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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1803号 判決 1988年2月01日

原告

渡辺健夫

原告

滝沢政士

原告

望月智明

右三名訴訟代理人弁護士

松田政行

水谷直樹

伊藤文夫

金田悦郎

右松田政行訴訟復代理人弁護士

早稲田祐美子

被告

有限会社さざなみ

右代表者代表取締役

喜田良胤

被告

喜田良胤

被告

天谷正彦

(旧姓谷口)

被告

後藤佳保

右四名訴訟代理人弁護士

高橋むつき

被告(脱退)

インシュランスカンパニー

オブ ノースアメリカ

右代表者取締役

ジョン・ケイ・アームストロング

被告引受参加人

シグナ・インシュアランス・カンパニー

日本における代表者

ジァンフランコ・モンガーデイ

右訴訟代理人弁護士

島林樹

主文

一  被告有限会社さざなみ、被告喜田良胤、被告天谷正彦、被告後藤佳保は、各自、原告渡辺健夫に対し金六三〇六万七五九六円、原告滝沢政士に対し金六九万四四六〇円、原告望月智明に対し金一〇四万一五〇一円及び右各金員に対する被告有限会社さざなみにおいては昭和五八年四月二〇日から、被告喜田良胤、被告天谷正彦、被告後藤佳保においては昭和五六年八月三一日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告らの被告引受参加人に対する主位的請求をいずれも棄却する。

四  被告引受参加人は、本判決中の被告天谷正彦、被告後藤佳保に関する部分がそれぞれ確定したときは、その確定毎に、原告渡辺健夫に対し各金二九一九万六三五八円、原告滝沢政士に対し各金三二万一四九一円、原告望月智明に対し各金四八万二一四九円及び右各金員に対する各確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らの被告引受参加人に対するその余の予備的請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告ら及び被告引受参加人の負担とする。

七  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告ら及び被告引受参加人(以下「参加人」という。)は、各自、原告渡辺健夫(以下「原告渡辺」という。)に対し金七九四九万七一八五円、同滝沢政士(以下「原告滝沢」という。)に対し金八七万九五四八円、同望月智明(以下「原告望月」という。)に対し金一三四万三〇〇一円及び右金員に対する昭和五六年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (参加人に対する予備的請求)

参加人は、本判決中の被告喜田良胤、被告天谷正彦(旧姓谷口)、被告後藤佳保(以下それぞれ「被告喜田」、「被告谷口」、「被告後藤」という。)に関する部分が確定したときは、原告渡辺に対し金七九四九万七一八五円、原告滝沢に対し金八七万九五四八円、原告望月に対し金一三四万三〇〇一円及び右各金員に対する確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告ら及び参加人の負担とする。

4  右1項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 被告有限会社さざなみ(以下「被告会社」という。)は、スキューバダイビング(高圧空気を充填したボンベをハーネス又はバックパツクという器具を利用して背負い、このボンベについたバルブを開閉して、高圧空気を取り出し、これをレギュレーターという減圧呼吸装置で水中深度の圧力にまで減圧して呼吸しながら行う潜水。以下単に「ダイビング」という。)器材の販売、潜水用高圧空気の製造・販売及びダイビング教室・ダイビングツアーの主催等を目的とする有限会社である。

(二) 被告喜田は被告会社の代表取締役兼同社におけるアクアラング等呼吸器用高圧空気製造施設(以下「本件施設」という。)の保安管理者、被告谷口は同社の従業員、被告後藤は同社のアルバイトとして同社の主催するダイビングツアーの引率、指導等の業務に従事していた者である。

(三) 参加人は、昭和六一年七月一日、同日限り日本における保険事業を廃止した外国保険会社である被告(脱退)インシュランスカンパニーオブノースアメリカ(以下「脱退被告」という。)から、その保険契約の全部の包括移転を受けた外国保険会社である。

(四) 原告らは、被告会社が昭和五六年八月三〇日ころ実施し、被告谷口及び被告後藤がその引率、指導を担当したダイビングツアー兼潜水指導教室(以下「本件ツアー」という。)に参加した者である。

2  本件事故の発生等

(一) 昭和五六年八月三〇日午前九時一〇分ころ、静岡県賀茂郡松崎町雲見漁港沖合の牛着島において、本件ツアーの参加者花井悟志(以下「花井」という。)が装着しようとした潜水用高圧空気容器(容器番号BDOK一〇〇九〇、以下「本件ボンベ」という。)が破裂する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(二) 原告らは、本件事故によつて次の傷害を受けた。

(1) 原告渡辺

左膝窩動静脈切断、左脛骨腓骨神経切断、左脛骨・腓骨骨折、左膝窩筋群断裂、外側々副靱帯損傷傷、左膝関節開放創、肺内血腫、腎機能不全等

(2) 原告滝沢

左膝内側々副靱帯損傷、頭部・前胸部・背部左手背裂傷

(3) 原告望月

左第一中足骨開放性粉砕骨折、右内耳振盪症

3  本件ボンベ破裂の原因

本件ボンベは、極度の腐食によつて肉厚が極端に減少(同形式のボンベを製造するにあたつてはその肉厚は四ミリメートルを下らないものとされているところ、本件ボンベでは肉厚二ミリメートル台の部分が相当広範に存在し、一ミリメートル台の部分もあつた。)していたにもかかわらず、これに高圧空気を充填したために肉厚減少部に応力が集中し、更にこれを真夏の日照下にさらしたために高圧空気の内圧が増加して、これらの相乗作用によつて破裂したものである。

4  被告喜田、被告谷口、被告後藤(以下、一括して「被告喜田ら三名」という。)の不法行為責任

(一) 被告喜田及び被告谷口の本件ボンベの充填に関する過失

(1) 被告会社が所有し、被告喜田が管理していた潜水用高圧空気容器(以下「ボンベ」という。)の中には長年の使用と被告会社の管理の不備によつて腐食していたものが少なくなく、本件ボンベも一見して錆がひどく、適切な外観検査(ボンベの外部の腐食、損傷等の有無及び程度を肉眼で観察する検査)が行われれば直ちに充填を差し控えるか、少なくとも更に音響検査(ボンベを木づち、プラスチックハンマー等で叩いてその音色を聴く検査)、内部検査(ボンベの内部を豆電球等で照らして腐食、損傷等の有無及び程度を肉眼で観察する検査)を実施すべきで、これを行えば充填を控えるべきことが容易に判明するような程度にまで達していた。

(2)① 被告谷口は、ボンベの充填作業の担当者であり、従前から本件ボンベの外面に錆による極度の腐食損傷があることを認識していた(したがつて、被告谷口には本件ボンベに高圧空気を充填することを差し控えるか、充填するに先立つて外観検査を十分に行い、更に必要に応じて音響検査及び内部検査を実施すべき義務があつた。)。

② しかるに、被告谷口は、外観検査を十分に行わず、音響検査も実施しないまま、本件ボンベに高圧空気を充填した。

(3)① 被告喜田は、前記1(二)のとおり本件施設の保安管理者であり、被告会社の代表取締役であつて、従前より従業員から腐食の著しいボンベがあるので新規なものに取り替えるか耐圧試験にかける必要がある旨進言されていて、被告会社所有のボンベにひどい錆の付着しているものがあることを知悉していた(したがつて、被告喜田には、錆のひどいボンベに高圧空気を充填すると破裂の危険性があることを予見して、充填作業を担当する従業員に対し、充填に先立つて外観検査を十分に行つて錆の程度のひどいボンベについては充填を差し控え、それほどではないボンベについても音響検査及び内部検査を実施して、異常のないボンベのみに充填するように指導、監督し、また、右各検査の内容、判断基準等についても十分に指導、監督すべき義務があつた。)。

② しかるに、被告喜田は、充填作業を担当する被告谷口に対して右の指導、監督を怠つたうえ、かえつて本件ツアーに際しては、錆等の程度に関係なくできる限り多くの被告会社所有のボンベを使用するように被告谷口に指示し、被告谷口をして本件ボンベに高圧空気を充填させた。

(二) 被告谷口及び被告後藤の本件事故現場における過失

(1)①(ア) 被告谷口及び被告後藤は、アマチュアダイバーを引率してダイビングの指導に当たる者(以下「指導員」という。)として、本件ツアーを引率していた(したがつて、被告谷口及び被告後藤には、ボンベの破裂等による事故発生の危険性を予見して、本件ツアーの参加者に被告会社で準備したボンベ等の潜水用器材を使用させるに当たつては、錆の程度を含むその安全性を十分に確認し、安全性に疑問のあるボンベについては、参加者らがこれを使用しないように措置すべき義務があつた。)。

(イ)(a) 被告谷口及び被告後藤は、本件ボンベを含む被告会社所有のボンベに錆のひどいものが少なくないことを知つていた。

(b) 仮にそうでないとしても、被告会社所有のボンベには一見して腐食損傷のひどいものが少なくなく、本件ツアー参加者の中にまで、その使用を避けたいと感じた者がいたほどであつて、本件ボンベもその内の一本であつた。

(したがつて、被告谷口及び被告後藤には、錆のひどいボンベの破裂の危険性を予見して、本件ツアー参加者らが本件ボンベを使用しないように指導すべき義務があつた。)。

② しかるに、被告谷口及び被告後藤は、本件ボンベを他のボンベと一緒に並べておいて、花井がこれを選択するに任せた。

(2)① 被告谷口及び被告後藤は、前記(1)①(ア)のとおり本件ツアーの指導員であつた(したがつて、被告谷口及び被告後藤には、ボンベを災天下に長時間放置すると破裂の危険性があることを予見して、日よけ、カバーをかけるなどしてボンベの温度を充填時以下に保つべき注意義務があつた。)。

② しかるに、被告谷口及び被告後藤は、右のような措置をとることなく本件ボンベを炎天下に長時間置いたままにして、その温度を上昇させ、内部の高圧空気の圧力を増大させた。

5  被告会社の債務不履行責任

(一) 原告らは、それぞれ昭和五六年八月ころ、本件ツアーへの参加を申し込み、被告会社との間で、被告会社が原告らのために包括料金を徴収して、運送、宿泊、安全なダイビング器材の供与並びにこれに付随する一連のサービスを提供し、かつ、ダイビングの指導を行う旨の契約を締結した。

(二) 被告会社は、右の契約に基づき、本件ツアーを善良な管理者の注意をもつて安全に完了させる義務があつたところ、本件事故は、被告会社代表者である被告喜田及び履行補助者である被告谷口、被告後藤の前記4(一)、(二)の義務違反行為によつて発生した。

6  損害

(一) 原告渡辺

総計七九四九万七一八五円

(1) 治療関係費

合計 一七九万二三七九円(ただし、次の①ないし⑤の損害金の一部)

① 入・通院治療費

小計 六三万五六一三円

(ア) 静岡市立病院(以下「静岡病院」という。)入院(松葉杖代金を含む。) 一二万六〇八九円

(イ) 国立大蔵病院(以下「大蔵病院」という。)入院(装具代金を含む。)

一八万九〇〇八円

(ウ) 大蔵病院再入通院

三二万〇五一六円

② 入院雑費 二四万二〇〇〇円

入院(静岡病院・昭和五六年八月三〇日から同年一二月一四日まで一〇七日間、大蔵病院・昭和五七年一月五日から同月二八日まで二四日間、同年一二月四日から同月二五日まで二二日間、昭和六〇年三月二六日から同年六月二二日まで八九日間)合計二四二日間について一日当たり一〇〇〇円の入院雑費を支出した。

③ 付添看護料 四二万八〇〇〇円

原告渡辺は静岡病院入院中の一〇七日間にわたつて付添看護を要し、同人の妻及び両親がこれに当たつたところ、その付添看護料としては一日当たり四〇〇〇円が相当である。

④ 付添人交通費

小計 六〇万五七八〇円

(ア) 静岡病院入院中の分

五八万四〇八〇円

前記付添人らは、六三回にわたり東京・静岡間の往復を余儀なくされ、その交通費は一往復当たり八九六〇円(妻)ないし九四四〇円(両親)であつた。

(イ) 大蔵病院再入院中の分

二万一七〇〇円

原告渡辺の妻は、同原告に付き添うため、三一回にわたり下高井戸・大蔵病院間を往復し、その交通費は一往復当たり七〇〇円であつた。

⑤ 通院交通費

小計 四万一四八六円

(ア) 昭和五八年中までの分

三万〇九六〇円

原告渡辺は、七二回にわたり自宅・大蔵病院間を自動車で通院のため往復したが、その一回の往復に要するガソリン代等の費用は、金四三〇円を下ることはないので、その交通費は、三万〇九六〇円(四三〇×七二回)を下らない。

