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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)75号 判決 1986年11月27日

神奈川県鎌倉市雪ノ下一丁目一六番三四号

原告

川崎一

右訴訟代理人弁護士

苅部省二

日浅伸廣

東京都中央区日本橋堀留町二丁目六番九号

被告

日本橋税務署長

大野道行

右指定代理人

田中澄夫

棚橋新作

藤田忠志

金田晃

佐藤敏行

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年六月三〇日付けでした

(一) 原告の昭和五三年分所得税の更正のうち総所得金額六四九万八九一〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(二) 原告の昭和五四年分所得税の更正のうち総所得金額六二一万二三五四円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

を取り消す。

2  被告が昭和五六年一一月二八日付けでした原告の昭和五五年分所得税の更正のうち総所得金額一〇五一万二九四六円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  被告が昭和五九年一月三一日付けでした原告の昭和五七年分所得税の更正のうち総所得金額一五四五万五二二〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  課税経緯等

(一) 昭和五三年分の所得税について

原告がした確定申告及び修正申告は、別表一1の<1>及び<2>のとおりであり、これに対し被告がした第一次の更正及び過少申告加算税賦課決定は、同表<3>のとおりであり、これに対する原告の審査請求は、同表<4>のとおりであるところ、被告は、同表<5>のとおり右第一次の更正等を取り消し、同表<6>のとおり本件係争の更正(以下「昭和五三年の更正」という。)及び過少申告税賦課決定(以下「昭和五三年の賦課決定」という。)をした。また、原告がした右審査請求の取下げ及び昭和五三年の更正及び賦課決定に対する審査請求は、同表<7>及び<8>のとおりであり、右審査請求についての裁決は、同表<9>のとおりである。

(二) 昭和五四年分の所得税について

原告がした確定申告は、別表一2の<1>のとおりであり、これに対し被告がした第一次の更正及び過少申告加算税賦課決定は、同表<3>のとおりであり、これに対する原告の審査請求は、同表<4>のとおりであるところ、被告は、同表<5>のとおり右第一次の更正等を取り消し、同表<6>のとおり本件係争の更正(以下「昭和五四年の更正」という。)及び過少申告税賦課決定(以下「昭和五四年の賦課決定」という。)をした。また、原告がした右審査請求の取下げ及び昭和五四年の更正及び賦課決定に対する審査請求は、同表<7>及び<8>のとおりであり、右審査請求についての裁決は、同表<9>のとおりである。

(三) 昭和五五年分の所得税について

原告がした確定申告及び修正申告、被告がした更正及び過少申告税賦課決定(以下「賦課決定」という。)並びに不服申立ての経緯は、別表一3のとおりである。

(四) 昭和五七年分の所得税について

原告がした確定申告、被告がした更正及び過少申告税賦課決定(以下「賦課決定」という。)並びに不服申立ての経緯は、別表一4のとおりである。

2  不服の範囲

昭和五三年ないし昭和五五年及び昭和五七年(以下「本件係争年」という。)の更正のうち、原告の確定申告(昭和五三年及び昭和五五年分については修正申告)の総所得金額及び申告納税額をそれぞれ超える部分は不服であり、また、右各更正を前提としてされた本件係争年の賦課決定はすべて不服である。

3  よつて、原告は、本件係争年の更正のうち右不服部分及び本件係争年の賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の各事実は認める。

三  抗弁

1  原告の本件係争年分に係る総所得金額は、次のとおりである。

(一) 昭和五三年分

(1) 不動産所得の金額 二二四七万八二二〇円

(2) 配当所得の金額 一三万三六九〇円

(3) 給与所得の金額 三一〇万二〇〇〇円

(4) 総所得金額((1)+(2)+(3)) 二五七一万三九一〇円

(二) 昭和五四年分

(1) 不動産所得の金額 二二一七万四〇四〇円

(2) 配当所得の金額 一五万一三一四円

(3) 給与所得の金額 三〇一万二〇〇〇円

(4) 総所得金額((1)+(2)+(3)) 二五四二万七三五四円

(三) 昭和五五年分

(1) 不動産所得の金額 二二〇二万二四六〇円

(2) 配当所得の金額 一八万九四八六円

(3) 給与所得の金額 三二四万六〇〇〇円

(4) 総所得金額((1)+(2)+(3)) 二五四五万七九四六円

(四) 昭和五七年分

(1) 不動産所得の金額 二一六七万二七二〇円

(2) 給与所得の金額 三三九万〇〇〇〇円

(3) 総所得金額((1)+(2)) 二五〇六万二七二〇円

2  右1の本件係争年分の不動産所得の金額の内訳は次のとおりである。

(一) 総収入金額 各年分につきいずれも二五六二万円

右各年分の金額は、いずれも、原告と川崎地所株式会社(以下「川崎地所」という。)との間で締結した昭和五一年二月付け「建物建築依託契約変更契約」(土地賃貸借契約)に基づく、原告所有の東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地一宅地五〇四・二六平方メートル(以下「本件土地」という。)に係る賃借人川崎地所からの賃料収入の金額である(なお、以下において、右契約に基づく原告の川崎地所に対する賃料債権を「本件賃料債権」という。)。

