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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)81号 判決 1981年7月07日

原告 葉山敏夫

被告 宇野亨

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、国庫に対し、金一五一四万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告の本件歳費等受領の違法性と不当利得の成立

(一) 被告は、昭和五四年一〇月七日実施された衆議院議員総選挙において当選して以来、同院が解散された同五五年五月二〇日まで国会議員の職にあり、その間国庫から歳費、文書通信交通費、期末手当及び第九〇臨時国会の応召帰郷旅費(以下「本件歳費等」という。)として、合計一五一四万三〇〇〇円を受領した。

(二) しかしながら、被告の本件歳費等の受領は次のとおり違法なものであり、これを不当利得したものである。

(1) 国会議員は全国民の代表者であり国権の最高機関である国会を構成する重要な地位にあるから、国会に応召、出席し、審議・表決に参加することによつて国民の意思を国会の意思決定に反映させなければならない憲法上の義務を負担している(憲法五六条一項、六三条参照)。そして、国会議員の受けるべき歳費は、国会議員がその地位に基づく右義務の履行に対する対価(報酬)であるから、国会議員が右義務に違反した場合には歳費を受領すべき何らの根拠も存しないこととなる。さらに、「国会議員の歳費・旅費及び手当等支給規程」四条は、議員が召集に応じた場合には応召旅費及び帰郷旅費を支給すると定めているが、これは国会議員が召集に応ずるという義務を履行してはじめて右各旅費を支給することとしたものであり、特に定めのない歳費、文書通信交通費、期末手当に関しても同様に解すべきものである。

(2) 被告は、当選後召集された第八九特別国会、第九〇臨時国会及び第九一通常国会において応召し、議事に出席する義務があつたにもかかわらず、右各会期中議事には全く出席しなかつたばかりか、第九〇臨時国会及び第九一通常国会に関しては応召さえしていない。これば、被告が前記選挙において大規模な選挙違反を展開し、自らも公職選挙法違反(買収罪)で起訴されるなどの追及を受けたためそれを逃れるために身を隠していたからであつて、何ら正当な理由に基づくものではない。

(3) したがつて、被告は、国会議員としての職務を正当な理由なく放擲したのであるから、本件歳費等を受けるべき法律上の権利を有せず、本件歳費等を何ら法律上の原因なくして利得したものというべきである。

2  本件訴訟の適法性

本件訴訟は、以下に述べる納税者基本権の一部である国庫に対する原状回復請求権を被保全権利として、民法四二三条の類推適用により国庫に代位して被告に不当利得返還請求権を行使するもので、いわゆる主観訴訟にあたり適法である。すなわち憲法三〇条の規定する国民の納税の義務は、国家活動の基礎を具体的に確保するものとして極めて重要な義務であるといわなければならないが、他方では、国民の財産権を保障する必要から納税者は適正な内容の租税のみを適正な手続に従つてのみ支払うという権利を有することを明らかにしたものである。そして、徴収された租税が適正に使用されるべきことも国民の重大関心事であり、憲法においても八三条以下で手続面から、八九条で内容面から、それぞれ国費の支出について規制していることからすれば、納税者としても当然の権利として、少なくとも憲法に違反するような国費の支出が行われる場合には、不必要な税負担を避け、また自ら支払つた租税が正しく使われることを確保するためにも、国に対し、違憲な支出がなされようとしている場合には当該支出の差止めを求め、あるいは、これが既になされた場合には侵害された納税者としての法律上の利益の回復を求めるため、国費の国庫への返還を求める権利(原状回復請求権)を有すると解すべきである。この権利はその根拠を憲法三〇条に求めることができ、納税者が当然に有する権利であるという意味で納税者基本権の一部ということができる。したがつて、具体的に納税義務を果している納税者は、自らが支払つた租税が違法に支出されれば納税者基本権が侵害されるのであるから、違法な支出を是正するための訴えの利益及び原告適格を有するものであり、その場合納税額の如何を問わず、違法な国庫支出の全体の返還を求めることができると解すべきである。

3  よつて、原告は、納税者として、国庫に対する原状回復請求権により国庫に代位して被告に対し、不当利得返還請求権に基づき本件歳費等金一五一四万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴訟は、地方自治法二四二条一項四号の場合に類似する行政事件訴訟法五条の民衆訴訟としてとらえられるものであり、同法四二条は、民衆訴訟は法律の定める場合において法律に定める者に限り提起することができると規定されているところ、本件に関してはいかなる法律もこれを定めることはないのであるから本件訴えは不適法として却下されるべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

原告の本訴請求は、被告に対する国庫の違法な国費支出を理由に納税者である原告が国庫に対して取得した原状回復請求権を被保全権利として、民法四二三条の類推適用により国庫に代位して被告に対し不当利得返還請求権を行使する、というものである。

しかしながら、国費の支出が仮に違法・違憲であるとしても、納税者が国庫に対しその原状回復を求めうる根拠は何ら存しないのみならず、本件訴訟は、要するに、原告が単に納税者としての地位を有することに基づき国会議員であつた被告に対しその受領した本件歳費等を国庫に返還すべきことを求める、というに帰着するところ、かような訴えは、原告と被告との間の具体的な権利義務についての争いではなく、法規の適正な運用ないし公共の利益の保護を目的とする、いわゆる客観訴訟の性質をもつというべきである。それゆえ、裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」として裁判所の当然の裁判権に属するものではなく、法律が政策的に特に認めたときに限り裁判所の管轄に属するものであるが、かような訴訟を許す法規は存在しない。したがつて、原告の本件訴えは独自の見解に基づくものであつて到底採用し難く、それが不適法であることは明らかである。

二  よつて、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

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