(イ) 昭和五九年以降の分

一万〇五二六円

原告渡辺は、自宅・大蔵病院間を自動車で通院のため往復したが、その一回の往復に要するガソリン代等の費用は、昭和六〇年七月五日までは四三四円、昭和六〇年七月六日以降昭和六一年九月二五日までは三三六円を下らない。

更に、同原告は、昭和六〇年三月二六日の入院時に下高井戸・大蔵病院をタクシーを利用しており、その際のタクシー料金は、往復三四〇〇円であつた。

したがつて、昭和五九年以降昭和六一年九月二五日までの交通費は次のとおりである。

(a) ガソリン代等 四七七四円(四三四×一一回)及び二三五二円(三三六円×七回)

(b) タクシー代 三四〇〇円

(2) 逸失利益

合計 五二六一万〇五六五円

① 休業損害 四五六万円

原告渡辺は植木職人として稼働し、その日給は一万二〇〇〇円であるところ、事故前三か月の現実稼働日数は五月が二三日、六月が二三・四日、七月が二二日であるから、これを基礎にその平均日収入を算出すると、一日当たり九一二〇円となる。ところで、同原告は、本件事故後現在まで就労不可能な状態が続いているが、このうち症状が固定したと認められる昭和五八年一二月五日までを就労不能期間として、このうち五〇〇日分の休業損害四五六万円(九一二〇円×五〇〇日)を請求することとする。

② 労働能力喪失による逸失利益

四八〇五万〇五六五円

原告渡辺の日給は一万二〇〇〇円で、年間二五〇日以上稼働することは確実であるから、その年収は三〇〇万円を下ることはない。

また、同原告は、本件事故により一下肢の用を全廃し、その後遺障害は第五級に該当するので、その労働能力喪失率は一〇〇分の七九である。

更に、本件事故当時同原告は三一歳であつたから、六七歳までの三六年間の就労可能年数を残していた。これに対応する新ホフマン係数は20.2745である。

以上を基礎に計算すると、四八〇五万〇五六五円(300万円×20.2745×79÷100)が原告の逸失利益現価である。

(3) 慰藉料   合計 一四五二万円

① 入通院慰藉料 三五二万円

原告渡辺は、単純合計しただけでも二四二日間の入院と五年にわたる通院を余儀なくされ、現在も大蔵病院へ通院中であり、その間三回にわたる手術を繰り返したが、未だ完治に至らないもので、その受けた精神的損害は甚大というべく、これを慰藉するには頭書の額が相当である。

② 後遺障害慰藉料 一一〇〇万円

原告渡辺の後遺障害は第五級に該当するからこれに対する慰藉料は右の額が相当である。

(4) 物損 九万二〇〇〇円

(ただし、次の損害金の一部)

原告渡辺は、本件事故により、購入後間のない同原告所有のウエットスーツ(四万円相当)、シュノーケル(二〇〇〇円相当)、ブーツ(五〇〇〇円相当)、レギュレーター(三万四〇〇〇円相当)、水深計(一万円相当)、水温計(一一〇〇円相当)が滅失したことによつて、合計九万二一〇〇円の損害を被つた。

(5) 弁護士費用等

一〇四八万二二四一円

本件と相当因果関係にある弁護士費用相当損害額は、原告渡辺の右(1)ないし(4)の損害額の一割五分である一〇三五万二二四一円をもつて相当とする。また、同原告は、本件について法律扶助協会から立替えを受けた費用、手数料合計一三万円を併せて事件終了後返還しなければならないから、右費用、手数料の額も本件事故による損害というべきである。

(二) 原告滝沢

総計 八七万九五四八円

(1) 通院治療費、通院交通費及び雑費

四万〇二四八円

大蔵病院へ昭和五六年八月三一日から同年一二月一六日まで通院して、右金額を支払つた。

(2) 通院慰藉料 六五万円

原告滝沢は、四か月にわたる通院を余儀なくされ、その受けた精神的損害を慰藉するには頭書の額が相当である。

(3) 物損 四万五〇〇〇円

原告滝沢は、本件事故により、同原告所有のウエットスーツ(三万円相当)、ウエイトベルト(七〇〇〇円相当)、水中ライト(五〇〇〇円相当)、水中コンバス(三〇〇〇円相当)各一個が滅失したことによつて、合計四万五〇〇〇円相当の損害を被つた。

(4) 弁護士費用等 一四万四三〇〇円

原告渡辺に準じて算定及び請求する。

(三) 原告望月

総額 一三四万三〇〇一円

(1) 入通院治療費 一〇万一五〇一円

中野総合病院へ昭和五六年八月三一日から同年九月一四日まで入院し、その後同年一一月一七日まで通院して、右金額を支払つた。

(2) 入通院慰藉料 八四万円

原告望月は、一か月の入院と三か月にわたる通院を余儀なくされ、その受けた精神的損害を慰藉するには頭書の額が相当である。

(3) 物損 二〇万円

(ただし、次の損害金の一部)

原告望月の、本件事故により、同原告が本件ツアーのために被告会社において購入したばかりのウエットスーツ(六万二一五〇円相当)、マスク(一万一〇〇〇円相当)、シュノーケル(二五〇〇円相当)、ブーツ(五〇〇〇円相当)、ウエイトベルト(九〇〇〇円相当)を紛失し、レギュレーター(六万九〇〇〇円相当)、B・C(五万五〇〇〇円相当)が滅失したことによつて、合計二一万三六五〇円の損害を被つた。

(4) 弁護士費用等 二〇万一五〇〇円

原告渡辺に準じて算定及び請求する。

7  参加人の保険契約に基づく責任

(一) 脱退被告は、昭和五六年四月二八日、被告喜田ら三名との間で、それぞれ保険金額を三〇〇〇万円、被保険者を右各被告、保険の目的を被保険者がダイビングの練習、競技又は指導に従事中に、他人の身体の障害又は財物の滅失毀損若しくは汚損につき法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害の填補とする、賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(二) 本件保険契約の適用を受けるためには、当該保険事故がダイビングの「指導に従事中」に発生したものであれば足り、右事故発生の原因となつた行為が「指導に従事中」に行われたことまでを必要としない。

(三) 本件事故は、次のとおり被告喜田ら三名がダイビングの指導に従事中に発生したものといえるから、本件保険契約の適用がある。

すなわち、海洋という自然環境において行われ、特殊器材を使用し、かつ、そのための技術を必要とするダイビングというスポーツの特殊性に照らすと、ダイビングの指導とは、器材の知識・適切な使用方法の教授、ダイビングの企画、引率、器材の提供等安全なダイビングを行わせる一連の行為を含むものと解すべきである。したがつて、被告喜田の本件ツアーの主催及び本件ボンベの充填の指示、被告谷口の本件ボンベ充填、被告谷口及び被告後藤の本件ボンベの交付及び炎天下での放置は、いずれもこれに当たる。

(四) 被告喜田ら三名には、現在請求原因6の損害を賠償するに足りるだけの資力がない。

よつて、原告らは、被告会社に対しては本件ツアー契約の債務不履行(善管注意義務違反)に基づいて、被告喜田ら三名に対しては不法行為に基づいて、参加人に対しては原告らの被告喜田ら三名に対する各損害賠償請求権を保全するため、被告喜田ら三名の参加人に対する各保険金請求権に基づいて、(参加人については予備的に本判決中の被告喜田ら三名に関する部分の確定を条件として)各自、原告渡辺に対して七九四九万七一八五円、原告滝沢に対して八七万九五四八円、原告望月に対して一三四万三〇〇一円及び右各金員に対する本件不法行為の後である昭和五六年八月三一日(参加人については予備的に本判決中の被告喜田ら三名に関する部分の確定の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告会社、被告喜田、被告谷口及び被告後藤(以下、一括して「被告会社ら」という。)

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち、(一)の事実は認め、(二)の事実は知らない。

(三) 同3のうち、本件ボンベ破裂の原因が肉厚の減少と温度の上昇であつたことは認め、その余の事実は否認する。

(四) 同4(一)について

(1) 同(1)の事実は否認する。本件ボンベを含む被告会社のボンベのほとんどは、きれいに塗装し直して使用されていたから、外観検査によつて錆の程度を認識するのは困難であつた。また、ボンベの打音の差を聴き分けるのは困難であるから、音響検査をしても錆についての判断はできなかつた。また、内部検査を行つたとしても死角ができるため明確な判断は不可能であるし、肉厚減少がどの程度であるかの判断もこの検査では困難であつた。したがつて、これらの検査はどれも不十分で実効性がなく、これらの検査を十全に行つたとしても、本件ボンベが充填を差し控えるべきボンベであると判断することは困難であつた。

(2) 同(2)について ①のうち、被告谷口が充填作業の担当者であつたことは認め、その余の事実は否認する。②のうち、被告谷口が外観検査を十分行わなかつたことは否認し、その余の事実は認める。

(3) 同(3)のうち、被告喜田が保安管理者兼代表取締役であつたこと、被告谷口が本件ボンベを充填したことは認め、その余の事実は否認する。

(五) 同4(二)について

(1) 同(1)のうち、①(ア)の事実は認め、同(イ)の事実は否認する。②の事実は認める。

(2) 同(2)のうち、①の事実は認め、②の事実は否認する。本件事故が発生した時は、現地宿泊先を出発してから四〇分程しかたつておらず、午前中で未だ気温もそれほど上昇していないうちのことであつて、炎天下に長時間ボンベを放置したものではない。

(六) 同5について (一)のうち、契約締結の事実は認めるが、その内容は否認する。被告会社が原告らと締結した契約は、前記午着島付近で被告会社が原告らにダイビングの指導をすることを主目的とし、原告らの現地までの運送、宿泊地及び食事の提供、ボンベの貸与、右ボンベ内の高圧空気の販売を付随的目的とする混合的な契約である。

同(二)は否認する。

(七) 同6の事実は否認する。

なお、原告渡辺の後遺障害は、東京都から身体障害者手帳(第五級)の交付を受けた昭和五七年五月二四日をもつて確定したものというべきであるから、同日以降は労働能力喪失による逸失利益及び慰藉料のみが損害というべく、同日以降の休業損害及び治療関係費には、本件事故との相当因果関係がない。また、同原告は事務系の仕事に就くなどの努力により十分稼働可能であつて、労働能力喪失率一〇〇分の七九というのは高過ぎる。

加えて、原告らはダイビングが危険なスポーツであることを承知して本件ツアーに参加したものであるから、少なくとも慰藉料については、この点を斟酌して大幅に減額すべきである。

2  参加人

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2(一)の事実は認める。同(二)の事実は知らない。

(三) 同3の事実は否認する。

原告らが右破裂原因に関する主張の根拠とする甲第四六号証(以下「三谷鑑定書」ということがある。)には、次のとおり調査不足や不整合な点があるから、これをもつて事故原因を断定することはできず、本件ボンベ破裂の原因は不明である。

(1) 破壊起点部の微視的考案をしないまま、脆性破壊と認定し、また材料欠陥はなかつたと即断している。

(2) 対照用資料として使用した、容器番号BDOK一〇七七五のボンベ(以下「対照用ボンベ」という。)に対する音響検査、内部検査にはふれられていないし、右対照用ボンベの調査の結果約一ないし二ミリメートル程度の腐食孔が点在していたのに、耐圧試験の結果何らの異常もみられなかつたとされ、腐食とボンベ破裂との間に因果関係が認められない。また、一部の箇所には幅約二ないし三ミリメートルの腐食孔があつたとしているが、この部分の写真の添付はなく、肉厚測定もされていない。

(3) 温度上昇も原因として指摘しているが、当時の牛着島の気象条件について的確な証拠はない。また、牛着島に渡つてボンベに直接日が当たつたとしても午前九時ころの日ざしでたかだか三〇分程度であつたから、この程度で温度上昇をきたすとは考えられない。

(4) 本件ボンベの破片は破裂後一三日間海中にあつて海水に漬つていた状態であつたし、海中から引揚げ後の管理保管状況も不明であるから、腐食が破裂時に既に生じていたとは断定することができない。