(二) 必要経費

(1) 昭和五三年分 三〇四万一七八〇円

(2) 昭和五四年分 三三四万五九六〇円

(3) 昭和五五年分 三四九万七五四〇円

(4) 昭和五七年分 三八四万七二八〇円

(三) 青色申告控除額 各年分につきいずれも一〇万円

(四) 不動産所得の金額は、次のとおり((一)-(二)-(三))となる。

(1) 昭和五三年分 二二四七万八二二〇円

(2) 昭和五四年分 二二一七万四〇四〇円

(3) 昭和五五年分 二二〇二万二四六〇円

(4) 昭和五七年分 二一六七万二七二〇円

3  本件賃料債権の貸倒れ等の不存在

原告は、未収に係る本件賃料債権の一部が貸倒れとなり、又は回収不能となつたから、不動産所得の金額の計算において、右金額を、法五一条二項により必要経費に算入するか、又は、法六四条一項によりなかつたものとみなすべきである旨主張する。

しかしながら、一般に、不動産所得を生ずべき事業等から生じた債権につき、貸倒れ又は回収不能(以下「貸倒れ等」という。)となつたとして、法五一条二項又は六四条一項の規定が適用されるためには、債務者の行方不明、刑の執行、被産または和議手続の開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当期間継続し、事業の再起の見通しがないこと、その他これらに準じる事情が生じるなどして、債権の回収の見込みがないことがその年中に確実になつた場合であることを要すると解すべきであるところ、次に述べる事情があるから、本件賃料債権については、右の場合に当たらず、貸倒れ等による処理はできない。

(一) 川崎地所は、原告を代表者とする同族会社であるが、同社につき、これまで被産、和議若しくは整理又は強制執行の手続開始、解散、事業の閉鎖、休業等の事実が認められないばかりでなく、本件係争年中もそれ以後も、従前どおり、原告から本件土地を賃借し、貸ビル業及び駐車場を営み、現在に至つていること。

(二) 川崎地所は、別表二2のとおり簿価に基づく計算上純資産がマイナス(債務超過)の状態が継続しているものの、賃料収入による営業収入は、別表二1のとおり連年増加し、減価償却費控除前の利益も増加していること。

(三) 川崎地所は、住友銀行人形町支店及び日本債券信用銀行本店からの各借入金につき、返済期限を延長するなど消費貸借契約の条件変更はあるものの、別表二3のとおり、右借入金の元本の返済及び利息の支払を継続的に行つていること。

(四) 川崎地所は、原告に係る租税公課、生計費等の立替払いを継続的に行つており、右金員を原告に対する仮払金として会計処理し、昭和五四年三月三一日には、それまでの右仮払金について、原告は、川崎地所から受領すべき賃料の一部と相殺する方法で精算していること。

(五) 原告は、川崎地所に対する賃料のうち、原告が最終的に受領する各年分の賃料の決定に当たり、さしたる根拠もないまま、今後三、四年は、川崎地所において右約定賃料の全額を支払うことは困難であると自ら判断し、原告の生活費、税金支払額等を勘案して、昭和五三年及び昭和五四年分については各六四〇万五〇〇〇円(三か月分)、昭和五五年分については一〇六七万五〇〇〇円(五か月分)、昭和五七年分については一六〇一万二五〇〇円(七・五か月分)と右各年受領賃料額を決定し、これを右(四)記載の如く川崎地所の原告に係る仮払金と相殺する方法等によつて各受領し、その余の賃料債権を放棄していること。

(六) なお、川崎地所の簿価に基づく計算上純資産価額がマイナスの状態にあるのは、貸ビルを借入金で取得して事業の用に供したため、当初の相当期間、賃料収入の額が減価償却費及び右ビル建設資金に係る借入金の利息支払等の額を下回る結果、欠損金が生じたことによるものであるが、別表二3のとおり、右借入金の元本の返済により支払利息が減少すること、別表二4のとおり定率法採用の減価償却費は年の経過と共に逓減することに照らせば、川崎地所の右状態は逐偏改善されるものである。

4  過少申告加算税額

本件係争年の更正により、原告が新たに納付すべき税額(右更正による申告納税額と原告の申告による申告納税額との差額)に、国税通則法六五条の規定に基づき一〇〇分の五を乗じたものが本件係争年の賦課決定の過少申告加算税の額であるが、その額は、別表一1<6>、別表一2<6>、別表一3<3>、別表一4<2>の過少申告加算税の欄の額のとおりである。

5  したがつて、本件係争年の更正及び賦課決定は、いずれも適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(総所得金額)のうち、(一)の(2)(3)、(二)の(2)(3)、(三)の(2)(3)、(四)の(2)の各事実は認めるが、その余の事実(不動産所得の金額及び総所得金額)は否認する。

2  (一)同2(不動産所得の金額)について

(一) (総収入金額)のうち、原告と川崎地所との契約に基づく本件土地の賃料額が、本件係争年につき、いずれも年間二五六二万円であることは認めるが、その全額が総収入金額であることは否認する。後記五1(四)のとおり、右賃料債権額から、昭和五三年分及び昭和五四年分については各一九二一万五〇〇〇円、昭和五五年分については一四九四万五〇〇〇円、昭和五七年分については九六〇万七五〇〇円をいずれも法六四条一項により、控除した額が総収入金額である。

