大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)14327号 判決 1989年10月24日

原告 綿貫廣司

<ほか二名>

原告三名訴訟代理人弁護士 川坂二郎

同 藤光巧

同 栗田和美

同 川上明弘

被告 日本道路公団

右代表者総裁 宮繁護

被告指定代理人 伊藤正高

<ほか一名>

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告綿貫廣司に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五四年八月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告山本勇及び原告山本成子各自に対し、金二五〇万円及びこれに対する昭和五四年八月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項同旨及び担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 昭和五四年八月二二日午後一時二〇分ころ

場所 神奈川県足柄上郡大井町山田二〇二一番地先高速自動車国道東海自動車道東京小牧線(以下「東名高速道路」という。)の東京方面から静岡方面に向かう下り線の追越車線上五七キロポスト(東京都世田谷区砧公園一番地を基点とするキロポスト表示による。)付近(以下「本件事故現場」といい、本件事故現場付近の道路を「本件道路」という。)

加害車 大型貨物自動車(牽引自動車沼津一一な一〇一二、被牽引車沼津一一ち一一)

右運転者 望月保三(以下「望月」という。)

被害車 普通乗用自動車(三河五七さ七六二九)

右運転者 綿貫誠司(以下「誠司」という。)

事故の態様 本件事故現場の静岡方面寄りにおいて、株式会社東名ハイウェイ(以下「東名ハイウェイ」という。)が被告から委託を受けて本件道路において後記清掃作業を行っていたため、右作業に伴う交通規制によって本件道路の交通が渋滞し、東京方面から走行してきた田島毅八郎運転にかかる大型貨物自動車(以下「田島車」という。)及び被害車が順次停車し、それに続いて平田義弘が運転する普通乗用自動車(以下「平田車」という。)が停車しようとしていたところ、その後方から時速約七〇キロメートルで走行してきた加害車が、まず平田車に追突して同車を前方に押し出して被害車に追突させ、さらに右平田車を左斜め前方に押し出して直接被害車に追突したうえ、被害車もろとも田島車に追突して被害車を炎上させるに至らしめ、よって誠司をはじめ被害車に同乗していた同人の妻綿貫一予(以下「一予」という。)及び誠司の母綿貫葉子を被害車内においていずれも全身火傷により死亡させた。

2  責任原因

(一) 被告は東名高速道路を管理している。

(二) 道路清掃作業と交通規制

被告は東名ハイウェイに東名高速道路の維持清掃作業を請け負わせ、東名ハイウェイは、右請負契約に基づき、次の清掃作業(以下「本件作業」という。)を行っていた。

(1) 作業区間 五八・三キロポストから六〇・二キロポストまで

(2) 清掃場所 五九・二〇四キロポスト付近の走行車線上

(3) 作業内容 ジョイント清掃(橋梁高架の鋼製クシ型伸縮装置部の排水装置及び排水管を人力、散水車等で清掃する作業)

橋梁集水ます清掃(橋梁高架部の集水ます及び排水管を人力、散水車等で清掃する作業)

(4) 交通規制区間 五六・五キロポスト付近から右作業区間まで

(5) 交通規制方法 走行車線に対する一車線規制を行い、そのために別紙図面のとおり標識、ロボット誘導員「安全太郎」、監視員、標識車、ラバコーン等を設置した。速度規制は五七・八キロポスト付近から時速六〇キロメートル、五七・九キロメートル付近から時速五〇キロメートルであった(以下、右の交通規制をまとめて「本件交通規制」という。)。

(三) 渋滞の発生

本件交通規制によって下り線二車線が一車線に狭められたために本件作業現場付近から本件事故現場付近まで自動車が渋滞し、多くの自動車が停止、徐行を繰り返す状態となった。

(四) 本件道路に対する管理の瑕疵

東名高速道路を含む高速自動車国道は、高速かつ連続的に人又は貨物を大量に輸送する目的で設置されており、この高速自動車国道においては、自動車は一定速度以上で走行することを義務づけられ、停止するという事態は予想されていないため、信号や標識などの追突防止のための設備は殆ど設けられていない。このような高速自動車国道の特性からすれば、渋滞により停止した自動車は、道路上に放置された障害物と同様、高速度で運転する車両にとって著しく危険なものであるから、自動車の渋滞は未然に防止され、発生した渋滞は速やかに解消され、高速自動車国道の安全性を保持するために必要適切な措置がとられるべきである。