(四) 同4のうち、被告喜田ら三名が原告主張の地位にあつたことは認め、その余の事実は否認する。

(五) 同6の事実は否認する。

(六) 同7について

(1) 同(一)の事実は認める。

(2) 同(二)は否認する。本件保険契約にいう「指導に従事中の損害」とは、本件保険契約の対象であるスポーツの「指導に起因して生じた損害」を意味するものである。原告らは、「指導に従事中」は単なる時的限定にすぎないとするが、この解釈では、およそ当該スポーツの指導中に生じた、被保険者の何らかの過失に基づく損害であれば、たとえ右過失が当該スポーツと全く無縁なものであつても、保険責任を負わせる結果となり、スポーツ保険としての右契約条項の趣旨を無意味にするものであつて、相当ではない。

(3) 同(三)は否認する。本件事故は、次のとおり「スポーツの指導」という要件を欠くから、本件保険契約の適用はない。

① 本件保険契約にいうスポーツの「指導」とは、被指導者を相手に直接行われる指導行為を指し、その指導行為に必要な器材の点検及び準備行為はこれに含まれないと解するのが、保険責任を負う範囲の明確化という見地からも、スポーツの指導という言葉の一般用語例に照らしても、相当である。

② 次の事実があるから、仮に被告喜田らに過失があつたとしても、本件事故が右にいう「指導」に起因した(又は指導中に生じた)事故であるとすることはできず、したがつて、参加人に保険責任はない。

(ア) 被告喜田の充填の指示及び被告谷口の本件ボンベへの充填は、本件事故の数日前に、本件事故現場から遠く離れた東京で行われた。

(イ) 被告喜田は、本件事故発生時には海洋指導のためにサイパン島に出張していて本件事故現場にはいなかつた。

(ウ) 被告谷口及び被告後藤は、本件事故発生時には初心者用のブイ設定のため潜水中であつた。

(4) 同(四)の事実は否認する。

なお、本件保険契約に基づく保険金請求権は、具体的損害が確定した時に初めて発生するものと約されていたから、損害が未確定な本件口頭弁論終結時においては、債権者代位権行使の対象とはならない。

三  抗弁

1  被告喜田ら三名の過失及び被告会社の帰責事由に関する評価障害事実(請求原因4及び5に対して)

(一) 被告喜田ら三名について

(1) ボンベには、法令で耐圧検査を含む再検査を三年毎に受けることが義務づけられており、右再検査においては、容器保安規則等に法定された厳しい基準を満たしたものだけが合格して引き続き使用を許されることになつていた。してみれば、右再検査に合格したということは、以後三年間の再検査期限内は高度の安全性が保障されたことを意味するものであつて、被告会社のような再検査所を兼ねていない一般の充填業者及びボンベの使用者は、再検査期限内のボンベについては高い信頼を置き、充填の都度原告らの主張するような詳細な検査などはしないのが通常であつた。また、実際にも、再検査期限内のボンベが破裂事故を起こした例はなかつたところ、本件ボンベは再検査期限内のものであつた。以上の理由から、被告喜田ら三名はその安全性を信頼していたのである。

(2) 本件ボンベは、同時期に製造された他のボンベと同一の使用、管理状態下にあつたから、被告喜田らは、本件ボンベだけが錆によつて極度に腐食しているとは予想することができなかつた。

(二) 被告喜田について

被告喜田は、ボンベの検査方法や検査基準について具体的な知識を修得する機会はほとんどなく、破裂を予見するに足りるだけの能力がなかつた。すなわち、高圧空気の製造・販売の許可を受けるための資格としては、事業所の保安責任者を決めること及び年一回高圧ガス保安協会(以下「協会」という。)が主催する講習を受けることだけで、他に被告喜田がボンベの充填等に関する知識を修得する機会はなかつた。そして右講習もわずか数時間程度の概括的講義にとどまり、検査方法や検査基準等についての具体的指導はなかつた。

(三) 被告谷口について

(1) 被告谷口は、ダイビング及びボンベ充填の経験も浅く、ボンベの性能等についての知識も乏しくて、到底ボンベの破裂を予見するだけの能力を有していなかつた。すなわち、被告谷口は、昭和五五年一一月からダイビングを開始し、昭和五六年一月に被告会社に入社したばかりで、被告喜田及び被告会社の店長である柴田謹二(以下「柴田」という。)の指導下にボンベの充填作業に従事していた。しかし、その際の指導内容は、再検査期限を経過し又は外観が著しく傷んでいるボンベには充填してはならないという程度にとどまり、音響検査や内部検査については全く教えられなかつた。また、被告谷口は、協会の講習に一回出席したが、その講習内容は、右(二)と同様に概括的、抽象的なものにすぎず、他に被告谷口にはボンベの検査方法に経験を積み、知識を修得する機会がなかつた。

(2) ボンベに充填してよいかどうかの最終的判断は被告喜田が行つており、本件ボンベも被告喜田の包括的承諾のもとに充填したもので、被告喜田の履行補助者として行つたにすぎないから、被告谷口は独立して責任を負うべき地位にはなかつた。

(四) 被告後藤について

被告後藤は、被告会社との間の一日限りの契約で被告谷口を補助するために本件ツアーに同行したにすぎず、充填作業にも全く関与していなかつたから、被告喜田、被告谷口以上にボンベに関する知識は乏しく、ボンベの破裂を予見できる能力はなかつた。

2  損害の一部填補(請求原因6(一)に対して)

(一) 被告会社は、原告渡辺に対し、本件事故によつて同原告が被った損害の一部を填補するため、次のとおり合計六七万円を支払つた。

(1) 昭和五六年八月三一日 一〇万円

(2) 同年一〇月八日 二万円

(3) 同年一二月二六日 一五万円

(4) 昭和五七年三月二四日から同年一〇月二五日までの間(八回)

毎月各五万円宛

(二) 被告会社は、原告渡辺の治療費として、次のとおり合計四九万一二二一円を支払つた。

(1) 昭和五六年九月一九日

一二万一八八九円

(2) 同月二七日 四万二八三九円

(3) 同月一九日 一〇万四三二三円

(4) 同月二八日 六万五四五一円

(5) 同年一一月二一日

六万五四五一円

(6) 昭和五七年五月八日

九万一二六八円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 同(一)(1)のうち、三年毎の再検査が義務づけられていることは認め、その余の事実は否認する。同(2)の事実は否認する。

(二) 同(二)ないし(四)の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者の地位)の事実は当事者間に争いがない。

なお、保険契約の包括移転は、保険事業者がその保有する保険契約のうち、責任準備金算出の基礎を同じくする同一種類の契約全部を他の保険事業者に移転するもので、右移転を受けた保険事業者は当該保険契約に関する一切の権利義務を承継する(外国保険事業者に関する法律二一条二項、保険業法一一七条一項)とされているから、参加人は、本件保険契約の一方の当事者としての地位を脱退被告から譲り受けたものということができる。

二1  請求原因2(一)(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

2  同(二)(原告らの受傷及びその内容)についてみるに、<証拠>によれば、原告滝沢が本件事故によつて左膝内側々副靱帯損傷の傷害を負つたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三1  請求原因3(本件ボンベ破裂の原因)についてみるに、成立に争いのない甲第四六号証(三谷鑑定書)及び証人三谷健の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件ボンベ破裂の原因は、錆によつてボンベの内部がほぼ全面的に著しく腐食してボンベの肉厚が減少し、既に耐圧性能が低下していたところに、一六〇気圧程度の高圧空気を充填し、更にこれを外気温二七度の夏の太陽にさらしたため、鉄製の本件ボンベの温度上昇をきたしてボンベ内の空気の圧力を増加させ、その圧力が肉厚減少部に集中して瞬間的に破裂を生じる、いわゆる脆性破壊をひき起こしたことによるものと認めることができる(ボンベの肉厚減少と温度上昇が本件ボンベ破裂の原因であることは、原告らと被告会社らとの間では争いがない。)。

2  なお、参加人は、三谷鑑定書の信用性を争い、同鑑定書には合理的疑いが残るから本件ボンベ破裂の原因は不明であると主張するので、この点について検討する。

(一)  <証拠>をも勘案すると、三谷鑑定書の要旨は次のとおりである。

(1) 本件ボンベは、ほぼ縦に真二つに割れたものであるが、その二片の破片の内面には多数の腐食層があり、最少肉厚が1.09メートルにまで減少していたのを始めとして、肉厚二ミリメートル未満の箇所も特に破断面に沿つて散見され、肉厚が二ミリメートル以上三ミリメートル未満となつている箇所も随所に散在していた。

(2) 破断面にシェブロン(杉綾)模様が観察されたこと及び破面の状態から本件破裂は脆性破壊によるものと考えられ、シェブロン模様の方向から破裂起点部はボンベの肩の部分と推定されたところ、この個所の破片の内面には数多くの腐食層があつた。

(3) 右破片の材料、組織、硬さには特に問題は認められなかつた。また、破片の外表面に破壊の原因と考えられる外傷による痕跡はなく、可燃物による爆発を窺わせる痕跡もなかつた。

三谷鑑定書は、概ね右の諸点を根拠として、本件ボンベ破裂の原因について前記認定のとおり結論したものである。

(二)  そこで、これに対する参加人の主張について検討する。

(1) まず、参加人は、破壊起点部の微視的考案の欠如をいうが、これが具体的に何を指すのか必ずしも明らかでないうえ、前掲三谷証言によれば、シェブロン模様がはつきり出るのは脆性破壊に特有な現象であることが認められるから、更に「微視的考案」の必要があるとは考えられず、三谷鑑定書が脆性破壊と認定したことは不合理とはいえない。また、本件ボンベに材質上の欠陥がなかつたと判断した点についても、サルファー試験の結果硫黄の分布が一様であつたことに基づく判断であつて、<証拠>によれば、昭和四四年の製造時にも昭和五三年一一月の再検査時にも本件ボンベの材質に何らの異常も見受けられなかつたことにも照らすと、これ以上に材質の欠陥について調査ないし試験をする必要性はないというべきである。

(2) 次に対照用ボンベに関する調査不足等をいう点については、三谷鑑定書によれば、本件ボンベ(の破片)は対照用ボンベに比べて著しく腐食が進行していたのであるから、これに対して対照用ボンベの耐圧試験の結果が正常であつたからといつて、何ら不合理とはいえない。また、対照用ボンベの調査・試験はあくまで参考にとどまるから、一部その写真が添付されていなかつたり肉厚測定がされていない箇所があつたとしても、そのことが直ちに鑑定結果の信用性を疑わせるものではない。なお、音響検査、内部検査は腐食の予見可能性に関する問題で、三谷鑑定書の眼目とする破裂原因の究明とは関係しないから、三谷鑑定書がこれに言及していないからといつて、何ら異とするには足りない。

(3) また、参加人は、温度上昇をも原因とすることは不合理であるという。しかし、成立に争いのない甲第六〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故現場から直近の測候所のある石廊崎での観測結果として、本件事故発生日の午前九時現在の気温は27.4度で、天気は晴れであつたことが、また、<証拠>によれば、当日午前七時ころには既に日が照つており、正午から午後一時ころの間の牛着島の気温は二七度程度であつたことがそれぞれ認められる。これらの事実に照らせば本件事故発生時の牛着島の気温は二七度前後で天候は晴れであつたと推認することができるから、当時の気象条件について的確な証拠がないとの被告シグナの主張は採用することができない。そして、<証拠>によれば、外気温が二七度程度であつても、本件ボンベのような鉄製容器の温度は三〇分程度直射日光にさらしておいただけで四五度ないし五〇度にも達する場合があり、また、ボンベ内の高圧空気の圧力は、一〇度温度が上がる毎に一平方センチメートルにつき約六キログラム増加することが認められる。してみれば、この程度の時間日光にさらしておいただけでも破裂を生じさせるに足りる圧力上昇をきたす蓋然性は十分にあるといえるから、三谷鑑定が温度上昇をも破裂の一因と判断したことは何ら不合理とはいえない。

(4) 更に、参加人は、腐食の発生時期に疑問があるという。しかし、<証拠>によれば、本件鑑定資料とされた破片のうち一片は、本件事故後一二日目に海中から回収されたものの、他の一片は、本件事故当日直ちに領置されていることが認められる。そして、前掲甲第四六号証添付の図3に照らしても、二つの破片の対応箇所の肉厚の間には大差がない(むしろ、肉厚最少部分は、本件事故当日回収された破片の方にある。)ことが認められるのであつて、海水による腐食の影響はほとんどないと推定される(前掲三谷証言によれば、右期間中に海水によつて腐食が進行したとしても、それはたかだか一〇〇分の五ないし一〇〇分の八ミリメートル程度にすぎないとされている。)。また、右破片領置後の警察署における管理保管状況が不適切で腐食を進行させたと疑わせるに足りる証拠もない。

