被申立人の不当労働行為が組合執行部の要請に基づいて行なつたものであるという確定事実に基づき、不当労働行為不成立とした。

しかし、訴外組合は御用組合であるから、労働組合の行為とはみなさず、自主性を有している組合員の行為を組合の行為とみなすべきであり、不当労働行為に対する訴外組合の同意は労基法違反の行為であつて無効であり、労組法二八条の保護法益は社会的法益であるから被害者の同意は違法性を阻却しない点からいえば、初審命令の前記判断は法理を超えたものである。

(2) 初審命令は、被申立人が説明会において組合員に直接説明した労働条件変更の内容がそれより以前に組合執行部に説明した内容と同一であつたことを理由に不当労働行為の成立を否定した。

しかし、団体交渉権から導かれる個別交渉禁止の原則は、組合執行部に事前に同一内容を説明した場合にも適用され、組合員個々との交渉でなく会社の説明会における提案及び回答であつても右適用から除外されることはなく、不当労働行為性は阻却されない。

(3) 初審命令は、組合が被申立人の発言内容に対し反対又は批判的立場をとつているという確定事実のもとに、不当労働行為の成立を否定した。

しかし、右判断は、不当労働行為の成立に実害の発生を要求するものにほかならない。

(4) 初審命令は、被申立人が経営危機に陥つているという確定事実のもとに、経営危機打開のためには不当労働行為が許されると判断した。

しかし、原状回復を命ずる救済命令の段階で経営危機を理由に不当労働行為が成立しないという右判断は論外である。

(5) 初審命令が、「組合のストライキ回避方を率直に訴えたものと認められ、組合に対する支配介入になるとはいえない」と判断したのは、労働委員会の判断としてあり得ないものである。

5  都労委のした右のような事実誤認、申立人の主張の看過黙殺、申立人の主張の記載誤脱に基づく判断遺脱、不当労働行為成立に関する法律判断の誤りは、法理を超えたもので、法理及び経験則に基づく合理的判断とはいえない程度の重大な事実認定の経験則違背や法令の解釈適用の誤りに相当し、国賠法上違法である。

6  右初審命令は前記各公益委員の故意に基づく違法行為であり、中労委の再審命令は初審命令の写しであり、追認であつて、初審命令と同一の過ちを犯しており、前記各公益委員の故意に基づく違法行為である。

7  右都労委の初審命令及び中労委の再審命令によつて、原告は労働基本権の侵害に対し労働委員会による救済を求めうる権利を侵害され、また刑法一九三条によつて保護される法益を侵害された。

右損害を填補すべき損害賠償額は三〇〇〇万円が相当である。

よつて、原告は、国賠法一条及び民法七一九条に基づき、被告東京都及び同国に対し、連帯して三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告東京都)

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3のうち被告東京都に関する部分は認める。

3 同4及び5の主張はすべて争う。

4 同6の事実は否認する。

5 同7の主張は争う。

(被告国)

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3のうち被告国に関する部分は認める。

3 同4及び5の主張はすべて争う。

4 同6の事実は否認する。

5 同7の主張は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、同3の事実のうち、都労委に関する部分は被告東京都との間で、中労委に関する部分は被告国との間で、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、都労委のした原告主張の初審命令及び中労委のした原告主張の再審命令に重大な事実認定の誤りや法令の解釈適用の誤りが存在し、その結果各命令は法理及び経験則に基づく合理的判断とはいえない程度のものであつて、国賠法上違法の評価を免れないと主張する。

よつて検討するに、地方労働委員会が不当労働行為を対象とする救済命令の申立てを受けて審問及び調査を経たのちにする判断に対しては、救済命令及び申立て棄却命令のいずれについても中労委に対して再審査の申立てをすることができ(労組法二七条五項及び一一項)、それが救済命令である場合には再審査の申立てによらず直接救済命令の取消しを求める行政訴訟を提起することもでき(同法二七条六項及び一一項)、更に、中労委が再審査申立てに対してした判断に対しては、それが救済命令の発布及び再審査申立て棄却のいずれであつても、その取消しを求める行政訴訟を提起することができる(同法二七条七項及び一一項)のであつて、前記救済命令の申立ては、究極的には、三審制度をとる民事司法手続における裁判所の判断に服すべき手続構造を有するものであるから、救済命令の申立てをした者が右のような手続の各段階でなされた行政機関の判断又は司法裁判所の裁判によつて権利を害されたとして国賠法一条の規定に基づく損害賠償を求めることは、その主張する違法事由が単純に行政機関の判断の誤り又は司法裁判所の裁判に存する事実認定又は法令の解釈適用上の誤りにある限りは、国賠法の目的とする権利救済とは次元及び目的を異にするものであり、国賠法上の違法性の要件を充たさないものであつて、請求は失当となるといわなければならない。

しかしながら、国賠法上の違法性は、公務員の行為が法令上の根拠を有するものであつても、他人に損害を加えることが、加害行為に存する諸事情と損害に関する諸事情の相関的衡量のもとで法及び正義の観点から許容されるものであるかどうかによつて決せられるものであるから、救済命令申立てに関わる行政機関の判断又は司法裁判所の裁判がその内容の当否及び手続過程の適否などの瑕疵以外の瑕疵をもつことを理由とする場合には、国賠法上の行為の違法性の要件を充たすものということができる。

ところで、原告が本訴で国賠法上違法と主張する具体的事由は、都労委の初審命令及び中労委の再審命令における各判断が、事実を誤認し、申立人である原告の主張事実を認定判断せず、不当労働行為の成否に関する法令の解釈適用を誤つたとするものであり、判断内容の当否のみが問題とされる点において、労働委員会及び司法裁判所の判断に服すべき救済命令に関する手続過程においてのみ究極的に解決されるべきものであつて、国賠法上の違法事由には該当しないものといわなければならない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

三  よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

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