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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)32号 判決 1987年4月16日

原告 城戸典子 外一名

補助参加人 宮崎省三 外一名

被告 岸中士良

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、立川市に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、立川市の住民であり、被告は、立川市の市長の職にある者である。

2  被告は、立川市長として、在日米軍横田基地(以下「横田基地」という。)の外周東南部にある既存の立川市道(別紙二の見取図記載の(イ)点から(ロ)点に至る市道一級一七号線(旧一〇六八号線))を南方に延長するために、別紙一記載の各処分を行うとともに、昭和五三年二月二二日株式会社高松建設(以下「高松建設」という。)との間で、別紙二の見取図記載の(ロ′)点から(ハ)点に至る道路部分(以下、この部分を「本件道路」という。)の建設工事契約を締結し、昭和五三年五月一五日までに同社に対し工事代金三五〇〇万円を支払つた。

3  立川市から高松建設に対してなされた本件道路建設に関する工事代金三五〇〇万円の支払(以下「本件公金支出」という。)は、次のとおり違憲、違法である。

(一) 本件道路建設の目的は、在日米軍の構成員、軍属及びその家族が居住するための住宅(以下「在日米軍住宅」という。)を横田基地内に増設することに伴い、基地周囲の道路の交通量が急激に増加することが予想されたため、これに対処しようとするものであるとされている。しかし、その真の目的は、横田基地の軍事的機能そのものの拡大及び基地拡張を図ろうとするところにある。すなわち、横田基地東南部には別紙二の見取図記載のとおり基地の周囲に沿つてこれに密着して立川市道西九号線(旧八一八号線)が南北方向に走り、これに並行する長さ一万一〇〇〇フイートの基地内の主滑走路と右市道との間は極めて近接している。このため、横田基地では、主滑走路東側にある駐機場から主滑走路南端に至る飛行機の進入路を設置する余地がなく、また、基地内の車両通行用道路を主滑走路の南側に設置できないために、右道路は主滑走路を横切るものとなつている。更に、右市道西九号線(旧八一八号線)の東側には人家が密集しているため、主滑走路南端部分において飛行機の離着陸を行うことは実際上は困難であり、主滑走路は北寄りの七〇パーセントだけが使用に供されているにとどまつている。そこで、在日米軍は、右市道西九号線(旧八一八号線)を廃止し、その東側の土地を買収し、横田基地を拡張するとともに、主滑走路の機能を回復することを企てているものである。そして、本件道路は、右企ての第一歩として、在日米軍の意向を受けた防衛施設庁が立案し、これに協力しようとする立川市が、いずれ廃道となる市道西九号線(旧八一八号線)の代替道路としてあらかじめ建設したものである。

以上のように、本件道路建設の目的は、在日米軍の軍事施設である横田基地に便益を供しようとするものにほかならない。

(二) しかるところ、在日米軍は、その駐留目的からみて憲法九条二項の「戦力」に該当し、違憲である。このような在日米軍の駐留を認めた「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」は全体として違憲であり、それに基づく横田基地は違憲、違法の存在である。

(三) したがつて、本件道路の建設は、違憲な存在である横田基地に便益を供しようとするものであつて、公の施設である道路はこれを住民の福祉のために建設すべき義務を定めた地方自治法二四四条一項に違反するものである。そうすると、本件道路の建設のために行われた本件公金支出は、違法である。

4  本件公金支出は、立川市の歳出予算からなされているものであるから、立川市は違法な本件公金支出によつて、三五〇〇万円の財産的損害を被つたものというべきである。

これに対し、被告は、本件公金支出は、形式上立川市の歳出予算から支出されているものの、その実質においては、その全額が防衛施設庁からの国庫支出金で賄われており、右支出金は立川市の歳入に計上されているから、本件公金支出が違法か否かとはかかわりなく、立川市には何らの財産的損害を与えていない旨を主張する。

