大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6077号 判決 1981年5月20日

原告

吉松敏宏

被告

株式会社朝日新聞社

右代表者

渡辺誠毅

右訴訟代理人

久保恭孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

被告が日刊新聞紙朝日新聞の発行者であることは当事者間に争いがない。

原告は、被告が公職の選挙に際し朝日新聞紙上に選挙関係の記事を掲載するに当たり、知名度の高い候補者や大組職を選挙基盤とする候補者を「主な候補者」であるとか「有力な候補者」として紹介し、これらの者を特別扱いにするのは、特定の候補者に対する不公正な宣伝支援活動であつて、違法であると主張する。

しかしながら、公職選挙法一四八条によれば、同条三項の条件を具備する新聞紙又は雑誌は選挙に関し報道及び評論を掲載する自由を保障されているのであるから、その報道又は評論が結果的には特定の候補者の得票に有利又は不利に働くおそれがあるとしても、そのことから直ちに右報道又は評論に違法性があるとすることはできず、ただ、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害した場合にのみ、当該報道又は評論が違法性を帯びるものと解すべきである。

右の見地に立つて本件を見ると、

(一)  まず、被告の発行する朝日新聞が公職選挙法一四八条三項一号に該当する日刊新聞紙であることは、<証拠>に徴して明らかである。

(二)  そして、従来行われた国会議員選挙の結果に照らすと、知名度の高い候補者や大組織を選挙基盤とする候補者がその余の候補者よりも一般に高い得票率を示す傾向があることは否定し得ないところであるから、右のような傾向が好ましいものであるかどうかは別問題として、被告が特定の選挙に関し選挙情勢等につき報道し又は論評を加えるに当たり知名度の高い候補者又は大組織を選挙基盤とする候補者について「主な候補者」又は「有力な候補者」という表現を用いたとしても、右は、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載したことにならないのはもちろん、その他表現の自由を濫用した公正を欠く措置であるということもできない。

(三)  また、新聞社が選挙運動の状況等を報道するに当たつて各候補者につき一律平等に報道しなければならないとする法律上の根拠はなく、新聞紙上に掲載すべき報道記事の取捨選択は編集担当者が自社の編集方針に照らし記事のニュース価値を判断して行うべきもので、その判断は編集担当者の広汎な裁量にゆだねられているものと解するのが相当であるから、仮に被告が選挙運動の状況を報道するに当たつて前述の「主な候補者」又は、「有力な候補者」の動静、得票予想等に焦点を絞り、これらの者に関する記事のみを掲載し、その他の候補者に関する記事を掲載しなかつたとしても、それは、被告の編集方針に基づく自主的な判断の結果にほかならないのであつて、表現の自由を濫用するものということはできない。被告の右取扱いの当否は購読者による批判の対象とこそなれ、法律上右取扱いをもつて選挙の公正を害する違法な措置と断ずることはできないものというべきである。

(四)  以上を要するに、原告の主張は被告の選挙に関する報道及び評論の一般的な編集掲載方針の当否をあげつらい、これを非難攻撃するものにすぎず、法律的に見れば主張自体失当である。その他本件に現われた全証拠によつても被告の選挙に関する具体的な報道又は評論に違法性があると認めることはできない。

よつて、その余の争点について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(近藤浩武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例