大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)7936号 判決 1986年2月18日

原告

中嶋智子

中嶋美佳

中嶋薫

右三名法定代理人親権者父兼

原告

中嶋研二

右四名訴訟代理人弁護士

長谷川安雄

阪本紀康

被告

東京都

右代表者交通局長

越智恒温

右指定代理人

竹村賢司

外一名

被告

新井寿夫

右二名訴訟代理人弁護士

元木祐司

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告中嶋研二に対し、三二二一万五六三九円、原告中嶋薫に対し、二九五八万三五八四円、原告中嶋智子及び中嶋美佳に対し、各一〇七三万八五四六円並びにこれらに対する昭和五八年五月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年五月四日午後三時一〇分ころ

(二) 場所 東京都荒川区東尾久三丁目都電荒川線三河島二六号踏切(以下「本件事故現場」あるいは「本件踏切」という。)

(三) 加害車 三ノ輪橋停留場発、荒川車庫停留場行き都電第七五〇五号

(四) 右運転者 被告新井寿夫(以下「被告新井」という。)

(五) 被害者 中嶋美紀(以下「亡美紀」という。)及び原告中嶋薫(以下「原告薫」という。)

(六) 事故の態様 亡美紀及び原告薫は、本件踏切内において加害車にはねられ、亡美紀は即死し、原告薫は下顎骨骨折により全治約二ケ月の重傷を負つた。

2  責任原因

(一) 被告新井は、加害車を運転して、東尾久三丁目停留場を過ぎ熊野前停留場へ向け本件踏切手前を時速三五キロメートルで進行していた。本件事故現場付近は、直前は約一八〇メートルが直線で本件事故当日は快晴であり、見通しは極めて良かつた。本件踏切は、直前の停留場である東尾久三丁目から四つ目の踏切であり、警報機及び遮断機が設置されている第一種の踏切である。本件事故直前、原告薫は、加害車の進行方向から見て左側から本件踏切に進入し、線路の向い側の自宅方向へ横断しようとしたが、進入後間もなく警報機が鳴り始め、遮断機の遮断桿が下り始めた。原告薫は、そのまま進行を続けたが、その後方向転換して元の進入した側へ引き返し、加害車の軌道上に差しかかつたところで、原告薫を発見し自宅から救出へ向かつた母亡美紀とともに加害車の前部に衝突され、前記のとおり亡美紀が死亡し、原告薫が受傷したものである。原告薫は、本件踏切に進入後事故に遭うまでの間(約三〇秒間)一度も踏切から外に出ていない。そうすると、被告新井は、少なくとも本件踏切の一八〇メートル手前の直線路に差しかかつたとき以降継続して原告薫を確認できたはずであるのに、約二〇メートルの至近距離に至つて初めて亡美紀及び原告薫を発見し、あるいは、ことの危険性に気づき、急制動の措置を講じたが、時既に遅く本件事故を発生させたものである。

都電の運転を業とする者は、高架線を高速度で走行する電車と異なり、歩車道と同じ高さにあることから、常に外部からの侵入物との衝突事故を予想し、これを回避すべき注意義務があるのであり、特に踏切付近ではその危険が高いことから、一層の注意義務があるといえるが、本件踏切は線路を挟んでそれぞれ一車線ずつの道路が並走し、しかも比較的交通量が多いことから、過去何度も同様の事故を惹起し、俗称「魔の踏切」と呼ばれる所であるので(ちなみに、本件踏切の西に隣接する踏切で本件事故の一年前の五月四日にも人身事故が起きている。)、長年運転業務に携わつて事情を熟知しているはずの被告新井にしてみれば、特段の注意をすべき義務があつたにもかかわらず、これを怠り、本件事故を発生させたことは前方不注視の明白な業務上の過失を犯したものであり、民法七〇九条により原告らに対し、後記損害の賠償責任がある。

(二) また、右事故は、被告東京都の職員である被告新井が被告東京都の業務の執行中に発生したものであるから、被告東京都には民法七一五条一項により原告らに対し後記損害の賠償責任がある。