しかしながら、被告の主張する本件国庫支出金の趣旨、性格及び使途の拘束性については証拠がなく、被告の右主張は証拠の裏付けなく展開されているものといわざるを得ない。

また、仮に、本件国庫支出金の趣旨、性格及び使途の拘束性が立証されたとしても、被告の右主張は、次のとおり失当である。

(一) 地方自治法は、住民訴訟における損害について、その財源が何であつたのかということを、一切問題としていない。当該自治体の支出が違法であれば、本来ならば支出してはならないものを支出した結果となるのであつて、それだけで自治体に損害を与えることになるのであるから、地方自治法が財源を何ら問題としていないことは当然のことである。これを本件についてみるに、本件道路建設工事費は国庫支出金をその財源としているが、国庫支出金といえども、一旦立川市の歳入予算に組み込まれた以上、立川市の財産になることに変わりがないはずである。そして、右道路建設工事費は、立川市の歳出予算から支出されているのであるから、そのために立川市の公金が当該金額分だけ減少したことに疑問の余地はない。したがつて、かかる点において、立川市の損害が生じたものということができる。

(二) また、被告は、防衛施設庁・立川市間の国庫支出金に関する法律関係と立川市・高松建設間の道路建設請負契約という二つの法律関係が不可分一体のものであることを前提として、立川市には何らの財産的損害が生じていないと主張する。右主張によれば、地方自治体に損失を招来すべき関係は、立川市・道路建設請負業者間の法律関係に基づくものであるにもかかわらず、そこから派生すべき損失の有無が、これと別個の国・立川市間の法律関係の如何によつて決ることになる。しかしながら、この二つの法律関係は、本来、別個独立のものであり、本件道路建設工事費が最終的に国庫支出金によつて支弁されるか否かということと、立川市・道路建設請負業者間の本件道路建設の請負契約に基づく支出とは全く無関係である。

(三) 仮に、支出自体が違法であるにもかかわらず、その財源の如何によつては損害が生じないとした場合、支出が全額国庫負担金で賄われたような場合には、一切住民訴訟は認められず、違法な支出を住民がチエツクする機会は永遠に失われ、違法な支出がそのまま放置されることになるという、極めて不合理な結果をもたらす。また、一部が住民の税金で賄われ、一部が国庫負担金で賄われたような場合、一体住民訴訟は認められることになるのであろうか、それとも、否定されることになるのであろうか。被告の主張によれば、極めて不明確な事態に直面するのである。

(四) 損害の有無の判断にあたつて、財源を問題とすることの不当性は、住民監査請求を考えてみた場合、一層明らかとなる。すなわち、地方自治法二四二条は、違法、不当な行為があつた場合に、事後的に是正するための措置だけでなく、事前の差止めも認めている。この事前の差止めを認めるか否かの判断にあたつては、まさに支出されようとしている当該目的が違法、不当であるかどうかのみが問題となるのであつて、その財源が何であるかは全く問題とならない。このことは、公金の支出を事後的に是正する場合も同様であり、これを事前の差止めと区別して取り扱わなければならない合理的理由は全くない。

5  被告は、違法な本件公金支出につき故意又は過失があつた。したがつて、被告は、立川市に対し、三五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を賠償すべき義務がある。

6  原告らは、昭和五三年五月一二日立川市監査委員に対し、右違法な道路延長工事について地方自治法二四二条に基づき監査請求をしたが、同委員は同年七月一日これを棄却した。

7  よつて、原告らは地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告が立川市長として行つた本件公金支出によつて立川市が被つた損害について、立川市に代位してその賠償を求める。

二  被告の本案前の主張

原告らが昭和五三年五月一二日監査請求を行つた事項は、<1>昭和五〇年一二月確認書の白紙撤回、<2>周辺道路延長部分の原状回復、<3>住民への謝罪と基地拡張につながるすべての行政行為の拒否宣言、<4>住民の要求している石塔の即時建設、の四点であり、被告による本件公金支出は監査請求の対象とされていない。したがつて、本件訴えは、監査請求前置主義に違反し、不適法である。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。ただし、工事代金の支払は、昭和五三年三月八日の一〇五〇万円と、同年五月一五日の二四五〇万円である。