(二) (二)(必要経費)は認める。ただし、右2の後段で述べた法六四条一項の適用をすべきとの主張が認められない場合は、被告主張の必要経費の額に、後記五1(四)又は(五)のとおり、いずれも法五一条二項により、昭和五三年分及び昭和五四年分については各一九二一万五〇〇〇円、昭和五五年分については一四九四万五〇〇〇円、昭和五七年分については九六〇万七五〇〇円が加算されるべきである。

(三) (三)(青色申告控除額)の事実は認め、(四)は否認する。

3  同3について

冒頭の主張は争う。

(一)の事実は認める。ただし、川崎地所は、実質的には原告主張(後記五1(三)(1)(2))のような状態にあつた。(二)、(三)の事実は認める。(四)は外形的な事実の存在は認める。(五)の事実のうち、受領賃料額の決定及び賃料債権放棄の経緯については否認し、主張は争う。(六)は争う。

4  同4及び5は争う。

五  原告の主張

1  本件賃料債権の貸倒れ等の存在

(一) 本件賃料債権の放棄

原告は、川崎地所に対する昭和五一年ないし昭和五七年分の未収の賃料債権の一部を、次のとおり、いずれも放棄してその旨を川崎地所に書面で通知したうえ、右各年分の放棄額を貸倒れ処理として被告に対し確定申告(又は修正申告)をした。

(1) 昭和五一年分については、一七〇八万円(八か月分)を放棄し、昭和五二年三月一五日付けで、そのころ通知した。

(2) 昭和五二年分については、一九二一万五〇〇〇円(九か月分)を放棄し、昭和五三年三月一一日に通知した。

(3) 昭和五三年分については、右同額を放棄し、昭和五四年二月一六日に通知した。

(4) 昭和五四年分については、右同額を放棄し、昭和五五年一月一六日に通知した。

(5) 昭和五五年分については、一四九四万五〇〇〇円(七か月分)を放棄し、昭和五六年五月二八日に通知した(なお、同年一月三一日にいつたん一七〇八万円を放棄した旨の通知をしたが、これを右のとおり改めた。)。

(6) 昭和五六年分については、一二八一万円(六か月分)を放棄し、昭和五七年二月二日に通知した。

(7) 昭和五七年分については、九六〇万七五〇〇円(四・五か月分)を放棄し、昭和五八年二月一日に通知した。

(二) ところで、債権の処理については、債務者の資力、財産状態によりその回収が不能になつたときのみならず、その回収が不能となるおそれが発生するに至つたときは、直ちに回収不能金額を算定し、貸倒れ等として法五一条二項又は六四条一項による処理をすることを許すべきである。

これに対し、被告は、法五一条二項又は六四条一項の規定が適用されるためには、債務者の行方不明、刑の執行、被産または和議の手続開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当期間継続し、事業の再起の見通しがないことその他これに準ずる事情が生じるなどして、債権の回収の見込みがないことがその年中に確実になつた場合に限られると解すべきであると主張するが、いかなる時点において回収不能の事実が確実になつたか否かは結局程度の差異にすぎない。したがつて、貸倒れ等の処理をする場合に最も重要な点は、債務者の側に回収不能の事実が確実になつたか否かではなく、貸倒れ処理した債権額について債権者が確定的に請求権を喪失したことが客観的かつ明白であるか否かということである。これを本件についてみれば、原告は、本件賃料債権の一部について、回収が不能となるおそれが生じたので、右(一)のとおり賃料債権について金額を明確にして川崎地所に対し書面により各債権放棄をしているのであるから、原告が確定的に請求権を喪失していることが客観的かつ明白であるということができる。

(三) 仮に、貸倒れ等として処理できるのは、債権の回収の見込みがないことがその年中に確実になつた場合に限られるとしても、以下の事実によれば、右(一)の放棄にかかる債権額について、当該年の各年末日までに、その回収の見込みのないことが確実になつたものである。

(1) 昭和四八年のいわゆるオイルシヨツクの影響により繊維業界、建設業界等が未曽有の不況に襲われ、右不況の波は当然貸ビル業界にも波及し、昭和五一年ないし昭和五七年は不況の渦中にあつたことは周知の事実である。特に本件土地の位置するところは繊維問屋の密集するところであつたため、川崎地所の貸ビル業は、当初テナントの入居率が三五パーセント程度であつた。そして、川崎地所は債務超過状態が継続し、昭和五一年ないし昭和五六年においては、テナントの入居状況が不安定であつた。なお、昭和五六年三月期の決算では利益が計上されているが、これは減価償却費を計上しないことから生じたものである。

(2) 被告は、抗弁3(一)のとおり主張するが、川崎地所の経営状態のもとで、原告が原告と川崎地所間の賃貸契約に基づく年間賃料二五六二万円の全額の支払を受けるならば、川崎地所が倒産したことは疑いない。そもそも、川崎地所は、本来、破産、和議、強制執行等の手続がとられるべき状態にあつたが、原告が各債権者に懇願して支払猶予をしてもらつているのである。また、川崎地所が原告以外の債権者に対する債務の弁済を予定どおり行つていない状況下で、川崎地所の代表取締役である原告だけが他の債権者に先んじて自己の債権の全額を回収することは不可能である。

