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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3372号 判決 1979年11月13日

原告 鈴木フミ

右訴訟代理人弁護士 川上英一

被告 鈴木通作

同 甲野太郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金九〇〇万円及びこれに対する昭和五二年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告鈴木)

1 原告の被告鈴木に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告甲野)

1 原告の被告甲野に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(原告と被告らとの関係等について)

(一)  被告鈴木は、昭和三八年七月ごろ、訴外小野貞一郎から金一二五〇万円を借り受けたが、その際、原告の実印を利用して、原告の同意を得ないまま、原告を右債務の連帯保証人にするとともに、原告所有の東京都墨田区向島須崎町一七一番所在宅地三九四坪及び同所一四二番五所在宅地二五八・三一坪に根抵当権を設定した。

(二)  訴外小野は、昭和四〇年四月二八日、右一七一番の土地につき競売の申立をした。

(三)  原告は、長野地方裁判所伊那支部に債務不存在確認請求の訴を提起するとともに、競売手続停止の仮処分を得た。

(四)  右裁判所は、昭和四四年一〇月一六日、原告敗訴の判決をなした。

(五)  原告は、東京高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和四四年(ネ)第二五七三号債務不存在確認請求控訴事件)。

(六)  原告は、昭和四五年七月、右控訴審における訴訟追行を被告甲野に委託し、同被告はこれを承諾した。

(七)  被告甲野は、昭和四九年一一月二六日、右控訴を取下げた。

2 (被告鈴木の責任原因について)

被告鈴木は、原告の前記控訴を取下げさせ自己の訴外小野に対する債務を免れる目的で、昭和四九年一一月下旬ごろ、被告甲野に対し、原告の同意を得ていないにもかかわらず、これを得たかのように装い、「小野と示談が出来た。おばあさんも承知しているから、おばあさんに電話しなくてもよい。おばあさんの控訴を取下げてほしい」。と言ってその旨同人を誤信させ、同人をして前記のとおり控訴を取下げさせた。

被告鈴木は、右のように故意に虚構の事実を申し向けて原告の控訴を取下げさせ、原告の訴訟追行を妨害したのであるから、原告に生じた後記損害を賠償する不法行為責任がある。

3 (被告甲野の責任原因について)

(一)  被告甲野は、控訴を取下げる際には、本人の意思を調査、確認する義務があるにもかかわらず、これを怠り、被告鈴木の前記虚構の申出を軽信した過失により、前記のとおり控訴を取下げた。

したがって、被告甲野は、原告に生じた後記損害を賠償する不法行為責任がある。

(二)  被告甲野は、原告から訴訟追行の委任を受け、これを承諾したのであるから、委任の本旨に従い善良なる管理者の注意を以て委任事務を処理する義務があるにもかかわらず、被告鈴木にたやすく欺罔され、原告の意思を確認することなく、原告の控訴を取下げた。

被告甲野の右善管注意義務違反により、原告には後記のような損害を生じたから、同被告は、これを賠償すべき債務不履行責任を負う。

4 (損害について)

(一)  前記控訴の取下により、原告敗訴の第一審判決が確定し、競売手続停止の仮処分決定も取消された。

(二)  その結果、原告は、右競売を免れるため、訴外小野に対し、昭和五二年四月二〇日、金九〇〇万円を支払った。

(三)  しかし、控訴審においては、(1)被告鈴木が無断で原告の実印を使用した事実、(2)根抵当権が保証書によって登記された事実、(3)その他被告鈴木が原告に損害を与えた事実が明らかになり、原告勝訴が見込まれた。

(四)  したがって、控訴取下がなければ、原告は控訴審において勝訴し、九〇〇万円を支払う必要がなかったのであるから、原告の九〇〇万円の出捐と本件控訴取下との間には因果関係がある。

5 (結論)

よって、原告は被告両名に対して、それぞれ損害賠償金九〇〇万円と損害発生の日以後である昭和五二年四月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告甲野)

1 同1(四)ないし(七)の事実は認める。

2 同3(一)及び(二)は争う。

3 同4(一)の事実は認め、(二)ないし(四)の事実は不知。

(被告鈴木)

