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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6211号 判決 1981年1月29日

原告 戸村泰章

右訴訟代理人弁護士 松原実

同 加藤義明

被告 小林宏晨

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 岡邦俊

主文

原告の被告らに対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、同目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡し、昭和五四年五月二日から右明渡ずみまで一か月金一万五、六二二円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本件土地を所有し、被告らは、昭和五四年五月二日以前から本件土地上に本件建物を所有(持分各二分の一)し、本件土地を占有している。

2(一)  原告は、被告宏晨に対し、昭和五〇年一〇月一日、本件土地を次の約定で賃貸し、これを引き渡した。

目的 普通建物所有

賃料 月額一万三、四六七円

右賃料額は、昭和五三年七月一日から一万五、六二二円に改訂された。

特約 地上建物を増改築するときは、原告の承諾を得ること。

(二) 被告宏晨は、昭和五三年七月一七日、原告を相手方として、東京地方裁判所に対し、本件土地上の建物の増改築許可の申立てをし、右事件は調停に付され、同年一一月二九日、右当事者間に次のとおりの調停(以下「本件調停」という。)が成立した。

(1) 原告は、被告小林宏晨が、本件土地上の建物(以下「本件旧建物」という。)の二階部分を取り毀し、一階部分と同じ床面積の木造二階部分を増築することを承認する。

(2) 被告宏晨は、原告に対し、和解金八〇万円を昭和五三年一二月一〇日限り支払う。

(3) 本件土地の賃料を昭和五三年七月一日から一か月一万五、六二二円に増額する。

(三) 被告宏晨は、本件調停が成立したため、昭和五四年一月末ころ、増築工事に着手し、床面積約九〇平方メートルの二階部分を増築したが、この増築にあたり、二階床面の枠組に鉄骨を使用した。すなわち、一本のH型重量鋼(四〇〇ミリ×二〇〇ミリ)大梁を含む八本の鋼梁を用いて二階床面を組み、これを一階部分外廻りに立てた九本のH型重量鋼(一〇〇ミリ×一〇〇ミリ)柱で支える構造とした。

(四) 被告宏晨がした前記(三)の増築工事は、本件調停における増改築承認の限度を超えるものであって、右調停条項に違反するものであり、増築後の本件建物は、本件土地の賃貸借契約の目的に反し、堅固な建物となった。

(五) 原告は、被告宏晨が増築工事に着手した直後、再三にわたり、鉄材を用いることに抗議し、木材に取りかえるよう要請したが、同被告は、これに応じなかった。

そこで、原告は、被告宏晨に対し、昭和五四年四月二一日到達の書面で、右書面到達後一〇日以内に鉄材を用いた柱及び梁を木材に取りかえるよう求め、これに応じないことを条件として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

被告宏晨は、右期日までに鉄材を木材に取りかえる工事をしなかったので、本件土地の賃貸借契約は、同年五月一日の経過とともに解除により終了した。

3  よって、原告は、被告宏晨及び被告佳代子(無権原者)に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び本件土地の賃貸借契約解除の日の翌日である昭和五四年五月二日から右明渡ずみまで一か月一万五、六二二円の割合による賃料相当の損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実及び同2の(一)ないし(三)の事実は認める。同2(四)の事実は否認する。同2(五)の事実は認め、その主張は争う。

三  抗弁

1  被告佳代子の占有権原

(一)(1) 被告佳代子は、被告宏晨と共同して、昭和五〇年九月八日、訴外角田経雄からその所有にかかる本件土地上の本件旧建物を買い受け(持分各二分の一)、所有権移転登記手続を経由するとともに本件土地の賃借権を譲り受けた。

(2) その際、被告らは、原告の代理人三善勝哉に対し、本件土地の賃借権譲受承諾料として二一五万円を支払い、同人から右賃借権の譲受について承諾を得た。

(二) 前記(一)が認められないとしても、原告佳代子は、昭和五〇年一〇月一日ころ、本件土地の賃借権者である被告宏晨から、本件建物を同被告と共有するため、本件土地を無償で借り受け、そのころ、右使用転貸借につき、原告の黙示の承諾を得た。

2  被告宏晨に対する解除権不発生

(一) 仮に被告宏晨がした増築工事が、本件調停における増改築承認の限度を超えるものであったとしても、後記(二)に述べる事情からみれば、本件においては、右増築工事を背信行為と認めるに足りない特段の事情が存在するものというべく、原告は、右増築工事を理由に本件土地の賃貸借契約を解除することはできない。

(二)(1) 被告宏晨は、本件調停成立後、本件旧建物が昭和一三年以前に建築されたものであって腐蝕している部分が多いため、本件旧建物の一階部分をそのままにしてその上に二階部分を増築することは極めて危険であることを知った。

(2) 被告宏晨から右の点について相談を受けた建築士は、建築技術上の観点から鉄材を用いることが望ましい旨及び鉄材を用いても増築後の建物が堅固な建物とはならない旨意見を述べた。

(3) 被告宏晨がした増築は、本件調停調書添付の設計図面と大差はなく、地主である原告に何ら不利益を強いるものではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(1)のうち、被告佳代子が本件土地の賃借権を譲り受けた事実は知らない、その余の事実は認める。同(一)(2)のうち、原告の代理人三善勝哉が被告宏晨から承諾料二一五万円を受領した事実は認め、その余の事実は否認する。同(二)の事実は否認する。

2  抗弁2(一)の主張は争い、同(二)の(1)及び(2)の事実は知らない、同(二)(3)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  被告小林佳代子に対する請求について

1  原告が、本件土地を所有し、被告佳代子が、本件土地上に本件建物を被告宏晨と共有(持分各二分の一)し、本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