3  損害

亡美紀及び原告らは、次のとおり損害を被つた。

(一) 亡美紀の損害及び同女の死亡による原告らの損害

(1) 逸失利益 三〇六一万八三七二円

原告ら方は、原告中嶋研二(以下「原告研二」という。)は、業務であるローリング治療のため患者宅に出向き、家業である食料品販売業は、専ら亡美紀が担つて月収六万円の収入を得る傍ら、主婦として完全に家事労働をしていたので、右収入に家事労働分を加算すべきであり、亡美紀は、本件事故当時満三三歳で、同年齢の女子の平均賃金は一ケ月一六万五一〇〇円であつたから、就労可能年数を三四年、生活費控除率を三〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息控除をライプニッツ式計算法で行い同女の逸失利益を次のとおりの計算式により三〇六一万八三七二円と算出した。

(計算式)

(六万円+一六万五一〇〇円)×一二ケ月×(一−〇・三)×一六・一九三=三〇六一万八三七二円(円未満切捨て)

(2) 代替労働を要することによる逸失利益 一二四五万五五二〇円

亡美紀が死亡したため、家業である食料品販売業の継続のためには代替労働者として女子店員を月額一〇万円の賃金で雇い入れざるをえず、この状態は少なくとも原告中嶋智子が成人するまでの一五年間続くものと考えられるので、年五分の割合による中間利息控除をライプニッツ式計算法で行い、同女の代替労働を要することによる逸失利益を次のとおりの計算式により一二四五万五五二〇円と算出した。

(計算式)

一〇万円×一二ケ月×一〇・三七九六=一二四五万五五二〇円

(3) 慰藉料 一四〇〇万円

前述のとおり、被告新井の過失は極めて重大であるうえ、本件事故後の被告らの対応が極めて不誠実であつたことから、原告ら、特に幼い子ら三人の精神的打撃は深刻であり、慰藉料額は右金額を下回ることはない。

(4) 相続

亡美紀は、加害者に対し、右(一)ないし(三)の合計五七〇七万三八九二円の損害賠償請求権を有するところ、原告研二は、亡美紀の夫であり、その余の原告らは亡美紀の子であり、いずれも亡美紀の相続人であつて、同人から右損害賠償請求権を原告研二は二分の一(二八五三万六九四六円)、その余の原告らは各六分の一(九五一万二三一五円、円未満切捨て)ずつ相続した。

(5) 葬儀費用 原告研二につき 七五万円

その余の原告らにつき 各二五万円

葬儀費用その他諸雑費六三万六二七〇円と墓石代九〇万円の合計一五三万六二七〇円の内金を原告らは右の額ずつ負担した。

以上合計 原告研二につき 二九二八万六九四六円(ただし、そのうち二九二八万六九四五円を請求する。)

その余の原告らにつき 各九五一万二三一五円

(6) 弁護士費用 原告研二につき 二九二万八六九四円

原告薫を除くその余の原告らにつき 各九七万六二三一円

原告らは、被告が右損害を任意に支払わないため、本件訴訟の提起、追行のため、原告ら訴訟代理人弁護士に委任したが、弁護士費用としては右損害額の一割、すなわち、原告研二は、二九二万八六九四円(円未満切捨て)、原告薫を除くその余の原告らは、各九七万六二三一円(円未満切捨て)が相当である(原告薫の分については後述する。)。

以上合計 原告研二につき 三二二一万五六三九円

原告薫を除くその余の原告らにつき 各一〇七三万八五四六円

(二) 原告薫の損害

(1) 治療費 三六万九〇三七円

原告薫は、本件事故により受けた傷害の治療のため、日本医科大学付属病院に昭和五八年五月四日から七月二〇日までの間入院し、右金額の治療費を要した。

(2) 入院雑費 七万八〇〇〇円

原告薫は、右入院期間中、入院雑費として右金額を要した。

(3) 入院慰藉料 八八万円

原告薫の入院期間中の慰藉料は右金額が相当である。

(4) 後遺障害による慰藉料六六九万円

原告薫には、本件事故によつて受けた傷害により自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害等級表(以下「等級表」という。)の七級の後遺障害が残つた。前述のとおり、被告新井の過失は極めて重大であるうえ、本件事故後の被告らの対応が極めて不誠実であつたことから、原告薫の精神的打撃は深刻であり、慰藉料額は右金額を下回ることはない。