なお、付言すれば、破裂時の爆風による肉厚の減少も、<証拠>によれば、本件のような脆性破壊では殆ど考えられないことが認められる。

(三)  以上のとおりであつて、三谷鑑定書に対する参加人の意見はいずれも当を得ないもので、同鑑定書には十分な信用性を認めることができ、他に本件ボンベ破裂の原因についての前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四被告喜田及び被告谷口のボンベ充填に関する過失

1  まず、ボンベの管理及び充填に関する規制について概観する。

(一)  高圧ガス取締法は、圧縮、液化その他の方法で処理することのできるガスの容積が一日三〇立方メートル以上である設備を利用して高圧ガス(同法二条一号によれば、常用の温度において圧力が一〇キログラム毎平方センチメートル以上となる圧縮ガスであつて現にその圧力が一〇キログラム毎平方センチメートル以上であるものと定義され、本件の圧縮空気はこれに当たる。)を製造(容器に充填することを含む。)しようとする者に対して都道府県知事の許可を受けることを義務づけている(同法五条一項一号。なお、同項の許可を受けた者は、同法六条一号において「第一種製造者」と称されている。)。そして、第一種製造者は、危害予防規程を定めて都道府県知事の認可を受けねばならず(同法二六条一項)、第一種製造者及びその従業者は、右危害予防規程を守らなければならない(同条四項)。また、第一種製造者は、その従業者に対する保安教育計画を定めて都道府県知事に届け出るとともに、これを忠実に実行しなければならない(同法二七条一項、三項)。

(二)  次に、充填に関しては、同法の委任を受けた(同法一一条二項、八条二号)一般高圧ガス保安規則が、予め、その容器(ボンベ)について音響検査を行い、音響不良のものについては内部検査をし、内部に腐食、異物等があるときは当該容器を使用してはならない旨定めている(同規則一二条一項二三号ロ)。

もつとも、右条項には、外観検査について直接には規定されていない。しかし、同法四九条二項の委任を受けた容器保安規則四八条一項一号によれば、容器再検査において合格と認めるためには、容器の内面又は外面に容器の使用上支障のある腐食等のないものであることを要する旨定めており、同規則及び前記一般高圧ガス保安規則の右各条項の趣旨に徴すれば、法は充填時においても、外観検査を当然のこととして義務づけているものと解するのが相当である。

(三)  更に、高圧ガス取締法は、高圧ガスの保安に関する技術的な事項について指導等の業務を行うことを目的とする特殊法人として協会を設立し(同法五九条の二及び三)、高圧ガスによる災害の防止に当たつての協会の役割を重視している(このことは、同法一条において、協会の自主的活動の促進を同法の目的の一つとして掲げている点からも明らかである。)。そして、前掲甲第一九〇号証によれば、協会は、空気呼吸器用容器等安全指針(以下「安全指針」という。)等を作成、公表していること、安全指針は、ボンベの管理及び充填について次のような趣旨を定めていること(なお、次の(1)及び(2)は、一般使用者を含む全てのボンベ取扱者に、また、(3)は、充填者に向けられた記載であることが、右安全指針の構成から窺われる。)が認められる。

(1) 呼吸器用容器は特に軽量であることが求められるため、一般用容器よりも肉厚を薄くしており(本件ボンベの如き内容積12.6リットルのものにあつては、設計肉厚3.65ミリメートル、実測肉厚4.1ないし4.5ミリメートルとされている。)、また、特に潜水用容器は海水中で使用されるため非常に腐食しやすい環境に置かれているので、注意深く取扱う必要がある。

(2) 容器の管理に当たつては錆させないことが重要で、このためには、容器内部に水分を入れない、使用後は真水で十分洗う、取付ベルトやブーツの部分は錆やすいのでよく点検するといつた諸点に注意して取り扱うことが必要であり、また、容器は常に点検し、錆が進行しているのを発見したときは、三年に一回の法定再検査期間に関係なくその都度専門家の検査を受けることを要する。

(3) 充填に当たつては、その前に外部検査及び音響検査を実施し、音響検査で異常が認められた容器については更に内部検査を行つて合否を決定する。各検査の方法及び基準は次のとおりである。

① 外部検査

外面に著しい腐食等があつて明らかに使用不能と判断することができるものは廃棄し、それ以外の容器は、容器外面の目視検査の支障となる泥、錆、塗装等を除去し、錆の生じている程度と腐食の深さによつて判断して、次のいずれかに当たらない限り不合格とする。

(ア) 外面に腐食等のない容器

(イ) 外面が薄く錆の生じている程度の容器にあつては、その内面がそれと同程度か又は深さが0.25ミリメートル程度とみられる腐食が点在するもの

(ウ) 外面の腐食の深さが0.25ミリメートル程度のものが点在する容器にあつては、その内面に腐食がなく、又は薄く錆を生じている程度のもの

② 音響検査

木製ハンマーで軽く胴部をたたいたとき、カーンという澄んだ張りのある音で余韻を長く引く容器は合格とし、幾分濁つた音で、少し余韻が短い容器は、内部検査を行う。

③ 内部検査

容器のバルブを取りはずして豆電球を容器の内部に入れて容器の内側表面の状況を肉眼で観察する。判断基準は外部検査の判断基準に準じる。

また、<証拠>によれば、協会が作成、公表している容器保安規則関係基準(以下「保安基準」という。)は、「容器再検査の基準(外観検査)」のうち外部検査としての錆除去後の状況による容器の腐食状態と合否区分について、一ミリメートルを超えると思われるへこみ腐食が点在する容器(このような容器は、一般にアバタの面積が大きく、かつ、数多く点在するかあるいは全体に広がつている。)又は松の樹皮のような錆が固着し除去不可能な容器は、他の検査の結果のいかんを問わず廃却し、他方、全面に薄く赤錆を生じている程度で、局所的へこみ腐食又は傷痕のない容器(ミカンの表皮程度より悪くないもの)は、合格とし、その中間のものは、その他の検査結果と総合して判定すると定めていることが認められるところ、右判定基準は、充填時の外観検査においても参考とされるべきであると解するのが相当である。

なお、<証拠>によれば、協会は、本件事故の後に空気呼吸用容器再検査基準(以下「再検査基準」という。)を作成したこと、この再検査基準には、腐食状態を点腐食(孤立した腐食で、その直径が六ミリメートル以下で、かつ、隣り合う腐食間の距離が五〇ミリメートル以上のもの)、線腐食(線状に溝を形成している腐食及び鎖状に継続している腐食で、それらの幅が一〇ミリメートル以下のもの)、一般腐食(ある程度の面積を有する腐食及び局所的な腐食で、上記の二つ以外のもの)の三種類に区分したうえ、それぞれについて詳細な判定基準が示されていることが認められる。

(四)  以上を総合すれば、充填担当者には、ボンベの充填に当たつてボンベ外部の腐食等を十分検査し、腐食の程度が著しいボンベについては直ちに充填を差し控え、それ以外のボンベについては、錆等を除却して錆の程度と腐食の状態を調べたうえ音響検査を行い、更に必要があれば内部検査を行うべき義務があり、また充填業者には、充填担当者がこれらの検査を十全に行うことができるように、検査方法、判断基準等を十分に指導、監督すべき義務があるものというべきである。

2  そこで、被告会社におけるボンベの管理状況及び本件ボンベ充填に至る経緯について検討する。

<証拠>によれば、次の(九)の事実を、それぞれ認めることができる。

(一)  被告喜田は、昭和四一年一一月ころから個人でダイビング用器材の販売やダイビング指導教室等の業務を始め、昭和四九年一二月には、東京都知事から高圧ガス取締法にいう第一種製造者としての許可を得て、高圧空気の製造(以下特に断らない限り、充填をも含む意味として用いる。)販売をも併せ営むようになつた。なお、右許可に際して作成された、本件施設の危害予防規程において、被告喜田は、最高保安責任者、管理責任者、作業責任者を兼任することとされ、作業責任者として容器の点検、整備に関する事項等を監督し、従業員に危害予防規程の内容を周知徹底させる旨が定められ、また、右危害予防規程には、充填するのは再検査期限が経過していない容器に限る旨及び腐食のある容器には充填しない旨が明記されていた。その後、被告喜田は、昭和五一年一一月に被告会社を設立して代表取締役に就任し、被告会社の業務全般を掌理し、被告谷口や柴田外を雇用して、同人らをして高圧空気の製造、販売やダイビング教室での指導等の業務に当たらせると共に、自らもこれらの業務に従事していた(被告喜田が被告会社の代表取締役であつたことは前示のとおりである。)。また、被告喜田は、全日本潜水連盟(以下「JUDF」という。)という潜水指導団体の指導員、労働基準局の潜水士免許等の資格を有し、本件事故当時はJUDF安全潜水協会の会長の座にもあつた。

(二)  被告谷口は、昭和五五年一二月ころから被告会社で講習を受講してダイビングを始め、右講座の修了によつてJUDFのスキューバダイバーのライセンスを取得し、これとは別に労働基準局の潜水士免許も取得して、昭和五六年二月ころ被告会社に入社した。被告谷口は、被告会社における講習や潜水士試験の受験勉強を通じて、充填後のボンベの取扱上の注意及びボンベを始めとするダイビング用器材の名称、取扱方法等については一応の知識を有していた。しかし、充填作業は入社まで経験したことはなかつたところ、当初は被告喜田及び柴田から充填方法の指導を受け、昭和五六年五月ころからは単独で充填作業を担当するようになつた。

(三)  被告谷口は、被告喜田及び柴田から、三年の法定再検査期限内のボンベでなければ充填してはならないこと、再検査期限内のボンベであつても錆のひどいものは充填しないこと、海で使用した後は錆を防ぐためにボンベを真水で洗つて塩分を洗い流さねばならないこと、取付ベルトやブーツ(ボンベの底部を保護するためにボンベの底部に付けるゴム製やプラスチック製などのカバー)の辺りは特に錆やすいので、洗浄時にはこれらを外した方がよいことなどを聞いて知つていた。しかし、被告喜田らから指導されていなかつたので、音響検査については全く知らず、内部検査についても、入社前に潜水士試験の受験勉強をした際にそのような検査があるという程度の知識を得たのみで、自ら実施したことはなく、詳しくは知らなかつた。

(四)  被告谷口は、同年七月二八日、被告喜田に命じられて協会の主催した説明会に出席した。説明会では、安全指針をテキストとして三人の講師がその要点を説明したが、被告谷口の印象では、ボンベの錆の状態に十分注意して、再検査期限内であつても錆のひどいものには充填してはならないという点が強調された他は、特に記憶に残るようなことはなかつた。また、錆の程度について、写真やボンベの実物を示しての説明はなかつた。

(五)  被告会社におけるボンベの管理については、使用の翌日位にベルトやブーツをつけたままボンベを積み上げてこれにホースでざつと水をかけるだけの洗浄にとどまり、また、充填後のボンベの保管も、コンクリート床の駐車場の一画に野積みにして、夏場などはビニールシートもかぶせていないことが少なくなかつた。そのうえ、容器証明書のないものもあり、再検査期限の把握も不十分であつた。更に、法律上義務づけられている充填日誌の記帳も昭和五六年四月の東京都の立入り検査が終つた後は怠つていた(もつとも、本件事故後に被告会社から提出された充填日誌には、同年八月下旬までの分の記載があるが、これは、本件事故後の検査を予想して後日作成されたものであつた。)。

(六)  被告谷口及び柴田は、、同年三月ころ、被告会社のボンベを点検した。その結果、再検査期限切れのボンベを何本か発見し、また、錆のひどいボンベについては何本かベルトやブーツを外してみたところ、塗装や錆がはがれ落ちそうなものもあつた。そこで両名は、被告喜田に対して、このようなボンベは使わない方がよいと進言した。しかし、被告喜田は、再検査期限の切れたボンベについてはまだきれいだし、錆のひどいボンベについてもこの程度であれば大丈夫だと言つて、同年五月までは引き続き使用するように指示した。

(七)  被告谷口及び柴田は、同年五月ころ、再度期限切れや錆のひどいボンベについて、耐圧試験に出すか取り替えてはどうかと進言した。しかし被告喜田は、ダイビングシーズンが終つてからにしようと答えて、これを容れなかつた。