2  よって、以下、被告佳代子の譲渡承諾の抗弁について判断する。

(一)  被告佳代子が、被告宏晨と共同して、昭和五〇年九月八日、訴外角田経雄からその所有にかかる本件旧建物を買い受け(持分各二分の一)、その旨の登記手続を経由したことは、当事者間に争いがなく、右の事実と被告本人佳代子及び同宏晨の各供述によれば、被告佳代子は、被告宏晨と共同して角田経雄から、右建物を買い受けると同時に本件土地の賃借権を譲り受けたことが認められる。

(二)  《証拠省略》によれば、被告らが前記(一)のとおり本件土地の賃借権を譲り受けた際、被告宏晨は、原告の代理人三善勝哉に対し、賃借権譲受承諾料として二一五万円を支払った(この点は、当事者間に争いがない。)が、賃借権の譲受人が被告両名であることを明示しなかったこと、このため、原告の代理人三善勝哉は、賃借権の譲受人は被告宏晨だけであると考えたことが認められ、右事実関係のもとでは、原告が、被告佳代子の賃借権譲受を明示的に承諾したものと認めることはできない。

(三)  しかし、《証拠省略》によれば、被告両名は、その共有にかかる本件旧建物を総二階とする増築工事を企図し、昭和五三年七月一九日、連名で杉並区役所に対し、建築確認申請をし、同月三一日、その確認を得たこと、原告が右増築について許可を与えなかったため、本件土地の賃貸借契約書上の賃借人である被告宏晨は、同年七月一七日、原告を相手方として、東京地方裁判所に右増築許可の裁判を求める借地非訟の申立てをし、右事件はその後調停に付されたこと(借地非訟申立ての事実及び付調停の事実は、当事者間に争いがない。)、右借地非訟の手続ないし調停の手続において、被告宏晨は、被告両名名義の右建築確認申請書、被告両名宛の同確認書、本件旧建物が被告両名の共有であることを示す登記簿謄本、固定資産税評価証明書等の書類を提出したこと、これに対し、原告は、被告佳代子が本件旧建物の共有者である点を特に問題とすることなく、増築を承認する旨の調停を成立させ(右調停成立の事実は、当事者間に争いがない。)、その対価として被告宏晨より八〇万円の支払いを受けたことが認められる。右認定の事実によれば、原告は、遅くとも本件調停成立のころ、被告佳代子が本件土地上に本件旧建物を共有することを容認し、同被告の賃借権譲受を暗黙のうちに承諾したものと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  右によって明らかなように、被告佳代子の抗弁は、理由があるから、原告の同被告に対する請求は、理由がないことに帰着する。

二  被告小林宏晨に対する請求について

1  被告宏晨が、原告主張のとおり、本件土地を賃借し、その土地上に本件旧建物を被告佳代子と共有していたこと、被告宏晨が、原告主張のとおり、増改築許可の裁判を求める借地非訟の申立てをし、右事件が調停に付され、本件調停が成立したこと及び被告宏晨が、原告主張のとおり、鉄骨を用いて増築工事をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告は、右増築工事が本件調停に定める条項に違反し、増築後の本件建物が堅固な建物になった旨主張するので、以下、この点について判断する。

(一)  《証拠省略》によれば、次の事実を認定することができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 被告らは、昭和五三年七月一九日、杉並区役所に対し、本件旧建物の増築工事を行うため、建築確認の申請をした(この点は、前記一2(三)のとおりである。)が、右申請にかかる建築物は木造にする予定としていたし、本件調停の手続においても、当事者双方は、木造の増築を予定していた。

(2) しかし、被告宏晨は、本件調停成立後増築工事を発注する段階になって、本件旧建物が建築後四〇年を経過しているため一階部分に腐蝕箇所が多く、この一階部分に本件調停で認められた増築二階部分を乗せることが危険であることに気付き、この点について建築士に相談した。相談を受けた建築士は、木材だけで二階の増築を行うことは不可能ではないが、鉄材を用いる方がより簡便かつ安全であり、また二階床面の枠組に長さ一一メートルと九メートルの大梁各一本が必要であるが、これだけの大梁を木材で調達することは極めて困難でありかつ費用も高くつくから、鉄材を用いた方がよい旨助言した。

(3) 被告宏晨は、右の助言に基き、増築工事に鉄材を用いることとし、H型重量鋼(四〇〇ミリ×二〇〇ミリ)大梁一本を含む八本の鋼梁を用いて二階床面を組み、これを一階外廻りに立てた九本のH型重量鋼(一〇〇ミリ×一〇〇ミリ)柱で支える構造とした(この鉄材使用の点は、当事者間に争いがない。)が、その余はすべて木材を用いて増築工事を行った。

(4) 被告宏晨が行った増築と本件調停において認められた増築との間には、間取、規模においてほとんど差違はない。

(二)  ところで、土地の賃貸人が、その賃借人に対し、本件のように建築後四〇年を経過している木造建物に木造の二階部分を増築することを承認した場合は、賃借人が鉄材を一部用いて増築工事を行っても、その鉄材の使用が建築技術上あるいは経済的な観点から合理的であると認められ、かつ、増築後の建物が全体として木造と認められる限り、その増築工事は、賃貸人の承諾の限度を超えるものということはできないというべきである。

これを本件についてみれば、前記(一)の事実関係のもとでは、被告宏晨が行った増築工事は、本件調停における増築承認の限度を超えるものということはできず、また、増築後の本件建物が鉄材使用の故に木造の建物ではなく堅固な建物になったということもできない。

3  右によって明らかなように、原告の被告宏晨に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきである。

三  以上によって明らかなように、原告の被告らに対する本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川嵜義徳)

<以下省略>

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