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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2755号 判決 1980年12月12日

原告 日通商事株式会社

右代表者代表取締役 小藤達郎

右訴訟代理人弁護士 山田重雄

同 山田克巳

被告 大日精化工業株式会社

右代表者代表取締役 高橋靖

右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

一  被告は、原告に対し、金一、八八三万四、七八八円及びこれに対する昭和五四年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  原告は、リース業を営む会社であるが、昭和五三年八月二〇日、株式会社鈴幸(以下「鈴幸」という。)に対し、三菱重工業製ダイヤ菊全判二色機一台(以下「本件印刷機」という。)を、リース期間六〇か月、リース料月額四一万八、六〇〇円・毎月二二日払、リース物件設置場所新潟市天神尾八〇番地所在鈴幸印刷所とするリース契約を締結した。

二  そこで、原告は、前同日、株式会社フォート・プレス(以下「フォート・プレス」という。)から、本件印刷機を、代金一、八二〇万円、納品場所前記鈴幸美鈴印刷所として買い受ける契約を締結し、同月二三日、右印刷所において、鈴幸を占有代理人として本件印刷機の引渡しを受け、同月二八日、鈴幸との間で、本件印刷機について検収手続を終了し、鈴幸から、リース物件預り証の交付を受けるとともに、第一回(同月分)リース料及び三か月分の前払リース料の支払を受けたので、同月三〇日、右売買代金をフォート・プレスに支払い、本件印刷機の所有権を取得した。

三  仮に被告がその所有権を留保して本件印刷機をフォート・プレスに売り渡したものであるとしても、被告は、買主であるフォート・プレスが印刷機械販売業を営む会社であり、本件印刷機を他の者に転売することを承諾して、自らこれをフォート・プレスとは別会社である鈴幸美鈴印刷所に搬入したのであるが、このような場合、売主である被告としては、右のようにしてフォート・プレスに転売授権を認めた以上、一方でフォート・プレスに転売授権をしておきながら、他方でフォート・プレスとの間の内部的な所有権留保の特約を理由に、その転売授権に基づいて同社から本件印刷機を買い受け、売買代金を完済した転買人である原告に対してその所有権の取得を否定することは、商取引における信義則に照らして許されないものというべきである。しかも、被告は、フォート・プレスとの間に本件印刷機について所有権留保の特約があることを知らせることができたにもかかわらず、転買人である原告に対してはもとより、その占有代理人である鈴幸に対しても、全くこれを知らせていない。したがって、原告は、本件印刷機の所有権を有効に取得している。

四  前記リース契約は、いわゆるファイナンス・リースであって、借主である鈴幸が貸主である原告に先んじてリース物件の売主であるフォート・プレスとの間で本件印刷機を選択して特定し、これに従い、原告が鈴幸に代わってフォート・プレスから本件印刷機を買い受けて鈴幸に貸与したものであり、貸主である原告自らが本件印刷機を使用したり、或いは、借主を鈴幸から他の者に振り替えることを予定したものではない。それゆえ、実質的には、鈴幸がリース物件である本件印刷機を買い受けたのであり、原告は、本件印刷機の購入資金を鈴幸に融資して、これを購入したのと同一の経済的効果を鈴幸に与えることを意図したものである。

ところが、被告は、同年一二月二日までには、原告が本件印刷機をフォート・プレスから買い受けて鈴幸に貸与していることを知り、それだからこそ、同日、原告との間で、この問題が解決するまで本件印刷機を搬出しないことを確約しながら、同月一八日、何ら正当な理由がなく、また、原告及び鈴幸がその引渡しを拒絶したにもかかわらず、強引に本件印刷機を鈴幸美鈴印刷所から持ち去って原告の所有権を侵害し、原告の再三にわたる返還請求にも応じなかった。そのため、鈴幸は、印刷業をやめて右印刷所を閉鎖してしまい、今更、原告が本件印刷機を引き渡そうとしても、その受領を拒絶している。したがって、原告は、被告から本件印刷機の返還を受けても、これを自ら使用したり、他の者に貸与するすべもなく、本件印刷機は、原告にとって無価値なスクラップであるから、その返還を受けられない場合と同様に、未払リース料合計二、一七六万七、二〇〇円から未経過分の利息を控除した残額一、八八三万四、七八八円相当の損害を被った。