(八)  被告会社におけるボンベの使用本数は、同年六月ころまでは一か月延べ三〇ないし四〇本程度で、同年七月に入つても、一か月延べ一〇〇本程度(プールでの使用も含めて)で、一回当たりの使用本数も最高二五本位であり、被告谷口は、なるべく錆の少ないきれいなボンベを選んで充填するようにしていた。ところが、本件ツアーには、このシーズン最多の二三名が参加し、一人当たり二本のボンベを使用するため四六本のボンベが必要となつた。被告会社には全部で三一本のボンベがあつたところ、被告喜田は、使えるものは全部使うように指示した。そこで、被告谷口は、同年八月二四日ころから同月二九日にかけて、バルブの具合が悪かつたり、ボンベ内に水がたまつていた二本を除く二九本のボンベに高圧空気を充填した。その中には本件ボンベも含まれており、再検査期限切れのボンベも三本あつた。また、このうち一〇本位のボンベには、表面に大きく浮き上がつたような錆があり、触れるとすぐにはがれ落ちそうな状態であつた。

(九)  なお、破裂後回収された本件ボンベの破片の外面は、著しく腐食が進んでおり、わずかに緑色の塗装が部分的に残つていたものの、赤色や茶色の錆が広範に広がつていて、特にボンベの肩の部分などには、錆が重なつて中まで進行して黒くなつている箇所も見受けられ、また、錆が凹凸を呈して紙やすりの面のようになつていて、塗装の上からも凹凸がわかる程に進行している箇所もあつた。

もつとも、被告谷口及び被告喜田各本人の供述中には、本件事故の刑事捜査の過程では、被害者に保険金の支払を受けさせようとの見地から、捜査官に対し、殊更に事実を曲げて過失が認められるような供述をしたため、その趣旨の供述調書(甲第一二二ないし第一二六号証)が作成された旨の部分がある。しかし、被告谷口及び被告喜田各本人尋問における供述内容と右供述調書の内容とは重要部分において一致しているうえ、特に最も問題となる錆ないし腐食の程度に関する被告谷口の供述調書中の記述は、前示2(九)で認定した客観的な錆の状況とも一致しているのであつて、これらに照らすと、被告喜田及び被告谷口の前記供述部分は採用することができず、他に前示認定を覆すに足りる証拠はない。

3  以上の諸点を前提として、被告谷口及び被告喜田の過失について判断する。

(一)  まず、充填時における本件ボンベの錆の程度について検討するに、破裂後回収された本件ボンベの破片の錆の状況は前示四2(九)のとおりであり、前示三2(二)(4)で述べたところから、このような錆の状況は、充填時には既に生じていたものと推認することができる。そして、このような錆の状況は、前示四1(三)の保安基準中の前記外観検査の項にいう、アバタの面積が大きく、かつ、数多く点在している場合に当たるということができ(なお、この状態は、再検査基準にいう一般腐食に当たると見られ、同基準中に掲載の不合格例写真2に類似している。)、このような錆の発生しているボンベは、他の検査を経るまでもなく、外観検査だけで直ちに廃棄すべきとされていることが明らかである。また、前掲宮下証言によれば、高圧ガス関係の会社を経営する宮下高行は、本件ボンベについて、外観検査を経ただけでもはや充填してはならないボンベであることが明らかであると判断していることが認められ、<証拠>によれば、被告会社と同様の充填業者である望月昇も、本件ボンベのようなボンベへの充填を顧客から依頼された場合には断る旨捜査官に対して供述していることが認められる。

そうすると、被告谷口の本件ボンベ充填時において、本件ボンベには、通常の充填業者が適切な外観検査を行えば直ちに充填を差し控えるべき程度の著しい腐食が既に生じていたものと認めるのが相当である。

もつとも、これに対して、被告らは、外観検査では錆の状況はわからなかつたと主張するが、右主張は前記認定の錆の状態に照らして採用することができない。

(二) そこで、被告谷口の本件ボンベ充填時における過失について判断する。

前示四2(八)及び(九)の事実によれば、被告谷口自身も、本件ボンベに著しい錆による腐食が存在していたことを認識していたものと推認することができる。そして、前示四2(三)、(四)、(六)及び(七)のとおり、被告谷口は、高圧空気の充填作業に従事する者であること、被告喜田から再検査期限内でも錆のひどいボンベには充填してはならないと聞いて知つていたこと、本件ボンベの充填作業着手前に出席した協会の講習会の席上でも、右の点が強調されていたとの印象を受けていたこと、自らも二度にわたつて被告喜田に対して錆のひどいボンベの取替えないし再検査を進言していたことに照らすと、被告谷口自身、錆のチェックがボンベの安全管理上重要であることは認識していたものということができる。もつとも右取替え等の進言の点につき、被告谷口本人の供述中には、見た目が悪いことを気にしてしたものであるとの部分があるが、再検査に出すことの進言までしていることに照らすと、右進言は、ボンベの安全性に何らかの不安を感じたことにもよることが窺われるので、右供述部分は採用することができない(この点につき、被告谷口は、本人尋問において、再検査に出せば検査所の方できれいに色を塗つて返してくれるからであると弁解しているが、単にそれだけのことであれば被告会社の方でペンキを塗り直せば足りるはずであるから、右弁解は不自然で、採用することができない。)。そして、被告谷口本人尋問の結果によれば、被告谷口は、ダイビングの教科書などによつて、ボンベには破裂の危険性があることを、少なくとも知識としては知つていたことが認められる。そうすると、被告谷口は、錆のひどいボンベへの充填が何らかの安全上の問題を持つていることを認識しており、ボンベには破裂の危険性があることをも知つていたのであるから、たとえ本件のようなボンベ破裂の事例を聞知したことがなかつたとしても、錆のひどいボンベに充填すれば破裂するかもしれないことを予想して、充填を差し控えるか十分な外観検査等を実施すべき義務があつたものというべきである(なお、<証拠>によれば、錆による腐食がボンベの破裂に結びつく危険性を包含しており、したがつて錆のチェックがボンベ管理上の重要なポイントであることは、充填業者のみならず、およそ初級程度のダイビング講習を受けた者であれば誰もが有すべき知識とされていることが認められる。)。それにもかかわらず、被告谷口は、錆による腐食の程度を顧慮することなく、右義務に違反して本件ボンベに充填を行つたものであるから、この点において過失を免れない。

もつとも、前示四2(二)及び(三)のとおり、被告谷口は、ダイビング歴自体が本件事故発生時にはいまだ一年に満たず、被告会社に入社して充填を担当するようになつてから日も浅かつたうえ、被告喜田らから音響検査、内部検査については教えられていないなどボンベの充填に関する指導を必ずしも十分に受けていなかつた面がある。しかし、少なくとも再検査期限内のボンベであつても錆のひどいものには充填してはならないとの指導は受けていたのであるし、およそ高圧空気の充填という多分に危険性を内包する職務に従事する以上、それに対応するに足りるだけの高度の注意義務が当然要求されて然るべきであり、たまたま充填担当者が、右注意義務を満たすに足りる知識を有していなかつたとしても、そのことによつて免責されると解することはできない。したがつて、右の事実は、前記認定判断を何ら左右するものではない。

また、前示四2(八)のとおり、被告谷口が本件ボンベに充填したことは、使えるボンベは全部使うようにという被告喜田からの指示に基づくものではある。しかし、被告喜田の右指示は、概括的なものにとどまり、具体的に本件ボンベを含む特定のボンベを指して充填を指示したものではなかつたし、現に被告谷口は、自らの判断で二本のボンベについては充填を差し控えていることにも照らすと、被告谷口にはなお充填担当者としての判断の余地が残されていたものといわざるをえないから、被告喜田からの前記指示の存在をもつて、過失責任を免れることはできないというべきである。

(三) 次に、被告喜田の過失について判断する。

前示四1(四)及び2(一)のとおり、被告喜田には、本件施設の最高保安責任者及び被告会社の代表取締役という地位に基づき、錆のひどいボンベには破裂の危険性があることを予見したうえ、充填作業を担当する被告谷口に対し、充填時の外観検査を徹底させ、右検査の判断基準を十分に指導して、本件ボンベのように著しい錆のあるボンベには充填しないように指導監督すべき注意義務があつたものというべきである。それにもかかわらず、前示四2(六)ないし(八)のとおり、被告喜田は、被告谷口及び柴田から進言を受けて、錆のひどいボンベが少なくないことを知悉しながら、このことを顧慮することなく、被告谷口に対して出来るだけ多くの被告会社所有のボンベを使うように指示して右指導監督を怠つたもの(むしろ、前示(六)ないし(八)の経緯に照らせば、積極的に錆のひどいボンベにも充填するように指示したとすら見られないではない。)であるから、この点において被告喜田には過失がある。

なお、被告喜田本人の供述中には、本件のような事故はわが国で初めてのものであつたから、ボンベが破裂するなどとはおよそ予見不可能であつたとの部分がある。しかし、前示四3(二)のとおり被告谷口についてもその予見可能性が認められる以上、これを指導監督すべき立場にあつた被告喜田については一層強い理由から右予見可能性が認められるのであつて、被告喜田の前記供述部分は採用の限りではない。

また、被告喜田は、ボンベの充填に関する十分な知識を修得する機会がなかつたから、予見可能性がなかつたとも主張する。しかし、ボンベ充填が内包する危険性及び前示のような被告喜田の最高保安責任者、代表取締役としての指導的地位に照らせば、仮に被告喜田のいうとおり、同被告が腐食の程度について全く具体的な判断基準を知らなかつたのであれば、むしろ自ら進んでこれを探究すべきであつて、単にこれを知らないことをもつて責任を回避することは到底許されないといわなければならない。まして、本件においては、被告谷口や柴田らの従業員が不安を抱く程度にまでボンベの腐食が進行していたのにもかかわらず、あえてその使用を継続させたもので、このような被告喜田の態度は、営利を追究するあまり安全性をないがしろにしたものといつても過言ではなく、到底容認されるものではない。したがつて、被告喜田の右主張も採用することができない。

(四) なお、被告らは、本件ボンベは再検査期限内のものであつて、一般の充填業者である被告喜田及びその従業員である被告口としては、その点で本件ボンベの安全性を信頼していたのであるから、過失はないとも主張し、被告喜田の供述中にはこれに副う部分がある。

しかし、前示四2(五)ないし(八)のとおり、被告会社においては再検査期限の把握自体が不十分であつたうえ、被告喜田自身、再検査期限切れのボンベであることを熟知しながら使用を指示したことが少なくなく、被告谷口も、再検査期限切れであることを知りながら充填を行つており、現に本件ツアーに持参したボンベの中にも再検査期限切れのものが三本あつたのである。そうすると、被告喜田及び被告谷口が、充填に当たり、再検査期限内のボンベか否かを慎重に顧慮していたものとは認めることができず、被告喜田の前記供述部分は採用することができない。のみならず、前示四1(三)(2)のとおり、一般の使用者に対してすら再検査期限内であつても錆の進行には注意すべきであるとされていることに照らすと、被告らの右主張はおよそ根拠のないものといわざるをえず、採用することができない。

(五) また、被告らは、本件ボンベの使用、管理状況は、他のボンベと異ならなかつたから、本件ボンベについてだけ腐食が急速に進行しているとは予想することができなかつたとも主張する。

しかし、<証拠>によれば、破裂こそしなかつたものの、被告会社が本件ツアーに持参したボンベのうちの多くが外観検査だけで直ちに充填してはならないとされる程度の錆を生じていたことが認められ、前示四2(五)のとおり、被告会社におけるボンベの管理が極めてずさんであつたことにも照らすと、本件ボンベのみ腐食が例外的に進んでいたとはいえない。そうすると、被告らの右主張も理由がない。

(六) 以上のとおりであつて、他に被告谷口及び被告喜田の過失に関する前示認定判断を左右するに足りる証拠はない。

4 以上のとおり、被告谷口には外観検査を適切に行わずに本件ボンベに高圧空気を充填した点において、被告喜田には被告谷口に対する指導監督を怠つた点において、それぞれ過失があるから、右被告両名には、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

五被告谷口及び同後藤の本件事故現場における過失

1  まず、本件ツアーの開始から事故発生に至る経緯についてみるに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件ツアーは、原告望月を含むプールでのダイビングの基礎訓練を終えた者に対する海洋での実習を主目的として行われた。ただし、原告渡辺は一年程度のダイビング歴を有し、被告会社主催のダイビングツアーにも過去三ないし四回参加したことがあつて、今回もそのようなツアーとして参加したものであり、また、原告滝沢は、個人的には一一年ないし一二年のダイビング歴を有していたが、潜水指導団体の発行するライセンスは持つていなかつたので、被告会社の加盟するJUDFのライセンスを取得するための検定として参加したものであつた。