2  同3の冒頭の主張は争う。

(一) 同3(一)のうち、本件道路建設の目的が在日米軍住宅の増設によつて生じる横田基地周囲道路の混雑を緩和するためのものであるとされていること、立川市道西九号線(旧八一八号線)が横田基地の主滑走路の南端部分に近接し、これに並行して南北に走つていること、基地内の車両通行用道路が主滑走路を横切つて設置されていること、立川市道西九号線(旧八一八号線)の東側に人家があることは認める。横田基地では主滑走路南端に至る飛行機の進入路を設置する余地がないこと、主滑走路が約七〇パーセントしか機能していないことは不知。その余は否認する。

(二) 同3(二)は争う。この点の判断は、極めて高度の政治性を有するから、司法審査の対象外である。

(三) 同3(三)は争う。

3  同4のうち、本件道路建設工事費三五〇〇万円が立川市の歳出予算から支出されていることは認めるがその余は争う。

4  同5は争う。

5  同6は認める。

6  同7は争う。

四  被告の本案に関する主張

1  本件道路は、別紙二の見取図のとおり、横田基地の外周東南部にある既存の道路を南方に延長してこれを現在の五日市街道に結ぶものであり、その建設目的は、在日米軍住宅の増設によつてもたらされる横田基地周辺道路の混雑を緩和するとともに、かねてからの近隣住民の要望に応え、その利用に供しようとするものである。そして、利用者は米軍関係者よりも住民の方が多いのである。また、原告らの危惧する立川市道西九号線の廃止及び横田基地の拡張については、立川市長が市道西九号線を廃止しない旨及び基地のフエンスを東へ移転させない旨を重ねて表明しており、たとえ防衛施設庁が右市道の廃止を期待しても、立川市議会の議決がない限り廃止にはならないから(道路法一〇条三項、八条二項参照)、横田基地の拡張につながるということは、あり得ない。

2  住民訴訟は、地方自治体の公金、財産に対する損害を防止、回復することを目的とするものであるところ、本件は、次に述べるように立川市に財産的損害が発生していないのであるから、住民訴訟の要件が欠けるものである。

(一) 本件道路建設工事費は、国庫支出金をもつて支弁されており、具体的には防衛施設庁から「横田飛行場構外道路整備負担金」として総額四億一〇七九万四〇〇〇円が立川市の歳入として全額繰り入れられ、本件道路建設工事費は、右支出金歳入を財源として支払われたのである。すなわち、

(1) 右国庫支出金についての確定した総額四億一〇七九万四〇〇〇円の内訳は、<1>工事費負担四億〇三〇一万二〇四五円、<2>地方事務費七七八万一九五五円である。

(2) 右金員は、防衛施設庁から立川市に対し、三年度にわたり合計五回すなわち、<1>昭和五〇年度一億二〇四五万一〇〇〇円、<2>昭和五一年度一億一一二二万円、<3>同年度四八四三万一三三一円、<4>同年度九二七〇万七六六九円、<5>昭和五二年度三七九八万四〇〇〇円が交付され、いずれも「国庫支出金」として立川市の歳入に計上されている。

(3) 他方、立川市の歳出として、<1>昭和五〇年度一億一六五七万八七〇四円、<2>昭和五一年度二億四五四六万一三四一円、<3>昭和五二年度三六二三万円が土木費から支出され、このほかに事務費及び工事雑費一二五二万三九五五円が支出されている。

(4) 本件道路建設工事費三五〇〇万円については、前記(3)<3>の歳出金三六二三万円のうちの三五〇〇万円が支出されたものである。

(二) ところで、防衛施設庁から立川市に対して交付された右負担金四億一〇七九万四〇〇〇円については、事業者である立川市は、負担金交付決定通知書に定めるとおり、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」という。)、同法施行令、防衛施設庁補助金等交付規則及びその他関係諸規則に従い、横田飛行場構外道路整備工事を遂行しなければならず、交付決定と同時に指示された事業の内容及び経費配分に拘束されていた。したがつて、立川市は右負担金を他の用途に使用することは許されず、仮に交付条件に違反したときは、防衛施設庁は立川市に対し、工事条件の履行又は工事の一時停止を命ずることもできたのである。