五  よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金一、八八三万四、七八八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔請求原因に対する認否〕

一  請求原因第一項のうち、原告がリース業を営む会社であることは認めるが、その余の事実は知らない。

二  請求原因第二項のうち、原告がフォート・プレスから本件印刷機の引渡しを受け、その所有権を取得したことを否認し、その余の事実は知らない。被告は、昭和五三年八月一七日、フォート・プレスに対し、本件印刷機を、代金一、五〇〇万円、その支払方法は、利息を加えた割賦払として、同年一一月三〇日に六〇万円、残金は、同年一二月から昭和五六年一一月まで毎月均等額の支払を受け、その利息を加えた代金額及び毎月の均等支払額は、被告から追って通知することとし、右代金が完済されるまで本件印刷機の所有権を被告に留保する旨の約定で売り渡した。その後、被告は、昭和五三年八月二三日、右契約に基づき、本件印刷機を据付場所である新潟市天神尾八〇番地所在鈴幸美鈴印刷所に搬入したが、その試運転、調整のために必要な電源の引込み工事がされていなかったので、右工事が済んで本件印刷機の試運転等がされるまでの間、被告のために本件印刷機を鈴幸に預かってもらうこととし、これフォート・プレスに引き渡さなかった。したがって、原告が本件印刷機の引渡しを受けた事実はない。

三  請求原因第三項のうち、フォート・プレスが印刷機械販売業を営む会社であること、被告が本件印刷機をフォート・プレスとは別会社である鈴幸美鈴印刷所に搬入したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。被告は、フォート・プレスから、本件印刷機を六〇回の割賦払で鈴幸に転売するので、被告に対する代金の一括支払ができないと言われ、転買人を鈴幸、代金の支払を六〇回の割賦払とする転売権をフォート・プレスに与えたけれども、同社に広く転売授権を認めたわけではない。これは、被告が本件印刷機について鈴幸との間で保守点検サービス契約を締結して保守点検を行なうことにより、常に本件印刷機を監守し得るので、鈴幸に対する長期の割賦販売がされても、事実上、本件印刷機の所有権留保についてその効果を保持することができるし、被告、フォート・プレス及び鈴幸との三者間で、昭和五六年一一月三〇日(フォート・プレスの被告に対する最終代金支払日)まで本件印刷機の所有権を被告に留保する旨の覚書を取り交わすことを予定していたからであって、転売授権に関する原告の主張は当たらない。

四  請求原因第四項のうち、被告が昭和五三年一二月一八日本件印刷機を鈴幸美鈴印刷所から持ち去ったことは認めるが、その余の事実は争う。被告は、本件印刷機の代金が全く支払われなかったので、フォート・プレスから、同年一二月一一日付で、被告との間の売買契約を合意解除して本件印刷機を被告が引き取ることの同意を得ており、鈴幸も、その引取りを了解したうえで、本件印刷機を搬出したものである。

〔抗弁〕

本件印刷機は、被告が前記のとおり代金が完済されるまでその所有権を留保してフォート・プレスに売り渡し、その代金が全く支払われなかったものであるが、原告は、フォート・プレスが本件印刷機を所有しないことを知っていたものであり、仮にフォート・プレスが本件印刷機を所有していると信じてこれを買い受けたものとしても、そのように信じたことには過失がある。その理由は、次のとおり。

原告は、機械類のリース業者として長期にわたるリース契約を締結する以上、中古品である本件印刷機について、その使用及び損耗の程度や性能などを現物に当たって確かめ、これが使用に堪え得るものであるかどうかを調査すべきであるのに、右調査を全くせず、本件印刷機が被告によって鈴幸美鈴印刷所に搬入されるより前である昭和五三年八月二〇日付で、本件印刷機について検収手続を終了したことを装って、鈴幸からリース物件預り証の交付を受け、鈴幸との間のリース契約では、原告が鈴幸に対して原告の指定する者との間で本件印刷機についての保守契約を締結させることになっているのに、これも履行していないし、フォート・プレスとの間に売買契約書さえも取り交わさないで、代金の全額を同社に支払っている。このような取引の経緯を見ると、原告の本件印刷機についての売買契約は、極めて異常であるから、原告が本件印刷機の即時取得について善意であったとはいえない。