(5) 後遺障害による逸失利益 九一一万四八一六円

原告薫には、前記のとおり、等級表の七級の後遺障害が残つた。同人は、本件事故当時満二歳であつたから、昭和五六年賃金センサス第一巻・第一表産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の女子平均賃金は年額一九五万五六〇〇円、就労可能年数を一八歳から六七歳までの四九年間、労働能力喪失率を五六パーセント、中間利息控除を年五分の割合によるライプニッツ式計算法で行い、同人の逸失利益を次のとおりの計算式により九一一万四八一六円と算出した。

(計算式)

一九五万五六〇〇円×〇・五六×八・三二三=九一一万四八一六円

(円未満切捨て)

以上合計 一七一三万一八五三円

亡美紀の相続分と合わせて二六八九万四一六八円

(6) 弁護士費用 二六八万九四一六円

原告薫は、被告が右損害を任意に支払わないため、本件訴訟の提起、追行のため、原告研二を介して、原告ら訴訟代理人弁護士に委任したが、原告薫の弁護士費用としては右損害額の一割、すなわち、二六八万九四一六円(円未満切捨て)が相当である。

以上合計 二九五八万三五八四円

4  結論

よつて、被告ら各自に対し、原告研二は、右損害金三二二一万五六三九円、原告薫は、二九五八万三五八四円、その余の原告らは、各一〇七三万八五四六円及びこれらに対する本件事故の日の後である昭和五八年五月五日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実中、(一)のうち、被告新井は、加害車を運転して、東尾久三丁目停留場を過ぎ熊野前停留場へ向け本件踏切手前を時速約三五キロメートルで進行していたこと、本件事故現場付近は、直前は約一八〇メートルが直線で、本件事故当日は快晴であり、見通しは極めて良かつたこと、本件踏切は直前の停留場である東尾久三丁目から四つ目の踏切であり、警報機及び遮断機が設置されている第一種の踏切であること、亡美紀及び原告薫が加害車の前部に衝突され、前記のとおり亡美紀が死亡し、原告薫が受傷したものであること、被告新井が本件事故発生直前に急制動の措置を講じたこと、本件踏切は線路を挟んでそれぞれ一車線ずつの道路が並走していること、本件踏切の西に隣接する踏切で本件事故の一年前の五月四日にも人身事故が起きたことは認め、その余は否認あるいは争う。(二)のうち、被告新井が被告東京都の職員であること、本件事故は、被告新井が被告東京都の業務の執行中に発生したものであることは認め、その余は争う。

被告新井は、加害車が本件踏切手前約一六・一〇メートルに接近した際、進行方向右側の遮断機の遮断桿中央部分付近から、原告薫が遮断桿をくぐり抜け、踏切内に小走りで侵入したのを発見した。このため、被告新井は、危険を感じ、即座に非常制動の措置をとるとともに警笛を吹鳴させた。その時、前記遮断桿の先端地点から、亡美紀が原告薫に駆け寄るように接近し、対向軌道左側線路付近で原告薫を後ろから抱きかかえるような格好で両手を差し出したが、そのまま原告薫とともに前のめりになり、加害車の進行方向の軌道上に倒れかかつた。このため、加害車は、倒れかけた亡美紀及び原告薫を車体下部前部台車に巻き込む状態で本件踏切を通過し、接触地点(本件踏切の進入地点から三メートル)から二一・五メートル進行して停止し、亡美紀は、加害車の前部左側二車輪で腹部を轢過されて死亡し、原告薫は原告ら主張の傷害を負つた。本件事故は、警報機が設置され、遮断機による遮断桿が降下していた踏切内において、加害車が踏切直前に差しかかつた際に、遮断桿をくぐり抜けて原告薫が踏切内に侵入するとともに、原告薫を救出しようとした亡美紀も踏切内に侵入したため、二人とも加害車の進行方向の軌道内に転倒して加害車と接触した事故であり、被告新井は、危険察知と同時に非常制動措置をとつたもので、進路前方の安全注意義務も、危険察知後の事故回避のための措置にも、何ら過失は存在しない。

3  同3(損害)の事実は全て知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二次に、本件事故の発生につき、被告新井に過失があるか否かにつき判断する。