(三) 右のとおり、本件公金支出は、予算執行上立川市の公金支出となつているものの、実質は国庫支出金を充当したものであるから、立川市に対しても、また立川市民に対しても何ら財産的損害を及ぼすものではないのである。

五  被告の本案に関する主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  同2の冒頭の主張は争う。同2(一)は不知。同2(二)及び(三)は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告は、原告らが昭和五三年五月一二日監査請求を行つた事項は、<1>昭和五〇年一二月確認書の白紙撤回、<2>周辺道路延長部分の原状回復、<3>住民への謝罪と基地拡張につながるすべての行政行為の拒否宣言、<4>住民の要求している石塔の即時建設、の四点であるところ、被告による本件公金支出は右監査請求の対象とされていないから、本件訴えは、監査請求前置主義に違反し不適法である旨を主張する。

しかしながら、地方自治法二四二条の二のいわゆる住民訴訟と、その訴え提起の適法要件として前置されるべき同法二四二条の監査請求とは、その対象において同一性があることを要するものであるところ、右両者の同一性は、住民訴訟の目的に照らし、厳格、形式的な同一性ではなく、実質的な同一性があれば足りるものと解すべきであり、本件の監査請求は、監査請求書記載の「趣旨」及び「理由」を、その「要求」とともに全体として、住民訴訟の前提としての監査請求という観点から眺めるとき、そこに本件道路の建設工事請負契約の締結やこれに関する立川市の公金支出の違法性の主張が包含されていないとみるのはいささか厳格で形式的にすぎ、少なくとも実質的にはこれらの主張をも含んでいると解するのが相当であるから、本件訴訟の対象は、本件監査請求の対象と少なくとも実質的同一性を失わず、したがつて、本件訴えは監査請求を経たものと解すべきである(東京高裁昭和五五年(行コ)第一〇二号昭和五七年二月二五日判決参照)。

よつて、被告の本案前の主張は、これを採用することができない。

三  本件道路建設工事費の支出が地方自治法二四二条一項にいう違法な公金の支出に当たるかどうかの判断は、しばらく措き、本件道路建設工事費の支出によつて立川市がなんらかの損害を受けたかどうかについて判断する。

1  地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく当該職員を被告とする損害賠償の請求は、地方公共団体が右被告である職員に対して有する実体法上の損害賠償請求権を住民が代位行使するものである(最高裁第三小法廷昭和五〇年五月二七日判決・集民一一五号一五頁)から、右請求が認められるためには、当該職員の行為により地方公共団体に実体法上の財産的損害が生じ、地方公共団体が当該職員に対して実体法上の損害賠償請求権を有していることが前提となるものというべきである。そして、住民訴訟の制度は、地方公共団体の財務行政の健全性を担保するための制度であつて、国の財政の健全な運営を担保するための制度ではないから、住民訴訟における損害とは、当該地方公共団体の固有財産に生じた損害をいうものと解すべきことは当然といわなければならない。以下、このような見地に立つて本件について検討する。

2  本件道路建設工事費三五〇〇万円が立川市の歳出予算から支出されていることは、当事者間に争いがなく、原本の存在、成立ともに争いのない乙第一四、一五号証、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし五、第一八号証の一ないし四によれば、次の事実が認められる。