(3) 被告は、抗弁3(二)のとおり主張するが、債権が回収不能か否かの判断は、回収すべき当該年の時点でされなければならず、たまたま後になつて営業収入が増加したからといつて、遡つて回収可能であると判断できないはずである。したがつて、少なくとも、当期損失の額が大きい昭和五三年分及び昭和五四年分については、その放棄賃料債権は回収が不能であつたというべきである。

(4) 被告は、抗弁3(三)のとおり主張するが、その主張する各債権者は、本件土地及び本件土地上の建物に抵当権若しくは根抵当権を有している。したがつて、担保権を有する債権者が借入金の利息の支払及び元本の一部の返済を受けているとの一事をもつて、原告の債権が回収可能であるということはできない。

(5) なお、抗弁3(四)の主張については、この事実によれば、原告が逐次川崎地所から賃料債権を回収すべく努力していたことがうかがえるのである。

(四) 以上のとおりであるところ、本件係争年分の各放棄した賃料債権については、その貸倒れ等の発生時期は各年の一二月末日であり、原告は、川崎地所に対して各年分の賃料債権放棄の意思表示を各年度の一二月末日に口頭でした(なお、書面による通知は右(一)のとおりである。)。したがつて、昭和五三年分及び昭和五四年分については各一九二一万五〇〇〇円、昭和五五年分については一四九四万五〇〇〇円、昭和五七年分については九六〇万七五〇〇円の賃料債権について、法六四条一項により収入がなかつたものとみなすか、又は法五一条二項により必要経費に算入するかという貸倒れ等の処理を認めるべきである。

(五) 仮に、貸倒れ等が右(四)の各年の一二月末日までに発生したことが認められないとしても、少なくとも、右(一)の書面により放棄した日の属する年(各翌年)においては、その発生を認むべきである。そうすると、法五一条二項により、昭和五三年分については昭和五二年分の賃料債権放棄額である一九二一万五〇〇〇円、昭和五四年分については昭和五三年分の賃料債権放棄額である右同額、昭和五五年分については昭和五四年分の賃料債権放棄額である右同額のうちの一四九四万五〇〇〇円、昭和五七年分については昭和五六年分の賃料債権放棄額である一二八一万円のうちの九六〇万七五〇〇円がそれぞれ必要経費に算入されるべきこととなる。

2  信義則ないし禁反言の法理違反

本件係争年の更正及び賦課決定は、次のとおり、信義則ないし禁反言の法理に違反し、違法である。

(一)(1) 原告は、昭和五一年分の所得税確定申告書の作成に際し、原告と川崎地所間の本件土地の賃貸借契約に基づく原告の川崎地所に対する賃料債権について、川崎地所の業績不振からみていかなる確定申告をすべきか判らなかつたので、昭和五二年二月一六日東京国税局税務相談室宛に関係資料を添付のうえ文書により税務相談を申し込んだ。これに対し、同年三月一日、同相談室中里恆曠相談官(以下「中里」という。)から電話連絡があつたので、原告は川崎地所に対する賃料債権及び川崎地所の経営状態等について説明した。更に、原告は、同月一〇日同国税局税務相談室に赴き、中里に対し、川崎地所の前年度(昭和五一年三月期)の決算報告書を提出し、今期も前期同様の経営状態である事実を述べて、原告の川崎地所に対する昭和五一年分の未収賃料合計一七〇八万円(八か月分)についていかなる確定申告をすべきであるかを相談した。中里は、原告提出にかかるこれら関係書類を詳細に検討したうえで、原告に対し関係条文のコピーを交付し、原告の場合は法五一条二項又は法六四条一項に該当するので、その基本通達五一-一一(4)により右賃料債権一七〇八万円の放棄をし、これを川崎地所に書面により通知すれば、貸倒れ等の処理が認められる旨の指導をした。

(2) そこで、原告は、川崎地所に対し、昭和五二年三月一五日付けそのころ到達の書面で右賃料債権一七〇八万円を放棄する旨の意思表示をし、昭和五一年の確定申告において、右放棄した賃料債権一七〇八万円を貸倒れとする旨を特記して、同申告書を提出した。

(3) その後も、川崎地所の経営状態は右と同様であつたので、原告は、川崎地所に対し昭和五三年三月一一日、昭和五四年二月一六日及び昭和五五年一月一六日にそれぞれ昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の各賃料債権のうち各一九二一万五〇〇〇円を前同様に放棄し、当該年分の所得税確定申告において右(2)同様の申告書をその都度提出した。そして、被告は、原告の昭和五一年分ないし昭和五四年分の右確定申告における右(2)の各貸倒れ処理を是認した。

(二)(1) 昭和五五年一二月一六日、被告の部下である田中調査官(以下「田中調査官」という。)は、川崎地所において、原告及び川崎地所双方につき昭和五一年分ないし昭和五四年分の賃料債権の貸倒れについて調査した結果、同月一八日、原告に対し、前記各放棄した賃料は受取つていないのだから課税の問題は起らないとの回答をした。