1  被告新井は、加害車を運転して、東尾久三丁目停留場を過ぎ熊野前停留場へ向け本件踏切手前を時速約三五キロメートルで進行していたこと、本件事故現場付近は、直前は約一八〇メートルが直線で、本件事故当日は快晴であり、見通しは極めて良かつたこと、本件踏切は直前の停留場である東尾久三丁目から四つ目の踏切であり、警報機及び遮断機が設置されている第一種の踏切であること、亡美紀及び原告薫が加害車の前部に衝突され、前記のとおりの受傷をしたこと、被告新井が本件事故発生直前に急制動の措置を講じたこと、本件踏切は線路を挟んでそれぞれ一車線ずつの道路が並走していることは当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、都電荒川線の東尾久三丁目停留場と熊野前停留場との中間に位置する踏切であるが、両停留場間は五七一メートルであり、都電の線路は、その間熊野前停留場前約三〇メートルが道路との併用軌道である他は新設軌道内に敷設された都電専用軌道で、踏切部分を除いては新設軌道敷は地上から一メートルの高さの金属性金網で仕切られている。

本件踏切は、軌道幅員は八・二メートルで軌条四条(線路四本の複線)が敷設されており、専用軌道の両側には平行して補助九〇号(各一車線の道路)が走つている。専用軌道と補助九〇号は金網によつて区分されている。本件踏切は、これに交差する北方旭電化通り方面に通じる歩車道の区別のない幅員六・四メートル、西方放射一一号方面に通じる歩車道の区別のない幅員六・二〇メートルの道路が交差する踏切である。本件踏切の幅員は九・二〇メートルであり、アスファルト舗装で平坦であり、本件事故発生当時は乾燥していた。専用軌道は、本件事故現場付近の直前約一八〇メートルが直線で、見通しは極めて良い。本件踏切は、警報機及び遮断機が設置されている第一種の自動踏切(警報機と遮断機が設置された踏切を第一種踏切といい、この警報機と遮断機が踏切警手の手動によらず、自動機械装置で作動するものを第一種自動踏切という。)であり、本件事故当時、警報機及び遮断機はいずれも正常に作動していた。本件踏切の各方面の道路は、最高速度三〇キロメートルに規制されており、補助九〇号は専用軌道を挟んで一方通行となつている。

(二)  第一種自動踏切は、踏切の一定距離前に設置された制御開始点を車両が通過進入すると、右車両の存在を自動的に検知した検知装置が踏切の警報機と遮断機を作動させるように作用する。右検知後一定秒数経過後に踏切に設置された警報機のせん光灯、警音発生装置及び電車進行方向指示器がそれぞれ一斉に作動し、すなわち、せん光灯は点滅し、警音発生装置が鳴響し、電車進行方向指示器が点灯を開始する。警報機が作動開始して更に一定秒数経過後に踏切の両側に設置された遮断機が作動を開始し、遮断機の遮断桿が四半円形の弧を描いて下降し、踏切路面と水平状態になつて停止する。

(三)  東尾久三丁目停留場から本件踏切の間は、本件事故当時は、順次、東尾久三丁目踏切、三河島二四号踏切、三河島二五号踏切の三ケ所の踏切が存在し、本件踏切の制御開始点は、同踏切の手前約三一五・三五メートル(東尾久三丁目停留場を過ぎて約三〇メートルの位置である。)の地点に設置され、車両が右制御開始点を通過進入すると車両検知装置が直ちに進入車両を検知する。進入車両検知後二秒後に本件踏切の警報機が作動し、せん光灯の点滅、警報音の鳴響、電車進行方向指示器の点灯が一斉に開始する。右警報機が七秒間作動した後、遮断機が作動を開始し、遮断桿が六秒間で四半円形の弧を描いて下降を完了する。遮断桿が下降を完了すると同時に警報機柱に設置された踏切道遮断動作反応灯が点灯する。以上車両が制御開始点を通過進入してから踏切の遮断桿が下降を完了するまでの間は合計一五秒である。本件踏切の制御開始点は前記のように、東尾久三丁目停留場を過ぎて約三〇メートルの地点にあり、この間車両は加速して、本件踏切付近は時速約三五キロメートルの速度で通過することになつている。

(四)  加害車の速度と制動距離の関係は、時速三五キロメートルの速度で進行した場合、制動動作を開始してから、空車(乗客〇名)のとき標準的(平地で直線、乾燥)に三六メートル、定員(乗客九六名)のとき四四メートルである。