また、本件印刷機のように高価な機械類は、所有権留保の特約を付して割賦販売されるのが通常であるが、原告は、フォート・プレスから本件印刷機を買い受けるに際し、事前にこれを調査するでもなく、被告及びフォート・プレス間の売買契約書を確かめもせず、被告に対してどのように代金を支払ったかについて領収証の提出を求めることもしなかった。原告がもう少し右のような調査をしていれば、本件印刷機の試運転、調整ができないためにまだ被告からフォート・プレスに対して本件印刷機を引き渡していないことやフォート・プレスが本件印刷機の所有権を取得していないことを容易に知り得たはずである。したがって、その調査をしなかった原告には、本件印刷機の即時取得について過失がある。

〔抗弁に対する認否〕

抗弁に係る事実及び主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が本件印刷機の所有権を取得したかどうかについて判断する。

1  原告がリース業を営む会社であることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、(一)原告は、昭和五三年八月二〇日、鈴幸に対し、本件印刷機を、リース期間リース物件預り証交付日から六〇か月、リース料月額一万八、六〇〇円・毎月二二日払、リース物件使用設置場所新潟市天神尾八〇番地所在鈴幸美鈴印刷所とするリース契約を締結したこと、(二)そこで、原告は、前同日、フォート・プレスから、本件印刷機を、代金一、八二〇万円、納品場所前記鈴幸美鈴印刷所として買い受ける契約を締結し、同月二三日、本件印刷機が右印刷所に搬入されたので、同月二八日、原告会社新潟支店リース部課長高橋忠雄がフォート・プレス社長高橋輝夫立会いのうえこれを実地確認し、本件印刷機は、その試運転、調整のために必要な電源の引込み工事がされていなかったので、まだ試運転等もできない状態にあったが、鈴幸において、自己の都合によって試運転等が遅れているので、リースを開始することに異議がない旨申し出たので、鈴幸との間で、本件印刷機について検収手続を終了したものとして、鈴幸から、リース物件預り証(なお、同証には、検収月日を「昭和53年8月28日」と記入すべきであるのに、誤って「昭和53年8月20日」とゴム印を押印して記入されている。)の交付を受けるとともに、第一回(同月分)リース料及び三か月分の前払リース料合計一六七万四、四〇〇円を小切手で支払を受け、同月三〇日、右売買代金を支払うために、金額一、〇〇〇万円、五〇〇万円、三二〇万円、満期いずれも同年一一月三〇日とする約束手形三通をフォート・プレスに振り出し、右各手形は、いずれも期日に決済されたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  他方、《証拠省略》によれば、(一)被告は、昭和五三年八月一八日、フォート・プレスに対し、本件印刷機を、代金一、五〇〇万円、その支払方法は、日歩二銭五厘の利息を加えた割賦払として、第一回目に六〇万円、残金は、毎月均等額を三六回に分割して支払を受け、その利息を加えた代金額及び毎月の均等支払額は、被告から追って通知することとし、右代金が完済されるまで本件印刷機の所有権を被告に留保する旨の約定で売り渡したこと、(二)その後、被告は、同月二三日、右契約に基づき、本件印刷機を据付場所である鈴幸美鈴印刷所に搬入したが、電源の引込み工事がされていなかったので、その試運転、調整をすることができず、右契約では、被告が本件印刷機を組み立てて調整したうえ引き渡し、フォート・プレスがその機構、性能などが完全なものであることを確認してから引渡しを受ける約定(契約書第六条)なので、右両者間において契約に定める本件印刷機の引渡しがされず、同年九月二二日ころ、本件印刷機の試運転等が終了したこと、(三)被告は、同月末ころ、前記利息を加えた代金額が一、六九九万八、〇〇〇円、毎月の均等支払額が四五万五、五〇〇円になることをフォート・プレスに通知し、フォート・プレスとの間で、第一回目の支払日を同年一一月三〇日とし、その翌月から毎月均等額の支払を受けることを合意したが、フォート・プレスから右代金が全く支払われなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