(2) そこで、原告は、右(一)の事実と田中調査官の右回答を信じて、昭和五六年一月三一日川崎地所に対し、昭和五五年分の本件土地賃料債権のうち一七〇八万円を放棄し、その旨通知したものである(なお、右放棄額に誤りがあることが分つたので、昭和五六年五月二八日それを一四九四万五〇〇〇円とし、その旨通知した。)。

(3) それにも拘らず、昭和五六年二月五日、田中調査官は、川崎地所において同社の帳簿類を調査し、更に、同月一四日、田中調査官及び同じく被告の部下である佐藤調査官が川崎地所において同社の帳簿類を調査し、同月二四日田中調査官は原告に対し、昭和五一年分以降四年間の修正申告(各放棄による貸倒れ処理がないことを前提とする申告)をするように求めた。

(4) 同年三月一〇日被告の法人部門担当の根森調査官(以下「根森調査官」という。)が川崎地所において原告に対し、原告が賃料の一部を放棄することによつて川崎地所は実質的に年八パーセント相当の地代を支払つていないことになり、これは地上権の贈与に該当するので約三億円の権利金が認定課税され、その時期は賃料の支払われなくなつた昭和五一年六月である旨告知したが、同日、これを撤回し、原告に対し個人(原告)及び法人(川崎地所)に対する課税関係は発生しない旨告げた。

(5) 原告は、右各調査の際、要求された総ての資料を提示して調査に応じていたので、充分な調査に基づく田中調査官及び根森調査官の個人(原告)及び法人(川崎地所)に対する課税関係は発生しない旨の告知を信じて貸倒れ処理したものであることを明示して、原告の川崎地所に対する昭和五五年分の本件土地賃料債権のうち一七〇八万円を放棄したことを前提とする昭和五五年分所得税の青色確定申告書を申告期限内に被告に提出した(なお、仮に放棄額を一四九四万五〇〇〇円に訂正したことに伴い、修正申告をした。)。

(6) 原告は、昭和五七年分青色確定申告書においても、前同様に川崎地所に対する昭和五七年分の本件土地賃料債権のうち放棄した九六〇万七五〇〇円を貸倒れ処理したことを明示した。

(三) 以上の経過に鑑みれば、本件係争年分の各青色申告において原告が放棄した賃料債権の貸倒れ処理を被告が否認することは、信義則ないし禁反言の法理に違反することは明らかである。

3  更正権の濫用(昭和五三年及び昭和五四年の更正及び賦課決定について)

(一)(1) 昭和五六年三月一一日に被告がした昭和五三年及び昭和五四年の第一次の更正及び過少申告加算税賦課決定は、その理由として「必要経費に算入されない金額一九二一万五〇〇〇円 川崎地所株式会社に対する賃貸料九か月分が貸倒れ金として記載されていますが、当該金額は債権放棄する合理性が認められず必要経費とは認められません」と附記されているのみであつた。

(2) 右各更正等に対して原告が審査請求したところ、被告は、請求原因1(一)、(二)のとおり、昭和五六年六月三〇日、右各更正等を取り消し、改めて、昭和五三年及び昭和五四年の更正及び賦課処分をした。

(二)(1) 昭和五三年及び昭和五四年の第一次の更正等の理由附記は、帳簿書類の記載以上に信ぴよう力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにしておらず、更正の理由の記載がないのに等しいものであつた。そして、後にされた昭和五三年及び昭和五四年の更正等は、原告のした審査請求中に理由附記を追完したものにすぎない。

(2) 昭和五三年及び昭和五四年の更正等は、明らかに原告のした右(一)(2)の審査請求が認容されるのを免れるため意識的になされたものである。税務行政においてこのようなことが許されるなら、第一次の更正等には法の要求を充足しない理由を附記し、審査請求あるいは訴訟に及んだものに対してのみ法の要求を充たす程度の理由を示すというようなことを許容することになる。

(3) 原告は、被告の調査の過程で被告の要求するすべての資料を提示して調査に応じていたものであり、また、被告は、右の第一次の更正等をする当時、右2(二)記載のとおりの言動に及んでいたのであるから、右の第一次の更正等の段階で法定の要件を充たす理由附記をすることが十分可能であつた。

(4) よつて、被告がした昭和五三年及び昭和五四年の更正等は、更正権の濫用によるものであつて違法である。

六  原告の主張に対する認否及び反論

1  原告の主張1について

(一)の事実はいずれも認める。(二)ないし(五)は争う。

2  同2について

(一) 認否

(一)のうち、(1)は、原告が川崎地所に対する昭和五一年分の本件土地の賃料債権に関する確定申告における取扱いについて、昭和五二年二月一六日、東京国税局税務相談室宛に文書により税務相談を申し込んだこと、これを受けて、同相談室税務相談官の中里が同年三月一日原告に対し、事実関係について補足説明を求めるため電話連絡したところ、同月初旬ころ原告が同相談室に来たので、相談事項につき原告と面談したこと、中里が原告に対し、関係条文のコピーを交付したことを認め、中里が原告に対し、原告の場合は貸倒れ等の処理が認められる旨の指導をしたことを否認し、原告が税務相談を申し込むに至つた経緯は不知。同(2)及び(3)は、原告が川崎地所に対し、原告主張の債権をいずれも放棄したうえ、各通知をしたこと、原告主張の確定申告書の提出があつたことを認め、その余の事実を否認する。