(二)  本件ツアーの一行は、昭和五三年八月二九日午後八時ころ、三台の車に分乗して被告会社を出発し(なお、ボンベの積み込みは同日正午ころから始められていた。)、翌三〇日の午前一時ころ、宿泊先の民宿「浜湯」に到着して睡眠をとり、同日午前八時ころ「浜湯」を出発して五分程離れた桟橋へ向かつた。その間ボンベは車中に積み込んだままであつたが、睡眠中は車の扉等は開けてあつたため、出発時には既に日が照つていたものの、車内の温度はそれほど高くはなつていなかつた。桟橋で他の参加者の協力も得てボンベを船に積み替え(この際、まずボンベを積んで、その上に器材やウエットスーツの上着を載せた。)、二往復して牛着島へ渡つた。島へ渡るのに要した時間は、全体でおよそ二〇ないし三〇分程度であつた。

(三)  牛着島は、南北約四〇メートル、東西約一〇メートルの長楕円型の岩石でできた島で、北方向に行くにつれて標高が高くなり、北側はほぼ絶壁の形となつているが、南東端には、岩盤を切り取つたような形で、東方向にやや傾斜した約三〇平方メートルの広さの平らな部分がある。牛着島到着後、本件ツアーの一行は、被告谷口の指示で、この平らな部分に被告会社から持参したボンベを「浜湯」から借りた一七本と一緒に船から下ろし、横倒しにした状態で二段に積んで並べた。

(四)  被告谷口及び同後藤は、ボンベを下ろし終つたのち、花井に対して、他の参加者を指揮して準備運動を行い、ボンベその他の器材を装着させてすぐに潜水を開始することができる用意をしておくように指示し、潜水時の目印となるブイを設置するために、その場を離れて海中に入つた。

(五)  そこで、花井が他の参加者らを指揮して準備体操を行い、その後器材を装着するよう指示して、参加者らに積んである中から任意のボンベを選択させ、自らも積んであつたボンベの中から無造作に本件ボンベを取り上げ、中腰になつて両膝の間にボンベをはさむような格好で本件ボンベのバルブにレギュレーターを取り付けていたところ、本件事故が発生した。なお、本件事故発生時には、被告谷口及び同後藤はまだ潜水中であり、ブイの設置を終わつて海面に顔を出したところで牛着島が騒然としているのに気づき、初めて本件事故の発生を知つた。

(六)  本件事故によつて、花井が両下肢切断の傷害を負つて収容先の病院で死亡したのを始めとして、原告らの他にも参加者四名が加療約一週間ないし一か月を要する耳鳴症、挫創等の傷害を負つた。

(七)  本件ツアー参加者のうち、原告滝沢、原告望月、前田祐理子、金抱甕、古野雅幸、武井ふじ江らの者が、ボンベの積み下ろしないし選択の際に、被告会社のボンベに錆のひどいものが多いことを認識していた。特に、原告滝沢は、船積みを手伝つている際、ほとんどのボンベがひどく錆びているのを見ていやな気持ちになり、島へ着いたらなるべく錆の少ないボンベを使いたいと考えていた。また、右金や前田も、ボンベを選ぶ際、どのボンベも錆やペンキのはげがひどいためどれを使うべきか迷うほどであつた(右前田は、裸眼視力が0.03ないし0.04程度であつたが、それでも錆の色を見ることができるほどの錆であつた。)。しかしこの間、被告谷口及び被告後藤は、ボンベの錆の程度について何らの顧慮もしなかつた。

2 そこで、以上の認定事実を前提として、ボンベの安全性確認を怠つた過失の有無について判断する。

(一)  まず、指導員においてボンベの錆による破裂の危険性を予測して、錆の状況を確認する義務があるかについてみるに、ボンベの錆が破裂に結びつきうることは、前示四3(二)のとおりダイビングの初心者であつても有すべき知識とされているのであり、成立に争いのない甲第二〇七号証及び前掲宮下証言並びに弁論の全趣旨によれば、ダイビングは、本来人間の生存不可能な海中という特殊な自然環境下で行われ、また、ボンベを始めとする特殊な器材を使用するところから、通常のスポーツと比較して一つ間違えば人命にかかわる重大な事故を惹起する危険性も少なくなく、それだけにこれを指導・監督する指導員には、参加者の安全を確保する重い責任が課せられること、ボンベを始めとする器材を安全かつ適切に使用しうる技術の修得がダイビング講習の大きな目標の一つであり、このような観点から、指導員には現場での器材の管理及び修理をしうる技術者としての役割も要求されていること、現実にも指導員は、少なくとも参加者が自己所有器材を持参する場合ではなく、指導員側で器材を用意した場合には、ダイビング現場又は事前において器材が正常に働くかどうかの点検を行うのが通常であることを認めることができる。

以上の事実に照らすと、指導員の職責には、器材の安全性の確保も含まれ、指導員側で用意した器材を提供する場合には、遅くとも右提供の時点において、その安全性を点検すべき義務があり、これにはボンベの錆の程度についての点検も含まれるというべきである。

もつとも、<証拠>によれば、指導員の右点検は、必ずしも器材を一つ一つ手に取つて行わねばならないというようなものではないこと、指導員に対しては、音響検査などについての指導はなく、錆が発生したら専門家に相談するか、一年に一回はボンベの内外部の錆の状況を点検すべきであるといつた程度の指導がされているのにとどまり、指導員といつても錆の程度の判断基準に関する知識自体は、基本的に一般ダイバーが有すべきとされている程度と大差がないことが認められる。

これらの事実に加えて、前示四1のとおり、ボンベの錆については、既に充填の際に厳重なチェックが要求されていること及び充填の場合と異なり、指導員に対してボンベの点検を義務づけたと解される法令上の規定はないこと(もつとも、一般高圧ガス保安規則四三条一項二号は、充填容器の引渡しは、外面に容器の使用上支障のある腐食等のないものをもつてすべき旨を定めているが、同条前文からこれはボンベの販売の方法について定めた規定であることが明らかであるから、指導員の点検義務を同規定から直ちに導き出すことはできないというべきである。)にも照らすと、指導員の負うべき錆についての点検義務は、充填担当者に対するほど厳格なものではないと解される。すなわち、指導員は、心ずしも充填担当者のようにボンベの一本一本について遂一綿密に外観検査その他の検査を行う必要はないが、折りにふれてボンベ外部の錆の状況を概観してこれに注意を払い、特に錆の極めて著しいボンベについては、ダイバーがこれを使用しないような措置をとるべき義務があるというべきである(なお、指導員が予め右のように錆の著しいボンベがあることを認識していた場合には、提供の時点において点検を経るまでもなく、直ちに右のような措置をとるべき義務を負うものと解するのが相当である。)。

(二) 右の観点から、被告谷口の指導員としての過失について判断する。

前示四3(二)のとおり、被告谷口は、本件ツアーの指導員であると同時に本件ボンベの充填担当者でもあり、本件ボンベに著しい錆が発生していたことを知悉していたものであるから、改めて点検をするまでもなく、これを使用すれば破裂の危険性があることを予見して、本件ボンベの使用を差し控えさせるように措置すべき注意義務があつた。しかるに、被告谷口は、前示五1(三)のとおり、本件ツアー参加者の使用に供するため漫然本件ボンベを他のボンベと共に牛着島に並べさせておいて、このような措置をとることを怠つたのであるから、この点において、過失を免れない。

なお、被告谷口について過失の認定を妨げるに足りる事実が認められないことは、前示四3(二)、(四)及び(五)で検討したとおりである。

また、前示四3のとおり、被告谷口には、充填担当者としての過失が既に認められるのであるが、充填担当者としての地位と指導員としての地位がたまたま同一人に帰属したからといつて、後者の地位に基づく注意義務が前者の地位に基づく注意義務に解消される理由はないから、被告谷口は、指導員としての過失をも免れるものではない。

(三) 次に被告後藤の過失について判断する。

<証拠>によれば、被告後藤は、昭和五四年ころから被告会社主催のダイビング教室及びツアーの指導員をしていた者であることが認められ、右(一)のとおり、錆がボンベの破裂に結びつきうることはダイビングの初心者であれば有すべき知識とされていること及び指導員には、ダイバーの安全を守るべき重大な職責が課せられていることに照らすと、被告後藤は、まずボンベの破裂について一般的な予見可能性及び予見義務があつたものというべきである。そして、前示四2(九)のとおり本件ボンベの錆による腐食は、著しく進んでいて、同五1(七)のとおり、本件ツアーの参加者の少なからずが本件ボンベを含む被告会社のボンベの錆がひどいことに不安を感じていた程であつたのであるから、被告後藤には、ボンベの破裂の危険性を予見して、遅くともボンベをツアー参加者に選択させる時点までには、ボンベの外面の錆の程度について概観したうえ、本件ボンベを使用させないように措置すべき義務があつたものというべきである。しかるに、被告後藤は、錆の程度について全く顧慮することなく、右のような措置をとらないまま、本件ボンベを他のボンベと共に並べておいて、花井がこれを選択するに任せたのであるから、この点において過失があつたものといわざるをえない。

また、<証拠>によれば、被告後藤は、被告会社の正社員ではなく、ボンベの充填作業には全く関与していなかつたことが認められる。しかし、高圧空気を充填したボンベという多分に危険性をはらむ器具を使用するダイビングというスポーツの指導員としては、やはりその職責を果たしうるに足りるだけの注意義務が要求されるというべきであるから、右の点は、前記認定判断を左右するものではない。

3 以上のとおり、被告谷口及び被告後藤には、指導員としてなすべきボンベの錆についての点検を怠り、漫然と本件ボンベを花井に使用させた過失があるから、その余について判断するまでもなく、右被告両名には本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

六被告会社の債務不履行責任

1 原告らがそれぞれ昭和五六年八月ころ被告会社との間で、原告らにおいて料金一万六〇〇〇円を支払うのに対して被告会社が運送、宿泊、ダイビング器材の供与等の便宜を提供し、かつ、ダイビングの指導ないし原告らのダイビング技術の認定を行うことを内容とする契約(以下「本件ツアー契約」という。)を締結した事実については、原告らと被告会社との間に争いがない。

しかるところ、前示のとおりダイビングが危険性を内包するスポーツであり、特にこれに使用されるボンベの検査及び取扱いが不適切な場合にはボンベ破裂の危険性を有するものである点に鑑みると、被告会社には、ボンベの検査及び取扱いを適切に行い、仮にもボンベが破裂することなどないように配慮すべき義務があつたものというべきであり、これは単なる不法行為法上の注意義務にとどまらず、信義則上本件ツアー契約に附随して認められる契約法上の義務であると解される(原告らの主張にはこのような趣旨も含まれていると解される。)。そして、前示一の地位に照らすと、被告喜田は被告会社の代表者として、被告谷口及び被告後藤は履行補助者として、右義務を履行すべき立場にあつたということができる。

2  前示四及び五で認定したところからすれば、被告喜田ら三名が右義務を履行した事実及びこれを履行しなかつたことについて帰責事由がなかつた事実を認めるに足りる証拠はない。

してみれば、被告会社は右義務に基づき、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。ただし、被告会社の損害賠償債務は、不法行為に基づくものではなく、債務不履行責任に基づく期限の定めのない債務であるから、これに対する遅延損害金は催告の到達した日の翌日から発生すると解すべきである。しかるに、原告らは、本件訴状の送達をもつて催告をしたとの主張をしていると善解することはできるが、それ以前の催告の事実については主張をしていないから、被告会社に対する請求中、本件事故当日から訴状送達の日までの遅延損害金の支払を求める部分は主張自体失当というべきである。

七損害

1  原告渡辺の損害

総計 六三〇六万七五九六円

(一)  治療関係費

合計 一〇九万六八一七円

(1) 入・通院治療費等

三一万五〇九七円

<証拠>によれば、請求原因6(一)(1)①(ア)及び(イ)のとおり、原告渡辺が、本件事故に基づく治療費及び松葉杖、装具の代金として、合計三一万五〇九七円を支出したことを認めることができ、原告渡辺の傷害の部位、程度に照らすと、右支出は、松葉杖及び装具の代金も含めて、本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。

