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東京地方裁判所 昭和59年(タ)91号 判決 1984年8月03日

原告 谷崎寛子

被告 マルティニョ・ビセンテ・デ・サー・ペレイラ

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、○○○○○大学在学中の昭和四九年四月に被告と知り合つた。被告は、ブラジル国から日本に派遣されていた学生であり、同大学での六か月間の日本語研修のあと、○○大学大学院に農芸化学を学ぶために入学した。

2  原告は、昭和五二年三月に右○○○○大を卒業し、同年四月から○○○○○○株式会社(以下「○○○○」という。)に就職して東京勤務となり、他方、被告は、昭和五三年三月前記○○大学大学院の課程を修了して同年四月にブラジル国に帰国した。

原告と被告とは、知り合つて以来交際を続け、互いに結婚の意思を持つようになり、原告は、昭和五三年七月には被告の家族と会うために約三週間ブラジル国を訪問した。

3  原告は、被告との結婚のために昭和五四年四月に前記○○○○を退職し、他方、被告は、原告と結婚するために同年五月来日し、原告と被告とは、同月一八日日本の戸籍吏員に婚姻届をし、ブラジル大使館でも婚姻の手続をし、同年六月四日に被告の住所地に赴いた。

4  原告と被告とは、同年六月一一日にブラジリアに到着し、被告の姉夫婦家族と同居することになつたが、被告には原告と知り合う前から親交を重ねていたブラジル人の女性がおり、被告は、原告と結婚した後もその女性と肉体関係を続け、それを知つた原告がその女性と縁を切るよう懇望、懇願したにもかかわらず、被告は、その女性との関係を続けた。

5  原告は、昭和五五年三月からブラジル政府農務省に翻訳家兼秘書として入省したが、前記の女性は、原告の自宅ばかりでなく勤務先にまでいやがらせの電話をかけてきて、原告が被告に善処を懇願しても、被告は怒り出す始末であつた。

6  原告は、精神的に不安定な状態になり、気持を整理するために昭和五五年一二月に一人で日本に帰国したが、昭和五六年一月末に再び被告のもとに戻つた。その後、原告は、夫婦関係を改善するために被告にブラジルを離れるよう何度も提案したが、受け入れられなかつた。

7  昭和五六年一一月、被告に日本で研修する話が持ちあがり、被告は、その研修を受ける手続をし、他方、原告は、一足先に日本に帰つて来て、昭和五七年二月に被告が予定どおり来日するのを待つていたが、結局、被告は来日しなかつた。

8  原告は、仕事のため昭和五七年四月から六月にかけてブラジルに滞在したが、その折にも、被告が前記の女性となお関係を続けていることを知つて大きく失望した。

9  原告は、日本に帰国後も被告に対し「もう一度やり直そう。」「日本まで迎えに来てほしい。」などと何度となく懇請し、同年一一月にはもう一度ブラジルへ帰国しようと考えてその旨を電話で被告に伝えた。ところが、その翌日、前記の女性から原告に対し、被告とその女性は同棲しているからブラジルに来ても無駄なことだ、との電話があつた。原告が被告に電話したところ、被告は、現在でもその女性との関係が続いており、その女性には被告の子まであることを認めた。

10  かくて原告は被告と離婚することを決意してその旨を伝え、被告も離婚に同意し、被告は今後原告と同居する意思もなく原告を扶養する意思もない旨の宣誓書を原告に送付して来た。

11  法例一六条によれば、本件離婚の準拠法は、夫たる被告の本国法であるブラジル連邦共和国法であるが、同国においては一九七七年一二月二六日公布のいわゆる離婚法によつても、離婚は直ちには認められず、離婚を求めるには裁判上の離別の決定から三年以上経過することを要すると定められている。しかしながら、本件の事実関係のもとで、同国法を適用して原告と被告との離婚を直ちに認めないとすることは、我が国の公の秩序及び善良の風俗に反するから、法例三〇条により夫である被告の本国法であるブラジル連邦共和国法の適用を排除し、日本国民法のみを準拠法とすべきである。