したがって、被告は、東名ハイウェイに本件作業を請け負わせる際には、右作業に伴う交通規制によって、交通渋滞が発生しないように配慮すべき義務があるのであるから、事前に作業計画の立案にあたって作業時間を夜間のように通行量の少ない時間帯にするよう指示し、作業開始に際しては手前のインターチェジ等で流入規制をするなどの措置をとることによって自動車の渋滞を防止し、又は本件作業開始後、渋滞が発生した場合には、作業を一時中止するか若しくは自動車の本件事故現場付近への流入を規制するなどの措置をとることによって渋滞を解消すべき義務があるにもかかわらず、渋滞に対する特段の対策を講ずることなく、漫然と本件作業を実施させて渋滞を解消しないままに放置したため、被害車等をして本件道路上に停止せざるを得ないという高速自動車国道が通常備えるべき安全性を欠いた状態にしたものであるから、本件道路の管理に瑕疵があるものというべきである。

3  損害

(一) 逸失利益

(1) 誠司の逸失利益

誠司は、本件事故当時満二八歳で浜松医科大学第二外科、おいだ外科医院及び引佐赤十字病院に勤務する医師であり、年間、浜松医科大学から一四三万八五九二円、おいだ外科医院から六〇〇万円、引佐赤十字病院から二〇九万三七一四円の各給与を得ていた。そして、誠司は、遅くとも昭和五九年八月二二日には右各病院を退職し、同じく医師である一予とともに病院を開設する計画を立て、そのために一予の父である原告山本勇(以下「原告勇」という。)が病院建設用地として豊橋市内に山林二一三九平方メートルを購入し、開業資金は医師である一予の親族から容易に調達できる状況であったから、同年より開業医として少なくとも同年齢の勤務医師である病院長の平均収入額相当の収入を得ることができたものというべきである。

したがって、誠司は、満三三歳までは前記の本件事故当時の収入を下らない額の収入を、満三四歳以降は人事院昭和五四年職種別民間給与実態調査に基づく職種別、規模別、年齢階層別平均給与月額(五〇〇人未満)職種病院長のきまって支給する月額を下らない収入を得られたはずであるから、右収入を基礎として、生活費について収入が多額に上ることからその一五パーセントとし、就労可能年齢である六七歳までの三九年につき年別新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、誠司の本件事故による逸失利益の本件事故時の現価を計算すると、別表Ⅰのとおり二億五六九〇万五五八七円となる。

(2) 一予の逸失利益

一予は、本件事故当時満二六歳で浜松医科大学第一内科、おいだ外科医院及び日本国有鉄道静岡鉄道管理局浜松鉄道病院において勤務する医師であり、年間、浜松医科大学から一四三万八五九二円、おいだ外科医院から六〇〇万円、浜松鉄道病院から一五〇万八一五九円の各給与を得ていた。そして、一予は、遅くとも昭和五九年八月二二日には右各病院を退職し、前述のとおり誠司とともに病院を開設する予定であったから、開業医として少なくとも同年齢の勤務医師である病院長の平均収入額相当の収入を得ることができたものというべきである。

したがって、一予は、満三一歳までは前記の本件事故当時の収入を下らない額の収入を、満三二歳以降は人事院昭和五四年職種別民間給与実態調査に基づく職種別、規模別、年齢階層別平均給与月額(五〇〇人未満)職種病院長のきまって支給する月額を下らない収入を得られたはずであるから、右収入を基礎として、生活費については収入が多額に上ることからその一五パーセントとし、就労可能年齢である六七歳までの四一年につき年別新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、一予の本件事故による逸失利益の本件事故時の現価を計算すると、別表Ⅱのとおり二億五一七四万一二一二円となる。

(二) 葬儀費用等

(1) 葬儀費用

誠司、一予及び綿貫葉子の葬儀を合同で行い、その費用として原告勇及び同山本成子(以下「原告成子」という。)がそれぞれ一四四万二三五九円を支払い、同額の損害を被った。

