大判例

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東京地方裁判所 昭和55年(特わ)1634号 判決 1980年12月10日

主文

被告人を懲役四月に処する。但し、この裁判が確定した日から二年間執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、外国人で、昭和五二年三月四日、東京都大田区羽田空港二丁目所在の東京国際空港に渡航上陸して本邦に入つたものであるから、その上陸の日から六〇日以内に、当時のその居住地東京都中野区本町一丁目二五番一五号所轄の東京都中野区長に対し、外国人登録の申請をしなければならないのに、これを怠り、昭和五五年五月三〇日までその申請をしないで、右規定の期間をこえて本邦に在留したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

法令に照らすと、被告人の判示所為は、昭和五五年法律第六四号外国人登録法の一部を改正する法律附則六項、同法律による改正前の外国人登録法一八条一項一号、三条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内において被告人を懲役四月に処するが、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から二年間刑の執行を猶予し、なお、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に訴訟費用を負担させないことにする。

(弁護人の主張に対する判断)

一憲法一四条及び国際人権規約(B規約二条、二六条)違反の主張について

弁護人は、外国人登録法は本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめることを目的とし、住民基本台帳法及び戸籍法は日本国民の居住関係及び身分関係を明確ならしめることを目的とするもので、その対象は異なつても目的とするところは同一であるところ、その義務違反に対する制裁が、住民基本台帳法及び戸籍法にあつては過料のみであるのに、外国人登録法にあつては懲役刑を含む刑罰であるから、外国人登録法一八条一項一号、三条一項は合理的理由がないのに外国人を日本国民と差別して異常に重い罰則を定めたものというほかはなく、法の下の平等を規定する憲法一四条及び内外国人平等の原則を定めている市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約)二条、二六条に違反する旨主張する。

思うに、外国人登録法と戸籍法及び住民基本台帳法とは、その規定の内容上、人の居住関係及び身分関係を明確ならしめるという点において一部共通するところがあるけれども、もともとそれぞれその制定の目的を異にするものであるばかりでなく(外国人登録法一条と住民基本台帳法一条とを対比参照)、外国人登録法の対象は海外より渡来し、かつ、移動の激しい外国人であり、日本国民を対象とする戸籍法及び住民基本台帳法に比し、おのずから法の所期する規制の難易性にも差異があるというべきである。それゆえ、法の定めた義務の違反者に対する制裁に相違が生ずることがあるのも当然のことであつて、従つて、外国人登録法の規定する制裁が戸籍法及び住民基本台帳法の規定する制裁よりも重いからといつて、合理的な理由がなく外国人を内国人と差別したものということはできない。弁護人の主張は、理由がない(なお、最高裁判所大法廷昭和三〇年一二月一四日判決・刑集九巻一三号二七五六頁及び同第二小法廷昭和三四年七月二四日判決・刑集一三巻八号一二一二頁参照)。

二憲法三八条一項違反の主張について

弁護人は、被告人はラオス国籍でありながらタイ国で同国の旅券を不正に入手して本邦に入国したものであるところ、このような被告人に外国人登録法三条一項所定の登録申請義務を課することは、不法入国という刑事上の責任を問われる虞れのある事項についての供述を刑罰をもつて強要することにほかならないから、憲法三八条一項に違反する旨主張する。

しかし、不法に入国した外国人に対し外国人登録法三条一項所定の登録申請義務を課し、その違反に対し刑罰を科することが憲法三八条一項に反しないことは、最高裁判所の確立した判例であつて(最高裁判所大法廷昭和三一年一二月二六日判決・刑集一〇巻一二号一七六九頁、同第三小法廷昭和三三年二月一一日判決・刑集一二巻二号一八七頁参照)、当裁判所もまたこれに従うものであるから、弁護人の主張は理由がない。