3  原告は、仮に被告がその所有権を留保して本件印刷機をフォート・プレスに売り渡したものであるとしても、被告は、買主であるフォート・プレスが印刷機械販売業を営む会社であり、本件印刷機を他の者に転売することを承諾して、自らこれをフォート・プレスとは別会社である鈴幸美鈴印刷所に搬入したのであるから、このような場合、その転売授権に基づいてフォート・プレスから本件印刷機を買い受け、売買代金を完済した転買人である原告に対してその所有権の取得を否定することは、商取引における信義則に照らして許されない旨主張するので、この点について検討する。

フォート・プレスが印刷機械販売業を営む会社であること、被告が本件印刷機をフォート・プレスとは別会社である鈴幸美鈴印刷所に搬入したことは、当事者間に争いがない。しかし、《証拠省略》によれば、(一)被告は、フォート・プレスから、本件印刷機を六〇回の月賦払で鈴幸に転売するので、被告に対する代金の一括支払ができないと言われ、転買人を鈴幸、代金の支払を六〇回の月賦払とする転売権をフォート・プレスに与えたが、同社に鈴幸以外の者に対する転売授権を認めたものではなく、本件印刷機の処分行為を禁止していること(契約書第一二条)、(二)被告が転買人を鈴幸とする右のような転売授権をフォート・プレスに与えたのは、被告が主張するように、被告が本件印刷機について鈴幸との間で保守点検サービス契約を締結して保守点検を行なうことによって本件印刷機を監守し得るので、鈴幸に対する長期の割賦販売がされても、事実上、本件印刷機の所有権留保についてその効果を保持することができると期待されるからであり、被告としては、被告、フォート・プレス及び鈴幸との三者間で、昭和五六年一一月三〇日(フォート・プレスの被告に対する最終代金支払日)まで本件印刷機の所有権を被告に留保する旨の覚書を取り交わすことを予定していたこと、(三)被告は、昭和五三年一一月二七日、本件印刷機の転買人が原告であること及び原告と鈴幸との間に本件印刷機についてのリース契約があることを初めて知ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、被告がフォート・プレスに与えた転売授権は、転買人を鈴幸に限定した内容のものであって、本件印刷機を広く原告その他の第三者に転売することまで認めた内容のものではないし、被告が本件印刷機について所有権留保の特約があることを原告及び鈴幸に知らせなかったとする原告の非難も的はずれであるから、原告の前記主張は、その前提を欠くものというべきである。

4  前記2に認定したとおり、被告及びフォート・プレス間には、原告が本件印刷機の引渡しを受けたと主張する昭和五三年八月二三日当時、まだ売買契約に定める本件印刷機の引渡しがされていないが、このことは、原告がフォート・プレスから事実上その引渡しを受けることを不可能とするものではなく、前記1に認定した事実によば、原告は、遅くとも同月二八日には、鈴幸美鈴印刷所において、同所に搬入された本件印刷機について、これを自己のためにする意思をもって所持するフォート・プレスから、その引渡しを受けたものと認められる。

被告は、原告においてフォート・プレスが本件印刷機を所有しないことを知っていたと主張するが、その理由として指摘する取引の経緯を考慮しても、即時取得における原告の悪意を推定することはできないし、他にもこれを認めるに足りる証拠はない。