(2) 仏壇等購入費

原告の綿貫廣司(以下「原告綿貫」という。)は、仏壇仏具等の購入のために一〇三万三三三三円を支払い、同額の損害を被った。

(3) 墓碑建設費

原告綿貫は、墓碑建立のために七〇万五三三三円を支払い、同額の損害を被った。

(4) 追善供養費

原告綿貫は、誠司及び一予らの四十九日の供養のために、七九万六一七三円を支払い、また、原告勇及び同成子は、誠司及び一予らの百か日の供養のために、それぞれ三五万五二〇一円を支払い、同額の損害を被った。

(三) 雑費

原告勇及び同成子は、別紙雑費一覧表のとおり、七万五七五三円を支払い、同額の損害を被った。

(四) 慰藉料

本件事故は、本件道路の清掃のために自動車が渋滞し、被害車が停車していたところへ、望月の前方不注視により、加害車が制動措置を講ずることもなく毎時七〇キロメートルの速度で衝突したために、被害車が炎上し、誠司及び一予が車内で焼死したという筆舌に尽くしがたい悲惨な事故であること、誠司及び一予は、日本医科大学在学中に知り合い、将来は医師として共同で病院を経営しようと志し、そのために専門について誠司が外科医、一予が内科医とそれぞれ別の科目を選択し、原告勇においてその候補地まで準備するなど前途洋々たる人生を歩んでいたこと、原告綿貫は本件事故により生き甲斐ともいうべき息子夫婦と妻綿貫葉子を、また、原告勇及び同成子は一人娘を一瞬のうちに失ったこと等本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛を慰藉するためには、原告綿貫について四〇〇〇万円、同勇及び同成子それぞれについて二〇〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

(五) 弁護士費用

原告らは本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、弁護士費用として原告綿貫は一七四五万六四二四円を、同勇及び同成子はそれぞれ一〇四五万四六三四円を支払う旨合意し、同額の損害を被った。

4  相続

(一) 原告綿貫は誠司の父であり、前記3一(一)記載の逸失利益を相続した。

(二) 原告勇及び同成子は一予の両親であり、前記3一(二)記載の逸失利益を法定相続分に従って相続した。

5  損害の填補

(一) 原告綿貫は、本件事故によって生じた損害に対し自動車損害賠償責任保険から二〇〇〇万円、任意保険から五〇〇〇万円の支払いを受けた。

(二) 原告勇及び同成子は、本件事故によって生じた各損害に対し自動車損害賠償責任保険から二〇〇〇万円、任意保険から五〇〇〇万円の支払いを受け、各金額の二分の一をそれぞれの損害に填補した。

6  よって、国家賠償法二条一項に基づき、被告に対し、本件事故により被った損害の賠償として、原告綿貫は右填補額を控除した残額の二億四六八九万六八五〇円のうち五〇〇万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五四年八月二三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告勇及び同成子は、右填補額を控除した残額各一億二三一九万八五五三円のうち各二五〇万円及びこれに対する右同日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、事故の態様については知らないが、その余は認める。

2  請求原因2の事実のうち、(一)及び(二)の事実は認めるが、その余は否認する。

3  請求原因3ないし5の事実は知らない。

三  被告の主張

1  本件作業の実施状況

被告は、高速自動車国道の管理者として、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もって一般交通に支障を及ぼさないよう努める義務を負っている(道路法四二条)。

本件作業は、右管理維持作業としてされたものであるが、一般に道路の維持、修繕その他の管理のため工事又は作業を行う場合においては、当該道路の構造を保全し又は交通の危険を防止するため、区間を定めて道路の通行を禁止し又は制限することができると定められており(道路法四六条一項、道路整備特別措置法六条の二第一項一六号)、被告が右規定に基づいて道路の通行を禁止又は制限しようとするときは、事前に当該工事又は作業を実施する場所を管轄する警察署長と協議しなければならないとされている(道路交通法八〇条)。本件作業にあたっては、被告の東京第一管理局御殿場管理事務所長と神奈川県高速道路交通警察隊長との間で協議が行われ、① 工事(作業)時間は八時から一七時までとし、時間を厳守すること、② 施行に際しては工事予告標識、警戒標識、規制標識及びラバコーン、矢印板等を確実に設置すること、③ 工事(作業)現場に必ず現場責任者を配置すること、④ 協議後、工事(作業)方法等に変更が生じたときは速やかに連絡をとること、⑤ 工事(作業)現場には必ず交通保安要員を配置すること。特に工事(作業)開始準備、終了時の撤収、規制車線の変更時における配置を徹底すること、⑥ 警察官から指示があったときは、その指示に従うこととされた(以下「本件協議事項」という。)。