三可罰的違法性を欠くとの主張について

弁護人は、被告人はラオス国の政変前後に同国を脱出したいわゆるインドシナ難民に該当するとともに、同国の旧支配層であつたチャンパサック王家の養子として、旧支配層に属しまたはこれに協力したことを理由に迫害を受けるという十分に根拠のある怖れのために、同国外にありかつ同国の保護を受けることができない者であるから、難民の地位に関する条約及び難民の地位に関する議定書にいう難民にも該当するところ(同条約一条A(2)及び同議定書一条二項参照。以下、「条約難民」と略称する。)、外国人登録法一八条一項一号、三条一項の罪の保護法益は、在留外国人の公正な管理にあると解されること、また、これら難民は、一般の不法入国者や不法在留者と異なり、国によつて保護されるべきであつて刑罰の対象としてはならない立場にあることから考えると、被告人のような難民の外国人登録申請義務の不履行を一般の不法入国者らのそれと同列に取り扱うことは、同法の目的とする在留外国人の公正な管理の趣旨に反するものといわざるを得ないから、被告人の本件所為は同法一八条一項一号、三条一項の罪の保護法益をおよそ侵害していないと考えられるし、かりに侵害したとしてもそれは程度において極めて軽微というべきである。また、前記難民の地位に関する条約三一条一項は締約国が滞在する難民に対してその不法な入国または滞在を理由として刑罰を科することを禁止しており、わが国は未だ同条約を批准していないが条約の締結に向かつて諸外国との連携を深めつつあることを考えると、被告人の本件所為は、わが国の法秩序全体という見地に立つて考えれば実質的違法性を欠くものと解すべきである。すなわち、被告人の本件所為は、外国人登録法一八条一項一号、三条一項の罪が本来予想する程度の実質的違法性(可罰的違法性)を欠くものである旨主張する。

思うに、現代のいずれの国でも、外国人の管理は、その態様の差異はあろうが、公益の必要に基づいた国の重要な仕事であり、その国に在留する外国人は、それぞれその国の法制に従つて、その管理に服さなければならないものである。わが国の法制についていえば、外国人の登録は、在留外国人の公正な管理に資するために外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめる必要上実施されるものであるが(外国人登録法一条参照)、このような在留外国人の公正な管理、従つて、そのために外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめることの必要性は、本邦に在留する外国人である以上、その入国、在留の事情いかんにかかわらず存在するものであり、かかる外国人は、法の定める外国人登録申請義務をひとしく負担すべきものであつて、いわゆる難民であつてもその例外たり得るものではない(ちなみに、わが国は締約国ではないが、前記難民の地位に関する条約三一条にも、難民が遅滞なく当局に出頭し、かつ、不法な入国又は滞在について有効と認められる理由を示すことを条件として、難民の不法入国又は不法滞在に対し刑罰を科さないことが規定されて、この理が明らかにされている。法は、その国に難民が隠れて住むことを許すものではない。)。すなわち、被告人がインドシナ難民であるか、さらには条約難民であるかどうかは(わが国が難民の地位に関する条約の締約国でないことから生ずる論点を含めて)、さておき、かりにこれらの難民の概念に該当するものであるとしても、被告人が外国人登録の申請をしないことによる、外国人登録不申請罪の保護法益の侵害は、一般在留外国人の場合と異なるところはないものである。そして、前記認定のとおり、被告人の本件外国人登録不申請の期間は約三年にも及ぶものであつて、かかる所為が可罰的違法性を欠くものではないことは明らかである。弁護人の主張は、理由がない。

四期待可能性が存在しないとの主張について

弁護人は、被告人がインドシナ難民であり、かつ、条約難民であるとの前提のもとに、被告人が本件外国人登録申請をなすべきであつた昭和五二年の入国当時日本国政府はインドシナ難民を保護する政策をとつておらず、被告人が当局は出頭すれば不法入国、不法滞在者として本件外国人登録法違反の罪よりさらに重い出入国管理令違反の罪をも犯したものとして処罰を受けることはあつても難民として保護を受ける見込みは全くなく、入管当局による長期収容と強制退去のみが被告人を待ち受けていたのであるから、被告人に対し外国人登録申請義務を履行することを期待することは不可能といわざるを得ない旨主張する(弁論要旨第二、二、2、(二)参照。)。

思うに、被告人がインドシナ難民であるか、さらには条約難民であるかどうかは(わが国が難民の地位に関する条約の締約国でないことから生ずる論点を含めて)、さておくことにして、以下、かりに被告人がこれらの難民の概念に該当するものであることを前提として考えるのに、被告人が外国人登録の申請をすれば不法入国ないし不法在留の事実が発覚する可能性があり、またわが国が原則として右の難民を受け入れる政策をとつていなかつたことは否めないところであるから、被告人が真実右の難民であるとすれば、被告人が、自己が難民であることを申し出て在留許可の申請をしても、自己の不法入国、不法在留の所為が発覚するだけで在留が許可されることはなく、従つて、この所為につき処罰されたうえ迫害の待つている本国に強制送還されるのではないかとの怖れを抱き、それゆえ、外国人登録の申請をしないまま在留を継続したということは、その限りでは、被告人の心情のみを基準とすれば、一応理解できないことではない。