しかし、本件印刷機のように著しく高価な機械類は、所有権留保の特約を付して割賦販売されるのが通常であり、このことは、リース業を営む原告としては、当然知っておくべきことであるが、《証拠省略》によれば、原告は、本件印刷機を取得するに際し、フォート・プレスから、本件印刷機の入手先さえも聞かず、被告との本件印刷機の売買契約書や代金の領収証の提出を求めて、その所有権の帰属について調査すること(このような調査は、容易なことであるから、これを原告に対して要求しても少しも酷ではない。)を全くしなかったことが認められる。そうだとすると、原告が本件印刷機をフォート・プレスの所有であると信じたことには過失があるといわざるを得ない。しかも、原告及び鈴幸間のリース契約書では、第五条第一項において「物件の引き渡し場所は、別表(省略)(2)記載の使用設置場所とし、甲(鈴幸)が物件の検収終了後乙(原告)所定のリース物件預り証を乙に交付することにより物件の引き渡しがあったものとします。」、同条第二項において「物件の規格・仕様等の不適合、又は瑕疵(隠れたる瑕疵を含む)があったときは、甲は直ちに乙に書面で通知することを要します。甲がこれを怠った場合は、物件が完全な状態で引き渡されたものとみなします。」、同条第三項において「物件の引き渡し遅延又は、引き渡し不能及び物件の瑕疵について乙は責任を負いません。この場合甲が損害を受けたときは、乙は甲の書面による通知を受け次第物件の売主に対する損害賠償請求権を甲に譲渡します。」とそれぞれ規定し、第六条第二項後段において「甲は、アフターサービス期間満了後乙が定める内容の保守契約を乙の指定する者との間で締結し、契約書の写しを乙に提出します。」と規定しており、右にいう「アフターサービス」とは、一般に、売買契約に当たって売主が一定期間無償で売買物件を修理することを意味するが、原告及びフォート・プレス間には、売買契約書さえも取り交わされていないので、「アフターサービス」の期間が不明であるだけでなく、第五条第三項の損害賠償請求権譲渡の規定も、どのような内容の請求権を譲渡するのか不明である。また、原告は、前記第五条の規定があるにもかかわらず、中古品である本件印刷機について、実際には、電源の引込み工事がされていなかったので、その試運転、調整をすることができず、したがって、本件印刷機の使用及びその損耗の程度や性能などを確かめ、これが長期の使用に堪え得るものであるかどうかを調査することができなかった段階において、鈴幸がリースを開始することに異議がなかったことを理由に、検収手続を終了したものとして済ませ、第六条の規定に基づき、鈴幸に対して原告の指定する者との間に本件印刷機についての保守契約を締結させることも履行していない。このような取引の経緯を見ると、原告及び鈴幸間のリース契約並びに原告及びフォート・プレス間の売買契約は、かなり杜撰であったといわざるを得ず、原告がもっと慎重な手続をとっていたならば、当然、本件印刷機の入手先が被告であることを知って、被告と接触する機会を持つことになり、本件のようなトラブルを未然に防ぐことができたと思われる。なお、《証拠省略》によれば、原告は、信用調査機関を介してフォート・プレスの信用状態を調査したうえ、昭和五二年一二月ころから本件印刷機の売買契約に至るまでの間、印刷機械販売業を営むフォート・プレスとの間に、本件と同種の印刷機械についての売買取引を十数回続けてきたもので、その代金額は、二〇〇万円から一、八四〇万円であったが、これまでトラブルが一回もなかったことが認められるけれども、このことは、前記判断の妨げとなるものではない。

5  以上の次第で、原告が本件印刷機の所有権を取得したことを肯定することはできない。

二  被告の不法行為責任について判断する。

被告が昭和五三年一二月一八日本件印刷機を鈴幸美鈴印刷所から持ち去ったことは、当事者間に争いがないけれども、既に認定した事実によれば、本件印刷機は、被告の所有するものであって、原告の所有するものではないから、これによって原告の所有権を侵害するものでないことは、いうまでもない。また、《証拠省略》によれば、(一)被告は、同月二日、原告との間で、この問題が解決するまで本件印刷機を鈴幸美鈴印刷所から搬出しないこと及び原告が同月一一日までに本件印刷機の措置について具体的な意思表示をすることを確認する旨の覚書を取り交わしたこと、(二)被告は、本件印刷機の代金が全く支払われなかったので、フォート・プレスから、同月一一日付で、被告との間の売買契約を合意解除して本件印刷機を被告が引き取ることの同意を得たこと、(三)被告が本件印刷機を持ち去った同月一八日、鈴幸美鈴印刷所において、鈴幸の従業員が原告や警察署へ電話で連絡し、現場に来た警察官と鈴幸の従業員がいろいろ話し合ったが、鈴幸では、やむを得ず本件印刷機の搬出に同意してその場で被告に対する告訴を取り下げ、原告は、本件印刷機を搬出しないように言ったが、被告は、これを聞き入れず、本件印刷機を搬出したこと、(四)原告は、同月八日、被告に対し、原告が本件印刷機を所有するので、これを被告に引き渡すことはできない旨記載した内容証明郵便を郵送したが、右郵便は、同月一八日、被告に送達されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。これによれば、被告が本件印刷機を搬出したことについては、原告の同意を得ていないけれども、その搬出の態様が著しく不当であるとまで認めることはできないから、右搬出行為をもって不法行為を構成すると断ずることはできない。

三  よって、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬)

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