そして、本件作業の実施に際しては本件協議事項が遵守され、東京ハイウェイに本件作業を請け負わせるにあたって、「日本道路公団路上作業要領」(以下「本件作業要領」という。)に従い、別紙図面のとおりラバコーン、矢印板、ロボット誘導員「安全太郎」、標識及び監視員等を適正に配置して本件交通規制が実施され、また、本件事故当時、五一・三三キロポスト及び五七・四五キロポストの両地点に設置された可変標示板にはそれぞれ「工事渋滞中」との表示がされていたのであり、これらによって本件道路を走行する自動車の運転者に対し、走行車線に交通規制が加えられていることと進路前方に自動車の渋滞が存在することを容易に知りうる情報が提供されていたものである。

したがって、被告は、本件作業を行うにあたって、法令に定める手続を履践し、本件道路を通行する車両に対して標識等により道路状況に対する注意を喚起し、本件道路の交通の安全を確保するに足りる状況となっていたものであるから、本件道路の設置管理に瑕疵があったとはいえないものというべきである。

2  事故発生の原因について

(一) 本件事故の概要

(1) 本件道路は、片側二車線でアスファルト舗装され、平坦で、見通しのよい道路であった。

望月は、東名高速道路を東京方面から静岡方面に向かって時速約八〇キロメートルで、走行車線上を進行していたが、本件事故現場の約一キロメートル手前付近で、自車の直前に二、三台の乗用車が追越車線から走行車線に進路変更してきて前車との車間距離が詰まってきたため、自車を追越車線に進路変更した。その後、望月は、たばこを吸いたくなったが、たばこの箱が助手席とエンジンカバーの間に落ちており、そのとき加害車は上り坂を走行中で見通しが良くなかったため、道路の見通しが良くなってからたばこの箱を拾い上げることとした。

(2) 望月は、前方の走行車線上を進行していた乗用車が二、三台次々と追越車線の自車前方に進路変更してきたため、速度を毎時約七〇キロメートルに落とし、自車と前車との車間距離が四〇ないし五〇メートルであり、さらに自車前方を走行する自動車が増えてきていたが、現在の速度のまま進行できると判断し、たばこの箱を取ろうとして助手席側に体を倒したが届かず、一旦体を起こして前方を見たところ、前車の制動灯が点滅し、前方を進行する自動車の車間距離が詰まってきていることを認知したにもかかわらず、あらためてたばこの箱を取るために上半身を助手席側に倒し、再度体を起こして前方に目を向けた時には、前車(平田車)は目前にあり、制動措置を取る暇もなく、前車と衝突した。

(二) 望月の過失

望月は、本件事故当時、東名高速道路を一週間に平均三回は通行しており、高速自動車国道の走行には慣れていたのであり、しかも、たばこの箱を拾おうとした直前の上り坂を登り切ったとき(五六・四キロポスト付近)には、前方左側端及び中央分離帯側に工事用道路標識が設置されているのを認め、さらに同地点において走行車線を走行していた自動車が追越車線に進路変更し、また、走行車線上の大型貨物自動車が徐行していたことから、工事のため自車前方が渋滞し、工事に伴う規制が走行車線において行われていることを認識していた。

したがって、望月としては再度たばこを拾うために上半身を傾ける際に、前述のとおり自車前方を走行する自動車が制動灯を点滅させて速度を落としているのに気づいていたのであるから、前方を十分に注視し、自車をいつでも減速あるいは停止できるような措置をとるべきであったにもかかわらず、前方注視を怠った過失により本件事故を惹起したのである。