東京防衛施設局長は、昭和五一年三月一二日立川市長から申請のあつた横田飛行場構外道路整備負担金工事を補助事業として適正化法六条一項に基づき右事業に必要な経費一〇〇パーセントを同法二条一項二号所定の負担金として交付する旨の決定を行つた。右負担金は、防衛施設庁を通じ、国から立川市に対し三年度にわたり、すなわち、<1>昭和五〇年度一億二〇四五万一〇〇〇円、<2>昭和五一年度二億五二三五万九〇〇〇円、<3>昭和五二年度三七九八万四〇〇〇円がそれぞれ交付され、いずれも「国庫支出金」として立川市の歳入に計上された。他方、立川市は、右補助事業遂行のために市の歳出予算の土木費から、<1>昭和五〇年度一億一六五七万八七〇四円、<2>昭和五一年度二億四五四六万一三四一円、<3>昭和五二年度三六二三万円を支出した。右負担金は、昭和五三年三月三一日工事費負担四億〇三〇一万二〇四五円、地方事務費負担七七八万一九五五円の合計四億一〇七九万四〇〇〇円と確定した。本件道路工事費三五〇〇万円は、右<3>の昭和五二年度の歳出金三六二三万円のうちの三五〇〇万円が支出されたものである。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件道路建設工事費は、全額、適正化法による負担金(以下、適正化法二条一項に従い、「補助金等」という。)をその財源にしているものということができる。

3  ところで、適正化法は、補助金等の交付の申請、決定等に関する事項その他補助金等に係る予算の執行に関する基本的事項を規定することにより、補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ることを目的とするものである(一条)が、同法によれば、補助事業者等は、法令の定め並びに補助金等の交付決定の内容及びこれに附した条件その他法令に基づく各省各庁の長の処分に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業等を行わなければならず、いやしくも補助金等の他の用途への使用をしてはならないこととされ(一一条一項)、また、各省各庁の長は、補助事業者等が提出する報告等により、その者の補助事業等が補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件に従つて遂行されていないと認めるときは、その者に対し、これらに従つて当該補助事業を遂行すべきことを命ずることができ(一三条一項)、補助事業者等が右命令に違反したときは、その者に対し、当該補助事業の遂行の一時停止を命ずることができることとされている(同条二項)。そして、補助事業者等は、補助事業等が完了したときは、補助事業等実績報告書に各省各庁の長の定める書類を添えて各省各庁の長に報告しなければならず(一四条)、これを受けた各省各庁の長は、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、右報告に係る補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定したうえ、当該補助事業者等に通知をし(一五条)、これが適合しないと認めるときは、当該補助事業等につき、これに適合させるための措置をとるべきことを当該補助事業者等に対して命ずることができることとされる(一六条)。更に、各省各庁の長は、補助事業者等が、補助金等の他の用途への使用をし、その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基づく各省各庁の長の処分に違反したときは、補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消すことができ(一七条一項)、右取消しは、補助金等の額の確定があつた後においても行うことができるものであり(同条三項)、この場合、補助事業等の当該取消しに係る部分に関し、すでに補助金等が交付されているときは、各省各庁の長は、期限を定めて、その返還を命じなければならないこととされている(一八条一項)。

右によれば、適正化法による補助金等は、当該補助金等の交付決定に定められた補助事業の用にのみ使用されるべきものであつて、右補助事業以外の用途に流用することは許されないという拘束を受けるものであり、また、仮に補助事業者において当該交付決定に定められた補助事業を施行しない場合には、これを国に返還しなければならないという拘束を受けるものというべきである。

4  そうすると、本件道路建設工事費が、全額、適正化法による補助金等をその財源としているものであることは、前認定のとおりであるから、本件道路建設工事費は、本件道路建設以外の用途に流用することの許されないという拘束を受け、また、本件道路建設を行わないときはこれを国に返還しなければならないという拘束を受ける金員を財源とするものというべく、このような金員を支出して道路建設工事をしたとしても、立川市の固有財産になんらの変動を及ぼすものではないから、本件道路建設工事費の支出は、立川市に対してなんら実体法上の財産的損害を与えるものではないといわなければならない。