(二)のうち、(1)は、田中調査官が原告主張の所得税調査を行つたことを認め、その余の事実を否認する。(2)は、原告が川崎地所に対し、原告主張の債権を放棄し、その通知をしたことを認め、その余の事実は不知。(3)の事実は認める。(4)の事実は否認する(ただし、根森調査官が原告に対し、個人としては地上権の譲渡所得関係は生じない旨告げたことはある。)。(5)は、原告が、原告主張の確定申告書を作成、提出するに至つた経緯は不知、その余の事実を認める。(6)の事実は認める。

(三)の主張は争う。

(二) 反論

(1) そもそも税法関係においては、租税法律主義との関係などから、信義則ないし禁反言の法理の適用される余地があるかには問題があるが、少なくとも、所得税の確定申告は、納税者が自己の判断と責任において行ういわゆる私人の公法行為であるから、たとえその過程で税務署職員に相談し、同職員から誤つた指導、助言を受けたとしても、そのことの故をもつて右指導、助言の趣旨と異なる更正又は決定が信義則に違反するとの主張をすることは許されない。

仮に、右のような場合にも、信義則ないし禁反言の法理が適用されるとしても、右法理は、本来契約当事者間のような特殊な法律関係によつて結ばれている者の間で機能するものであるから、公法上の権力関係としての性格の濃い租税関係に適用される場合には、その適用は厳格、慎重になされなければならない。

(2) しかるところ、本件の事実関係のもとにおいては、右法理の適用される余地が全くなく、この点からしても原告の主張は失当といわなければならないのである。すなわち、一般に国税局及び税務署における税務相談は、納税者の自主的な判断及び責任に基づく申告による納税を助成するため実施しているものであつて、課税要件の存否を確認するための調査におけるのとは異なり、事実関係については、専ら納税者が提示した資料あるいは申述した内容に依拠せざるを得ず、その確実な認定が困難な場合が多いところから、相談に対する回答はおのずから一般論もしくは仮定的なものとして行われるのが通常であり、相談に係る個別具体的事案について最終的判断を示すような指導をしてはならないこととなつている。

原告のいわゆる貸倒れ等に関する本件税務相談の場合も、中里は、原告の提示資料や申述に基づき、これに関する法五一条二項、法六四条一項及びその基本通達五一-一一ないし一三の規定の趣旨を中心に、貸倒れ等に該当するかどうかの判断基準や該当する場合の処理の方法等、その処理についての一般的な説明をしたうえ、債権の回収が可能な部分については右規定が適用されない旨指導し、関係条文のコピーを交付したにすぎないものである(なお、原告は前記相談の際、本件の貸倒れ処理が認められるかどうかについての認定に必要な事実関係を十分には明らかにしていないのである。)。

したがつて、原告は右相談の後、右通達五一-一一(4)に、原告の場合の事実関係をあてはめてみて、自らの判断で債権の全額の回収は不能であるとし、債権放棄額を決定し、その部分につき貸倒れ処理をしたものと認められるのである。

右のとおりであるから、本件については、信義則ないし禁反言の法理が適用される余地は全く存しないのである。

3  同3について

(一) 認否

(一)の事実は認める。

(二)のうち、(1)は、昭和五三年及び昭和五四年の第一次の更正等の理由に不備があつたこと、昭和五三年及び昭和五四年の更正等が右の第一次の更正等に対する審査請求中にされたことは認める。(2)は争う。(3)は、原告が被告の調査の過程で被告の要求するすべての資料を提示していたことは認め、その余は争う。(4)は争う。

(二) 反論

適正な課税の確保実現を図るべき職責を有する被告としては、第一次の更正等に瑕疵があることを発見したときは、これを是正するため自ら第一次の更正等をいつたん取り消したうえ、改めて瑕疵のない更正等をなしうることは、その処分要件を充足している限り当然許されるべきなのである。もし、これが許されないとすれば、原告をして故なく課税を免れしめ、課税の不公平という重大な結果をもたらすこととなるからである。そしてこの理は、第一次処分について国税不服審判所における審査が係属中であつたとしても、何ら異なるところはないというべきである。

右のとおりであるから昭和五三年及び昭和五四年の更正等は、何ら更正権の濫用によるものには当たらない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(課税経緯等)の事実、抗弁1のうち、原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の配当所得及び給与所得の金額、昭和五七年分の給与所得の金額については、いずれも当事者間に争いがない。

二  不動産所得の金額について

1  原告と川崎地所との契約に基づく本件土地に係る賃料額が、本件係争年につき、いずれも年間二五六二万円であること、原告が右賃料債権の一部につき、原告の主張1(一)のとおりこれを放棄し、その旨川崎地所に書面で通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  ところで、法五一条二項は、「………不動産所得…………を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた………債権の貸倒れ………により生じた損失の金額は、………その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額………の計算上、必要経費に算入する。」旨規定し、また、法六四条一項は、不動産所得の計算の基礎となる「総収入金額(不動産所得………を生ずべき事業から生じたものを除く。………)の全部若しくは一部を回収することができないこととなつた場合………には、………当該………所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなつた金額………に対応する部分の金額は、当該………所得の金額の計算上、なかつたものとみなす。」旨規定している。