よって、本件事故は、ひとえに望月の重大な過失によって発生したのであり、被告の本件作業をするにあたってした本件交通規制による本件道路の渋滞と本件事故との間には、因果関係は存しない。

3  本件作業の必要性

(一) 高速自動車国道の機能及び経済的社会的効果

高速自動車国道は、自動車のみが通行することができ、他の道路、鉄道等とは立体交差になり、インターチェンジ以外の場所からは出入できない構造となっているなどの特徴を有していることから、次のような機能及び効果を果たすことを目的とするものである。

(1) 高速自動車国道の直接的効果

高速自動車国道上においては、高速かつ円滑な走行が可能であるから、安全性を損ねることなく輸送時間の短縮を図ることができるのはもちろん、走行経費を節減することにもつながり、また、高速自動車国道の存在により、走行経路の選択が広がり、一般道路の通行車両の減少につながり、一般道路での交通事故の減少をもたらす。

(2) 高速自動車国道の間接的効果

前記直接的効果にともない、高速自動車国道の敷設されている周辺地域において、生産及び流通が合理化され、市場圏及び生活圏が拡大すると同時に、各地の未利用資源の開発が可能になるなどの現象が見られ、これらのことから都市人口や工場地帯の適正な分散が図られることとなる。

(二) 前項に述べたことから明らかなように、高速自動車国道は現在国民生活の中に組み込まれ、高速自動車国道に対する交通需要は拡大する一方である。したがって、被告が行っている高速自動車国道における維持管理作業は、その便益や需要などを損なわないようにするために必要不可欠な作業であるから、右維持管理作業の一内容である本件作業をするにあたってした本件交通規制によって作業現場区間の交通量が低下し、若干の渋滞が発生するとしても、そのような特定の区間での一時的な渋滞は、維持管理作業の結果守られる高速自動車国道の利用益に比べれば、極めて小さいものであり、これをもって高速自動車国道の瑕疵とみることはできないといわざるを得ない。

四  被告の主張に対する答弁

1  被告の主張1の事実のうち、被告が高速自動車国道の維持、修繕その他の管理のために工事又は作業を行うにあたっての法的規制、本件協議事項の成立経緯及び内容並びに本件作業の実施にあたって被告主張のとおり標識等が設置された事実については認めるが、その余は争う。

2  被告の主張2(一)(1)の事実は認めるが、同(2)の事実は否認する。

3  被告の主張2(二)の事実は否認する。

4  被告の主張3(一)の事実は全て認めるが、同(二)の事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1の事実は、事故の態様の点を除き、当事者間に争いがない。

2  まず、本件事故の態様について検討する。

望月は、加害車を運転して東名高速道路を東京方面から静岡方面に向けて進行中、本件事故現場から約一キロメートル東京方面寄りの上り坂になった地点において煙草を吸いたくなったが、たばこの箱は加害車の助手席とエンジンカバーの間に落ちており、加害車は上り坂を走行中で見通しが良くなかったため、さらに先に進んだ下り坂の部分に達してからたばこの箱を拾い上げることとしたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、東京ハイウェイが、被告から請け負った本件作業を実施するにあたってした本件交通規制のため、本件事故現場付近は、走行車線、追越車線共に自動車が渋滞し、東名高速道路を東京方面から静岡方面に向けて追越車線を走行していた田島車、被害車及び平田車はいずれも本件事故現場手前において停止しては数メートル進むという状態で進行し、本件事故直前、田島車及び被害車が停止し、平田車もこれらに引き続いて停止しようとしたこと、望月は、追越車線を時速約七〇キロメートルで進行していたが、平田車との衝突地点から約二一〇・一メートル東京方面よりの地点において前車との距離が五〇メートル以下となっているにもかかわらず、前記のようにたばこの箱を拾い上げようとし、その後、二度にわたって上半身を助手席側に倒して左手をのばす姿勢をとったためフロントガラスよりも顔の位置が低くなり、前方が全く見えない状態になり、二度目に上半身を倒したときには四秒以上前方から目を離し、再び顔を上げたときには加害車の前方約五・八メートルの位置に平田車が停止しようとしている状態にあり、制動措置を講ずる暇もなく、平田車の後部に衝突し、同車を前方に押し出して被害車に追突させ、さらに右平田車を左斜め前方に押し出し、加害車が被害車に直接衝突したうえ、加害車は被害車を押し出しながら被害車もろとも田島車に追突し、以上の衝撃で被害車をして炎上せしめ、同車に乗車していた誠司、一予及び綿貫葉子を右車内において焼死させるに至ったことの各事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  責任原因について