(五)  原告薫は、本件踏切に、加害車の進行方向から見て左側から進入し、線路の向い側の自宅方向へ横断しようとしたが、進入後間もなく警報機が作動を開始した。線路の向い側から母の亡美紀が原告薫を呼んだので、原告薫は、そのまま線路を渡り切り亡美紀の手の届く位置まで行つた(そのとき、原告薫が踏切の遮断桿の内側にいたと認める的確な証拠はない。)。

(六)  被告新井は、加害車を運転して、東尾久三丁目停留場を乗客約二五名で発車したが、その際、東尾久三丁目踏切及び三河島二四号踏切の踏切道遮断動作反応灯が点灯しているのを確認した。被告新井は、発車後通常の運行態様で加害車の速度を加速しながら進行し、右二四号踏切付近は時速約三〇キロメートルの速度で通過したが、東尾久三丁目付近の軌道は、右二四号踏切地点で右にカーブし、同踏切地点から本件踏切まではほぼ直線になつているので、同踏切通過地点で一度進路前方の安全を確認したが、その際異状はなかつた。被告新井は、同踏切を通過すると同時に、三河島二五号踏切の警報機柱(進路前方左側)に設置されている同踏切の踏切道遮断動作反応灯が点灯していることを確認し、そのまま同踏切の安全を確認しながら通過した(通過時の速度は時速約三五キロメートル)が、同踏切を通過すると同時に約八〇メートル前方の本件踏切と本件踏切から二六メートル離れて存在する三河島二七号踏切の進路前方左側の警報機柱にそれぞれ設置されている踏切道遮断動作反応灯の点灯を確認した。被告新井は、踏切道遮断動作反応灯の点灯確認後これとほぼ同時に進路前方及び本件踏切内の安全を確認したが、踏切内には何の異状も認められなかつたため、ひきつづき時速三五キロメートルの速度で加害車を進行させ、本件踏切の約五〇メートル手前で同踏切内の安全を再確認したが、踏切内には何の異状も認められなかつた。

(七)  被告新井は、加害車が本件踏切手前約一六・一〇メートルに接近した際、進行方向右側の遮断機の遮断桿中央部分付近から、原告薫が遮断桿をくぐり抜け、踏切内に小走りで侵入してきたのを発見した。このため、被告新井は、危険を感じ、直ちに、加害車運転席前部右側に配置されているブレーキ弁のハンドルを右手で非常制動の位置まで回転作動させると同時に、運転席左側に配置されている主幹制御器(電動モーターを発電機に切り替えることによつて制動効果を出すもの)のハンドルを左手で作動させ非常制動の措置をとつた。そのとき、亡美紀は、前記遮断桿の先端地点から、原告薫の救出のために駆け寄るように接近し、対向軌道左側線路付近で原告薫を後ろから抱きかかえるような格好で両手を差し出したが、そのまま原告薫とともに、加害車の進行方向の軌道上に倒れこんだ。このため、加害車は、倒れた亡美紀及び原告薫を車体下部前部台車に巻き込む状態で本件踏切を通過し、接触地点(本件踏切の進入地点から三メートル)から二一・五メートル進行して停止し(原告薫を発見した地点から四〇・六メートル)、亡美紀は、腹部を轢過されて死亡し、原告薫は、原告ら主張の傷害を負つた。

以上の事実が認められ、右認定にそわない<証拠>は、前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を動かすに足りる的確な証拠はない。

3 以上の事実に徴すると、本件事故は、警報機が設置され、遮断機の遮断桿が降下していた踏切内において、加害車が踏切直前に差しかかつたときに、遮断桿をくぐり抜けて原告薫が踏切内に侵入し、更に、原告薫を救出しようとした亡美紀が踏切内に侵入し、二人とも加害車の進行方向の軌道内に転倒し、加害車と衝突したというものであり、亡美紀及び原告薫の本件踏切内に進入した時期、加害車の制動距離、非常制動の措置の作動経過、本件事故に至るまでの被告新井の進路前方に対する安全確認の履行状況等に照らすと、被告新井には、原告らの主張する前方不注視の過失があつたと認めるに足りないものというべきである。

三そうすると、その余の点を判断するまでもなく、被告新井には本件事故につき民法七〇九条に基づく不法行為責任はなく、被告新井の過失を前提とする被告東京都の民法七一五条一項に基づく使用者責任もないこととなり、原告らの請求は、いずれも理由がない。

四以上のとおり、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官福岡右武 裁判官宮川博史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例