もつとも、前記のとおり、補助事業者等が、補助金等の他の用途への使用をし、その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基づく各省各庁の長の処分に違反したときは、各省各庁の長は、補助金等の額の確定があつた後においても、補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消したうえ、当該取消しに係る部分の返還を命ずることができるとされており(適正化法一七条一項、三項、一八条一項)、この場合、返還を命ぜられた補助金等がすでに使用されているときは、当該補助事業者等は、その独自の財源からこれを返還しなければならないものと解されるから、仮に立川市が本件補助金等を他の用途に使用し、その他補助金等交付決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基づく各省各庁の長の処分に違反した場合には、立川市に財産的損害が生ずるおそれがないわけではないというべきである。しかしながら、右のような交付決定の内容等に違反する補助金等の使用があつた場合において、各省各庁の長が当該補助金等の交付決定を取り消すかどうかは、第一次的には各省各庁の長の裁量権に委ねられているものであるから、その取消権の行使がなされない間は、当該交付決定が取り消されるかどうかは未だ不確定の状態にあるものというべきであり、したがつて、右のような場合において補助事業者等に生ずる損害は、各省各庁の長による当該補助金等の交付決定の取消し及び補助金等の全部又は一部の返還命令があつてはじめて現実化し具体化するものというべきである。しかるところ、本件において、本件道路建設工事費の支出が交付決定の内容等に違反するとして本件負担金交付決定が取り消された旨の主張立証は全くないのみならず、かえつて、弁論の全趣旨によれば、本件負担金交付決定はそれが取り消されていないことが認められるから、立川市は本件道路建設工事費の支出によつて現に損害を被つていないものといわなければならない。

5  これに対し、原告らは、地方自治法は、住民訴訟における損害について、その財源が何であるかということを一切問題としておらず、国庫支出金といえども一旦立川市の予算に組み込まれた以上、立川市の財産になり、これを違法に支出すればそれだけで立川市に損害が生じる旨を主張する。

しかし、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて住民が行う損害賠償請求における損害は、前記のとおり、代位請求に係る当該地方公共団体固有の実体法上の財産的損害を意味するものと解すべきであり、このような見地に立てば、立川市の予算を支出すればそれだけで立川市に損害が生ずるということはできないものであるから、原告らの右主張は採用することができない。

また、原告らは、右のような見解は、国及び立川市間の法律関係と立川市及び高松建設間の法律関係を不可分一体のものとして混同している旨を主張する。

しかし、住民訴訟の制度は、地方公共団体の機関又は職員の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を是正することによつて地方公共団体の財産の損失を防止、回復することを目的とする制度であるから、当該財務会計行為により現実に地方公共団体に損害を与えたか否かを判断するにあたり、右行為によつて支出される公金の財源、その財源の性質、その財源が国からの補助金である場合には、その補助金の性質及び補助金をめぐる国と地方公共団体との法律関係等を考慮することが許されないとする理由はないから、原告らの右主張は採用することができない。

更に、原告らは、地方公共団体のある特定の支出が全額国庫負担金で賄われた場合、これに対する住民訴訟は一切認められないこととするのは著しく不合理である旨を主張するが、地方公共団体に実体法上の財産的損害が生じない以上、損害の補填を求める住民訴訟の提起を認めなくても、格別不合理ということはできないものであるから、原告らの右主張は採用することができない。

なお、原告らは、地方自治法二四二条の規定する住民監査請求の場合、違法な公金の支出等の事後的な是正の措置だけでなく事前の差止めも認められているところ、この事前の差止めの判断にあたつては、財源が何であるかは全く問題にならないものであり、このことは事後的な是正の措置の場合も同様である旨を主張するが、同法二四二条の二第一項但書が、住民訴訟における事前の差止め請求(同項一号の請求)について「第一号の請求は、当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限る」と規定していることにかんがみ、住民監査請求の場合においても、違法な公金の支出等の事前の差止めをするには地方公共団体に損害が生ずるおそれがあることを要するものと解するのが相当であり、したがつて、当該行為によつて支出される公金の財源も当然に問題にされるものというべきであるから、原告らの右主張は採用することができない。

四  そうすると、立川市は本件公金支出によつてなんら実体法上の財産的損害を被つていないものというべきであるから、立川市に代位してなされた本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰するといわなければならない。

五  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(なお、亡宮岡政雄の提起した訴えに係る訴訟は、昭和五七年八月八日同人の死亡により当然終了した。)

(裁判官 宍戸達徳 小磯武男 金子順一)

別紙一、二<省略>

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