1 同1(四)ないし(七)の事実は認める。

2 同4(一)の事実は認め、(二)ないし(四)の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者ら間に争いのない事実、《証拠省略》並びに、職務上知りえた長野地方裁判所伊那支部昭和四〇年(ワ)第二七号債務不存在確認・根抵当権抹消請求事件、同支部昭和四一年(ワ)第一号債務不存在確認請求事件及び東京高等裁判所昭和四四年(ネ)第二五七三号債務不存在確認請求控訴事件の各一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  被告鈴木は、昭和三八年九月、訴外小野との間において、訴外ミニコ株式会社が訴外小野に対して負っていた一二五〇万円の貸金債務を引受けるとともに、原告の代理人として、右一二五〇万円の債務及び今後被告鈴木が訴外小野に対し負担する貸金債務について連帯保証し、原告所有の東京都墨田区向島五丁目一七一番所在の宅地三九四坪及び同所一四二番の五所在の宅地二五八坪三合一勺に根抵当権を設定する旨約した。

2  右一四二番の五の土地については、東京法務局墨田出張所昭和三八年九月二三日受付第二九四二二号債権元本極度額一三〇〇万円、根抵当権者訴外伊那信用金庫、債務者訴外小野なる根抵当権設定登記が、同出張所昭和三八年一〇月二五日受付第三三五三四号債権元本極度額八〇〇万円、根抵当権者訴外小野、債務者被告鈴木なる根抵当権設定登記が、それぞれ経由され、一七一番の土地については、同出張所昭和三八年一〇月七日受付第三一二三四号債権元本極度額八〇〇万円、根抵当権者訴外小野、債務者被告鈴木なる根抵当権設定登記が経由された。

3  被告鈴木は、昭和三九年二月五日、訴外小野に対し、額面一二五八万〇三二二円の約束手形を振出した。

4  訴外小野は、昭和四〇年四月、前項の手形債権を被担保債権として前記一七一番の土地について任意競売の申立をなし、昭和四〇年四月三〇日、競売開始決定を得た(東京地方裁判所(ケ)第四五〇号事件)。

5  原告及び被告鈴木は、昭和四〇年六月二三日、訴外小野に対して、一二五八万〇三二二円の手形債務不存在確認及び前記一七一番の土地につき根抵当権設定登記抹消登記手続を求める訴(但し、後者の訴は、その後取下げられた。)を、長野地方裁判所伊那支部に提起する(同支部昭和四〇年(ワ)第二七号事件)とともに、前項の競売手続を停止する旨の仮処分決定を得た(同支部昭和四〇年(ヨ)第一三号事件)。

6  さらに、原告及び被告鈴木は、昭和四一年一月一三日、訴外小野に対して、前示の一二五〇万円の債務不存在確認を求める訴を、右支部に提起した(同支部昭和四一年(ワ)第一号事件)。

7  長野地方裁判所伊那支部は、昭和四四年一〇月一六日、昭和四〇年(ワ)第二七号事件について原告らの請求を棄却する旨の、昭和四一年(ワ)第一号事件について一二五〇万円の債務のうち九七八万三五七〇円につき支払債務の存在しないことを確認する旨の、判決を言渡した。

8  原告及び被告鈴木は、昭和四四年一〇月三一日、東京高等裁判所に対し、前項の判決のうち両名敗訴部分について控訴した(東京高等裁判所昭和四四年(ネ)第二五七三号事件)。

9  原告及び被告鈴木は、昭和四五年七月一六日ごろ、被告甲野に右控訴審における訴訟追行を委任した。

10  被告甲野は、昭和四九年一一月二六日、原告及び被告鈴木の前記控訴を取下げた。

11  その結果、前記の競売事件が続行されることになったので、原告は、訴外小野に対し、金九〇〇万円を支払って右競売を阻止した。

二  ところで、原告は、前記認定の控訴取下が原告に無断でなされたことを理由に、九〇〇万円の損害を被ったとして、被告両名に対して損害賠償の請求をしているものであるところ、右控訴取下と九〇〇万円の出捐との間に因果関係を肯定するためには、右控訴取下がなければ、原告が控訴審において勝訴できたことが前提とならなければならない。

そこで、被告両名の責任原因を判断する前に、まず、控訴審において、原告の勝訴が確実であったか否かについて、以下検討する。

1(一)  《証拠省略》によれば、被告鈴木は、控訴審において、新会社の資金を二、三百万円作るため、二、三か月でよいからといって、原告の実印及び前記一四二番の五と一七一番の土地の権利証を原告から預かったが、原告が訴外小野に対し連帯保証人及び物上保証人となることについては了解を得ていない旨供述している。