本件における被告の行為は、民法七七〇条一項一号、五号に該当するので請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

法律の適用を含め、請求原因事実はすべて認める。

第三証拠<省略>

理由

一  いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一、第二号証、その方式及び趣旨により外国官公署職員が職務上作成したものと認められるから真正な外国公文書と推定すべき甲第三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四、五号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因1ないし10の各事実のほか、原告が離婚を決意した後、被告に原告の荷物を送つてくれるよう依頼したのに対して被告が原告の荷物の一部を送つて来たこと、さらに本訴提起後、被告から原告に対し、離婚を認めた正式の公文書を送付するよう依頼があつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  本件は日本に居住する同国民である原告が、ブラジル連邦共和国に居住する同国民である被告に対し離婚請求をするものであるところ、我が国の裁判所がいわゆる国際的裁判管轄権を有するか否かにつき判断するに、離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するに当たつても、被告の応訴の機会を保証するため、一般に被告の住所が我が国にあることを原則とすべきであるが、本件は被告が異議なく応訴しているものであるから、我が国に国際的裁判管轄権が存するというべきである。

三  法例一六条によれば、本件離婚の準拠法は、その原因事実発生当時における夫である被告の本国法、すなわちブラジル連邦共和国の法律によるべきところ、西暦一九七七年一二月二七日施行の同国離婚法は、離婚について、「裁判上の離別の決定……があつた日より、三年以上経過した配偶者間における裁判上の離別の離婚への転換は、理由を付することなく判決により行う。」(二五条)とし、また、裁判上の離別は、配偶者の一方のみから、他方に不名誉な素行がありまたは婚姻中の義務の重大な違反となる何らかの行為があつて、それが共同生活を耐えがたいものにしている場合に申立てることができる。」(五条)としており、右裁判上の離別の決定につき、合意によるものとよらないものそれぞれに異なる手続を規定しているが、いずれにせよ夫婦が離婚するためには必ず裁判上の離別の決定を得て、更に三年間経過しなければならないとしているので、同法を準拠法とする限り、裁判上の離別の決定を得ていない本件原告は、離婚を請求することはできない。

しかし、本件において、妻である原告は日本国民であつて、被告と婚姻中の昭和五四年六月から同五六年一一月までの間(但し、同五五年一二月から同五六年一月末までの間を除く)。及び同五七年四月から同年六月までの間を除いて日本に居住しており、被告の不貞により婚姻が破綻するに至つたもので、現在では被告も離婚に同意しているのであり、このような場合に、ブラジル連邦共和国離婚法の規定に準拠して、原告に対し、離婚を求めるためにはまず裁判上の離別の決定を得た上で、さらにそれから三年間経過するまで待つべきであり、今直ちに離婚を求めることはできない、とすることは、手続上原告に不当に過重な負担を強いる結果となるばかりでなく、当事者の合意と届出のみによる協議離婚制度があり、かつ婚姻関係の破綻した夫婦の一方から有責配偶者に対する離婚請求に対し調停前置以外に何の制約も設けていない我が国の離婚についての社会通念に反し、また、日本人女性がこのような離婚制度を有する外国の男性と婚姻したときと、日本人男性が当該外国の女性と婚姻したときとを比較して、離婚手続の難易に差が生じることとなつて妥当ではなく、結局、我が国の公の秩序又は善良の風俗に反するものと解するのが相当である。したがつて、本件の場合、法例三〇条により夫の本国法であるブラジル連邦共和国法を適用せず、法廷地法である我が国の民法を適用すべきである。

そして、前認定の事実によれば、被告の行為は日本民法七七〇条一項一号に該当し、原・被告間の婚姻関係はすでに破綻してその回復が期待できないことは明らかであつて、同条一項五号にも該当するものというべきである。

四  よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 高野芳久 加藤謙一)

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