なお、原告渡辺は、同(ウ)の昭和五九年以降の大蔵病院への入・通院治療費の請求もしているが、<証拠>によれば、原告渡辺の症状は昭和五八年一二月五日をもつて固定したものと認められるところ(これは原告渡辺自らも主張するところである。)、症状固定後に負担された治療費は原則として本件事故と相当因果関係のある損害ということができないから、右請求は失当といわざるをえない。もつとも、症状固定後に負担された治療費であつても、それが右症状固定を維持するのに不可欠である等の特段の事情があれば、なお相当性が認められる場合もあると解されるところ、原告渡辺の供述中には、昭和六〇年になつてからの入院は足裏にできた潰瘍の縫合及び足首の位置の修正の手術のためであつたとの部分があり、また、甲第一九七号証の診断書には、今後筋移行術又は神経形成術の必要も生じる可能性がある旨記されてはいるが、原告渡辺の受けた手術がこれらに該当するかは明らかではなく、かえつて<証拠>によれば、原告渡辺は昭和五八年一二月五日を最後として以後昭和五九年七月二三日までの七か月余の間は全く通院していないことが窺われるから、症状固定状態を維持するために更に治療を不可欠とする状態であつたとは直ちに認定することができず、その他前記特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はない。

また、被告らは、原告渡辺の症状固定は同原告が身体障害者手帳の交付を受けた昭和五七年五月二四日の時点と認めるべきである旨主張する。しかし、<証拠>によれば、原告渡辺は、右交付を受けた後も月に四回ないし六回の割合で大蔵病院へ継続的に通院を続け、特に同年一〇月中は一〇回、一一月中は九回と通院回数が増加しているうえ、同年一二月には再入院に至つていることが認められ、これらの事実と<証拠>に照らすと、右身体障害者手帳の交付をもつて、直ちにその時点で症状が固定したとみることはできない。

(2) 入院雑費 一二万二四〇〇円

<証拠>によれば、原告渡辺が請求原因6(一)(1)②のとおり(ただし、昭和六〇年になつてからの入院部分は除く。)、合計一五三日間入院したことを認めることができ、弁論の全趣旨によれば、この間一日当たり八〇〇円の割合による入院雑費を要したものと認めることができる。

なお、昭和六〇年になつてからの入院が本件事故と相当因果関係のあるものと認められないことは前示のとおりであるから、右入院中の部分に関する原告渡辺の請求は、失当といわざるをえない。

(3) 付添看護料 一〇万七〇〇〇円

<証拠>によれば、原告渡辺は、一〇七日間にわたつて静岡病院へ入院し、その間同原告の妻ないし両親が付き添つて看護したこと、もつとも静岡病院は完全看護制であつて、同病院の主治医は当初付添いに難色を示したものの、原告渡辺が重傷で一時は左足切断を余儀なくされるのではないかと危ぶまれたことなどを考慮して、結局これを許可したことを認めることができ、以上の事実によれば、原告渡辺は付添看護を必要としたものではあるが、その付添看護料としては一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当である。

(4) 付添人交通費 五二万一三六〇円

① 静岡病院入院中の分について

<証拠>によれば、原告渡辺の静岡病院入院中、前記付添いのために、同原告の妻が31.5回(0.5回は片道のみ)にわたつて一往復当たり九四四〇円を、同原告の両親のいずれかが29.5回にわたつて一往復当たり八九六〇円を支出して、それぞれの自宅と静岡病院の間を往復したこと、ただ、右のうち4.5回は妻と両親が同一の日に往復していることを認めることができる。そして、原告渡辺が同時に複数の付添いを必要としたと認めるに足りる特段の事情はないから、右重複分については、妻の支出した交通費のみが本件事故と相当因果関係のある損害というべきである(なお、原告渡辺は、両親が二人とも同行した日については二人分の交通費を請求しているが、この場合にも、右と同様の理由から、一人分に限つて相当因果関係のある損害と認める。)。

したがつて、本件事故と相当因果関係のある付添人交通費は9440円×31.5回+8960円×(29.5回−4.5回)=52万1360円となる。

② 大蔵病院再入院中の分について

昭和六〇年に入つてからの大蔵病院への入院が本件事故と相当因果関係あるものとは認められないことは前示のとおりであるし、右入院中、原告渡辺が同原告の妻の付添いを必要とする状態であつたことを認めるに足りる証拠もないから、右大蔵病院再入院中の付添人交通費の請求は理由がない。

(5) 通院交通費 三万〇九六〇円

<証拠>によれば、請求原因6(一)(1)⑤(ア)の事実を認めることができ、原告渡辺の受傷の部位、程度、同原告の居住地と大蔵病院の所在地とを考えると、右昭和五八年中までの通院交通費は本件事故と相当因果関係のある損害といえる。

しかし、同(イ)の昭和五九年以降の通院交通費の請求は、前示のとおり昭和五九年以降の入・通院が本件事故と相当因果関係があることが明らかでないから、理由がない。

(二)  逸失利益 小計四四八四万円

(1) 休業損害 四五六万円

<証拠>によれば、原告渡辺が岳父の経営する岡本造園に植木職人として勤務し、庭木の剪定や造園などの仕事をしていたこと、同原告の本件事故前の平均日収が請求原因6(一)(2)①のとおり一日当たり九一二〇円となること、本件事故によつて同原告が昭和五八年一二月五日まで休業を余儀なくされたこと(ただし、原告渡辺は、その期間のうち五〇〇日間についての分のみを請求している。)を認めることができる。

したがつて、原告渡辺の休業損害は、九一二〇円×五〇〇日=四五六万円となる。

(2) 労働能力喪失による逸失利益

四〇二八万円

<証拠>によれば、現在の原告渡辺の状態は、杖を使うのが望ましいとはされるもののこれを使用しないでもなんとか歩行することができるが、直立していることは三〇分程度しかできず、かがむことも不可能であること、同原告は、現在岡本造園で切つた植木の杖をまとめたり、ほうきで掃くなどの下働きをしているが、給料は受領しておらず、右後遺症の内容に照らして植木職人への復職は困難であること、同原告が身体障害者等級第五級の認定を受けていること、もつとも、同原告は、過去にサラリーマンとして勤めたことがあり、将来事務的な職業に就くことが必ずしも不可能ではないことが認められ、これらの事情に照らすと、原告渡辺は、本件事故による後遺障害のため、その労働能力の七〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして、<証拠>によれば、請求原因6(一)(2)②のとおり、原告渡辺の本件事故当時の年収は三〇〇万円を下らなかつた一方、原告渡辺は、昭和二四年九月一〇日生れで、症状固定時三四歳であつたと認められ、したがつて、同原告の就労可能期間は、症状固定の翌日である昭和五八年一二月六日から六七歳までの三三年間(原告渡辺が事故当日から起算しているのは、症状固定日までの部分については、休業損害との二重請求となるから、その限りで失当である。)と認めるのが相当であるから、原告渡辺の逸失利益は300万円×19.1834(三三年間に対応する新ホフマン係数)×0.7=4028万円(一〇〇〇円以下切捨て)となる。

(三)  慰藉料 一二五〇万円

前示の原告渡辺の傷害の部位、程度、本件事故と相当因果関係のある限りにおける入・通院状況、後遺症の内容に、<証拠>によつて認められる被告喜田の本件事故後の対応その他本件に現れた全ての事情を斟酌すると、原告渡辺の慰藉料としては一二五〇万円と定めるのが相当である(原告渡辺は、入、通院に対する慰藉料と後遺障害に対する慰藉料とを区別して請求しているが、慰藉料は、事件に現われた全事情を考慮して裁判所がその裁量によつて定めるものであるから、右のように区別して算定する必要はないというべきである。)。

なお、被告会社らは、原告渡辺がダイビングの危険性を承知して本件ツアーに参加している点を慰藉料の算定において考慮すべきであると主張するが、本件事故発生の経緯及び態様に照らすと、同原告において本件事故を回避することは極めて困難であつて、本件事故の責任は挙げて被告会社らにあるというべきであるから、右主張は採用することができない(このことは、原告滝沢及び原告望月についても同様である。)。

(四)  物損 九万二〇〇〇円

<証拠>によれば、本件事故によつて原告渡辺が請求原因6(一)(4)のとおりの損害を被つたことを認めることができる。

(五)  損害の一部填補

一一六万一二二一円

(1) <証拠>によれば、抗弁2(一)(六七万円の支払による損害の一部填補)の事実を認めることができる。

もつとも、原告渡辺の供述中には、右金員は見舞金として受け取つたものであるとの部分があり、特にそのうち、抗弁2(一)(1)の一〇万円については、乙第四号証にも「見舞金」と明記されていることが認められる。しかし、事故の加害者と目される者から被害者に対して金員の支払がされた場合には、それが、単に社交的儀礼として交付されたことが明らかであるなどの特段の事情がない限り、損害賠償金の一部として支払われた趣旨と推認すべきところ、抗弁2(一)(1)の一〇万円についても、その額等に照らすと、いまだ、純粋に社交的儀礼として交付されたにすぎないものとみることはできないのであつて、他に前記六七万円が損害の填補と無関係な社交的儀礼として支払われたことを裏づける的確な証拠はない。したがつて、原告渡辺の右供述部分及び乙第四号証の右記載は前記認定を左右するものではない。

(2) <証拠>によれば、抗弁2(二)(治療費の支払)の事実を認めることができ、これに反する原告渡辺の供述部分は採用することができない。

(六)  弁護士費用 五七〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額その他に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は五七〇万円であると認めるのが相当である。

なお、原告渡辺は、弁護士費用とは別個に法律扶助協会から立替えを受けた費用、手数料一三万円をも損害として請求するが、<証拠>によれば、そのうち九万円は、訴訟費用ないし弁護士費用であることが認められるから、右立替金を独立の損害と認めるのは相当でないし、その余の部分は、被告喜田に対する債権仮差押事件にかかる費用等であることが認められるところ、これが、本件事故によつて通常生じる損害ということはできない。したがつて、右立替金に関する請求部分は失当といわざるをえない。

2  原告滝沢の損害

総計六九万四四六〇円

(一)  治療関係費

合計二万一四六〇円

(1) 通院治療費 七四〇〇円

<証拠>によれば、原告滝沢は、本件事故によつて昭和五六年八月三一日から同年一二月一六日までの間の実日数一一日間にわたつて負傷治療のために大蔵病院に通院を余儀なくされ、右通院治療費として合計七四〇〇円の支出をしたことを認めることができ、同原告の傷害の部位、程度に照らすと、右支出は本件と相当因果関係のある損害ということができる。

(2) 通院交通費 一万四〇六〇円

<証拠>によれば、原告滝沢は、昭和五六年八月三一日から同年一〇月二一日までの間八回にわたつて、通院のために自宅と大蔵病院の間をタクシーで往復して、一往復当たり一六六〇円を支出したこと、その後三回は、バスで通院したところ、右バス代は一往復当たり二六〇円であつたことを認めることができ、以上の支出は、原告滝沢の負つた傷害の部位、程度及び同原告の居住地と大蔵病院との位置関係等に照らして本件事故と相当因果関係のある支出と考えられるから、被告会社らが賠償すべき同原告の通院交通費の額は一六六〇円×八回+二六〇円×三回=一万四〇六〇円となる。

なお、前掲甲第一七二号証によれば、原告滝沢は、バス通院を始めた後、一部他所に寄つてから通院した際に、右場所から大蔵病院までの交通費の実費をも請求していることが認められるが、この場合でも、本件事故と相当因果関係のあるのは、あくまでも同原告の自宅と大蔵病院との間の往復に要する交通費の限度に限られると考えられるから、右の限度を超える請求部分は失当である。

(3) 通院雑費

通院雑費についてはいわゆる特別損害に当たると解されるところ、本件事故当時これらの支出を被告会社らにおいて予見しうべきであつたと認めるに足りる事実の主張立証がないから、右請求は理由がない。

(二)  通院慰藉料 六〇万円

前示の原告滝沢の傷害の部位、程度、通院状況、<証拠>から窺える本件事故後の被告喜田の対応その他本件に現れた諸般の事情に照らすと、原告滝沢の慰藉料は六〇万円と認めるのが相当である。

(三)  物損 一万三〇〇〇円

<証拠>によれば、本件事故によつて請求原因6(二)(3)のダイビング器具が滅失したこと、ただし、右器具は、水中ライト(五〇〇〇円相当)を除くとかなりの長期間使用したものであつたことを認めることができ、弁論の全趣旨によれば、原告滝沢の被つた物損額を算定するに当たつては、右水中ライトを除く器具については新品としての価額の二割を本件事故当時の価額とみるのが相当と考えられる。