1  原告は、高速走行が常態であって停車が予想されていない高速自動車国道である東名高速道路において、本件作業にあたって被告のした本件交通規制により自動車が渋滞したため、被害車等が停止していたところへ、加害車が前記のとおり衝突してきたものであるから、被告においては、通行規制を伴う本件作業を行うにあたっては流入規制などにより未然に自動車の渋滞を防止し、現実に渋滞が発生した場合には作業を一時中止するか又は作業現場付近への車両の流入を規制するなどの措置を講ずることによって、本件道路上に自動車が停止することを余儀なくされるという事態が生じないようにすべきであったにもかかわらず、何らの措置もとらなかったのであるから、本件道路の管理に瑕疵がある旨主張するので、さらにこの点について検討することとする。

2  本件事故現場付近の道路状況について

《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  東名高速道路は、上り下りの各車線とも二車線で幅三・四メートルの中央分離帯により仕切られており、東京方面に向かう下り車線は追越車線及び走行車線の各一車線からなり、その各幅員はいずれも三・六メートルであり、本件道路は、アスファルト舗装され、路面は平坦で五〇キロポスト付近から本件事故現場までの間は概ね直線であって、本件事故現場付近はゆるやかな下り坂となっているため、東京方面から進行してくる車両からは進路前方の見通しは良好であり、本件事故当時路面は乾燥していた。

(二)  本件事故当日、東名高速道路の下り車線上は本件事故現場付近に至るまで渋滞等自動車の走行に支障をきたすような事態はなく、追越車線を走行していた田島車や走行車線を走行していた大迫清香らは、時速約七〇ないし八〇キロメートルで走行していたが、通行規制が行われていた五六・五キロポスト付近から走行車線及び追越車線のいずれも徐々に渋滞するようになり、五七・七キロポスト付近では停車しては少し前進する状態となったが、このように渋滞が発生していることは、東京方面から進行してきた車両から容易に認めることができた。

(三)  右渋滞は、一車線規制となっていた五八・〇キロポストまでの約一キロメートルに及ぶものであったが、監視員である石橋義雄が立っていた五八・三キロポスト付近は、車両は通行可能であった追越車線を毎時五〇ないし七〇キロメートルの速度で通過していた。

3  本件作業の計画立案及び実施状況について

(一)  被告が高速自動車国道の維持管理作業にあたっては区間を定めて道路の通行を禁止又は制限することができ、この禁止・制限をするについては作業場所を管轄する警察署長と協議する必要があること、本件作業にあたっては被告の東京第一管理局御殿場管理事務所長と神奈川県高速道路交通警察隊長との間で事前協議がされたこと、被告は、本件作業を行うに際し、本件作業要領に従い、五六・五キロポスト付近から五八・三キロポストにかけて別紙図面のとおり標識(一五〇〇メートル先、一〇〇〇メートル先及び五〇〇メートル先工事中であることを示すもの、右側車線の通行を指示するもの、最高速度を毎時八〇キロメートル、六〇キロメートル及び五〇キロメートルに制限するもの)、監視員、警戒車、ロボット誘導員「安全太郎」、矢印板及びラバコーンをそれぞれ設置するなどして本件交通規制を行ったこと、本件事故当時五一・三三キロポスト及び五七・四五キロポストに設置された可変標示板にはそれぞれ「工事渋滞中」との表示がされていたことの各事実は当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 高速自動車国道において、一車線あたりの自動車の通行量が一時間につき一五〇〇台以上になると、渋滞が生じやすい状態になるが、本件事故後の昭和五四年八月二四日午前一一時〇五分から午後一時二〇分にかけて、また、同年九月二二日午前九時四五分から午前一〇時一〇分にかけてそれぞれ実施された実況見分における本件道路の交通量の測定によれば、本件事故現場付近における交通量は五分間に二五一台又は二〇三台であり、これを一時間あたりの交通量に換算すると三〇一二台又は二四三六台となる。