しかしながら、刑法の解釈適用上、適法行為に出ることの期待可能性の有無は、もとより行為者の主観的な心情ばかりではなく、行為者がそのような心情を抱くに至つた経緯その他の具体的事情をも考慮して、適法行為に出なかつたことが条理上やむを得ないものであつたかどうかの見地から判断すべきものであつて、場合によつては、行為者の主観的な心情だけからすれば困難なことではあつても、法がこれを期待し、かつ、行為者もその期待に沿つた行動をとるのが条理上の見地から相当とされることがあるのである。

これを被告人について見れば、被告人の当公判廷における供述及び司法警察員作成の被告人の昭和五五年六月七日付供述調書によれば、被告人はラオス王国チャンパサック王家の一員であるチャウ・アイ・ナ・チャンパサックの養子であつたためラオスの政変後の昭和五〇年(一九七五年)一〇月頃新政府の警察の取調べを受けるなどして身の危険を感じ、日本へ行つて安定した生活を送りたいと考え、ラオスでは旅券の入手が困難なので不正手段によつてでもタイ国で旅券を入手しようとして、その頃タイ国へ出国し、昭和五一年八月頃虚偽のタイ国政府発行のビチャー・セイ・ウォン名義の旅券を入手して香港へ出国し、さらに同年一〇月末か一一月初め頃観光用ビザでわが国に入国したが、同年一二月末頃わが国を出国して台湾を経由して香港へ行き、その後再び台湾を経由して昭和五二年三月四日わが国に入国したというのである。そして、取調済みの外国人出入国記録調査書によれば被告人は昭和五二年三月四日わが国に入国した事実が認められる(被告人の述べるそれ以前の出入国については記録がない。)。以上の経緯によれば、被告人の入国及び在留については、その供述する本国ラオスの戦乱、政変による身の危険を逃れるために、特にわが国に入国するより他にとるべき方途がなく、緊急やむを得ずわが国に入国し、かつ、在留を継続したというような事情を認めることはできないのである。そうである以上、虚偽の旅券を使用してであれ、わが国に入国する以上、わが国の法令に従つた行動に出ることが期待されるのは当然のことといわなければならない。

のみならず、不法入国及び不法在留の事実が発覚したとしても、強制退去に至るまでには法定の手続があり、その間において難民であること等の事情を述べて強制退去が甚だ不当である旨を主張して審査を受ける機会が与えられており、事情いかんによつては法務大臣による特別在留許可が得られないではなく、また、退去強制手続がとられることになつても被告人が自主的に希望する国へ出国する途もあるのである(出入国管理令四五条、四七条ないし五一条、同施行規制三五条四号等参照)。従つて、本国に迫害の待つ難民であるからといつて、直ちに、わが国に隠れ住むこともやむを得ないということはできない。

以上のとおり、被告人の入国、在留の経過、わが国の出入国管理の法制等をも考慮すれば、被告人の本件外国人登録不申請につき条理上やむを得ないもの、すなわち期待可能性がなかつたものとは認められないのである。弁護人の主張は、理由がない。

(刑の量定について)

被告人の入国、在留につき緊急性がないことは前述のとおりであり、かつ、被告人は、外国人登録申請義務を履行しないで約三年もの期間本邦に在留したものであること等を考慮すれば、その責任は必ずしも軽くはないが、被告人のもとの居住国は、東南アジアの戦乱により被告人が帰るのに適さない状況にあり、このことが本件犯行の一因でもあると窺われること、被告人は、犯罪歴見当らず、本件の保釈及び仮放免後、キリスト教会司祭の身許引受を得て、飲食店従業員として事故なく稼働していること等を考慮すれば、被告人の身柄に関する処置は、もとより出入国管理当局に委ねられるべきものであるが、本件刑事処分としては、主文記載の処遇をもつて相当と判断する。

よつて主文のとおり判決する。

(大久保太郎 小出錞一 小川正持)

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