よつて、物損額は5000円+(7000円+3万円+3000円)×0.2=1万3000円となる。

(四)  弁護士費用 六万円

原告渡辺について判示した点に準じて考えると、被告会社らが賠償すべき弁護士費用としては、六万円が相当であると認められる。

なお、法律扶助協会の立替金に関する請求部分が失当であることは、原告渡辺について判示したとおりである(右支出の事実を認めるに足りる証拠もない。)。

3  原告望月の損害

総額一〇四万一五〇一円

(一)  入通院治療費

一〇万一五〇一円

<証拠>によれば、請求原因6(三)(1)のとおり同原告が入通院治療費を支出したこと(ただし、この中には、都立大久保病院においてCTスキャンの検査を受けた際の代金も含まれている。)を認めることができ、原告望月の傷害の部位、程度に照らすと、これらはいずれも本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。

(二)  入通院慰藉料 六五万円

前示の傷害の部位、程度、治療経過、<証拠>によつて認められる被告喜田の本件事故後の対応、その他本件に現れた諸般の事情に照らすと、原告望月の慰藉料は六五万円と認めるのが相当である。

(三)  物損 二〇万円

<証拠>によれば、同原告が請求原因6(三)(3)のとおりの物損を被つたことを認めることができる。

(四)  弁護士費用 九万円

原告渡辺について判示した点に準じて考えると、被告会社らが賠償すべき弁護士費用としては、九万円が相当であると認められる。

なお、法律扶助協会の立替金に関する請求部分は、原告滝沢について前示したのと同様の理由で失当というべきである。

4  損害額のまとめ

以上のとおりであるから、被告会社は本件ツアー契約に付随する安全配慮義務に基づき、被告喜田、被告谷口及び被告後藤は不法行為に基づいて、各自、原告渡辺に対し六三〇六万七五九六円、原告滝沢に対し六九万四四六〇円、原告望月に対し一〇四万一五〇一円の各損害金及び右各金員に対する本件事故の日の翌日で原告らの請求する昭和五六年八月三一日から(ただし、被告会社については、本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年四月二〇日から)支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきである。

八参加人の保険責任

1  請求原因7(一)(本件保険契約の締結)の事実は、原告らと参加人との間に争いがない。

2 そこで、本件事故が本件保険契約上の保険事故に該当するか否かについて判断する。

(一) <証拠>によれば、本件保険契約の内容は、賠償責任保険普通保険約款とスポーツ特別約款(以下それぞれ「普通約款」、「本件特別約款」という。)とから成つており、普通約款一条で、賠償責任保険の支払責任及びその範囲について一般的に規定し、特別約款によつてこれを補充、限定するという構成となつている。すなわち、普通約款一条は、「当会社は、被保険者が、他人の身体の障害(傷害に起因する死亡を含む)。または財物の滅失、毀損もしくは汚損(以下「損壊」という。)につき法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害をてん補する責に任ずる。」と規定しているところ、本件特別約款一条は、「当会社が、てん補すべき普通保険約款第一条の損害は、被保険者が下欄記載のスポーツの練習、競技または指導に従事中の損害に限る。」と定めて、保険事故の範囲を限定している。

(二) 本件では、右のうち「指導に従事中の損害」の解釈が問題となるので、この点について考察するに、「指導に従事中の損害」とは、字義どおり、当該損害が、被保険者が当該スポーツの指導に従事している間に生じた損害であれば足りるとする趣旨であつて、必ずしも被保険者の指導に起因して発生した損害に限られるものではないと解するのが相当である。なぜなら、右のように解するのが文理解釈として自然であるうえ(弁論の全趣旨によれば、本件保険契約のようないわゆるスポーツ賠償責任保険は、本来特定の企業者等のみではなく、スポーツをレジャーとして楽しもうとする一般大衆をも広く対象とすることを予想しているものと窺われるから、その約款文言もできる限り平易かつ直截であることが望ましい。)、前掲丙第一号証によれば、施設所有者特別約款、狩猟特別約款など本件特別約款以外の責任保険に関する特別約款の中には、特定の行為に「起因する損害」という表現を用いて填補すべき損害の発生原因を限定しているものがあることが認められ、約款自体が「従事中の損害」と「起因する損害」とを意識的に区別しているものと推認されるからである。参加人は、右のような解釈は、保険責任を限定しようとする本件特別約款の意味を滅却するものと批判するが、参加人に保険責任が生じるのは、前示のとおり被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する場合(普通約款一条)に限られるし、しかも、右損害は、あくまでも被保険者が当該スポーツの指導に従事中に発生したものに限られるのであつて、責任主体及び時間的範囲からの限定を受けるから保険責任が無限定に拡大することはない。したがつて、参加人の右批判は当たらないというべきである。

そうすると、本件事故について参加人が保険責任を負うための要件としては、本件事故が、被告喜田ら三名がダイビングの「指導」に従事中に生じたものであること及び本件事故の発生について、被告喜田ら三名が法律上の損害賠償責任を負うことを必要とし、これで足りるというべきである。

(三) ところで、保険責任の限定及び明確化の要請と保険加入者の合理的期待との調和との見地からは、本件特別約款にいう「スポーツの指導」とは、当該スポーツの行為それ自体のほかに、これに密接して行われる必要最小限度の行為についての指導をも含むものと解するのが相当である。そして、どのような行為が具体的にこれに当たるかは、当該スポーツの内容やこれに伴う危険の程度等に照らして、各スポーツ毎に決められなければならない。

そこで、ダイビングの「指導」に関して更に検討するに、<証拠>によれば、ダイビングを実施する場合の一般的な手順の概略は、まず、現地における海況判断とダイビングポイント(潜水地点)の選択及び指示に始まり、準備体操、器材の装着、器材の装着についてのチェックを経て、エントリー(潜水の開始)に至ることが認められる。そして、前示五2(一)のとおり、ダイビングが、本来人間の生存困難な海洋という特殊な環境において、特殊な器材を使用して行われる点で、他のスポーツと異なる特色を有すること、及び実際に潜水を開始した後は、全ての参加者について逐次指導員がこれを指揮監督するのは現実には困難であること(この事実は弁論の全趣旨によつて認めることができる。)に照らすと、ダイビングにおいては、現場でのダイビングポイント選択からエントリーに至るまでの指導員の指示が重要な意味をもつということができ、右指示を誤つた場合に参加者に与える危険もまた大きいものといえる。そうすると、ダイビングにおいては、現場でのダイビングポイント選択以後エントリーに至るまでの一連の行為も、少なくともダイビングに密接して行われる必要最小限度の行為に該当するとみることができるから、これに関する被保険者の指導は、ダイビングの指導に当たると解するべきである。

3 以上の解釈を前提として、本件事故が被告喜田ら三名がダイビングの指導に従事中に発生したものであるかについて検討する。

(一) まず、被告喜田についてみるに、<証拠>によれば、被告喜田は、本件事故の発生当時は、被告会社主催の他のダイビングツアーを引率してサイパンへ旅行中で、本件事故現場にはいなかつたこと、この間、被告喜田が旅行先から本件ツアーに関して指導、助言などを与えたことは全くなかつたことを認めることができる。

そうすると、被告喜田は、原告らがダイビングを開始しようとした時には、原告らに対して具体的に指導監督を与えうる状況になかつたといえるから、原告らに対するダイビングの指導に従事中であつたということはできない。

これに対して、原告らは、被告喜田の行つたダイビングツアーの企画及び被告谷口へのボンベ充填指示等、器材の知識、適切な使用方法、ダイビング技術の修得を目的として行われる一連の行為全てが、本件特別約款にいうダイビングの指導に当たると主張する。しかし、前示2(二)のとおり、およそ被保険者がスポーツの指導に従事中に生じた損害であれば本件保険によつて填補されると解する以上、保険責任の範囲を限定し明確化するという見地からは、「指導」の範囲をある程度限定的に解する必要があるから、単なるツアーの企画をもつて「指導」に当たるとするのは相当とはいえない。また、充填の指示についても、<証拠>によれば、被告会社は、ダイビング教室及びダイビングツアーの主催とは独立に高圧空気の充填販売を営んでいたことが認められ、前示五1(三)のとおり、本件ツアーの実施に当たつてもボンベの一部は他から借り入れていたことにも照らすと、ボンベの充填は指導員が通常当然に行う仕事とはいえず、ダイビングないしこれに密接して行われる必要最小限度の行為とはいい難いから、やはりダイビングの「指導」には当たらないといわざるをえない。

してみれば、本件事件故は被告喜田がダイビングの指導に従事中に発生したものとはいえないから、被告喜田については参加人に保険金支払の責任はないものといわなければならない。

(二)  次に、被告谷口及び被告後藤についてみるに、前示五1(五)のとおり本件事故発生時には右被告両名は、初心者用のブイの設置のために潜水中ではあつたが、前掲被告谷口本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、その場所は本件事故現場である牛着島からいくらも離れておらず、右被告両名は、ブイの設定を終えたらすぐに島に戻つてエントリー等の指示を与える段取りをしていたことが認められ、更にこの間、前示五1(四)及び(五)のとおり花井に指揮させて参加者らに準備体操を行わせ、花井を通じて器材の装着をも指示していたものであるから、右被告両名は、花井を介してなおツアー参加者らを指導監督していたものとみることができる。そうすると、本件事故は、右被告両名がダイビングの指導に従事中に発生したものということができるから、参加人は、前示のとおり右被告両名が本件事故について損害賠償責任を負う以上、右被告両名については保険金の支払責任を免れないものというべきである。

4 請求原因7(四)のうち、被告谷口及び被告後藤に前示七認定の損害を賠償するに足りる資力がないことは、<証拠>によつて認めることができる。

ところで、前掲丙第一号証によれば、普通約款一八条及び一九条には、被保険者が本件保険契約によつて損害の填補を受けるためには損害の確定を要する旨定められていることが認められ、これは、本件保険契約に基づく保険金請求権が被保険者と損害賠償請求権者との間での損害賠償額の確定を停止条件として発生するものとした趣旨であると解される。しかし、本件のように、損害賠償請求権者が、被保険者に対する損害賠償請求と保険会社に対する被保険者の保険金請求権の代位行使による請求とを同一訴訟手続で行い、両請求が同一裁判所で併合審判されている場合には、裁判所は、被保険者に対する損害賠償請求を認容すると共に、これを認容した判決の確定を停止条件として保険会社に対する代位行使による請求をも認容することができる(このような場合には民訴法二二六条の要件を具備していると認められる。)ものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷判決昭和五七年九月二八日民集三六巻八号一六五二頁参照)。そうすると、参加人に即時の保険金支払義務のあることを前提とする原告らの参加人に対する主位的請求は失当であるが、予備的請求は適法というべきである。

5  そこで、参加人が支払うべき保険金の額についてみるに、被告谷口及び被告後藤の各締結した本件保険契約は、限度額をそれぞれ三〇〇〇万円としているから、参加人が原告らそれぞれに対して支払うべき保険金の額は、右各被告一人について、次式のとおり、原告渡辺に対して二九一九万六三五八円、原告滝沢に対して三二万一四九一円、原告望月に対して四八万二一四九円となる。

(認定損害総額)

六三〇六万七五九六円+六九万四四六〇円+一〇四万一五〇一円=六四八〇万三五五七円

(原告渡辺分)

三〇〇〇万円×(六三〇六万七五九六円÷六四八〇万三五五七円)=二九一九万六三五八円(一円未満切捨て。以下同じ)

(原告滝沢分)

三〇〇〇万円×(六九万四四六〇円÷六四八〇万三五五七円)=三二万一四九一円

(原告望月分)

三〇〇〇万円×(一〇四万一五〇一円÷六四八〇万三五五七円)=四八万二一四九円

6  よつて、参加人は、被告谷口及び被告後藤との間で締結した本件各保険契約に基づき、本判決中右各被告に対する部分の確定を停止条件として、その確定毎に、本件保険金として、原告渡辺に対して二九一九万六三五八円宛、原告滝沢に対して三二万一四九一円宛、原告望月に対して四八万二一四九円宛及び右金員に対する各確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものといわなければならない。

九結論

以上のとおり、原告らの請求は、主文第一項及び第四項の限度で理由があるからこの限りにおいてこれを認容することとし、参加人に対する主位的請求を含むその余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官平手勇治 裁判官瀬戸口壯夫 裁判官後藤邦春は、転官のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官平手勇治)

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