(2) (一)記載の事前協議の結果、東名高速道路の上り下り各車線五七・七キロポストから七三・〇キロポストまでの区間におけるジョイント清掃、橋梁高架集水ます清掃の作業については、作業期間を昭和五四年八月一日から同月三一日まで、但し、土曜日及び日曜日並びに一三日から一七日までは作業休止日とし、作業時間は午前八時から午後五時まで、規制場所は路肩、走行車線及び追越車線の各規制を切り替えて作業することが定められた。

(3) 協議内容は、作業期間については、台風前の降雨量が増大する時期以前に実施するのが適当であること、作業休止日については、土曜日及び日曜日並びにお盆を含む八月一三日から一七日にかけては特に交通量が増加することが予想されること、作業時間については、昼間の方が視認性が良く事故発生の危険性が低く、作業能率の点でも優れ、逆に夜間は高速自動車国道においては大型車の交通量が増え、一旦事故が発生すると大事故につながる可能性が大きいことがそれぞれ考慮されて定められた。

(4) 本件作業の計画をたてるにあたっては、作業区間の現実の交通量の測定結果に対応する形での細かい検討まではされておらず、被告自身一日あたり二、三回巡回を行っているがその目的は主として規制標識の設置状況の監視にあり、作業現場に配置されている監視員も作業員の安全確保等の任にあたっていたのであるから、本件作業施行時の交通量の状況や作業の交通に対する影響については注意していなかった。

(5) 本件事故の日の午前中は追越車線において清掃作業を行っていたため、追越車線の通行規制を実施していたのであるが、右規制方式と本件事故時における規制方式とは、「左側通れ」の標識を「右側通れ」に、作業現場までの距離を表す標識の位置を追越車線から走行車線に、ラバコーンなども同様に走行車線に移動させたに止まり、基本的な規制方法に変更はなかった。

本件交通規制に伴う標識等の設置にあたり本件作業要領に定める位置と実際に設置した位置との間には最大の一〇五・二メートルの差が認められたが、概ね一〇メートル以内の差にとどまっており、また、右の差は、他の標識が設置されているため、又は通行する車両から認めにくい場所を避けるため、若しくは通行規制のあることを示す標識が中央分離帯側と路肩側の双方に設置することから設置できる場所にずれがあるため等の理由によって生じたものであった。

(6) 本件道路を走行していた平田義宏及び田島毅八郎らは、工事中であることを示す標識あるいは「右側通れ」の標識を見て、自車の進路前方で工事を行っていることを認識し、また、加害車を運転していた望月も「一五〇〇メートル先工事中」の標識により、同じく進路前方で何らかの作業を行っているという認識を有していた。

4  高速自動車国道における渋滞解消策について

(一)  原告は、被告が本件作業を実施するに際して、本件道路に自動車の渋滞が発生しないようにするために、被告は作業現場に至るまでのインターチェンジにおける自動車の流入規制等の対応策をとるべきであった旨主張し、《証拠省略》によれば、高速自動車国道上において渋滞を解消するための交通制御方式としては、大きく分けてインターチェンジからの本線流入を制限する流入車制御方式と渋滞の手前にあるインターチェンジからの流出を指示する緊急時制御方式の二つ方式があり、これらを相互協同して実施することによって効率的に渋滞を解消することが可能であるが、特に緊急時制御方式は、わが国の高速自動車国道が出口精算方式を採用し、一般道が高速自動車国道と並行してあるために高速自動車国道から流出させた自動車の処理を行いやすいといったことから、わが国の高速自動車国道に適した交通制御方式といえることが認められる。