しかるところ、本件においては、原告が放棄した右1の賃料債権につき、法五一条二項又は法六四条一項の規定を適用する際における一つの要件である「貸倒れ」が生じた場合又は「回収することができないこととなつた場合」(以下合せて「貸倒れ等の場合」という。)に該当する事由があつたか否かが、争点となつているので、以下この点につき検討する。

(一)  まず、法五一条二項又は法六四条一項の貸倒れ等の場合の意義についてであるが、右の場合とは、いずれの条項についても、債務者につき、所在不明、被産又は和議の手続開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当長期間継続して事業が衰微しその事業の再建の見通しが立たないこと、その他これに準ずる事情が生じたことにより、債権の回収の見込みがないことが確実となつた場合、をいうものと解される。

この点につき、原告は、回収の見込みがないことが確実となつた場合すなわち回収不能の場合に限らず、回収不能となるおそれが生じた場合も含まれる等と主張するが、前記各条項の文言からも、また、課税要件をあいまいにすることからも、右主張は容易に採用し難い。

(二)  そこで、右(一)に述べた観点から、原告が放棄した右1の賃料債権につき、貸倒れ等の場合に当たるかどうかを考える。

(1) 抗弁3(一)ないし(三)(川崎地所の経営状況)の各事実は当事者間に争いがなく、同(四)(川崎地所の原告に対する仮払金の会計処理)については、外形的な事実の存在は原告の自認するところである。

(2) 成立に争健のない甲第五、第六号証の各二、第一六、第一七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第四、第七ないし第一〇号証の各二、第一一号証の三ないし五及び原告本人尋問の結果(第一回)に弁論の全趣旨を合せ考えると、川崎地所は、昭和四七年に、本件土地上に貸ビルを新築して所有し、これを他に賃貸することを目的として設立されたところ、同年一二月貸ビルを建築するに当たり、住友銀行人形町支店、日本債券信用銀行(当時日本不動産銀行)本店から合計二億円の借入れをしたこと、右ビルの建築は、第一、第二期に分けて行われたが、昭和五一年一月ころ第二期工事完了によりそれが完成したこと、その直後の同年三月三一日現在において、川崎地所は、右銀行からの右借入金につき合計一億八七七〇万円の残債務を有しており、他に建築会社に対し右ビルの工事代金等のうち一億八〇〇〇万円余の未払金債務があつたこと、川崎地所の昭和五一年三月期(第四期)から昭和五七年三月期(第一〇期)までの確定決算報告書中の損益計算書における損金(費用)のかなりの部分が減価償却費(その大部分が、取得価額合計約四億円の右ビル及びその附属設備に係るもの)及び右借入金の支払利息であるところ、前者は別表二4のとおりの額が計上され、定率法によるものであるため年の経過に伴い逓減の傾向にあること、以上の事実が認められ、また、右(1)の事実によると、右借入金の元本の返済及び利息の支払状況は、別表二3のとおりであり、昭和五一年三月三一日から昭和五七年三月三一日までにその元本のうち合計七四一〇万円が返済されており、元本の返済に伴い利息の支払がおおむね減少していることが明らかである。

(3) 右(1)、(2)によると、川崎地所について、所在不明、破産又は和議の手続開始、事業の閉鎖といつた事態はないどころか、同社は、本件係争年においてもそれ以後においても、従来どおり事業を継続し、その賃料収入(営業収入)は逐年増加しているのであるから、その事業の衰微もなく、また、簿価に基づく計算上純資産額がマイナス(債務超過)の状態が継続している点も、別表二1の営業収入及び減価償却費控除後当期利益(損失)の額と別表二2の純資産価額とを対比すると、当初において、賃料収入の額が少なく。その額が減価償却費及び借入金の支払利息の額を下回つた結果欠損金が生ずることになつたことによるものであるが、逐年賃料収入の額が増加し、減価償却費及び借入金の支払利息が減少の傾向にあり、したがつて、右の債務超過は、逐次改善されて行くものと考えられ、これらのことは、昭和五一年当時から見込むことができたものと解されるのであるから、原告が放棄した右1の賃料債権につき、債権の回収の見込みがないことが確実となつた場合に当たらないというほかはなく、貸倒れ等の場合に当たらないことは明らかである。

(三)  そうすると、原告が放棄した右1の賃料債権については、その余の要件について判断するまでもなく、法五一条二項又は法六四条一項の規定が適用される余地はない。

3  右1、2によると、原告の本件係争年分の不動産所得の収入金額は、各年分とも二五六二万円となる。

抗弁2(二)の各年分の不動産所得の必要経費については、当事者間に争いがなく、原告は、更に法五一条二項により、本件賃料債権の貸倒れ額を必要経費に加算すべきであると主張するが、右条項が適用されないことは、右2に述べたとおりであるから、右主張は、その前提を欠き失当であり、結局必要経費は、右当事者間に争いのない額を超えないものと認められる。

