大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)10321号 判決 1984年10月01日

原告 嶋田保全株式会社

右代表者代表取締役 嶋田慶三

右訴訟代理人弁護士 村山芳朗

被告 篠沢勇

右訴訟代理人弁護士 宍倉秀男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二八九万六九二〇円及びこれに対する昭和五八年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  賃貸借契約

原告は、被告に対し、昭和五六年二月九日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち一階店舗部分(三坪の土間、三帖の和室及び台所便所。以下、「本件賃借部分」という。)を期間三年、賃料月額金三万円で賃貸し、同日これを引渡した。

2  火災の発生

被告は本件賃借部分でコインランドリー業を営んでいたが、昭和五七年一月三〇日午前〇時三五分頃、本件賃借部分で発火し、本件建物は全焼した。

3  被告の責任

被告は本件賃借部分の賃借人として、善良な管理者の注意義務をもって本件賃借部分を保管すべき義務がある。すなわち、本件賃借部分で被告の営むコインランドリーは客が自由に出入りして電気洗濯機、電気乾燥機を使用することができる営業形態であるから、被告は監視人を置くなどして本件賃借部分への人の出入りについて十分注意し、不法な目的で侵入しようとする者等を防止すべき義務があり、火災報知器、煙報知器等を備えて、火災の発生を防止すべき義務がある。

賃借人 賃料一か月 残存月数 得べかりし賃料

(1) 訴外小西宏卓 金一万六五〇〇円 二〇か月 三三万円

(2) 訴外石井良子(同中川義雄) 金五万円 三九か月 一九五万円

(3) 被告 金三万円 一三か月 三九万円

(4) 訴外勝目正規 金一万六〇〇〇円 二〇か月 その一部として二八万四〇〇〇円

(5) 訴外佐藤喜芳子 金二万八〇〇〇円 四一か月 一一四万八〇〇〇円

右合計 金四一〇万二〇〇〇円

しかるに被告は右義務を怠り、放火目的での本件賃借部分への侵入を防止することができず、火災を発生させて、本件賃借部分を含む本件建物を全焼させたのであるから、賃貸借契約に基づく善良な管理者の注意義務の不履行により、被告は原告に対し右火災により原告の蒙った後記損害を賠償する責任がある。

4  損害 原告は右火災により、次の如き損害を蒙った。

(一) 得べかりし利益の喪失 金四一〇万二〇〇〇円

本件建物焼失時の本件建物の賃借人の残存賃貸借契約期間に得られるであろう賃料の合計額で、その内訳は次のとおりである。

(二) 建物消失の損害 金八〇〇万円

現在中級程度の木造新築建物の建築費は、一坪(三・三平方メートル)当り四〇万円から五〇万円である。本件建物は昭和四一年五月に建築された木造建物であることを勘案すると、本件建物を焼失時の状態で再取得するには坪当たり約金二〇万円を要するというべきで、そうすると本件建物は約四〇坪であるから再取得に要する金額は、金八〇〇万円となる。

(三) 焼失跡片付け、近隣に対する挨拶

費用その他 金七九万四九二〇円

(1) 津久井酒店(酒類購入)二万一六二〇円

(2) ます屋商店(つまみ等購入) 一万円

(3) 江戸川消防団 三三〇〇円

(4) 瑞江消防団 五〇〇〇円

(5) 小西宏卓引越運送費 五万五〇〇〇円

(6) 焼失跡片付け(大伸興業) 六〇万円

(7) 水道管破裂工事費 一〇万円

右合計 金七九万四九二〇円

(四) 右(一)、(二)、(三)を合計すると原告の被った損害は、合計金一二八九万六九二〇円となる。

よって、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき右損害金合計金一二八九万六九二〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年一〇月一一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2の事実のうち、本件建物は全焼したとの部分を否認し、その余は認める。本件建物の一部分を焼失したにすぎない。

3  請求の原因3の事実のうち、被告の営むコインランドリーが客が自由に出入りして電気洗濯機、電気乾燥機を使用できる営業形態であることは認め、その余は否認する。

被告には第三者による放火まで防止すべき義務はない。また、火災報知器等を設置していなかったことと本件火災との間に因果関係はない。

仮に、被告に債務不履行があったとしても、その賠償責任の範囲は、失火ノ責任ニ関スル法律の類推適用により、被告が保管義務、返還義務を負っている本件賃借部分に関する損害に限定すべきである。

4  請求の原告4の事実はいずれも不知。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2、3のうち被告は本件賃借部分で、客が自由に出入りして電気洗濯機、電気乾燥機を使用できるシステムのコインランドリー業を営んでいたが、原告主張の日時に、第三者の放火により本件賃借部分で発火したことは当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、被告は原告から本件賃借部分を賃借し、ここに大型洗濯機二台、小型洗濯機四台、乾燥機四台を設置し、他にヤクルトの自動販売機一台、金属製の屑かご、テーブル等を置いてあるだけの状態にして、店員はおかず、被告かその妻が一日に数回見廻りに行くこととして二四時間営業の「パール」というコインランドリーを営んでいたが、昭和五七年一月三〇日午前〇時三五分頃、何者かが右コインランドリー内に侵入し、洗濯機の蓋(合成樹脂製)付近に何らかの火源を用いて放火したため発火し、本件賃借部分を含む本件建物が全焼したことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

三  原告は右火災につき、被告に保管義務違反があったと主張するけれども、前判示のようなコインランドリーに深夜何者かが放火するということは通常予想しえないことであり、賃借人たる被告の保管義務としては、監視人を置くなどして人の出入りを注意し、不法目的で侵入しようとする者を防止すべきことまでは、含まれていないと解すべきであるから、右の点において被告に保管義務違反はないというべきである。

また、本件全証拠によっても、火災報知器等を設置していなかったことと本件火災との間に因果関係は認められない。

四  結論

以上の事実によれば、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠田省二 裁判官 高田健一 草野真人)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例