(二)  また、原告本人は、当裁判所において、一七一番の土地が原告に無断で担保に入れられた旨供述し、《証拠省略》にも、同趣旨の記載がみられる。

しかし、他方、

2  前掲長野地方裁判所伊那支部昭和四〇年(ワ)第二七号債務不存在確認・根抵当権抹消請求事件、同支部昭和四一年(ワ)第一号債務不存在確認請求事件及び東京高等裁判所昭和四四年(ネ)第二五七三号債務不存在確認請求控訴事件の各一件記録によれば、

(一)  原告は、前記昭和四〇年(ワ)第二七号事件において、同人が訴外小野に対し、被告鈴木の債務を連帯保証し、一四二番の五及び一七一番の土地について根抵当権設定を同意したとの事実を前提に、右意思表示が詐欺である等と争っている。

(二)  原告は、前記昭和四一年(ワ)第一号事件においても、一四二番の五及び一七一番の土地について根抵当権を設定することを承諾した旨陳述している。

(三)  昭和四一年(ワ)第一号事件において原告から提出された甲第二九号証(原告が訴外伊那信用金庫に宛てた昭和四〇年一二月一一日付書面)には、原告が同金庫に差入れた根抵当権設定書及び担保提供承諾書は、訴外小野及び被告鈴木の欺岡により差入れたものである旨記載されているのみで、原告に無断で作成されたとの記載はない。

(四)  前記昭和四四年(ネ)第二五七三号事件における証人赤坂良雄は、訴外伊那信用金庫が一四二番の五の土地に根抵当権を設定するにつき原告の承諾を得るため、同金庫の職員である証人赤坂が原告宅を訪れたところ、原告は、嫌であるがと言いながら担保提供承諾書に署名・押印し、一切を通作に任せている旨述べた、と証言している。

との事実が認められる。

右のような控訴審までの審理に現われた事実によれば、原告は、一四二番の五及び一七一番の土地を担保に提供することについて、被告鈴木に包括的な代理権を与えていたのではないかと窺れ、控訴審において、原告と訴外小野との間で連帯保証契約及び根抵当権設定契約が成立した旨の原告の自白が、真実に反し且つ錯誤に出たと認められるか否か、疑問であるといわざるをえない。

3  さらに、《証拠省略》及び東京高等裁判所昭和四四年(ネ)第二五七三号債務不存在確認請求控訴事件の一件記録によれば、

(一)  被告鈴木は、昭和四四年(ネ)第二五七三号事件において、同人は、少くとも、新会社の資金二、三百万円を作るため、一四一番の五と一七一番の土地を担保物件として利用することについて原告の承諾を得た旨証言しているし(右事件において提出された原告の昭和四五年七月一六日付準備書面にも、同趣旨の主張が記載されている。)、また、原告の代理人として、連帯保証契約及び根抵当権設定契約を締結する際に、原告の実印を利用し、土地の権利証を持参していた旨証言している。

(二)  訴外赤坂は、前示2(四)に記載のとおり、控訴審において、原告は、訴外小野が訴外伊那信用金庫に対して負担する債務につき、一四二番の五の土地を担保に提供することを同意していた、と証言している。

(三)  昭和四四年(ネ)第二五七三号事件において、原告作成にかかる訴外伊那信用金庫に宛てた担保提供承諾書が、乙第一〇号証の一として提出されている。

との事実が認められる。

右の事実によれば、仮に前示自白の撤回が認められたとしても、被告鈴木は基本代理権を有し、訴外小野には権限ありと信ずべき正当の理由があった、すなわち、控訴審において表見代理の成立が肯定される可能性があったと認められる。

以上のとおり、前示1(一)で認定した被告鈴木の控訴審における供述は存在するが、同人の供述の信用性は必ずしも高くなく、また、原告が控訴審において前示1(二)で認定したと同趣旨の供述を行ったとしても、前示2及び3で検討したところに照せば、被告鈴木の控訴審における右供述及び原告本人が控訴審で行ったであろう供述によって、原告が昭和四四年(ネ)第二五七三号債務不存在確認請求控訴事件において勝訴したと直ちに推認することは難しく、他に原告が右控訴審において勝訴したであろうと認めさせるに足る証拠はない。

三  してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正明)

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