抗弁2(三)の青色申告控除額については当事者間に争いがない。

4  したがつて、原告の本件係争年分の不動産所得の金額は、抗弁2(四)のとおりとなる。

三  総所得金額について

右一、二によると原告の本件係争年分に係る総所得金額は、昭和五三年分が二五七一万三九一〇円、昭和五四年分が二五四二万七三五四円、昭和五五年分が二五四五万七九四六円、昭和五七年分が二五〇六万二七二〇円となり、これは、本件係争年の更正の総所得金額と同一である。

なお、右総所得金額を基礎として算出される本件係争年の申告納税額がそれぞれ本件係争年の更正の申告納税額と同一となることは弁論の全趣旨によりこれを認める。

四  信義則ないし禁反言の法理違反について

原告は、原告が賃料債権につき貸倒れ等の場合に当たるとして確定申告等をしたのは、東京国税局税務相談室の相談官の指導を信頼した結果によるものであり、また、被告の担当調査官からも原告の放棄賃料債権について課税関係が発生しない旨の告知を受けたものであるから、被告が右の点を否認するのは信義則ないし禁反言の法理に違反すると主張する。

しかし、所得税の確定申告や修正申告が、その内容において法律の規定に従つていないときは、たとえ、原告主張のように、右相談官がその旨を指導し、それを信じてされたものであるとしても、また、右調査官が右申告を是認するかの如き告知をしたものであるとしても、そのことによつて、右申告が法律の規定に従つたものになるわけでないことはいうまでもない。もつとも、税務担当職員の指導等につき、納税者が信頼を抱いた場合において、納税者がそのような信頼を抱くことにもつともな事情があり、かつ、その信頼を裏切られることによつて納税者が格段の不利益を被るなどその信頼を保護しなければならないとするに足るだけの特段の事情があるときは、例外的に、その信頼の保護が考えられねばならず、他に適切な手段がない以上、信義則ないし禁反言の法理により、その信頼に基づく確定申告等をそのまま是認しなければならないとすることも考えられないではない。

しかしながら、本件においては、原告がその主張する如き信頼を仮に抱いたとしても、その信頼を裏切られたことにより原告が被る不利益は、法律の規定に従つた課税処分(本件係争年の更正)に基づく正当な税額を負担しなければならないという不利益に過ぎず、それを超える格段の不利益があることについては、主張も立証もないから、その信頼を保護しなければならないとするに足るだけの特段の事情があるとは認め難い。

そうすると、原告の右信義則等を適用すべきであるとの主張は、失当というほかはない。

五  更正権の濫用について

原告の主張3(一)の事実は当事者間に争いがなく、右事実と弁論の全趣旨によれば、昭和五三年及び昭和五四年の更正及び賦課決定は、理由附記不備という取消事由となる瑕疵を有するそれぞれの第一次の更正等の理由附記を法律の規定の趣旨に従つたものにするためのもので、右更正等の実体的な内容には何らの変更も加えていないことが認められる。

ところで、課税処分につき、相手方が審査請求をし、その審査手続中であつても、課税庁は、当該処分に取消事由となる瑕疵があると認めるときは、同処分を取り消し、処分をすることができる間は、当該瑕疵のない新たな処分をすることが許されるものと解すべきである。けだし、審査請求中であつても、瑕疵があると認める課税処分を是正するため、課税庁が自庁取消しをすることを否定すべき根拠はなく、また、課税処分のようにそれをすることができる除斥期間が法定されている場合には、審査裁決によつて当該瑕疵が指摘されるまでは、およそ適法な新処分をすることができないものとすることは、課税の公平の見地にもとるものというべきだからである。

なお、原告は、右の措置を認めると、第一次の更正等には法の要求を充足しない理由附記をしておいて、審査請求又は訴訟に及んだものに対してのみ、法の要求を充たす理由附記を追完することを許容することになる旨主張するが、一般論としても、原告主張のような運用がされるとは必ずしも考えられず、また、本件全証拠によるも、そのような運用がされていること、又はされる可能性があることといつた事実を認めることはできない。

したがつて、原告の更正権の濫用の主張もまた失当である。

六  賦課決定について

本件係争年の原告がした確定申告(昭和五三年及び昭和五五年は修正申告)の申告納税額は、前記一のとおり当事者間に争いがなく、これと、前記三に述べた、本件係争年の総所得金額を基礎として算出されるそれぞれの申告納税額との差額につき一〇〇分の五を乗じた金額(ただし、一〇〇円未満切捨て)は、本件係争年の賦課決定の過少申告加算税額と同一であることは計算上明らかである。

七  よつて、本件係争年の更正及び賦課決定は、適法であつて何らの違法もなく、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 太田幸夫 裁判官 塚本伊平)

別表一1

昭和五三年分 課税の経過

<省略>

別表一2

昭和五四年分 課税の経過

<省略>

別表一3

昭和五五年分 課税の経過

<省略>

別表一4

昭和五七年分 課税の経過

<省略>

別表二1

営業収入の推移

<省略>

別表二2

純資産額

<省略>

別表二3

借入金元利支払額

<省略>

別表二4

減価償却費

<省略>

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