(二)  他方、《証拠省略》によれば、前記交通制御方式のうち、流入車制御方式については、高速自動車国道の利用者を流入制限によって一般道に流れるように規制すれば、一般道の渋滞が当然に予想されることから事前に所轄の交通警察と協議を行ったり、規制することをラジオ等を通じて広告するなど慎重な手続きを踏むことが通常であるため、流入規制を実施するには慎重にならざるを得ない点が、また、緊急時制御方式については、渋滞が現実に生じた時点で流出規制を行うと料金所での渋滞が予想されるうえ、流出させる自動車の基準をどのように定めるかなど技術的な問題点があり、さらに、高速自動車国道の利用者の中には近距離の利用もあることを考えると、渋滞が生じても交通規制区間を通過するのに要する時間が短時間にとどまるような場合には、直ちに交通規制を加えることには問題のあることが認められる。

5  結論

ところで、高速自動車国道は、重要幹線道路であり、大量の自動車が毎時一〇〇キロメートルまたはそれに近い高速で走行するための用に供されるものであるが、自動車の運転者には道路、交通及び当該車両等の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき義務(道路交通法七〇条)が課されているのであるから、道路上に物が存在すること等によって当該高速自動車国道が自動車の前示のような走行に障害をきたすような状態にある場合であっても、これを走行する自動車の運転者に対し標識等により道路が右のような状態にあることについて十分な情報が提供され、通常の運転者において、前示のような高速で走行していたとしても、前記安全運転義務を尽くし合理的な注意を払うときには、右情報により、道路が右のような状態にあることを知ることができ、これから生じうる事故等の危険を回避することが可能であるといえるときには、右道路は、高速自動車国道として通常具有すべき安全性を欠如しているとはいえないものというべきであり、したがって国家賠償法二条一項所定の「営造物の設置又は管理に瑕疵があった」とはいえないものと解すべきである。

そこで、本件について検討するに、前示の認定事実によれば、本件事故当時における本件事故現場付近の交通量は、車線の通行規制を行った場合に交通が阻害される限界値である一時間あたり一五〇〇台を大きく上回っていたが、被告は、本件作業実施のための車線の通行規制をするにあたって、比較的交通量が増大する土曜日及び日曜日並びにお盆(八月一三日から一七日まで)を休業日としたにとどまり、他に交通渋滞の発生防止のための配慮をしていないばかりか、本件作業を実施する前に本件作業現場付近の交通量を測定すること、本件作業開始後に本件作業により本件道路の交通にどのような影響が生じているかを把握すること等のための体制をとっていなかったものであるが、本件道路は、五〇キロポスト付近から本件事故現場付近までの間は概ね直線で、本件事故現場付近はゆるやかな下り坂となっているため、前方の見通しが良いうえ、被告によって標識、可変標示板の表示等が適切に設置されていたことから、本件道路を走行する自動車の運転者は、本件事故現場から相当東京寄りの地点において、本件事故現場の後方(静岡寄り)において本件作業が行われ、これに伴う本件交通規制によって自動車が渋滞していることを容易に認識しうる状況にあったことが明らかであり、右運転者においてこのような道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき義務を遵守して運転するときには、容易に渋滞による停車車両との衝突を回避することができたものということができ、また、原告主張の流入規制等の実施については前示のような問題点があって、これを渋滞の発生したときに直ちに行うことは困難であり、本件交通規制によって本件道路に生じた自動車の渋滞につき、被告が原告主張の流入規制等の解消措置をとらなかったことをもって、高速自動車国道の運転者が通常の注意義務に則って運転していても回避しえないような不合理な危険を生ぜしめたということはできない。したがって、本件道路が本件事故当時、自動車の渋滞した状態になったことをもって本件道路に設置又は管理に瑕疵があったものということはできない。

のみならず、本件事故は、前記一2(四)で認定したとおり、望月が加害車の前方を走行する車両が減速し、それとの車間距離が十分でないことを認識しながら、四秒以上も前方から目を離すという本件道路状況と全く関連のない望月個人の重大な過失に起因するものというべきであって、本件作業に伴って生じた本件道路上の自動車の渋滞は、本件事故の間接の原因であるにすぎず、本件事故と相当因果関係があるとはいえないものというべきであり、この点からしても、被告は、本件事故によって原告らが被った損害につき、本件道路の設置管理者として国家賠償法二条一項に基づく責任を負うべき理由はないものというべきである。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 原田卓 森木田邦裕)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例